
地上では、住民たちを救うため、ガディオとエターナが奮戦していた。
ガディオは圧倒的な火力で死者を粉砕し、エターナはインクとともに氷で作り出した狼〝フェンリル〟を駆り、安全な場所まで人々を運ぶ。
無差別に生者を襲う死者たち。
以前は両者の区別が付かなかったが、今は死者の目が渦巻き、血の涙を流しているため、すぐに見分けられる。
ガディオが前方の死者を両断しようと剣を振り上げたそのとき――相手の動きがぴたりと止まった。
「死者たちの動きが一斉に止まっただと?」
ガディオ同様、エターナも戸惑っていた。
だがインクは、自分の前に座るエターナにしがみついて怯えている。
「何かが……来る……っ」
「インク?」
「すごく大きい何かが、下から近づいてきてる!」
インクがそう言った直後、地面の揺れをエターナも感じた。
そして――教会の屋根を突き破り、それは地上に現れる。
「あれは、何……?」
天高くそびえ立つ、人間を積み重ねて作ったような死者の塔。
そんなとんでもない物が現れたかと思えば、動きを止めたシェオルの死者たちも、塔に引き寄せられ、その一部と化す。
取り込めば取り込むほど塔は高くなり、月明かりでわずかに照らされた夜のシェオルを、完全に影で覆った。
「まさかセントラル・コアを取り込んでいるのか? 先端にいるあの女は――」
ガディオが塔を見上げていると、彼のすぐ隣にネクトが一人で転移してくる。
一緒にいたはずのミルキットは、他の場所に避難させているようだ。
「サティルスだよ」
サティルスの下半身は完全に他の死者と同化しており、腹部にはセントラル・コアを取り込んでいた。
もはや完全に、人であることを放棄している。
「サティルスだと? なぜあの女狐が――いや、理由は後回しだな。協力してくれるか、ネクト」
「最初から僕はネクロマンシーを潰すためにここにいる。それに、フラムお姉さんが取り込まれてるのに、見て見ぬふりをするってのも寝覚めが悪いから」
「それって本当なの!?」
フェンリルに乗ったインクが、近づくなり大声をあげた。
「相変わらずの地獄耳だねインクは」
「ならあれを倒す前に、助け出すしかない」
「そうは言うけど……僕さ、あれかなりヤバいやつだと思うんだよね。ほら、さっそく仕掛けてきた」
町の死者を全て取り込むと、塔は傾き、ネクトたちを押しつぶすように倒れてくる。
その高さは五十メートルをゆうに越えている。
圧倒的な質量で圧迫されるだけでもひとたまりもない。
三人はそれぞれ別の方向に散開して回避する。
ズオォォンッ――土煙を巻き上げながら、民家を粉砕し、地面をえぐり、死者の集合体は大地に横たわった。
するとその〝胴体〟と呼べる部分の両側から、人の手足が無数に生え、這うように動き出す。
「塔かと思えば今度はムカデか!」
「避難した人たちのほうに向かってる」
「やらせるものか! おぉぉおおおおおッ!」
ガディオはサティルスの前に立ちはだかると、その突進を身一つで受け止める。
「自分への過大評価が過ぎるわよ、ガディオ・ラスカットォオオオ!」
刃がサティルスの放つ見えない力場に触れると、
その場で踏ん張るつもりが、一気にかかとが地面を削りながら後退していった。
「ぬううぅっ! その体で意識があるのか!」
「出来が違うの! コアじゃなくて私のねぇ! だって私はお金にも権力にも神様にも愛された、選ばれし人間だからぁっ!」
「ふざけた理屈をぉっ!」
しかしそのおふざけで、サティルスはガディオを
(足りないと言うのか、今の俺では。いや、まだ俺には削れるものがある。キマイラに復讐を遂げるためならば、喪失を恐れはしない!)
ガディオはティアを手に掛けた覚悟のもと、代償を支払い、自らの限界をさらに引き上げようとした。
だがそこで、サティルスからかかる圧力が若干弱まる。
「アクアゴレム、アーンド、アイスゴレム。ゴー」
エターナが氷と水、二体の巨人を作り出し、両側から長く伸びる肉体を押さえつけたのだ。
さらに動きが鈍ったところに、ネクトが攻撃を仕掛ける。
「押しつぶされろ、
無人になった民家をサティルスの頭上に転移させ、押しつぶす。
「虫けらがチクチク刺したところで、私には効かないわ!」
サティルスの胴体から無数の死者を束ねた触手が伸びる。
触手はネクトが転移させた民家を絡め取ると、鎖で繋がれたハンマーのように振り回し、エターナの作る二体のゴーレムをなぎ倒した。
「あんたも、妻を救えなかった無念の中で死になさぁいっ!」
サティルスはガディオとティアの末路を知らないはずである。
だが彼女が取り込んでいるのは、ネクロマンシー・コアの全てを統べるセントラル・コア。
無意識下ではあるが、その蓄積された記憶がサティルスにも流れ込んでいた。
「ぐ、おぉおおおおおおッ!」
ガディオの頭上から、民家が落ちてくる。
だがサティルスの突進を受け止める彼の両手は
避ければ、加速したサティルスが、背後にいる避難した人々を
つまりガディオは、このまま受け止める以外の選択肢が無いのである。
数十トンもの質量が叩きつけられる。
「この程度で……俺を殺せると思うなあァッ!」
しかし彼は、なおも健在であった。
特別な方法を使って切り抜けたわけでもなく、さらに言えば鎧すら纏っていない。
方法はシンプル。プラーナで肉体を強化し、耐えただけである。
言ってしまえば、〝気合〟だった。
「ふ……ふふふっ、潰しがいのある男ねぇっ! ならこれはどうかしらぁ!」
サティルスは避難者狙いの突進をやめ、ガディオに無数の触手をけしかける。
「とんでもないおじさんだなぁ、これは僕も負けてられないね。ねえ、エターナおばさん」
「あとでぶっころす」
「短気だなぁ。どうでもいいから、なんかドでかい水とか氷の玉を作ってよ」
「生意気……でも今はやるしかない。アイスメテオライト」
納得していないエターナだったが、今は戦闘中である。
しぶしぶネクトのリクエスト通り、数十メートルの大きさの氷塊を作り出し、空中に浮かべた。
「インク、『よく我慢した』ってわたしを褒めてほしい」
「よしよし、エターナはえらいと思うよ」
慰められるエターナに目も向けず、ネクトは力を行使する。
「行け、
転移ではなく、〝引き寄せ合う力〟を発生させた。
すると氷の塊は、猛スピードでサティルスに向けて落下をはじめる。
着弾の衝撃波は、人が飛ぶ程度の暴風が吹き荒れるほどである。
サティルスは防御する様子もなく、間違いなくクリーンヒットだった。
だが――
「ふふふっ。今、私に何かしたかしら?」
彼女はまったくの無傷だ。
「さすがにありえない」
「いくら巨大コアを取り込んでるからって、こんなことになるはずが……」
ネクトの想像が正しければ、サティルスはセントラル・コア以外の、〝なり損ない〟が宿すコアの力を使っているわけではない。
なぜなら複数個のコアを一人の肉体に宿しても、相互作用による力の暴走で、まともに制御できるはずがないからだ。
一時的に莫大な力は得られるかもしれないが、すぐに肉体が限界を迎え、自壊してしまう。
仮にセントラル・コアがあったとしても、許容し、自らの意思で制御可能なコアの数は二つが限度。
サティルス自身がネクロマンシー・コアで蘇った死者であることを考えると、彼女が得た力は自分のコアと、セントラル・コアの分のみ。
だがそれだけでは、これだけの圧倒的な防御力は実現できない。
「ぐぅっ、この力は……っ!」
ガディオは触手を剣で切り落とそうとしたが、まったく刃で傷を付けられない上に、個々の持つ力も異様に強い。
動き自体はそう速いわけではないにもかかわらず、だ。
それを見て、ネクトはサティルスがどうコアを使っているのか理解する。
「そうか……あの体は、本当の意味で同化してるわけじゃない。一つの体に大量のコアを取り込んだわけではなく、コアを持つ個体を繋ぎ合わせ、セントラル・コアで制御しているんだ!」
「つまり、どういうこと?」
水の弾丸でガディオの援護をしながら、エターナはネクトに尋ねた。
「集合体ってことさ」
「その気になれば切り離して別々に動けると」
「可能だろうねぇ」
二人の予想通り、五十メートル以上に伸びたサティルスの体が、ちょうど真ん中から千切れ、分裂する。
分裂した体は大量の手足を波打つように動かして、戦う力を持たない避難者たちに迫った。
「たぶんあの硬さや力は、取り込まれた死者がそれぞれ個体ごとにオリジンの力で防壁を展開することで実現してるんだと思う。しかも分裂できるってことは、僕らには数の上での有利すら存在しない。案外、逃げるのが一番賢いやり方なのかも」
「そんなこと、できるはずがない」
「だろうね、君たちはそういう人種だから」
そう言いながら、ネクトは転移し、本体から分かれた〝分体〟の前に立った。
「さっきみたいに利用されちゃたまらないからね、別のものを使わせてもらうよ!」
開いた手のひらを閉じる。
するとシェオルの周囲を囲む木々が引っこ抜かれ、分体に向けて射出された。
雨のように降り注ぐ樹木に進行を邪魔されながらも、体をくねらせ、手足を動かし、サティルスに命じられるままに前を目指す分体。
するとネクトの横にフェンリルに乗るエターナが到着し、手のひらを敵に向ける。
「ハイドロプレッシャー!」
大量の水が、猛烈な勢いで放たれる。
それは絶え間なく、エターナの魔力が切れるか、自らやめない限り止まることはない。
だがなおも分体は前進を続ける。
「まだまだぁっ、僕の残弾はいくらでもあるんだよッ!」
「わたしの魔力も、まだ尽きない!」
樹木のミサイルも、放たれる水の圧力も、二人の気勢があがるにつれて、勢いを増していく。
「いい加減に、止まれよぉっ!」
「そう、ならリクエストに応えてあげるわぁ」
ガディオとやり合うサティルスが、そうつぶやく。
そして分体は動きを止め、ネクトとエターナの表情が明るくなった次の瞬間――そいつは、弾けてバラバラになった。
「自爆した……?」
「違うよエターナ、なんか、すごくいっぱい〝声〟が聞こえる!」
「さらに細かく分裂したんだ!」
「ただの一般人を殺すのに、あんな巨体である必要は無いでしょぉ? ねえガディオ、あなたああいう大群の処理が得意そうよね。だから、まだ私と踊ってもらうわ!」
「卑劣な女め!」
ガディオは触手の苛烈な攻撃に足止めされ、その場を動けない。
いや、それどころか、攻撃をいなして生き残るのが精一杯だ。
散らばった分体たちは、頭を振り乱し奇声をあげ、狂った人間のように、あるいは犬のように、蜘蛛のように、毛虫のように、多彩な動きで避難者たちを狙う。
「わたしたちで止めるしかない!」
「数が多いけど、それだけ柔らかくはなってる! 減らすチャンスだと思ってやるさ!」
エターナは氷の雨を降らし、大地を氷結させ、足を止めた死者を水の弾丸で撃ち抜く。
ネクトは死者同士を接続し、肉体を繋ぎ合わせて動きを止めると、片っ端から周囲のものを転移させ、飛来させ、
しかし、なおも敵の数は多く、止めるので精一杯だ。
「ここで私のサプライズプレゼェントッ!」
サティルスの体から伸びた触手が、近くにある民家の残骸を拾い上げ、放り投げる。
狙うはもちろん、シェオルの住民たち。
ガディオも、エターナも、ネクトも――それぞれの敵を止めるのが精一杯で、防げない。
生き残った住民たちは、寄り添いながら死の恐怖に怯え――
「ヴェルナー、そっちは頼みましたわよ!」
「はいよーっと」
現れた王国軍副将軍の二人が、彼らを守るために前に飛び出る。
「バイブレイションクロー!」
ヴェルナーが両手に装着した銀の爪は、風魔法によって振動する空気によってコーティングされている。
その刃は、飛来する
「噛み砕きなさい、
オティーリエは
蛇は瓦礫に食らいつくと、内部に染み込み、劣化させた上で、噛み砕く。
「住民はわたくしたちが町の外に避難させますわ」
本当は一緒に戦いたいところだったが――オティーリエやヴェルナー、そして遅れて到着した兵士たちは、みなボロボロだ。
どうやら彼女たちは町の外で、死者以外の何かと戦っていたようである。
「王国軍か、助かる!」
「虫が増えたところで、踏み潰す手間が少し増えるだけよっ!」
「そうはさせんぞサティルス、
ガディオは岩を纏い、巨大化した大剣をサティルスの頭に叩き込む。
やはりダメージは無いが、彼女の気をそらすことには成功した。
「しぶといし目障りだし
サティルスは怒り狂うと、冷静に物事を考えられなくなる女だ。
もっとも、ガディオに向けられる攻撃は激しくなったが、その分だけ他に意識を向ける余裕が無くなる。
住民を狙っていた無数の分体たちも、その感情に同調してか、再び本体に吸収されていく。
「ネクト、インクをオティーリエたちのところに連れて行ってほしい」
「僕がインクを助けろって? はぁ……仕方ないなぁ」
「よろしくね」
「よろしくじゃないっての、この役立たず。
ぶつくさ言いながらも、インクを連れて転移するネクト。
インクがいなくなると、エターナは
一方でネクトは、チルドレンが現れ驚くオティーリエたちにインクを引き渡すと、さらに別の場所に避難させていたミルキットを迎えに行く。
「ネクトさん……」
彼女は、シェオルの端にある建物の陰に膝を抱えて隠れていた。
「王国軍って人たちが助けにきてくれた。そっちに付いていけば安全だと思うよ」
「ご主人様は助けられそうですか?」
「できる、って言いたいところだけど……正直厳しいかな」
ここまで善戦しているような感覚もあるが、実際はサティルスに一切ダメージを与えられていない。
「サティルスは大量に取り込んだ死者のコアを利用して、常に防壁っていうか、全身を見えない力で包んでるんだ。僕らがコアの力で頑丈になるのとは違う。対処法はフラムお姉さんぐらいなんだけど……」
「ご主人様でも、サティルスに傷を与えることはできませんでした」
「やっぱそうか。でも、勝機って意味では、いるといないじゃ大違いだと思うんだよね」
「あの……私に、ご主人様を助けに行かせてもらえませんか?」
「は? 本気で言ってんの?」
ネクトは、ミルキットの気が狂れたとしか思えなかった。
「フラムお姉さんは、ただあの中に埋まってるわけじゃない。物理的に取り込まれているのはもちろん、あんなオリジンの意識の海みたいなとこに沈んでたんじゃ、自分が誰なのかすらわからなくなってると思うよ」
ちょうどネクトも、流れ込む〝パパ〟の言葉から意識を背けるので必死だった。
今まで彼女の存在を無視してきたオリジンだが、さすがに今回ばかりは
だがそれでも耐えられるのは、幼少期からずっと、オリジンコアに適応し続けてきたからである。
「私が呼びかけても、元には戻りませんか?」
「そんな都合のいいことあるわけないって。それに、お姉さんがどこに埋まってるのかもわかんないんだよ?」
「わかりますっ! 戦いを観察していて、ご主人様の手が出ているのを見つけたんです!」
「あの中から、手だけで判別したっての?」
「ですからネクトさんに連れて行ってもらえれば、ご主人様の手を握ることはできますし、声も届くかもしれません」
「仮に声が届くとして……十中八九、君も死ぬよ?」
ネクトは本気で脅したつもりだった。
ミルキットの提案が、あまりに愚かだったからだ。
それでも彼女は揺るがない。
「それよりも、ご主人様のいない世界で何もせずに生きているほうが怖いです!」
フラムのためなら命を捨てたって怖くない――そう、本気で言い切った。
ネクトは「はぁ」と大きくため息をつく。
「僕が何を言っても、ミルキットお姉さんは諦めないんだろうね。わかった、連れてってあげるよ」
そう言いながら、彼女は『僕も毒されてるな』と心の中で苦笑いを浮かべた。
◇◇◇
その意識は海に沈んでいる。
私はだあれ? そう問いかけると、無数の答えが帰ってきた。
『私はあなた』『僕は君』『俺と俺と俺が組み合わさって君になる』『もういやだ』『私は誰でもない』『私は私たちになるべきである』『接続こそが正しい概念』『ここから出して』『私はずっと一緒に生きていたかっただけなのに』『助けて』『達した』
止めどなくあふれてくる声に、フラムはさらに、自分の居場所や形を見失っていく。
一番タチが悪いのは、この空間がひどく心地よいことだ。
長居すればするほど、深く沈んでいく。
海の底には、数多の死体――いや、〝抜け殻〟が横たわっていた。
水がオリジンの意識ならば、あれは報われなかった死者たちだ。
あるいは、飲み込まれ、命を落とした生者も交ざっているのかもしれない。
彼らはひたすら、誰かの問いに答えるでもなく、己の中に残った悲嘆や憎悪、
『妻と一緒に暮らしたいだけだったのに、なぜこんなことに』『私は恋人と再会したかっただけなのに』『本当は死にたくなかった。そんな当たり前の願望を叶えただけじゃないか』『返して、私たちの幸せを返して』
〝当たり前〟を奪われ、ネクロマンシーでそれを取り戻そうとした人たち。
オリジンコアのことも知らずに希望にすがりついた彼らは、無条件で被害者だ。
誰にも責めることはできない。
そして抜け殻と同じように水底に横たわる。
自分が誰なのかわからないまま、心地よい水の温度にまどろむ。
ぼんやりと霞む視界。
彼女の目の前には、どこかで見覚えのある、気の弱そうな白衣の男が寝そべっていた。