王都で入学試験を受ける一か月ほど前のこと。

 セージはラングドン家で騎士たちに混ざって訓練をしていた。

 そして、今は訓練場の端で休憩している。

 騎士たちは五対五の模擬戦をしており、先ほどまでセージもそこに加わっていた。

 訓練はHPが二割を切ったら戦闘不能を申告することが基本だ。

 HPが0になるまでは戦わないため、をすることはない。

 セージが怪我をしてしまったのは、ちゃをしたからである。

 今までは途中でお茶を飲んで疲労回復しつつ訓練に参加していたが、限界まで耐えた方が鍛えられるのではないかと考えたのだ。

 それは間違いではないのだが、セージの場合は防御力、HP、そして体力も騎士たちに比べるとかなり低い。

 お茶休憩をとらずに訓練を続け、相手の剣を避けようとした時に、疲労から足の力が抜けてしまった。

 そして、ちょうど首に直撃を受けて、三割は残っていたHPが0まで削られたのである。

 しかし、訓練中にかすきずではあるが怪我をして、外されてしまったのである。

 セージは失敗したなと思う程度だったのだが、セージよりも研究所長を怪我させてしまった騎士の方が慌てて大騒ぎになった。

 HPの加護により怪我などはなかなかしない世界である。

 衝撃で転げて擦り傷を負っただけだといっても心配され、セージはしばらく見学させられることになったのだ。

 そんなセージの隣に、そっとルシールが座った。

「無茶をしたな」

「そうですね。いやぁ失敗しま……ルシール様! 戻ってたんですか! というか、髪切ったんですね!」

 隣を見て驚くセージに、にやりとルシールが笑う。

 ルシールとはドラルで別れてから約二か月ぶりだった。

「ああ、さっき着いたばかりだ。よく髪を切ったことに気づいたな」

「いやいや、それは誰でも気づきますよ」

 以前のルシールは肩を過ぎたくらいの髪をポニーテールにしていたが、今は肩上のボブカットになっており、結ぶような長さではない。

 セージはそのあたり鈍い方ではあるが、さすがに一目でわかる変化だ。

「総長へ報告に行く時何人かに会ったが、母からしか何も言われなかったぞ」

「あれ? そこまで切ったら印象が全然違いますけどね」

「……それなら、気をつかわれていたのかもしれんな。貴族令嬢が髪を短くするなんていいものではない」

「そうなんですか? でも、似合ってますよ?」

 その言葉にルシールはきょとんとしたあと、視線を外して短くなった髪を触った。

「そうか。まぁ、その、それならよかった」

「それで、早速訓練に来たんですか?」

 訓練するのが当然といった顔で問いかけるセージに、ルシールがじとっとした目を向ける。

「おい、さっき着いたばかりだと言っただろ。私のことをなんだと思っている」

「えっ? 訓練じゃないんですか?」

 セージはわざとらしく驚いた表情をした。

 こんな風に訓練好きをネタにしてくるのはセージくらいなのだが、悪い気はしない。

 それでもルシールは一つため息をついてから答える。

「セージがここにいると聞いて来たんだ。伝えることがあったからな」

「僕に伝えることですか?」

「カテ峡谷にあった薬草の群生地の山側に珍しい素材があっただろ? 木の根元にあったきのこだ」

 それはしんこうから逃げている時に、たまたま見つけた茸である。

 セージはそれが欲しいとルシールを通して村長に頼んでいたのだ。

 ただ、茸を採取するよりもカテ峡谷のばしを修理することが先で、さらにルシールが村を離れていたこともあり遅くなっていた。

「マシマシ茸のことですね?」

「マシマシ茸? あれはそんな名前だったのか」

「変わった名前ですよね。けど、いろいろな調合に使える良い素材なんです。それで、採取してくれそうですか? 群生地とかあったりします?」

「群生地は見つかっていない。頼めば採取してくれるが、なかなか見つけるのが大変らしいな」

「そうですか。まぁそれは仕方ないですね」

 セージは特に残念がることもなくうなずく。

 マシマシ茸は単体だと何の効果もないが、多くの調合レシピに加えるだけで一ランク上の効果になるという優れた素材である。

 ゲームでも非売品で、特定の場所に採取しにいき、一つしか手に入らない代物だった。

 なので、もともと群生地はないだろうと考えていたのである。

「それに、道から外れて探索する必要がある。村人には危険だな」

「魔物がいますからね」

「そうだな。それに……」

 そこでルシールは小難しい表情でよどみ、セージは「何か問題があったんですか?」と問いかける。

「そもそも村で育てているらしいぞ。別に採りに行かなくても──」

「育てているんですか!?

 勢い込んで言うセージに、ルシールは予想通りだと思いながら、ふふっと笑った。

「あぁ、結構しいらしいな。煮ると良いがとれるようだ」

「いや、それは良いんですけど、まさか育てられるとは思いませんでした。村で茸の栽培をしている様子はなかったんですけど」

「芋の改良をした村長がいただろ? その村長が茸を次の特産物にしようと家の裏で栽培を始めていたらしいな。手間がかかるし、まだ量は多くないから道楽のようなものだと言っていたが」

「それでも十分ですよ。村長有能じゃないですか。他のものの栽培も頼めませんかね? とりあえずは、収穫物を購入できるんですか?」

「あぁ、必要であれば収穫でき次第納品するとのことだ」

「さっそく頼んできます!」

「もう頼んであるぞ。しばらくしたら届くはずだ」

 立ち上がりかけたセージをルシールがとどめる。

 セージならそう言うだろうと考えて、先に手配していたのだ。

「さすがですね。ありがとうございます。それで帰ってくるのに結構時間がかかっていたんですか?」

「いや、それはすぐに話がまとまったから関係ない」

「じゃあランク上げですね?」

 キラリと光るセージの目に、ルシールはあきれたような目を合わせる。

「まったく。ランク上げのことしか頭にないのか」

「マスターが近づいていたところでしたからね。ランクを上げたくなるかと思いまして」

「まぁ、その気持ちもあったし、ランク上げにもなったんだが、きっかけは違うぞ。魔物の対応に困っている村の話を聞いてな。そこで、依頼を受けていたら遅くなったんだ」

 吊り橋の修繕が着々と進んで完成に向かっていた時、ドラル南の村から魔物が急増して助けてほしいという依頼があった。

 村のすぐ近くで採取している者が襲われたなど、普段魔物が現れないところまで来ているとのことである。

 その青年は村長の息子で、討伐依頼を出すために大きな町まで走っているところだった。

 出現する魔物はレベル的に格下で、ランクに影響しないとわかっていたが、そんな窮状を聞いて放っておくことはできない。

 迷いなくその依頼を受けて南へ向かい、魔物を減らすと共に、原因となったボスを討伐した。

 そして、ボスのいた場所のさらに奥地にルシールのランク上げに適した魔物がおり、ついでに討伐していたのである。

「ルシール様らしいですね」

「セージも頑張っていたようだな。ランク上げや研究だけでなく訓練にもずっと参加しているらしいじゃないか」

「戦闘訓練ができる機会は貴重ですから。少しは剣でも戦えるようになりたいですしね」

「それなら私が稽古をつけてやろう」

「いいんですか?」

「約束していただろう? 初めて会った日にな」

 それはセージがこちらの世界に来てすぐ、スライムから助けてもらった時のことだ。

 ルシールはセージがしっかり訓練を続けていたら指導すると言っていた。

「覚えていたんですね」

「当然だ。もう準備はできているな?」

「はい!」

「じゃあ一対一の模擬戦にしよう。パーティーを組むぞ」

 パーティーを組むのは訓練で相手のHPを0にしないようにするためだ。

 二人は訓練用の剣と盾を持ち、数歩離れて向かい合う。

「いつでもいい。まずは剣のみで攻撃してこい」

「お願いします!」

 セージはさっと構えるとじりじりと間合いを測り、一歩踏み出して剣を振るった。

 その時にはルシールの剣が迫っている。

 セージは盾を構えて、攻撃の手を止めない。

 しかし、セージの攻撃は防がれ、ルシールの攻撃は盾をくぐり直撃する。

 力は加減されているが、レベル差もあり衝撃は大きい。

「盾の位置に気を付けろ! 視界が遮られているぞ!」

 セージはさらにフェイントを入れつつ二撃三撃と攻撃を仕掛けるが、ことごとく受け流されて軽い反撃を受けた。

 さらに動きを予測して攻撃しようとしたら、逆にその隙をつかれる。

 慌てて盾に身を隠して下がったが、追撃が直撃した。

「動きを読み間違えても焦るな! そういう時こそ型がきる!」

 型とはラングドン流剣術の型のことだ。騎士団に入った者は必ず学ぶ剣術である。

 それは一撃必殺の技などではない。

 剣で戦う基礎になる動きが凝縮されている剣術。

 それは対人だけでなく、様々な種類の魔物相手にも考えられているものだ。

 時には考えるより先に反射で動かなければならない瞬間がくる。

 そういった時にも、体に染み付いた型が活きてくるのだ。

「盾を怖がるな! 上体を反らさずに足を使え!」

 盾での攻撃を体を反らして避け、バランスを崩したセージに指導が入る。

 ルシールは徐々に攻撃に転じていた。

「相手の攻撃を制御するんだ! 魔法を使う隙を作れ!」

 セージの基本は魔法使いである。近接戦闘の中に魔法を取り入れることは必須の技術だ。

 今は魔法を使わずに戦っているが、実際には魔法を使いながら戦うことになる。

 そして、相手は魔法を使わせないように攻撃してくるだろう。

 それに対処する必要がある。

 こうして、セージが疲労で転げるまで稽古は続くのであった。


     * * * * *


「なかなかやるじゃないか」

「そうですか? ルシール様に全く当たる気がしませんでしたけど」

 セージはそう答えながら、ゆるゆると自分で用意したお茶を飲み、疲労回復に務める。

 セージの攻撃は避けられ、弾かれ、受け流され、結局一撃もルシールに直撃することはなかった。

「体格もステータスも私の方が上だ。それに私は力がないからこそ技術を磨いてきた。そう簡単にやられるわけないだろう?」

「それはわかっているんですが、もう少し戦えるようになっているかと思っていたんですよね」

「だが、以前見た時よりかなり成長している。着実に強くなっているぞ」

「それなら良いんですけどね。ルシールさんに勝てる未来が見えません」

「セージはこれから成長する。あと五年もたないうちに、体格もステータスも私を超えるだろう。魔法の力はすでに超えられているしな」

「ルシール様は勇者になりますし、ゆくゆくは同じようなステータスになるかもしれませんよ。まぁ、もしステータスで上回っていたとしても勝てる気はしませんけど」

「そうそう負ける気はないが、ステータスの差は大きい。いつかは追い抜かれる日が来るだろうな」

「そうですか? ステータスに頼っていては強くなれない、鍛練こそが強くなるけつだって教わりましたよ?」

 ルシールはそれに反論しようとして、ハッと気づいた。

 その言葉はセージと初めて会った日にルシール自身が言ったことだ。

 当時のルシールは本当に鍛練こそが強さになると思っていた。同じ職業とレベルであれば実際にそうだろう。

 ただ、今はステータスの差が非常に大きなものだと知っている。

 ルシールは貴族令嬢の中であれば圧倒的に鍛えられているが、屈強な騎士と比べるとやはりSTRなど力の部分で劣ってしまう。

 学園に入学したばかりの頃、ルシールはトップクラスの実力で、さらに誰よりも実技に力を入れたが、卒業する頃にはトップになるどころか体格差から数人に追い抜かれていた。

 訓練の重要性はわかっているものの、どこかでステータスが高い方が絶対的に有利だという考えになっていたことにルシールは気づく。

「どうしました?」

 少し驚いた表情で固まっていたルシールをセージが不思議そうに見ていた。

「いや、何もない。私もまだまだ鍛練が必要だと思っただけだ。よし! 休憩は終わりにするぞ!」

 ルシールは気弱な自分を振り払うように勢い良く立ち上がる。

「はい!」

「今度は特技、魔法全てありだ。開始時も少し距離を取る。全力で来い。私も全力を尽くす」

 そして、再びルシールとセージの戦いが始まる。

 セージが王都に行くまでの間、訓練場では二人の姿がよく見られるのであった。