
サティルスは、まるでフラムたちの存在に気づかなかったかのように、その場を離れていく。
しばし呆然としていた二人だったが、このまま逃がすわけにはいかない。
「追いかけよう!」
「は、はいっ!」
尾行を開始すると、サティルスは従者とともに、中央区にある自らが経営する商店を見て回っているようだった。そしていくつかの店を回った後、教会と絡むこともなく、あっさりと東区にある自宅に戻ってしまった。
フラムは直接問いただすことも考えたが、罠の可能性もある。
「まずは、エターナさんに相談したほうがいいかもね」
屋敷の近くにある曲がり角から、入り口を覗き込みながらフラムはつぶやいた。
そして、ぎゅっと自分の腕にしがみつくミルキットの頭をぽんぽんと撫でる。
彼女の顔は青ざめている。
せっかくもう悪夢を見ないで済むはずだったというのに――
「まったく困っちゃうよ、いくら金持ちだからっていきなり生き返るなんて」
「やはり……本物、ですよね。よく似た別人だと思いたいのですが」
「はっきりとした証拠があるわけじゃないけど、あの〝目〟は本物だと思う。ミルキットはどう感じた?」
「私も、本物だと思います。見ていると肌に貼り付くような、嫌な感じがします」
非常に抽象的な感覚だが、それは逆に言えば複製不可能な、本人でなければ出せない空気のようなものだ。
ある意味、物証よりも明確に本人であることを示している。
「あれだけ徹底的に殺したんだから、生き残ったなんてことはありえない」
「そうなると、やはりオリジンコアでしょうか」
教会に存在する三つの研究チーム。
そのいずれかに関連しているとすれば、可能性が高いのは――
「ネクロマンシー、かな」
「正解だよ、お姉さん」
フラムの言葉に相槌を打ったのはミルキットではなく子供の声だった。
その気配に覚えがあったフラムは、振り返ると同時に魂喰いを引き抜き、振り払った。
「おっと。いきなり過激なご挨拶だね!」
「ひ……」
彼の姿を見たミルキットが、引きつった声をあげた。
「ネクトッ!」
「あ、名前覚えててくれたんだ。嬉しいなあ」
現れたのは、白いシャツを着た、十歳に満たぬ少年――
彼はフラムの殺気を受けても、生意気にへらへらと笑っている。
「うかつなんじゃない? ただでさえガディオさんに追い詰められて余裕が無いってのに、こんな白昼堂々出てきちゃってさ」
「余裕が無い? あははっ、そんなわけないじゃん。僕らもマザーも、変わらず順調に研究を進めているよ。むしろ、インクみたいな失敗作がいなくなってやりやすくなったぐらいさ」
「強がりを……!」
フラムはミルキットをかばうように前に出て、ネクトと
だが一向に、彼から攻撃を仕掛けてくる様子はない。
「まあまあ、そんな猛犬みたいに噛み付かないでさ、落ち着いて僕と話をしようじゃないか。言っておくけど、今日は別に戦いにきたわけじゃないんだ」
「話が通じる相手だとは思わないんだけど」
「僕を他のチームが作り出した化物と一緒くたにしないでくれよ。僕らチルドレンは幼少期からコアを使い続けているから、なじんでるんだよ。僕は僕だし、
確かにネクトの喋り口調はちょっと生意気なただの子供のものだ。
それに、いくら装備を整え強くなったとはいえ、ガディオが倒しきれなかった相手と、ミルキットを守りながらまともに戦えるとは思えない。
ここで感情に任せてやりあうべきじゃない――そう考えた、フラムは一旦剣を下ろした。
「話が通じる相手でよかったよ」
「くだらないこと言ってないで、用事だけ聞かせて」
「じゃあ簡潔に。僕と手を組まない?」
予想外の提案に、固まるフラム。
「言っておくけど、からかってるわけじゃないから。ここからの話は、お姉さんたちがキマイラやネクロマンシーの存在を知ってること前提で進めるけど、構わないよね」
「……聞くだけは聞いてあげる」
にらみつけられ、ネクトは肩をすくめた。
「やれやれ、まあ聞いてもらえるだけ上出来か。教会にはオリジンコアにまつわる三つの研究チームがあるけど、なんでこれを一つに統一しなかったか、お姉さんにはわかる?」
「競争させるため?」
「正解! いやあ、意外と頭回るんだね。もっと猪突猛進な本能で動くタイプだと思ってたけど。ま、そういうわけでさ、僕らと他のチームは仲が悪いのさ。当然だよね、最終的に三つのうち二つのチームは切り捨てられる運命にあるんだから」
「ライバルであるネクロマンシーを潰すために、私と手を組みたい、と」
「理解が早くて助かるよ。どうかな、悪い話じゃないと――」
「断る! ミルキットをさらった、あんたの提案に乗る理由が無い!」
最後まで聞くまでもなく、フラムはきっぱりと言い切った。
すぐそばにいたミルキットが突如消える恐怖を、彼女ははっきりと覚えている。
実際にさらわれたミルキットは、それ以上に彼を恐れているだろう。
そんな相手と手を組むなど、馬鹿らしい。
「嫌われたもんだなあ。あれはさ、あのデインってしょーもない男に頼まれてやったわけ。僕はそこの包帯のお姉さんがどうなろうが興味は無かった」
「そういう感覚が嫌なの。『オリジンの声を聞きながら意識は乗っ取られてない』って言ったけど、根っこにある価値観や倫理観が歪んでるんじゃ、それ以上に深刻でしょうが!」
「そうかなぁ……お姉さんがそう言うならそうなのかもね。僕、あんまりこうして外の人間と話したこと無いからさ、よくわかんないんだよね、自分がどう歪んでるかなんて」
「納得してくれたんならよかった、じゃあ私たちもう行くから」
フラムは一方的に話を打ち切り、ミルキットの手を引いてその場を離れようとした。
するとネクトが二人の背中に向けて、わざとらしく大きめの声で言い放つ。
「もしかして、エターナ・リンバウに助言を求めるつもり? 今はやめといたほうがいいと思うけどなぁー」
「……どういうこと?」
「僕らが何かしたって話じゃあないんだ。でもさ、考えてもみなよ。あのサティルスって女、コアを仕込まれて生き返ったんだろう? 明らかにネクロマンシーの仕業だ。これまではこそこそ見つからないように動いてたくせに、こんなにもわかりやすく君に挑戦状を叩きつけてきた! だったら、他の英雄サマにも奴らの魔の手は迫ってるって考えるのが自然だとは思わないかい?」
「くっ……ミルキット、掴まって!」
「わかりましたっ!」
フラムはミルキットを抱き上げ、全速力で家に向かって走り出す。
ネクトはひらひらと手を振って二人を見送り、そして姿が見えなくなった瞬間に動きを止めた。
表情からも生意気な笑みが消え、重苦しくため息をつく。
「はぁ……最初はこんなもんか。いや、ひょっとすると見抜かれてたのかもねぇ。お姉さんが言うところの〝価値観の歪み〟になるのかな、これは」
彼はフラムが去っていったのと逆を向いて、目を細める。
「でも嘘はついていない。僕はちゃんと言ったはずだ、他の英雄サマに魔の手が迫ってる、ってね」
別に
ただフラムと手を組みたいネクトにしてみれば、彼女が追い詰められたほうが都合がいいだけの話だ。
◇◇◇
ガディオは、予定より早くギルドでの雑務を終え、帰路についた。
冒険者の集うギルドならば、教会の手がかりとなる情報も手に入るのではないか――そんな算段もありギルドマスターの業務を引き受けたが、今のところ成果はあがっていない。
相手は王国を支配しようとしている巨大組織なのだ。
そう簡単に尻尾は掴めないことは承知の上だが、若干の焦りはある。
だが無計画に突っ走っても仕方ないと、ひとまず今日はケレイナとハロムのために時間を使うと決めていた。
「慣れてないことしてしまったな……」
そう独りごちたガディオの手には、ケーキの入った箱がさげられている。
明らかに浮いた姿を思い出し、
恥ずかしい思いをしてまで誰かのプレゼントを買うのは、ティアに贈り物をしたとき以来だ。
「ケレイナとハロムが喜んでくれるといいんだがな」
彼だってわかっているのだ、いつまでも妻であるティアや、親友であるソーマたちの死を引きずってはならない、と。
しかし、最大の問題はガディオ自身が納得できるかどうかだ。
最愛の女性や親友、仲間たちを見捨てて逃げた臆病者――そんな自責の念を捨てきれない限りは、前には進めない。
だが同時に、少しでもケレイナとハロムの期待に応えたい、とも思っている。
二人のために買ってきたケーキには、彼なりの覚悟が込められていた。
ちなみに、ガディオがそのケーキ屋を選んだきっかけは、かつて旅の途中にフラムから勧められたからだ。
『キリルちゃんと一緒に食べに行ったんです。すっごくおいしかったですよ!』
あのときの彼女の目は、旅で疲れているはずなのにキラキラと輝いていた。
どう見てもケーキを食べそうにないガディオにそこまでおすすめするほどだ、さぞおいしかったのだろう。
――そんな出来事を思い出しているうちに、玄関にたどり着いていた。
すると、彼が触れるより前に、扉が内側から勢いよく開く。
「はぁ……はぁ……ガ、ガディオ、やっと帰ってきたんだね!」
「ああ、ハロムにと思ってケーキを買ってきたんだが」
「あ、ありがと……でも、でもっ、それどころじゃないんだよ!」
ケレイナの様子は尋常ではない、ハロムの身に何か起きたのだろうか。
ケレイナは腕を引いてガディオをどこかに連れて行こうとしたが、「あ……」と声を上げてその場で立ち止まる。
彼も前に立つ人物を見て――同じく、凍りついた。
「おかえり……ってそっか、この場合は逆だよね」
彼女は、よく響く明るい声で言う。
「ただいま、ガーくんっ」
浮かべる満面の笑みは、六年前から変わっていない。
「ティア、なのか」
ガディオを逃がすために命を落とした、誰よりも愛おしい女性――いるはずの無い最愛の妻が、そこに立っている。

「もちろん! どっからどう見てもあたしだよ。ガーくんの相棒兼奥さんの、ティア・ラスカットですっ」
喜ぶよりも前に、頭が真っ白になった。
「そんな、馬鹿なことが……」
確かに彼女が死んだ場面を、自分は見たはずだ。
なのに、なぜか、ティアは生前の姿で、そこに立っている。
異常だ、受け入れてはならない光景だ。
脳内に警告が響き渡る。
冒険者として鍛えられてきた理性が『近づくな』とけたたましくアラートを鳴らす。
しかし、そんなものを吹き飛ばす歓喜が、時間差でガディオの頭の中を埋め尽くしていった。
その手から、ケーキの入った小箱が落ちる。
気づけば彼は、ティアの体を力いっぱい抱きしめていた。