
「あそこですっ! あの真ん中あたりから出てる腕です!」
「見分けがつかないけど、あのあたりに行けばいいんだね!」
ネクトはミルキットを連れて、転移を実行する。
そして死者が絡み合うサティルスの胴体の上に、先に着地した。
生じる力場が、触れるだけで害を及ぼさないか確かめるためだ。
安全を確認すると、ミルキットを下ろす。
「あははははははっ! 二人がかりでも無理ぃ! 無駄ぁ! とんだ雑魚じゃない、英雄の名が泣いてるわっ!」
ミルキットはその場にしゃがみ込むと、わずかな隙間から生えている、ぐったりと力の抜けた手を両手で包み込んだ。
もちろん引き抜けるはずなど無いので、彼女は祈るようにフラムに呼びかける。
「ご主人様……私です。何か少しでもあなたの役に立ちたいと思うんです。与えられるだけじゃなくて、私からも与えたい……だから、お願いします……私の声を、聞いてください……!」
ミルキットは必死に、ありったけの感情を込めて、フラムの復活を信じて祈る。
二人の結んだ
「ん……? あなたたち、何をしているのぉ?」
しかし、さすがにサティルスも気づく。
彼女の首がぐるりと回り、祈るミルキットと、彼女を守るネクトを見下ろす。
「ふ……ふふっ……ふふふふっ! そう、フラムを助けようとしているのね? 祈って! 願って! 絆のパワーで! 素晴らしいわミルキット、すっごく台無しにしてあげたい!」
「そうさせないために僕がいるのさ!」
「じゃあ、あなたもついでにぶっ壊してやるわぁ!」
ネクトを狙って伸びる触手。
彼女は〝接続〟の力で、地面と触手を引き合わせ、その軌道を変えようとした。
「コア一つのくせに、私に抗えるとでもっ!?」
「ちぃっ、力が強くて干渉できないのか!?」
現状、セントラル・コアを取り込んだサティルスのほうが格上だ。
同じオリジンの力をぶつけ合ったところで、力の差で押しつぶされる。
「くっそぉおおおっ!」
直撃を受け、ネクトは吹き飛ばされた。
体は民家の壁に叩きつけられ、貫通し、積み重なった瓦礫に沈む。
そして今度は、守り手を失ったミルキットに魔の手が迫る。
「ご主人様……お願いです、ご主人様ぁ……!」
「祈ってどうにかなるなら、最初からこんなことにはなってないわよぉ!」
「やらせるものか、サティルゥゥゥスッ!」
「ガディオ、援護する。アイスエンチャント!」
ガディオの剣が氷の刃を纏い、触手に叩きつけられる。
ミルキットの危機はひとまず去った。
だがそこはサティルスの体の上。どこからでも触手を伸ばせるのなら、すぐさま引き裂くことだってできるはずだった。
しかしサティルスはなぜかそうはしない――いや、できないのだ。
フラムの持つ反転の力を取り込めば、もちろんオリジンの力は弱まる。
つまり今ミルキットがいる部分だけは、他の部位ほど自由に動かせないのである。
だから、彼女はその影響が及ばない離れた場所から触手を伸ばすしかない。
「俺は何度でも止めてみせるッ!」
「邪魔なのよ、ガディオ・ラスカットォォオオオ!」
「わたしのことも忘れちゃいけない」
「目障りなっ、小賢しいっ! 小娘風情がぁぁっ!」
向けた触手を、ことごとくガディオとエターナに防がれる。
「いつまでもその程度の力で守れると思わないことね!」
「そこで僕も再登場ってわけさ!」
そこにネクトまで加わり、三人は必死でミルキットを守る。
触手に自分の力を注いでも打ち消されることはわかっている。
だからネクトは、自らを触手を抱くように掴み、自分の体と周囲の建物を引き寄せ合うことで、強引に攻撃の向きを逸らした。
「何よあんたら、なんなのよぉっ! そんなことしたって無駄よ! フラムは戻ってこないし、戻ってきたところであなたたちに勝ち目は無いのっ! 諦めて屈服して絶望した顔を見せなさいよぉおおおおっ!」
「ご主人様……ご主人様……ご主人様……っ!」
ミルキットの必死の祈りに反応したかのように、フラムの指がぴくりと動く――
◇◇◇
『私は……』
自分だけで、自分が何者なのかを知るのは不可能だ。
だがなぜか、水底に沈む死体の姿をした抜け殻たちは、この海の中にありながら、自分の正体を知っているようだった。
『もう一度あの人に会いたい』『もっと一緒にいたい、それだけでよかった』『いっそ蘇らなければよかった』『またあんな絶望を味わうのはもう嫌です』『好きだったのに。ただ、その言葉を伝えられるだけでよかったのに』
確かにあれはただの抜け殻で、もう中身は無い。
聞こえてくる意思は、生前に染み付いたものの残り
それでもオリジンの海の中にあって、彼らの自意識を保持させているものは、〝他者を想う感情〟だろう。
『ご主人様、お願いです。ご主人様、ご主人様、ご主人様ぁ……っ!』
誰かの、声が聞こえた。
感情が動く、体が反応する、本能が『守らなければ』と奮い立つ。
『ミル……キット……』
そして――彼女は思い出した。
大切な人の名前を、そして彼女を大切に想う自分の正体を。
『私は……そうだ、あふれ出してきた何かに飲み込まれて……じゃあ、ここはその中?』
意識が戻っても、やはり体は自由に動かせない。
まるで全身に重しがついているかのようだった。
『あなたは、フラムさん……ですか』
すると、目の前にいる男が口を開く。
『ダフィズ・シャルマス……』
『やはり、そうだ。あなたもここに、連れてこられてしまったんですね』
『ここは、なんなの?』
『わかりません。オリジンの意識の中なのか、死んだ人間が流れ着く先なのか』
無力感に支配されたダフィズは、力無く語る。
『これだけの数の人が、僕のせいで辛い思いをしたんですね……いや、実際はもっとですか。生き残った人たちもいるのでしょうし』
『事情を知った今は、あんただけの責任とは言い切れないけどね』
『それでも、僕の愚かさが引き起こした悲劇です。あなたにも謝らないといけない』
『死ぬ直前はあんな頭のおかしなことしてたくせに』
『頭が冷えたんですよ。ああ……でも、僕はどうしたらよかったんでしょうね……スージィのいない世界なんて、僕にとっては地獄よりも辛いのに』
フラムは答えない。
無責任はことは言えないし、強いて言うのなら『別の生きがいと出会えることを祈る』以外に方法が無いからだ。
『ですが、あなたにはまだ残っているんですよね。あの世界で、守るべき人が』
『……まあ、ね。今も、泣きそうな声で私のことを呼んでくれてるよ』
『羨ましい。スージィが生きていたら、僕にもそうしてくれたんでしょうか。ああ……ですがこのままでは、あなたも僕と同じ過ちを犯すことになる。ですがあなたは、呪いを力に変えることができるはずです』
『呪いをっていうか、色んなものをひっくり返す力だけど』
『ですから……頼みたいことが、あります……』
『サティルスを殺してほしいって?』
『はい……まだ生きている、あなた、なら……それができるかも……しれません。僕の……いえ、我々の呪いの全てを使えば』
ダフィズの声に呼応するように、抜け殻たちが一斉に瞳を開いた。
視線はすべて、フラムに向けられている。
同時に彼らの無念の声も、大量に流れ込んでくる。
これだけの呪いを力に変えられたのなら、抜け出すことだってできるだろう。
『わかった。ちょうど私も、あの女やオリジンをぶっ飛ばしたいと思ってたところだから。あいつのこと、殺してくるよ』
『身勝手な頼みを、聞いてくださり……ありがとう、ござい、ます……よかった……これで、少しはあの世のスージィにも、顔向け……でき……』
ダフィズは瞳を閉じると、そのまま二度と動かなくなった。
直後、フラムの体に力があふれた。
それは思い込みや、概念的なものではない。
微かに動くようになった指先が、サティルスの体内で〝冷たくて小さい何か〟に触れることで得た、ステータスの上昇である。
「ああ……そっか、これは……」
触れた物体から、大きな呪いを感じる。
ダフィズの、オリジンに裏切られ想い人を殺すことになった抜け殻たちの、そしてシェオルで命を落とした住民の――そのすべてが束ねられた怨念。
それが、宿っているのだ。
フラムはそれを指先で引き寄せ、血がにじむほど強く握りしめる。
「はあぁぁぁぁあ……っ」
すると、さらなる力が体に満ちあふれてくる。
「うぅぉぉおおおおおおおおおおおおおッ!」
フラムは生成したプラーナと反転の魔力を、全身から放出した。
力が爆ぜる。
肉体を縛り付けていた死者が吹き飛ぶ。
そうして強引に脱出したフラムは、手を掴んでくれていたミルキットを抱き寄せた。
「ご主人……様……っ」
「ミルキットの声、聞こえたよ。ありがとう」
「よかったです……本当に、よかったです……っ!」
涙を浮かべ、フラムの胸に顔を埋めるミルキット。
だがそれは、サティルスが一番嫌う結末だ。
ご都合主義のハッピーエンド――そんなもの、許容できるわけがない。
「何よ、その力は。いきなりなんなのよ、さっきまで動けなかったくせに! 祈りが人を強くする? そんな……そんな馬鹿みたいに
怒りに狂う彼女は、幾重にも触手を束ね、その先端をドリルのように回転させながらフラムを刺し貫こうとする。
フラムは両手で掴んだ魂喰いで、それを正面から受け止めた。
「なんで止まるのよっ、なんで急にそんなに強くなるのよぉっ! おかしいでしょう、そんな都合のいい話あるわけないわっ!」
震える両手で触手を押し返し、フラムはその場に踏みとどまる。
「これは全部、サティルス――あんたが招いた結果だ!」
「わけのわからないことを言わないでっ! 私は完璧だったわ、全てうまくいってるはずだったわ! 何もかも、私の思惑通りにぃっ!」
「あんたは人の尊厳を踏みにじったの! 夢も、希望も、家族や恋人たちの愛情も、全てを欲望のために台無しにしてきたでしょうが!」
「だからそれでどうしてあんたが強くなるのよぉおおおっ!」
触手の回転はさらに勢いを増した。
近づくだけで木っ端微塵になりそうな威力の前で立っていられるのは、それと相反する反転の力が、威力を相殺しているからだ。
「人は、信じていた未来を打ち砕かれたとき、強く大きな呪いを生み出す!」
今、シェオルにはあまりに多くの呪いが満ちている。
報われなかった想いは、本来なら時間とともに消えていくか、いくつかの呪いの装備を生み出すだけで終わっただろう――フラムさえ、ここにいなければ。
「その呪いは彼の指輪に宿って、反転して、私に力を与えてくれた!」
人々は彼女に想いを託した。
だから全ての呪いは、その象徴たる一つの指輪に宿った。
ネクロマンシーを作り上げた男――ダフィズ・シャルマスがつけていた、結婚指輪に。
―――――――――――――――――――――
名称:喪失と虚構のマリッジリング
品質:エピック
[この装備はあなたの筋力を1012減少させる]
[この装備はあなたの魔力を1072減少させる]
[この装備はあなたの体力を1053減少させる]
[この装備はあなたの敏捷を1088減少させる]
[この装備はあなたの感覚を1039減少させる]
―――――――――――――――――――――
ステータス合計値12693――ついに彼女は、Sランクの領域に至った。
「これは偶然なんかじゃない! あんたやオリジンの悪意が生んだ、紛れもない必然だあぁぁぁっ!」
フラムの力が触手を押し返し、さらにあふれたプラーナが嵐となって、サティルスの体を切り刻む。
「痛いわ……痛い、痛い、痛いっ! あははっ、でもこの程度じゃない! 呪いがあろうとなんだろうと、この程度ぉ! 言ったでしょう? 私は、本体が一番強いの。あんたたちが相手してきたのは、しょせん制御された死者に過ぎないわっ! たとえフラムが戻ってこようと、その貧弱な力では私には傷一つつけられない!」
それははったりではなく、
「だったら――一つに束ねてぶつけたら、どうなるのかな」
ネクトが動く。
彼は転移を複数回繰り返し、フラム、ミルキット、エターナ、そしてガディオを一箇所に集めた。
「びっくりした。説明ぐらいほしいけど、意図は理解した。アイスエンチャント」
エターナの作り出した氷が、フラムの剣を覆う。
「そういうことか。ならば、アースエンチャントと――俺のプラーナも持っていけ!」
さらに氷の上に岩の刃が重ねられ、加えて気の刃――
その刃長は、サティルスの全身に匹敵するほどであった。
「く……ふ、ぐうぅ……!」
それは、今のフラムでもまともに持ち上げることはできないほどの重さだ。
「一つに束ねるって……何よ、ふふっ、馬鹿でかい剣を作るだけぇ? しかも振ることすらできないなんて、何がしたいのかしらぁ!」
「さて、僕の力も使ってもらうよ」
サティルスの嘲笑など聞かず、再びネクトは転移し、フラムとミルキットを上空高くまで連れて行く。
その意図を、フラムだけは理解していた。
ミルキットはよくわかっていなかったが、ひとまずフラムを信じて、その体にしがみつく。
「しっかり掴まっててね」
「は、はひっ!」
三度、開いた手を閉じるネクト。
「
接続するのは、魂喰いと、セントラル・コア――互いに引き合う力が、フラムを矢のように射出した。
「うおぉおおおおおおおおッ!」
さらに自由落下の加速も加わって、最高速に達したままサティルスと激突する。
「上から落としたところで結果が変わるもんですかぁっ!」
彼女を守るセントラル・コアの力場と、反転の魔力を宿した巨大な剣がぶつかり合い、その衝撃波がシェオル全体に広がっていく。
サティルスを中心として、地面がえぐれ、地上に大きなクレーターが生まれる。
周囲にあった建物は瓦礫を含め全てが吹き飛び、更地に変わる。
だがサティルスはそれだけの威力を、セントラル・コアから供給される力で受け止めきった。
「何よかっこつけちゃってぇ! 英雄を気取ってるんじゃないわよ、西区にしか住めない貧民のくせしてええぇっ! 私はサティルス・フランソワーズよ! 王国一の大商人なの! 私が勝者であることは最初から決まっているのよッ!」
「うぬぼれるなっ! あんたなんて、他人を踏み台にしてのし上がっただけのくせにぃっ!」
「それをやってのける力こそが、真の実力ってものなのよおおぉっ!」
魂喰いを覆う三層の刃――その一番外側にある
「何が愛よ、何が希望よ、何が未来よ! 大体なんでミルキットまで一緒にやる必要があるのよ! あんたは、英雄を演出するためのパフォーマンスを見せてるだけなのよぉっ!」
そしてついには砕け散り、今度は岩刃がサティルスとぶつかり合う。
しかしただ砕けたわけではない、サティルスも力で押され、苦しげな表情を浮かべている。
「あんたは何もわかっちゃいない! もし英雄フラムなんてものが存在するとすれば――それは私とミルキット、二人のことだッ! 私たちは、二人で一つの英雄なんだっ!」
「それは何? 絆ってやつ? 友情ってやつなの!? うざったぁいっ、心の底からうざったくてしょうがなぁいっ!」
彼女は拒絶を力に変えて、岩の刃をねじり、砕く。
「そんなもの、私に壊される以外に存在意味があるの? 無いわよねぇ!? だからあんたたちも、愛に溺れて死んだダフィズと同じ末路をたどるしかないのぉ!」
アースエンチャントが完全に破壊されると、今度はエターナの氷が突き立てられる。
柄を握るフラムの両手は、込められた強い力によってうっ血し、変色している。
痛みはともかく、うまく力が入らないほど両腕は消耗していたが、それでも握り続けられるのは、腕に添えられたぬくもりがあるからだ。
「いいえ、私たちは負けませんっ!」
ミルキットは、自分が無力であることを知っている。
だがフラムは彼女を求めてくれる。
どれだけ力になれているかはわからないが、求められるのなら――全て捧げ、与えたい。
心の底からそう思うのだ。
「どうして言い切れるの? スージィを愛し続けた、ダフィズの末路を見ておいて! あんたたちの力だって、こうして私に破壊されているくせにっ!」
そういう気持ちのあり方をなんと呼ぶのか、今回の一件でミルキットはその答えを見つけた。
「私はそれ以上に、あなたに負けないぐらい、ご主人様のことを愛しているからです!」
互いに支え合い、与え合い、無条件で信頼し、寄り添い合う。
ずっと探し続けていた、ミルキットが初めて他者に抱くあまりに巨大な感情――それこそが、愛だったのだ。
「アハハハハハッ! 根拠ゼロォ! 笑わせないでよ、そんなものでこの私が負けるわけがないでしょうっ!?」
「根拠なんて必要ない! 全ては結果で示してみせる!」
「示せるものならねぇ! ほら見てみなさい、あなたたちが力を合わせて作り出した刃は、もうこんなにボロボロよぉ!」
氷の刃にもヒビが入り、もはや砕けるのは時間の問題だ。
そうなれば残るものはただ一つ、魂喰いの、黒い刃のみ。
「今に砕けるわ、そら見なさい、みな見なさい。最後の一つが無残に悲惨に砕け散ったらこれでおしまい! 愛は壊れて、悲鳴が響いて、私は笑って、それでめでたしめでたし! ハッピーエンドで終了しまぁーす!」
「まだ終わらないっ、
フラムは最初から、そうなる可能性を考えていた。
サティルスの力はあまりに大きい、そう簡単にコアを破壊させてくれるはずがない、と。
だからわずかな時間で考えて、考えて、考えて――一つの方法にたどり着いた。
全員の力があったからこそ成立する、〝砕けた破片を反転させる〟という手段に。
「ぎゃあぁぁあっ!」
サティルスの体が震え、悲鳴をあげる。
「私の背中に、何かが刺さって……これは、破片? 砕いた破片が、戻ってきたの!?」
彼女はフラムとの力比べに集中するあまり、背中への力場展開をおろそかにしていた。
いや――というより、そこに費やす力すらも、全て正面に持ってきていたということだろう。
「こんな小細工一つで、ひっくり返るはずがないでしょうがぁっ!」
そう言いながらも、与えたダメージは確実にサティルスの意識を削いでいる。
痛みと、傷口が渦巻き、オリジンの意思が高まることによる制御の緩み。
元より己のコアとセントラル・コア、二つのコアを危ういバランスで保っていた彼女にとって、それは致命的であった。
「はずがなくても、私がひっくり返す! 生者の想いと死者の
そして――フラムにはまだ、奥の手が残っていた。
ありったけ全てを注ぎ込むというのならば、三人分の魔力、ネクトの接続の力、ガディオのプラーナ――そう、まだ一つだけ、切っていないカードが残っているのだ。
とはいえ、フラム自身、かなり体力を消耗しているため、注げる力はそう多くない。
限界までセントラル・コアに近づいたところで、残ったプラーナを全て刃に込める――
「これでっ――終わりだあぁぁぁぁぁあああああああッ!」
剣の先端が、黒水晶の表面に触れる。
そこから反転の魔力が流れ込み、内部の螺旋は逆回転を開始。
一気にマイナスのエネルギーを生み出すと、力場は消失し、さらに魂喰いが深くまで沈み込んだ。
パキィンッ――と破片が飛び散り、完全にセントラル・コアが破壊される。
力を使い果たしたフラムは、ミルキットと一緒に地表に落下した。
「やった……!」
「はい、やりましたっ!」
すかさずエターナの乗るフェンリルが、二人を回収する。
一方で、セントラル・コアを失ったサティルスは、あとは死を待つのみ――のはずだった。
「セントラル・コアが……砕けて……」
力の源が消え、繋ぎ合わせた死者たちの制御もできなくなり、彼女のムカデのような巨体は崩壊を始める。
しかし、サティルスにはまだコアが残っていた。
セントラル・コアではなく、彼女が蘇るために使った、胸部に埋め込まれたコアが。
「ふふっ、うふふふっ、でもまだ、私自身のコアは壊れていないわぁ! 私はまだ、死者共のコアを束ねて、生き残って、のこ、って――ひぎゃっ!?」
両腕の力で這いずるように逃走を図るサティルスだったが、突如のけぞり、口から大量の血を吐いた。
巨大な力を振るった代償が、彼女の肉体を崩壊させているのだ。
さらに血だけでなく、噴水のように次々と口から臓物を噴き出す。
彼女が汚いオブジェと化している間に、フラムによって〝反転〟され破壊されたセントラル・コアにも異変が生じていた。
通常のコアは、反転すれば、負のエネルギーによって自壊する。
だがあれだけ大きなコアになると、自壊だけでは終わらず、黒水晶無しでもその場にしばらく負のエネルギーが留まり続ける――つまり、ブラックホールのように周囲の空間を吸い込みはじめるのだ。
「おごっ、ごおぉおおおおっ! んぎっ、ぎゃはっ、ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎいぃぃいいいっ! いぎゅううぅぅぐっ、ごっ、ごがああっ! がぶっ、ぶじゅっ、ぶじゅるっ……!」
体の中身を全て吐き出すサティルスは、それに巻き込まれ、肉体を引きちぎられ、醜い死に顔を晒しながら、怪物よりも化物めいた姿に成り果てていく。
「あの女にふさわしい末路かもね」
「そうですね……」
フェンリルの背中の上で、二人はその光景を眺めていた。
「死体の処理の手間も省けそうだな」
セントラル・コアの崩壊に巻き込まれ、他の死者も吸い込まれていく姿を見て、ガディオが言う。
「でも奥さんの死体、あいつに取り込まれてたんじゃないの?」
「
ほぼ剥製状態だったティアの肉体は、オリジンコアのおかげで中身――つまり臓器や脳が再生している。
だがオリジンの力が消えた今、おそらく内臓はルコーなどと同じ、何でできているのかわからない肉の塊へと形を変えているに違いない。
(それに、遺体に執着する必要があるほど、あいつとの再会が遠いとも思えん)
目を細め、彼はそんなことを考える。
やがて負のエネルギーが力の放出を終えると、町の外に出ていたオティーリエたちが、インクを連れて戻ってくる。
「エターナっ! 大丈夫? 怪我してない?」
「平気。インクこそ無事でよかった」
抱きついてきた彼女の頭を、エターナは優しく撫でる。
「いやあ、すごい戦いだったねー! 離れた場所から観戦したけど、住んでる世界の違いをまざまざと見せつけられた感じ」
そんな中、ひょっこりとどこからともなく顔を出すウェルシー。
「ウェルシーさん、まさか町の中にいたんですか!?」
「そりゃそうよ、こんなスクープなかなか撮れるものじゃないわ。これを記事にすれば、教会は瀕死間違いなしよっ! 私も死にかけたけど!」
どうやら戦いの余波で吹き飛ばされたらしく、服はボロボロだし髪もぼさぼさになっていた。
「あれだけの事があったのに、元気な人もいますのね。呆れるやら感心するやら」
「オティーリエさん、どうしてここにいるんですか?」
フラムは王国軍が出てきたことを知らない。
首をかしげるのも当然のことである。
「アンリエットがあんたらのこと心配して、フォローしてやれって命令してたワケよ。だから町の外から監視してたってワケ」
オティーリエの代わりに、ヴェルナーがその理由を語った。
「お姉様は先を見据えた判断ができるお方ですもの」
「会いにいったときにそんな命令を……ありがとうございます」
「その言葉、お姉様にしっかり伝えておきますわ」
あくまで感謝すべきは
「しかしなぜ、お前たちも傷を負っているんだ。避難誘導を始める前からその状態だったようだが」
ガディオに聞かれると、オティーリエの笑顔が曇る。
「それが、死者たちが暴走をはじめたのとちょうど同じタイミングで、モンスターの襲撃を受けましたの」
「顔が渦巻いた気持ち悪い化物だったよなぁ」
「その対処のせいで、手助けに入るのが遅れてしまいましたわ」
「モンスターということは、キマイラですね……ネクロマンシーを潰すついでに、ここに集まった全員を始末しようとしたのかもしれません」
「主導しているのはエキドナ・イペイラだったな、どこまでも腐った女だ」
ダフィズも似たようなことを言っていたのを、フラムは思い出した。
ゴーンやサティルスを操っていたのもエキドナだとすると、かなり
フラムたちもマークされているため、今後も注意が必要だろう。
「そういえばキマイラで思い出したんですが、サティルスが研究所に裏切り者がいた、みたいなことを言ってましたよね」
ミルキットに言われて、フラムも思い出す。
「ああ、ゴーン・フォーガンだっけ。エキドナに情報を売ってたっていう」
「ダフィズが友人だと言っていたあの男か」
「戦ってるときにも、あの人の奥さんや子供は見かけても、本人は見当たりませんでした」
「裏切るぐらいだから、先に逃げたのかもしれんな」
「異変が起きる直前に町を出たとすると、まだそんなに時間は経ってない。追いかければ捕まえられるかもしれない」
エターナの言葉を受けて、オティーリエはヴェルナーに視線を向ける。
「ヴェルナー、追尾はあなたの得意分野ですわよね」
「え、追いかけんの? この森の中を? 面倒くさいんだけどぉー」
いつもの調子で嫌がるヴェルナー。
このあと、オティーリエが彼を叱って向かわせるのがお決まりなのだが――今日に限って彼女はそうしなかった。
戦闘の直後で、そんなやり取りをする精神的余裕が無かったのかもしれない。
「それではわたくしが追いかけます」
「へっ?」
「何を呆けていますの、あなたが自分でやりたくないと言ったんですのよ? その代わり、あなたには生き残った住民へのケアを頼みますわ」
「お、おい待てって、面倒ってのは冗談で! ってもう行っちまったし。くそ、ミスったな……」
ぼやきながら、頭を
彼の『ミスった』という言葉の真意を知るものは、この場に誰もいない。
◇◇◇
一時間後、あっさりとゴーンは捕まり、オティーリエに首根っこを掴まれシェオルまで引き戻された。
そして彼と入れ替わるようにヴェルナーが王都へ向かい、住民を保護するため、アンリエットに応援を要請しに向かう。
本来、貴族の所有地であるこの土地は無断で王国軍が立ち入れる場所ではないが、今は非常時である。三桁もの人間の命が失われたとなれば、軍が介入するだけの十分な理由にはなりうる。
住民の救助や怪我の応急処置、残ったコアの破壊、ゴーンへの尋問などと行っているうちに時間は過ぎ、空が明るくなる頃、ようやく先遣隊が到着した。
フラムはキマイラの介入があったため、教会騎士が先に動く可能性を危惧していたが、後に本隊と共にやって来た副将軍ヘルマン曰く、彼らは特に動かなかったそうだ。
どうやらあくまでキマイラとネクロマンシーの内部抗争であって、教会本部は関わっていない、というスタンスらしい。
だが何事も無く終わるのなら、それが一番いい。
フラムたちは残りの片付けを王国軍に任せ、シェオルから引き上げる準備を始めていた。
「まさかここまで手伝ってくれるなんてね」
特に荷物も無いフラムは、物陰で
なんだかんだで彼女は、後始末にも参加してくれた。
だが、さすがに王国軍と顔を合わせるのは控えたいらしく、先遣隊が到着したあたりで隅っこに隠れてしまった。
もっとも、オティーリエやヴェルナーに見られている時点で、あまり意味は無さそうだが。
「途中で帰ったんじゃ、お姉さんたちに恩を売れないからね」
「ということは、腹をくくったの?」
「うん……戦いの途中も、パパはうるさいばっかりで、僕らには興味もなさそうだった。ざわざわと騒いで、フラムお姉さんやサティルスのことばかり。マザーと一緒さ、僕らの居場所は、きっともうそこには無い」
あるいは、居場所どころか存在価値すら無いのかもしれない。
だが自分の価値を見つけ出せる場所があることを、ネクトは知った。
「みんなに話してみるよ。説得には時間がかかるだろうから、今すぐというわけにはいかないけど」
だから、オリジンコアの摘出手術を受け、普通の人間に戻る――そう決めたようだ。
彼女の言う通り、まだ前途は多難だし、マザーが見逃してくれるとも限らないが。
「困ったことがあったらすぐに相談してね。教会から抜けたいっていうんなら、協力は惜しまないから」
「心強いよ。でも、そうならないように頑張ってみる。あいつらと殺し合うようなことはしたくないからね」
そう言ってネクトは立ち上がると、パンパンとズボンの後ろをはたく。
「インクには何も言わなくていいの?」
「まだ僕はチルドレンを抜けたわけじゃない。あのエターナってのにくっついて幸せそうにしてるインクを見ると、僕から声をかけようって気にはならないよ」
「あっちは気にしてないと思うけど」
「まったく脳天気なやつ。伝えといてよ、僕らにバカにされたくなったら、まずそういうとこを直せって」
歯に衣着せぬ物言いに、フラムは苦笑するしかない。
「でもまあ……以前のように見下してるわけではないんだ。彼女は失敗作と言われていたけれど、結果的に僕らよりも一歩前に進んでいる。マザーの近く以外にも、帰るべき場所は作れるんだっていう、未来の可能性みたいなものを見せてもらったよ」
打って変わって、真剣なトーンで話すネクト。
「姉として認めたってこと?」
「元から超落ちこぼれだけど姉だとは思ってたよ、愛情表現が歪んでただけでね」
いくらなんでも歪みすぎである。
だがネクトも、それは修正するべきだと思っているようだ。
「あと、さ……一応、こういうのは形にしておいたほうがいいと思うんだけど」
「なんの話?」
「こういうこと」
さっと右手を開いて差し出すネクト。
よほど恥ずかしかったのか、彼女は左手で前髪をいじりながら、微かに頬を赤らめていた。
フラムはネクトの年相応の一面を見て微笑むと、その手をしっかりと握った。

「よろしくね、ネクト」
「協力するだけで、まだ仲間になったわけじゃないってことは覚えといてよ」
「頭の片隅ぐらいには置いとく」
「すぐに忘れられそうだね」
「そうなるといいんだけど」
争いなんて、できれば一生起きないほうがいい。
和解できる可能性のある相手なら、なおさらだ。
「じゃ、また」
「ん、またね」
「――
別れの言葉をあっさりと交わし、ネクトは消えた。
ミルキットがフラムに近づいてきたのは、その直後だった。
「ネクトさん、帰ってしまわれたんですか?」
「きっとまた会えるよ、コアを取り除く決意はできたみたいだし」
次に彼女が来るときまでに、どうやって心臓を確保するかも考えておかなければならない。
どうしても血なまぐさい話にはなってしまいそうだが、まあ、きっとどうにか見つかるだろう。
「やることはやったし、私たちも帰ろっか」
「そうですね、帰りましょう。私たちの家に!」
長い夜が終わる。
フラムたちは悲劇の町に別れを告げ、王都へと戻っていったのだった。