「死んだはずの奥さんのとこに行っちまったよ。あたしはそれ以外、何も知らない」

 屋敷を訪れたフラムに対し、ケレイナは吐き捨てるようにそう言った。

 彼女の背後にはハロムがしがみついており、不安げにフラムを見上げている。

「本人は一言も話してくれなかったからね。残ってたのは、『ティアのところに行ってくる』って手紙だけさ。ははっ、これじゃあまるで遺書みたいじゃないか」

「ティアさん、昨日もここに来てたんですよね。ケレイナさんは会ったんですか?」

「ああ、あれは紛れもなくティアだったよ。長い付き合いだったあたしがそう感じて、ガディオだって信じたんだ。なら間違いないんだろうさ」

 エターナも言っていたが、ネクロマンシーの技術を用い、オリジンコアで蘇生させられた人に、身体的異常は現れないようだ。

「ガディオは六年前からずっとティアのことを悔やんで、自分を責めてきた。それがやっと報われたんだ、そっとしておいたほうがいいのかもしれないね」

 ケレイナはガディオのことを諦めているようだった。

「ねえ、おねーちゃん」

「ん? どうしたの、ハロムちゃん」

 フラムはしゃがみ、ハロムと視線を合わせる。

 うるんだ瞳が、何かを訴えかけるように揺れている。

「パパ、もう戻ってこないなんてこと無いよね? ハロムたちのこと、忘れてないよね?」

「忘れてなんかないよ。必ずすぐに帰ってくるからね」

 頭を撫でながら言っても、彼女の不安は消えなかった。

「こらハロム、お姉ちゃんを困らせるようなこと言うんじゃないよ」

「だってぇ……やだもん。パパがいなくなるなんてやだもんっ! パパはハロムのパパなんだからっ、あんな知らない人のものじゃないっ!」

「ハロム……」

 ついにハロムの瞳から涙があふれ出し、頬を使い滴り落ちる。

 彼女は本当の父親の顔を知らない。

 生まれたときからずっとガディオがそばにいて、だからハロムにとって彼は父親代わりではなく、父親そのものなのだ。

「ねえ、ハロムちゃん。ガディオさんが優しくて、ハロムちゃんのこと大好きなことは知ってるでしょ」

「……うん」

「だから大丈夫、絶対にすぐ戻ってきてくれるから」

「もし、パパに会って、帰ってこないって言ったらね、ハロムを悲しませるな、めっ! って、怒ってきてくれる?」

「あはは……わかった、そのときはちゃんと怒って、引っ張ってでも連れ帰ってくる」

 その言葉でハロムはいくらか救われたようで、少しずつ涙は乾いていった。


 ◇◇◇


 その後、フラムとミルキットはケレイナたちに別れを告げ、屋敷の敷地外に出る。

「ハロムちゃんが元気になったようでよかったです」

「人懐っこい子だからね」

 ミルキットは面識が無いからか言葉数少なだったが、ハロムは帰り際に『包帯のおねーちゃん、じゃあね!』と笑いかけてくれた。

「今度来たときは、ミルキットも一緒に遊ぶ?」

「はい、ぜひっ。そのためにも、ガディオさんの居場所を見つけないといけませんね。どうしましょうか、早いですがエターナさんたちと合流しますか?」

「いんや、まだ行きたい場所があるから、先にそっちに向かおうと思う」

 フラムたちは東区から中央区に移動し、軍の宿舎に向かう。

 見張りの兵士たちは、フラムの顔を見るなり頭を下げた。

「オティーリエさんに用事があるんですけど、中に入っていいですか?」

「もちろんです、フラム様。オティーリエ様なら自室で待機されているかと」

 先日との対応の違いに苦笑しつつも、宿舎に足を踏み入れる。

 すると入り口付近で、細身の男性と鉢合わせた。

 オティーリエと似たような制服を着ているということは、彼も軍幹部のようだ。

「よっ、あんたがフラム・アプリコットか。オティーリエから話は聞いてるよ」

「あなたは……」

「あれ、おいらのこと知んないの? ヴェルナーっつうんだけど、これでも副将軍やってんだけどなあ」

「そうだったんですね。詳しくなくて、すみません」

「いいのいいの、おいらってばオティーリエとヘルマンに比べると目立たないってーの? 知名度低いみたいだからさ」

 彼はヴェルナー・アペイルン。

 オティーリエ、ヘルマンと同じ副将軍の一人だ。

 両腕に特注のクローを付けて戦うそうじゅつの使い手で、素早い動きと隠密行動を得意としている。

「もしかしてオティーリエに会いに来たのかな? だったら案内してやんよ、今なら面白いものが見れるだろうし」

「面白いもの……?」

 何も知らないフラムたちは、言われるがままヴェルナーについていく。

 そして彼が立ち止まったのは、オティーリエの自室ではなく、なぜかリネン室の前だった。

「ほれ、見てみなって」

 小声で言いながら、室内を指差すヴェルナー。

 こっそり覗き込むフラムとミルキット。

 するとそこには、シーツに顔を埋めたオティーリエの姿があった。

「あああぁあああ……お姉様の匂い……お姉様の匂いでわたくし包まれてっ、包まれてるうぅっ! んはぁ……たまりませんわ、この匂いっ! 甘酸っぱい、まるで恋のようなこの匂い! どうしてっ、どうしてですのお姉様! どうしてあなたは匂いですらこんなにも罪深いんですのおぉっ!」

「う、うわあ……」

 ミルキットですらドン引きする惨状である。



「すごいっしょ?」

「オティーリエさんがアンリエットさんに憧れてるのは知ってましたけど……えっ、あれいつもやってるんです?」

「もち」

 ぐっと親指を突き上げるヴェルナーに、フラムの頬が引きつる。

「んっふううぅぅんっ、パーフェクトぉ……パーフェクトスメェル……おぉう、お姉様ぁっ、お姉様あぁぁんっ! ああぁ、お姉様の包まれていたシーツにくるまれているこの状況っ、つまりこれはお姉様に抱きしめられて――いや、お姉様の内側にわたくしが宿っているのと同じ状態! つまり子供! わたくしはお姉様の赤ちゃんですのねぇ! おぎゃあ! おぎゃあぁんっ!」

「イメージが……オティーリエさんに対するイメージがぁ……」

 頭を抱えるフラムを、ミルキットが「元気を出してください」となぐさめる。

「やっぱ知らなかったんだ。あっちが素だから、今のうち慣れといてよかったなァ」

 けらけら笑うヴェルナーだったが、その声にどうやらオティーリエは気付いてしまったようだ。

「あら、フラムとミルキットではないですの。ごきげんよう……すうぅ、はあぁ……」

 彼女は堂々とシーツを持ったまま、フラムたちの前まで移動してきた。

「すごい、まったく隠すつもりがないです……」

「見られてしまったのなら、隠しても仕方ありませんわ。そもそもわたくしのお姉様への愛情は、隠す必要などこれっぽっちも無いピュアな感情ですもの!」

「……とまあ、いつもこんな感じなワケよ」

 とまあ、と言われても――フラムはどう反応をしていいのか困り果てていた。

 ひとまずさっき見た光景は全て忘れることにして、さっさと本題に入る。

「えっと、実は私たち、教会について話をしたいと思って来たんですけど……」

「あ、そうだったの?」

「彼女たちが宿舎を訪れる理由なんて、それしかありませんわ。まさかヴェルナー、わかってないでこんな場所に案内したんですの?」

「オティーリエと仲いいって聞いてたからさァ、遊びに来たのかと思ってたワケよ」

 二人の反応を見て、フラムは彼らがネクロマンシーの動きをまったく把握していないことに気付く。

「となると、アンリエットに会わせちゃったほうがいいわけだあね」

「ですがお姉様は、今サトゥーキ様と会合中ですわ」

「サトゥーキって、すうきょうですよね」

「そ、サトゥーキ・ラナガルキ。何かと軍のことを気にかけてくれるじんでねえ、最近は教会騎士団と軍の仲を取り持ったりしてくれてるワケ」

 枢機卿が、なぜ王国軍に味方するような動きを取っているのか。

 正直、さんくさくてしょうがないし、ネクロマンシーのことを知らないのならこのまま帰ってもよかったが――

「……あら、お姉様の部屋のドアが開いたようですわね。話が終わったのかもしれませんわ、ひとまず行きましょうか」

 お姉様の顔を見たくてしょうがないオティーリエが、さっさと歩きはじめてしまった。

「ええっ!? 今、何も音はしませんでしたよね……」

 ミルキットは驚いているが、フラムは深く考えないことにした。


 ◇◇◇


 アンリエットの執務室まで移動すると、部屋の前で話す男女の姿が見えた。

 一方は言うまでもなくアンリエットで、もう一人の大柄なひげを生やした強面の男性は――

「あれが、枢機卿サトゥーキ・ラナガルキ……」

 フラムがそうつぶやくと、サトゥーキは彼女を見て「ほう」と不敵に微笑む。

 ぞくりと、嫌な寒気が背筋を走った。

「これはこれは、英雄様ではないか。旅から抜けたと聞いていたが、まさかこのような場所でお目にかかることになるとは」

「ど、どうも……」

 地位で言えば将軍であるアンリエットと変わらないはずなのだが、大柄だからか、威圧感が強い。

「そう怖がらないでくれ、私は君に期待しているんだ」

「期待?」

 サトゥーキはフラムに歩み寄り、ぽんと肩に手を置いた。

「君にとっては勇気ではなかったのかもしれない。しかし後世に生きる者たちにとっては、事情など関係ない。ただ結果だけが切り取られた歴史だけが残る」

「は、はぁ……」

「すまないね、今の君には意味がわからないだろう? これは自己満足だ、だが言わせてくれ。称賛させてくれ。事実、私もそれに救われた一人なのだから」

「なんのこと、ですか?」

 戸惑いを隠せないフラム。

 それでもなおサトゥーキは、おそらくわざとぼかした言い方で彼女に告げる。

「君のおかげで、プロジェクト・リヴァーサルは成功した。その象徴なんだよ、君は。だから今日は会えて嬉しかったよ。チャタニにも伝えておこう」

「プロジェクト……? ちゃた……に?」

 ――ザッ。

 脳内にノイズが走る。

 正常な記憶を切り裂いて、まるで中から這い出るように、知らない何かが顔を出す。

『プロジェクトリヴァーサル……のを研究して……設らし……す』

 ――ザザッ。

 ノイズには頭痛が伴う。

 回帰のために必要な行為であることは間違いないが、ある種の自傷行為でもあるため注意が必要だ。

 痛みは直に君の痛覚に働きかけるだろう、なぜなら根源から至る成長痛であるから。

「う……あ、あれ、何これ……?」

 ――ザザザッ。

 砂嵐が視覚すらも支配し、もはや現実感は喪失した。

 自分が立っているのかそこにいるのかフラム・アプリコットであるのかすらもわからない。

 ならば誰かと聞かれれば、やはり『フラム』ではあるのだが、〝フラム〟ではないのだ。

『もうそろそろ、私の人生は終わりになり――』

 ――ザァァァッ。

 やはり苦痛に耐えられない。

 人の脳がそういう風にできているからだ、本来は回帰しないような構成をしているからだ。

 それでも這い出てこようとするのは、それが特別であるから。

 この世界に必要で、ある意味フラム・アプリコットという個人にとっても必要不可欠な要素で、つまり彼女は――否、彼女たちは不完全な状況である。

 しかしその完全性によって二人の幸福がもたらされるかと言われれば絶対的な保障は無く――

「は……あ、ぐうぅっ……!」

 頭が、意味不明な文字と映像と音声の羅列で埋め尽くされる。

 一気に同時に再生されるので、それがなんなのか、どんな意味を持っているのかまったく理解できない。

「ご主人様っ!?

 痛覚を弱めるエンチャントが働いているはずなのに、それでも立っていられないほどの痛みだった。

 ミルキットが支えなければ、その場で倒れていただろう。

「ほう、まさかフラッシュバックか? 存外に残っているようだな。驚くことばかりだ、はっはっは……!」

 言いたいことだけ言って立ち去っていくサトゥーキ。

 何が起きたのか、何を知っているのか、問いただしたいことはいくらでもあったが、意識がまだはっきりしていないせいでうまく言葉が出ない。

「サトゥーキ様に何か言われましたの? 体調が悪いのなら、医務室で休んだほうがよろしいですわ」

 オティーリエも心配そうにフラムの体を支える。

 フラムの顔はすっかり青ざめ、流れる冷や汗がポタポタと顎から床に落ちていた。

「いえ……平気、です。少しめまいがしただけなので。あはは、色々あったんで体調が万全じゃないのかもしれません」

 そう言って笑ってみせたが、声にも表情にもてんで力がこもっていなかった。

「本当に大丈夫なのか?」

 アンリエットは真剣な表情で、真っ直ぐに見据えて問う。

 彼女の真意は言葉とは別の場所にあり――何か核心的なことを聞こうとしているように思えたが、しかしフラムに思い当たる節はない。

 素直に首を横に振る。

「……わかりません。本当に、何も」

「ったく、目の前で女の子が倒れてるって言うのになー。よくスタスタと立ち去れるもんだわ。やっぱ枢機卿ともなると、下々の民を見下しちゃうもんなのかねェ」

「こらヴェルナー、本人がいないからって好き放題言っていると、わたくしがチクりますわよ」

「うぇ、ガチで勘弁してくれよ。ただでさえ教会騎士の相手で面倒だってのにさ」

 違う、別にサトゥーキはフラムを見下したりしていたわけではない。

 あざ笑うとか、見下すとかそういう笑い方ではなく、純粋に喜び、満足したように笑っていた。

(なんだったんだろう、今の。プロジェクトだのチャタニだのって名前を聞いた途端に、急に頭に映像が流れ込んで……いや、あふれてきた感じだったけど)

 片手で頭を抱えながら、フラムはふいに自分に寄り添うミルキットの顔を見た。

(映像の中にミルキットもいたような、いなかったような……あぁ、ダメだ。もう全然思い出せない。やめやめっ、あんな変なのは忘れよう。それがいい。今はアンリエットさんに話を聞くのが先決なんだからっ)

 考えを振り払い、大きく息を吐いて、余計な思考を捨てる。

 そして本題に入るため、アンリエットとともに執務室に入った。

 以前と同じように、彼女と向き合ってソファに腰掛けたフラムとミルキット。

 オティーリエはアンリエットの隣に座り、べったりと肩に頬を寄せている。

「それで、教会について聞きたいことがあるという話だったが……すまない、実はこちらも余裕がなくてな、あまり君たちに話せる情報はないんだ」

「そんな気はしてました。何か揉め事でも起きたんですか?」

「ああ、教会騎士団が王国軍を吸収するという話が出ていてな」

「なっ……そんなことになったら、国王じゃなくて教皇が王国の実権を握るってことじゃないですか!」

「まさにそれが狙いらしい。もっとも、陛下はとっくにオリジン教の熱心な信者だ。すでに似たような状況ではあるんだよ」

「体裁すら捨てたんじゃ、教会はもっと暴走するに決まってます! ただでさえ、回復魔術による医療費の値上げでみんな苦しんでるのに」

 アンリエットはフラムの言葉に、「そうだな」と重苦しくつぶやく。

「できるだけ時間稼ぎはやるつもりだ。だが教会騎士団の相手に手一杯でな、君たちの力になれず申し訳ない」

「いえ、教会と戦ってくださっているだけで十分です」

「一応、王都で起きていることを教えてもらえないか。何か手がかりぐらいなら話せるかもしれない」

 アンリエットを信頼して、ネクロマンシーに関して知っていることを全て語る。

 彼女はうなずきながら、フラムの話を真剣に聞いた。

「ティア・ラスカット……懐かしい名だな」

「知り合いだったんですか?」

「何度か軍とギルドの共同作戦で、一緒になったことがある。ガディオ以外が死んだという話は聞いていたが、そうかあれも教会の……」

「サティルスについて知っていることは無いでしょうか」

「金に汚い女だとは聞いている。商売だけでなく、周辺貴族に高利で金を貸し付けて、返せなかった連中から安価で商品を仕入れたり、物で払わせているそうだな」

「どこまでもイメージ通りな商売人なんですね」

「だがフランソワーズ商店を、あそこまで大きくした手腕は本物だ」

 その後もいくつかの質問をアンリエットに投げかけたが、それ以上はネクロマンシーに繋がるような情報は得られなかった。

 ウェルシーに会いにいったエターナたちに期待するしかないだろう。

 軽く挨拶を済ませて、フラムとミルキットは宿舎をあとにする。

 アンリエットは、二人が遠ざかっていくのを窓から眺めていた。

 そして姿が見えなくなったところで、彼女は部下に命じる。

「オティーリエ、ヴェルナー。彼女たちを見張り、危機が迫った場合は手助けしてやってくれ。兵士も十名程度連れて行くといい、それぐらいの人数ならどうとでも言い訳できる」

 それは少しでも教会と戦うフラムたちの役に立ちたいという、アンリエットの想いゆえの行動である。

 サトゥーキのおかげで教会騎士とのいざこざが小康状態にある今なら、いくらか戦力を割いても問題はない。

「はい、お姉様っ! このオティーリエ、必ずやお姉様の愛に応えてみせますわ!」

「ごめん、おいらはめんどくさいからパス……はできませんよねー。ヘルマンじゃダメなワケ?」

「あいつの図体は隠密に向かないだろう。お前ほどの適任はいない」

「お姉様の言葉は絶対ですわ。早く準備しますわよ、ヴェルナー」

「へいへい、わかりましたよーっと」

 オティーリエはやる気に満ち、ヴェルナーは全力でだるそうに退室する。

 二人の足音が離れていくのを聞くと、オティーリエは誰に向けるでもなく、独り言をつぶやいた。

「古代の遺産、複製人格、反螺旋物質、そしてはこぶね都市か。いよいよ私の手には負えなくなってきたな」

 サトゥーキから聞かされた話は、全て信じがたい内容ばかりだった。

 だが事実、信じられないような出来事がこの王都で起きている。

 アンリエットが軍に入ったのは、決して権力や金を欲したからではない。

 純粋に、大切な人たちが暮らすこの王国を守りたいと思ったからだ。

 しかし、そんな彼女の動機は、あまりにもまともすぎた

「それでも抗うしかない。私にも、守りたいものはある」

 コートを羽織り、アンリエットは部屋を出る。

 今日ももうりょうひしめく大聖堂で、狂信者どもと向き合うために。


 ◇◇◇


 フラムたちが合流場所である東区の公園に着くと、すでにエターナとインク、ウェルシーの三人がそこで待っていた。

「ごめんなさい、遅くなって」

「別に構わない。わたしたちもさっき着いたばかりだから」

「それはよかったです。ウェルシーさんも、ここに来られたんですね」

 ミルキットが言うと、ウェルシーは「ふっふっふ」と得意げに笑う。

 そして手に持っていた書類をフラムたちに見せつけた。

「これ、なんだかわかる?」

「サティルスからお金を借りてた、とある貴族の帳簿なんだって」

「あっ、こらインクちゃんなんで先に言っちゃうのよー!」

 ウェルシーはインクの耳を引っ張り、二人はきゃっきゃと楽しそうに騒ぐ。

 待っている間に、すっかり仲良くなったらしい。

「インクちゃんの言う通り、そういう帳簿なんだけど、今日、うちの社員がゲットしてきたわけよ」

 それはエターナたちが社内でウェルシーと話しているときの出来事だった。

 まるで機を見計らっていたかのような、奇跡的なタイミングである。

「私たち、さっき軍の宿舎でアンリエットさんと話してたんですけど」

「うわお、将軍様と知り合いなの?」

「まあ、一応。そこでサティルスが、借金返済の代わりに物品を要求してるって聞いたんです。もしかしてそれと関係が?」

「まさにその話。サティルスは借金のカタに、王都北にある森を含めた土地を手に入れていた」

「王都北、しかもうっそうと生い茂る森。これってかーなーり、怪しいと思わない?」

「確か、サティルスが教会に売った商品を乗せた馬車が、王都北に向かってたんですよね。ご主人様、これってつまり……」

「うん。ネクロマンシーの研究所が、その森の中にあるかもしれない」

 ダフィズは昨日一度王都にやってきて、そこから研究所に戻り、翌朝また王都を訪れている。

 短期間で往復が可能だということは、数時間で行き来できる範囲内にあるのは間違いないのである。

「行くんなら、うちで馬車出せるけど、どうする?」

「ぜひお願いします」

「オーケイ。あ、でも今日は無理だよ? 今から馬車を手配して向かったって、夜になっちゃうから」

「夜の森はさすがに厳しい。そこが研究所付近ならなおさら」

 準備をおこたって不要な被害を受けては本末転倒だ。

 本当ならすぐにでも王都を出たいところだが、その言葉に従うしかない。

「なら明日の早朝に出発、ということでいいでしょうか」

「じゃあそれで行こっか。もちろん私も同行するけど、いーよね?」

「安全は保障できませんが、それでもいいなら」

「安心してよ。前も言ったけど、逃げ足には自信があるからさー」

 調子に乗ってウィンクするウェルシーだが、フラムには不安しかなかった。