◆◆◆

天下に最も近い男となった袁紹にとって、目下の悩みは曹操ではなく、不平不満をつのらせる冀州の豪族たちであった。袁紹と彼らとの関係は、韓馥から冀州を騙しとったときにはじまる。豪族たちはあらたな統治者を歓迎し、進んで協力を申し出た。士大夫層を目の敵にする公孫瓚から身を守るため、彼らは強力な指導者を必要としていたのである。袁紹もまた豪族たちを厚遇した。精強な軍勢を擁する公孫瓚と戦うには、彼らの私兵が不可欠であった。共通の脅威に対抗するために、互いに欠けたものを補いあう。八年ものあいだつづいたこの関係は、変わりつつあった。公孫瓚を地上から葬り去ったからには、変わらざるをえないのだと、袁紹は痛感していた。

「何かお悩みのようですな、袁紹さま」

榻に腰かけて沈思している主君に、参謀の郭図が声をかけた。

「……豪族たちのことで、すこしな」

「はっ、困ったものでございます。彼らの厭戦気分えんせんきぶんが、将兵の士気に影を落としております」

「うむ。むりもなかろう。全軍の指揮をとる沮授が、短期決戦はすべきでない、と主張しているのだからな」

「沮授どのなら積極策を支持してくれる、と、それがしは考えていたのですが……」

「私もだ。沮授はかつて、天子を迎えにいくべきだと強く主張していた。いまになって、なぜ消極策をとりたがるのか。解せぬ」

天子を擁立する曹操と戦えば、朝敵になってしまう。この戦には大義がない。沮授はそう主張しているが、袁紹の敵が曹操であることは、諸人もろびとの目に明白である。漢室に弓を引いたなどとは誰も思わないだろう。沮授らしからぬ、説得力のない言葉だった。

「……当時とは、状況が異なるからかもしれませぬ」

と、郭図は首をかしげた。

「何がちがうのだ?」

「曹操を破ったあと、袁紹さまは、どこに都を置かれるおつもりでしょうか?」

「考えるまでもない。洛陽にきまっている」

洛陽は交通と商工業の中心であり、由緒正しい王都である。天下に号令をかけるのに、これほどふさわしい場所はない。

「許都など、曹操が都と称しているまがいものにすぎん」

「さようでございます」

郭図はうなずいた。

「もし、沮授どのの献策どおりに、天子を推戴していれば。いまごろは、この鄴が都となっていたはずでございます」

袁紹が本拠地としている鄴は、河北を代表する大都市である。もとより栄えている地ではあるが、帝を迎え入れて、漢王朝の首都となっていれば、さらなる繁栄がもたらされていたはずだ。経済的な利益だけではない。冀州の士大夫たちの前には、地方の豪族にすぎぬ身から、中央の名家へと栄達をとげる道が、大きくひらけていたにちがいない。

「ふん、そういうことか」

袁紹は舌打ちした。曹操を倒せば、河水の南・河南へと袁紹領は大きく伸長する。天下を統べようとするなら、この旧曹操領の禍乱からんをしずめなければならない。冀州の豪族たちがどう思おうと、袁紹は軍本隊を河南に常駐させ、本拠地も洛陽へうつすであろう。

また、南方の諸将ににらみをきかせるためにも、そのほうが都合がよい。河北の鄴では遠すぎる。やはり、この国の首都は洛陽なのだ。

沮授はそれを見越したうえで、曹操を倒したところで冀州にもたらされる益は少ない、と判断したのではないか。彼は袁紹の臣であるが、それ以上に冀州の士であったのだ。

「豪族どもが増長するわけだ。我が軍の総司令官が、味方についているのだからな」

今の今になって、袁紹は悔やんだ。沮授に権限をあたえすぎたのである。

「沮授どのの力は、一家臣がもつには巨大すぎます。兵権をそがねばなりますまい」

「だが、どうやってだ? 沮授にとがはない。麹義とはちがう」

公孫瓚との戦で活躍した麹義を、袁紹は処刑していた。かの勇将は大功におごり、軍規違反や略奪をくりかえしたのである。その処断の正しさを証明するように、麹義を擁護する声はほとんどあがらなかった。しかし、麹義と沮授とでは事情が異なる。

「麹義は涼州出身のよそ者だった。沮授はちがう。我が軍における最大派閥、冀州閥の中心人物なのだ。落ち度のない沮授から兵権を奪えば、反発の声は大きなものとなろう」

「それでも、やらねばなりませぬ。袁紹さまに代わりうる次席の存在は危険でございます」

郭図は語気を強めて、主君に決断をうながした。

「むむむ」

袁紹はうなった。沮授は切れ者である。もし袁紹が不慮の死をとげたとしても、軍をまとめあげ、河北の混迷をふせいでみせるだろう。それは、冀州の豪族たちにとって、袁紹が唯一無二の主君ではなくなったことを意味していた。彼らは袁紹を用済みとみなして、沮授をかつぎだすかもしれない。八年前、この地の豪族たちは韓馥に見切りをつけて、袁紹に鞍替えしている。同じことが起こらないと、どうして断言できよう。

「韓馥がこの地の出身者であれば、豪族たちはああもたやすく、私を受け入れはしなかっただろうな……」

袁紹は眉間にしわを寄せた。韓馥は袁紹と同じ豫州の出身だった。よそからやってきた支配者だった。あわれな韓馥。手のひらを返す豪族たち。記憶にある韓馥の顔が、自分のものと入れかわり……、袁紹は悪夢を打ち消すように、頭を振った。

「この際、沮授どのに逆心がなくとも、それは関係がないのです」

「わかっておる」

袁紹に対抗できる者、代わりになりうる者が存在していては、不幸の元となろう。「沮授さえいれば河北は治められる」と、豪族たちが声をあげはじめてからでは遅いのである。

袁紹は逡巡した。やがて、その乾いてひびわれた唇から、うめくように、

「できるのか? この地の豪族たちを、敵にまわすわけにはいかぬのだぞ……」

「おまかせくだされ。敵意や恨みは、それがしがひきうけましょう」

「いいのか?」

「組織が大きくなれば、鉈を振るう憎まれ役も必要にございます。負の感情が主君にむけられることだけは、さけねばなりませぬ」

郭図の声に、ためらいはなかった。


「沮授、本日をもって、おぬしの監軍の任を解く!」

翌日、袁紹の声が政庁にひびきわたった。なんの前触れもない、突然の出来事である。袁紹軍の柱石である沮授の身に、いったい何が起こったのか。いならぶ文武官はざわついた。

「全軍をあずかる監軍の地位と権限を、これより三人の都督に分ける。ひきつづき沮授を、あらたに郭図と淳于瓊じゅんうけいを、その都督に任ずる!」

「……ははっ」

沮授は平静をよそおうが、屈辱は隠しようもなく、その肩は小さく震えていた。つづいて、郭図と淳于瓊が拝命するも、群臣たちの動揺はいっこうにおさまる気配がない。

「ふむ。この人事に、納得がいかない者もいるようだな」

と、袁紹は郭図に目配せした。

「こたびの軍制改革の要旨は、発案者である、この郭図が説明させていただきます」

前に進み出た郭図は、これは沮授どのの降格人事ではありませぬ、と前置きをしたうえで、

「規模が変われば組織の形も変わるもの。河北を平定して、袁家の軍勢もふくれあがりました。従来のまま、沮授どのひとりに全軍をまかせておくわけにはいきますまい」

「郭図どの。貴殿はたしか、兵を指揮した経験が少なかったはず」

「そのとおりだ。都督という大役、はたして郭図どのにつとまるのであろうか?」

群臣から疑問の声があがった。その声には、単なるやっかみにとどまらない、毒がふくまれている。郭図は主君の代弁者であるかのようにふるまっているが、それに唯々諾々と従ういわれも、かしこまるいわれも、彼らにはなかった。

「なるほど、もっともな意見でございますな。されば、それがしより都督にふさわしい人材が見当たらぬことを、嘆くべきかと存じます」

郭図は冷然といいはなって、ふてぶてしく鼻を鳴らした。袁紹軍に人がいない、と吐き捨てたようなものである。色を失う者、激発しそうになる者もいるなか、袁紹は気分を害した様子もなく、声を立てずに笑った。

「郭図と淳于瓊を抜擢したのは、私だ」

袁紹は一同を見まわすと、

「我らの敵は曹操だ。戦場として想定される、豫州や兗州の地理に明るくなければ、話にならぬ。そうは思わぬか?」

郭図と淳于瓊の出身は豫州である。いわれのない抜擢ではなかった。なおも不満をくすぶらせる家臣たちに、袁紹は厳然と告げる。

「朝廷を壟断ろうだんしている曹操を、排除せねばならんのだ。天下を憂い、忠義の心に燃える者は、のちほど申し出るがよい。しかるべき役をあたえよう」

換言すれば、南征に積極的な者から出世の機会を得るということである。

実例が目の前にある。郭図と淳于瓊が、先だって短期決戦を主張していたことを、この場にいる者は知っていた。彼らは押し黙ったまま、顔を見あわせた。まるで、困惑を分かちあうかのように。あるいは、競争相手の反応を探りあうかのように。

◆◆◆

袁紹陣営にいる辛毗から、手紙がとどいた。毎度のごとく、「うちの娘が天才すぎて困る!」という親バカ全開な内容だったのだが、申し訳程度につけたされた最後の一文に、気になることが書いてあった。郭図と冀州の豪族たちとの仲が険悪になっている、というのだ。

もうちょっと詳しく! そこ重要だからッ!

私がむずかしい顔をしていたら、司馬懿が補足してくれた。

「袁紹軍では、郭図どのが主導して、大規模な軍制改革がおこなわれたようです。それで割をくったのが、沮授どのや冀州の豪族だった、と聞いております」

基本的に、司馬懿の情報収集力は、私よりも上をいく。名門、司馬家が代々つくりあげてきた情報網は伊達じゃない。司馬という姓自体が軍務の官職に由来してるだけあって、とくに軍事関係には強いようにも感じる。

まあ、情報網のことはいいや。問題は郭図である。郭図がいつ、どこで、どのように死ぬのか。正確なところを、私は知らない。ただし、官渡の戦いを生きのびることだけはわかっている。

官渡の戦いで負けたあと、袁紹は失意のうちに病没し、後継者をさだめていなかったことから、袁家の分裂がはじまる。その内紛を誘発した人物のひとりが、郭図とされていた。つまり、袁紹が亡くなってからも、郭図は元気に暗躍していたのだ。

ここで気をつけなければいけないのは、官渡の戦いは史実どおりに進めなければならないということである。この天下分け目の決戦において、曹操は薄氷を踏むような思いをして、奇跡の勝利を手に入れる。何かひとつでも歯車が狂えば、氷が割れてしまいかねない。

郭図についてもそうだ。史実と異なる形で敗北すれば、どこかで戦死してしまうかもしれない。私が何をするにしても、官渡の戦いが終わるまでは待ったほうがいい気がする。とりあえず、余計な手出しは無用である。

ちなみに辛毗は、司馬懿と諸葛亮が対峙する五丈原で出番があったはずだから、長生きする予定だ。出世する可能性も高い。後世、けちょんけちょんな評価をされる郭図とは、えらいちがいである。

評価が低い軍師は他にもいるだろうけど、郭図はそんじょそこらの軍師とは格がちがった。「出ると負け軍師」に「迷軍師」、不名誉なダブルタイトルホルダーとして、不動の地位にあった。単に失敗しただけでは、こうもひどくはいわれないと思う。この時代で広まった悪評が、後世にも伝わったんだろうけど……。

あっ。ふと思いついたことがあったので、司馬懿に尋ねる。

「仲達。郭公則と冀州の豪族たちは、以前から対立していたのだろうか?」

「いえ。郭図どのが表立った動きを見せはじめたのは、つい最近のことです。それまでは、特段、問題は生じていなかったかと」

「ふむ、……なるほど」

急に行動が変わったということは、なにかしらの要因なり、動機なりがあるのだろう。となると、……自分が泥をかぶることを承知のうえで、豪族たちの力をおさえようとしている? 考えすぎかな。過大評価かもしれない。でも、私の知るかぎり、郭図は意外にけっこう優秀だった。袁紹に心酔もしていたし、そのくらいやりかねないんだよなぁ。

八月になって、ついに状況が動きだした。先制攻撃をしかけたのは曹操である。曹操本隊が河水を渡って、黎陽れいように布陣しているらしい。

えっ、マジでっ!?

官渡の戦いは、袁紹が曹操領内に深く攻めこんで、勝利まであと一歩というところまでせまる。しかし追いつめられた曹操が、袁紹軍の兵糧庫がある烏巣うそうを急襲して大逆転勝利! という筋書きだったはず。

河水の北、袁紹領の黎陽が戦場では、兵力の劣る曹操に勝ち目はない。

ちょっと曹操さん!? なに考えてんですかッ!!

その情報をもってきた司馬懿の顔にも、困惑がありありと浮かんでいた。めずらしい。軍事にかかわる話で、司馬懿がこんな表情を見せるのはめったにないことである。

「曹操は河北で戦うつもりなのでしょうか?」

「……わからぬ。仲達はどう思う?」

「先生にわからぬものが、私にわかるはずもありません」

そんなことないから。絶対ないから!

「さもあらず。よく考えてみなさい。なにかしら見えてくるであろう」

私は先生っぽい顔をして、それっぽいことをいった。ついでに腕組みもしてみせる。自分で考えるつもりはなかった。だって、まったくの無駄だもの。それこそ、司馬懿にわからないものが、私にわかるわけないでしょうがッ!

司馬懿は眉間にしわを寄せ、あごを撫でながら考えこんだ。

「曹操に、河北を切りとって維持する力はありません。ならば、目的は敵地を侵略して荒廃させる。もしくは、民を拉致して自領につれさるといったところでしょうか。このような嫌がらせは、乱世において常道といえます」

「うむ。よくあることだな」

「……ですが、そのような活動は、部下にまかせればよいはずなのです」

そう、敵地を荒らしまわるなんて行為は、部下にやらせればいい。小部隊でもって電撃的におこなえば、袁紹が軍を出してきても、すみやかに逃げられる。もし捕捉されたとしても、被害は軽微ですむ。けれど曹操本隊だと、軍の規模が大きくなるぶん、動きが鈍くなる。最悪の場合、大河を背に撤退戦をやるはめになるだろう。曹操みずから動くメリットがないように思える。

「となると、狙いは他にあるのかもしれませんが……」

と、司馬懿はお手上げといわんばかりに、首を振った。他に思いつかないでもないが、どれも曹操本人が動くほどの理由とは考えられない、といったところか。

「ふぅむ。まぁ、そう落ちこむことはない。曹操と袁紹の戦は、天下の覇権を決める一大決戦となるであろう。全てを把握することなど、誰にもできぬのかもしれぬぞ」

「はぁ」

「たとえばだ。当事者の曹操とて、自領内の不安要素を甘く見ているふしがある」

「不安要素……ですか」

「うむ。邳かひの劉備など、いつ曹操に叛旗をひるがえしてもおかしくない。許都では、漢室の忠臣たちが、曹操を排除しようと画策しているやもしれぬ。そういった不安要素を甘く見ているから、許都をはなれていられるのだ」

「……っ」

司馬懿は息をのんで、数瞬後、顔をしかめた。現実に起こりうると判断したのだろう。

このあと、徐州で劉備が反乱したり、許都で曹操暗殺計画が発覚したりする予定である。もし、それらが起こらなかったら、どうなるのだろうか。曹操にとっては有利な変化かもしれないが、歴史が変わったという証拠でもある。先行きが不透明になるのは、あまり歓迎したくないが……。

しばしの沈黙のあと、司馬懿は神妙な顔でつぶやいた。

「曹操は……勝てるのでしょうか?」

私が曹操派なのは、いまさらいうにおよばないが、じつは司馬懿も曹操派である。いや、反袁紹派といったほうがいい。というのも、董卓軍と反董卓連合軍が争っていたとき、袁紹軍は司馬懿の故郷で略奪をはたらいたのだ。

反董卓連合軍は、連合軍といってもひとつの場所に集まっていたのではなく、おおまかに三方向から洛陽をめざしていた。

東の酸棗さんそう方面には、曹操がいた。諸将が董卓軍におそれをなして動こうとしないなか、曹操は果敢に戦いを挑んだ。衆寡敵せず敗北したが、この行動によって、曹操の義心は一躍天下に知れわたった。

南の南陽方面には、孫堅そんけんがいた。孫堅は、反董卓連合軍にとって唯一といっていい勝利をあげた。あの呂布をも打ち破っている。多くの諸侯が義挙につどったが、最も活躍したのは、まちがいなく孫堅だった。

そして、北の河内方面にいた袁紹は、董卓軍に怖じ気づいて河水を渡ろうとせず、洛陽の対岸にとどまりつづけた。そこに、司馬懿の故郷はあった。

連合軍と呼べば格好はつくが、実態は寄せ集めの烏合の衆である。練度がひくい、統制もとれない軍隊がひとつところに長くとどまれば、やることは決まっている。司馬懿の故郷温県は略奪、虐殺の犠牲となり、連合軍が解散したとき、民は半数になっていたそうだ。

「いずれにせよ、黎陽で本格的な戦になっては、曹操に勝ち目はないであろう」

「はい……」

私の言葉に、司馬懿はうなずいた。やはり、他の要素がどうなるかはともかく、戦場は官渡であるべきだ。私は心を決めた。

そうだ、許都、行こう。

尚書令しょうしょれいと侍中という官職についている荀彧は、朝廷をとりしきるのが仕事だから、従軍せず許都に残っている。「黎陽ではなく、官渡で戦ったほうがいいんじゃないかな~」と荀彧に伝えれば、戦場を官渡にうつせるかもしれない。

◆◆◆

郭嘉は夜、あくびをしながら、陣中を歩いていた。真夜中だというのに、本陣に呼び出されたのである。

「おっ」

前方に見知った人影を発見して、足を早める。

公達こうたつ先輩」

呼びかけられたその人影、荀攸は立ちどまって振りむいた。

「……奉孝か」

「先輩も呼び出されたんすか?」

「…………」

荀攸はぼんやりとうなずいた。彼らはつれだって本陣にむかう。

先輩という呼びかたからわかるように──といっても郭嘉が先輩と呼ぶのは孔明、荀彧、荀攸の三人だけなのだが──荀攸の出身地も潁川である。

字は公達といい、荀彧にとっては年上の甥にあたる。あえて世代でわけるならば、鍾繇、郭図と近い世代で、とりわけ鍾繇とは親しくしている。容貌はごく凡庸で、ひかえめな性格ゆえにあまり目立たず、そのおとなしさから臆病者とあなどられることもある。が、勘違いもはなはだしい。荀攸は董卓暗殺をはかった気骨の士であり、計画が露見して投獄され、死刑を宣告されようとも、獄中で平然と食事をたいらげていた胆力の持ち主であった。

たわいもない話を、郭嘉が一方的にしつつ、彼らは本陣の天幕に入る。

「おお、来たか」

と、天幕の中で待ちかまえていた曹操が、胡床から立ちあがって、

「許都の荀彧から、急使がきたぞ」

「へえ。どんな知らせっすか?」

「いい知らせと悪い知らせ、両方ある。まずは、悪い知らせからだ。……劉備が叛旗をひるがえした」

「だからいったじゃないっすか。劉備は危険だって」

「……」

郭嘉が口をとがらせ、それに同意するように荀攸が無言でうなずいた。

「むっ、すまん」

曹操は頭をかいて謝った。そして、残念そうにため息をつく。

「城をあずけて、左将軍の位もくれてやった。余は、劉備を引き立てたつもりだったのだがな……」

「我々が許都をはなれて北へ軍を進めたのを、好機と見たんでしょうねえ。袁紹と戦になれば、劉備をかまっている余裕なんてありませんから。機を見るに敏な男っすよ、劉備は」

「ふん。だが、あやつは機を見誤った。余は戦をするために、この黎陽まできたわけではない」

「まあ、本隊が渡河しちゃってますし、戦になると判断するのも、当然っちゃ当然なんすけどね」

郭嘉は苦笑した。曹操は戦をするためではなく、ある目的をもって黎陽に布陣している。その結果、後方をがら空きにしたことで、劉備の反乱をまねいてしまったのだから、軽挙のそしりはまぬがれまい。しかし、それも考えようである。袁紹との戦のまっただなかに裏切られるより、よほど対処しやすい。

「どうだ、荀攸? 当初の目的は達した、と余は思うのだが」

「……はっ、もう充分でございます」

「よし、ずらかるか。袁紹の追撃には、どうそなえる?」

「……おそれる必要はありませぬ」

荀攸は断言した。郭嘉が肩をすくめて説明を継ぐ。

「どーせ、我々はこの地から撤退するんです。大軍を動かす必要はない、と袁紹は判断するでしょうよ。曹家の軍勢を追い払ったという成果が同じなら、少ない兵力でやったほうが見栄えがいいっしょ?」

「くっくっく。見栄えがいい、か」

曹操は思い出にひたるように笑った。

名家出身で裕福な育ちの袁紹は、派手な服装を好んだが、許子将に会うときは、つつましい服装に着替えていた。高名な人物批評家に酷評されるのを、袁紹はおそれたのだ。

「そうだな、袁紹はそういう男だった。それに、全軍を動員せねば、余の首を取ることはできぬとわかっていよう。まだ準備不足だと判断するであろうよ」

袁紹軍の兵力は十万をゆうに超える。これだけの規模の軍勢を動かすとなると、準備も大がかりなものになる。武器を修繕し、河水を渡るための船舶を増産し、なにより兵糧を集めなければならない。全軍がすぐに動けるわけではないのだ。

準備が不十分なまま、劉備と連携するか。万全の態勢をととのえてから、河水を渡るか。後者を選ぶのが、袁紹の為人であった。

「準備を入念にするのはよい。いかに強大な軍勢を誇ろうと、物資がなければ動かせんからな。……もっとも、余であれば全力で追撃して、劉備と連携するが」

曹操と袁紹の決定的なちがいは、この行動力の差にあった。

袁紹が易京の城をひとつ落とすのに五年かけているあいだ、曹操は四方を敵に囲まれ、常に戦場を飛びまわっていた。準備をする時間も、戦力を分散させる余力もなかった。曹操は前線に立って、目の前の敵に全力でぶつかりつづけた。

もちろん、何もかもがうまくいったわけではない。留守にした本拠地を、呂布に乗っ取られたことすらあった。それでも、曹操は動きつづけ、戦いつづけた。失地は回復すればよい。次に勝てば取りもどせるのだ、と。

もともと曹操は即断即決の人であったが、その気質は、苛烈な戦の日々によって、余人の追随を許さぬほどに研ぎ澄まされていた。司馬懿が、曹操の真意を読みきれなかった原因もここにある。

建安四年、四十五歳の曹操は心身ともに充実し、最盛期を迎えていた。彼の行動力は、若き司馬懿の計算を上まわり、人間の限界にかぎりなく肉薄していたのである。

「それで、『いい知らせ』ってのは?」

気楽な調子で郭嘉が訊くと、曹操はにやりと笑った。

「許都を訪れた胡昭が、『袁紹とは官渡で戦うべきだ』といったそうだ」

「あ~。完全に見透かされてるっすね」

「……孔明の見立ても、我々と同じでしたか」

思いもよらない知らせに、郭嘉と荀攸はそれぞれ感嘆の息をはいた。

曹操と幕僚たちは、最も勝算が高い場所を割りだすべく、さまざまな要素を重層的に検討した。できるかぎり、袁紹軍の補給線をのばさなければならない。だが、あまりに引きすぎては、そのまま敵の勢いにのみこまれてしまう。大小さまざまな要素を考慮して、さだめた決戦の地が、官渡であった。官渡には、河水の支流が流れている。これを利用して、ほりをはりめぐらせた堅牢な城塞を築けば、有利に戦えるだろう。

とはいえ、曹操にも必勝の自信はなかった。なにしろ袁紹軍は大軍である。不安要素はいくらでもあった。それに、曹操軍内部の者だけで考えると、どうしても希望や楽観がまざってしまう。しかし、公平無私な観察者たる孔明の言葉によって、そうした不安は一掃されたのであった。

「胡昭が外から見て、官渡でならば勝てる、と判断しているのだ。我々は正しかった」

曹操は嬉々として口をひらくと、

「この戦、勝てるぞ」

勝利を確信して、会心の笑みをひらめかせた。


建安四年九月、冀州の鄴では、いかにも頑固そうな男がふたり、回廊で仏頂面をつきあわせていた。袁紹に会ってきたばかりの田豊と、袁紹に会いにいく途中の郭図である。

「郭図どの、貴殿が提唱する次席不要論は正しいのだろう」

いかめしい顔立ちをさらに険しくして、田豊はしぶしぶ認める。

「臣下が力をもちすぎると、ろくな結果にならん。たしかに、沮授どのがもつ権限は巨大にすぎた」

「おお、おわかりいただけましたか」

郭図が強行した軍制改革に対して、冀州の豪族たちは一様に反発している。そうした状況下であっても、田豊は郭図の主張に理解をしめしてみせた。が、

「だが、これまでうまくいっていたことを、あえて乱す必要はないのだ。正しさにこだわるあまり、身を滅ぼすこともあろう。貴殿のやりかた、私は気に食わんな。いや、私だけではなかろう」

結局のところ、それも批判の言葉で締めくくられた。

田豊は肩をいからせて去っていった。そのうしろ姿を、郭図は一瞥して、

「面とむかって、それがしに直言をぶつけてくるとは。ふふふ、田豊どのらしい」

田豊の声には愛想のかけらもなかったが、それは批判であると同時に、郭図への反感が高まっているという忠告でもあった。侍臣たちのぶしつけな視線を鉄面皮ではねかえしながら、郭図は傲然と、奥の間に足を進めた。

「郭図。参上いたしました」

窓辺に立っていた袁紹が振りむいた。

「うむ。先ほど、田豊が来たぞ」

「田豊どのは、なんと?」

「劉備の離反はまたとない好機。退却する曹操軍の後背に襲いかかり、その勢いをもって、許都を一気に攻め落とすべし、と」

「おおっ。冀州一の知者である田豊どのが、積極的な姿勢に転じてくれたとは。よろこばしいことでございますな」

祝福する郭図に、袁紹は首を横に振ってみせた。

「ところが、そうでもないのだ」

「と、おっしゃいますと?」

「私が曹操の追撃に本腰を入れないと知るや、自分は短期決戦に反対する、と田豊はいいだしてな」

「はぁ。田豊どのはなぜ、そのようなことを……」

「この機を逸したら、しばらく曹操を討つ機会はない。力をたくわえて、次の機を待つべきだ、とな」

袁紹は鼻にしわを寄せ、うんざりしたようにいった。

「曹操は詭計きけいが得意な男です。中途半端な兵力で追撃したところで、伏兵に翻弄されるだけでございましょう」

「うむ。私もそう思う」

袁紹は大きくうなずいた。

「なに、気に病むことはありますまい。千載一遇の好機は、すぐにでも訪れましょうぞ」

郭図が励ますと、袁紹はくり返しうなずいた。

「そう、そのとおりだ。劉備の独立を活かせぬのは残念だが、曹操の敵は、私と劉備だけではない」

南陽の張繡、関中の韓遂と馬騰、荊州の劉表、そして江東の孫策。曹操は、周囲の勢力に頭を悩ませているだろう。袁紹としては、その悩みの根を容易には取りのぞけぬよう、より深くはりめぐらせていけばよいのである。ただそれだけで、かならずや好機は訪れる。

「はっ。……その件につきまして、お耳に入れたき儀がございます」

郭図の声が緊張をはらんだ。

「ほう、なんだ?」

「曹操包囲網に参加するよう、各勢力にはたらきかけておりますが。……関中軍閥の反応が、どうにもかんばしくないようでして」

「韓遂と馬騰か……」

「それが、韓遂と馬騰の力関係に変化があったらしく、馬騰が関中の代表者となっているようでございます」

馬超が一騎打ちで勝利して以降、関中では馬騰の発言力が増していた。韓遂がその流れに逆らおうとせず、一歩身をひいたことによって、関中の人々は、馬騰を代表者と見なすようになっていたのである。

「もともと双頭体制とはいびつなものだ。長くはつづかぬと思っていたが……。ふむ、これからは馬騰との交渉に力を入れるべきであろうな」

袁紹は首をかしげたが、あまり興味をそそられなかったのか、それ以上、関中について言及しようとはしなかった。

「まあよい。本命は許都の朝臣たちよ」

「はっ」

袁紹は逆賊になるつもりはなかった。郭図も主君に天下を盗ませるつもりはなかった。袁家の旗は、虜囚の天子に歓呼とともに迎え入れられるべきなのだ。そのためには、禁中にくすぶる曹操への不満に火をつけて、朝廷と曹操との対立を表面化させねばならない。

立ちはだかる壁は、尚書令と侍中を兼務する荀彧である。尚書令とは、皇帝への上奏文や宮中の文書発布を管理する尚書台の長官であり、侍中とは、天子のそばにひかえる相談役である。つまり、天子の目となり、耳となり、口となる立場に荀彧はいる。天子の住まう禁中においてすら、彼は目を光らせていよう。

「荀彧の監視をくぐり抜けて、朝臣たちに決起をうながす。それができるのは、調略に長け、許都に多くの伝手つてをもつ郭図、おぬしだけだ」

ちかごろ、袁紹が郭図と密談をかさねているのは、この朝廷工作のためであった。

「御意に。かならずや許都にて、変事を起こしてごらんにいれましょう」

郭図が拱手する。袁紹は不敵に笑った。

「ふふふ。成功せずともよいのだ。失敗しても、朝廷と曹操とのあいだに横たわる亀裂が、鮮明になりさえすればな……」

◆◆◆

私と司馬懿が荀彧の屋敷に逗留して数日後、黎陽の曹操軍が撤退をはじめたとの連絡がとどいた。

「やれやれ。これで気苦労の種がひとつ消えたよ」

彧が安堵の色を浮かべて、酒杯に口をつけた。じつは曹操みずから出陣することに、荀彧は反対していたらしい。なぜ、反対だったのか。なぜ、曹操は反対を押し切って黎陽におもむいたのか。司馬懿が質問したのだが、

「司馬懿。君が考えているよりも、あるいは私がそうであってほしいと願うよりも、曹操さまはずっと腰が軽いのだよ。それはもう、信じられないぐらいにね。不思議と、それがいい結果につながるから、諫めるわけにもいかないのだが」

と、荀彧は直接答えようとはしなかった。ヒントはあげるけど、あとは自分で考えるように、ということだろう。

……あれっ? なんだか私より、教育者っぽくね?

まあ、荀彧の立場になってみれば、曹操には許都にいてもらいたいだろう。曹操が出陣してしまえば、許都で兵糧の差配などをおこなうのは、荀彧の仕事になる。けれど、仕事が増えたからといって、朝廷をコントロールする役を人にまかせるわけにはいかない。人材には格というものがあって、格的にも能力的にも、朝廷をおさえられるのは荀彧しかいないのだ。

「袁紹が攻めてくるという噂は、宮中にも伝わっていよう。朝廷にも動揺が広がっているのではないか?」

彧の目の下にくまを発見した私は、朝廷の様子を訊いてみた。

お疲れのようだし、必要とあれば、宮中で曹操暗殺計画が進んでいることをほのめかしてもいい。余計に忙しくなるかもしれないけど、後手にまわるよりは楽なんじゃないかなと思う。

「ああ。動揺だけならいいのだが……」

「ふむ、……よからぬ考えをもつ者もいそうか?」

顔を曇らせる荀彧に、私はかさねて問いかけた。

「いるだろうな。……というか、董承とうしょうなんだが」

おお、すでに曹操暗殺計画の主犯を割りだしている。助言する必要なんて、まったくなかったみたいだ。

「車騎将軍の董承ですか……。大物ですね」

司馬懿が深刻そうにいうと、荀彧は苦笑して、

「車騎将軍となり、将軍府をひらいたことによって、自由に動かせる手駒ができた。だからこそ、悪さをくわだててしまうのであろうよ」

車騎将軍とは、つい最近まで曹操が司空と兼務していた、とてもえらい将軍位である。

けれど、漢王朝には実権がないから、董承の将軍位はしょせん名前だけだ。せっかく将軍府をひらいたところで、雇える部下なんてたかがしれている。大勢の兵士を動かせるわけではない。

……名目だけでもそこまでえらくなってしまうと、中身を近づけたくなるのが人情なのかもしれない。

「漢王朝に昔日せきじつの威光を取りもどす、という忠義のあらわれなら、同情の余地もあるのだがね。董承は、自分の権力欲を満たすために動いているだけだ。そんなやつの好きにはさせんよ」

彧は自信たっぷりにいった。

「なかなか尻尾をつかませてくれないが、裏で手を引いているであろう人物にも、きっちりやり返すさ」

顔には疲労の色が残っていても、その声は芯からの力強さを感じさせた。このタイミングで朝廷に工作をしかけて、反曹操の動きを焚きつける。裏で手をまわしているのが袁紹であろうことは、説明されるまでもなかった。


翌朝、私と司馬懿は、荀彧の屋敷を発った。「もっとゆっくりしていけばいい」と引きとめられはしたが、そもそも荀彧だって、宮中と官庁を行き来する日々で、あまり自宅に帰ってないようだ。長居をしては悪いだろう。それに、曹操が帰ってくる前に、さっさと退散したほうがいい。あの人材コレクターに遭遇してしまうと、逃げだすのもひと苦労である。

というわけで、胡孔明はクールに去るぜ!

朝日を背に、馬の手綱を引いて、埃っぽい街路を歩く。旧暦の九月だから、けっこう肌寒い季節なのだが、いたるところにできた人だかりの熱気が、寒さを感じさせなかった。道ゆく人々のバリエーションも豊富だ。動物の毛皮を着ているのは匈奴、茶髪で彫りの深い顔立ちの男は大秦国ローマ、青い瞳の男は貴霜国クシャーナといった、遠方からの旅人だろう。ありとあらゆる場所から、人が集まっているようだった。都になるとはこういうことだ。往時の洛陽のように絢爛豪華、とまではお世辞にもいえないが、街全体に活気があふれている。

「なにか土産を買っていかねばな」

購買意欲を刺激されて、私はつぶやいた。

「西の市に寄っていきましょう」

司馬懿の声も、そこはかとなく楽しげに聞こえる。のんびり言葉を交わしながら歩いていると、うしろからやってきた馬車が、私たちを追い越したところで急停止した。なにかと思ったら、

「孔明先生じゃねえか」

「ごぶさたしております、孔明どの」

馬車に乗っていたのは生意気そうな少年と、まじめを絵に描いたような男──曹丕と陳羣だった。

なんてこった。せっかく曹操を回避したのに、曹丕に見つかってしまうとは。

彼らの馬車に同乗して、私たちは陳羣の屋敷にむかうことになった。屋敷に着くや、それまでのなんの変哲もない雑談は、当然のように、殺伐とした話題に切り替わる。きっかけは、曹丕がいい放ったひとことだった。

「オレ、虎豹騎に選ばれたよ」

曹丕がいうと同時に、陳羣が静かに席を立った。曹丕はちらりと陳羣の背を見てから、かまわずにつづける。

什長じゅうちょうだってさ」

「ふむ……、什長か」

私は反応に迷った。什長、すなわち部下が十人つくということである。少年の身でありながら部下がつくことを、称賛すべきなのか。それとも、曹操の息子であるにもかかわらず、わずか十人しか部下をつけてもらえなかった、と見るべきなのか。

「そんな心配そうな顔をしないでくれよ」

私のあいまいな反応を見て、曹丕は不満そうに口をとがらせた。

「虎豹騎は、孔明先生のあぶみを配備した最精鋭部隊だ。選抜された兵も、場数を踏んだ精兵ぞろいなんだぜ。しかも、父上が直々に指揮をとるんだ。ここが壊滅するようなら、どこの部隊にいようが関係ない。もうおしまいだろ」

なるほど。曹操は自分の目がとどく範囲に、曹丕を配属させたのか。あたえる兵士の人数を増やすよりも、自分の近くに置いたほうが安全だと判断したのだ。これが、曹操なりの親心の形なのだろう。私が納得していると、竹簡を手にした陳羣がもどってきた。

「孔明どの、これをごらんください」

差し出された竹簡を受けとって、ひらく。どうやら、虎豹騎を運営するうえでの取り決めというか、マニュアルのようだった。太鼓や銅鑼の合図に応じて、前進や後退、武器や戦列の変更をおこなうよう、詳細に決められている。

……うわっ、逃げだした味方の処刑方法まで書かれていますわ。このマニュアル、一般には流出しちゃいけないやつなんじゃないかな。現代に残る「孫子の兵法書」は曹操が注釈をつけたものだというし、おそらく、これも曹操自身が作成したものだろう。だが、あいにくなことに。これがどれほどすごいものなのか、他の部隊と比較できるわけでもない私には、にわかに判別がつかなかった。こういうときに、私がやることは決まっている。軍師の助言をあおぐのである。司馬懿に丸投げ、ポイッ! である。

「仲達」

「はっ」

打てばひびくような返事をして、司馬懿は竹簡を受けとると、ささっと目を通した。

「なるほど。精鋭と自負するのもうなずけます」

だ、そうです。

ふっふっふ。これが、師弟の阿吽の呼吸ってやつよッ!

「だろ? 父上の目の前で、手柄を立ててみせるぜ」

曹丕は口の端に、自信ありげな笑みを浮かべた。

「……将たらんとする者は、個人の武功を追いもとめるべきではない、と思うが」

と、司馬懿が少年のやる気に水を差した。

「いまのオレは将じゃない。あたえられた立場で全力を尽くすのは当然だろ? おまえに批判されるいわれなんてねえよ」

曹丕が半眼で司馬懿をにらみつけた。

「…………」

司馬懿はなにもいわずに、困惑顔だ。忠告はした、理解できないならご自由に、といったふうに見える。ふと気がつくと、若者たちのやりとりを眺める陳羣の目に、興味深そうな色が浮かんでいた。

「あたえられた任に全力で取り組む。曹丕さまの心意気は壮でありましょう。ですが、功を焦って手柄に執着するより、あなたにはやらねばならないことがあります」

陳羣はおごそかに言葉を紡いだ。

「それは、本質を見きわめることです」

「……本質?」

つぶやいた曹丕に、陳羣は噛んでふくめるようにいう。

「司馬懿の言葉は、批判ではなく忠言でした。美辞麗句でもって曹丕さまの武勇を称え、追従ついしょうする者もいるでしょうが、そうした者の発する言葉よりも、ずっと価値のある言葉だったのです」

「…………」

曹丕は渋面で、なにごとかを考えこんだ。思い当たる人物がいるのかもしれない。

「ひとつお聞きしましょう。孔明どのが、曹操さまの帰還を待たずに帰ろうとすることについて、曹丕さまはどうお考えですか?」

陳羣が訊くと、曹丕はわけがわからないといった表情で、

「そりゃあ……、なにもそんなに急いで帰らなくてもいいだろうに。父上が帰ってくれば、献策に対する褒美ぐらいはもらえるだろう。もらえるもんは、もらっとけばいいんだ」

「では、司馬懿はどう考えているのかな?」

陳羣は、質問の矛先を司馬懿にむけた。

「先生はすでに、許都にきた目的をはたしておりますゆえ」

静かな口調で答える司馬懿に、陳羣はうなずいた。

「そう。袁紹との戦は官渡でおこなうべし。孔明どのは、伝えるべきことは伝え、やるべきことはやり終えた。だから、帰るのです」

いえ、曹操と会いたくないからです。

「論語に、『君子はもとを務む』とあります。平たくいうなら、物事の本質を見きわめて、やるべきことをやりなさい、という教えです」

陳羣の言葉を聞いて、私は奇妙な不安に襲われた。……なんだか、風向きがおかしくなってきたような。私の不安を知るよしもなく、陳羣は滔々とうとうとつづける。

「金や名声、そういったものは、およそ枝葉末節にすぎません。やるべきことをやって功を誇らず、人を助けて恩に着せることもない。これが、君子のおこないなのです。孔明どののおこないを見ていれば、仁者とはいかなるものか、おのずと理解できましょう」

曹丕と司馬懿は、真剣そのものの顔でうなずいた。

ぐああああああああっ!

恥ずかしい! いたたまれないっ!

やめて陳羣! 顔から火が出そう!

私は表情を隠すように酒杯を口元にあてて、濁った中身を一気に飲み干した。

「君子のよい手本として、孔明どのを例にあげました。悪い例としては、……そうですね。いいたくはないのですが、私の事例に言及するといたしましょう」

私の心の声が聞こえたはずもないが、陳羣はさらりと話を進めた。むむ、うまい。安堵と同時に感心する。他人の成功談や自慢話なんか、聞いたところでおもしろくもなんともない。そんなものより、失敗談や恥ずかしい話に興味をひかれるのが、人間のさがというものだ。そこに自分の話をもってくるのが、なんだか陳羣らしいなと思う。

「郭奉孝の素行について、私がたびたび弾劾していることを、曹丕さまはご存じでしょうか?」

「ああ。この前、おおやけの場で紛糾していたからな」

「まさしく、そこに問題があるのです。恥ずかしながら、私のこの行為は、仁にもとるおこないといえましょう。奉孝の素行を注意したければ、本人にいえばよい。罰すべきと判断したなら、曹操さまに上申すればよい。そこまでで充分なのです。おおやけの場で指摘した私の行為はやりすぎであり、まちがっているのです」

「……?」

曹丕が不審そうに目をすがめた。そらそうよ。まちがっているとわかっていて、どうして陳羣はそんなことをしたのか。私だって疑問に思う。

「ですが、そのまちがった行動も、一見すると職務に励んでいるように見えるのでしょう。私の行動を支持して、近づいてくる者もいます。物事の表面だけを見て、本質を見きわめようとしないそのような人物を、私は信用しておりません」

陳羣の主張に同調して郭嘉を批判していたら、いつのまにかその陳羣に信用できない人物あつかいされていた件。陳羣長文の役職は、司空西曹掾属せいそうえんぞくという人事担当官であるからして、その人たちの人事考課にも影響はあるだろう。引っかけられた側からしてみれば、たまったものではない。もし、彼らがこの話を聞いていれば、「これは長文の罠だ!」といいたくなるにちがいなかった。

「武功のいかんにかかわらず、これから曹丕さまのそばには、多くの人が近づいてくるでしょう。彼らの本質を、曹丕さまは心眼をひらいて、見きわめていかなければならないのです。それがどれほど重要なことか。おわかりですね?」

そういいながら、陳羣はじっと曹丕の顔を見つめた。わずかな間を置いて、曹丕はうなずいた。

「心眼をひらいて、本質を見るか。なんとなくだけど、わかったよ。……でも、まちがっていると知っていながら、どうして郭嘉を批判したんだ?」

そんな彼の疑問を受けて、陳羣は嘆息した。

「奉孝の素行に問題があるのは事実です。衆臣の中には、彼に白い目をむける者も多いのです」

私もため息をつきそうになった。儒教にこりかたまった人たちの目には、郭嘉は不道徳の塊に見えるだろう。批判されるのもしかたない面はある。儒教を重んじるというのなら、荀彧や陳羣もそうなのだが、彼らのように柔軟な思考ができる人物はあまり多くないのである。……そもそも、郭嘉に模範的な人物像をもとめること自体が、無理難題というものなんですがね。

「そうした不満をほうっておけば、彼らはいずれ、奉孝を陥れようと画策をはじめるでしょう。ですが、私が先鋒に立てば、奉孝に批判的な者は、まず私のもとに集まってきます。あとは、彼らの不満が悪い形で噴出せぬよう、私がとりはからっていけばよいのです」

説明する陳羣の頬には、困ったものだといわんばかりに、微苦笑が浮かんでいた。

「長文、おぬしはそうした事情を、奉孝本人には伝えていないのであろう?」

なかば確信しながら、私は訊いた。

「ええ。伝えるつもりはありませんよ。こんなことを知ったら、あいつはぜったいに調子に乗りますからね」

と、陳羣は呆れたように首を振った。……うむ。つまり、こういうことであるな。

べ、別に郭嘉を護るためじゃないんだからね! 不品行を批判してるだけなんだからッ!

私の中で、陳羣ツンデレ説が誕生した瞬間であった。ツンデレ乙。


年が明けて建安五年は、いつにもまして波乱の幕開けとなった。一月九日、司空曹操の暗殺をくわだてた罪で、董承たちが処刑されたのである。うん、知ってた。

「この計画への参画が発覚した劉備を討伐するため、曹操みずから出陣するもようです」

と例によって例のごとく、耳の早い司馬懿が知らせてくれる。

九月に徐州で独立した劉備は、曹操が差しむけた討伐軍を次々と撃破して、いまだ健在である。いつもの曹操なら部下にまかせず、とっくに自分で討伐にのりだしていたはずだ。そうしなかったのは、みずから官渡へおもむき、城塞建築の陣頭指揮をとっていたからだった。だが、暗殺計画に関与していたとなると、もう劉備を野放しにはできない。これ以上放置すれば、曹操の沽券にかかわる。

「袁紹の関与は、取りざたされておらぬか」

「はい。証拠をつかめなかったのでしょう」

むむむ。袁紹側にも智謀の士は多いだけに、尻尾はつかませなかったか。暗殺を未然にふせいだ時点で及第点ではあるのだろうけど、荀彧は悔しい思いをしているにちがいない。

「それと、曹丕からふみがとどきまして」

「ほう?」

ほほう、司馬懿と曹丕に手紙のやりとりがあったとは……よい傾向に思える。なにせ、曹丕は魏の皇帝になる人物。仲よくしていれば、司馬懿のスピード出世は約束されたようなものでしょう。

「どうやら、虎豹騎は許都で留守番のようです。劉備討伐には参加できそうもない、と曹丕は不満がっておりました」

「となると、虎豹騎の初陣は、やはり袁紹との戦になりそうだな」

曹操は官渡までさがって籠城戦を主体に戦うつもりだが、袁紹軍の侵攻に対して、無抵抗でさがるわけにはいかない。領地を守ろうとするそぶりを見せなければ、その地にゆかりのある部下の忠誠はがた落ちだ。部下の寝返りが連鎖でもしたら、目も当てられない。戦おうとせずにさがってばかりでは、兵の士気だってもたないだろう。有利なポイントで局地的な勝利を積みかさねつつ、戦線を後退させる。それが理想的なひきかたといえる。

とくに重要なのは、戦の流れに大きな影響をあたえるであろう、緒戦である。史実では、官渡の戦いの緒戦である白馬の戦いにおいて、曹操の客将となっていた関羽が、袁紹軍の猛将顔良を討ちとっている。この戦果は、曹操軍を大いに盛りあげたはずだ。

虎の子の虎豹騎を実戦投入するなら、白馬の地だろう。兵法に長けた曹操は、機を逃さないはずだ。そうそう、兵法といえば、司馬懿に見せとかなきゃいけないものがあった。

「仲達、私の書斎に『孫子』と『呉子』がある。それに目を通しておきなさい」

「孫呉の兵法書ですか?」

司馬懿が首をかしげた。孫子と呉子は孫呉の兵法書と呼ばれ、最も代表的な兵法書とされている。私だって何度も読んだことはあるし、司馬懿だったら丸々暗記していてもおかしくない。いまさら、と思うのも当然だが、

「張繍の軍師だった詡かくを知っているな?」

「はい。曹操をさんざん翻弄した人物ですから」

「その賈詡が注釈した孫呉の兵法書を、写したものだ」

詡は三国志を代表する名軍師のひとりである。きっと、司馬懿にも得るものがあるだろう。

「……!? ありがとう存じます」

司馬懿はかしこまって謝意をあらわした。司馬懿に兵法を教えることなんて、私にはとてもできない。だったら、人を頼ればいいのです。

詡先生、お願いしやす!!

私にその写本を送ってくれたのは、荀彧である。昨年の十一月、張繍は賈詡の進言を受けいれて、曹操に降伏した。その後、荀彧が賈詡と親交をもち、彼の注釈した兵法書を手に入れて、写本を送ってくれたのだった。

戦は矛を交える前からはじまっている。曹操の行動力はすさまじい。袁紹が朝廷で反曹操の動きを煽っているあいだに、曹操は官渡に城を築き、張繍を帰順せしめ、さらには劉備討伐に動きだした。一ターンに三回行動してくるラスボスもかくや。荀彧が舌を巻くのもわかる気がする。チートに片足を突っこんでますわ。

◆◆◆

曹操親征に反対する臣下は少なくなかった。

「我々の主敵は北の袁紹である。劉備討伐に動いた隙に、袁紹軍が南下してきたらどうするのだ」

こうした諸将の声を、曹操は一笑に付した。

「部下にまかせて失敗したのだ。余がいくしかあるまい」

主君の気勢に賛同したのは、郭嘉や荀攸である。

「なに、袁紹軍は大軍であるがゆえに、行軍速度が遅いんすよ。袁紹が河水を渡る前に、ささっと劉備を片づけちゃいましょう」

「……劉備の軍勢は、いまや二万にも達しようかという勢い。袁紹と対峙しながら、これを片手間に相手取るのはむずかしい。まずは、劉備こそ討つべきと存じます」

頼もしい幕僚たちの見解は、曹操の思惑と一致していた。こうして曹操は三万を超える軍勢を率いて、徐州に進軍した。この戦は劉備だけでなく、時間との戦いでもある。

劉備がいる小沛を目前としたとき、曹操のもとに先陣から伝令がとどいた。

「劉備軍が城から打って出ました」

曹操が最もおそれていたのは、劉備が城にこもり、時間ばかりが経過していくことであったから、この報告は朗報である。

「劉備め。野戦で余に敵うとでも思っているのか」

だが、曹操の声はほろ苦い。状況はよくなったものの、劉備にあなどられたと感じたのだろう。矜持を傷つけられた声であった。

「……小沛は守りにくい城です」

「うむ」

なぐさめるかのような荀攸の言に、曹操はうなずいた。籠城したところで守り切れないと判断したのであれば、打って出る選択肢もあろう。気をとりなおした曹操は、一刻も早く先陣の救援にむかうべきだと進言する部下に、ゆっくりと首を振った。

「先陣を率いるのは曹仁そうじんだ。郭嘉もついている。あわてる必要はない」

一門衆の曹仁は、曹操軍屈指の名将である。郭嘉がいれば、詭計に惑わされる可能性も低い。

劉備軍は二万近いというが、それはあくまで総兵力である。彼らは劉備領各地に分散しており、小沛にいるのは、せいぜい一万二千といったところだ。しかも、その大半は新兵弱卒である。おそれるほどのものではなかった。劉備軍にも、中核となる戦歴の長い将兵はいる。しかしその数、千から二千とみられる彼らもまた、各地に散らばっていた。

その代表例が、関羽である。劉備につきしたがう豪傑、関羽と張飛ちょうひの武名は広く知られているが、小沛にいるのは張飛だけで、関羽は下邳の守りについているのだ。

「前線は崩れぬ。予定通り行軍せよ!」

曹操は号を発した。さらに、

「隊列を乱すな。劉備のことだ、兵を伏せているかもしれんぞ!」

曹操の予言は当たった。本陣めがけて、張飛が奇襲をかけてきたのである。これあるを予期していた曹操軍の反撃は、峻烈をきわめた。とりわけすさまじかったのが、かつて呂布の旗下にいた張遼ちょうりょうという武将である。張遼が指揮する騎兵隊は、それ自体が一個の生き物であるかのように戦場を疾走し、張飛隊の横っ腹に喰らいつくと、散々に暴れまわった。いかに張飛が万夫不当の豪傑であろうと、曹操にたどり着けないようでは、戦局は変えられない。張飛隊をあぶなげなく撃破した曹操が、前線に到着したころ、すでに戦は終わろうとしていた。曹仁の攻勢のまえに、劉備本隊も、あっけなく潰走をはじめていたのだった。


「劉備は、現状を正確に認識していた」

いましがた破った敵を、曹操はそう評した。彼の足元にある小沛の城壁は、血ではなく、夕暮れに赤く染まっている。

投降した小沛の兵士たちによると、曹操が派遣した将を撃破したとき、劉備は得意満面に、「おまえらごときに、この劉備の首が取れるものか! 私を倒したければ、曹操みずから来るがいい!」と豪語していたそうだ。その言葉には、そこらの将には負けないという強気と、曹操には抗しがたいという弱気が混在していた。

「やつは負けたあとのことを考えて、打って出たのだ」

「……逃げるため、ですか」

荀攸は、曹操のいわんとするところを正確に理解した。

「うむ。籠城して包囲されてしまえば、脱出するのは容易ではないからな」

野戦であれば、総大将の劉備は後方で指揮をとることになる。戦場の全容を見ながら、敗色が濃くなったなら、すぐさま逃げだせばよい。後方にいるのだから、まず無事に逃げおおせられる。

「どうりでもろかったはずだ。もとより、やつには必勝の覚悟などなかったのだ」

脱兎のごとく逃走した劉備を、曹操軍は捕捉できなかった。部下を見捨て、小沛に妻子を残しての逃亡である。その不甲斐なさを嘲笑する者もいよう。だが、曹操の声にあるのは侮蔑ではなく、感嘆のひびきだった。

「笑いたい者には、笑わせておけばいい。戦い、生きのびることが、どれほど困難な世か。劉備は身をもって知っているのだろう」

そこへ郭嘉が歩み寄ってきて、おどけた調子で声をかける。

「おや、下邳を落とす算段っすか?」

「いや……」

曹操は、しばし逡巡してから、

「関羽には降伏をうながすつもりだ」

「たしかに。それが一番、被害が少ないっすね」

うなずく郭嘉に、曹操は意外そうな顔をする。

「郭嘉、おまえは劉備を警戒していたな。関羽はかまわんのか?」

「どうせ、反対したところで、気持ちは変わらないんでしょう?」

「まあな」

曹操は小さく笑った。

「そうっすねえ。劉備は人の下につく男ではない、って判断しただけなんで」

「そうか。……では、孫策はどう思う?」

江東で雄飛する若者の名を、曹操はあげた。郭嘉は肩をすくめて、

「さて、会ったこともありませんし」

「……孫策が気になりますか?」

荀攸が静かに問いかけた。

「うむ。現状はゆるやかではあるが、同盟関係にあるといっていい。だが……」

曹操は、息子に孫家の娘をめとらせ、一族の娘を孫家に嫁がせていた。孫策との関係は良好といってよい。

盤面は悪くなかった。関中の馬騰とは、鍾繇を介して交渉している。袁紹との戦がはじまれば馬を供してもらう、と約を交わしてあった。どちらかといえば曹操側とみていいだろう。南陽の張繍は曹操に帰順した。荊州の劉表は、荊州南部の長沙太守が反乱を起こしているため、曹操と戦う余裕はない。劉表軍は豪族の力が強く、地元の乱を無視して外征することなどできないのである。もちろん、この反乱には、曹操も裏から協力している。そして劉備勢力は消えようとしている。これで袁紹との戦に専念できるはずだ。

だがそれも、孫策の気質に左右される。もし劉備と同じく、誰かの下風に立つことを潔しとしない気概の持ち主だとしたら……。婚姻関係など無視して、曹操に牙をむくかもしれない。そうなれば、劉備の反乱どころの騒ぎではない。

「……孫策は江東の地を手に入れたばかりです。急拡大した領地を治めるのに、苦心しているようですが……」

荀攸が首をひねった。

「だが、楽観はできぬ。強引に軍を動かす力強さが、孫策にはある。いざとなれば、領内の混乱など無視するであろう」

曹操の懸念は晴れなかった。脳裏に浮かぶのは面識のない孫策の姿ではなく、彼の父、孫堅の雄姿である。董卓軍を倒した唯一の男。江東の虎は、まさに英雄と呼ぶにふさわしい男だった。

広陵こうりょう太守の陳登を支援する、ってのはどうですかね?」

と郭嘉は、星が見えはじめた東南の空を、すっと指さした。東南の空の下には、関羽の守る下邳があり、さらに先に広陵がある。

「むっ、陳登か……」

郭嘉の提案に、曹操は考えこんだ。陳登は、徐州ではめずらしい親曹操派である。彼の故郷・淮浦わいほは、曹操軍による虐殺をまぬがれており、彼を広陵太守に任じたのが曹操だからである。また、劉備とも親しくしていて、徐州の動乱においても抜け目なく力をたくわえていた。

陳登はいま、江水こうすい(長江)の南の地を、虎視眈々と狙っている。一方、そこを治める孫策も、江水の北に位置する広陵を狙っており、両者は敵対関係にあった。

「だが、陳登に兵を貸せば、それこそ孫策を敵にまわすのではないか?」

「いえ、一兵も用いません。金銭による支援で充分っす」

「なんだと?」

「陳登のもとには、孫策に土地を奪われた者、主君を殺された者たちが集まっています。復讐の機をうかがっている彼らを、こっそり支援してやるんですよ。孫策はおのれの武勇を頼むあまり、警戒心が薄く、単独行動を好むとか。いずれは、彼らの手によって……」

口調こそ軽いが、郭嘉の眸にはしる光は、刃物のように鋭かった。

「……なるほど。漢朝の司空まで、暗殺されそうになる世の中だ。孫策の身に何が起きようと、不思議ではあるまい」

曹操は毒々しい笑みを浮かべた。

数日後、曹操軍は大挙して下邳に押しよせた。幾重もの包囲のなか、関羽説得の使者となったのは、かねてより関羽と親交のある張遼である。下邳を守る将兵と、捕らわれた劉備の妻子の安全を約束して、張遼は真摯に降伏をすすめた。それでも渋る関羽に、劉備が生存していること、北に逃走したことを伝えて、

「ここで死んだところで、主君に殉じることにはならないのだ。それでは、ただの無駄死にではないか」

「……やむをえまい。わかった、世話をかける」

死を選んだところで守れるものは何もないのだと説かれ、忠義にあつい関羽も、ついに首を縦に振った。

こうして、劉備の乱は鎮圧された。曹操に叛旗をひるがえしてから、わずか四か月後の出来事であった。


鄴において、董承一派が処刑されたとの報を最も早く知ったのは、おそらく郭図であったろう。彼は間者の報告を聞いて、策が完全な成功にいたらなかったことを知った。さりとて、失敗というわけでもない。成功が曹操の死であるのなら、失敗は袁紹の関与が明るみに出ることである。満足とはいえぬ結果であったが、包み隠さず全てを報告すると、袁紹は手放しの賛辞で迎えた。

「すばらしい。すばらしい成果だ。郭図よ、おぬしの策は見事であったぞ」

「曹操の命は奪えませなんだ」

「よい。董承も、私の敵であることに変わりはない」

「しかし、最大の敵は曹操でありましょう」

「だが、私にとっては、これが最善の結果だ」

命を落としたのが董承たちではなく曹操であったなら、袁紹は労せずして天下を取れただろう。だがそのあとには、董承たち朝臣との権力争いが待っている。彼らを排除するとなれば、少なからず汚名をかぶらねばなるまい。

「逆賊の汚名は、曹操が引き受けてくれた。よくやった」

袁紹は、満足げに郭図の労をねぎらった。董承たちが処刑されて、帝は頼みとする忠臣を失った。これで、曹操を倒したあかつきには、抵抗する力を失った丸腰の帝が手に入る。天子ですらはむかうことのできない、絶対的な権力を手に入れる好機が、ついに訪れたのである。

「機は熟した」

河北の覇者は重い腰をあげると、出陣の準備を急ぐよう、すぐさま全軍に命じた。

「南下せよ! 逆賊曹操を、君側の奸を討つ!!

君側の奸を討つ。使い古された大義名分は、陳腐であるがゆえに伝わりやすい。袁紹の言葉は、またたく間に将兵ひとりひとりの心に染みこんでいった。だが、これに頑として反対する者がいた。田豊である。

「大義を得たところで、戦局が変わったわけではありませぬ!」

この諌言に、袁紹はみるみるうちに不機嫌になり、士気を乱したとして、田豊は投獄されてしまった。冀州一の知者は、おのれの不遇を嘆くよりも、怒りを発散させることを選んだ。牢の床を主君に見立てて、憎々しげに踏みつけたのである。

「……反対すればこうなると、おぬしなら予想できただろうに」

牢の外から、呆れたような声がかかる。田豊は声の主をじろりとねめつけた。面会に訪れたのは、沮授であった。

「ふん、沮授どのか。そうはいうが、貴殿とて本心では出兵に反対しておろう」

「そうだな。だが私は、曹操相手の戦は大義がない、として出兵に反対してきた。大義を得てしまったからには反対できん。……前言をひるがえして反対したところで、誰もついてこないだろうよ」

沮授は自嘲するように唇をゆがめた。

「大義か。都合がよすぎるな……」

といって、田豊はひげを撫でながら思案すると、真実にたどりついた。

「郭図か」

「おそらくはな。うまくやったものだ」

沮授が舌打ちをして、同意した。袁紹が郭図と密談をかさねていたのは、これが目的だったのだ。許都を揺るがした郭図の手腕は、田豊と沮授をうならせた。彼らが同じように工作したところで、こうもうまくはいかなかっただろう。許都に地縁がない彼らでは、お粗末な連絡網しか構築できず、曹操の監視に引っかかっていたにちがいなかった。

「だが、大義を得たのなら、それこそ劉表が長沙の反乱をしずめるまで待つべきなのだ。さすれば、かならずや劉表は動いたであろう」

田豊の主張は正論である。せっかく手にした大義を、なぜ活用しないのか。大義をもとめたであろう袁紹に、郭図がこたえてみせた。そこで策が終わってしまったのが、田豊と沮授にはもどかしくてならない。冀州きっての切れ者であるこのふたりには、郭図の策が天下を確約する一手になりえたことと、仕上がりを欠いていることが見えてしまったのである。沮授は苦々しげに毒づいた。

「郭図め。主君の勘気に触れるのをおそれたか。待ちの手を打てば、より効果があることぐらい、あの男ならわかっていように」

「ふん、郭図どのは忠臣であらせられる。主君の意に反した手など、はなから打つつもりはなかったであろうよ。……あのいぬめが!」

田豊の言葉は痛烈をきわめた。こみあげてくる口惜しさのあまり、彼らは歯を食いしばらずにはいられなかった。袁紹が大義をかかげ、各地の群雄がそれに呼応して、曹操を包囲する。千里の外からなる壮大な包囲網が、ようやく絵空事ではなくなりつつあるだけに、性急な開戦が無念でならない。沮授はため息をついて、頭を振った。

「いまさらいっても詮ないことだ。正面から曹操に勝つ。もはやそれ以外に道はあるまい」

建安五年の二月、満をじして、袁紹軍は南下をはじめた。河北四州から動員された、総計十一万にも達する大軍勢である。その行進はどこまでもつづき、まるで河水の流れのように、あらゆるものを呑みこむかと思われた。

◆◆◆

とうとう袁紹軍が動きだしたらしい。許都はその対応に追われて、てんやわんやになっているはずだ。天下分け目の一大決戦がはじまろうとしているのだが、洛陽の南に位置する陸渾に戦火がおよぶ予定はないので、心配はご無用である。

私はのんびりと、さとうきびから砂糖を作ろうとして……断念していた。いちおう黒糖みたいなものはできたのだが、とにかく労力が尋常ではない。燃料だってかかるし、苦みや雑味があって、味もイマイチ。となったところで、やる気がきれいさっぱりなくなった。やっぱり、さとうきび畑を作って、大量の人員を投入するといった、大規模な形でなければ現実的な話ではないのだろう。いつか曹操軍に頼むとしよう。けど、南方じゃないと、さとうきびはとれないしなあ。

そんなある日、忙しいであろう許都から手紙がとどいた。

「たしかに、おとどけしましたよ。それでは!」

と、郵人ゆうじんが元気に走り去っていく。

手紙は二通あった。私あてと司馬懿あてである。私の家にちょうど司馬懿がいたので、彼もここで手紙を受けとったのだ。差出人は、司馬懿の手紙が曹丕からで、私の手紙は関羽からだった。

えっ、なんで関羽?

驚きはしたが、司馬懿がいる手前、「げえっ、関羽!?」というリアクションはやめておく。

「先生は、関羽と面識がおありなのですか?」

「いや……」

私が首をかしげると、瞬時に司馬懿の目尻がつりあがった。

これは、あれです。関羽のことを「面識も紹介もないのに手紙を送りつけてくるとは、無礼なやつめ!」と思ってる顔です。この時代はけっこうな階級社会、差別社会でして、そうした悪習のひとつに、文人が武人を見くだすという風潮があるのです。民衆に対しては思いやりのある司馬懿さんでも、そうした悪弊あくへいから、完全に自由ではいられないのでしょう。

私の手にある手紙を、司馬懿は眉をひそめてにらんでいる。

「ふむ」

私も司馬懿のもつ手紙を見る。しばし思案して、提案する。

「書斎にいくか?」

「はい」

なんとなく、いっしょに見てみよう、という雰囲気だったのだ。曹丕がどんなことを書いているのか、ちょっと気になったし。司馬懿は司馬懿で、関羽の手紙が気になるようだし。なんとなくだけど、そんな空気だったのである。

書斎に入り、肘かけ椅子に座った私は、関羽と曹丕の手紙を机の上にならべた。こうした椅子文化は異民族から伝わったもので、まだこの国ではそれほど広まっていない。ただ、私が愛用しているのを見て、司馬懿や荀彧も椅子を使うようになっている。荀彧の真似をする人は多いから、そのうち広まっていくだろう。

「さて。では、関羽の書簡から見てみるか」

「はい」

横に立つ司馬懿に語りかけてから、私は手紙の封を切って黙読する。

『突然の手紙を差しあげる失礼をご容赦ください。私は司隸河東郡、解県かいけん出身の関羽、字を雲長うんちょうと申します。若き日より義兵に身を投じて、世にはびこる賊を平定せんがため、戦って参りました。武運つたなく戦に敗れ、いまは曹司空の客将として、許都に滞在しております。曹司空には厚く遇していただき、過分にも数多くの賜り物をさずかりました。ですが、私はいずれ主君・劉備のもとにもどる身です。受けとるわけにはいかないと思い、それらの賜り物には封をしております。その中で、たったひとつの例外が、胡先生の発明されたあぶみであります。このあぶみがあれば、主君が千里先にいようとも、たちまち駆けつけることができるでしょう。曹司空から真紅のあぶみを拝領したときの、私の感激はひとしおでございました。ぜひとも胡先生にお礼状をしたためねば、と思い、こうして筆をとることに──』

以下つづいているが、まあ、それはともかく。どこかで聞いたような話である。

人材コレクターの曹操は関羽をいたく気に入って、配下にしようとあれこれ贈り物をするのだが、劉備への忠義をつらぬく関羽は、それに封をして受けとろうとしない。ところが、そんな関羽でも、名馬・赤兎だけはよろこんで受けとった。これは、と曹操は一瞬期待するが、関羽が名馬を受けとったのは、劉備のもとに帰るためであった。という、関羽の忠義をあらわすエピソードである。

……赤兎馬はどこいった? いや、関羽が赤兎馬に乗るのは、三国志演義での創作か。

「なるほど、お礼状でしたか。律儀な人物です」

中身に目を通して納得したのか、司馬懿の顔から険がなくなった。

「ときに訊ねるが、関羽とはどのような人物であろう?」

ふと思いついて、私は訊いた。前世の知識がたしかならば、関羽は士大夫にきびしく、部下に寛容な人物である。対して、張飛は士大夫に媚びて部下にきびしい人物であったはずだ。文面からはそんな印象は受けないが、実際どうなんだろうか。

「関羽ですか……。義理を重んじる人柄で、その武勇は一万の兵に匹敵するとか。風貌は長身で、ひげが長い、と聞いております」

「ふむ……」

私の耳に入ってくる噂とたいして変わらない。司馬懿なら私の知らない情報を知っているかもしれない、と思ったのだが。とくに名士を嫌悪している、という話はなさそうだ。

「では、次は曹丕の書簡を見てみるとしよう」

「……はい」

私は曹丕の手紙を開封する。

『仲達どの、いかがおすごしですか。あなたのことだから、天下の争乱にも我関せずと、学問にいそしんでいるのではないでしょうか。山紫水明な陸渾の風景は、じゃむをひとさじ舐めるたびに、昨日のことのようにくっきりと思い出されます。春光あふれ、緑はいきいきと色づいていることでしょう。花は清々しい香りに包まれ、風はあたたかくなってきました。しかし、白馬城を思う私の心中には、いまだ寒風が吹いています。ああ、袁紹軍に包囲されている白馬の人々は、どのような気持ちですごしているのでしょうか。彼らの身は震え、心は凍えているにちがいありません。弾棋だんぎをしていても、気はそぞろで楽しむことなどできません。一刻も早く出陣せねばと、心ばかりが北へと飛んでいきます──』

……た、ただの手紙なのに、そこはかとなく詩才がにじみ出ておられる。父の曹操・弟の曹植そうしょくとならんで、詩の名手となる片鱗がこんなところで!?

「……ふぅ」

手紙を読み終えたとき、私はため息をもらしていた。なんだか読みごたえがあったのだ。まだ中学生ぐらいなのに。やっぱりこういうのは、もって生まれた才能なのだろうか。司馬懿も無言だったのだが、やがて、消え入りそうな声で、

「先生は……曹丕を弟子にしたいとお思いですか?」

なんでやねんッ!

曹丕を弟子にするなんて、厄介ごと以外のなにものでもないでしょうがッ!

「……天才はいます。悔しいですが」

司馬懿は無念そうな表情を浮かべた。見ていて気の毒になるほどの意気消沈ぶりである。

「うむ」

「残念ですが、私に詩文の才能はありません。それはわかっているのです」

「……うむ」

それは私もわかっていた。司馬懿の詩はなんというか……報告書っぽい。

「仲達、たしかに、おぬしに詩才はない」

「はい……」

「だがそれは、おぬしが感性の人ではなく、理性の人であるからだ」

「…………」

「鳥を見あげて空に思いをはせるのを感性とするなら、鳥が地上を見おろすように全体を俯瞰ふかんするのが理性といえよう。常に理性的な判断を優先しようとする、おぬしの資質は得がたいものだ。常人が得ようとしても、身につくものではない」

「……はい」

「司馬仲達のその資質は、いずれ多くの民を救うであろう。私はそう期待している。そう、大いに期待しているのだ。それと、私が権力と距離を置いているのは、おぬしも知っていよう。曹丕を弟子にするなど、ありえんよ」

私が断言すると、司馬懿は安堵したのか、ほっと息をついて表情をやわらげた。

いや、まさか。曹丕の才能を、司馬懿がうらやんでいる? いやいや、逆でしょう。私が曹丕だったら、「ふざけんな! おまえの頭をよこせ!」といいたいところですよ。

その日の夜、私は関羽に返書を書くため、筆をとった。現時点で名士を嫌っているわけではなさそうだが、気をつけるにこしたことはない。こういうときは褒めるにかぎる。いつも褒めてるような気がする。いいんです、これが私の処世術なんです。

関羽よ。見せてやろう! ベテラン媚びへつらーの力をな!

「ええ~と。関将軍の武名は天下にひびき、と……」

ひげ自慢だから、外見も褒めときましょう。

「火徳の漢王朝の色である赤いあぶみに足をかけ、長いひげをなびかせて戦場をかける姿に、人々は赤龍の化身を見るでしょう──」

こんな感じで、よいのではないでしょうか。

──で、どうやら、よろしかったようで。この件以来、私と関羽は文通するようになるのだった。

建安五年(二〇〇年)、小沛の劉備が曹操に敗れて袁紹のもとに逃走すると、下邳に孤立した関羽はやむなく曹操に降伏した。曹操は関羽の義勇を高く評価して、偏将軍に任命するなど厚遇した。さらに曹操はさまざまな贈り物をして、関羽の心を得ようとしたが、関羽は劉備への忠節をまげず、それらに封印をして手をつけなかった。唯一、赤いあぶみをあたえられたときだけは、「この赤鐙せきとうがあれば、はなればなれになっている主君のもとにも、たやすく駆けつけることができるでしょう」として、これを受けとり、よろこんだという。

関羽 三国志全書

◆◆◆

建安五年四月。袁紹軍に包囲された白馬城を救うため、曹操軍三万五千は北上していた。その途上、本営に集まった部下たちを、曹操が驚かせたのは、これから軍議をはじめようというときであった。

「江東の孫策が、死んだそうだ」

四月四日、刺客に襲撃されて負った矢傷が悪化し、孫策は二十六歳の若さでこの世を去った。後継者に指名された弟の孫権そんけんは、器量の大きな若者らしいが、まだ十九歳である。家中をまとめるために、しばらくは時を費やさねばならないだろう。

「孫策は若く、勇ましく、おそれを知らない強力な指導者であった。個人的な好悪はともかく、我が軍にとって、この知らせは南からの追い風となろう」

浮かれは見せずに、きまじめな表情で曹操は告げた。

この訃報は吉報である。北の袁紹と南の孫策。もし、同時に敵対することがあれば、どれほどの難事となっていたことか。この場にいる者で、それが理解できぬ者はいない。部下たちの顔を、天幕の隅でかしこまっている曹丕の顔を見まわして、曹操は小さくうなずくと、

「あらためていうまでもない。我が軍の目的は、白馬城の住民と守備兵二千の救出である。彼らを救ったうえで、袁紹の鼻っ柱をへし折ってやれれば申し分ない」

誰からともなくあがった笑声が、気負いと緊張と重苦しい空気とを緩和させた。

曹操の視線を受け、荀攸が作戦の説明をはじめる。

「これより我が軍がむかうのは、延津えんしんであります」

白馬にむかうのではなかったのか? と、諸将がざわめいた。

延津は、白馬の西に位置する渡し場である。河水は川幅が広すぎて、橋を架けることができない。船で渡らなければならないため、渡し場をおさえることが、戦略上きわめて重要になる。白馬津はくばしんと延津、この二点が曹操領と袁紹領とを分かつ渡し場であった。

白馬津をおさえているのは袁紹である。袁紹本隊はいまだ対岸の黎陽にとどまっており、先鋒部隊が白馬津に上陸して、白馬城を攻めている。先鋒は郭図・淳于瓊・顔良を大将とする三万であった。一方、延津はまだ曹操の支配下にある。于禁・楽進といった武将たちが一万の兵で先行して、延津を死守していた。

「先行する一万と合わせれば、我々は四万五千だ。袁紹軍三万など、ひと息に蹴散らしてくれよう!」

熱をおびた部下の主張に、曹操は口元をほころばせた。意気軒昂いきけんこうなのは歓迎すべきことである。血気盛んな将が暴走しないように、腐らないように。手綱を握るのは、将の将たる曹操の役割であった。

「白馬に急ぎたい気持ちは、余も同じだ。だが、正面から三万の兵と戦えば、こちらの損害も無視はできん。うしろには袁紹本隊が、無傷のまま牙を研いでいることを忘れてはならぬ」

白馬にいる敵は先鋒にすぎない。ここで勝ちさえすればよい、というものではなかった。くわえて、白馬を包囲する敵軍三万が守備をかためれば、撃破するにも時間がかかる。戦が長引けば、袁紹の援軍が次々と白馬津に上陸してくるだろう。そうなっては勝利もおぼつかない。

「……延津から渡河して、鄴との補給線を断つ、と見せかけます。補給線を断たれ、本拠地周辺を荒らされては、せっかくの大軍も瓦解してしまう。袁紹は我が軍の動きに対処すべく、黎陽から河水北岸を西に移動すると思われます。また、白馬を攻めている三万も、本隊に呼応した動きを見せるでしょう……」

荀攸の静かな口調は、高揚からかけはなれていた。では、消極的な策なのだろうか、と中身を見ればとんでもない。すこぶる大胆な陽動策である。渡河中の軍はもろい。このうえない餌となろう。

袁紹軍の急所を突こうと乾坤一擲けんこんいってきの賭けにでた曹操軍を、河水の南北から挟撃して壊滅に追いこむ。袁紹の目には、さぞ魅力的にうつるにちがいなかった。四海を掌握するにふさわしい、赫々かっかくたる勝利である、と。

「おお。陽動によって、白馬城を包囲している敵軍をふたつに分ける、ということか」

「渡河すると見せかけ、白馬から延津にむかってきた敵を撃破するのですな」

諸将の反応に、荀攸は首を横に振った。

「いえ。我々の目的は、あくまでも白馬の救援です。白馬から延津にむかってくる敵を充分に引きつけたうえで、軽騎兵五千をもって迂回し、白馬に残った袁紹軍を叩きます」

「五千!?

「郭図・淳于瓊・顔良の三軍のうち、一軍が白馬に残ったとして一万、二軍が残れば二万だ。騎兵とはいえ、たった五千でそれを破ろうというのか」

「いや、我が軍の騎兵なら、一万が相手であろうと圧倒できるだろう。しかし、二万となると……」

「白馬に残るのは、顔良軍一万です」

戸惑う諸将に、荀攸は断言した。

「荀攸どの。なぜそう思われる?」

「顔良は勇猛な将だと聞いている。顔良こそ、まっさきに延津にむかってくるのではないか?」

もっともな疑問である。私生活においては口数の少ない荀攸も、軍議では言葉を惜しんでいられない。

「……袁紹軍が白馬城の包囲をつづけるには、一万も兵を残せば足りるでしょう。しかし、延津にむける兵が一万では、各個撃破の格好の標的となってしまいます。ゆえに、二万をむけてくるかと」

こうした軍議をまわすのは、たいてい論陣を張るのが得意な参謀なのだが、その代表例といってもいい郭嘉などは、いつになく発言をひかえている。

今回の戦は、大陸の覇者を決める戦といっていい。筆頭軍師であり、作戦の立案者でもある荀攸の口から説明すべきだ、と参謀たちは敬意をはらっているのだった。

「いかに勇将とうたわれようと、顔良の性格は思慮を欠き、注意に欠ける。そのような将に、一万の兵をあずけるにあたって、袁紹はどう考えたか。……敵地を進軍中に奇襲を受けるような、ぶざまな真似はさけねばならない。できるかぎり動かぬよう、顔良は厳命されていることでしょう」

憶測に、荀攸は物証をつけくわえる。

「郭図・淳于瓊の両軍はそれぞれ騎兵を千騎ずつ有しているが、顔良軍は歩兵のみである、との報告を受けています。敵地で動きまわる役割を、顔良に期待していないがゆえに、このような編成になるのです……」

口を動かしすぎて疲労を感じたのか、荀攸はため息をついた。そして、冴えない声でいってのける。

「……陽動で稼げる時間は、そう長くはないでしょう。短時間で敵を潰走せしめるには、指揮系統を迅速に破壊しなければなりません。狙いはひとつ。顔良の首だけです」


軍議が終わると、ひと足先に天幕を出た郭嘉を、曹丕は追いかけた。日は完全に暮れている。月も隠れ、かがり火が夜の陣営を赤く染めていた。曹丕が声をかけようとした、ちょうどそのとき、郭嘉が立ちどまって振り返った。

「どうしたんすか? 曹丕さま」

「……袁紹軍は、荀攸がいったとおりに動くのか?」

「動くと思いますよ。袁紹の信任から見るに、先鋒三万の動きを決めるのは、公則さんでしょうから」

公則──郭図は、潁川郭氏の人である。同じ一族の郭嘉も知らないではないだろうが、幼いころから肩をならべて学問に励んできた荀攸なら、郭図がどう考えてどう動くかは、手にとるようにわかるのだろう。一から十までいわれずとも、曹丕はそう理解した。

納得した様子の少年に、郭嘉は目を細めて問いかける。

「仮に、曹丕さまが袁紹軍の先鋒三万を指揮する立場にある、としましょうか。袁紹から、『渡河する曹操軍を攻撃しろ』と命令されました。どうします?」

曹丕は腕組みをして沈思黙考する。白馬城を包囲して、すでに二か月近く経っている。わずか二千の兵で守る城を落とせずにいるのだから、袁紹は苛立っているだろう。ここで命令に従わなかったら……。曹丕の眉間にしわが寄った。想像しただけなのに、気が滅入りそうである。功もないまま、失態はかさねられない。これ以上、袁紹の不興を買うわけにはいかない。命令違反なんて、できやしない。

「……オレだったら、白馬城の包囲に必要な数を残して、延津にむかう。そして、孫子にあるように、半数が川を渡るまで待ってから攻撃する。……そのころには、袁紹本隊も同じように、攻撃をはじめているだろうから……」

ためらいながらも、曹丕は兵法書に忠実に答えた。歯切れが悪かったのは、それでは袁紹軍がとるであろう行動とまったく同じだったからで……。つまり、まちがっているのだろう。

「そう。兵法書とは、どう考えるべきかが書かれているのであって、答えが書かれているわけじゃないんすよ」

曹丕の心情を見透かしたように、郭嘉は苦笑した。