
「コリンさん。仕立て屋のドーラさんが、エラルドを下働きとして受け入れると仰ってくれました。型職人の雑用という形になりそうですが……無理はさせないとも約束して下さいました」
「ドーラさんか。評判は良いらしいし、バルガスさんとの付き合いもある方だな。こちらの事情も知ってくれているから大丈夫だろう。これで年少組も全員、外に働きに出られたな」
ギルドの留守番を任されたコリン。サイラスはその補佐として十二分に機能している。今となっては年長組でギルドに残っているのはサイラスだけ。後の三人は身請けの申し出によってギルドを出た。しかし、仕事の休みやちょっとした空き時間に外に出た連中もギルドでたむろしていることが多い為、サイラスが感傷的になることもない。
アルやヴェーラが恐れていた、都貴族家をはじめとした諸々からの報復についても、今のところはその影はない。平穏な日々が流れている。
「あと、実は僕の方にも身請けの話が来ているのですが……お断りしても良いでしょうか?」
「……とりあえず聞こう。まず、どこから話が?」
「僕がお世話になっている、酒場の御主人であるジョナスさんのお知り合いの方なのですが……身請けというよりは養子にという話です。
「ッ! 凄いじゃないか! 商家の、それも卸問屋の方から声が掛かるなんて!」
コリンも驚く。卸問屋と言えば、当然に一族の家業として行っている場合が大半だ。受け継がれる商いであり、代々の商家一族。
平民の子であっても、魔道士としての才があるのならば、貴族家に養子として迎えられたりするのは実のところそう珍しくはない。市井にも、先祖返り的に魔道の才に目覚める者も少なくはないのだ。
しかし、商家は違う。魔道の才があろうが、商いに必要な学や才がなければ受け入れられることはまずない。その辺りは商人の方がシビアに相手を見る。評価する。
「ええ。とても光栄なことだとは思うのですが……恐らく、そうなれば完全にギルドとは疎遠になります」
「……まぁ代々の商家ともなれば、下手な貴族家よりも世間の目を気にするか。ただ、ここにアル様がいても同じことを言うと思うが……サイラスが望むなら止めはしないぞ? こう言っては何だが、他の連中とは、別にギルドに関係なく普通に交流を持てば良いだろ?」
コリンはサイラスが乗り気でない理由にも気付いている。彼に対して、少し危うい気配を前々から感じてはいた。
「……僕はできるならギルドに留まりたいです。それだけじゃない。この先、アル様やコリンさんがファルコナー領へ帰る時には、僕を連れて行って欲しいんです……ッ!」
サイラスは筋が良かった。ファルコナー式のマナ制御に関して、ギルドメンバーの中では一番に馴染んでいる。それが良かったのか悪かったのか……自らの道を選べる立場となった今、彼の中に真っ先に浮かんだのがファルコナーだった。残念ながら感染してしまっている。手遅れだった。
「……そんな気はしていたが……アル様じゃないが、俺が言うのも何だけど、王都のような利便性や華やかさとは無縁だぞ? 栄えている領都であっても、外民の町の半分ほどだ。活気も人も。寂れた辺境の片田舎だし、時には魔物の襲来すらあるようなところだ」
言いながらも、コリンはサイラスが揺るがないことを知っている。何故なら、自らがそうだから。王都は外民の町であっても便利で華やかな都会。しかし、自分には合わない。アルがどう考えているかは知らないが、コリンは王都でずっと暮らすという選択肢はない。妻を娶るのも子を育むのも、ファルコナー以外には考えていない。真正の手遅れ。サイラスの先達。
「それでもです。嫌な言い方になりますけど……僕はこの王都で、それなりに小器用に生きていくことはできます。でも! そんな生き方が好きな訳じゃない! 仕方なくそうしているだけなんです! アル様やコリンさんが折を見て語るファルコナーの生活……僕は実際には知らない筈なのに、どこか懐かしく感じていました。そこが僕の生きる場所だと……ッ!」
「……重篤だな。ま、サイラスがそこまで望むなら俺は反対しないさ。アル様は……恐らく嘆くだろうけどな。身請けというか、養子の話は俺も一緒に行く。丁寧にお詫びして辞することにしよう」
「ッ! は、はい! ありがとうございます!」
サイラスの
◆◇◆◇◆
「……ッ!?」
「? アル様? どうかされましたか?」
「い、いや。ちょっと嫌な悪寒がしてさ。何やら犠牲者を出してしまった気がする……」
「はぁ……? 犠牲者ですか?」
アルとヴェーラ。アリエル一行。
東方辺境地……正確には、今回の計画に加担し、いざという時の集合場所として指定されていたオルコット子爵領を目指している。神子セシリーを受け入れた貴族家の領地を。
実用を優先する商家の者が好んで使いそうなシンプルな馬車。
それが二台、縦列に連なって街道を進む。襲撃はあるものとして、開き直って進みやすい街道をそのまま行くということになった。当然、アリエル一行は少し難を示したが、値千金である時を短縮する為には仕方がないと、最終的には納得することになった。
前の馬車にはアリエル一行と周囲に乗馬した護衛。後ろの馬車にはアルとヴェーラと満載の荷物。
御者や馬車については、ダンスタブル家が各所に準備していた一部が陽の目を浴びて使われることになった。足が付かないように数年前から待機させていたというのだから、計画が咄嗟の思い付きでないことが窺える。
「まぁ、そんなことはどうでも良いんだけど……思っていたより襲撃はないね」
「……ええ。そうですね。気の休まらない旅になるかと思っていましたが……のんびりとしていますね」
嫌な予感を振り払い、強引に話を変える主。そして、そんな主の意を汲み、さらりと応じる従者。どこか牧歌的な雰囲気を醸し出している。そこだけを切り取ると、平和な旅路だ。
しかし、二人の会話を聞いていた御者の心情は違う。
『んなわきゃないだろッ!』
そんなセリフを内心で怒鳴る。あくまで心の声。
王都を脱してからまだ三日。だが、既に六度の襲撃を受けている。
《王家の影》と思われる者たちが二度。使徒の抜け殻とも言える人外の兵が三度。外法の狂信者と思われる者たちが一度。
そのほとんどをアルが『銃弾』で捌いた。近付かれる前に終わり。二度まではアリエル一行の護衛が念入りに相手を検分していたが、三度目からは軽く確認するのみ。時間の無駄だと気付いた。
結果として、アリエルは別の意味でも青褪める。もし味方側が、自分を奪還しようと向かってきたら……注意を促す前に終わってしまう。始末されてしまうと。
「しかし、あの人外の兵は厄介ですね。アル様の魔法を真正面から躱して見せました。並大抵の反応速度ではありません」
「確かに獣じみていた。貴族区で殺り合った奴らよりも少し強かったと思う。まぁ個体差と言えばそうなんだろうけど……少し気にはなる。一部はまるで僕の『銃弾』を事前に知っていたような動きも見せていたしさ。もしかすると、連中は全体で情報を共有しているのかも?」
三度の人外たちの襲撃。その三度目の襲撃の際、アルの『銃弾』が必殺の間合いで躱された。その反応速度もだが、気になるのは発動のタイミングを若干読まれているように感じたこと。
アルの想定は正しい。
使徒の抜け殻……に限らず〝契約者〟の得た情報は、契約元であるクレアが吸い上げている。流石にリアルタイムという訳ではないが、使徒の見聞きした情報はクレアに知られる。筒抜け。
当然、アルの『銃弾』や体術の情報もだ。クレアの強みは圧倒的な暴力だけに非ず。真に脅威なのは契約を通じての情報の蓄積とその供給。
ただ、アルは前世の記憶……〝物語〟のことを気にするあまり、自分でも知らず知らずの内にイベントにできるだけ関わろうとしていた。前のめりとなり無駄に力が入っていたのだが……今はそうでもない。良い感じに脱力している。無理なら無理、仕方がないと諦める引き際の最終ラインは、以前よりもかなり手前にある。クレアの脅威度によっては引く所存だ。
アル自身も自覚していなかったその危うさにいち早く気付き、コリンが彼を現実に踏み止まらせたとも言える。
「まぁ、動けるスペースがある状況ならまだまだ僕の方が有利だ。念の為にこれまでに見せた手札だけで凌いでいくとするよ。ヴェーラも余裕があれば切り札を切らない方が良い。……いや、ヴェーラの場合は、あの人外どもというより、既にクレア殿に把握されてるかな?」
「……恐らく。クレア様の前で戦った覚えはありませんが、ビクター様は当然私の能力を把握していました。知られていると考える方が良いかと……」
「なら、開き直るしかないな。隠しても仕方ない」
「はい。今後は私の方が前に出て積極的に力を振るいます」
淡々としたやり取りではあるが、息の合った空気を醸し出しており、傍からみると仲睦まじい姿に映る。ただし、その内容は戦いのこと一辺倒であり、当然、内容が聞こえている御者は二人の姿を微笑ましいなどと思う筈もないが……。
◆◇◆◇◆
野営の準備をしている際、アルたちはアリエルから話があると呼ばれていた。
「え? アリエル様もこちらの馬車に?」
「……はい。明日からはできればアルバート殿と一緒の方が良いかと……護衛の者たちもお二人の実力を認識したので、特に反対はないようです」
そうは言いながら、アリエルの後ろでは野営の準備をしている護衛の者の不満気な気配がありありとしている。主の命令をきちんと理解しているが、心の底から納得していない。そんな状況。
今後、オルコット子爵領が近付けば、ただの襲撃ではなく、同じ派閥の味方と接触する可能性が出てくる。これまでのアルとヴェーラの戦い振りを見るに、アリエルはもしもの時に『間に合わない』と判断した。同じ馬車どころか、同じ視線で物事を観察しておかないとダメだと。
アルの行動は早く、間合いはかなり遠い。容赦もない。一撃必殺とはこのことだろうと、アリエルは驚きを通り越して妙に納得してしまった。
「はぁ……別に僕は構いませんけど。というか、そろそろ街では? 僕はこの辺りを詳しくは知りませんけど、王都側からすれば東方辺境地の入り口とも言えるビーリー子爵領に差し掛かるのでしょう? 彼の家は独立派に与していないのですか?」
「……その後の情報がないので不確かですが、彼の家は独自路線とでも言いますか……王都側にも独立派にも与しないと主張していたそうです。実のところ、ビーリー子爵家の気風はどちらかと言えば都貴族に近いですね。それも悪い方の。なので、父もそれほど強く引き込もうとはしなかった筈です。武力衝突は避ける方向で考えていますが、もし王家側と衝突することになった際、どちらの陣営にも付かない領があれば、それだけでも緩衝地帯になり得ると父は見越しているでしょう」
ビーリー子爵家。何食わぬ顔で話をしているが、アルは知っている。腐った都貴族家と同等の所業をしているだろうことを。
彼が王都への道行きで保護した少年少女たち。赤毛の少女フラム。外法の実験体。
機会があれば確認してやろうと思っていたが、まさかこのような形で接近するとはアルも想定はしていなかった。
「ではビーリー子爵領は通り過ぎるのみですか?」
「いえ、補給もあるので街に寄ろうとは思うのですが、ビーリー子爵領でまともに旅の者を相手にするのは領都のみなので……少し警戒が必要とは考えています」
コリンに諭される前のアルであれば『これもイベントだ』と考え、ビーリー子爵家を探る為の行動に出ていたかも知れない。今は少し立ち止まって深く考える。ビーリー子爵家を狩るにしても、性急に片手間で行うのではなく、腰を据えなくては……という風に。
「(……確か、外法の実験をしていた魔道士のエピソードだった。一応は〝物語〟の一幕なんだから、託宣にもそれっぽい内容はあるのか?)」
そして、アルも少し気になっていることがある。あくまでも彼の記憶にあるのはゲームのストーリー。なら、託宣はそれをどのように解釈して示しているのか? まさか、主人公のレベルを上げるだの、ゲームだのという文言がある筈もないだろうと思っている。
「……アリエル様。東方の辺境地で神子が何かを為すという託宣はあるのですか?」
「え? た、託宣ですか? ええと……邪法の徒を排除するというのが、北方と東方の辺境地を舞台に示されていたかと……あとは、東方辺境地にて魔族の者と交流するという託宣もあった筈です。もちろん、王国や教会は魔族との接触を阻止するべく画策していたようですが……」
邪法の徒の排除。まさにそのまま。そして、アルがニアミスしたのはビーリー子爵家だけではない。まさに今、同じ時期に神子の一行がビーリー子爵家を目指していた。託宣をなぞる為に。
アルはもう、目の前で起こる出来事をいちいちイベントだなんだと殊更に騒がぬような心持ちとなっているが……そんな彼の心情などお構いなし。
やはり、彼はこの世界においてイベントと引き合う。
それは使徒故なのか、ただのアルの特性なのか……定かではない。少なくとも今は。