サイレンが鳴り始める少し前――フラムとミルキットは、第一実験室で女性研究員を見つけた。

 胸に付いている名札には〝クラリス〟と書かれている。

 フラムは彼女に、先ほど起きた出来事について話した。

「何十人分の声がしたのに、ドアを開いたら誰もいなかった? ふふっ、そんなこと起きるわけないじゃない。疲れているのよ、フラムさん」

 クラリスはそう言ってはぐらかす。

 だが彼女の瞳が揺れているのを、フラムは見逃さなかった。

「本当は、何か心当たりがあるんじゃないの。嘘をついても無駄だから」

「嘘だなんて……」

 強い声で言われると、クラリスは気まずそうに目をそらす。

 なおもフラムは彼女をにらみつけ、揺さぶりをかけた。

 彼女がおそらくダフィズと同じ人種であるということは、顔を見ればわかる。

 良心のしゃくというやつには弱いはずだ。

「……ダフィズさんに言わないって誓える?」

「あなたの名前は出さない」

「じゃあ話すけど、実はあなたが来てから、被験者たちのメンタルステートが異常な数値を出してるの」

「メンタルステート?」

「精神の状態を表す数値よ。高ければ高いほど興奮状態にあるってことなんだけど、もちろん高ければ、なんらかの形で肉体――つまりバイタルステートにも影響を及ぼす。それが〝生きた人間〟ってものなの」

「その二つの数値が、ちぐはぐだったとか」

「ええ、最近はその問題も解決できたと思っていたのに、まるで研究初期みたいな状態だったわ」

「そうなると、何が起きるんですか?」

 ミルキットが問うと、露骨にクラリスの表情が曇る。

「全身に螺旋状の器官が発生して、無差別に人を襲う化物になるわ」

 それはフラムがよく知る化物の姿だ。

 しかし数値異常が計測されたということは、すでに死者たちはその姿になっていなければおかしい。

「だけどなぜか、被験者は人の姿を崩さず、意思の疎通も可能な状態だったわ。だから計器の故障って扱いで、ダフィズさんには黙ってるように言われたんだけど……」

「じゃあ、なかなか呼びにこなかったのも、そのせいだったんですね」

「食事会の準備が遅れててね。でも、ちょうど今、ダフィズさんがガディオさんを呼びに向かってるところよ」

「そんな話を聞いたあとで、食事会なんて参加できるはずないっての」

 その場できびすを返し、部屋の出入り口へと歩くフラム。

 クラリスはそんな彼女の腕を掴んで止める。

「待って、どこに行くつもり!?

「中央制御室しかないでしょ。今すぐセントラル・コアを破壊して終わらせる!」

「いくらあなたでも、あの扉は壊せないわ。それにそんなことしたら、シェオルの死者たちが化物に変わって大変なことになるじゃない!」

「ティアさんが動けたってことは、数時間の猶予ぐらいはあるんじゃないの? 手遅れになる前に、別れを済ませるべきだよ」

「数値の異常に関しては、本当に計器の故障かもしれないのよ。それに、ダフィズさんや私たちは何年もかけてこの研究を続けてきて、やっとここまで来れたの! お願いだから、そんな一時の感情だけで壊そうとしないでっ!」

「一時の感情なんかじゃないっ!」

 フラムは怒りをあらわにし、クラリスに反論した。

「あなたたちこそ、オリジンコアがどんなものなのかわかってるの? あれは人を救う道具なんかじゃない。ぼうとくして、踏みにじって、人を不幸におとしいれる――そういうものなの!」

「だとしても、それだって使いようなのよ。毒だって時には薬になることがあるわ」

 ダフィズと同じような言葉を並べても、フラムを説得するのは難しい。

 二人はにらみ合う。

 ミルキットはフラムの横に立ち、厳しい表情でクラリスを見ていた。

 険悪な空気が流れる中、続いた沈黙を断ち切ったのは――けたたましいサイレンの音だった。

「えっ……嘘、どうして非常サイレンが鳴るの!?

「非常サイレン? どういうこと、何が起きたのっ!?

「私にもわからないわ!」

 さらに、〝コン〟という小さな音が、扉から聞こえてくる。

 三人の視線がそちらに向くと、続けてコンコン、コン、と不規則に音が鳴る。

 入室の許可を求めるノックにしては、音が小さすぎるし、何より位置が低い

「誰よこんなときに……」

 クラリスはため息交じりにそう言うと、扉を開く。

 すると倒れ込むように、幼子が部屋に入ってきた。

「ゴーンさんとルルカさんの子供? こら、ダメでしょ、一人でこんなとこに来ちゃ」

 その子を抱き上げようと、クラリスはしゃがんで手を伸ばす。

 両手が同時に身体に触れ、指先がねじれる

「え……?」

 パキパキッ、と小枝が折れるような音とともに、両指がぐるりぐるりと回って壊れ、回転は徐々に広がりやがて手全体に、そして手首、前腕にまで及んだ。

「あ、ああぁっ、な、なに、これ……っ!?

「あぅー……きゃっきゃっ!」

 フラムは、笑う子供の瞳を見た。

 そこに眼球は無い。

 顔の代わりと言わんばかりに、瞼の向こうで、赤い肉が渦巻いている。

 そしてそこから血が吐き出されるたびに、まるで涙のように赤い液体が頬を伝った。

「ひっ……あ、あれ、赤ちゃんじゃ……ない……」

「クラリスさん早くそいつから離れてっ!」

 フラムは魂喰いを引き抜き構えたが、クラリスと赤子の距離が近すぎて攻撃できない。

 まずは彼女に手を離してもらうことが一番なのだが、

「離れないっ、離れないのよぉっ! くっついてる? いや、違う、一緒になってる、飲み込まれてるぅっ!」

 触れた部分から同化してしまっている。

 回転はもはや腕だけにとどまらず、胴体や足、頭部にまで迫ろうとしていた。

 もうクラリスを助けることはできない。

「痛い……痛いよぉ……うあ、あああぁ……こ、殺して……おねがいいぃっ! 痛いの、いやぁっ、もう、いやあぁぁっ!」

「くっ……てりゃあぁぁああっ!」

 救いを求めるように死を懇願するクラリスを、フラムは赤子もろとも両断した。

 なるべく即死させられるよう、心臓を狙ったおかげか、彼女は声もなく絶命する。

 だが同化していたはずの子供は、ただのねじれた肉塊となって、体内から這いずりでてくる。

 その様は到底人間と呼べるものではなく、蛆虫に近い姿だった。

「あれが、生まれてきた子供の正体……」

「人間では……なかったんですね」

「妊娠から出産、そして成長……それをオリジンが、ただの肉の塊に真似させてただけ、なんだと思う」

「なら、スージィさんのお腹にいる子供も、そういうことですよね。オリジンはどうしてこんなことを……!」

 オリジンは、増えたがっている。

 ネクロマンシーという研究が完全に近けば近づくほど、その利用者は増加する。

 結果的に、オリジンの勢力は広がる。

 だから人間の生殖を模倣する必要があった――そんな理屈をこじつけることは可能だ。

 だがフラムは、それがオリジンの人間に対する冒涜だとしか思えなかった。

 一度希望を見せておいて、それを打ち砕くことで、サディスティックな欲望を満たしているのだ。

「やっぱり、今すぐセントラル・コアを破壊しないと!」

 最終的にシェオルに存在する全てのコアを破壊することになるだろう。

 されどその中核になるのは、やはりセントラル・コアだ。

 このサイレンの音も、化物となった赤子も、全ての原因はそこにあるはず。

 フラムとミルキットは急いで部屋を出た。

 そして中央制御室へ向かおうとすると、一人の女性が立ちふさがった。

「ルルカさん、ですよね……」

 先ほど真っ二つにした子供――否、肉塊の生みの親だ。

 いつの間にか部屋から出ていたかつて赤子の形をしていた肉は、ちょうど彼女の体を這い上がっているところだった。

 そして顔まで到達すると、強引に口に入り込む。

 もちろん普通は入らない。

 ゴギッ、という音がして顎が外れ、喉が隆起し、およそ人とは思えない醜態を晒しながら、肉塊は体内へと入っていく。

 全て呑み込むと、彼女の腹は妊娠したように膨張した。



「そうやって、また産み直せばいいって? 子供一人が生まれて、育つまでに、途方もなく沢山の想いや感情が込められているのに……それを、人間の命を、お前は――なんだと思ってるんだあぁぁぁぁあああッ!」

 振り下ろした剣が地面に叩きつけられると、プラーナの嵐がルルカを吹き飛ばした。

 頑丈な廊下の壁や床、天井は飛び交う細かな刃によって切り刻まれ、ガリガリと特有の破砕音が鳴り響く。

 完全なオーバーキルだ。

 いくらコアの力があるとはいえ、兵器として作られていない死者一人に対して放つ攻撃じゃない。

 だがそれでも、床に残った血痕や肉片を見るだけで、フラムは不快な気分になった。

「ほんと、最低っ……!」

 胸に広がる〝苦み〟に顔を歪めるフラムを、ミルキットはそっと優しく、背中から抱きしめた。

「あ……ありがと、ミルキット」

「これぐらいしか、できませんから」

「私にとってはこれが最高だよ。よし、行こっか!」

 力を分けてもらったフラムは、気持ちを切り替えて前進する。

 中央制御室まではそう遠くないが、道中には研究者たちが暮らす居住スペースが設けられている。

 そこに差し掛かると、予想通り凄惨な光景が広がっていた。

 食い散らかされた生者に、その死体をねじって遊ぶ死者。

 廊下は赤いペンキをぶちまけたように染まり、強烈な悪臭を放っていた。

「邪魔だ、どけえぇっ!」

 だが感傷的になるのは、戦いが終わったあとでいい。

 今は前に突き進むのだ。

 オリジンの欲望を打ち砕き、始まってしまったこの悲劇を、少しでもマシな形で終わらせるために。

「ふっ、せいっ! はあぁっ!」

 走りながら、ひたすらに剣を振り、障害を取り除いていくフラム。

 死者は気剣斬プラーナシェーカーだけでも倒せるが、いかんせん数が多い。

 ただ戦うだけなら処理は簡単だが、中央制御室に急ぎたい今は、この足止めが非常に厄介だ。

 さらに数は増える一方。

 これだけの数の死者が、研究所内にいるはずがない。

 中にはちらほらと白衣を着ていない人間も交ざっており、地上から流入したと考えられる。

「すごい数……道が完全に塞がってます」

 もはやまともな知能も残っていないのか、互いの肩にぶつかりながら、死者たちは通路でひしめき合っている。

 一掃してしまいたかったが、いかんせん狭い場所のため、魂喰いのような大剣が扱いにくい。

(抜け道があればいいんだけど、私は研究所内の構造には詳しくない。どこか突破できる場所はないの?)

 近づいてくる死者たちを切り伏せながら、フラムは頭をフル稼働させる。

(壁を壊して……いや意味がない、そっちも塞がれるだけ。引き返しても迂回路は無さそうだし、もちろん間を縫って抜けていく隙間なんて無い。他には……空いているのは……頭の上ぐらい)

 唯一、死者が栓をしている通路で、そこだけが空いている。

「頭の……上……そっか、これなら!」

 妙案が浮かんだのか、フラムはミルキットをぐいっと抱き寄せた。

「しっかり掴まっててね、ミルキット」

「はいっ!」

 ミルキットはフラムを信じ、ぎゅっと抱きつく。

重力よ反転しろリヴァーサル!」

 魔法の発動――同時に地面を蹴り、跳躍する。

 そしてフラムは、天井に着地した

「へっ? どうなってるんですかこれ!?

「詳しく説明はできないけど、うまくいってるならそれでよしっ!」

 今の彼女にとっては、天井こそが床なのだ。

 そのまま走るだけで、死者たちの頭上を通り過ぎることができる。

 フラムはミルキットを抱きあげ加速し、中央制御室まで一気に駆け抜けた。


 ◇◇◇


 フラムたちは最初からロックが解除されていた扉をくぐり、中央制御室に足を踏み入れると、思わず顔をしかめる。

 むわっとしたぬるい空気と、生臭い臭いが室内に充満していたからだ。

 見た目の様子も、最初に入ったときとはまるで違う。

 壁一面が、まるで人間の一部を貼り付けたかのような、肌色とピンク色の混ざった物体で覆い尽くされている。

 場所によっては指や手、あるいは腕や脚そのものが生えている部分もあった。

 それら全てが、不規則に、まるで生きているかのように動く。

 そして部屋の中央に設置されたネクロマンシー・セントラル・コアは、まるでそれらの核であるかのように、飲み込まれ、一体化している。

 一足先に到着していたダフィズはその巨大な黒水晶の前に立ち、コアよりもさらに上を見ていた。

「あれ、スージィさんの顔みたいです……」

 人体を組み合わせたちぐはぐなパズルの中で、彼女だけはしっかりとした形を保っていた。

 もっとも、目はうつろで、顔は半分ほど螺旋に侵食され、口元には壊れたような薄ら笑いを浮かべているが。

 ダフィズの子供を宿しているはずだった腹部は、血管のようなものが浮かび上がり、どくん、どくんと不気味に脈動している。

 そこに宿っているものが、ルルカの子供と同じならば――ダフィズはこれから、あまりに残酷な現実を知らされることになる。

「フラムさん、誰が悪いんだと思います?」

 振り返ることなく、彼は問いかける。

 フラムは迷わず答えた。

「オリジンじゃないかな」

 突き詰めれば、それが全てだ。

「あんなものを信じたことが間違いだった」

「ふ……ふふっ……つまり最初から、ですか。フラムさんは残酷な人ですねえ……」

「そこから目を背けたって、余計に自分が傷つくだけだよ。他の研究員から聞いたけど、私がここに来た時点で数値の異常が出てたらしいね。ダフィズ、あんたはとっくに気づいてたんじゃないの?」

「どうでしょうか。ああ、しかし、ほんの一日程度で気づく人だっていたのですから、本当は僕も、心のどこかで理解していたのかもしれません」

 しかしダフィズにその自覚は無かったのだ。

 本当に、今の今まで、心の底から自分の研究の成功を信じ込んでいた。

「理解した上で、熱く夢を語ってみせて、沢山の人を騙して、引き込んで。それでも僕は――幸せな夢に、浸っていたかったんですね。スージィの生きている現実が、偽りだと思うことを本能が禁じていた」

 だから彼は自分の研究を盲信し続けた。

 見えていたはずのほころびから、目を背けて。

「なかった、のに……ふふっ、くふふふっ、あはははははははははっ!」

 ――その結果が、これだ。

 落ち込んだり、怒ったりする領域はとっくに通り越して、もはや笑うしか無い。

「はは……は……まさか、スージィ自身の手でそれが終わるなんて、誰が想像できるっていうんですか! どうして彼女は、こんなことをっ!」

「そろそろ退いて、私はそれを壊さなくちゃならない」

 ダフィズの言葉に耳を貸す義理など、フラムには無かった。

 しかし彼は受け入れず、コアの前に立ち両手を広げ、愛する妻の成れの果てを守る。

「スージィはやらせません!」

「だったら、私はあんたを斬ってでもコアを破壊するッ!」

 フラムは本気でダフィズを殺すつもりで、気剣斬プラーナシェーカーを放った。

 しかし蠢く異形から人の手足を繋ぎ合わせたような触手が伸び、飛来する三日月の剣気を防ぐ。

「スージィ……僕を守って……そうか、君は本当に蘇っていたんだね! まがい物なんて言ってすまない、どんな姿になったって君は君だ! 僕の愛する妻だ!」

「だったら直接ぶった斬るだけだ!」

 フラムはなおも攻撃の手を緩めず、今度はダフィズに向かって突っ込んだ。

 そして魂喰いに力を込め、邪魔する触手を叩き切る。

 黒き刃は、丸太ほどの太さがあるそれを半分ほど切断したところで止まった。

「くっ、なんなのこれ……魔力を込めても切り落とせないなんて!」

 フラムの足が止まると、別の触手が急襲する。

 一旦武器を収納すると、後ろに跳んで彼女はそれを回避した。

「無駄ですよ」

 ダフィズは壊れた笑みを浮かべ、言い放つ。

「セントラル・コアにたくわえられた力は、通常のコアの数十倍に及びます。キマイラやチルドレンと異なり兵器用に調整はされていませんが、取り込めばばくだいな力を手にすることができます」

「だけどはっきりとした弱点がある! はああぁぁぁぁああッ!」

 触手に攻撃が通らないのなら、セントラル・コアを狙うまで。

 フラムは高く飛び上がると、空中で刺突を放ち、黒刃の先端から細く鋭いプラーナの針を射出する。

 気穿槍プラーナスティングで狙ったのは、ガードの隙間だ。

 だがすぐさま別の触手がカバーに入り、コアを守る。

 さらにミルキットまで狙われ――フラムは彼女を抱え、転がりながら鞭のようにしなる触手から逃れた。

「アアァァ……アアァァアア……ォアアァァァアアアア!」

「スージィ?」

 フラムが必死に奮闘する中、セントラル・コアと一体化したスージィに変化が生じる。

 膨らんだ腹部と思しき部位が、脈動を始めたのだ。

 そして膨らみが裂け、中から粘液に包まれた赤ちゃんが吐き出される。

「これは……僕たちの子供が生まれたんですねスージィ! なんてかわいらしいんだ……!」

 床に産み落とされたそれに、ダフィズは駆け寄る。

「あぅ、うあ! ふあう! ふあう!」

 だが彼が近づいても、人の形をした肉の塊は彼のことを見ていない。

 内側で赤い肉が渦巻く瞳の向く先には、フラムがいる。

「ルコー……はは。君の名前はルコーっていうんですよ。スージィと話し合って決めたんです。ルコー・シャルマス。僕らの、新しい家族」

 もっとも、ダフィズにとってそんなことはどうでもよく、今はただただ愛おしさで胸がいっぱいだった。

 たとえすでに人の形が崩壊し、手足がねじれはじめていたとしても、関係はない。

「あぁ……温かい。君は僕とスージィがこの世界に生きた証です。あなたが生まれてくれたことが、僕にとって何よりの幸せなんです……」

 死んでしまった妻が蘇り、終わったはずの夫婦の物語は再び動き出し、ついに子供が生まれる。

 たとえ誰も救われない結末だったとしても、彼がそう思い込み続ける限り、これは幸せな物語なのだ。

「ああ、ルコー……っ」

 抱きしめ、頬ずりをすると、ルコーの体に纏わりついた血と粘液が、にちゃり、にちゃりとダフィズの顔にへばりつく。

 いや、へばりついているのは粘液だけではない。

「う、ぐ……はぁ……ルコー……僕と、スージィの、子供……二人で、育てて……がっ、あぐっ……!」

 肉と肉が癒着し、融合し、ルコーはダフィズの体と混ざりあっていく。

「育て、て……しあわせ……にっ、ぐ、ああぁぁああああっ!」

 その一部が彼の脳にまで到達すると、電撃のような痛みが意識を焼いた。

 体は痙攣し、口の端から涎を垂らしながら叫ぶダフィズ。

「ご主人様、ダフィズさんがっ!」

「そこまでして……偽物だってわかってるのに、どうしてそんなことをッ!」

 ルコーとスージィは、赤い管で繋がれている。

 現在その管は同化したダフィズに繋がっており、彼は管に引きずられ、ずるずるとスージィの体内に飲み込まれていった。

「う、うああぁあ……ルコー……どこですか、ルコー……?」

 もう目も見えていないのか、ダフィズは手探りで我が子を探す。

 そうしている間に、下半身は生暖かい肉に包まれてしまった。

 それで彼は現状を悟ったのか、苦痛に頬を引きつらせながらも、穏やかな表情でつぶやく。

「そういうことですか……どうせ、生きて、結ばれることはないのですから。こういう愛も……あって、いい。僕と、スージィと、ルコー……三人で、家族で生きていけるのなら、どんな形、でも……」

 誰も救われない、自己満足ですらない、自虐の極地。

 それが、ダフィズの選んだ結末だった。

 スージィは彼を取り込むことに夢中になっているのか、いつの間にか触手による攻撃は止んでいた。

「本当にあれは、愛……なんですか?」

 ミルキットが言った。

 別にフラムに答えを求めてはいないし、彼女も他人の愛に偉そうなことを言えるほど人生経験があるわけでもない。

 しかし今だけは、断言できた。

「違うよ、あれは愛じゃない。ダフィズの心は耐えられなかったんだと思う。だから、綺麗事を並べて自己弁護して、『自分は幸せだ』って思い込んだまま自殺するしかなかった」

 ネクロマンシーがダフィズにもたらしたのは、おそらくただの〝先送り〟だ。

 スージィの死は、彼からあらゆる生きる意味を奪っていった。

 オリジンコアを使っている以上、いずれ破綻することが決まっていたネクロマンシーは、強引な延命処置でしかなかったのだ。

「ダフィズが取り込まれた今、コアを守る人間はいない。大人しく破壊させてくれるといいんだけど……」

 そう言いながらフラムは、同時に簡単には終わらせてはくれない気がしていた。

 そして彼女がコアを見据え剣を振り上げると、パチパチパチ、と場違いな拍手が響く。

 怪物と化したスージィの後ろから、派手な恰好をした女が現れる。

「うふふふっ、いいショーを見せてもらったわ」

「どうしてサティルスがここに!?

「――ッ!」

 その姿を見た瞬間、フラムは剣を振り下ろす。

 しかし放たれた刃を、サティルスは右手を前に出すだけで防いだ。

 反転の魔力が込められていたにもかかわらず、である。

「野蛮ねぇ、フラム・アプリコット。でも残念。セントラル・コアを取り込んだ私に、そんな攻撃は通用しないわ」

「スージィさんが勝手に動くなんておかしいと思った。最初から、全部あんたが仕組んでたってこと」

「そう、私が脚本演出を務めさせてもらったわ。スージィがあの赤ちゃんを吐き出すくだりなんて、なかなか感動的だったでしょう?」

「あな、たは。なぜ、一体……」

 ダフィズは力を振り絞り、サティルスに問う。

 彼の同化は、肩から下まで全て呑み込んだところで止まっていた。

 サティルスがそうさせているのだ。

「だからぁ、今日、ここで起きたことは、全て私がやったことなの。スージィは、セントラル・コアの力で私に操られて化物になっただけ。ルコーとかいうただの肉の塊を生み出したのも、あんたを取り込んだのも、ぜぇんぶ私がやったことでしたー! ひゃっははははははは!」

 つまり部屋を覆う増殖した人の一部は、サティルスのものだったのだ。

 スージィは、ダフィズのように彼女に取り込まれたにすぎない。

「不可能、です。まずどうやって、この部屋に……」

 ロックを解除できるのは、ダフィズを含めてごく一部の人間だけのはずだった。

 そもそも、スージィですら入場できない部屋なのだ、彼女が一人でここにいた時点で何かがおかしかった。

 その疑問の答えを、サティルスは実に楽しそうに発表する。

「ゴーン・フォーガンよ。彼ったら今でも借金しててね、色々と便利に使わせてもらったわ。彼とエキドナを引き合わせて、研究の情報を流させたり、ね?」

「彼が、キマイラに、情報を……? じゃあ、ここ最近になって、キマイラが急激に完成度を高めたのは……!」

「セントラル・コアの技術が流出したからでしょうねえ」

「なんということを……ゴーン、君は……君はぁっ!」

 ダフィズにとってゴーンは、助手であると同時に、かけがえのない友人だった。

 しかしゴーンにとってダフィズは、所詮利用価値のある道具でしかなかったのだ。

「いい顔ねぇ、ダフィズ。私、それが見たかったのよぉ。もちろんネクロマンシーに出資したのは商売のためでもあるけれどぉ、愛とか友情とか甘っちょろい幻想にすがって生きる、あんたみたいな人間を見てるとね? それをね? ぐっちゃぐちゃにぃ、ぶち壊してやりたくなるのよぉ!」

「あなたは最初からそのつもりで僕に近づいてきたんですか……ッ! そんな、下らない目的のためにっ!」

 二人のやり取りを聞いていて、フラムは違和感を抱く。

 いや、それはシェオルに来て、ダフィズと初めて顔を合わせたときからずっと思っていたことだ。

 彼は、一度だってサティルスの蘇生について話題に出したことはなかった――

「もしかして、ダフィズはサティルスが蘇ったことを知らなかったの?」

「蘇った……? ああ、そうだったんですか。だから、セントラル・コアを取り込めた……そうか、僕たちは全て、手のひらの上で……」

 無断でコアを持ち出し、サティルスを蘇生させたのはおそらくはゴーン、あるいは彼と繋がっていたキマイラだろう。

 それでも数日間、セントラル・コアの影響なしに蘇ったサティルスが普通に行動できていた理由、という謎は残るが――セントラル・コアの技術はすでに流出している。

 キマイラが、代替物を用意できたとしてもおかしくはない。

「さあダフィズ、オードブルはここまでよ。そろそろメインディッシュといきましょう」

「まだ、何かあるというのですか……」

「あるわ、いちばん大事なお話がねぇ」

 サティルスは歯茎まで見えるほどの笑みを浮かべた。

 瞳にも、表情にも、そして声にも――彼女の全てに、狂気と等しいらくが含まれている。

 彼女はそのイかれたテンションのまま、昔語りをはじめる。

「あなたの愛する妻、スージィ・シャルマスは、ある冒険者に犯され、なぶられ、泣き叫び、あなたの名前をひたすら繰り返しながら命を落としたわ。犯人の名前は、トライト・ランシーラと、デミセリコ・ラディウス。二人は当時から借金を繰り返し、時に犯罪にも手を染める、いわゆる〝クズ〟と呼ばれる人種だった」

「なぜ、あなたが犯人の名前を……ギルドですら見つけられなかったはずです!」

「説明なんて必要?」

 悪女はあざ笑う。

 いけにえにされた哀れな子羊は、声を震わすことしかできない。

「あなたが……スージィを殺せと、命じたんですか」

「言わせてもらうと、一応、あの二人も殺したがってたのよ? そして私にとってもスージィは目障りだった。だってあの女、無駄に正義を気取って、金にもならないのに人助けをして、誰も得をしないのに私が練っていた計画を暴こうとしてたのよ? 死んで当然じゃない!」

 サティルスは悪びれない。

 それを悪だと自覚した上で、善意に生きる人々の人生を踏みにじる。

「そんな女がぁ、手足を潰されて逃げることもできずにひたすら男の名前を呼び続ける様は、それはもう最高に絶頂だったわ! そして私は気づいたの。『ああそっか、このスージィって女は、私に殺されるために正義の味方を気取ってたんだ』って。神様は、そのために彼女を配置したのよ。私の快楽のためにぃ!」

「そんな、理由で? あなたは、自分の欲望を満たすためだけに、人の命をぉっ!」

「お金がある。権力もある。世の中にはね、そういう〝弱者の命を粗末にしていい優れた人間〟っていうのが存在するものなのよ」

「う……うぅ……うああぁああ……あぁぁぁあああああああっ!」

 ダフィズは初めて、サティルスに対して怒りを爆発させた。

 そのとき生じた感情は、おそらく彼の人生において最大の爆発だっただろう。

「いい顔ぉ、ぞくぞくするわぁ! 今日まであなたに資金提供してきた甲斐があったというものね! これが! これこそが! 投資のだいってやつだわ、あっははははははは!」

 待ってましたといわんばかりに、高笑いを響かせるサティルス。

「あんたどこまで腐ってるの!」

「腐敗じゃないわ、これが正しさ。これが世の中の仕組み! というわけで、私を満たしてくれたダフィズには退場願いましょうか」

 彼女が靴の裏で床を叩くと、ダフィズの同化が再開する。

「殺してやる……殺してやるぅっ! あなたはっ、あなただけはあぁぁぁあっ!」

 その間もずっと彼は叫び続けていたが、それはサティルスにとって極上の美酒にも等しい。

「ははははっ! ひひっ、ふひゃあははははぁっ! もがいたって無駄! あがいたって無駄! 叫んだって怒ったって泣いたって何もかもが無駄ぁ! あのスージィだって、二人の子供だって、ただ人間の形をしただけの化物だった! あんたの人生、死に様も含めて、ぜーんぶ無駄でしたあぁぁぁ!」

「殺すっ、ころ……ずっ、ぐぶっ……ごろ、じ……で……」

 今度こそ完全に頭まで飲み込まれ、ダフィズの声は聞こえなくなった。

「ダフィズさん……」

 ミルキットは悲しげに名前を呼ぶ。

 彼がやったことは間違っていたが、しかしこの悲惨な末路には、同情しかない。

「ははっ……ひぃ、はぁ……笑いすぎて疲れちゃったわぁ……さて、と。次はあなたたちの番ね。今はこうして生き返っているけれど、あのときは本当に痛かったのよ? ちゃんと、お返ししないとね」

 サティルスの人差し指がくいっと動く。

 連動して、二本の触手がフラムの両側から押しつぶすように迫った。

 ミルキットとともに後退し、やり過ごす。

 すると触手は互いにぶつかり合い、一本に束ねられると、さらに速度と力を増して、今度は真正面からぶつかってきた。

「ふっ……く、づ、あぁぁぁああッ!」

 フラムは魂喰いでそれを受け止め、振り払うように軌道を逸らす。

 獲物を喰らい損ねた触手は、まるで潜水するように、肉で埋め尽くされた壁に消えた。

「それだけ必死な声を出して、防ぐのが精一杯。いいわねぇ、そういう抵抗は大歓迎よ。弱者が無様にあがく姿って、私の大好物なの」

「いつまでもその余裕が続くと思うなっ!」

 怒りに任せて、再びサティルスに気剣斬プラーナシェーカーを放つフラム。

 すると彼女は、あろうことか自ら刃に突っ込んできた。

「あなたはどうやら、私の体やコアがウィークポイントだと思っているようだけれど――」

 もちろん無傷。

 そのままの勢いで彼女はフラムの眼前に迫り、腕を振り上げる。

 サティルスの手には、見えない螺旋の力場が渦巻いていた。

「そこが、一番強いのよぉ?」

 繰り出される手刀。

 同時に放たれる螺旋。

 サティルスは、素手で気剣斬プラーナシェーカーの真似事をしてみせたのだ。

 しかし、威力はフラムが放ったそれを遥かに超えている。

「がっ、は!?

 刃の腹で受けとめようとするも、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるフラム。

「ほらほら、ぼーっとしてると先にミルキットから殺しちゃうわよぉ?」

「やらせるかあぁぁぁぁッ!」

 フラムはすぐさま壁を蹴り、一度も床に足をつけることなく、サティルスに飛びかかる。

 斬撃が手のひらで受け止められると、反転の魔力と螺旋の力がぶつかり合い、バチィッ! と弾けるような音が鳴り響く。

 ミルキットは足手まといにならないよう、できるだけ部屋の隅に寄った。

 だが、室内全体が不気味な人体のパーツで覆われている。もしあの触手がどこからでも出てくるのなら、移動したところで無駄である。

 また、部屋の外には死者があふれ、地上をも埋め尽くしているはずだ。

 もはやシェオルに安全な場所など存在しなかった。

「あなたは両手で、こちらは片手よぉ?」

 サティルスは片手で剣を受け止め、もう一方の手をフラムの頭に伸ばす。

 そして手のひらから放たれる、螺旋の弾丸。

 フラムは首を傾け回避する。

 バランスが崩れ、横に流れる体。

 すかさずサティルスは「えいっ」とぶりっこ気味な声を出し、フラムの腹につま先を叩き込んだ。

 その動きは決して速くなく、力も入っていないように見えたが、彼女の体は勢いよく打ち上げられた。

 天井に叩きつけられ、フラムは後頭部を強打し、一瞬意識が揺らぐ。

 そこに軽く飛び上がったサティルスが接近し、無造作に服を掴み、今度は床に向かって放り投げる。

 フラムは床に衝突する寸前に魔法を発動、己の動きを反転させ天井に向かって飛翔し、サティルスに魂喰いの先端を彼女に突き立てた。

 だがそれも、彼女の片手に受け止められてしまう。

「無茶な動きをするのねえ。人間の体ってそんなに丈夫じゃないわよ、反動で骨が折れたりしないのぉ?」

「したからなんだって言うんだ! 骨が折れても、体が潰れても、サティルス、あんただけはッ!」

「んふふふふっ、勇ましいわ。子犬が吠えているようでとってもかわいいわよ。じゃあ――あっちの子犬は、どういう風に鳴いてくれるのかしら?」

「くっ、またミルキットを!?

「他人の心配なんてしてる余裕あるのぉ?」

 フラムの気がそれると、そのわずかな力の緩みをサティルスは見逃さない。

 見えない力場が彼女の両手から放たれ、フラムは下へと吹き飛ばされる。

 さらにサティルスは天井を蹴って落下するフラムを追い、空中で雑に彼女の腹部を殴打した。

 フラムの体がくの字に曲がり、骨が砕け、内臓が破裂し、口から大量の血が吐き出される。

 そして地面が砕けるほど強く床に叩きつけられると、全身が弾け飛んだと感じるほどの強い衝撃が彼女を襲った。

「あ……かふっ……!」

 エンチャントによる痛みの軽減は働いているが、それはあくまで軽くするだけである。

 痛くないわけではないし、何より体が破壊されてしまえば、身動きなど取れるはずもない。

 これだけの傷は、再生にも多少の時間がかかる。

 サティルスは、起き上がれないでいるフラムを見下ろすと、その無力さをあざ笑うように、ミルキットに向けて手を突き出す。

 すると壁から人体を繋ぎ合わせた触手が顔を出し、うねりながら彼女に迫った。

「う……ぐうぅ……やらせ、ない……やらせるか……!」

 大切な人が傷つけられそうなとき、人は普通では考えられないほどの力を発揮することがある。

 フラムは全身の骨が折れ、まだ再生が完全ではない状態。

 もちろん力など入れられるはずもなければ、立ち上がることすらできない――はずだった。

 しかし彼女の両足は体を持ち上げ、前に進もうとする。

「こんのおぉおおおおおおおおッ!」

 そして地面を蹴って、ミルキットに近づく触手に接近した。

 サティルスの口角が、裂けたように上がる。

「こっちに来ちゃダメです、ご主人様ぁっ!」

 一足先にそれに気づいたミルキットが叫ぶが、フラムはもう止まることはできない。

 部屋全体が、小刻みに振動している。

 何かが施設の下からせり上がってくる――

「え……?」

 フラムの足元が盛り上がったかと思えば、床を突き破り、間欠泉が噴き出すようにもうりょうがあふれだす。

 彼女はその群れに、あっけなく飲み込まれてしまった。

「ご主人様あぁぁぁっ!」

 一瞬で消えたフラムには、ミルキットの声すらも届かない。

こっけい! 実に滑稽だわぁ! 人間未満の奴隷を助けようとして命を落とすなんて! あっははははははは!」

 サティルスの笑い声が部屋に響く中、現れた化物どもは、そのままセントラル・コアと同化した彼女の一部と、同化を始めた。

 辛うじて人の姿であったり、それすら保てていなかったり、化物たちの姿は人それぞれ

 しかし共通していることは、体の一部にコア使用者特有の螺旋が生じているということだ。

「こいつらはね、なり損ない。地下に閉じ込められていた、蘇生に失敗した死者たち。ダフィズは優しいからぁ、生き返らなかった人間でも、処分したりはできなかったのねぇ」

 いつか失敗した彼らのことも救ってみせる――ダフィズはそう考えていたのだろう。

「でもおかげで、私はさらに力を手に入れたわ。ああダフィズ、なんて惨めなのかしら。あなたが積み重ねてきた全ては、まるで私が利用するために存在してるみたいじゃない! そう、きっとそうだったのね! 神が私に殺されるためにスージィを配置したように、神は私に全てを捧げさせるためにダフィズをこの世に産み落としたの!」

 サティルスは両手を広げ、勝利宣言のように声を響かせる。

 その間にも絶え間なく、なり損ないは地下からあふれ出しており、セントラル・コアを覆っていた異形は肥大を続けていた。

 また、サティルス自身の足元も溶けるように変形し、同化しつつある。

「うふふふっ、ふふふふふっ! これで邪魔者は消えたわね。どうせならミルキットの顔をもっと歪めてあげたいから、呑み込んだフラムを目の前で苦しめて苦しめて殺して――あ」

 じょうぜつに語っていたサティルスの動きが、ぴたりと止まる。

 意識が途切れたようなその様は、ミルキットからはまるで人形のようにも見えた。

「そう……あぁ、そうなのね。仕方ないわ。それなら、そうするしかない」

 サティルスのテンションは急激に落ち込む。

「予定が変わったわ、フラムは殺せない。このまま連れて行かないといけないみたいね」

「サティルス……あなたも、他の死者と同じなんですね……」

「私が、あんなお人形さんと同じ? ふざけたことを言わないでッ! 私は特別よ、オリジンに選ばれたんだから! じゃなきゃ、こんなに大きな力を持ったセントラル・コアと同化できるはずがないじゃないっ!」

「他の人たちだってそうでした。みんな、自分は自分だけの意思で生きているって、そう信じていたはずです! でも本当は、オリジンがそう思い込ませているだけだった!」

「ふざけるなって言ってるのがわからないの!? 壊されるために生まれてきた虫けらのくせにぃぃぃいいいいっ!」

 怒り狂ったサティルスは、部屋中から触手を伸ばし、ミルキットを押しつぶそうとする。

 ミルキットも、そうなることはわかっていた。

 だが――フラムが飲み込まれてしまった以上、彼女にできる抵抗は、その事実を指摘し、サティルスに嫌がらせをすることぐらい。

 サティルスの言葉を信じるのなら、フラムは彼女の肉体の中でまだ生きているのだろう。

 しかし、戦う力のないミルキットに、もはや打つ手は無い――

接続しろコネクション!」

 次の瞬間、ミルキットの目の前に広がる景色は変わっていた。

 見ているだけで精神が疲弊しそうなあの部屋ではなく――研究所の外にいる。

 ミルキットは能力により自分を転移してくれたその少女の顔を見て、

「ひっ!?

 至近距離で肉の螺旋を目にして、思わずそんな声をあげてしまった。

 ネクトの顔が元に戻ると、彼女は少しすねた表情を見せる。

「助けた人の顔を見て怯えるのはひどいと思うよ」

「ご、ごめんなさい……ありがとうございます」

「どういたしまして。でもフラムお姉さんはやられちゃったあとか。ま、パパの狙いからして殺しはしないんだろうけど」

「なぜ殺さないんですか?」

「パパは本体にフラムお姉さんを取り込むことで、〝反転〟の力を得て、自分の弱点を潰そうとしてるのさ」

「ですが、以前は殺されかけたこともあったと……」

「生かす派が優勢であるけど、殺したがってるパパもいてね、今でも意見が割れてるのさ。パパは一人じゃないからねぇ」

「一人じゃ……ない?」

 オリジンはどういう存在なのか――ネクトから話を聞いても謎は深まる一方である。

 だがこれ以上、彼女から話を聞いている時間は無い。

 大地が大きく揺れる。

 地下から巨大な存在が、浮上しようとしていた。