「ガディオさん、お子さんいらっしゃったんですか?」

「いや……俺のことはパパと呼ぶなと言っているだろう、ハロム」

 ガディオはハロムと呼ばれた少女の頭を撫でながら言った。

 その手慣れた様子は、どこからどう見ても親子のそれなのだが――否定するということは、血の繋がりはないのだろう。

「パパはパパだもん。ママ公認だもん!」

 ハロムは怒り気味に頬を膨らます。

 困り果てたガディオが苦笑いを浮かべていると、今度は彼と同じぐらいの年齢と思われる、赤い髪の女性が現れる。

「おかえり、ガディオ」

「ああ、ただいまケレイナ」

 そのやり取りもやはり、夫婦のそれにしか見えない。

「もういい加減、パパって呼び方を認めてくれてもいいんじゃないのかい?」

「無理だ、ソーマに申し訳が立たない」

「ソーマだけじゃなくて、ティアにもでしょ? まったく、義理堅いにも程があるっての」

「その話は後にしてくれ、今は来客がいるんだ」

「ありゃりゃ」

 ケレイナは言われて、ようやくフラムの存在に気づいたようだ。

「いきなり意味深な会話を聞かせちゃってごめんねぇ。あ、もしかしてあなたがフラムちゃん? ガディオがよく話してた子じゃない、筋が良いって」

 他人から自分が褒められている話を聞くと、やはり照れくさい。

 だがフラムはそれをお世辞だと受け取った。

 かつて彼女のステータスは全てが0で、騎士剣術キャバリエアーツなどまったく使えなかったのだから。

「こんなとこで話もなんだし、上がってよ。ガディオ、客間でいいの?」

「そうだな。それと込み入った話になる、二人きりでいい」

「あぁ、そっち絡みの話なんだ。りょーかい」

「ええー、せっかくパパと遊べると思ったのにー!」

 ガディオは口を尖らせて文句をこぼすハロムを抱き上げると、ケレイナに手渡した。

 ハロムは見たところ六、七歳だ。

 つまり、そこそこの重さはあるはずなのだが、二人とも軽々と扱っている。

 ケレイナの腕には傷跡のようなものがあった。

 彼女も元々は冒険者だったのだろう。

 となると、ガディオとの関係はかつての仲間同士、といったところだろうか。

「はいはい、パパはあとで遊んでくれるから、今はママと遊びましょうねー」

「ママとは遊び飽きたー! パパがいいのー!」

 何気なくひどいことを言いながら、ケレイナの肩の上でじたばたと暴れるハロム。

 しかしケレイナはびくともせず、二人は屋敷の奥へと消えていった。

 取り残された……というより話についていけなかったフラムは、呆然とその後ろ姿を見送る。

「行くぞ、フラム」

「は、はいっ……!」

 歩幅の違いすぎる彼に置いていかれないよう、フラムは小走りでその大きな背中を追いかけた。


 ◇◇◇


 客間の壁面には高そうな絵画がいくつも飾られ、天井にはシャンデリアがぶら下がっている。

 ソファもやたらふかふかで、座った時に想像以上にお尻が沈み、フラムは思わず「うわっ」と声を出してしまった。

 どこを見ても高級品だらけで、少し成金趣味にも思えるほどだ。

 今のガディオには、似つかわしくないセンスのように思えた。

「本来は教会の話をして、装備を渡すだけで済ませるつもりだったんだがな」

 フラムの向かいに腰掛けたガディオは、ため息交じりに言った。

「装備?」

「屋敷の倉庫に、俺たちが集めた装備ある。中には呪いの装備もあってな、フラムの役に立つと思ったんだ」

「貰っちゃっていいんですか!?

「俺では使いこなせんからな」

「ありがとうございます。でしたら、遠慮なくいただきますね」

 呪いの装備など、多くの冒険者が捨ててしまうか、一部の強烈な呪いを宿した物がこうひんとして市場に少量出回る程度。

 たまにフラムも大通りの露店を眺めてはいるが、満足のいく品物とはなかなか出会えない。

 かといって、死体の山が積み重なった場所などそうあるはずもなく――ガディオの申し出は、彼女にとってありがたいことこの上なかった。

「だが、それは後回しだな。さっきの子供と女が気になっているんだろう?」

「それはもちろん」

 妻でもないケレイナと、実の子供ではないハロムと三人暮らし。

 複雑怪奇な人間関係を想像してしまい、フラムの頭はパンク寸前である。

「ケレイナは俺の親友――ソーマの妻で、ハロムは二人の子供だ。そしてソーマは、六年前にモンスターとの戦闘中に命を落としている」

 それだけの言葉で、破裂しそうだったフラムの脳内は見事整理され、だいたいの事情を理解できてしまった。

 ハロムは現在七歳とのことなので、本当の父親とはほとんど会っておらず、ガディオが父親代わりだった。

 だから彼のことをパパと呼んでいるし、おそらくはケレイナも――

「ガディオさんの親友ってことは、ソーマさんも強かったんでしょうね」

「ああ、あいつは俺よりも強かった。チームのリーダーとして皆を率い、いつも最前線で勇敢に戦っていたよ」

「ガディオさんがチームに……」

「俺とソーマ、ケレイナ、ティア、ジェイン、ロウ――SランクとAランクが三人ずつ。どこに行っても、誰を相手にしても、絶対に負けることは無いと自惚うぬぼれていた」

 いや――それは決して自惚れなどではない。

 Sランクが三人いる時点で、間違いなく王国最強のチームだったはずだ。

「この屋敷も当時の名残でな、六人で住むために建てたんだ」

「一緒に住むぐらい仲がよかったんですね」

「あいつらといると、それだけで楽しかった。俺もティアと結婚したばかりで、幸せの絶頂ってやつだったんだろう」

 ガディオは、テーブルの表面を物憂げに見つめながら言った。

「奥さんがいたんですか」

「ああ、ソーマが結婚したからって、対抗してな。もっとも、永遠に守ると誓った直後に死んでしまったが。俺が、不甲斐ふがいなかったせいでな」

 ガディオはそう吐き捨てる。

「ソーマさん以外も、ここには住んでないですよね。何があったんです?」

「六年前、俺たちは大型ドラゴンの討伐依頼を受けた。ドラゴン程度なら楽勝だ、すぐに終わらせて王都に帰ろう――そう笑いながら現場に向かったんだ。王都ではケレイナと、まだ一歳にも満たないハロムが待っていたからな。だが――いざそうぐうすると、そいつは普通のドラゴンではなかった」

 彼は一旦息を吸い込み、当時を思い出しながら、重苦しい声で言い放つ。

「顔が渦巻いた化物だったんだ」

「六年前に、オリジンコアを使った化物と戦ったんですか!?

 思わず前のめりになって声をあげるフラムに、無言でうなずくガディオ。

「俺たちは不可視の攻撃を受け、壊滅的な被害を受けた。それでジェインとロウは死んだ。ソーマはかなり善戦したが、鎧の内側で体をねじられミンチにされた。最後はティアが俺を庇って、心臓を撃ち抜かれ死に……俺は一人だけ、生き残った」

 その無念は、六年が過ぎた今でも消えない。

 ガディオはおそらく一生その罪を背負い続けるだろう。

 たとえ、誰かが許してくれたとしても、他でもない彼自身が自分を許せないのだ。

「命からがら逃げ、王都へ帰り着いた俺を待っていたのは、〝おくびょうもの〟とののしる同業者たちだった。ああ、確かに彼らの言うとおりだ、俺は間違いなく臆病者だった。仲間も親友も妻も見捨ててのうのうと戻ってきた、こんな腰抜け――臆病者以外の、何者でもない」

 ガディオはギリ、と歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。

「少しでも償いになれば、と襲われた場所に戻り死体を探しとむらおうとしたが、残っていたのはソーマが使っていた黒い鎧と剣だけだった。愛する妻の亡骸なきがらを取り返すことすらできなかったんだ」

 言葉にも悔しさがにじむ。

 その後悔を忘れないために、彼は今でもソーマの鎧と剣を使い続けていた。

「それから、俺は剣の道にのめりこんでいった。二度と同じ過ちを繰り返さないように。だが……虚しさは、今でも消えてくれない」

 フラムは言葉を失った。

 ガディオと知り合ってまだ半年程度、過去もしらなかった彼女がかけられる言葉などそうそう見つからない。

 それでも必死に探し続け、ようやく見つかったのは――

「過去に何があったとしても、ガディオさんは私にとっては英雄です。臆病者なんかじゃありません!」

 そんな、毒にも薬にもならない言葉だった。

 気の利いたことを言えない自分に歯がゆさを覚えるフラム。

 しかし気持ちは届いたのだろう――ガディオの表情は少し緩み、幾分かの穏やかさを取り戻す。

「ふっ、やはりお前は優しいな」

「いえ、そんな……」

「さて、ここらで湿っぽい話題は終わりにして、一つ目の本題に入るか」

「教会について、ですか。以前聞いたのとはまた別の話ですか?」

「ああ、大聖堂で入手した情報は他にもある。戦いが終わってすぐに話すべきだったのかもしれんが、大聖堂では俺も焦っていたからな、頭に叩き込みはしたが、少し整理と裏取りのための時間がほしかった」

 ガディオが眼球に追われたきっかけは、大聖堂に侵入し、チルドレンに関する情報を得てしまったからだ。

 そんな状態で、断片的にでも資料の内容を覚えられただけ上出来である。

「それでも完全ではないが――コアを用いた三つの研究チームが存在することはわかった」

「オティーリエさんから、研究チームが複数存在するって話は聞いてます。一つは、螺旋の子供たちスパイラル・チルドレンですよね」

「それは〝子供たち〟のことを指す名称で、教会内部では研究チームを〝チルドレン〟と呼んでいるらしい。そして、残り二つが――〝ネクロマンシー〟と〝キマイラ〟」

「名前だけで嫌な予感がします」

 なまじ内容が想像できてしまうだけに、フラムは悪寒を感じた。

「ネクロマンシーは、生物の死体を兵器として利用すべく、適したコアを作り出す研究らしい。チームリーダーはダフィズ・シャルマス」

「あ、その人――これもオティーリエさんから聞いたんですけど、ダフィズとエキドナって研究者が、大聖堂に出入りしてるって言ってました」

「エキドナのほうは、キマイラのリーダーだな。その二人とは別に、それぞれのチームをすうきょうが管理しているらしい」

「枢機卿って、教会で教皇の次に偉い人たち、でしたよね。確か五人ぐらいいるって……」

「そのうちチルドレンを管理しているのが、タルチ・カンスゥオーカ。普段は教会所有の土地や建築物の管理をしている男だな」

「兼任なんですね、教会も人材不足だったりするんでしょうか」

「枢機卿はそうそう増やせんからな。それに、管理というより、監視のために置いている可能性もある。研究者というのは、自分の利益のために暴走しがちだ。先日のインクという少女の処遇も、教会が許可するとは思えん」

 人体実験の存在は、これまで徹底的にとくされてきたはずだ。

 いくらマザーがインクを切り捨てても、教会の介入があれば生かしてフラムたちに渡すような真似は絶対にしなかっただろう。

「常に監視が必要なほど頭がおかしいやつじゃないと、あんな実験できないんでしょうね」

「一番トチ狂っているのは、それをやらせている教会なんだがな……と、少し話が逸れたな。それでキマイラの研究内容だが、こちらは多数の生物を組み合わせ、コアに適した肉体を作り出す実験を繰り返しているらしい」

「ネクロマンシーは肉体に合うコアを作ろうとしている。キマイラはコアに合う肉体を作ろうとしている。アプローチがそれぞれ違うってことですか。こっちを管理してる枢機卿は誰なんです?」

「管理者はスロワナク・セイティ、神父や修道女たちを束ねている」

「こっちもまた兼任……チルドレンの責任者と管理者はわかったんですか?」

「そちらはマイク・スミシーとファーモ・フィミオと記されていた。ファーモは確か、治癒魔法研究部門のトップだったはずだ」

「いかにもって感じの役職ですね。マイク・スミシーは、あの〝マザー〟のことなんでしょうか」

「可能性は高い。正体を隠すための偽名――というよりは、フラムから聞いた話から判断するに、マザーという役柄に入り込むための演出かもしれん」

「少し話しただけでも、かなりの変人だってわかりましたからね。でも名前がわかれば、足取りも追いやすくなりますね。もし本名なら、王都に何かしら手がかりが残ってるはずですから」

「そうだな、俺はまずマイク・スミシーから追ってみるつもりだ。拠点を追われ、多少なりとも焦っている今が好機だろう」

 確かにそれは理にかなっている。

 だがフラムには引っかかる点があるようで――

「あの……六年前にガディオさんたちを襲った化物を作ったのって、おそらくキマイラですよね?」

「モンスターを使っているのは、そいつらだけだからな」

 つまりキマイラは、少なくとも六年前から王都の外で研究をしていた。

 エニチーデ付近の研究施設も――十年ほど前に放棄された場所だったが、キマイラが使用していた可能性が高い。

「だからキマイラを先に潰さないでいいのか、と聞きたいのか?」

 フラムはこくんとうなずいた。

 仲間や親友だけでなく、奥さんまで殺されたとなれば、ガディオの恨みは相当なはずだ。

「確かに俺はキマイラが憎い。奴らが仇だとはっきりした以上、どんな手段を使ってでも潰すつもりだ。だがな、チルドレンやネクロマンシーも許すつもりはない。あいつら全員が、同罪だ」

 重く、低く、言葉そのものにも憎悪を乗せて、ガディオは語る。

「だからいずれは教会そのものも潰す。俺が身につけた力は、そのためのものだ」

 チームを組んでいたときから彼は十分に優れた冒険者だったが、今ほど圧倒的な力があったわけではない。

 全てを失ってからの六年間、文字通り血のにじむような努力をした結果が、現在のガディオなのである。

 そのモチベーションとなった感情は、怒りだ。

 矛先の無い怒りだけでもこれだけの力になったのだ。明確な敵が見つかった今、彼はいつになく気持ちがたぎっているに違いない。

「フラム、お前はどうなんだ」

「どう、とは?」

「目的は確定していないが、教会がフラムを旅に連れ出した理由は、オリジンコアを破壊できる唯一の手段である〝反転〟だろう。そしておそらく奴らは、まだフラムを諦めてはいない」

「私もそんな気がしてます」

 教会という組織もそうだし、さらに奥深くでうごめく〝オリジンの意思〟もまた、フラムの力を求めている。

 十年以上前に廃棄されたエニチーデの施設に彼女の名が残されていたということは、おそらく彼女がただの田舎町で暮らす子供だった頃から、ずっと。

 それだけ長い間、想いを馳せてきたのだ――この程度で手を引くはずがなかった。

「否が応でも戦うことになるが、その動機は受け身すぎる。今の覚悟で、あのイカれた連中の相手が続けられるのか――」

 彼は厳しい表情で語るが、実際のところその思惑は優しい。

 力の無い人間が急に力を手に入れたところで、見えてくる新たな世界にすぐ適応できるわけではない。

 暴力は肉体だけでなく、人の心も壊す。

 フラムもこのまま戦いを続けていれば、いずれそうなってしまうのではないか――ガディオはそう心配しているのだ。

「ガディオさん、私にだってちゃんと受け身じゃない動機はありますよ」

 フラムはきっぱりと言い切った。

 そう、彼女にだって〝支え〟はある。

 フラムは、自分自身が強くなったとは思っていない。

 支えてくれる人がいるから、帰るべき場所があるから、どこまでも折れずに戦い続けられる。

「ミルキットがいます。私はこの街で、いつか大切な人と気ままに暮らすって決めてるんです。そのためには戦わなくちゃならない。ガディオさんには敵わないでしょうけど、私にも私なりの覚悟はあるんです」

「大切な人、か。それはつまり……」

 ガディオは何かを言いかけて、無粋だと思い直前でやめた。

「いや、あえて言う必要もないか。確かに、それなら安心だな」

「はいっ、なのでガディオさんも一人で背負い込んだりせず、困ったら私たちに相談してくださいね」

「ああ、頼りにさせてもらおう」

 ガディオの表情が緩むと、フラムも一緒になってにこっと笑った。


 ◇◇◇


 客間での会話を終えると、ガディオはフラムを倉庫に案内する。

 フラムは、光を反射し輝く石床の廊下を歩く。

 延々と続く長い一本道には、一定間隔で壺や花瓶、胸像と行った美術品が飾られており、それぞれの部屋のドアも、美術品ではないかと見紛うほどにけんらんだった。

 並んでいる壺ひとつだけでも、フラムの住む家が買えてしまうに違いない。

「下りるぞ」

 言われるがままに、階段を下り、地下に下りる。

 先にある扉をくぐると、いくつもの木製のトルソーが並ぶ部屋に出た。

 そこに飾られた衣服や鎧は、ドレスにローブ、レザーアーマーからプレートアーマーに至るまで、サイズもデザインも多種多様である。

 また、棚には兜やティアラ、ガントレットやレガース、ブーツやブローチ、といった防具が種類ごとに並べてあった。

 アクセサリーの類いはガラスケースに厳重に納めてある。

 片手剣、両手剣、槍、ハンマー、メイス、杖、弓――その他を含め、各種武器は壁面に飾られている。

 フラムが何気なくスキャンを使ってみると、そのどれもがレジェンド、もしくはエピック品質の装備だというのだから驚きだ。

 ここに並ぶ装備だけで、屋敷を遥かに超える価値がある。

「す、すごいですねこれ……」

「使わないのなら処分すべきなのだろうが、どうにも思い出が邪魔して手放せん」

 仲間や親友、そして彼の妻が使ったものも、この中に交ざっているのだろう。

 しかし、フラムが必要としている装備はここにはなく、部屋の端にある扉の先に纏めてあるらしい。

 小部屋に入ると、呪いの装備が無造作に積み上げてあった。

 むわっとした血生臭さが鼻をつく。

 フラムが腰にぶら下げている、血まみれのスチールガントレット――それと同じように、洗っても血が取れない物がいくつも含まれているようだ。

「ロウの奴が趣味で集めていたものだからな、妙な装備ばかり揃っていると思うぞ」

「よっぽど変わった人だったんですね」

「みなで捨てろと言っていたんだがな。まさか、こんな形で役に立つことになるとは思ってもいなかったよ」

 ガディオは過去を懐かしむ。

 この屋敷には思い出が――幸せで、だからこそ辛い記憶が、いくつも染み付いているんだろう。

 フラムは装備の山に手を伸ばす。

 そして、勝手に震えたり、シミが人の顔の形をしていたり、触ると妙な声が聞こえたりする装備にひとつひとつスキャンをかけていった。

 彼女と装備のにらめっこはしばらく続き、兜を持ち上げたところでぴたりと止まった。

「どうだ、良さそうなものはあったか?」

「ガディオさんの仲間のコレクションなだけあって、中々に強烈な装備ばかりです」

「その割には随分と悩んでいるようだな」

「どうせならエピック装備がいいな、と思いまして。あ、エピックでも……いいんですよね?」

「呪いの装備の等級は、呪いの強さで変わるからな。強ければ強いほど、俺には扱いきれん」

「ならよかったです」

「エピックならどれでもいいのか?」

「そういうわけじゃないですね。たとえばこの兜ですけど――」

 フラムは持っていた兜をガディオに見せた。

 漆黒の金属で作られたそれは、所々が紫色に変色しており、フォルムもやけに刺々しい。

「なぜか変な形をしてるせいで視界がやたら狭くなるんです。呪われた装備ですし、何か物騒な理由があるのかもしれませんけど」

 そう言って、彼女は兜のフェイスガードをかぱかぱと開閉させた。

「確かに、これでは兜としては使い物にならんな。芸術品として作られたものに呪いが宿ったのかもしれん。気配で相手の位置をさぐれるようになれば、視界が塞がったところで問題はないが」

「私はまだその域まで達してないので」

 ステータスの〝感覚〟が上昇していけば、彼の言う気配を感じ取ることもできるのかもしれない。

 だがフラムには扱えないので、黒い兜を横に置くと、恨めしそうにカタリと震えたような気がした。

 彼女はそれを意に介さず、マイペースにお眼鏡に叶う装備を探し続ける。

「ん、これは……」

 次にフラムが引っ張り出したのは、革のベルトだった。


 ―――――――――――――――――――――

 名称:苦痛と絶叫のレザーベルト

 品質:エピック

 [この装備はあなたの体力を363減少させる]

 [この装備はあなたの敏捷を212減少させる]

 [この装備はあなたの感覚を749減少させる]

 [この装備はあなたの毒への抵抗力を奪う]

 [この装備はあなたの苦痛を増幅させる]

 ―――――――――――――――――――――


 仰々しい名前だが、レザーにしては色が濃いめの、ただのダブルピンベルトにしか見えない。

 その色はベルトを血に浸した結果だったりするのかもしれないが、変な臭いもしないのでフラムは深く考えなかった。

 太さや長さを見るに、ズボンを固定するために使うというよりは、装飾品として腰に巻く用途のために作られたものだろうか。

 普段遣いできそうな見た目だが――まあ、名前の通り急にどこからともなく絶叫が聞こえたりしたら、そのときはそのときだ。

「〝苦痛を増幅させる〟というエンチャントが付いているが、平気なのか?」

 ガディオは、ベルトを腰に回しながら体の調子を確かめるフラムに尋ねた。

 すると彼女はふいに、石の床に強く拳を叩きつける。

 手に血がにじみ、下手をすれば骨にまで影響がありそうなほどだが、傷はすぐに再生した上に、フラムは平然としている。

「反転すると、痛みをあまり感じなくなるみたいですね」

 自傷行為にあまり抵抗がない様子のフラムを見て、ガディオは思わず眉をひそめた。

「痛みは自分を守るために生じるものだ。感じないからといって無茶はするなよ」

「わかってます、まったく痛くないわけじゃありませんから。実は今のもちょっとやりすぎました」

 そうは言うが、ガディオは内心不安だった。

 デインの部下との戦闘の時もそうだったが、彼女は自ら敵に突っ込んで戦う自己犠牲的な傾向がある。

 反転の魔法を使うためには対象に触れる必要がある、そのせいでもあるのだろう。

 確かに、自らが傷つくことをいとわない彼女の戦い方は、相手にしてみれば予想外で脅威だとは思う。

 だが普通の人間にとって、肉体は消耗品ではないし、肉体は精神とも繋がっている。

 苦痛を軽減するこのエンチャントが、その戦い方をさらに悪い方向へ導かなければいいのだが――と彼は懸念する。


 ―――――――――――――――――――――

 名称:笑う殺戮者のダマスカスガントレット

 品質:エピック

 [この装備はあなたの筋力を1312減少させる]

 [この装備はあなたの魔力を674減少させる]

 [この装備はあなたの感覚を377減少させる]

 ―――――――――――――――――――――


 ガディオの心配をよそに、フラムはさらに別の装備に手を伸ばしていた。

 次に彼女が身につけたのは、刺々しいデザインをした篭手だ。

 指先に至っては凶器のように尖っており、例のごとく色は黒である。

 魂喰いといい、人の怨念を吸って呪いを宿した金属は、黒く変色するものなのだろうか。

 フラムは現在、血塗れのスチールガントレットを使用しているが、エピック装備が手に入ったとなるとお別れするしかあるまい。

 ミルキットと出会ったばかりの頃に手に入れたものなので、微妙に愛着が湧いていたが――よくよく考えてみれば、こんな血で汚れたガントレットに愛着が、というのも変な話である。

 フラムが『使わない装備をどうしたものか』と考えていると、ガディオが提案する。

「それも呪いの装備なのだろう? 必要ないならそのまま倉庫に入れてもらって構わん」

「では、お言葉に甘えて」

 外したガントレットを、「今までありがとね」とお礼を言いながら、積み上がる呪いの装備の一番上に置くフラム。

 そして新たに装着した二つの装備に意識を集中し、エピック装備としての特性を確かめる。

 ベルトと篭手が粒子となって消えると、それぞれ手の甲に刻印が浮かび上がった。

 シャツをまくりあげると、同じくへその下にも形の異なる刻印が刻まれていた。

 さて、現在、彼女が身につけている装備は計四つだ。

 それらによって上昇したステータスを合わせると――


 ―――――――――――――――――――――

 筋力:2036

 魔力:1267

 体力:1572

 敏捷:1164

 感覚:1315

 ―――――――――――――――――――――


 合計7354、中堅のAランク冒険者並みはある。

 ジーンに奴隷として売られてしまったあの頃に比べれば、雲泥の差どころの話ではない。

 フラムは自分でも、体が軽くなり、全身に魔力が満ち、そして五感が研ぎ澄まされていくのを実感していた。

「それじゃあ、今つけてる二つをいただきますね」

「ああ、好きにするといい。それにしても、ステータス減少の反転は便利だな。呪いの装備は、通常の装備よりもステータスの増減が大きくなる傾向にあると言われている。その分だけフラムが受ける影響も大きいということか」

「代償もかなりありますから」

 普通の人間は鍛えれば鍛えるほど、戦えば戦うほどにステータスが上がっていくが、彼女にはそれがない。

 呪いの装備を扱える、と言うと聞こえは良いが、実際は呪いの装備を使わなければ、Fランクモンスターともまともに戦うことすらできないのだ。

「能力が反転するって言うんなら、ぐうたら怠けて過ごしたら、それだけで強くなれたらよかったんですけど」

「世の中はそう甘くはないということだな」

「甘くていいと思うんです。誰も損しませんし」

 フラムのそんな言葉に、ガディオは「ふっ」と軽く笑い、

「ああ、まったくだな」

 と、どこか悲しげにつぶやいた。