セージはルシール、カイルパーティーと共にラングドン領都に降り立ち、領主や研究所への挨拶と買い物を済ませるとすぐにケルテットの町までやってきた。

 ラングドン騎士団は来ていない。ついてきたのはギルとルシール直属になった五人の騎士だけである。

 その騎士たちはルシールの賭博に付き合わされた者たちだ。男三人女二人、としは二十から三十の間で比較的若い。

 男性ばかりのラングドン騎士団で女性の騎士はこの二人だけである。

 他領では女性の方が多くなりがちな魔法騎士団でさえ、ラングドン領魔法騎士団の女性の割合は二割に満たない。

 非常に珍しい存在と言えた。

 一人は巨人族のクォーターで、ギルと同じくらい背が高く体格が良い。

 もう一人は純人族ながら同じくらいの身長で、腕の長さを生かした、しなやかな攻撃を得意とする。

 二人共優秀な騎士だ。

 騎士たちを含めてセージのパーティーは十三人。前回しんれいと戦った騎士千人と比べると圧倒的に少ないが、ラングドン騎士団は領都で待機しているため仕方がない。

 ラングドン騎士団が動かなかったのは、セージが必要ないと言ったこともあるが、当主のノーマンが神霊亀を倒すためには領都にある兵器が必要だと考えているからだ。

 神霊亀がラングドン領に襲来する可能性は、八年前からわかっていたことである。

 かつての戦いに参加していたノーマンは普通に戦っても勝てないと思い、大型のどきゅうや投石器を作らせていた。

 大型なので長距離移動はできない。領都に神霊亀が来たとき迎撃するための兵器である。

 ノーマンはセージとルシールがケルテットの町まで行くと言い出した時はすぐに止めた。しかし、二人共行くと断言したのだ。

 ルシールの中でラングドン家への執着はなくなっており、好きに生きると決めている。ノーマンに止められるものではなくなっていた。

 ルシールの覚悟に何を言っても無駄だとすぐに悟ったノーマンは、急いでルシールを慕う者たちを直属につけて、何か危機があれば引きずってでも連れて帰るようにと密命を授けたのである。

 セージはケルテットの町に着いてすぐに、頼んでいた装備品を受け取りに回った。

 もしかしたらすでに避難していないかもしれない、と思って急いだのだが、ガルフやジッロ、ティアナ、ローリーまで待っていた。

 それぞれが依頼通り仕上げてくれており、ローリーはセージ用にと隠して置いてあった高品質薬などをくれた。

 ケルテットの町の住民はほとんどいなくなっており、異様な静けさになっている。

 ナイジェール領が滅亡したことは誰もが知っていることであり、さらにラングドン騎士団が領都で待機することが伝わって町の人は我先にと逃げ出したのである。

 宿屋も開いていないため、セージたちは孤児院に泊まることを決めた。

 孤児院を出てから半年もっていないので、ほとんど変わっていない。

 勝手を知っている上に調理師をマスターしているセージが手早く料理をして皆に振る舞う。

「ご飯を食べたら作戦会議と軽い訓練ですからね。あっ、そこはマルコムさんの席ですから一つずれてください」

「えっ僕の席は決まってるの?」

「マルコムさんだけじゃないですよ。少し料理の内容を変えてるんです。調理師をマスターしているので、それぞれ作戦に合ったステータス補正がかかるように調整しています」

「そんなことまでできるんだね! あたしは肉が好きだからこの料理でうれしい!」

「僕も肉がいいんだけどなぁ」

 マルコムは目の前の魚の干物を見下ろしながらぼやく。

「騎士の方々は役割が一緒なので全員同じものですけど、もし調整したいステータスがあれば言ってくださいね。さて、いただきましょうか」

 全員そろって食事前の祈りをささげる。

 この世界のスタンダードな祈りは手を胸の前で組み、静かに心の内で女神リビア様に祈ることだ。

 セージは表面上はみんなと同じにしているが、心の内では『いただきます』と言っているだけである。

「すみません。家具を少し小さめで作っているので使いにくいですよね」

「確かに食べにくいな」

 セージの言葉に返事をしたのはルシールだ。

 セージとマルコムはまだしも、ルシールとヤナでも身長は百七十センチ程度あるので孤児院の椅子や机はキツそうである。

 ルシールは遺伝のためか背が高く、ヤナはエルフ族だからだ。エルフ族の場合、男女共に百七十センチ前後で差がほとんどない。

「ルシィはまだいいじゃん。あたしなんてこれだよ? 背中が丸くなっちゃう」

 ミュリエルも他の者もそれ以上の体格なので、非常に窮屈そうに食事をしている。

 それに騎士たちは少し緊張しているようで、気持ち的にも窮屈そうであった。

「確かにミュリよりかはマシか」

「それを言ったらマルコムはちょうどだけどね」

「ちょっと待って! 僕だって小さいと思ってるよ! ほら!」

 ちょっと背を丸めて食べるマルコム。

 普段は普通の椅子と机を使っているため本人は小さく感じるのだが、見た目には違和感がなかった。

「えっ? ぴったりじゃん」

「確かにな」

「いやいやいや! そんなことないって! セージも言ってやってよ!」

 身長が近いセージに同意を求めるが、セージはすました顔で答える。

「僕はちょうどいいですけど」

「裏切り者!」

 嘆くマルコムはくされて魚にかじりつく。

「それはそうと、作戦会議とは何をするつもりだ?」

「作戦会議というか、戦い方を伝えるだけなんですけどね」

 疑問に思うルシールに少し照れながら答えた。

 セージは作戦会議という言葉の響きが気に入って使っただけなのだ。

「俺はあいつに勝てる気がしねぇんだが、何か策があるのか?」

 この中で唯一、神霊亀と戦ったことのあるギルが質問し、セージはサラッと答える。

「策というほどのものはありませんよ。神霊亀って基本的にデバフも状態異常も効かなくて防御のステータスが最大なんです。さらに、HPは大きさによりますが小さくても一千万を超えるという超耐久型。そのくせに回避不可の超遠距離魔法や一撃死確定の物理攻撃力を持つ怪物ですからね」

「おいおい、そんなやつに策もなくどうやって勝つつもりだよ」

「正面突破ですね」

 ギルは齧ったパンを飲み込んでため息をつく。

 他のメンバーは食べながらも耳はセージとギルの話に集中していた。

「お前なぁ、前回それで騎士たちが千人やられてんだぞ。ほとんどが近づく前に魔法で一撃だ。中には死んだやつだっている」

「そうでしょうね。神霊亀の魔法攻撃に耐えられる人はいませんから。でも今回は僕がいます。補助はしてもらいますけどね」

 セージは当然のように言う。それは事実を述べるかのような口調であった。

「僕が盾になって攻撃できる範囲まで皆さんを連れて近づきます。正面から突破できるんですよ」

「それで正面突破したあとは? 八年前の俺でさえHPを削った感覚なんてほとんどなかったぞ。なのに相手の攻撃は一撃でHP0だぜ? どうするつもりだ?」

「確実にHPを10削る武器を用意しています。神霊亀の攻撃パターンの内いくつかの攻撃には大きな隙があるんですよ。その間に総攻撃を仕掛けます。それ以外は一撃入れて逃げるを繰り返してください。タイミングは事前に教えますよ」

「それで? 相手のHPは一千万だろ? 一撃で10じゃ終わらねぇぜ。千人いりゃいいが、今は十三人だ」

「まず倒すのは無理ですよ。途中で確実に全滅しますから。目標は一時間でHPを百万以上削って撃退することですね。主体は僕が魔法でHPを削りますので大丈夫です」

「そうか。魔法で撃退できるなら剣で攻撃する意味はあるのか? 攻撃しろと言われたらするがな」

「もちろん意味があります。物理攻撃をしないと僕が狙われ続けて、カイルさんが死にます」

 急に名前を出されたカイルが驚く。

「おい、なぜそこで俺が出てくる。勝手に殺すな」

「いやぁ、それが作戦なんで。詳しいことは後で話しますが、カイルさんにはスケープゴートを使って僕の代わりにダメージを受けてもらいます。あっ、ダメージっていうのはHPが削れることを指しています」

 この世界には英語の言葉が少なくて伝わらないことがたまにあるため、セージはなるべく言葉の説明を入れるようにしていた。

「神霊亀へのダメージソースは僕なので狙われやすいんですけど、物理アタッカーがいると攻撃パターンが増えるんですよね。踏み潰し、のしかかり、しっ攻撃、スモークあたりを引き出してくれると……」

 ただ、頭の中ではゲーム用語で考えている。意識していないとそのまましゃべり、何も伝わらないことも多い。

 セージは皆の表情に疑問符が浮かんでいることに気づき、簡単に言い替える。

「つまりは前衛がいないと後衛が死ぬので、騎士の皆さんは後衛を守るためにたくさん剣で攻撃してくださいってことです」

「そうか。詳しいことはまだ何もわからねぇが、それで追い返せるってんならいい。後でちゃんと教えろよ。それに、守るために戦うっていうのは悪くねぇな。騎士の本分だ」

 ギルは満足そうにうなずく。

 他の騎士たちはセージが何者なのかという疑問を抱きながら、ギルが信頼し納得しているので文句は出さなかった。

 今度はルシールが質問する。

「私も攻撃役に入るのか?」

「いいえ、ルシィさんはカイルさんと共に盾役をお願いします」

「私は攻撃でもなくスケープゴートも使わないのか?」

 ルシールが不満そうな声を上げる。

 勇者になった自分がどれだけできるのか試したい、そして、自分だけが安全なところにいるのは嫌だという気持ちが強い。

 あとわずかにセージの役に立って良いところを見せたいという気持ちがあった。

「カイルさんがスケープゴートを使うのはこの中でHPが一番高いからです。だから、カイルさんは僕のためにHPを温存しててほしいんですよ。つまり、ルシィさんにメインで僕を守る盾役になってもらいます」

「そうか。それならいいんだ」

「期待していますよ。僕は精霊士プラス装備で耐魔法専用になってるんです。物理攻撃に弱いので、直撃したらカイルさんが倒れますからね」

「俺が一番危険じゃねえか」

 にらむカイルに対して、にっこりと笑顔を向けるセージ。

「そうなった時は私がスケープゴートを使う。全身全霊でお前を守ろう」

「ありがとうございます、ルシィさん。でも、先にカイルさんの回復を優先してください。『リバイブ』、得意ですよね?」

 ルシールはマーフル洞窟でセージから発音を教わり『リバイブ』を唱え続けた。

 その魔法発動速度は最速と言っていいレベルである。

「ああ、誰よりも速い自信があるぞ」

「速い?」

 次に声を上げたのはヤナだ。

「ああ。セージ直伝だからな」

「ちょっと聞かせて」

「ほう、気になるのか?」

「同じパーティー。せいと回復のタイミングを合わせるため」

「なるほどな。だが、並みの回復魔法より速いぞ」

「私の、回復魔法が並みの速さかはわからない」

 いつになく挑戦的なルシールにヤナも言い返した。そんな二人にセージが割り込む。

「訓練は後でしますから、とりあえず食事を済ませましょう」

 こうして、ゆったりとした決戦前夜を過ごすのであった。


     * * * * *


「忘れ物はないですか? それぞれ役割は覚えていますか? 不安があったら聞いてくださいね。それでは出発しまーす」

 セージはまるで遠足に行くかのように号令をかけて歩き出した。

 夜明けすぐの出発で辺りはまだ薄暗い。両側に森が広がる道には闇が残り、不気味に見える。

 だが、セージに続いてミュリエルも気楽な声を出した。

「なんだか遊びに行くみたいだね!」

 緊張感のないミュリエルをカイルがたしなめる。

「気を緩めるなよ。神霊亀以外にも魔物はいるんだ」

「どうせ神霊亀に会うのは昼頃になるんでしょ? それに、この辺の魔物って弱いしさ。襲われるならホーンラビットがいいなぁ。おいしいし」

 夜目がきくミュリエルにとって、夜明け過ぎの明るさがあれば苦にならない。

 それに、けの香水を使っているため、高レベルパーティーのセージたちに近づく魔物はいないだろう。

「油断するな。神霊亀によって魔物の種類も変わってるかもしれんぞ」

 気楽なミュリエルに対して、カイルがいつものように注意する。

 そこにセージが入り込んだ。

「まぁまぁ、今から気を張っていても仕方ありませんし」

「ほら! カイル、聞いてる?」

「でも、突然魔物が飛び出して不意を突かれることだってよくあります。油断は禁物ですね」

 その言葉にミュリエルはうめき、「セージってすぐカイルの味方するよねー」とねる。そんなあいあいとした空気も神霊亀に近づくにつれて薄れていき、緊張感が漂い始めた。

 そして、目的地に辿たどく。

 そこはウルル荒野と呼ばれる場所で、点々と岩が転がっている荒れた土地である。

 森と比べると障害物が少なく大地もしっかりしているため戦いやすい。

 ここで待ち構えるために夜明けから歩き出していたのだ。

「とうとう神霊亀が見えましたね。いやぁちょうどいい時間に着きました」

「あれが、神霊亀……」

 まだ全体像は見えず、亀の甲羅の上部分しか見えていない。しかし、そこだけでもわかる巨大さに、セージ以外、皆じっと見つめる。

 ギルは苦々しげな表情だった。

 かつて戦い、そして惨敗した相手だからだ。

「さて、休憩しますか。神霊亀も見えたことですし」

 セージは拾っておいたまきを魔法で乾燥させ火をけて、持ってきていた鍋を出して水を入れる。

 生活魔法にお湯を出す呪文はない。

 お湯が必要な場合は水を沸かす必要があるのだ。

「お茶を用意しますので保存食でも軽く食べましょう。まだ顔も見えてないんですから大丈夫ですよ」

 神霊亀を前にしても変わらないセージを見て、詰まっていた息が吐き出された。

 ルシールがセージの隣にあった石に腰をおろす。

「セージはいつも変わらないな」

「そうですか? これでもわくわくしてる時も不安になる時もありますよ」

「ほう。今の状況でも不安がなさそうだが、例えばどんな時不安になる?」

「うーん、そうですね。ルシィさんが勇者になれるまでは不安でしたよ? 確信はありましたけど、実際になれるかどうかはやってみないとわかりませんし」

 そのセージの言葉で周りの空気が変わった。セージはともかく、ルシールが上級職になっていることに驚いたのである。

「おい、そんなにあっさり言っていいのか? 一応勇者になったことは隠していたんだが」

「えっ? そうだったんですか? ルシィさん直属の部下って聞いてたんで、てっきり話しているものかと」

「私はそんなに口は軽くないぞ。それに、勇者になった、なんて気軽に言えるわけないだろ」

「あー、僕が精霊士ってことも言っちゃいましたけど。まぁいいか。騎士の皆さんは内密にお願いしますね」

 人差し指を口に当てて、しーっとする。騎士たちは戸惑いながらも頷いた。

「おい、セージ。そんなに簡単なことでいいのか? 重要な秘密じゃねぇのか?」

 ギルの疑問は当たり前のことだ。

 当然、騎士たちも頷いてはいるが同じようなことを思っていた。

 勇者を目指した騎士たちはごまんといる。ギルでさえ試行錯誤したことがあるくらいだ。

 それでもこの国では初代勇者以外なれた者はいないのである。その情報の価値は計り知れない。

「ややこしいので秘密にしていましたが、お世話になった人には言ってもいいかと思いまして。ギルさんに教えてもいいですよ。勇者のなり方」

「なっ! 本当かっ!」

「ええ。助けてもらいましたから」

「……助けた?」

「キングリザードマン戦ですよ。二人で戦ったじゃないですか。あれは僕一人では勝てませんでしたね」

 ギルは特に助けたというつもりはなかった。あれはギル自身のミスで、むしろ助けられたと思っている。

 しかし、勇者になる方法を知れると聞いて心が躍ってしまい、否定することもできない。

「その後のマーフル洞窟でも助けてもらいましたし。ルシィさんにはスライムからも助けてもらいましたね。カイルさんたちにはワイルドベア戦、他にもキラーパンサーとエルダートレント戦もありました。どれも僕一人では死ぬところでしたよ。それのお礼ってことです」

 セージは氷魔法でセン茶の温度調節をしたり粉末を加えたりしながら続ける。

「命を助けてもらってますから。あっ、勇者じゃなく他の上級職がいいなら言ってくださいね」

「勇者のなり方を教えてくれ」

 即答するギルにセージが笑顔で言う。

「わかりました。神霊亀を撃退したら勇者を目指しましょう。さて、お茶を飲みましょうか。一服したら戦闘準備をしてくださいね」

 各自が差し出してくるコップに疲労回復効果を持つセン茶をベースにブレンドした特製茶を注いでいく。

 これはラングドン領都からの移動の中で何度もあった光景だ。

 騎士たちは最初、セージが用意するものに驚いていたが、だんだん慣れてきていた。

 しばらくすると神霊亀の姿は全体像が見えるほどに近づいてくる。

 その姿をじっと見るセージは真剣な表情だ。

(何か小さくないか? シリーズ最小が九メートルだったよな。それよりも一回り小さい感じがするぞ。リアルで見てるからかな?)

「大丈夫か、セージ」

 いつになく難しい表情をするセージを見て、ルシールが問いかける。

「大丈夫ですけど、なんだか思ったより小さいんです」

 ルシールは神霊亀を見て、再びセージを見る。

「小さい? あれが?」

「ええ。僕が知っている大きさではないですね。行動パターンが一緒だといいんですけど。ありがたいことにHPが想定より低いかもしれませんね」

 ルシールにはわからない領域であり、理解するのを諦めて「そうか」と答える。

「皆さん、撤退の合図は覚えていますね? 光玉もしくはインフェルノが発動したら最優先で逃げてください」

 声だと聞こえない場合があるため、光玉という強力に発光する玉を合図に使うことが多い。

 ただ、不発になる可能性も考えて魔法など他の方法での合図も決めておくのが一般的だ。

「では神霊亀の攻撃と共に突撃します。しっかりついてきてください」

 そう言ってセージは一番前に立ち盾を構える。

 神霊亀の長距離魔法『エクストリームレイ』、通称『かめこうせん』を受けるためだ。

 光線なので、発動したとわかった瞬間には当たっているという回避不可能の技だ。

 ただし、光線を発射するタイミングには法則性がある。

 三連続で発射した後、次の発射まで十秒ほど間隔が空く。

 また、甲羅には三百六十度十六方向に亀光線の発射場所となるクリスタルが付いているのだが、一方向に一つしかついていない。そして、狙われるのはその方向にいる一番前の者だ。

 作戦としては、神霊亀が三回光線を放った後十秒間まっすぐに走る、を繰り返すというシンプルな方法である。

 どこから攻撃範囲に入るかわからないため、セージは盾に隠れるようにして構えてじっと待つ。

 そして、神霊亀の歩みが止まった。

「来ます!」

 そう言った瞬間、光線がセージをみ、強烈な衝撃が襲う。

っ……!

(想像より重い! 光のくせに!)

 ダメージは『スケープゴート』を使ったカイルの方にいっているが、衝撃までなくなるわけではない。

 ガッと足を踏みしめて耐える。わずか一秒間だが、終わった瞬間にふらつくほどであった。

 そして、一秒後には二撃目が来る。

(くそっ、受けるしかないか!)

 二撃目は一撃目にいた場所、三撃目は二撃目にいた場所を狙う。それがわかっているため、二撃目と三撃目はけるつもりでいたが、実際にはそうくはいかない。

 何とか体勢を整えて構え、二撃目も盾で受け止めた。

 強烈な衝撃も来ることがわかっていれば、何とか体勢を崩さずに耐えることができる。

 HPも全く問題なかった。『スケープゴート』は一撃しか守ってくれないが、カイルは『スケープゴート』を再び唱えている。

 そして、ヤナ、ジェイク、マルコム、ミュリエル全員が回復魔法を準備しており、カイルがダメージを受けた瞬間に回復していた。

(よし、これなら!)

 攻撃が終わるタイミングを見計らって、思い切り横に飛んだ。

 ギリギリで攻撃範囲から外れ、セージの足元をかすめるようにして亀光線が通り過ぎる。

「進みます!」

 セージは一回転して起き上がり、神霊亀に向けて走り出した。


     * * * * *


~Side クリフ~


 騎士団の一人、クリフは神霊亀の甲羅を見て、ここに来るまでに起こった様々なことを思い出す。

 約五日前、神霊亀が領都に向かってくるという情報が届いて、騎士団は大忙しになった。

 通常訓練は全て中止。訓練場の倉庫に眠っている大型兵器を出して、全ての点検・整備を命じられた。

 大型兵器とは弩弓と投石器だ。構造はそこまで複雑なものではない。

 しかし、まだ試作段階で大型兵器を使った訓練は全くと言っていいほどしていなかった。兵器を触ったこともない者もいるくらいだ。

 点検と言っても何をしていいかわからない。

 ラングドン家ようたしの大工を呼びつけて、整備の仕方や使い方を学ぶところから始まった。

 そして、矢や石をそうてんし目標に当てる訓練が始まる。

 クリフたち若い世代はなぜ剣で戦わないのかと思いながらも、領主や上官の命令があるため装填方法や狙いの付け方を学んだ。

 避難者の波が収まれば、大型兵器を領都の外に運び、最終訓練をして本番になる。

 装填速度と命中率を上げたいのだが、時間がないためなかなか難しいところであった。

 そんな中、急に領主ノーマン・ラングドンから呼ばれ、ルシール直属の部下になった。

 神霊亀討伐に参加し、危機があればルシールを連れて帰るよう使命を与えられたのだ。

 断れるはずもなく了承すると、ルシールからセージやカイルたちを紹介され、そのままケルテットの町に向かって出発した。

 クリフの他に騎士団で選ばれたのは、キース、ニック、アンナ、メリッサの五人で全員が第二騎士団の仲間だ。

 ルシールは、名目上は第二騎士団の所属である。訓練の時は一緒に行動しているため第二騎士団から選ばれた。

 ちなみに女性騎士のアンナとメリッサは、ルシールが第二騎士団に配属される前に入隊している。

 女性騎士の入隊は第二騎士団に激震が走ったと言っても過言ではない出来事だったが、直後にルシールが入ったことで納得した。

 ルシールのために入れたのかと皆思ったのだ。

 ただ、二人は新人とは思えないほど練度が高かった。

 小隊長と同等の戦いを繰り広げて、新人にしては破格の待遇、分隊長からのスタートである。

 これに対して負けてられるかと奮起した者も多く、結果として第二騎士団全体に良い影響を与えていた。

 クリフ、キース、ニックの三人は、実力があり、未婚だということで選ばれている。

 それに、ルシールの賭博に付き合っていたことがノーマンにバレていたということもあった。

 ルシールからの提案なのでおとがめなしであったが、それがこのようなことにつながるとは思ってもみなかったことだ。

 クリフはケルテットの町に進みながら、皆の会話を聞き、がくぜんとしていた。

(ルシール様のことをルシィって呼ぶなんて。セージさんは研究所長だから良い、のか? 他はただの冒険者だよな? もしかして貴族、には見えないけど。俺もルシィ様って呼んだ方がいいのか?)

 様々なことが一気に起こりすぎて何がなんだかわからないまま飛ぶように時間が過ぎ、決戦前夜になっても混乱は増していくばかりだ。

(何でセージさんが作戦を決めてるんだ? 騎士団の訓練に混ざってるのは見たことあるけど子供にしてはすごいってくらいだったはずだろ。というか、セージさんが神霊亀の魔法を防御して、魔法で撃退するってそんな作戦で良いのか? ちゃだ。そもそもこの中でギルさんしか神霊亀と戦ったことないじゃないか。ギルさんもみんなも何で納得できるんだ? 今は逃げるわけにはいかないが、大丈夫なのか?)

 クリフは全てのことに疑問が出ると言っても過言ではないほどであった。

 就寝の時は孤児院だったため、騎士団にも部屋があてがわれる。

 翌日は早いため少しの時間しか取れないが、一つの部屋に五人で集まった。その時も今回の作戦の話ばかりだった。

「この作戦って大丈夫なの? ノーマン総長からルシール様を守れって言われてんのに」

 ノーマンのことをラングドン男爵ではなくノーマン総長と呼ぶのは、ラングドン騎士団の中では騎士団の位で呼ぶのが伝統であるからだ。

 ルシールの場合は、立場としては団長に近いのだが、戦いには出ないため団長は別にいる。

 騎士団所属なのでラングドン男爵令嬢ではなくルシールになるのだが、ルシールと呼ぶわけにはいかないためルシール様で通っていた。

「俺たちが作戦に口を出せるわけないだろ。ギルさんまで納得してるんだからな」

 アンナに答えたのはキース。ガタイが良くて顔もいかついが、この中で一番真面目である。

「それはそうだけど」

「今のうちにルシール様をさらって逃げたら良いんじゃない?」

 そんな無責任なことを言うのはニックだ。生活態度も訓練も真面目なのに、口を開くと不真面目になるので、変わり者と言われている。

(もしかしたらそれが正解なのかもしれないな)

 普段は「そんなことするわけないだろ」と一笑に付されるとこだが、今回は皆一瞬それもありかと思ってしまった。

「今そこまではできないが、いざとなったらルシール様を担いで逃げよう。逃げる合図でも決めとくか?」

「それいいね。メリッサはどう思う?」

 クリフの提案にアンナが乗り、メリッサに問いかける。

 メリッサは巨人族のクォーターで、訓練の挨拶などは人一倍大きな声を出すが、もともと無口なタイプであまりしゃべらない。

 メリッサは頷いて「それが良い」と答える。

「撤退って叫べばわかりやすいんじゃないか?」

「ルシール様に聞こえたら警戒されるだろ。不意をついてにでも連れていかないと。絶対最後まで逃げないしな」

 真面目なキースにクリフが答える。ルシールは騎士道精神が強いことで有名だ。

 自分を後回しにして人を守るために戦うことを信念としていた。

 それは美徳ではあるのだが、だからこそノーマンはルシールを戦場に連れていかないのである。

「じゃあ手で合図しようよ。こんな感じでどう?」

 ニックが親指を立てて後ろに振る。

「いいんじゃないか?」

「それでいこうよ」

 その後、細かい取り決めをしながら就寝。次の日に出陣して、神霊亀の甲羅を見たのだった。


「とうとう神霊亀が見えましたね。いやぁちょうどいい時間に着きました」

「あれが、神霊亀……」

(これは……無理だ)

 まだ全体像は見えず、亀の甲羅の上部分しか見えていない。

 しかし、そこだけでもわかる巨大さに、クリフはじっと見つめる。

「さて、休憩しますか。神霊亀も見えたことですし」

 クリフはセージを見て思った。

(こいつ、ちゃんと見えてないのか? あんな巨大な化け物の攻撃の盾になる? ちゃんとわかってるのか?)

 しかし、ルシールがセージの隣にあった石に腰をおろして普通に話し始めたので、口をつぐむ。

(ルシール様もどうして……)

 話の中に出てきた『勇者』の一言に、クリフは固まった。

(ルシール様が勇者? まさか、そんな……)

「あー、僕が精霊士ってことも言っちゃいましたけど。まぁいいか。騎士の皆さんは内密にお願いしますね」

 セージが人差し指を口に当てて、しーっとする。

 クリフは精霊士が上級職であることを知らなかったが、話の流れで薄々わかり始めていたのだ。クリフは戸惑いながら頷く。

「おい、セージ。そんなに簡単なことでいいのか? 重要な秘密じゃねぇのか?」

 ギルの言葉にクリフも心の中で同意する。

(そうだ、そんな軽く言われても……って、ギルさんも勇者に? もしかして、この戦いで結果を出せば俺も……いや、ルシール様を助けるのが、でもルシール様は勇者だよな。この戦いでも大丈夫なのか?)

 ギルが勇者のなり方を教えてもらえるとわかって、クリフの心は揺れ動く。

「わかりました。神霊亀を撃退したら勇者を目指しましょう。さて、お茶を飲みましょうか。一服したら戦闘準備をしてくださいね」

 各自が差し出すコップにセージが特製茶を注いでいく。

 クリフもこれはありがたかった。

(これはすごいよな。地味ではあるが、さすが研究所長だ)

 しばらくすると神霊亀の姿は全体像が見えるほどに近づいていた。

 その姿をじっと見るセージは真剣な表情だ。

(やっとこの大きさに気づいたか。これでも戦うつもりか?)

 クリフはそう思っていたが、セージの言葉は全く異なる。

「大丈夫ですけど、なんだか思ったより小さいんです」

 クリフは神霊亀を見て、再びセージを見る。

(小さい? あれが?)

「小さい? あれが?」

 クリフの心の声とルシールの声がシンクロする。

「僕が知っている大きさではないですね。行動パターンが一緒だといいんですけど。ありがたいことにHPが想定より低いかもしれませんね」

「そうか」

(えっ? そうか、って納得した? なぜ?)

「皆さん、撤退の合図は覚えていますね? 光玉もしくはインフェルノが発動したら最優先で逃げてください」

 クリフたち騎士団の面々は別の合図も考えているため頷き合う。

「では神霊亀の攻撃と共に突撃します。しっかりついてきてください」

 そう言ってセージは一番前に立ち、盾を構える。

 クリフたちはセージから少し離れたところに集まっている。

 近くや真後ろだと神霊亀の攻撃に巻き込まれ、離れすぎると別のところから攻撃を受けるため立ち位置には注意していた。

「来ます!」

 セージがそう言った瞬間のことだ。

 音もなく放たれた光線は一瞬でセージをした。

 クリフは直感的に、死んだ、と思った。

 想像を絶する一撃に退避の合図を出すことも忘れる。

 この時、この瞬間に、上官が言っていたことが理解できた。

 ラングドン騎士団の若手が納得しないまま大型兵器を準備していた時の言葉である。

『神霊亀はまともに戦う相手じゃねぇ。もし、これを使って倒せない時は、領民を連れて逃げろ』

 それを聞いた時はラングドン騎士団の者が何を言っているんだと思った。クリフ以外の若手もそう思っただろう。

 しかし、それは違った。

 たった一撃。

 それだけで神霊亀との力の差を思い知った。

 これを見て、逃げることなく立ち向かえた上官に尊敬の念さえ抱く。

(上官の言う通りだ。こんなのは戦う相手じゃない)

 光の奔流は一秒でせた。射線上に転がっていた岩が消し飛び、地面がバチバチとぜる音がする。

 そして、セージが立っていた。

 わずかにふらついたのを見て、クリフは思わず一歩踏み出した。

 それをつかんで止めたのは、ルシールだ。

「スケープゴート」

 カイルのその一言と共に再びセージは光に呑まれた。『スケープゴート』は一撃しか身代わりできないので、すぐにかけ直したのである。

(スケープゴートを使っているからといって耐えられるのか?)

『スケープゴート』によってセージのHPは減らない。だからといって無敵になるわけではないのだ。

 ダメージ相応の衝撃は受ける。

 そして、HPを大きく超えるようなダメージを受けてこんとうすることは、騎士をしていれば一度は経験することだ。

 今回、HPの低いセージが盾役になっているのは、セージの魔法防御力でしか耐えられないからである。

 ヤナであればまだしも、クリフが代わりに盾役をやろうとしても無理だろう。

 一撃で昏倒し、『スケープゴート』を使った者もHP0になり、終わりである。

 クリフは本当に大丈夫なのかとルシールを振り返り、その一切の迷いがない強いまなしに息を呑む。

 ルシールはセージを信じていた。

 次にセージが見えた瞬間、セージは思い切り横に飛ぶ。

 ギリギリで攻撃範囲から外れ、セージの足元を掠めるように亀光線が通り過ぎた。

「進みます!」

 言うが早いかセージは神霊亀に向けて走り出している。

 皆それに続き、クリフは慌ててついていった。

 そして、十秒走ると立ち止まり盾を構える。クリフたちは少し離れて待機。神霊亀の攻撃が済むと再び走り出す。

 これを繰り返した。

 セージは繰り返す度に進化していく。

 三回目には二撃目。五回目には一撃目すら避けられるようになっていた。

 一人先を行き一切ひるむことなく神霊亀に突き進むセージ。

 ただただ自分の故郷を守るために立ち向かう後ろ姿を見続ける。

 クリフはこれが英雄かと思った。

 そして、クリフは自分のことを恥じた。

 自分はここに来るまで何を考えていたか。

 神霊亀を見てからは、どうやって逃げよう、ということばかり考えていたのではないか。

(これじゃあ、どちらが騎士なのかわからないな)

 クリフは気合いを入れ直し、迷いを捨てた。

 少しずつだが確実に神霊亀に近づいていく。それに従って神霊亀の大きさが明確に感じられるようになり、その存在感だけでクリフを圧倒していた。

 しかし、クリフは足を止めない。

 まるで、セージに導かれるように進んでいく。

 そして、とうとう目前。

 あと一度の光線を避ければ剣が届く、というところまで来た。

 その時、大地がうなるかのようなほうこうとどろく。

「グラァァアアアアァァァ!!

 体を揺さぶる咆哮。

 根源に響く威圧はセージたち全員の動きを止める。

 そして、咆哮を終えた神霊亀がセージたちをにらけた。

 いわおのような甲羅から伸びる足が皆を踏み潰す。そんな想像がクリフの頭に浮かんだが動けなかった。

 真っ先に動き出したのはセージだ。

「ルサルカ、サモン!」

 氷の精霊ルサルカの召喚。

 銀の長い髪をなびかせ、鋭い目を持つ女性の姿をした精霊ルサルカが、ダイヤモンドダストをまとい現れる。

「マウント!」

 セージはあえて大声で特技を叫んだ。

 精霊ルサルカがセージにひょういする。

 すると、セージの髪が銀に変化し、周りに氷の結晶が漂う。

 それと同時に、カイルとギルが動き出した。

「ルシィ、セージの前へ! ヤナ、ジェイク、支援!」

「お前ら! 行くぞ!」

 号令と共に全員が動き出す。

 ルシィ、セージ、ヤナ、ジェイク、カイルが後衛。

 ギル、ミュリエル、マルコムが第一前衛、騎士団五人が第二前衛である。

 クリフがセージを追い抜いた時、声が響いた。

「ヘイルブリザード」

 氷の特級魔法が発動する。虚空に無数の氷のつぶてが現れ、猛烈な吹雪ふぶきとなり神霊亀に襲いかかった。

 クリフたちは荒れ狂う氷のそばを駆け抜ける。

(これが氷系特級魔法……すさまじい威力だ)

 クリフは火系特級魔法『インフェルノ』しか見たことがなかったため、氷系は初めて見た。

 当主が代わり、魔法に力を入れ始めた時、不満を漏らす者もいたが、クリフは特級魔法を見て仕方ないと感じていたことを思い出す。

 神霊亀の近くまで来ても魔法は途切れることがなく、神霊亀の半身は氷の嵐にさらされ続けている。

「まずは俺たちが行く! お前らはここで待機だ!」

 ギルは騎士団に指示を出し、ミュリエル、マルコムと共に突撃。

 三人はAGI上昇のマルコムのバフにセージのアイテム疾風薬、さらに速度上昇の腕輪を装備しているため動きが全く異なっていた。

 今回は全員固定剣テンを装備しているため、攻撃力ではなく速さが重要なのだ。

 騎士団の五人はバフがかかっていることは知っているが、アイテムの効果の大きさをわかっていないためきょうがくする。

 マルコムにいたってはそれに加えて、小人族由来の速さ、さらにAGIが上がる暗殺者の職業補正が加わっているため、三人の中でも飛び抜けた速さだった。

(これが一級冒険者の力か)

 冒険者は騎士になれなかった者や荒くれ者がなる、という印象があり、騎士団の中では冒険者を下に見るような空気がある。

 それは、あながち間違いではない。冒険者の中には、そういう者も一定数いる。

 実力がなくとも冒険者になるのに制限はないからだ。

 だからといって、全ての冒険者が騎士に劣るとは言えない。

 カイルたちは並みの騎士ではちできないほどの実力を持っている。

 クリフはどんどん自分の中の常識が壊れ、変化していくのを感じていた。

(俺がこの戦いの中に入るのか)

 全てが常識外れの戦いで、自分が取り残されたような気持ちになる。

「それで、いつになったら逃げるんだ? 俺はいつでも逃げられるけど」

 急にニックが軽く言った。あえていつも通り、少しからかうような口調で。

 騎士団の中で高まっていた緊張感が少し緩まる。

「様子見だよ様子見。私たちが逃げた後で神霊亀が撃退されたりしたらどうする。逃げ損だぞ」

 アンナが言い返すが、キースが「俺は!」と声を上げる。

「俺は、騎士でありたい」

 そう一言こぼしつつ、神霊亀と戦う者たちに目を向けていた。

 この世界で騎士とは、ただ単に馬に騎乗して戦う者ではない。

 誇り高き精神を持ち、民を守るために戦う者のことだ。

 これは理想論であり、実際は貴族に認められた兵士を騎士と呼んでいる。

 ただ、この時キースが言ったのは理想としての騎士。

 その気持ちはクリフたちにも宿っていた。

 それは、全員が戦いを食い入るように見ていることからもわかることだ。

 軽口を言ったニックでさえ戦いから一度も目を離していない。

 キースのまっすぐな意見にアンナが慌てて言う。

「私だってそう思ってるさ!」

 ニックも両肩を上げておどけたように言う。

「皆が怖がってるように見えたから言っただけさ」

 その時、神霊亀の動きに変化が見えた。

「結局のところ俺たちは騎士だってことだろ。守るために戦おうぜ」

 騎士団の五人はギルの合図と共に走り出した。


     * * * * *


~Side マルコム~


 マルコムはセージの姿を見て、驚いたような、当然だと思うような不思議な感覚を持った。

 神霊亀の光線を一手に引き受け、後半からは完全に見切っていた。

 さらに、神霊亀の咆哮から誰よりも早く立ち直り、攻撃を開始することで全員を復帰させる。

 驚愕する出来事だがセージなら当たり前かという気分だった。

(だからこそ、ついていこうって気になるんだけど)

 マルコムはギルとミュリエル、騎士団と共に神霊亀に向けて走り出しながら思う。

 そして、ちらりと後ろからついてくる騎士団の面々を確認した。その顔つきは出会った頃とは全く異なっている。

(戦う気になっているようでよかった。急に逃げたりするんじゃないかとヒヤヒヤしたよ。まっ、セージの姿を見ると気合い入るよね。俺たちもだけどさ)

 マルコムはミュリエルとギルも雰囲気が変わっていることを感じていた。

 そして、それはマルコム自身も、である。

 奮い立つ心にあるのは少しの悔しさ。

 セージが盾となり剣となって神霊亀に立ち向かい、それに他の者は追随していく。

 セージは作戦会議で適材適所という表現をした。実際、今のセージ一人で神霊亀と戦うのは厳しい。

 しかし、セージ以外の誰かが一名欠けても特に問題はないだろう。

 そして、セージがいなければどうすることもできず、神霊亀に敗北するのは目に見えている。

 セージと肩を並べられる実力に達していないと感じて悔しかった。

(今は自分の役目を果たすことに集中!)

 マルコムたちのそばを無数の氷の礫が豪雨のように飛んでいく。

 神霊亀の前方はセージの魔法があるので、後方に回り込んで後ろ脚を攻撃する計画だった。

「まずは俺たちが行く! お前らはここで待機だ!」

 ギルが騎士団に言い、ミュリエルとマルコムと共に突撃する。

 三人の中で動きが最も速く、動きに慣れているマルコムが先行し、神霊亀に一撃を入れた。

 かすかにダメージが入った感触があった。

(よし! いける!)

 普通の戦いであれば剣撃は会心を狙うものだが、今回はどれだけ力強く攻撃しても10ダメージにしかならない。

 だからといって軽く当てるだけだと攻撃判定されないためダメージは0になる。

 攻撃として判定される程度の力でなるべく多く攻撃回数を稼ぐことが、この戦いで求められることだった。

 ミュリエルとギルはパワータイプ、特にギルは力を重視している。

 それに、騎士団で培った剣技が染み付いており、曲芸じみた動きやわざと手を抜いた攻撃などは難しい。

 今回はギルが指示、マルコムがメイン、ミュリエルがサブになっていた。

(一撃一撃が小さすぎて無視されてるからめっりにできるけど、なんか複雑な心境)

 神霊亀はまだ近距離攻撃をしていないので攻撃の機会は多い。

 ただし、神霊亀が歩くと地響きが起こり風圧を受ける。

 バランスを崩したりすると危険だ。マルコムの防御力では歩いているところに当たるだけで大ダメージになる。

 マルコムたちは攻撃を続けていたが、神霊亀は火炎を吐き、岩を飛ばしセージに向かって攻撃しながら歩いていく。

(役に立ってるのかな? まだ攻撃が足りない? ちょっとくらい歩みを止めて!)

 近距離攻撃をするのは神霊亀の注意を引き、隙を作るためだ。これで無視され続けたら、意味がなくなってしまう。

 マルコムは縦横無尽に斬りかかり、ダメージを稼いでいく。

(たかが10だけどもう百回以上は斬ったよね!? まだ足りない!?

 心の内で文句を言いながらも動きは冷静だ。神霊亀の後ろ脚を斬りつけ続ける。

「下がれ!」

 ギルの鋭い声に反応して全力で逃げる。これを言われる時は、神霊亀が近接攻撃の起点となる動きをした時だ。

 戦いの前にセージから、神霊亀の動きの解説をされていた。

 こんな動きをしたらこうなるから逃げろ、この動きの後はチャンスだ、などを全て覚えている。

(やっときた! えっ!? やばっ!)

 神霊亀は完全にマルコムたちを見ており、尻尾の攻撃が勢いよく迫り来る。

 ミュリエルとギルの位置は逃げやすい右脚の外側だが、マルコムは右脚の後ろや内側から攻撃を仕掛けていた。

 近接攻撃を誘うために、あえて危険な場所を選んでいる。

(意外と速いな!)

 遠くから見ると鈍重に感じるが、間近で見るとかなり速い。

 ただ、マルコムはその速度を超える。マルコムがいた場所にワンテンポ遅れて尻尾が通り過ぎた。

 周りから見るとギリギリに見えたがマルコムの中では違う。

(威圧感がすごくて逃げたけど、あと一撃加えても間に合ったかも)

「すまない。指示が遅れた」

 ギルがそう声をかけた。

 ギルは戦いながら神霊亀の動きを観察している。

 そういう役割になったからというのもあるが、体に染み付いた動き、剣の型があるため、他のことに注意を向けやすいのだ。

 それに、元騎士団長としての経験もある。

 ただ、事前に説明をされているとはいえ、実際に動きを見たわけではない。

 初見で歩く動きと攻撃の動きを見極めるのは容易なことではなかった。

「あれくらいで十分さ」

 事も無げに言うマルコムにギルはニヤリと笑う。

「頼もしいな。余裕があるなら、さらに遅れても大丈夫そうだ」

「いや、全っ然余裕ではないから!」

「それなら俺も攻撃に集中できるぜ」

「ギルは神霊亀の動きに集中して! というかむしろ攻撃しなくていいよ!」

 そんな軽口を掛け合ってマルコムは神霊亀に向かっていく。ギルとミュリエルも後に続いた。

 次に変化が起きたのは、それからほどなくしてのことだ。

「煙だ!」

 ギルが騎士団に合図を送ると走ってくる。

 その間に甲羅の隙間からスモークのように煙が噴出し始めた。

 亀系の魔物はそれぞれ状態異常を起こす煙の特技を持っている。

 ビッグタートルは睡眠、リーフタートルは毒などと決まっているが、神霊亀は亀系の煙全てが混ざっており、毒、睡眠、、混乱、鈍重の五つの状態異常になる。

 しかし、状態異常無効の腕輪を装備しているマルコムたちにとっては隙でしかない。

 マルコムたちは右腕に速度上昇の腕輪をつけており、左腕に状態異常無効の腕輪をつけている。

 複数つけても最後につけた腕輪の効果になるため、一度腕輪を外してつけ直すことで効果を切り替えていた。

 騎士団も含めて八人全員で総攻撃を加える。

 煙の噴出が終わっても、漂う煙でまだ視界が悪い中、ギルの声が響く。

「跳べ!」

 その声に反応できたのは五人。

 次の瞬間には地面の激震と共に地をうような烈風が襲う。

 騎士団のアンナ、キース、クリフは震動で体勢を崩され風に吹き飛ばされた。

 神霊亀がのしかかる攻撃を行ったのだ。

 煙を噴出している隙にマルコムが神霊亀の下に少し入り込んで攻撃をしていたからだ。

 神霊亀が押し潰そうとしたのだが、マルコムはしっかりと逃げている。

 跳んで逃れた者も風の影響はあるが吹き飛ばされるほどではなかった。

 着地した後、再び攻撃を開始する。吹き飛ばされた者も戻ってくるが、神霊亀が起き上がると騎士団の面々全員が待機になるはずだ。

 すぐに下がらなければならないが、騎士団の五人は攻撃を続けた。

「早く下がれ!」

 ギルに怒鳴られて騎士団は後退を開始するが遅い。

 吹き飛ばされたミスを取り返すべく、何とかダメージを与えたいと思ったキースは攻撃していた位置も悪かった。

 神霊亀の尻尾が迫り逃げ切れない。

(間に合うか!)

 その姿を見ていたマルコムは全力で後ろからキースに体当たりする。

(重っ!)

 マルコムの計算では二人とも尻尾の攻撃範囲から外れるはずだったが、体格差もあり、思ったより飛ばない。

(やばいっ!)

 何とかキースを攻撃範囲から押し出したもののマルコムの腕に尻尾の先がわずかに当たる。

「ぐっ……!

 マルコムがはじばされるが、空中で体勢を整えて着地する。

 そして、HPを確認すると八割ほど減少していた。

(きっついな! 掠っただけなのに)

 マルコムは回復呪文を唱えながら安全圏に移動する。

 ただ、すぐにミュリエルが回復してくれたため、自分の回復魔法は温存した。

 しかし、そうするとしゃべることができない。

(まったく、騎士団の……男め! 終わったら嫌みを言ってやる!)

 マルコムは名前を覚えていない騎士団の男、キースに対して内心で悪態をつきながら戦線復帰。

 そこからは、無理をする者はいなかった。

 危険なのは近接攻撃を誘うマルコムのみで、マルコムの速さであればそうそう当たらない。

 ギルとミュリエルは逃げやすい位置からの攻撃、騎士団は隙ができる時のみ攻撃である。

 順調に攻撃を重ねて近接攻撃を誘っていた。

(まだ終わらないの? さすがに精神的に疲れてきたよ)

 一時間近く戦いを続けているにもかかわらず、神霊亀は変わらず進み続けている。

 前脚は魔法によってダメージがある様子で、たまに怯んで動きが止まったり、ガクッと足の力がなくなるような形でダウンしていた。

 しかし、右後ろ脚を斬り続けていても、そんな様子は見られない。

 何をやっても無意味に思えてくる上に、マルコムは一撃当たれば終わりの相手に至近距離で戦っている。

 セージ特製茶のお陰で肉体的な疲労感は少ないが、精神的な疲労が大きかった。

「下がれ!」

 突如としてギルの声が響き、マルコムはそれに従う。

 しかし、神霊亀は何も攻撃行動はしていない様子で不思議に思った。

「どうしたの!?

「いや、違和感のある動きが……」

 その時、天を揺るがすような咆哮が上がる。

「グラァァアアアアァァァ!!

 全員が間近で咆哮を浴びて動きが止まった。

(何が起こってるの!? 二回目の咆哮とか聞いてないよ!?

 幸いマルコムたちの方に攻撃されることはなく、神霊亀は前に一歩踏み出す。

 その時、カッと光玉が発したせんこうが見えた。

「撤退するぞ! まずはセージに合流する!」

(撤退!? まさか!)

 そのギルの声と共にマルコムとミュリエルが先に走り出す。その次に騎士団、ギルは最後だ。

(何があった? セージたちは大丈夫なのか?)

 マルコムは全員を置いて、全力でセージたちのところに走るのであった。


     * * * * *


~Side ルシール・ラングドン~


(私がこんな魔物と戦うとはな)

 ルシールは飛来する石、岩とも言えるようなそれを弾きながら思う。

 戦いは信じられないくらい順調であった。

 ルシールたちのパーティーは、神霊亀の近接攻撃が届かずセージの魔法が届く距離を保ちながら後退していく。

「algeo congelatio saevio tempestas radir ante hostium、ヘイルブリザード」

 セージは止まることなく呪文を唱え続けていた。

 氷の精霊ルサルカを『マウント』したセージは、氷の特級魔法を省略して唱えることができる。

 そのため、途切れることのない氷の嵐が神霊亀を襲っていた。

 そして、その激しさは神霊亀に対してでも通じる威力を持っている。

 まれに神霊亀が怯んで動きを止めるほどであった。

 これは、システム的にはダメージの蓄積が一定以上になれば発生する怯みである。

 セージからするとただのダメージ計算の指標だ。

 しかし、他のメンバーにしてみると魔法が効いているとわかるため、希望が湧く反応であった。

 神霊亀は近接攻撃が届かないため、火炎を吐き、岩を飛ばすことで攻撃している。

 セージに向かって歩きながらの攻撃なので頻度はそれほど多くないが、一撃一撃が強力だ。

 ルシールはパーティーの最前線でその攻撃の全てを正面から受け止めていた。

 ルシールが学んできた騎士の動きは守りが重視されている。

 攻撃を弾く動き、後ろを守る体勢は鍛えられていた。

 それに、火炎の攻撃は物理と魔法の両方の特性を持っているため、今のルシールは適任といえる。

 マーフル洞窟での一件が魔法耐性を大きく上げたが、学園を卒業するために学んだことや母親に強制された魔法訓練も力になっていた。

 それに、一度も騎士として出陣することはなかったが、それでも第二騎士団での鍛錬を欠かしたことはない。

 こんなことをしても無駄だという思いを何度も打ち消しながら取り組んできたことだ。

(今までのことが無駄ではなかったんだな)

 神霊亀襲来という非常事態、命を懸けた戦いだったが、ルシールの心には高揚感と嬉しさがあった。

 自分のやってきたことが認められた気がしたからだ。

 神霊亀が少し顔を持ち上げる動作をする。

 それを見て、ルシールはセージから預かった精霊の盾を構えた。

(火炎が来る。慣れてきたとは言っても受けたくはないものだな。しかし、今までのように見るだけでいるよりマシだ)

 火炎は、正面で受け止めると2000をやすやすと超えるダメージになる攻撃だ。通常そんな攻撃をする魔物と戦うなんてことはない。

 ルシールはこれまでの戦いで感じたことのない衝撃を受ける。

 それでも、見守ることしかできないよりはいいと思っていた。

 神霊亀の遠距離攻撃は広範囲で避けることが困難だが、直接物理攻撃を受けるより威力は劣る。

 ルシールやカイルならば耐えることが可能な攻撃であった。

 ジェイクなら装備を整えればギリギリ耐えられるだろうが、セージとヤナには無理である。

 そのため、常にルシールとカイルの後ろに隠れていた。

 神霊亀から火炎が放射され、豪然たる炎がルシールたちを呑み込もうとする。

(守り切る!)

 後ろにいるセージは何が来ようと無視して魔法攻撃を続けている。それは、必ず前衛が守ってくれるという信頼があるからだ。

 ルシールはその信頼に応えるべく、正面から受け止めた。

 五秒もの間吹き荒れる業火を耐え切り、神霊亀を見据える。

(まだまだいけるぞ!)

 戦闘開始から一時間が経とうとしていたが、ルシールはまだ気力に満ちていた。

 騎士として戦っているという事実がルシールの力になる。

「あっ……」

 急に後ろから戦いの最中とは思えないような声が漏れた。

 セージである。

 そして、慌ててMP回復薬(満)というMPを最大まで回復する薬を飲み始めた。

 この時、セージは神霊亀の少しの動きの違いで行動パターンが変わったことに気づいたのだ。

 そして、その変化から、神霊亀のHPが想定より大幅に低く、ダメージを与えすぎていたことがわかった。

 そんなことを知らないルシールは不思議に思う。

(セージが呪文の途中に声を出すなんて。それにまだMPはあるようだが)

 セージは精霊士になることでMP9999にしているのだが、精霊を『マウント』しながら特級魔法を使い続けているためガンガンMPを消費する。

 何度も回復薬を飲んでいたが、それはMP1000を下回ってからだ。

 今はまだ2000ほど残っているのに飲み始めている。

 飲み切った後すぐに『マウント』を解除する特技『リリース』を発動した。

(何かあったのか?)

 疑問に思った瞬間、天を揺るがすような咆哮が上がる。

「グラァァアアアアァァァ!!

 正面で咆哮を浴びて全員の動きが止まった。

(どういうことだ!?

 ルシールは予想外のことに混乱する。周りにも動揺が広がっていた。

 咆哮を終えた神霊亀がルシールたちの方を睨み付ける。

 その時、後ろから光玉が投げられ、神霊亀の目の前でカッと閃光がほとばしった。

(撤退!? 順調に戦えていたのに!)

 目の前でほとばしる光に神霊亀が怯む。

「サラマンダー、サモン」

 ルシールの背後で冷静な声が響いた。

 その言葉と共に現れたのは赤い髪に筋骨隆々の男の姿をした精霊サラマンダーだ。

「マウント」

 セージの髪の色が赤く染まり、体の周りに陽炎かげろうができる。

「ferum ignis selsus columna radir ante hostium、インフェルノ」

 撤退の合図でもある特級火魔法『インフェルノ』を神霊亀の顔に当てる。

 そして、セージは猛スピードで向かってくるマルコムに叫んだ。

「マルコムさん! 皆で向こうに逃げて!」

 指す方向はセージたちと反対の方向。

「了解!」

 撤退の時は合流する手筈だったのだが、マルコムは緊急事態を感じ取って、何も聞くことなく引き返した。

「僕らは全力で突進を避けます!」

「とっ、突進!?

「後二分耐えたら終わりです! バフは速度上昇! アイテムも使って! 防御より回避! 次の魔法が発動したら右方向に全力疾走!」

 質問しようとした時には、セージは呪文詠唱に入っている。

 神霊亀との戦闘時間は一時間。

 倒す場合は一時間以内に決着をつけなければならない。これが倒せないと言っていた理由の一つだ。

 一時間を超えて一割以上ダメージを与えていれば撃退になる。

 そして、一割を超えていなければ撃退失敗という設定だった。

 セージはこの世界で撃退失敗になるとどうなるのかわからなかったが、一時間に一割ダメージを与えるため急いでいたのである。

 しかし、実はすでに一割を超えて二割を削ってしまっていた。

 二割を超えると行動パターンが変わり、凶暴になる。これが倒せないもう一つの理由だ。

 セージはまさか二割を削れるほどHPが低いと思っておらず、撃退失敗の場合どうなるかという想定しかしていなかった。

 しかし、ルシールはどうなっているのか状況がわからない。

(想定外のことが起こったのか? 突進ってあの巨体が?)

 神霊亀は今までの鈍い動きがうそのように動き始めた。

「インフェルノ!」

 業火が立ち上り神霊亀の顔に直撃する。

 ルシールたちはそれを合図に走り出した。

 神霊亀は目の前で立ち上る炎柱を食い破るように突き進んでくる。

 そして、セージたちが別方向に逃げていることを確認すると方向をずらしてきた。

(これは逃げ切れるのか!?

 カイルはヤナ、ルシールはセージを引っ張りながら走る。

 セージは呪文を唱えながら全力で走っていたが、パーティーの中で一番足が遅い。

 先頭は一人で走るジェイク、一番遅れているのはルシールとセージだ。

(セージが回避と言ったんだ。私は全力を尽くすのみ)

 神霊亀の突進にセージが巻き込まれそうになり、ルシールは思い切り手を引っ張った。

 セージの足先が神霊亀の手に当たり、弾き飛ばされそうになったところをルシールが引き寄せる。

 ルシールは受け止めたセージの体が想像以上に軽く小さく感じられ、大丈夫かと不安になった。

 ただ、カイルの『スケープゴート』のおかげで、HPも減っていない。

「よかっ──」

 セージは振り払うように急いで離れて、ルシールの盾に手をつきながら唱える。

「ウィンドバースト」

 暴風で相手を吹き飛ばす、上級風魔法『ウィンドバースト』が発動した。

 ルシールは吹き飛ばされてから、いや、吹き飛ばされたからこそ気づく。

 突進を避けられた神霊亀が方向転換をしようとしていることに。

 神霊亀が旋回してセージに爪で攻撃しようとしたが届かない。

 しかし、急旋回によってスリップし、神霊亀の体が回転する。

 セージに神霊亀の尻尾が急速に迫っていた。

「セージ!」

 一連の出来事は数秒間のこと。

 その瞬く間に過ぎる全てが、スローモーションのように感じた。

 ルシールの目にはセージの口元が回復呪文を唱えているとわかるほどくっきりと見える。

 セージは尻尾が当たる寸前に盾を構えていた。

 ルシールの頭に、防御より回避、という言葉がよぎる。

 それは戦闘前にも言っていた。

 たとえギルであっても神霊亀の近接攻撃を受けると耐えられない。

 そのはずだった。

 神霊亀の尻尾は、セージが構えた盾に直撃する。

ぁ……!

 ルシールの言葉にならない声が口から零れた。

 セージは蹴飛ばした小石のように飛んでいく。その体に力はない。

 HPをはるかに超えた攻撃は限界を超えた衝撃となる。

 セージはその衝撃によって意識がなくなっていた。

 回復呪文を発動するどころか、盾まで手放してしまっている。

 ルシールはセージの魔法によって飛ばされながらも体をひねり、手を伸ばし叫んだ。

「スケープゴート!」

 セージの手を離れた盾は気合いの盾。

 HPが1残っているセージに特技が発動する。

 次の瞬間には地面にたたきつけられ、ルシールにダメージが入った。

『スケープゴート』が切れる。

「スケー……」

 再び特技を発動しようとするが間に合わず、セージは岩に激突。

 HP0の表示が目に入った。

 ルシールは着地と共にセージに向かって走る。

 唱え始めた呪文は復活の呪文『リバイブ』。

 何百回と唱えた『リバイブ』はランク上げのためではなく、今この時使うために唱えてきたのだと思った。

 走ろうと、焦ろうと、呪文は冷静に。

 セージの言葉通りに使い続けた呪文は、はっきりとした発音で紡がれる。

 そして、世界最速の『リバイブ』が発動した。

 HP1。

 その表示はセージが生きていることを意味している。

 その直後、ヤナとカイルが「フルヒール!」「スケープゴート!」と声を上げた。

 神霊亀は一回転した後、セージの方向に向いている。

 ルシールが回復呪文を唱えながらセージに走った。

 しかし、神霊亀の攻撃の方が早く、業火が放射される。

『スケープゴート』を使っていたカイルにダメージが入った。

 ルシールは業火に身を投じ、セージを守るために走る。

 神霊亀の炎は一連の攻撃であるため『スケープゴート』がすぐに切れるわけではない。

 しかし、神霊亀の炎は物理ダメージもある。そして、セージの防御力は低く、意識がないため防御行動をとっていない。

 カイルのHP減少速度は今までに見たことがないほど速かった。

 回復呪文では対応できないと考えてHP回復薬を飲むが、それでも間に合わずHPが0になり『スケープゴート』がなくなる。

 その瞬間、セージのHPが急速に減り始めた。

 今度はジェイクの『フルヒール』が発動し、セージのHPが回復。

 しかし、HPは減少し続ける。

 急いで回復呪文を唱え、間に合わないかと思ったその時、セージのHP減少が止まった。

 セージの前にルシールが立ち、盾を構えて業火を受け止めたからだ。

 ルシールは自分に『フルヒール』を唱えて、業火の中を走り削れたHPを回復。そして、次の回復呪文を唱え始めた。

 セージにもヤナからの『フルヒール』がかかる。

 そのHP表示を見るが、ルシールには何かを考える余裕はない。

 ただ守ることだけに集中する。

 火炎が晴れると、神霊亀は間髪いれずに岩を飛ばした。

 ルシールはセージに当たらないように弾いていく。今度はジェイクがルシールに回復魔法を使い、止めどなく減るHPを回復する。

 攻撃がんだので神霊亀を見ると、ルシールとセージに向かってきていた。

 セージはまだ目を覚まさない。

 一瞬防御することが思い浮かんだが、防御より回避という言葉を思い出して、すぐにその考えを切り捨て、セージを抱え上げた。

 いくらセージが軽いとはいえ、一人抱えると速度は落ちる。幸い突進ではないが、動きが変わった神霊亀の方が速い。

 徐々に近づいてくる神霊亀。

 セージがいなければ攻撃もできない。

 いくら考えようとも危機を脱する案など出てくるはずもなく、必死に逃げ続けるしかなかった。

 神霊亀が再び火炎を放つ。近距離で浴びる業火を盾で防いだ。

 HPの損耗が激しく、動けないほどの衝撃がルシールを襲う。

「フルヒール」

 ルシールは自分を回復し、何とか耐え切る。

 火炎攻撃が終わったと思えば、目の前に神霊亀がいた。

 神霊亀が攻撃動作に入った瞬間、HP0から回復したカイルが特技を発動する。

「スケープゴート!」

 その間にもルシールはセージを抱えて逃げた。

 しかし、すでに神霊亀の爪が迫っており、逃げ切れない。

 当たる寸前に盾を突き出し横に飛ぶ。

 その瞬間、体がバラバラに弾けたかと思うような衝撃がルシールを襲った。

 なすすべなく吹き飛ばされるが、セージを抱え込むようにして守る。

 ルシールが持っていたのは精霊の盾。

 対魔法用ではあるが、ガルフによって鍛えられた防御力は世界最高。ルシールの防御力も高く、意識を失うことはなかった。

 地面に転がりHPを確認すると、ルシールではなくカイルのHPが0になっている。

 セージのことはルシールが守ると判断し、カイルはルシールに『スケープゴート』を使っていたのだ。

 ルシールとセージは軽微なダメージで済んでいる。

 ただ、ルシールは受けた衝撃により、逃げるどころか立つことさえ困難であった。

 しかし、さらに神霊亀の攻撃は続く。

 火炎を吐く動作が見え、ルシールはセージを抱えてうずくまり、全身を使い盾を構えて身を隠した。

 業火に包み込まれながら衝撃に耐える。

 逃げることすらできない状況で、この後どうすればいいのかと考えた時、火炎が止まった。

(なんだ? 何があった?)

 まだ二秒ほどしか経っていない。まだ火炎は続くはずだった。

 そう思って神霊亀を確認しようとした時、体を掴まれセージと引き離される。

「あ……!」

 とっさに手を伸ばすルシールに声がかかる。

「ルシィ! 大丈夫! 任せて!」

 ミュリエルの呼び掛けでルシールの狭まっていた視野が広がる。

 ルシールを抱えているのはミュリエル。セージはマルコムに抱えられていた。

 神霊亀の足元にはギルと騎士団の面々がいて、必死に攻撃している。

 それによって火炎がキャンセルされていたのだ。

 これはセージがダメージの蓄積を計算して、突進後に怯ませようと足への攻撃を止めていたからである。

「火炎が止まってよかったよ!」

「マルコムはびびってたからね!」

「だって、火炎に突っ込むとか無理でしょ!」

 神霊亀は怯みから復帰し、ルシールたちを睨む。

 騎士団たちは総攻撃を仕掛けているが、神霊亀が意に介した様子はない。

「これって逃げ切れる!?

「わからないよ! でも逃げるしかないじゃん!」

 神霊亀が攻撃を仕掛けとようと足を踏み出し始める。

 マルコムとミュリエルの速度は神霊亀より速いが、人を抱えては逃げ切れない。

 そして、神霊亀の動きを察知して、ミュリエルは盾を構えた。

 飛んできた岩をミュリエルが防ぐ。

 マルコムはバフと回復をしながらミュリエルの陰に隠れた。マルコムでは岩も炎も防御できないため、支援に徹している。

「次、火炎来るよ!」

 岩の飛来が終わってすぐ逃げようとするマルコムをミュリエルが止める。神霊亀はさらに連続で炎を吐く動作に移っていた。

 ミュリエルが盾を構える。

 しかし、炎は来ない。

「あれっ?」

 ミュリエルが神霊亀を見ると炎を吐く動作を止めていた。

「マルコム! 逃げよう!」

 切り替えたミュリエルが声をかけて走り出そうとした時、天まで届くような咆哮が響いた。

「グラァァアアアアァァァ!

 しかし、三度目の咆哮には魂に響くような力強さはなかった。

 ミュリエルとマルコムはすぐに走り出す。

 その時、セージが目を覚ました。

「あれっ? マルコムさん? 痛っ! 体が! あっ、神霊亀は!?

 しかし、マルコムは呪文詠唱中で答えられない。

「んっ? この感じ……終わった? マルコムさんちょっと待って! 止まってください!」

 騒ぐセージにマルコムは呪文を破棄して答える。

「見たらわかるでしょ! 騒がないで! 逃げてるの!」

「逃げちゃだめだ! いや、冗談じゃなく! もう大丈夫ですから! 戦いは終わりました!」

 マルコムはセージの言葉に疑問符だらけだったが、戦いが終わった、だけは理解できた。

 咆哮を終えた神霊亀は全員を無視して町とは反対方向に歩き出している。それを確認して、マルコムは立ち止まった。

「あれっ? 終わったの?」

「そうです。もう戦いは終わりましたよ。二分過ぎましたからね。そうだ、みんなにも伝えないと」

 そう言ってセージは大きく息を吸って叫んだ。

「皆さーん! 神霊亀撃退成功でーす! お疲れ様でしたー! カイルさんのところに集まってくださーい!」

 神霊亀の行動に警戒していた皆は、戦いの勝利宣言とは思えない号令に気が抜ける。

「セージ大丈夫か!?

 ミュリエルに支えられながら立ったルシールが心配して言った。

「体は痛いんですけど大丈夫ですよ。ルシィさんに魔法を使った辺りから記憶がなくて……あれっ? ルシィさんこそまんしんそうじゃないですか」

「これくらい何てことはない。セージは一度HP0になっているんだ。早く安静に……」

「あっ! ちょっと待ってください! 神霊亀が逃げちゃいます! マルコムさん! 神霊亀にスティールを使いますよ!」

 セージが少しずつ離れていく神霊亀を見て、慌てて言った。

「本気なの? スティールなんて使って大丈夫?」

「大丈夫ですから! らないとタダ働きになっちゃいますよ! 早くっ、痛っ! ちょっと、立たせてください! あれっ? 盾はどこやったっけ?」

 受けた依頼は神霊亀の討伐である。今回は撃退しただけであり、成功報酬は支払われない可能性があった。

 それに、神霊亀から盗めるアイテムは重要な物が含まれており、セージとしては見逃すことができない。

 立たせてもらったり、盾を探したり、スティールを発動したり、慌ただしくするセージ。

 心配したカイルたちは、セージのもとに集まってきていたが、そんな姿を見てあきれた目をした。

「まったく、相変わらずだな」

「でも、これこそセージだよねっ」

 カイルのつぶやきにミュリエルが答える。

 さらに、セージの指示によって皆で神霊亀の落としたアイテムがないかを探し、やっと満足したセージを連れてケルテットの町へ戻った。

 こうして、神霊亀戦は締まらない終わりを迎えるのであった。