ケルテットの町に着いた後、休息を取るかと思いきや忙しく過ごすことになった。

 それは、勝利の宴を開くことになったからだ。

 しんれいの撃退はハードな作戦だったものの、ちょうど一時間で終わっている。

 ケルテットに戻ってきてもまだ昼過ぎであった。

 そのため、昼は軽く済ませて、晩の宴に向けて動き出したのである。

 なぜ昼から動き出すのかといえば、食料の問題があったからだ。

 通常、宴といえば、町の酒場などで行われるが、今は酒場どころか、どの店も閉まっている。これは神霊亀が襲来していたので当然のことだ。

 ただ、セージたちも神霊亀が迫っていたので急いでおり、食料はそれほど多く持ってきていない。

 そうなると、森で食材を調達するしかなかった。

 セージとルシールはしばらく安静にする必要があるが、他の者は体力的には問題ない。

 ジェイクとマルコムがかまどや火の準備、その他のカイルパーティーとギル、騎士団が急いでホーンラビットやワイルドベアを狩りに行った。

 そこで活躍したのは騎士団のメンバーである。領内のことなので土地勘があり、負い目を抱えていたこともあって、率先して必死に動いたのだ。

 なんとか討伐と解体が間に合い、孤児院の敷地内で、勝利の宴、バーベキューが開催された。

「神霊亀撃退を祝って乾杯!」

 ルシールの音頭に皆が「乾杯!」と声を上げる。

 皆のコップに入っているのは酒、ではなくお茶だ。

 流石さすがに短時間で酒を作ることはできないので仕方がない。

「ぷはーっ! いいね! でも酒があればもっと良かったんだけど」

「だよねー!」

 そんなことを言っているマルコムとミュリエルに、肉を焼き始めたセージが割り込む。

「あれっ? マルコムさんってお酒飲めるんですか?」

「当たり前だよ! 何歳だと思ってるの!」

「ええっと……」

 憤慨するマルコムに対して、セージは自分の身長と比べるような仕草をする。

「身長と年齢は関係ないからね!」

「冗談ですよ。いつも飲んでないので飲めない体質なのかと」

「まったくもう。普段は飲まないけどさ。依頼もあるし。でもこういった大きな戦いの後はやっぱり飲みたくなるんだよ」

「だよね! 明日走って領都に行って飲もうよ!」

「明日!? さすがに急すぎ!」

「ミュリ、ちゃを言うな」

 本当に走っていきそうなミュリエルにカイルが突っ込んだ。

「えー、だってこんな戦いの後に飲めないなんて物足りないじゃん」

「ミュリは飲みすぎるからちょうどいいだろ」

 ミュリエルが不満を言い、カイルが言い返す。

 そんなやり取りを無視して、ヤナがセージに話しかけた。

「セージ。神霊亀が吐いていた火炎が魔法と物理両方の攻撃になるって話。その考察について……」

 その内容はもちろん魔法のことだ。

 戦いの前から気になってはいたのだが、流石に重要な戦いの前に魔法談義で時間を取るわけにはいかず、戦いの直後はしばらくセージが疲弊していたので我慢していたのである。

 そんな中、ジェイクは我関せずとばかりに肉を焼いていた。

 意外と火の扱いがく、肉が調達されている間に手際よく竈と調理に適した火をこしたのだ。

 肉を焼いているのはセージとジェイク、ギルの三人だ。

 ギルはこういったバーベキューのようなものが好きらしく、自ら率先して焼きたがった。

「ジェイクもどんどん焼けよ。肉はまだまだあるんだからよ」

「その肉はじっくり焼いた方がいい。右側の火力を弱くしている」

「ん? あぁなるほど、そのためにこうしてんのか。あっそういや、これ使うか? 塩の塊なんだけどよ、色が違うだろ? こいつがな……」

 ギルとジェイクは意外と気が合うようで仲が良さそうである。

 騎士団の五人は、バーベキューが始まる前は魔物の調達と解体をしていて、最初の乾杯の後からはルシールから順番に謝って回っていた。

 本当は戦うためではなくルシールを連れ戻すために参加していたこと、同じ前衛の三名、特にマルコムに迷惑をかけたことなどについてである。

 マルコムは文句を言いたいところだったが、反省の色を示す騎士たちを責めるのもはばかられて、結局「今日の出来事、感じたおもい、この先も忘れないように」とたしなめる程度に収めた。

 そして、五人はセージのところにも来ていた。

 直接言葉には出していなかったが、セージに対して不満そうにしていたことを、マルコムから指摘されたのだ。

「まぁ、特に気にしていませんから。それより、ほらちょうど焼き上がっていますよ。この辺全部いけます。早く食べましょ。って、あれ? お皿は? 早く持ってきて!」

 謝られてもセージは何とも思っていなかったので、肉の食べ頃の方が大事だった。

「おい、セージも食べているのか? 焼いてばかりいないで食べるんだぞ」

 そう声をかけるのはルシールだ。

「実は意外と食べているんですよ? 孤児院の子たちとこうやって食べることもありましたから、慣れているんです」

「本当か? 疲れたら交替するんだぞ」

「わかってますって。そうだ、ルシィさんも焼いてみます?」

 そのセージの言葉にルシールはすんなりとうなずく。

「そうだな。挑戦してみようか」

「おっ、いいですね。どうぞどうぞ」

 セージはにっこりと微笑ほほえみながら道具などを渡す。

 ルシールは渡されたトングを手に取り、網に肉をのせた。

 その瞬間、じゅわっという音と共に炎が上がる。

「っ!」

 驚きに一瞬目が丸くなったルシールを見てセージがニンマリと笑った。

「それは脂が多い部分ですね」

「先に言ってくれ」

「何事も経験が大事ですから。あっ、ほら、早くあれを裏返してください。それはこっちにけて、焦げちゃいますよ」

 こうして時間は過ぎていき、肉はほとんど食べ切って、少しずつ片付けに入る。

 騎士団の面々が率先して片付けをするので手が空いたセージは、少し離れたところに座っているルシールの隣に座った。

「ルシィさん。改めて今日はありがとうございました。ルシィさんがいなかったら死んでいたと思います」

 そう言いながら隣に座るセージ。

 セージは神霊亀の攻撃を受けてからの記憶がなかったが、皆から戦いの後に気を失っている間のことを聞いていた。

 全員がセージを助けるために動いたが、真っ先にセージを助けに走ったのはルシールだ。

 そして、倒れたセージを守り続けた。

 まさかそんなことになっていたとは思わず、改めてルシールに感謝したのである。

 ルシールはそんなセージをちらりと見て、視線を前に戻した。

「助けられたのは私の方だ。セージがいなければ私が死んでいただろう。守るつもりが守られてしまった」

「そんなことありませんよ。ルシィさんが前で守っていてくれたからこそ、後ろで魔法に集中できたんですから。最後の突進は僕の想定外というか、読みの甘さのせいですし」

「魔物との戦いで想定外など当然のことだ。どんな状況になろうと、私がセージを守り切れなかったことに変わりはない。あの時、一瞬、気が抜けたんだ」

 ルシールは自分の手を見つめる。

 その手はかすかに震えていた。

 神霊亀の突進を何とか避け切ったと思った瞬間のこと。

 セージが吹き飛ばされた光景が、鮮明に思い出される。

 守るべき者を失う恐怖が焼き付いていた。

「それは仕方ありません。あれは知らないと避けられませんから」

 それが当然だというように答えるセージに、ルシールは自分には強さも経験も足りないと感じる。

「私は勇者になって自分の力を過信していたようだ。私一人でも神霊亀と戦うと意気込んでいたが、たいしてわかった。私一人では町を守るどころか、神霊亀の歩みを止めることさえかなわなかっただろう」

 ルシールはセージに視線を合わせる。

「町を守ってくれてありがとう」

 セージはそのまっすぐな瞳を見返した。

「こちらこそです。故郷の町を一緒に守ってくれてありがとうございます。次こそは想定外の失敗なんて起こさないよう、しっかり倒し切ってみませますから」

「あぁ、私も次こそは、必ず守り切ってみせるからな」

 セージはそこでふと思い付いたように小指を立ててルシールに向けた。

「じゃあ約束ですね」

「それはいいが……その小指はなんだ?」

 ルシールは急に向けられたセージの指を見つめて首をかしげる。

「指切りげんまん知りませんか?」

「聞いたことがないな」

「じゃあやってみましょうか。ルシィさんも同じように指を出してください」

「……こうか?」

 ルシールが戸惑いながらも同じように小指を向けると、セージが指を絡ませる。

 その行為にルシールは固まった。

「はい、それでは。指切りげんまん、うそついたら針千本のーます、指切った」

 歌い終わると同時に、パッと離れる指と指。

 ルシールはそれを見ながら、しばしぼうぜんとしていたが、ふと我に返る。

「ちょっと待て。なんだその不穏な歌は」

「子供が約束する時によくやるんですよ」

「子供が? 聞いたことはないが、どういう意味なんだ?」

 その質問にセージは「えっと……」と思い出すようにして答える。

「指を切って約束するから、破ったらげんこつで万回殴り、さらに針を千本呑ませるっていう意味ですかね?」

 ルシールはそれを聞いてセージに疑わしそうな目を向ける。

「何なんだその恐ろしい歌は。本当に子供が歌っていたのか?」

 ルシールの言葉にセージは少し笑いながら答える。

「本当にするわけじゃありませんからね。それくらいの気持ちで約束するってことですよ」

「まぁいい。約束を破る気もないからな。次に神霊亀が動き出すまでには誰にも負けないほどに強くなろう」

「そうですね。ただ、神霊亀よりも魔王の方が復活が早そうですね。あと数年後でしょうし」

 またしても出てきた魔王の話にルシールは驚く。

「そうなのか? どうしてそんなことがわかる?」

「それは……秘密です。確証はないですし」

「いや、セージが言うならそうなのだろう。神霊亀にやられている場合ではなかったな。早く強くならないと」

「まぁ、神霊亀より魔王の方が弱いですけど」

「えっ? そうなのか?」

「何をもって強いとするかにもよりますが、神霊亀を倒す方が難しいでしょうね」

「まったく、どうしてそんなことがわかるんだ」

 それには答えず、悪戯いたずらっぽい笑みを向けるセージに、ルシールは仕方ないなといったように小さくため息をついて答える。

「まぁ……どんな相手であろうと、守り切ることに変わりはない」

「さすが、ルシィさんです。僕も早く強くならないといけませんね」

 そんなセージに微笑み、そして、真剣なまなしを向ける。

「必ず、強くなる」

 ルシールは覚悟を込めて、そうつぶやくのであった。