私は万感の思いをこめて拱手した。ちなみに、前世の私は孫子の内容なんて知らなかった。この時代で読みました。ふふふ。今世の私、けっこうインテリなのですよ。

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王佐の才。荀彧は若くしてそう称揚された。そこに特別なよろこびも、気負いも感じたことはない。才気煥発かんぱつ、眉目秀麗、いずれは名門荀家をになう人材になるだろう。幼いころから常に期待をかけられていたし、それを裏切らぬよう、たゆまず研鑽を積みかさねてきた。

周囲の大人たちに才能を見定められながらも、それに負けじと自分の器に水を満たしていく。そうした日々を過ごすうちに、彼もごく自然に、周囲の人々の才能や器をはかるようになっていた。ところが、あまりにも振れ幅が大きすぎて、将来の読めない友人がひとりいた。

それが孔明だ。

いっぷう変わった少年だった。たまに奇妙なことをいいだし、ときにその奇抜な発想を実行にうつしては、当然のように失敗する。それは型にはまった退屈な日々を過ごす荀彧にとって、ばかばかしく、それ以上にうらやましく、そしてなにより新鮮なものに感じられた。

長じてから、孔明の異才は天下にむけられた。天下の趨勢すうせいを見きわめるその目は、はるか昔にこの大陸を駆けぬけた偉大な英雄たちと比べても、まったく見劣りしないように思えた。学者としてか、発明家としてか、はたまた宰相としてか。どの道を進もうと、彼はきっと、歴史に名を残すような人物になっただろう。──太平の世であったならば。

孔明は、不思議なほどに血の匂いが似つかわしくない男だった。儒学の大家・荀子の子孫として、道徳を重んじる立場にいる荀彧にしてみれば、孔明の生きかたは好ましく、高潔ですらある。

しかし、いまは暴力と権謀が全てを喰らいつくす時代である。どのような才も天運に恵まれなければ、日の目を見ることはない。孔明の才能は干戈かんかの冬に芽吹くことなく、このまま朽ちてゆくのではないか。彼は生まれる時代をまちがえたのではないか。荀彧はひそかに嘆いていた。

美しい文を書く几案の才でも、君主を補佐する王佐の才でもない。孔明の奥底には、もっと大きな何かが眠っているというのに……。荀彧は幾度となく、そう嘆いていたのである。

「もう出てきてよいぞ」

孔明が退室するや、曹操は誰にともなく呼びかけた。その声に応じて、荀彧と郭嘉が衝立ついたての裏から姿をあらわした。

曹操は、「群臣をならべて飾り立てているようでは、賢者と胸襟きょうきんをひらいて語りあうことなどできはしまい」と一対一の対話を望み、荀彧と郭嘉は、「推挙した身としてその場に同席したい」と申し出ていたのである。

「見事にフラれてしまいましたね」

「おまえたちの予想どおりにな」

郭嘉にあっさりとした口調でいわれ、曹操は肩をすくめた。

「……いかがでしたか、孔明は」

彧はいささか慎重に訊ねた。

「うむ。耳をそばだてている邪魔者さえいなければ、脅してでも部下にしていたのだがな……。もっとも、おまえたちが衝立の裏に身をひそめていたことは、胡昭も気がついていたようだが。ふふふ、あの男、この余に君主の道を説いていきおった」

言葉のわりに、曹操に気を悪くしたそぶりはない。郭嘉がうなずいて、

「孔明先輩のことですから、オレたちが聞き耳を立てていたことにも、気づいていたでしょうね」

もちろん、まったく、全然、気づいていなかった。

「うむ。たいした男よ。なるほど、おまえたちの称賛もうなずける。あれぞまさに天下の大賢であろう」

そうと知らぬ曹操は、孔明に対して賛辞を惜しまなかった。

「…………」

その評価を、荀彧は自分のことのようにうれしく思った。漢室の庇護者として、諸侯に号令をかける曹操が認めたのだ。いずれ孔明の名は、天下の隅々までひびきわたるであろう。

「余はあきらめんぞ。いつの日か、あの男も手に入れてみせよう。といいたいところだが、それより気にすべきことがある。……余に忠誠を捧げる、という言葉だ」

周囲に人の気配がないか探るように、郭嘉の視線が宙を動いた。

「曹司空ではなく、曹操さまに……っすね」

「うむ……。漢王朝の司空にではなく、この曹操にだ……」

曹操のひとみ白刃はくじんのような鋭い光がよぎる。

「あの男は、もはや漢王朝には天下を治める力はない、そういったのだ」

気圧けおされて、舌がまわらなかっただけである。だが、「いいまちがえただけなのでは?」などと指摘する者は、この場にいなかった。その呼びかたの変化に、どれほど重大な意味があったのか。孔明の声は震えていたではないか。三人が三人とも、その意味を即座に理解したうえで、まったく同じ結論に達してしまったのだから、異論など出るはずもない。

「……孔明は、そのときを迎える覚悟をせよ、と伝えたかったのでしょう。そのときこそ君主のあるべき姿を忘れてはならぬ、と私たちに説いたのです……」

彧は目を伏せた。漢王朝の天運が尽きれば、とってかわるのは誰か。袁紹と曹操がその座を争うのはまちがいない。孔明のことだ。曹操が勝つと予測しているだろう。それは近い将来、曹操が簒奪者となることを意味していた。

そのとき自分はどうすればいいのか? 荀家の者として、道にはずれた簒奪はふせがねばならない。だが、犬馬の労をとって、曹操を現在の地位へとのしあげたのは他でもない、荀彧自身であった。

孔明は、荀彧の身に訪れるであろう苦境を予見して、示唆しさしたのだ。かつて韓馥と袁紹とのあいだで板挟みになったことがあるが、あのときとは比較にならぬほど、漢室と曹操とのあいだで悩み苦しみ、身動きがとれなくなるときがくるであろう、と。

そればかりか、孔明は大切なことを思い出させてくれた。民とともにあること。それこそが君子のあるべき姿であり、道なのだと。漢室か曹操かで悩むくらいなら、民のためになるか否かで悩むべきである。民とともに生きるみずからの道をしめすことで、そう叱咤激励してくれたのだ。

そう。民とともにあること。それさえ忘れずにいれば、荀彧は過去の選択にとらわれることなく、胸を張って生きてゆける。

「ふぐっ、……うぅっ」

彧の胸にこみあげるものがあった。目頭が熱くなるのを感じずにはいられなかった。荀彧が孔明を心配していたように、孔明もまた荀彧の身を案じてくれていたのだ。

「……くっ、ぅぅっ」

口元をおさえ、荀彧はむせび泣くのを懸命にこらえた。何事にも動じぬ荀彧が、こうも取り乱すのはめずらしい。その様子を、曹操と郭嘉はどことなく微笑ましそうに眺めていたが、

「さて、部下にはしそびれたが、胡昭を放置しておくわけにはいかん。もし敵方につけば厄介な存在となろう。あの男を余につなぎとめておくにはどうしたらいい?」

「オレに妙案があります」

郭嘉が自信ありげに献策する。

「孔明先輩は民の暮らしをささえるために、農具の開発に力を入れています。その農具を屯田制に取り入れることで、我々との関係を強固なものにしてはいかがでしょうか?」

我が意を得たりとばかりに、曹操はうなずいた。

昨年より曹操がはじめた屯田制は、従来の兵士による屯田にとどまらず、民間人を動員するという、これまでにない画期的な政策であった。耕作放棄地と流民が増える、戦乱の世ならではの土地政策といえる。そこで働く人々は軍民を問わず、あらたな農具に触れ、その性能に歓喜し、発明者の名を心に深くきざみこんだ。中央官庁に招かれながらも、それをなげうち、万民のために心を砕く。その人物を、人々は親しみと敬意をこめて、孔明先生と呼んだ。

また、これを機に、いずれ破局を迎える運命にあった曹操と荀彧は、漢王朝滅亡後の治政についても議論を交わすようになる。

時の迷い人、孔明自身が気づかぬうちに、歴史の流れはゆるやかに、だが確実に変わりはじめていた。