大音声で呼びかけるや、曹操は馬首をめぐらして、城門の外へと駆けだした。思わぬ事態に、部下たちは目を丸くした。あろうことか、総大将が真っ先に飛びだしてしまったのである。呆気にとられようが、泡を吹こうが、遅れてはならなかった。曹操軍一万騎は主君を追いかけ、黒暗々こくあんあんたる夜の中に飛びこんでいった。


都督である淳于瓊が烏巣の守備をまかされたのは、むろん袁紹が烏巣を重要視したからであり、淳于瓊が兵站の重要性を理解していたからである。袁紹軍は大兵力であるがゆえに、兵站に支障をきたしては、その巨体をささえられない。小規模な軍隊ならば、略奪で糧秣りょうまつをまかなうこともできようが、そうはいかないのだ。

淳于瓊は柵をはって陣地を築き、兵糧を保管するための貯蔵庫を大量につくった。後方から輸送されてきた兵糧をそこにたくわえて、大規模な輜重隊を編成すると、前線から到着した護衛の軍とあわせて、前線へと送りだす。

敵襲にそなえて警戒も怠らない。哨戒しょうかい隊が、烏巣の周囲を何重にも巡回している。深夜、淳于瓊の安眠を妨害したのは、その哨戒隊からの急報だった。

「南に、曹操軍の騎兵部隊を発見しましたッ!」

天幕から不機嫌そうに出てきた淳于瓊に、部下が緊迫した声で報告した。

「南か。敵の数は?」

「不明ですが、千や二千ではないようです。五千はくだらないと思われます!」

「……まずいな」

淳于瓊の眠気は一瞬で吹きとんだ。千騎ほどなら、狙いは輜重隊かもしれないが、五千をこえる規模となると、まず烏巣が標的とみてまちがいない。

「兵士たちを叩きおこせ。南と西の守備をかためろ」

あごひげを撫でながら、淳于瓊は指示した。

「はっ、南と……西ですか?」

部下が意外そうにいった。

「旗を見ろ」

淳于瓊があごをしゃくった先には、風にあおられて、バタバタと音をたてる旌旗せいきがある。

「強い西風が吹いている。乾いた風だ。曹操軍は、風上から火矢を射かけてくるにちがいない」

「……っ」

顔を真っ青にした兵士は、礼もそこそこに、伝令に走り去っていく。淳于瓊は部下の無礼を咎めなかった。咎める気にはなれなかった。彼自身、兵糧庫が炎上するさまを想像して平静でいられるほど、剛胆でも無神経でもなかったのである。


はたして、曹操軍があらわれたのは西であった。

「報告、袁紹軍に出撃の気配なし! 陣中にこもり、前面に弩兵・弓兵をならべて、待ちかまえているもよう!」

斥候の報告に、曹操軍の将・于禁はうなずいて、眉間にしわをきざみこんだ。

「出撃してくれれば、このまま一気に攻めこんで、乱戦に乗じて烏巣の陣に突入する、という手もあったのだが……。徐晃、おぬしはどう思う?」

問われた徐晃は、敵将の経歴に触れる。

「淳于瓊は、天子直属の西園さいえん軍で校尉をつとめたほどの男だ。我らの騎兵と野戦をすれば、顔良の二の舞になることぐらいわかっていよう」

「うむ。慎重にもなるか」

西園八校尉といえば、曹操や袁紹と同役である。それほどの男を相手にするのだ。こちらも慎重に戦わねば、痛い目にあうであろう。

「ならば、やつらのお望みどおり、矢戦をしてやろうではないか。……ただし、こちらの矢だけがとどく距離で、だがな」

于禁が敵陣を遠望しながらいった。

「フッ、心得た」

徐晃はにやりと笑い、持ち場にもどっていく。于禁は風の強さと向きを確認し、場所をさだめてから命じた。

「火矢を射よッ!」

強弓の士を選んで射られた火矢は、西風にびょうと乗って、烏巣の陣中に落ちていく。二度、三度とくりかえされるうちに、かがり火とは異なる地点に、ぽつりと赤い灯火がついた。火の手があがり、煙がのぼる。曹操軍は、飛距離を競うかのように、火矢を射かけた。

やがて、一方的な射撃に耐えかねたのか、淳于瓊軍が反撃した。闇にうごめく于禁隊めがけ、無数の矢が放たれる。夜空を埋めつくす銀色の矢尻は、火矢の十倍の密度があるかと思われた。頭上に降りそそいでいれば、曹操軍は目を覆いたくなるような惨状をさらしていたにちがいない。だが、矢のあらかたは風にあおられ、曹操軍にたどりつく前に勢いを失っていった。それにしても、すさまじい数の斉射である。

「なんという矢数だ。正面からまともに突っこんでいたら、どれほどの被害が出ていたことか」

于禁はうなった。補給基地だけあって、烏巣の物資は潤沢なようだ。強行軍で移動してきた曹操軍は、軽装で矢にもかぎりがある。あのような無駄撃ちは許されない。いずれは、敵が射かけてきた矢を拾って、再使用することになろう。

「なに、これほどの数の矢を、一斉に射ることができるのだ。敵が射手を西に集めているのはまちがいない。我らにとっても好都合である!」

味方を鼓舞し、于禁は冷静に指揮をとりつづけた。陣中の炎はしだいに広がっていくが、兵糧庫全体の規模と比べれば微々たるものである。気がはやって前に出そうになる部下をおさえながら、于禁は辛抱強くそのときを待った。しばらくして、彼の忍耐は完全な形で報われた。陣の西ではなく、東で煙があがりはじめたのである。

「あの煙を見よ! 曹公の攻撃がはじまったぞ!」

于禁の檄に、将兵たちが雄叫びでこたえる。この場にあらわれた曹操軍は、官渡を出撃した一万騎の半数であった。于禁と徐晃──曹操が全幅の信頼をおく名将たちは、風上から火矢を放ちつつ、敵を引きつけていたのである。もう半数──曹操本隊は、手薄になった東から攻めこんだのであった。


東北の夜空に煙がのぼっているとの報告が、袁紹本陣にとどいた。烏巣の危機を知り、あわただしく軍議がひらかれた。派閥争い、権力闘争、政治的打算といったしがらみで紛糾するのが恒例となっている袁紹軍の軍議だが、このときばかりは全員一致で結論が出た。それも、きわめて迅速に。

「急ぎ、烏巣の救援にむかう」

袁紹の決断に、異を唱える者はいなかった。

第一陣として、騎兵が先行する。夜明けごろには烏巣につくであろう。

第二陣は、歩兵の中では比較的足の速い、軽装歩兵である。

そして、足の遅い重装歩兵は、本陣にとどまることになった。

官渡城から曹操軍の援軍が出撃するようなら、これを阻止しなければならない。官渡城ににらみをきかせるのが、この地にとどまる将兵の役割である。

重装歩兵の指揮官の中に、郃ちょうこう、字を儁乂しゅんがいという将がいる。彼は、人の気配が失われて閑散とした陣中を歩きながら、胸のうちを僚友にこぼした。

「袁紹さまの判断は正しいのだろう。それはわかっているのだ。……だが、救援が間にあわなかったら、どうするつもりだろうか?」

寒風が吹きぬけて、かがり火が頼りなげに揺れた。河北育ちの身とはいえ、この時期の寒さは身に染みる。首をすぼめて、張郃は凍りつくような小声でつづけた。

「烏巣が落ちてしまったら、軍は維持できなくなる。袁紹さまは、そのまま撤退なさるだろう。前線に取り残された私たちは、殿しんがりとならなければならない。……いや、それどころか、捨て石にされてしまうのではないか……」

郃は身ぶるいした。それは、寒さのためであったろうか。それとも、味方に見捨てられる、おそれのためであったろうか。彼は敵をおそれてなどいなかったが、前をむいて勇敢に戦うだけでよしとされるのは、兵卒までである。将たる者、あらゆる状況を想定すべきであった。もしも、袁紹が彼らを見捨てるようであれば……。


烏巣では、曹操軍が陣営の東から突入をはたしていた。白馬からはじまった一連の戦いにおいて、猛威を振るいつづけた曹操軍の騎兵部隊は、すでに恐怖の象徴にまでなっている。その進撃は、烏巣でもとどまるところを知らなかった。喊声とともに彼らが馳せれば敵はたじろぎ、刃を振るえば血と絶叫がはねあがる。各所に火を放ちながら、曹操本隊は敵陣深くへと侵入していった。

これに対処すべく淳于瓊が西からはなれると、その西からも、すかさず于禁たち別働隊がなだれこむ。たちまち袁紹軍は混乱に陥った。

いたるところが燃えあがり、視界を赤く染めあげる。炎の壁が行く手をさえぎり、逃げ道を奪い、せまりくる人馬への恐怖を、いっそうはげしくかきたてる。狼狽する守備兵たちに、組織だった動きはできなかった。消火活動にあたるべきなのか、敵と戦うべきなのか、それとも逃げるべきなのか。右往左往する守備兵たちのあいだを、縦横無尽に槍を振るいながら、人馬一体となった黒影が駆け抜ける。

「淳于瓊はどこだッ!」

敵大将を探して、大声を張りあげたのは楽進、字は文謙ぶんけんである。「前進、進撃、撃砕!」、それが楽進の座右の銘であり、彼の部隊の規範である。彼らは誰よりも早く烏巣の陣に突入し、誰よりも奥深くへと突き進んでいた。

飽くことなく敵をもとめていた楽進は、しかし、烏巣の陣の中央付近に到達したところで、前進をとめた。上官にならい、部下たちも馬をとめる。楽進は鼻をひくつかせて、あたりを睥睨へいげいした。炎の熱も、血のにおいも、敵兵の気配も薄れている。

「敵が消え失せたわけもなかろう。何者かが、このあたりの守備兵をまとめあげたのだ。そして、統制を取りもどしたうえで、移動したにちがいない」

楽進はそう判断した。無秩序に逃げる敵兵の姿が減ったのは、規律ある部隊に吸収されたからであろう。おそらく、淳于瓊はそこにいる。

「前か、右か、左か……」

前進したところで、西から攻めこんだ于禁と合流するだけに思える。楽進は彼らしくもなく、まず前進の選択肢を消した。

「となると、右手か、左手だが……」

曹操軍のときの声、袁紹軍の悲鳴、戦闘音は全方位からひびいている。あえて比較するのなら、右手がやや静まりかえっているように、楽進には感じられた。

「……右手か」

右手を、北の方角を彼は選択した。敗色濃厚な、絶望的な窮地に立たされた淳于瓊は、どこに勝機を見いだすであろうか。曹操の命である。曹操を急襲して討つ。それ以外に勝機は残されていない。となれば、ひそかに動いているであろう淳于瓊の部隊を捕捉すべきであった。もし、淳于瓊が左手で曹操軍と戦闘中であるのなら、もはや曹操にとって脅威とはなりえない。

「北へ転進!」

楽進は馬首を北へ転じた。部下はいっさい異議をとなえない。彼らは上官の嗅覚を信じていた。楽進の判断は、幾度となく彼自身と部下の命を救ってきたのである。楽進のことを、猪突だの蛮勇だのと評する者がいれば、彼らは胸を張って、こう反論するであろう。「我らの上官は誰よりも勇敢で、剛毅なのだ」と。

北へむかったところで、敵の数が少ないだけかもしれなかった。価値ある首級とめぐりあえずに、徒労に終わるだけかもしれなかった。それでも楽進は、武功を立てる機会よりも、曹操にとって脅威となりうる敵を摘みとる道を選んだ。その選択を、天がよみしたもうたのだろうか。彼は正答をたぐりよせた。ほどなく淳于瓊の部隊と遭遇したのである。しかも、敵の進行方向に割りこむ形となったらしく、淳于瓊が先頭にいる。願ってもない僥倖ぎょうこうであった。

「突撃! 突撃ッ!」

楽進は笑いながら、号令をかけた。敵部隊の兵力を把握できないことなど、おかまいなしに笑った。むろん自身も馬を走らせる。指揮官に遅れまいと、楽進隊は突進した。

「敵将・淳于瓊と見た! その首、もらいうけるッ!! おまえたちは敵兵をおさえろ!」

後半は部下への指示である。淳于瓊をかばおうと、袁紹軍の兵士たちが前に出るが、楽進の槍が一閃二閃して、敵大将への道を切りひらく。そのまま雑兵の相手は部下に押しつけ、楽進は猛進した。馬上の淳于瓊は槍をかまえて迎え撃たんとする。

「ちいッ、奸賊・曹操の狗がッ!」

「黙れッ! その口、二度ときけなくしてくれよう!」

両者の槍が激突し、すさまじい衝突音が連鎖する。楽進の荒々しい槍さばきは、猛獣の爪を思わせた。その攻勢を、淳于瓊は巧みにさばいて反撃する。槍と槍とが風を巻き、火花を散らしてぶつかりあう。

さすがに西園八校尉に選ばれた男である。淳于瓊は入手したばかりであろうあぶみを完全に自分のものとしており、さらには、武芸の洗練度合いにかぎれば楽進を上まわっていた。二十合ほど打ち合ったところで、楽進の右頬から血が飛び散った。

だがしかし、楽進がくりだす槍の穂先は、手傷を負っても鈍らなかった。闘志はますますふくれあがり、彼の槍はより狂暴に、より獰猛に猛りくるう。はげしさを増す連撃についていけず、淳于瓊の動きが重くなったかに見えた。次の瞬間、淳于瓊の顔面から血しぶきがほとばしった。楽進の槍が、淳于瓊の鼻をそぎ落としたのである。負傷した淳于瓊は、敵手ほどに闘志を持続できず、目に見えてひるんだ。

楽進の槍が、息もつかせぬ速さで突きだされる。肩を突き刺された淳于瓊は、身体の平衡を失い、馬上から転がり落ちた。鼻の痛みと、肩の痛みと、地表に叩きつけられた痛みとで、淳于瓊が苦悶のうめき声をもらす。顔をゆがめた彼の視界で、槍が円弧を描いた。楽進の右手が槍を半回転させ、逆手に握りなおしたのだ。

勢いよく突きおろされた穂先が、淳于瓊の前歯を砕き、口腔をつらぬいた。痛みは短かったであろう。頭部を地面にぬいつけられ、淳于瓊は絶息した。

彼らの周囲では混戦がつづいていたが、指揮官同士の勝敗が決すると同時に、その均衡も一気にかたむいた。袁紹軍の兵士たちは逃げ出し、彼らが味方に告げる声は悲鳴となって、炎と混迷の戦場にこだました。

「淳于瓊将軍、討ち死にッ!! 淳于瓊将軍、討ち死にッ!!

叫び声は潰走の合図となった。逃げ散る敵兵を、曹操軍が追いかけまわす。頭を割られ、胸をつらぬかれ、烏巣の守備兵たちは次々と倒れていく。蹂躙される袁紹軍の将兵の中には、しかし戦意を失わない者もいた。そのひとりが騎督の呂威璜りょいこうである。彼は、単独で行動しているうかつな敵騎兵を発見すると、その背後に忍び寄った。そして、「えいやっ」と槍で背中をひと突きにして絶命させると、馬を奪って飛び乗った。

「かくなるうえは、ひとりでも多くの敵を道連れにしてくれ──」

呂威璜の口は、そこで永遠に閉ざされた。どこからともなく生じた矢うなりが、彼の喉笛をつらぬいたのである。落馬した呂威璜は、地に叩きつけられ、四肢をねじまげ、そのままピクリとも動かなくなった。

矢を放ったのは、馬上の少年だった。自分の手柄が信じられないのか、敵将らしき男の最期を、呆けたように眺めている。少年と、その配下たち。どちらがより驚いたのかは、さだかではないが、数瞬の沈黙を破ったのは、配下たちの称賛の声だった。

「お、お見事!」

「おめでとうございます。曹丕さま!」

「身につけている甲冑からみて、あれは名のある敵将にちがいありませんぞ!」

「あ、ああ……」

褒めそやされ、曹丕はあいまいにうなずいた。我に返って周囲を確認する。熱風が吹き荒れていた。渦巻く火焔が大地を焦がし、天までとどくかに見える。十万の将兵をまかなうための、莫大な兵糧を燃料としているのだ。まだまだ燃えつづけるだろう。もはや、人の手で鎮火できるような勢いではなかった。立っているのは味方ばかり。敵兵はことごとく地に倒れ伏している。

「……勝った。……終わった、のか」

喉がからからに渇いていることを、いまさらながら曹丕は認識した。咳ばらいをしてから、天を仰ぐ。

東の地平線がうっすらと瑠璃色に明るんでいた。じきに朝日がのぼりはじめるだろう。袁紹軍の救援が到着する前に、決着はついたのであった。

──のちに、曹丕は著書・典論に、次のように記している。

「私がはじめて大功を立てたのは、官渡の戦いだった。大功を立てたのは、私だけではない。張遼が文醜を討ちとり、楽進が淳于瓊を討ちとり、他にも多くの者が輝かしい武勲をあげた。都への帰路は、武功を立てた誇りと、勝利の高揚とで飾られたのだ。しかし、それらを押しやる、漠然とした予感のようなものが、私の胸にはたゆたっていた。袁家の大軍勢を相手に、こうもあざやかな勝利を手にできると、誰が予測しえたであろうか。戦のありようが、変わろうとしているのではないか。当時を思い返すに、変化の予兆を感じとり、いいようの知れない感情に心を揺さぶられていたのは、私だけではなかった。あの大戦で戦場を駆けぬけた戦士の多くが、時代のうねりを感じとり、魂を揺さぶられていたのだ。この動乱の世に、なにかとほうもなく大きな変革が起ころうとしている。私たちはその変革の先頭を、誰よりも速く駆けぬけようとしているのだ、と」

官渡の戦いは、鐙の使用が確認できる最古の戦争である。胡昭が発明した鐙をいちはやく取り入れた曹操は、騎兵を駆使して、終始、袁紹軍を翻弄した。

この戦いで、袁紹軍は多くの将を、敵将の手によって直接討ちとられている。これはそれまでの戦では見られなかったことであり、要因として、戦の主体が歩兵から騎兵にうつったことがあげられる。歩兵部隊で最前線に立つのは階級の低い兵卒であるが、騎兵部隊は指揮官が先頭に立つことが多かったためである。

こうした騎兵に主導される戦争は、後漢末期から三国期にかけて、とくに顕著にあらわれた。それにともない、武将同士による一騎打ちの事例がしばしば見られることが、この時代の戦争の特徴とされている。

官渡の戦いは、曹操と袁紹が覇権をかけて争った戦いであると同時に、騎兵の時代が到来したことを告げる戦いでもあった。

官渡の戦い 三国志全書

◆◆◆

鄴に帰還した袁紹軍は、わずか数千に数を減らしていた。十万をこえる大兵力で堂々と出陣した威容は見る影もなくなっていた。失われたのは兵士だけではない。家中を代表する淳于瓊、顔良、文醜といった武将たちは戦死し、戦術家として定評のあった張郃も曹操に降伏した。最も大きな痛手は、沮授の死であったろう。曹操の捕虜となった沮授は、降伏の誘いを頑として拒絶し、脱走しようとして斬られたのであった。沮授の忠節と訃報を伝え聞いた袁紹は、ふさぎこんで自問自答をくりかえした。

どこでまちがえたのだろうか。何が悪かったのだろうか。

懊悩おうのうする袁紹に、逢紀ほうきという臣が訴え出た。

「ご報告申しあげます。獄中の田豊どのが、袁紹さまに対して、不満をもらしているようでございます」

「……田豊は、歯に衣着せぬ男だからな」

「河北の民心は乱れております。田豊どののいうように、戦をしなければよかったのだ、と放言する者も……」

官渡の敗戦は、袁紹の求心力を低下させ、出兵を諫めた田豊の正しさを際立たせた。家中にうごめく不穏の影を、袁紹も察している。放置してはおけまい。

「曹操の工作に乗り、袁紹さまに叛旗をひるがえそうという地域もあるようです。手をこまねいていては、一大事になりましょう」

亡者となれば旗印にはなりえない。田豊を処刑するよう、逢紀はうながしているのだった。

「逢紀、おぬしの意見はわかった。では、審配への処罰はどうすべきであろうか?」

なぜ負けたのか。振り返れば、最大の敗因は許攸が寝返ったことである。その原因をつくってしまった審配には、敗戦の責があるはずだった。

「寛大なご処置を」

逢紀の答えは簡潔だが、単純ではなかった。計算の跡が見える。

「理由を聞こう」

「我欲の強さに難はあれど、審配どのは、袁紹さまのなさりように反対する人物ではありません。いまは領内を安定させねばならぬとき。彼に冀州閥をまとめてもらうべきかと。それに処刑ばかりでは、暴君のそしりはまぬがれないかと存じます」

「……なるほど。審配の手腕ならば、冀州の豪族たちをまとめるのも不可能ではない、か」

口やかましい田豊よりも、審配が冀州閥の代表者となったほうが、たしかに袁紹にとって都合がよい。袁紹は郭図にも意見をもとめた。すると、逢紀とは正反対の意見が返ってきた。

「沮授どのが亡くなられたのです。田豊どのまで欠いてしまえば、曹操に勝つのはむずかしくなりましょう。むしろ、軍規をただすためにも、審配どのをこそ刑すべきかと存じまする」

「ふむ……。田豊の知恵も惜しくはある」

河北の安定を第一に考えるなら、逢紀の案を。打倒曹操を第一に考えるなら、郭図の案を選べばよい。袁紹が採用したのは逢紀の案だった。

「まずは領内の安定を優先させねばならん。威信を取りもどさねば、曹操どころではない」

理屈でいえばそうなるが、袁紹の判断に私情がふくまれていたのは否めなかった。審配を罰するのはかまわない。だが敗戦の責を問うのであれば、最も責任が重いのは袁紹自身である。きびしい処罰は、いずれ自分にはねかえってくるであろう。

田豊を処刑し、審配を免責し、とにもかくにも、袁紹は一歩を踏み出した。いつまでも、失意の淵に沈んではいられなかった。豊沃ほうよくな袁紹領はいまだ健在であり、挽回は不可能ではないはずだった。


一方、勝利した曹操陣営では、ある動きが活発になっていた。

◆◆◆

天下分け目の大戦が終結し、世情が安定にむかうと見たのだろう。許都の上流階級で、結婚ラッシュがはじまった。家と家のむすびつきを強めて、権力基盤を強化しようというわけだ。中心にいるのは、曹操配下の有力者たちである。もし、官渡で袁紹が勝っていたら、袁紹陣営の有力者が中心になっていたはずだ。

私は、陳羣と荀彧の娘との結婚を祝う宴席に、招かれていた。結婚を祝うといっても、現代日本での披露宴のような、派手なものではない。ちょっとしたお祝いの席である。昔はやたら手間がかかったらしい婚礼の儀式も、いまではだいぶ簡略化されている。堅苦しいのも、ややこしいのも苦手だし、私にとってはありがたい。曹操が倹約を推奨している影響も、少なからずあるようだった。

席をはずして厠にいってきた私は、庭の片隅にいる郭嘉を発見した。陳家の家人となにやら熱心に話しこんでいる。遠いので話の内容は聞こえてこないが、相手が若い女性であること、郭嘉がめったに見ないほど凛々しい顔をしていることから、口説いているのは一目瞭然だった。

「さて、邪魔をしては悪いだろう。しかし、お相手が困っているようなら、割ってはいったほうがいいのだろうし……」

私は立ちどまって思案する。女性は迷惑そうな顔をしているように見える。けれど、心底から嫌がっているかというと、そうでもないような。この世に生をうけて四十年になろうとしているが、女心はとんとわからぬ。前世と合わせれば八十年にもなるというのに、さっぱりである。

私が判断しかねていたら、郭嘉があわてて逃げだして、入れちがうように陳羣がやってきた。口説かれていた家人と二言、三言、言葉を交わしてから、陳羣は郭嘉を追いかけていく。

第三者の立場で観察していた私は、腕組みして首をひねった。

なにも、走って逃げなくてもいいのでは? どうせ、毎日のように顔をあわせるのだから、逃げたところで明日には捕まるだろう。まあ、追いかけるほうも追いかけるほうだし、郭嘉のことだから、陳羣をからかっているだけなのかもしれない。酒が入っているからだろうか、それとも一大決戦の重圧から解放されたからだろうか。なんだか、子どものころを思い出させる光景だった。

私は宴席場にもどると、靴を脱いで室内にあがった。みんな床に座っていて、それぞれの前に、お膳で食事が出されている。なつめ、蓮の実、栗、りんご、卵のスープ、鶏肉の魚醤焼き……。自分の席について、となりの席の荀彧に声をかける。

「変わり者の友人をもつと、苦労するのだろうな」

もちろん、私は郭嘉と陳羣のことをいったつもりだった。きわめて軽い気持ちで、率直な感想を口にしたのだが、これがまずかった。現場を見ていない荀彧に伝わるはずがない。それどころか、荀彧は奇妙なまなざしを私にむけてきた。まるで、変わり者の友人を見るかのような。

「変わり者か。……ところで、孔明。子どものころ、君が池でおぼれかけて大騒ぎになったのを、おぼえているだろう?」

ぎゃふん。やめてくれ荀彧。その攻撃は私に効く。なにげなく口に出してしまったひとことのせいで、私は黒歴史を思い出すことになった。

あれは、そう。十三歳の夏の出来事だった。私は奇妙な夢を見た。口元に竹筒をあてて呼吸しながら、水中を歩くという夢だ。いわゆる水遁の術である。

目が覚めて、まず思った。天才じゃね?

さっそく、手ごろな竹を探して、加工にとりかかる。ふしを抜いて、口と鼻に合うように、竹を削る。作業を終えた私は、同年代の友人を誘った。荀彧は勉強中で家から抜け出せなかったので、他の遊び仲間たちといっしょに池にむかう。池につくと、私は服を脱いで、特鼻褌ふんどしいっちょうになった。腰に命綱をむすんで、池に入る。暑い日だったから、ほどよく冷たい水温が、妙に気持ちよかった。池の底はやわらかくて、くるぶしまで足が沈む。注意しながら、おそるおそる、慎重に進んでいく。腰までだった水深が深くなる。胸をこえて肩の高さまで。もう充分だろう。

「もぐるぞー!」

威勢よく岸に声を投げかけると、私は竹筒を口元にあてがい、一気に水中にしゃがみこんだ。口の中に水は入ってこなかった。よし、あとは呼吸ができれば成功だ!

息を吸う。吸えない。思いっきり吸う。けど、吸えない。肺呼吸、腹式呼吸、全身呼吸! やっぱり吸えない!! こめかみに血管が浮き出てるんじゃないかってくらい力んでも、なぜか空気が動かない。意気揚々とはじめた手前、絶対成功させたかった。けれど、空気が重い、かたい、びくともしない! 吸っても空気が動かない、ってどういうこと!? そんなの想定できるか!! 息が苦しくなった。いったん仕切りなおしだ。

失敗したときのことも考えてあった。といっても、水深は肩までしかないのだから、立つだけでいい。ひざをのばそうとして、私は愕然とした。ひざに力が入らない!?

あわててしまったのが悪かったのだろう。竹筒がはずれて、口の中に水が流れこんできた。頭がまっ白になった。ひとつだけはっきりしていた。ダメだ。このままだと死ぬ。死んでたまるか、こんちくしょう。文字どおり必死だった。私は竹筒を手放して、どうにか腰の命綱をひっぱった。すると、すごい力で岸までひっぱられた。岸にあがった私は、嗚咽まじりに水を吐いて、咳きこんで。釣りあげられて、陸でビチビチ跳ねまわる魚よりも、見苦しい姿だったと思う。

「胡昭!! このバカタレがッ!!

怒鳴り声がふってきた。大人の声だった。顔をあげると郭図がいた。二十歳そこそこの郭図は、おっさんみたいな顔に鬼の形相を浮かべていた。眉を逆立て、目を見開いて。命綱をひっぱっていたのは、郭図だったのだ。当時の郭図は、私たちにとって兄貴分というか、監視役だった。私たちが危険そうな遊びをしていると知って、すっとんできたのだった。

私は正座させられた。長い説教になるだろうなと覚悟した瞬間、目の奥に火花が散った。私の頭に、郭図が拳骨を振りおろしたのだ。ものすごい衝撃だった。地面に顔がぶつかるかと思った。物理的にもひどく痛かったけれど、精神的な痛みのほうがずっと大きかった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

いまの私が、危険な遊びをしている子どもを見かけたら、やっぱり同じように叱りつけるだろう。自分のことながら思う。なんだこの胡昭とかいうクソガキは。まったくもってけしからんな。

……いつからだろう? 郭図が私のことを高く評価してくれるようになったのは。彼からしてみれば、昔の私は問題児でしかなかっただろうに。私が大人になって、名士としての評判を得てから、ではなかった。もっと前からだったと思う。孔明という字をもらってから、郭図は私のことを「胡昭」ではなく、「孔明」でもなく、「孔明どの」と呼ぶようになった。でもそれは、郭図がそういう性格だからだ。字をもらったら「どの」と呼んで一人前あつかいする。ここらへん、郭図はきっちりしている。「郭図」呼びからそのままスライドして、年上の人物を「公則」呼ばわりしちゃってる私とはちがう。いや、いまさら「公則どの」もないけれど。

う~ん。郭図から評価されるきっかけなんて、あっただろうか? 前世の記憶がよみがえる前の、二十歳になる前の私は、変わり者あつかいが妥当だったような気がする。まあ、いまでもちょっと風変わりな面があるのは、認めないでもないが。

しかし、しかしである。そもそも、あの件は、奇妙な夢が発端だったのだ。あんな夢を見たのは、潜在意識の奥深くにひそんでいた、前世の記憶のせいにちがいない。そして、水中で息ができると思ってしまったのは、その前世の記憶がまだはっきりしていなかったからだ。いまならわかる。空気を吸えなかったのは、おそらく圧力の問題だろう。あんな無茶は、もう絶対にしない。

つまり、つまりである。あれは不幸な事故だった。前世の記憶が影響して、なおかつ現代知識がないという、特殊な条件によって起こってしまった、偶発的な事故だったのだ。私は強く主張したい。「水遁の術で水没事件」はあくまで例外である。私の人格に起因するものではないのだ、と。弁解せねばなるまい。私自身の尊厳のために!

「あれは、若さゆえのあやまちであってだな」

「人の本質というものは、そう簡単に変わらないと思うんだがなあ」