「じゃあ、郭嘉に白馬を攻めている三万の指揮権があったなら、どうする?」

「オレが指揮官だったら、命令はあとまわしにしますね。まずい戦をして負けて降格するより、勝って降格するほうがいくぶんマシでしょうよ」

結果を出しても降格させられるようなら、そんな主君はこっちから願い下げですが。そうつけたしてから、郭嘉はあごに手をあてていう。

「まず、白馬城の包囲を、完全に解きます」

「えっ」

「白馬城は門をあけて、住民を避難させるなり、兵糧や武器をはこび入れるなりするでしょう。そこに間者をまぎれこませて、『曹操軍が白馬城の救援にむかっている』と触れこみます」

籠城している人々からすれば、うれしい知らせだ。その情報はあっという間に広まり、守備兵を勇気づけるだろう。なにせ誤報ではなく、実際に曹操軍は動いているのだから、広まらない道理はない。

「さらに、曹操軍に擬態させた兵を数百ほど白馬城にむかわせて、三万全軍でそれを追わせます。援軍が来ないのではないか、と不安に思っていた白馬城の守備兵は、救援に来てくれた決死隊を見捨てられず、城内に入れるはずです」

パチパチと、かがり火がはぜた。火の粉が顔のあたりに飛んできて、郭嘉は目をすがめた。

「たとえ門を閉じたとしても、将兵の意見は割れるでしょう。動揺しているところで、城内にもぐりこんだ間者に火を放たせる。そうして白馬城を混乱させたうえで、全軍で攻撃する。ってところですかねえ」

郭嘉の眸のなかで、かがり火が揺れていた。そこに炎上する白馬城を見て、曹丕は思う。綱渡りのような詭計だ。けれど、郭嘉が口にすると、あっさり成功してしまいそうだった。なぜ自分は思いつかなかったのだろう。曹丕は憮然とため息をこぼした。

「それが、正解か」

「戦は虚々実々の駆け引きです。オレの策が正しく見えるのなら、それは敵の心理を利用してるからっすよ」

型破りな思いつき、だけではなかった。曹操軍の動きと、その救援を待ち焦がれる守備兵の心境。そうした情報のうえに、郭嘉の策は成り立っている。曹丕は思い返す。荀攸もそうだった。敵軍の編成から、表に出るはずのない命令を読みとっていた。そうでもなければ、猪突の顔良が動かないことを計算にいれた策なんて、立てられるはずもない。いいかげんに見える郭嘉も、ぼんやりして見える荀攸も。人が見落としてしまいそうな些細な情報に、黄金の価値を見いだして、策を編んでいるのだ。

「で、ほんとはもっと訊きたいことがあるんでしょう?」

郭嘉の指摘に、曹丕は一瞬口ごもった。

「……あ、いや。手柄を立てるにはどうしたらいいかな、って」

「今回はやめといたほうがいいっすよ」

「どうして?」

「顔良を討ったあと、掃討戦にうつる時間がないからです。逃げる敵を追いかけまわすより、住民の避難を優先させないと。民を守りながら後退するのは大変っすよ。欲をかく場面じゃありません」

「せっかく虎豹騎に選ばれたのに」

「袁紹との戦を生きのびれば、手柄のひとつやふたつは、おのずとついてくるでしょう。顔良の首なんか、狙っちゃダメっすよ」

「やっぱりダメか」

「そういうのは強そうな人にまかせときゃいいんです。たとえば──」

郭嘉はなにやらひらめいた顔をして、曹丕をあるところへつれていった。


「──というわけで、こたびの戦は顔良を討ちとれるかどうかが焦点になりそうだ。いや、誰が顔良を討ちとるか、だろうな」

隣を歩く大男にそう語るのは張遼、字は文遠ぶんえんという。白馬にむかう騎兵五千のうち、千を率いる驍将ぎょうしょうである。

「曹公の恩には報いねばならん。胡先生の期待にもこたえねばならん。顔良の首は、私がもらいうけよう」

大男──関羽雲長はそう宣言して、大切そうにそっと胸に手をあてた。

「なんだ、その乙女のようなしぐさは!? 雲長、おぬしまさか、戦場にまで胡先生の文をもってきたのか?」

張遼がぎょっと目をむいた。関羽はしたり顔で返す。

「うむ。紙の書状でよかった。携行するのが楽でいい」

「何を考えている、紛失したらどうするのだ!」

大声で怒鳴ったわけではなかったが、張遼の剣幕は、周囲の兵卒たちを震えあがらせた。関羽ほどの長身ではないが、張遼とて風格あふれる、精悍な武人である。その眼光は炯々けいけいとし、声は雷鳴のようにひびくのだった。

「なくしたら大変だから、懐に入れているのだ」

いたって平然といい、関羽は懐から絹の袋を取りだすと、口ひもをほどいて手紙を見せようとする。張遼はあわてて制止した。

「いや、もういい。もういいだろうに! 許都で散々、見せびらかしていたではないか。あのときの、おぬしのはしゃぎっぷりときたら。思い出しただけで、うんざりするわ!」

声と顔と身振りの全身でもって、張遼は辟易を表現してみせた。

「ははは。妬くな、文遠。おぬしも、あぶみを使っているのだ。折を見て、礼状のひとつも出してみればよかろう。胡先生は、我らのような叩きあげの武人も、高く評価してくれる御仁だぞ」

関羽は得意そうにひげを揺らした。張遼は声を低めて、うなるように、

「……いっておくが、私も曹公に仕えて、まだ日が浅い。輝かしい武勲をあげて、地位を確立したいところだ。顔良の首をゆずるつもりはないぞ」

それは、まさしく挑戦状であった。関羽の赤ら顔に浮かんでいた笑みが、いっそう深くなる。

「競争か、おもしろい。我が大刀だいとうでもって、顔良の首と胴とを断ち切ってくれる」

「なんのなんの。顔良を串刺しにするのは、我が槍よ」

五千の兵で一万の兵と戦おうというのに、関羽と張遼に悲壮の色は一切ない。彼らは前線に立ちつづけてきた経験豊富な指揮官であり、騎兵という兵科の利点と欠点をしっかり心得ていた。運用はむずかしい。維持するのに金も手間もかかるうえに、力を発揮する場もかぎられる。だが、いくつかの条件がそろえば、倍はおろか、十倍の敵ですら崩しうるのが騎兵である。白馬ではその条件がそろうだろう。顔良軍をおそれる必要はなかった。


敵将を、どのように討ちとるか。なんとも威勢のいい会話であった。兵士たちの士気を鼓吹こすいしてまわる、これが彼らなりの流儀なのだろう。豪傑ふたりが歩み去ると、天幕の陰にひそんでいた人影がこちらもふたり、ゆるりと動きだす。

「どうです? ちょうど顔良の首を話題にしてたんで、聞き耳を立ててみましたけど。自信満々でしょう」

「……ああ」

郭嘉の言葉に、曹丕はうなずいた。

「まあ、手柄がほしい人は、いっぱいいるってことっす。彼らを出し抜いて、大将首をとれると思いますか?」

「…………」

「顔良だって、あんな感じっすよ。曹丕さまなんか、返り討ちにあっちゃうと思いますがね」

「…………」

無言のまま、曹丕は肩をすくめて、降参してみせた。なにも、一騎打ちを挑もう、などと無謀な考えをもっていたのではなかった。習いごとの武芸と、戦場での武勇が異なることぐらい、百も承知している。ただ、曹丕にも配下がいる。自身とあわせて十一騎の精鋭騎兵が手駒だと思えば、まったくの無力ではない。やりようによっては……、とほんのすこし期待しただけだったのだ。しかしながら、張遼と関羽の意気ごみを見てしまうと、そのかすかな可能性すら残してくれそうにない。

「ああいった個人の武勇ってのも、怖いもんですよ。顔良だって、そう使ってやりゃあいいものを……」

「袁紹軍には、将がいないのか?」

曹丕の率直すぎる質問に、郭嘉は含み笑いをした。

「いないわけじゃないんですけどね。ただ……」

「ただ?」

「顔良の出身地を知ってます?」

「いや」

「徐州の琅邪ろうや郡なんです。冀州じゃないんですよ」

郭嘉の眸に皮肉の光がおどる。呆れと形容するには、鋭すぎるまなざしだった。

「袁紹が河北を平定できたのは、冀州閥のおかげでしょうに。それなのに、彼らに功績を立てさせないようなやりかたで、天下を望もうだなんて。甘すぎるんですよ、袁紹は」

張遼と関羽を自信満々と評していたが、天下統一に最も近い男をこきおろす郭嘉の自信も、なかなかどうして生半可ではないようだった。普段の曹丕であれば、そう見てとれば、皮肉のひとつでも投げかけていただろう。しかし、曹丕は何もいえなかった。張遼、関羽、そして郭嘉。彼らの自信に、あてられたのかもしれない。だが、それよりなにより。彼らに対して軽口を叩くのは、実績をともなってからにすべきであった。

◆◆◆

白馬城の包囲をつづける顔良のもとに、急報が入った。西の方角で、砂塵が高く舞いあがっているというのである。

「バカな!?

顔良は目を大きく見開き、声をうわずらせた。砂塵が高く舞いあがっていれば戦車部隊が、低く垂れこめていれば歩兵部隊がせまっているとされる。もっとも、騎兵の発展にともなって、機動力の劣る戦車は時代遅れになっており、すでに部隊としての運用はすたれていた。戦車は、顔良がそうしているように、高い場所から指示を出すために使用されるものとなっている。戦車部隊は、中原ちゅうげんには存在しないのだ。となれば、隆起した砂ぼこりが意味するところは、騎兵部隊の存在に他ならない。

「なぜ、曹操軍がここにいる!?

曹操軍は延津にむかったはずである。だが、友軍ではない以上、そこにいるのは曹操軍と判断するしかない。奇襲こそかろうじて回避できたものの、してやられた感は否めなかった。

「もはや、白馬城にかまってはおれん。全軍で敵を迎え撃つ! 逆賊・曹操に、目にもの見せてくれるわ!」

顔良はおそろしい形相のまま、旗下一万の兵に集結を命じた。


天から地上を見おろせば、奇妙な光景にうつるであろう。曹家の旗がひるがえる白馬城のすぐそばに、顔良軍が布陣している。そこに曹操軍の騎兵五千が急行しており、遅まきながら、顔良軍の孤立を知った郭図・淳于瓊の軍が、白馬にとって返している。さらにその後背を、曹操軍三万が追いかけているのだ。味方を救うために、敵を挟撃するために、曹袁の旗が代わるがわる出現する。まるで、縦糸と横糸が交互にあらわれるように。

この奇妙な状況を意図的につくりだした荀攸に対して、曹丕は感嘆以外の感情をもたなかった。見れば、顔良軍の旗には落ち着きがなく、陣容が乱れている。迎撃の準備をととのえる前に敵があらわれ、浮き足だっているのだ。おそらくは、曹操軍を発見するのが遅れたのであろう。

「なるほど。匹夫の勇とは、こういうことか」

曹丕は心中でつぶやいた。

かつて荀彧が、「顔良は匹夫の勇である」と酷評したことがあった。血気にはやり、注意力が足りない。大将の器にあらずと、ばっさり斬って捨てた形である。それを伝え聞いた曹丕は、「用心深く行動すればいいだけじゃないか」と当時は単純に思ったのだ。単純にすぎた、と反省すべきであろう。注意力が足りないとは、偵察部隊を手足のようにあつかうだけの力量がない、という意味でもあったのだ。

「性格だけでなく、能力の問題でもあったのか。……そりゃあ、簡単に解決できるもんじゃないな」

「はっ? なんでしょうか?」

なんでもない、と曹丕が配下に答えたとき、戦鼓がけたたましく打ち鳴らされた。前進せよ、との合図である。曹操軍五千騎は、いっせいに馬に鞭を入れた。

進め! 進め! 進め!

戦鼓のひびきが天をつんざき、馬蹄ばていのとどろきが大地を揺るがした。

「あそこだ! 顔良はあそこにいるぞッ!!

と叫び声があがる。顔良軍の陣容には厚みがない。中央の戦車に(指図用の旗)がはためいているのが、はっきり目視できる。顔良は、あの戦車に乗っているにちがいなかった。

対する曹操軍は、虎豹騎一千をふくむ中央の三千を曹操が指揮し、左翼の一千を徐晃じょこうが、右翼の一千を張遼がそれぞれ率いている。曹操軍の方針は、このうえなく単純明快であった。

顔良の首をとる! 敵大将めがけて、ただひたすらに突撃せよ!

白馬城周辺は平坦な地である。騎兵の突進をさまたげるものは、何もなかった。我先にと功を競い、鬨の声をひびかせて、人馬の群れが平原をなだれうつ。最も速い部隊は、当然のように虎豹騎である。だがしかし、彼らの先をゆく騎影があった。くつわをならべて右翼から飛びだし、目の覚めるようなはやさで先頭を駆けるのは、関羽と張遼である。

「ちょ、待てよ」

思わず、曹丕は口走っていた。無謀にしか見えなかった。あぶみを配備されていない張遼隊では、あの速度についていけるはずがない。案の定、前のふたりと張遼隊との距離は、みるみる広がっていった。あきらかに突出している関羽と張遼をめがけ、驟雨しゅううのごとき矢が降りそそぐ。それでも彼らは速度を落とさなかった。長柄を旋回させて矢を叩き落としながら、強引に突き進んでいく。

「そんなのありかよ……」

目を疑うような光景に、曹丕は唖然とした。彼もまた、いつのまにか虎豹騎の最前列で疾走していたのだが、前をいくふたりとの距離はいっこうに縮まらない。

関羽と張遼は味方に影すら踏ませずに、顔良軍のまっただなかに躍りこんだ。関羽の大刀がうなりをあげ、張遼の槍が銀色にひらめく。どちらも劣らぬ驍勇の士が馳せるところ、鮮血が宙を彩り、敵兵は次々と倒れ伏していく。

彼らの活躍を見越していた曹丕ですら、度肝を抜かれたのだ。顔良軍の驚きは、その比ではなかった。

そもそも袁紹軍が白馬城を攻めたてた、この二か月のあいだ。野戦を挑んできた敵など存在しなかったのである。たとえ、そのような身のほど知らずがいたとしても、鎧袖一触がいしゅういっしょく、またたく間にひねりつぶしていたであろう。

顔良軍の兵士たちの多くは、袁家の大軍勢に敵はいないと信じきっていた。遠からず、白馬城も陥落するはずである。そのときこそ、剣を抜きはなつときであった。切っ先をむける相手は、武器をもった敵兵ではない。城内で息をひそめている、武器をもたない住民である。略奪をとがめる将校もいるだろうが、兵士にだって言い分がある。彼らは奉仕活動をしているわけではなかった。従軍したところで、支給される食糧はたかがしれている。それだけでは、とても生活していけないのだ。家族にひもじい思いをさせないために、現地で金目のものや食糧をあさるのは、正当な権利であろう。そうした状況下で、獣性と残虐性が鎖から解き放たれ、乱暴狼藉がくりひろげられるのも、戦地では見慣れた光景であった。

郭図・淳于瓊の軍が白馬をはなれたとき、顔良軍の兵士たちから、心細いとの声はあがらなかった。彼らはむしろ、味方が減ることを歓迎すらしたのである。三万の軍勢が一万になれば、取り分は三倍になるではないか。

白馬城が落ちていれば、いまごろ城壁という名の檻の中は、住民の悲哀と絶望とで埋めつくされ、悪夢のような光景が展開されていたにちがいない。ところが現実は、どうやら顔良軍の兵士たちにそっぽをむいたようであった。

兵士が張遼にむけて槍を突きだすと同時に、張遼の槍が疾風となって突きだされる。穂先が交差し、兵士の首から血しぶきがあがる。そのときすでに、張遼を乗せた馬は兵士の横を駆けぬけている。

関羽が地を這うように大刀を振るうと、巨大な鉄の塊が暴風となって荒れくるう。盾をさしだして受けとめようとした兵士の体が、次の瞬間、盾ごと折れまがって宙に浮き、味方の頭上を飛んでいく。

いまや顔良軍の兵士たちこそが、猛獣の檻に放りこまれた生け贄であった。

「おおっ、なんということだ……。たった二騎を相手に、なにをしているッ!!

総崩れの様相をていしてきた自軍に、顔良は怒号を発した。兵士の壁にとりかこまれても、関羽と張遼の勢いに衰える気配はない。ついには、恐怖にかられた兵士たちが、戦わずして道をあけるありさまである。切りひらかれた道を、曹操軍は怒涛となって押し寄せてくる。こうなっては形勢逆転など、とうてい不可能であった。

「むむむ。ここまで兵が狼狽してしまっては、どうにもならん」

屈辱に顔をゆがめ、顔良は決断をくだした。

「ここは引いて、白馬津にて態勢をたてなおす! 退却せー!」

顔良を乗せた戦車が、ゆっくりと動きだした。車軸をきしませて転進する戦車を見て、張遼が舌打ちし、関羽が笑った。大将首は、関羽の進路上に転がりこんできたのである。関羽は乗馬をあおって、戦車に肉薄した。

「顔良! その首、もらいうける! 覚悟せいッ!」

「うぉおお!?

顔の筋肉をひきつらせながらも、顔良は矛をかまえた。兵士たちの恐慌が伝染していたのか、あるいは敗戦の衝撃が尾をひいていたのか。勇将として知られる彼らしからぬ、精彩を欠いた動きであった。その頭部めがけ、朱く濡れそぼった大刀が、すさまじい勢いで振りおろされた。

◆◆◆

「たしかに、おとどけしましたよ。それでは!」

と強い陽射しにも負けず、郵人が元気に走り去っていった。手紙が二通とどいた。今回はどちらも私あてだ。送り主を確認してみると、関羽と……張遼だった。

「なぜに張遼?」

面識はない。頭の中に小さな疑問符が浮かぶ。けれど、張遼といえば三国志ファンおなじみ、曹操軍最強といっても過言ではない名将である。よしみをむすんでおいて損はない。コネクション・コレクション的に考えて。さっそく、書斎にこもって手紙を読んでみる。

「まずは、関羽の手紙から、っと」

ふむふむ。そこには、曹操軍の先陣をきって顔良を討ちとった、と白馬であげた武功が誇らしげに書かれていた。

「ヨシ!」

やるじゃない、マイ ペンフレンド。さすが軍神。

正史でも、関羽は顔良を討ちとっている。三国志演義では、顔良だけでなく文醜も討ちとっているが、こちらは創作であって事実ではない。演義の話はともあれ、広大な戦場で、関羽が顔良を討ちとる確率は、ものすごく低いはずだ。それが再現されているのだから、歴史は私の知っているとおりに推移している、と考えていいだろう。全て予定どおりである。

私は鼻歌まじりに、次の手紙を開封した。張遼の手紙には、白馬の戦いからつづく撤退戦についての記述があった。

顔良軍を撃破したあと、曹操は城兵と住民を率いて、白馬城から撤退したらしい。郭図・淳于瓊は、顔良軍の敗残兵を吸収しつつ、白馬城の北にある白馬津の確保にむかったようだ。顔良軍の救援に間にあわず、うしろからは曹操軍三万がせまっていたのだから、妥当な判断だろう。

その白馬津に、袁紹軍の本隊が上陸し、逃げる曹操を追いかける。住民をつれているため歩みの遅い曹操軍は、延津のあたりで追いつかれた。追いついたのは足の速い騎兵部隊。文醜を指揮官とする、およそ五千だった。

ここで、荀攸が場に伏せていたトラップカード、「輜重しちょう隊の囮」が発動する。のこのこといった感じであらわれた輜重隊に、文醜軍が群がり、略奪をはじめた。略奪に夢中になって、軍隊としての統制がとれなくなったところに、曹操軍の騎兵部隊が突撃をして、今度は張遼が文醜を討ちとっ……はわわっ?

「文醜を……張遼が討ちとった!?

まちがってないか、目を皿のようにして読みなおす。「文醜の強く猛々しいこと尋常ではなく、あぶみがなければ、おくれをとっていたかもしれません」なんて書いてある。

……まちがいないっぽい。

直接、張遼がみずからの手で、文醜を討ちとったようだ。

「ふうむ……」

私は腕組みをして、首をひねった。文醜は名のある敵将ではなく、雑兵の手にかかって最期を迎えていたはずだ。少なくとも、張遼みたいな大物に討ちとられていたのなら、有名なエピソードとして残っていなければおかしい。

つまり、

「歴史、変わっちゃってるじゃないの」

むぅ、……歴史を変えてみせるとは。張遼め、やりおる。

私の「官渡の戦いそっくりそのまま再現計画」にはズレが生じたかもしれないけれど、ここは素直に張遼を称えるべきでしょう。まあ、おおまかな流れは変わってないし、大丈夫……だと思う。あわてない、あわてない。

それからしばらくして、曹操軍の武将たちから、ぞくぞくと手紙がとどくようになった。どうして、こんなに手紙が送られてくるのだろうか。そんな疑問は、荀彧の手紙によって氷解した。大功を立てた関羽と張遼が私に手紙を送っているのを見て、あやかろうとする動きがあるらしい。ちょっとしたゲン担ぎというか、私の手紙は武運長久のお守りになる、と武人たちのあいだで噂されているそうな。

というわけで、縁起物を製造すべく筆をとる私のもとに、今日も今日とて手紙がとどく。私が書斎で于禁の手紙を読んでいると、司馬懿がやってきた。

「先生、今日はどちらからの手紙でしょうか?」

「うむ。官渡からだ」

現在、曹操軍は官渡城に籠城して、袁紹軍と対峙している。籠城しているといっても、包囲されているわけではない。許都との道は確保しているので、手紙のやりとりだってできる。

だが、全体を見れば、やはり状況はきびしい。官渡より北は、袁紹の手に落ちた。南に目をむければ、袁家の本貫地である汝南郡を中心に、各地で反乱が起こっている。袁紹が、「奸臣曹操を討て!」と檄文げきぶんを飛ばして、決起を呼びかけたのだ。汝南郡は、許都がある潁川郡のお隣である。つまり、許都のすぐそばで、袁紹と呼応する勢力が蜂起しているのだった。

曹操領は急速に縮小していた。では、このまま負けそうなのかというと、それほど悲観的な雰囲気でもない。官渡と許都には、合計六万近い曹操軍が集結している。袁紹軍ほどではないが、大軍である。将兵の士気だって、まだまだ旺盛なようだ。

武将たちの手紙のおかげで、そうした現地の状況をうかがい知れるようになったのは、私にとってもありがたいことだった。手紙ひとつにふくまれる情報量は微量でも、数が集まればけっこうなことがわかるもんでして。しかも、官渡からの手紙は、早ければ二、三日で陸渾にとどけられる。リアルタイムとまではいかないけれど、かなり鮮度の高い情報といっていい。

いままで軍事情報に関しては、司馬家の情報網に依存していたが、今回は私のほうが早かったり、詳しかったりする情報も少なくないのだ。これからは名士コネクションとは別の、独自の情報網を構築してみるのもありかもしれません。そんなことを考えながら、私は司馬懿に戦況を語るのだった。

◆◆◆

顔良・文醜をつづけて討ちとられたことで、出鼻をくじかれた袁紹軍だったが、総兵力で圧倒している事実に変わりはない。彼らは河南の地に袁家の旗を立てながら、着実に前進していた。ところが、曹操が築きあげた官渡城を前にして、その進軍はとまっている。

堅牢な城壁の周囲では、連日、矢の奔流が命をさらい、袁紹軍の兵士たちがしかばねとなって折りかさなっていく。このまま力押しをしていては、甚大な被害になろう。袁紹は策を講じた。

夜明けとともに、官渡城の目と鼻の先に、数十基のやぐらがこつぜんと姿をあらわした。夜の闇にまぎれ、袁紹軍が組み立てていたのであった。

城壁よりも高く組まれたやぐらから、袁紹軍が矢を射かける。城壁の上は、矢羽根の音に覆いつくされた。曹操軍はあわてふためき応射するが、高さの差はいかんともしがたい。袁紹軍が優勢に矢戦やいくさを進めるかに見えた、そのときである。

人の頭よりも大きな石が、城内から飛来した。上空に放物線をえがく投石は、発石車による射出であった。投石がやぐらの柱に命中すると、兵士の悲鳴をのみこんで、やぐらは落雷のような轟音とともに崩れ落ちていった。雲ひとつない青空を石が舞い、袁紹軍の兵士たちは逃げ惑う。狙いをはずした石は、ときに地上の兵士を直撃し、深緋こきあけ色の血と肉片を放射状に飛び散らせる。いったいどれほどの数の発石車を、曹操軍は用意していたのであろうか。投石は間断なくつづけられ、やぐらは次々と破壊され、一基残らず瓦礫の山になりはててしまった。

攻城の指揮をとっていた郭図は、呆然自失してその場に立ちつくすことしかできなかった。やぐらによる攻勢は、発石車からの反撃を誘い、つかの間の優勢とひきかえに、数百から千にものぼろうという死傷者をもたらしたのであった。

「捕虜が話した。曹操軍の発石車は新型だそうだ」

城壁をにらみつける郭図の背に、声がかかった。近寄ってきたのは、別作戦の指揮をとっている沮授である。

「曹操は昨年から、この地に城を築いて防備をかためていたそうだ。この調子では、投石用の石もたんまり貯蔵しているだろうよ」

「……矢や油は、いうまでもありませんな」

郭図は、眉間を親指でぐっとおさえた。じつにいやな場所に、いやらしい城を築いたものである。

官渡は湿地帯に面しており、城のまわりには濠がめぐらされていた。この状況で使用できる攻城兵器はかぎられる。その攻城兵器に対しても、曹操軍のそなえは万全のようだ。

「さしずめ、難攻不落の官渡城砦といったところか。白馬城のようなやわな城とはちがう。そうは思わぬか、郭図どの」

沮授は唇の端をつりあげて、あてこすった。その白馬城を二か月かけて、郭図は落とせなかったのである。

「城攻めは下策といいますからな。それがしのほうが手詰まりとなると、沮授どのが担当する作業に期待したいところですが……。そちらの進捗はどうなっておりますかな?」

いやみを意に介さず、表情を変えずに郭図は訊いた。その反応がおもしろくなかったのか、沮授は鼻白んだような顔をした。

「作業そのものは順調だ。どちらに賭けるかと問われれば、失敗するほうに賭けるがな」

沮授が担当しているのは、地下道を掘って城内に侵入するという作戦である。これは公孫瓚が籠城した要害・易京城を落とした、袁紹軍お得意の作戦なのだが、指揮をまかされる前から一貫して、沮授は懐疑的なようだった。

やぐらの崩落に意気消沈する兵士たちのあいだを、一騎の伝令が駆けよってきた。伝令は、馬から飛びおりるほんの一瞬、怪訝な顔を見せた。冀州閥をまとめる沮授と、よそ者をまとめる郭図。対立しているはずの人物がならんでいるのを、不思議に思ったのだろう。その対立は、立ち位置のちがいから生じるものであって、戦地での行動までしばるようなものではない。そう思うのは、郭図の勝手でしかなかった。いままでのおこないを振り返れば、伝令の反応はもっともである。

自分は、よほど融通のきかない偏屈者に見えるにちがいない。郭図は苦笑が浮かびそうになる口元をひきしめた。

「郭図さま。袁紹さまが本営にお呼びです」

郭図が了解すると、伝令は勢いをつけて馬に飛び乗り、本営にもどっていく。そのうしろ姿を見ながら、沮授が思い出したようにいう。

「曹操軍の将校と曹操直轄の騎兵部隊が、足をかける馬具を使っていただろう。あの『あぶみ』という馬具は、陸渾の胡昭が発明したものだそうだ」

「孔明どのが……」

郭図は喉の奥でうなった。曹操軍の騎兵は強い。袁家の二枚看板、顔良と文醜が討たれたのは、まぐれではなかった。

先日、袁紹は曹操軍の輜重隊を狙った。許都から官渡への補給路を遮断して、官渡城を孤立させようとしたのである。敵地深くに侵入しての任務であるから、機動力にすぐれた軽騎兵の出番である。しかし、曹操はこの動きを予想していたのだろう。万をこえる軍勢が、輜重隊の護衛についていた。

不利を悟った袁紹軍の騎兵部隊は、何の収穫もないまま、すごすごと北に引き返そうとした。そこにあらわれたのが、官渡から出撃した曹操軍の騎兵部隊だった。騎兵同士の戦闘が発生した。兵科は同じ、兵力もほぼ同数だったこの戦いで、袁紹軍は惨敗を喫した。任務に失敗したばかりで士気は低く、敵地への侵入で疲労もあった。そうした条件を考慮に入れても、惨敗というしかない敗北であった。さらに悪いことに、曹操軍の騎兵部隊は、同じように袁紹軍の輜重隊を襲撃して、物資の収奪に成功しているのだった。

官渡を包囲すれば、包囲の外から許都の兵が攻めよせてくるであろう。許都まで攻めあがれば、官渡の兵によって兵站をおびやかされるであろう。どちらにしろ曹操軍は自由に動きまわり、袁紹軍は背後をとられてしまう。官渡と許都、片方が攻められたなら、もう片方が動いて、これを助ける。兵力で劣る曹操軍が、この掎角きかくの勢をなりたたせているのは、騎兵部隊の充実ぶりに要因がある。こと騎兵に限定すれば、曹操軍の戦力は、袁紹軍を上まわっていた。

「我々は、白馬義従を擁する公孫瓚と戦ってきた。騎馬民族である烏丸うがんを味方にしてきた。精強な騎馬軍団は、見慣れたつもりだったのだがな……」

沮授がいまいましげに舌打ちをし、郭図は無言でうなずいた。曹操に仕えてこそいないものの、孔明の発明はまちがいなく、戦局に大きな影響をあたえている。

旅立つ孔明を見送るとき、たしかに郭図はいったのだ。孔明が袁紹に仕えれば、天下はとったも同然である、と。その言葉は正しかった。現状があまりにも不本意すぎて、人物鑑定眼を誇るわけにはいかないが……。あのとき、孔明が鄴を脱出して故郷にむかい、荀彧と郭嘉があとを追いかけた。あの三人が袁紹に仕えていたならば、曹操に苦戦することなどなかったであろうに。……いまさら悔やんだところで、しかたがない。

未練と雑念を振りはらうように頭を振ると、郭図は馬にまたがり、大きくあくびをした。急に眠気が襲ってきたのである。むりもない。夜を徹して、指揮していたのだから。だが、ひと眠りする前に、おそらくは作戦の失敗を知って苛立っているであろう袁紹から、叱責をもらわねばなるまい。郭図は小さなあくびにため息をひそめると、主君の待つ本営へと馬を走らせた。

数日後、沮授が陣頭指揮をとった作戦も失敗に終わった。地下を掘りすすめ、ようやく城内に達しようかというときに、水が流れこんできたのである。どうやら城の外だけでなく、内部にまで濠が掘られているようであった。官渡城を攻略する糸口は見えないまま、時は過ぎ、季節はうつっていった。

◆◆◆

予期していたことだが、関羽が曹操のもとを去ったらしい。

関羽千里行。それは、さながら無双ゲーのごとく、これでもかと関羽があばれまわる物語。

敵将を討ちとり、曹操への恩に報いた関羽は、許都の屋敷を立ちのき、劉備のもとへと旅立つ。ところが、通行手形をもっていなかったため、関所を通してもらえない。むむむ、これは困った。普通ならそうなりそうなもんだが、関羽は普通じゃなかった。あまり悩むそぶりもなく、決断する。

腕ずくでまかりとおる!!

これはひどい。関所の守将からしたら、たまったものではない。迷惑千万である。道中には五つの関所が立ちはだかるのだが、そこを守る曹操の武将たちを、関羽はバッタバッタと斬り殺していく。そして長旅のすえに、ついに主君・劉備と感動の再会をはたすのだ。

三国志演義にあったこのエピソードをなぞるように、関羽は許都を去って、劉備のもとへと走った。ただし、お話とは、だいぶ状況が異なるようだ。そのころ劉備がどこにいたかというと、袁紹の命を受けて、汝南で打倒曹操を呼びかけていたのである。汝南は許都のすぐそばだ。千里どころか、二、三日で再会できる。そんだけ近けりゃ、そりゃ会いにいっちゃうでしょうよ。

関羽と劉備が合流したのもつかの間、曹操は許都に配した四万の兵のうち、二万を曹仁にあたえて、反乱鎮圧に動かした。この討伐軍に、劉備はまたしても敗れた。徐州で城をもっていたころとはちがい、劉備にはわずかな手勢しかいない。そもそも、曹操と戦えるような戦力ではなかったのだ。

で、例によって劉備は取り逃したものの、曹仁はその余勢をかって、周辺の反乱を矢継ぎ早に鎮圧していった。いまでは、豫州と徐州で頻発していた反乱は、ほぼおさまったようだ。袁紹に奪われた兗州こそ奪還できずにいるが、それ以外の領地は回復したといってよい。これで冬を越すだけの兵糧を、曹操は確保できるだろう。

農作業の帰り道、私はあぜ道を歩きながらつぶやいた。

「そろそろ、であろうか」

「はい。そろそろでしょう」

私と同じように、農夫姿をしている司馬懿があいづちをうった。収穫の秋が過ぎ、冬が訪れようとしている。季節とはただそれだけで、戦争がはじまる理由にも、終わる理由にもなる。

かのナポレオンはいった。

「冬将軍には勝てなかったよ」

……いってたっけ? そんな感じだったと思う。ちょっとさだかではないが。

この国にも、季節と戦争を関連づけた言葉がある。前漢の趙充国ちょうじゅうこく──百聞は一見にしかずという有名なことわざを残した名将は、こんな警句も残している。

「秋になると、食糧をもとめて匈奴が南下をはじめる。春、夏と草をんで、たくましく育った馬とともに。今秋こんしゅうも匈奴は押しよせてくるであろう。マジつらたん」

遊牧民族の匈奴は、冬を越すために、物資の略奪にくるのだ。冬にそなえなければならないのはどこも同じ、曹操と袁紹だって例外ではない。いまごろ両陣営とも、兵糧をかき集めていることだろう。

「どちらも大軍です。消費する兵糧は、莫大な量となりましょう」

「うむ」

曹操と袁紹の戦は長期化しつつある。長期化すればするほど、非生産的な軍事活動に、大量の物資がつぎこまれていく。

「どちらの領土も、疲弊しきっているであろうな」

「はい。しかも、戦線は停滞しています。あらたな戦果が期待できないとなれば、遠征している袁紹軍の将兵たちからは、不満の声もあがるようになりましょう」

「彼らは帰郷を望むようになり、その声は日に日に強まっていく……か」

透明度の高い空の下を、私たちはのんびり歩いていた。そうしていると、物騒な戦争の話題が、なんだか不釣りあいにも思えてくる。

袁紹軍は官渡を抜けずにいる。思うようにいかなければ、将兵の不満はたまり、陣中には厭戦気分がただよってくる。なかには、曹操に寝返る者すら出てくるだろう。

そう、裏切り者。官渡の戦いの鍵を握るのは、裏切り者の存在だ。烏巣にある袁紹軍の兵糧庫を焼きはらうことで、曹操は勝利する。その兵糧庫の場所を教えるのが、袁紹を裏切る許攸きょゆうという人物である。

張遼が文醜を討ちとったように、歴史は変化しているみたいだから、それが許攸とはかぎらない。けれど、誰かが曹操に投降して、兵糧庫の場所を教えることが、勝敗を決定づける確率は高いと思う。一般の兵卒は、どこに何があるかなんて知らされていない。兵糧庫の場所を知っているのは、ある程度階級の高い将校だ。そこから裏切り者を出せば、曹操の勝利はぐっと近づくだろう。

……いちおう、離間策をすすめる手紙でも、荀彧に送っておきましょうか。

◆◆◆

冷たい雨が降りしきるなか、官渡城の一角がわきたった。出撃していた徐晃隊が帰還したのである。馬体や鎧はことごとく雨に濡れ、光沢をまとっていた。城内の兵士たちが群がるように出迎え、その人数が増えるにつれて、喝采や笑声が広がっていく。得意げな表情を浮かべて、堂々と行進する徐晃隊の面々を、郭嘉と荀攸は二階の窓から眺めていた。

「へえ。どうやら、かなりの成果をあげたみたいっすよ」

「……」

郭嘉が片眉をあげて声を弾ませると、荀攸が無言でうなずいた。徐晃隊は、袁紹軍の後方を撹乱する任務をおびていた。おそらく、大規模な輜重隊と遭遇して、物資の収奪に成功したのであろう。

現在、官渡城には約二万の曹操軍がつめている。ただ守り耐えるだけであれば、半数の兵でも事足りるであろうが、官渡城は積極的に反攻にでる起点ともなっているのだ。これまでのところ、その方針はうまくいっている。なんといっても、曹操軍の騎兵が袁紹軍の騎兵に対して、優位に立っているのが大きい。

「騎兵の質では圧倒できるだろう、と踏んではいましたけどね。数でも上まわれたのは、うれしい誤算だったっすね」

「うむ……」

当初一万いた袁紹軍の騎兵は、小さな局面で敗北をくりかえした結果、二割ほど数を減らしている。一方、鍾繇を介して関中軍閥から四千頭の馬を提供された曹操軍は、騎兵の数を一万にまで増やしていた。徐晃隊に視線をとめたまま、荀攸はぼそぼそと低い声でいう。

「……馬騰には、驚かされた」

「いくら涼州が馬の産地とはいえ、四千頭ですからねえ。馬騰が気前のいい男で助かりましたよ。いやあ、ありがたい」

「袁紹にとっても、とんだ計算ちがいだったろう」

「思惑がはずれて、うまくいきそうもないのなら、さっさと切りあげりゃいいんですよ。だって、敵が守りをかためている場所を、しゃにむに攻めつづけるなんて、まずい戦の典型でしょう?」

呆れたような郭嘉の言葉に、荀攸は頬をゆるめた。

「そうだな。官渡は落ちないだろう」

だからといって、素通りもできまい。素通りすれば、官渡城から出撃する部隊によって、袁紹軍は補給線を断たれてしまう。袁紹軍は前に進めずにいるが、しかし曹操軍にも、真っ向から敵を押し返すほどの力はなかった。戦況は膠着したまま、本格的な冬を迎えようとしている。この状況を、郭嘉と荀攸は正確に認識している。それはおのずから、五百里はなれた場所にいる孔明たちの認識と一致していた。

「袁紹本人は、長期戦も覚悟しているでしょうけどね。将兵や領民がその覚悟についてくるかとなると、話は別ですからねぇ」

と、郭嘉はめんどくさそうな顔をした。

大軍を率いての越冬が、いかに困難なことか。曹操軍とて必死だった。許都にいる荀彧夏侯淵かこうえんらが、各地から兵糧をかき集め、なんとかやりくりして、ようやくめどが立ったところだ。袁紹軍の担当者も、大変な思いをしているだろう。冬を越すための兵糧を計算して、顔を青くしているにちがいなかった。

肥沃な冀州ならば、大軍をまかなうだけの兵糧も捻出はできよう。だが、遠征に動員された袁紹軍十一万の、過半は農民だったのだ。それだけの働き手を奪われ、さらに気が遠くなるような量の兵糧を、南に運搬しなければならない。遠征をつづける代償として、冀州の豪族や領民は、はかりしれない負担を強いられている。であるにもかかわらず、進軍はとまってしまった。

もともと冀州の豪族たちのあいだでは、遠征に反対する意見が根強かったのだ。もう、これ以上の成果は期待できないのではないか。そんな声があがりはじめれば、一度はおさえつけられた遠征反対の気運が、一気に盛り返してくるであろう。

郭嘉は人の悪い笑みを浮かべた。

「そろそろ、期待してもいい頃合いですかね」

「うむ。そろそろであろうな……」

荀攸はすっと目を細めた。彼らは長期戦につきあうつもりなどなかった。よりいっそうの力を、調略にそそがねばなるまい。袁紹軍のほころびが表面化する日が、一日でも早く、確実に到来するように。戦が一日延びるごとに費やされる物資の量を考えれば、手間を惜しんでなどいられなかった。

寒そうに手をこすりあわせて、荀攸はつぶやく。

「冬は、不和を露呈させる……」

とらえどころのない彼の視線は、変わらず窓の外をむいている。朝から降りつづいていた雨は、いつしかみぞれに変わっていた。


その日の夕暮れどき、許都にある荀彧の屋敷に、商人らしき男が足を踏みいれた。荀彧と懇意にしている商人は多いので、めずらしい光景ではない。注目する者がいるとしたら、せいぜいが自分もあの屋敷に呼ばれたいと願う、同業者ぐらいであろう。

屋敷の主人が部屋に入ってくるなり、男はひざまずいた。

「ただいま冀州より、もどりました」

男は、商人のふりをした荀家の家人であった。主人に命じられて、袁紹の本拠地である鄴にいき、間諜にあたっていたのである。

「よい報告をもちかえることができました」

「うむ」

審配しんぱいが、許攸の家族を処刑しました」

報告を受けて、荀彧は涼やかな眸を光らせた。審配は冀州閥の中心的な人物のひとりであり、傲慢かつ奢侈しゃしな性格であるゆえに、荀彧が調略の対象としている人物のひとりでもあった。

「そうか。よくやってくれた」

「はっ」

敬意と憧憬しょうけいのまなざしで主人を見あげ、男は報告をつづける。鄴でおこなった工作とその結果を、細大もらさず伝えると、

「協力してくれた冀州の民にも、厚い手当をお願いいたします」

「むろんだ。長旅で疲れただろう。いまは体を休めるといい」

「ははっ」

深々と頭をさげ、男が退室すると、荀彧は冷ややかな夜気に安堵の息を吐きだした。

「どうやら、うまくいったようだな」

袁紹との開戦前、曹操と参謀たちは、両陣営の強みと弱みをさまざまな角度から分析した。兵力で劣る曹操軍は、正道では不利である。それはもとよりわかっていた。問題にあがったのは、詭道きどうにおいても不利に立たされるであろうことだった。

両陣営の差は、間者の差にあった。方言があるため、間者はその地方出身者でなければ目立ってしまう。十全に動くには、現地に根ざして生活している者のほうが、なおよい。袁紹陣営には、曹操の本拠地がある豫州出身者が多かった。対して曹操陣営には、冀州に地縁のある人物が皆無ではないにせよ、ほとんどいなかったのである。地縁人脈の差が、間者の質と数の差につながると危惧された。

昨年、その差を埋めるために、曹操は黎陽に攻めこんだ。冀州の民をさらい、見込みのある者を選抜して小金をあたえ、さらなる報酬を約束した。漢室を匡輔きょうほする司空・曹操が語りかけるのだ。ただの武将とは威光がちがう。約束の重みがちがう。かててくわえて、曹操の人を見る目は抜きんでている。このように強引な手法を用い、みずから動くことで、曹操は謀略戦の手足ともいうべき間者の差を補ったのである。

その後、袁紹軍は曹操軍を追いはらい、連れ去られそうになった民を取り返した。袁紹は気をよくしていただろうが、その中には、曹操軍の間者となった冀州の民がふくまれていたのである。

一年前を思い出して、荀彧は頭を振った。

「まさか間者を仕込むために、軍を動かすとはな……。曹操さまも思いきったことをなさる。それだけ追いつめられていた、ということでもあるが」

非常識な手段を提案したのは郭嘉だった。曹操以外の人物なら、まず却下していたであろう。だが、どれほど非常識でもかまわなかった。なんとしても、詭道で優位に立たなければならなかったのだから。

間者をあやつるのは、前線で軍を指揮しなければならない曹操ではなく、荀彧の仕事である。荀彧は、鄴城内に毒酒をついでまわった。強欲で犯罪癖がある許攸の家族には、違法なもうけ話をささやいた。許攸の家族はその話に飛びついて、収監されてしまった。彼らが手をつっこんだのは、審配が巨万の富を築くためにつくりあげた、犯罪組織の縄張りだったのである。利権を荒らされ激怒した審配に、荀彧はさらなる毒杯を用意した。審配の周辺に、まことしやかな噂が流れはじめた。

「袁紹さまが帰還したら、許攸の家族は、審配さまの罪を告発するだろう」

「冀州閥の力をそごうとしている袁紹さまのことだ。審配さまへの処罰も重くなるのではないか?」

「これを機に、たくわえた財貨も没収されてしまうにちがいない」

「許攸の家族を生かしておいたら、審配さまは……」

おのれの身を守るために、審配は許攸の家族を始末してしまった。許攸は袁紹に冷遇されている。審配にしてみれば、許攸ごときに配慮してはいられなかったろう。

「ふふふ。審配には後先を考えない面がある。軍政家としての手腕は、それなりにあるのだろうがな」

彧は満足げに独語した。これで許攸は袁紹を見限るだろう。荊州南陽郡出身の許攸は、あの袁術をして「貪婪淫蕩どんらんいんとうにして不純」といわしめた男である。袁紹に仕えているのも、利益を計算してであって、忠義によるものではない。それがわかっているから、袁紹も彼を疎んじているのだ。主君から嫌われ、冀州閥から敵視され、家族まで殺された。もはや許攸は、袁紹陣営にいる利を見いだせまい。

「許攸は知恵のまわる男だ。自分を高く売りつけるには、どうすればいいのか。ちゃんと理解しているはず……」

許攸は曹操に寝返る。曹操が最も欲している情報をたずさえて。許攸が計算高い人物だからこそ、荀彧は確信した。

彧は書斎に入ると、漆塗りの椅子に腰をおろした。曹操に手紙をしたためるべく、机の引出に手を伸ばす。指先がまっさらな紙に触れたところで、思いなおしたようにその手をとめて、白紙のかわりに、一通の手紙を取り出した。

先日、孔明が送った手紙である。荀彧の視線は、その手紙の一文にとまっている。

『こたびの戦は、即墨そくぼくの戦いのように、官渡の戦いとして歴史書に記されるのであろう。袁紹陣営に楽毅がくきのような人物がいないことを、よろこぶべきなのか、それとも惜しむべきなのか……』

即墨の戦いとは、五百年ほど前、燕が斉に攻め入った大戦である。伝説の名将・楽毅は、この戦いで燕軍の総大将をまかされていた。袁紹軍に楽毅のような人物がいないのは、もちろん、よろこばしいことにちがいない。では、なぜ惜しむべきなのか? 一見すると、「難敵に勝利してこそ、輝かしい勝利として歴史にきざまれる」という意味にもとれるが、そうではなかった。孔明は何を伝えようとして、このように書いたのか。その意図を正しく理解するには、即墨の戦いの帰趨きすうを知らねばならない。


楽毅が指揮する燕軍の攻勢はすさまじく、七十あまりの城を落とされた斉には、莒きょと即墨の二城しか残されていなかった。斉軍がこの二城に籠城し、粘り強く抵抗しているあいだに、大きな変局が訪れた。燕の昭王しょうおうが没して、その子が王位を継いだのである。あらたな王・恵王けいおうは、太子のころから楽毅と仲が悪かった。

即墨の守将・田単でんたんは、ここに勝機を見いだした。楽毅に敵わないのなら、楽毅とは戦わなければよい。狙うべきは、即位したばかりの恵王である。燕の都に、次のような噂が流された。

「七十もの城を簡単に落とした楽毅が、どうしてわずか二城を落とせずにいるのか。楽毅は長い時間をかけて、斉の人心を掌握しようとしているのだ。いずれは燕から独立して、斉王になるつもりにちがいない」

流言を真にうけた恵王は、楽毅を解任して帰還を命じた。ところが、楽毅は国に帰れば殺されると判断して、趙に亡命してしまう。偉大な司令官を失った燕軍は、斉軍の猛反撃をうけて連戦連敗。ついに、斉の国土から追い出された。こうして斉は、燕に奪われた七十あまりの城を取りもどしたのである──。


即墨の戦いにおいて、流れを変えたのは謀略だった。楽毅を離反させることによって、斉は勝利をつかんだのだ。つまり、「袁紹軍から離反者が出るように、離間策を用いよ」と孔明は助言しているのである。直接的な言葉を使わず、別の意味にもとれるよう、婉曲的に書かれているのは、手紙の流出を警戒してのことであろう。

彧はくつくつと笑った。

「あいかわらずの慧眼、おそれいるよ」

孔明は全てを見透かしているだろう。袁紹軍の不和が深まっていることも。曹操が敵の兵糧庫に狙いをつけていることも。そして、兵糧の重要性がいや増すこの時期、離反者が兵糧庫の場所を手土産にするであろうことも……。

彧は椅子の背もたれに体をあずけると、左手で右肩をもみほぐした。

「やれやれ。これでどうにか、皆の期待にこたえられたかな」


建安五年十月の頭、官渡城の城門にむかって手を振る、ひとつのあやしい騎影があった。曹操軍の兵士が城門の上から誰何すると、その男は曹操の旧友・許攸であると大声で名乗り、投降したいと告げて兵士たちを驚かせた。荀彧から連絡を受けて、この日を待ち望んでいた曹操は、さっそく幕僚をひきつれて、許攸と面会した。諸手もろてをあげて歓迎したいところだが、荀彧の策動を許攸に気取けどられてはまずい。曹操は開口一番、あえて疑いの言葉を投げかけた。

「我が軍に投降したいと聞いたが、偽りではないだろうな?」

さも心外そうに、許攸は両手を軽く広げて、首を振った。

「まさか。そもそも、私は君と戦うことに反対していたのだ。だが、袁紹は私の言葉を聞き入れてくれなかった」

「ほう」

「案の定、袁紹の思うように戦は進まなかった。なのに、彼はまだ兵を引こうとしない。戦が長引けば、苦しむのは民だろう? 身勝手な袁紹に、ほとほと愛想が尽きたのさ」

裏切り者は、臆面もなくいってのけた。

「ううむ。……しかし、余にはまだ信じがたいな。君と袁紹は奔走の友ではなかったか?」

「それをいうなら、私と君は幼なじみであろう」

「それもそうだ」

曹操はようやく笑顔をみせた。許攸もぎこちなく笑って、

「案内される途中、城内の様子を観察させてもらった。新型の発石車に、士気の高い将兵たち。十万の袁紹軍を相手に、善戦しているのもうなずける」

「うむ。そうであろう」

「だからこそ、残念でならない」

「残念? なにが残念なのだ?」

「君の軍は、袁紹の大軍を相手にしても、互角に渡りあえるのかもしれない。しかし惜しいかな、それは戦をつづけることができればの話だ」

「どういう意味であろうか?」

「河北を支配する袁紹が、兵糧の確保に苦心しているのだ。君の苦しみはその比ではあるまい」

「むむっ」

「苦しくないはずがない。兗州を袁紹に奪われ、残る領土とて戦乱で荒れはてていよう」

許攸が指摘した問題を、曹操は克服している。反乱は早期に鎮圧できたため、収穫や税のとりたてに、大きな支障は生じなかった。農業政策の成果も、年々着実にあがっている。とくに新型農具の普及と、流民の定住が進んでいる洛陽周辺は、董卓以前の生産力を取りもどしていた。

許攸の背後で、郭嘉がぺろりと舌を出したのを見て、曹操は判断する。正確な情報は伝えなくともよかろう。なにも、この男に誠実に接する必要はないのだ。ほしいのは許攸がもつ情報であって、彼の心ではないのだから。

「ううむ。まさしく、君のいうとおりだ。兵たちの前でこそ強気にふるまっているが、正直にいうと、我が軍の糧食は心許ない。冬を越すどころか、ひと月もつかどうか……」

「ふむ。やはり、そうだったか」

「しかし、決戦を挑むわけにもいかぬ。総力をぶつけあえば、最後に立っているのは、兵力で勝る袁紹であろう」

「ふふふ」

「なにがおかしい?」

「いやなに。総力戦などせずとも袁紹に勝つ方法を、私は知っている」

許攸は得意げに鼻の穴をひくつかせた。

「おおっ、これは心強い男が仲間になってくれた。ぜひ君の機知をもって、我が軍の窮地を救ってほしい」

曹操にもちあげられると、許攸は意気揚々として、自分をことさら大きく見せようとふんぞりかえる。

「なに、簡単なことさ。君の軍よりも先に、袁紹軍の兵糧が尽きればいいのだ。袁紹軍の兵糧庫は烏巣にある。烏巣を叩けば、袁紹軍は数日のうちに瓦解するであろう」

敵地の現況を聞きだした曹操は、すぐさま出撃の準備を命じた。許攸がいうには、烏巣の守備兵は一万五千、大将は淳于瓊である。もともとは一万であったが、烏巣の守りに不安をおぼえた沮授が、二万に増員するよう袁紹に上申し、その案が半分だけ採用されたそうだ。

おもだった武将たちが出陣の準備に追われるなか、古参の将・楽進は、曹操の前にいき、まなじりを決して直言した。

「許攸なる男は不実の塊であります。これが曹公を誘い出す、袁紹の奸計であったならば、どうなされるのです」

実直な力強い眸に見すえられ、曹操の心は揺らいだ。武人の魂を体現した楽進のような男は、たまらなく曹操の心をくすぐるのだ。いっそのこと、許攸が寝返ったのは調略の成果なのだ、と打ち明けてしまおうか。だが、どこからそれが許攸にばれるかもわからぬ。烏巣を襲撃するまで、秘密を知る者は少ないほうがよかった。

「余は許攸を信じる。おまえにまで許攸を信じろとはいわぬ。だが、いまは余の判断を信じてくれ」

曹操は衝動をおさえこんだ。

「許攸は烏巣まで同行させる。もし、彼の言葉が偽りであったならば、おまえの剣で許攸の首をはねるがよい」

ここまでいわれては、引きさがるしかない。楽進はうやうやしく一礼して、出撃の準備にむかった。許攸に不信の念を抱いたのは、彼ひとりではなかった。その者らは命令に従い、出撃の準備を優先させたのちに、楽進と同じ内容の進言をした。首をそろえてやってきた彼らを、曹操は一喝した。

「これぞ余が待ちのぞんだ好機、天があたえたもうた好機である! などてためらうことやある!」

とうに日は沈み、出撃のときは間近にせまっていた。しかも、その号令を今か今かと待ちわびる兵士たちの眼前であったから、彼らの行動はまったく機を逸していたのである。思慮が足りない部下たちをしりぞけると、曹操は馬に乗って、城門の前に進みでた。右手を高々とかかげて、将兵たちの注目を一身に集める。

「いまや袁家の命運は、我が手中にある! 我につづけ! 曹家の兵士つわものどもよ!」