セージはボス連戦から合格発表までの三週間、なりふり構わずステータス上げに力を入れた。ボス戦で自分の力不足を感じたのである。

 特にHPと防御力が低くて耐久力のなさが目立っていた。

 一撃で危機に陥るような状態では周りに負担をかける、というよりも隠れてないと戦えない。それに、今後ソロになった時、危険すぎてランクを上げることが難しくなる。

 筋トレも増やして、何とかステータスの底上げをしようと頑張っていた。

 そして、これまではどちらかというと生産職をメインにしていたが、ボス戦を機に戦闘・支援職をメインにランク上げをしたのだ。

 そして、セージは中級職を全てマスターし、とうとう上級職まで進んだ。


 セージ Age12 Lv51 種族:人 職業:勇者

 HP 1745/1745 MP 8608/8608

 STR(力)      DEX(器用さ) 

 VIT(頑丈さ)    AGI(びんしょうせい) 

 INT(知力)     MND(精神力) 


 戦闘・支援職一覧

 下級職 中級職 マスター

 戦士 魔法士 武闘士 狩人かりうど 聖職者 盗賊 とう士 旅人 商人

 聖騎士 魔導士 暗殺者 探検家


 上級職

 勇者 ランク5   精霊士 マスター


 生産職一覧

 下級職 マスター

 木工師 鍛冶師 薬師 細工師 服飾師 調理師 農業師


 中級職

 錬金術師 マスター   魔道具師 ランク26

 技工師  ランク2   賭博師  マスター


(うーん。いい感じに能力が上がってきたけど、やっぱり近接戦をするには物足りないな。職業勇者でSTRとVITはガッツリ補正が掛かっているはずなのに)

 そんなことを考えながら自分のステータスを眺める。

(INTのカンストはいいんだけど、耐久力がなぁ。まぁ、たかが三週間で劇的に変わるわけないか。地道に頑張らないと)

 レベルが上がったのでステータスは全体的に上昇していたが、耐久力となるHPとVITについてはまだまだだ。

 カイルのVITは500を超えている。レベルはセージが上回り、勇者補正が掛かっているというのに、カイルの半分にも届いていない。

(しかし、こんなに早くランク上げができるなんて思わなかったな。カイルたちに手伝いを頼んでよかった)

 一人ではこんな速度のランク上げなんてできない。カイルたちに手伝ってもらったのである。

 カイルたちのパーティーは一級冒険者であり、その中でもトップレベルの実力を持っている。

 指名依頼は少ないが、ギルドからの魔物討伐の要請は多く、難易度も高い。

 そこで、セージのレベルに合う魔物討伐の依頼を受けてもらい、ランク上げをしていた。

 ボス討伐依頼が一件あったが、求めるランクの魔物が大量発生していたため、カイルにお願いしてボス討伐を一日遅らせてもらったくらいだ。

 一日で四百体以上倒す日もあり、本当になりふり構わずといった具合である。

(やっぱり勇者は賭博師と聖騎士、精霊士は魔導士と錬金術師の組み合わせで間違いないな)

 セージは上級職の勇者が表示されたとき、内心ホッとしていた。条件は合っていると確信していたが実証したわけではなかったからだ。

 賭博師と聖騎士をマスターすれば勇者になれると豪語し、これしろあれしろと指導しておいて間違えてました、だとルシールに顔向けできないと心配していたのである。

 それに、カイルたちに対してもそうだ。ランク上げを手伝ってもらう代わりにセージは上級職の情報を渡していた。

 カイルたちは、約束通り三週間セージのためにランク上げを手伝っていたが、その後すぐに自分たちのランク上げに集中しようと考えている。

 レベル50でちょうどいい狩り場をすでに見繕っており、その辺りを巡る計画だった。

 マルコムとヤナはすでに必要な職業をマスターしているため、生産職のランク上げに注力している。

(勇者のランク上げが終わったら戦闘支援職のランク上げができなくなるし、そろそろ生産職の中級職を攻めないと)

 そんなことを考えながら王都の学園街を歩いていた。

 セージの合格発表の日である。

 この日はレベル・ランク上げは休みにしているため朝はゆっくりだ。

 そして、セージは学園、カイルとマルコムは冒険者ギルド、他は買い物に向かった。

 ちなみに冒険者ギルドは朝早くが最も混む時間で、依頼の取り合いになることもよくある。カイルはそんな時間を避けて、少し遅めに行くことが多い。

 高ランクの依頼が取り合いになることなんてめっになく、逆に指名依頼があったり、ギルドから直接依頼されたりするからだ。

 セージはカイルたちと別れた後、店を冷やかしながら学園に向かう。

 今回は武器屋をメインにのぞいた。

(あっ、強力な装備も売ってるんだ。メガアーマーとかFS初期なら終盤でも使える装備だし。ちょっと使ってみたいけど、今の体に合わせて作ってもすぐに成長するしなぁ)

 この世界ではよろいなどの防具はオーダーメイドが一般的だ。剣やつえなどであれば既製品も多いが、身に着けるとなると体に合わせる必要がある。

 基本的には店内に展示品があり、それをベースに鍛冶師と相談して発注する。

 そういうこともあって防具は高価になるため、中古を取り扱う店も多い。

 ただ、店にだまされたりすることもあるため、買い物前には『鑑定』が使える商人に職業変更するのが基本だ。

(あっ、固定剣テンがある! しかも安い! って当たり前か。使い道がほとんどないし。でもこれがあれば神木の道でランク上げがはかどるな。孤児院にお土産みやげで買って帰ろうかな)

 固定剣テンとは、どんな攻撃力でもダメージが10になる剣である。

 シリーズでもほとんど出てこない剣なのでまさか普通に売っているとは思わず、セージのテンションが上がった。

 中盤で出てくるこの剣の使い道は一つしかない。メタルミニゴーレムというHP10しかないのに防御力が高すぎてクリティカルでしか倒せない魔物がいて、それを一撃で倒すための装備だ。

 魔物のHPを正確に測るために使う暇人がいたりするが、基本的にメタルミニゴーレム狩り以外で装備されることはない。

 セージは固定剣テンがあれば、スライム狩りでランク上げが簡単にできるなと考えていた。

(いやーラングドン領へ帰る前にもっと武器屋とか見て回ろうかな。掘り出し物があるかも)

 ウィンドウショッピングを楽しみながら歩き、もうすぐ学園に着くというところで、マルコムに呼び止められた。

「セージ!」

「あれ? どうしたんですか? 冒険者ギルドに行ってたんじゃ……」

「見つかってよかった! さっき冒険者ギルドに情報が来たんだけど神霊亀が動き出したみたい。セージは一旦ラングドン領に帰る予定でしょ? 神霊亀がラングドン領に向かう可能性があるんだ」

(まじか。予想より早い。前回撃退に失敗したから侵攻のタイミングが早まったのかな? この三週間で鍛えたからまだましだけど、神霊亀が相手じゃ荷が重いぞ。いや、追い返すだけならなんとかなる?)

 FSでは十年が一区切りということから、セージは神霊亀の侵攻も後一年以上余裕があると予想していたため、驚きを隠せなかった。

「もしかしたら違う方向に行くかもしれないけどね。まだわからないから、神霊亀の動きが止まるまでは拠点に──」

「マルコムさん。ラングドン領行きの飛行魔導船っていつ出るかわかりますか?」

 この世界の移動手段はほとんど徒歩か馬車なのだが、飛行魔導船という空飛ぶ船も存在していた。

 王都を中心に各地の領都や主要都市を往復しているのだが、ラングドン領には一か月に一回くらいしか飛んでいない。

 乗るのに金貨一枚以上必要で、利用者が貴族関係者や大商人しかいないので、それで十分ではある。

「……明日の朝だけど、まさか行くつもりじゃないよね?」

「もちろん行きますよ。明日の朝ならまだ時間はありますね」

「本気? 神霊亀って知ってる? 普通の魔物じゃないんだよ。僕らは調査に行ったから知ってるけどさ。あれは戦う相手じゃないね。ビッグタートルは知ってるでしょ? あれの百倍くらい大きいんだよ」

「高さはどれくらいでしたか?」

「高さ? えっと、僕の五倍以上あったかな?」

(五倍以上となると七、八メートルくらい? それが本当なら小さい方かな)

 神霊亀はFSで何度も登場するが、その時々で大きさが異なる。十メートル程度の時もあれば二十メートルを超える時もあった。

 二十メートル級になると今の状態では追い払うことも困難だが、八メートルくらいなら今のレベルでも対応できるとセージは考える。

「それなら何とかなりそうですね」

「なんとかなる……のかな? ならないよっ! 無理だってあれは!」

「大きければちょっと厳しいですけど、まだ小さい方ですから」

「小さい方? えっ、僕の話聞いてた? 僕の五倍だよ?」

「マルコムさんの五倍ならそこまで大きいわけではないですよね?」

「あれっ? なんか背が低いって遠回しで馬鹿にされてる? 僕はそこまで小さくないからね!」

「例えば、この建物の倍くらいってことですよね?」

「えっと、まぁそうだね。それくらい……ってわかってるならめようよ! 建物の倍ってもう魔物の大きさじゃないから! セージは強くなったし人族の魔法使いとしてはたぶん最強だよ? でも神霊亀は剣も魔法もほとんど効かないから……」

「えっと、準備があるので急ぎますね」

 マルコムの話を聞き流して行こうとするセージにマルコムは慌てて叫ぶ。

「話聞いてよ! とっ、とりあえず拠点に来て!」

「はーい!」

 マルコムは走り去りながら返事をするセージを見送って、急いでカイルのところに戻るのであった。


     * * * * *


 セージは不合格であったのだろう肩を落とす者たちとすれ違いながら学園に到着した。

 受験番号が貼り出されるなんてことはなく、受付で合格かどうかを聞くシステムだ。

 セージが名前、年齢、推薦者の名前を言うと、受付の人が合格を祝福してくれる。

(合格だろうとは思ってたけど、やっぱりホッとするな。さて、神霊亀戦に備えないと)

 手早く入学手続きを済ませると、学園生が呼び止める声を無視して学園を飛び出し、様々な店を巡った。

 武器屋や道具屋だけでなくギルドも回って様々な物を買い込む。

 持ち切れなくなればカイルたちの拠点に戻り荷物を置いてまた出ていく。

 二回目に戻った時には、カイルたちのパーティーが全員そろっていた。

「やっと帰ってきたよ!」

「またいっぱい買ってきたねー!」

 マルコムとミュリエルがすぐに反応してくれる。

「いやー、神霊亀と戦うとなると、いろいろと用意しようと思ってしまって、使うかわからないものまで買ってしまいました」

 少し照れたように笑うセージに、カイルはあきれたように言う。

「相変わらずだな。本気で神霊亀と戦うつもりか?」

「もちろん戦います。ラングドン領の町、ケルテットは僕の故郷ですから。でも、無理だと思ったらすぐに逃げますよ」

 神霊亀はイベント戦でボスではない。

 ゲームではボスとして出てくる場合もあるが、基本は倒せない敵なので一定時間後に逃げるか撃退するかのどちらかである場合がほとんどだ。

「逃げることができるとは聞いているが本当かはわからないぞ」

「そうですね。でも、僕は逃げられると確信していますし、逃げることもないと思っています」

(ゲームでもイベント戦で逃げてるし、FS7と10では逃げるコマンドが使えた、それは確実。あとは神霊亀の行動パターンが変わったり技が増えたりしてなければ大丈夫だろうけど、それはわからないし)

 セージはこれまでの生活の中で、ゲームでできることはこの世界でも全てできると確信していた。

 自信満々で答えるセージを見て、カイルは苦笑する。

「初めて会った時から不思議な少年だと思っていたが、ここまで共に生活をしても印象が変わらないな」

(そういえば初対面で不思議な少年って言われたな。どこがなんだろう。それに不思議って良い意味で言われているのかな?)

 六歳の時にカイルたちと会った時のことを思い出しながらセージは首をかしげた。

「それで、セージは神霊亀を倒せるのか?」

 カイルの率直な質問に、セージはあっけらかんと答える。

「倒すのは無理ですよ?」

 その言葉に全員が「えっ?」とセージを見た。

 戦う気を見せているため、てっきり倒す方法があるのだと全員が思っていたのだ。

 一瞬時が止まったかのような沈黙が流れ、ミュリエルとマルコムが反応する。

「あれっ? 無理なの?」

「ちょっと待って! なんとかなるって言ってたよね!?

「なんとかなるっていうのは町を守るってことです。神霊亀を追い返すだけですよ」

「追い返す? そんなことができるのか?」

 今度はカイルがセージに問いかけた。

「できます。HPを一割削れば撃退できますから」

「たった一割? 八年前の戦いでは精鋭の騎士たち千人が束になって攻撃を仕掛けても止めることができなかったんだぞ」

「まずレベル50のステータスでは神霊亀の攻撃に耐えられないですよね。それに、大きなダメージを与えるのが難しいでしょうし。千人いても1パーセントも削れなかったと思いますよ」

 ゲームでもレベル50ではちできない。逃げるか兵器を使って追い払うしかないのである。

「なるほどな。だが、それならセージも攻撃に耐えられないだろう。神霊亀の攻撃を全てけるつもりか?」

「なるべくは避けますし、魔法攻撃は僕が装備を整えれば数発ほどは耐えられるでしょう。物理攻撃は気合いの盾でしのぐ予定です」

 気合いの盾とはHPが最大の時、HPが0になる攻撃を受けてもHPが1残る装備のことだ。

 ゲームでは低レベルの縛りプレイようたしの盾だが、この世界では魔法効果が付いた盾の中で最も使われていないと言われている防具の一つである。

 当たり前だが、一撃でHPが0になるダメージを与えてくる魔物と戦う者なんていないからだ。

「それで、セージなら神霊亀にダメージを与えることができるのか?」

「今は勇者ですけど精霊士に変えて、『マウント』を使った上で弱点の特級氷魔法を放ち続けます。神霊亀のステータスはわかりませんが、少なくとも一発で数千のHPを削れると計算しています。ここまですれば一割削れるはずです」

 精霊士は上級職の中でINT補正が最も高く、精霊を召喚することができる職業だ。

 そして、『マウント』は最も強力な特技で、召喚した精霊を身にひょういさせ、ステータスの補正や呪文の短縮などの効果を得る。

 その代わり一秒につきMPを10消費するため、人族離れしたセージでも魔法を打ちながらだと、MP回復薬なしでは五分も持たない。

 カイルたちは一緒にランク上げをしていたため、その特技のことを知っている。

「姿を見てみないとわかりませんが、予想HPが一千万くらいなので厳しい戦いにはなるでしょうけどね」

「一千万……!」

「ふーん。なんだか数字が大きすぎてわからないけど、精霊士のセージでも簡単には倒せないなんてやばいね」

 絶句するマルコムとのんに言うミュリエル。カイルは考え込んでいた。

「今は倒せませんけど、もう少し成長したら再戦しますよ。とりあえずレベル70以上にはしたいですね」

「おお! さすがセージだね! 私でも倒そうとまで思わないなぁ」

「いやいや、追いかけて再戦するとか正気じゃないって。関わらないようにしようよ。カイルも言ってやって」

 マルコムが黙り込むカイルに話を振る。

「あぁ、そうだな。再戦のことよりも今回の襲来のことだ。セージ、一人で戦うつもりか? 俺たちが戦ったらどうなる?」

「ラングドン領軍には要請しますので、何人かついてきてくれないかなと思っています。最悪の場合は一人ですが、さすがに一人で戦う用の装備と魔道具、薬が揃わなければ諦めますね。もしカイルさんたちに一緒に戦ってもらえるなら、とても助かります。結局のところ防御が不安なのでカイルさんがいれば安心しますね」

「そうか。わかった」

 そう言ってうなずくカイルにマルコムは悟った。

「あっ、これは戦う流れ? 本当に? みんなはいいの?」

 ヤナは頷き、ジェイクは「任せる」とつぶやく。ミュリエルは「セージが行くなら楽しくなりそうだし」と笑った。

 そして、カイルは宣言する。

「よし。冒険者ギルドの依頼、神霊亀の討伐を受けよう。明日の朝、飛行魔導船に乗ってラングドン領に向かう。準備するぞ!」

「はーい!」

 元気に返事をしたのはミュリエル一人だが、ヤナとジェイクもすぐに支度を整えるため部屋を出ていった。

 カイルとマルコムがギルドに行った時に、神霊亀の討伐依頼を受けてくれと頼まれており、その話はすでにパーティーに話していた。

 低ランクパーティーが行ってもどうしようもないため、ギルドは高ランクパーティーに声をかけていたが、全てのパーティーが断っていた。

 そんな中、カイルは保留にしていたのである。

 ちなみに明日の朝に出る飛行魔導船は定期便ではなく、ラングドン領が要請して出す臨時便だ。

 マルコムは仕方ないといった感じで重い腰を上げる。

「こうなるとは思ってたけどさ。まぁ、僕は防御も魔法も得意ではないしできることはないけど」

 その言葉にセージは首をかしげる。

「あれ? 僕の考えではマルコムさんが前衛の主役ですよ?」

「……僕が前衛の、主役?」

 きょとんとしながら聞き返すマルコムにセージは頷いた。

「そうです。ミュリエルさんとカイルさんは防御。ジェイクさんはバフと回復、ヤナさんは回復専門、マルコムさんには近接攻撃を頼もうと思ってるんです」

「近接攻撃を? 一人で? 神霊亀に?」

「もちろん他の人にも戦ってもらえるか聞きますが、誰も来なければ一人ですね。それにマルコムさんが一番適していると思いますし。近接攻撃で活躍してもらえるんじゃないかなって」

「そっか。そう言われると頑張りたくなるなぁ……神霊亀が相手じゃなければね! あいつ相手に近接はダメだって! 適してるってなに!? セージもレベル50じゃダメージを与えられないって言ってたじゃないか! おとりにでもするつもり!?

「大丈夫ですよ。あとでちゃんとダメージを与える方法を教えますから」

「本当に? うそじゃないよね?」

「あっ、試したことはないので、あとで検証しておきます」

「試したことないの!? 不安しかない!」

 ちゃんと検証するように念を押しながら嘆くマルコムであった。


     * * * * *


~Side ルシール・ラングドン~


 ケルテットの北の町であった魔物討伐作戦の後、ルシールはセージと話をして、何があろうと騎士を目指すと覚悟を決めた。

 それから五か月、ランク上げに明け暮れる。それは職業を勇者にするためだ。勇者であれば確実に強くなれる。騎士として戦う道が開けると思ったのだ。

 ランク上げのため、まず初めに行ったのが、マーフル洞窟での魔物せんめつ戦である。

 セージから教わったゴースト系への裏技、即死『リバイブ』で魔物を根絶やしにした。

 大量の魔物を倒したものの、さすがに商人と旅人両方のランクを上げ切るには少し足りない。

 もう少しランク上げがしたかったが、あまりに大量の魔物を狩ると、魔物が出現しなくなるのだ。これは魔物の数が無限ではなく、HP回復時間が設定されているからである。

 スライムならHP0になって逃げてもしばらくするとHPが回復して出現するが、レベル50以上で倒す魔物になるとそう簡単には復活できないようになっていた。

 マーフル洞窟周辺の村ドラルで、手続きや後処理などを済ませると、ラングドン領に帰る途中でランク上げのための寄り道をする。

 伸ばしていた髪を短く切り、変装して冒険者になって、であった。

 ただ、マーフル洞窟のようにランク上げは順調とは言えない。

 レベル50に対応する魔物が少なかったことや、途中で魔物に困っている村を助けるため必要ない魔物も狩っていたこともあり、なかなかランク上げが進まなかった。

 結局、領都に帰るまでに二か月近くかかったのである。

 ラングドン家に帰り、ノーマンのところに行こうとしたが、真っ先にルシールの母親に見つかった。

 弟が十二歳になるまでは次期当主としているが、それが終われば家を出る。

 髪を切った姿でそれを言うと、ぼうぜんとしていた母親からは悲鳴と共に説教を受けたが、ルシールは頑として意見を変えなかった。

 その後当主のノーマンにも話をした。

 勘当を覚悟して挑んだものの、ノーマンが答えたのは「ラングドン家の娘として誇り高く生きろ」とだけである。

 それはルシールにとって意外な言葉だった。

 すぐにでもラングドン家から追い出されるかと思って、いつでも出られるよう先に冒険者になったり、生活に必要なものを用意していたのだ。

 まさか受け入れられる、しかも家名を捨てなくてもいいとは思っていなかったのである。

 一時的な次期当主という立場に立たせてしまった負い目があったからか、セージとの縁という打算があったからか、ただ単に娘に対する甘さが出てしまったからか。

 なぜ激励のようにもとれる言葉だけで終わったのかルシールにはわからなかった。

 ノーマンの言葉に「はい」と答えて頭を下げ退室し、そして、とうとう賭博師のランク上げに取りかかる。

 賭博師のランクは学園時代に友人パスカルに誘われて三年間ギャンブルをしていたため、表示された時点でランク36まで上がっていた。

 ルシールはギャンブルにハマっていたわけではなく、勇者になるためには必要だと言われて真剣に取り組んでいただけだ。

 当時ルシールは十二歳だったが、ギャンブルが必要とは思わなかったし、そもそも学園でギャンブルは禁止である。

 初代勇者が起こした第五騎士団賭博事件から全面禁止になっているからだ。

 普通なら勇者にはギャンブルが必要なんて、そんな言葉は信じなかっただろう。

 ただ、それを言った友人、パスカルは勇者の孫であり、子供は親の職業を受け継ぐため本人も勇者だった。

 ルシールはパスカルから言われたため、勇者になるためにはギャンブルが必要だと信じてしまったのだ。

 パスカルは初代勇者の血を引き継いだからか、根っからのギャンブル好きで、ただ単にギャンブルがしたかっただけである。

 ルシールが興味を持ちそうなことを口から出任せで言っただけだった。

 まず最初にルシールを誘ったのも、第一学園の騎士科にはほとんどいない女子だったからだ。

 ギャンブルが禁止されていてもルシールがいたら人が集められるだろう、との考えからである。

 学園卒業前に最後の賭博を盛大にやって教官に見つかり、ルシールはパスカルと共に主犯の一人にされた。

 パスカルは勇者であり、ルシールはラングドン領に戻るため進路に影響はない。しかし、二人とも学園内で厳しい罰が与えられることになる。

 ただ、ルシールにとっては罰の内容よりも、勇者になるために賭博が必要だと言ったのはたらだったとパスカルから聞かされたことが衝撃だった。

 さらに、ラングドン領に帰ると、その情報が伝わっていた親から激怒され、ルシールはそれ以来賭博には手を出していない。

 セージから賭博の話を聞いた時に真っ先に思い浮かんだのはパスカルだ。

 当時は恨みしかなかったが、賭博師ランク36まで上がっていたので、今では感謝している。

(まさか悪友パスカルに感謝する日が来るとはな。人生わからないものだ)

 そんなことを思い出しながら賭博師のランク上げにいそしんだ。

 最初は賭博場や闘技場に行ったりしていたが、全くランクが上がらない。

 しかし、セージから教えてもらった賭け事は二人以上必要だ。

 誰とも知らない者と自分もよく理解していない賭け事をするなんてできるはずもない。

 ルシールが所属するラングドン領騎士団でも賭博は禁止である。

 ただ、そんなことでちゅうちょしていてはランク上げは進まないため、まずはギルを手始めに、ルシールが所属している第二騎士団から数人を巻き込んだ。

 そうして約三か月間、セージから教えてもらった賭け事で賭博師のランク上げをした。

 もちろん、騎士たちは訓練があるため、基本的には夜だけである。

 それにルシールも体をなまらせるわけにはいかない。

 日々の訓練、他の職業のランク上げに加えて、セージが王都に行くまでは稽古をつけたりもしていた。

 そんな日々が過ぎ、賭博師をマスターしたのはセージから教えてもらった『手本引き』と呼ばれる賭博を、ギルや騎士数人と一緒にしていた時のことだ。

 簡単にいうと、親が複数のカードから一枚を選び、子がそれを当てるというゲームである。

 ルシールに親の番が回ってきた時、選んだカードを全員に当てられて、その時持っていたお金を全て巻き上げられた。

 悔しく思いながらも賭博師のランクが上がってないか確認する。

 セージから教えてもらった賭博は聞いたことがないようなものばかりで、ランクが上がりやすい。

 手本引きを始める前はランク48で、数時間しかっていない。ランク49になってればいいというくらいの気持ちで確認した。

 そして、賭博師マスターの言葉と共に待ち望んでいた文字が見えたのだ。

『Joukyuu-shoku Yuusha ranku 1』

 不意打ちのように出てきた職業を見た瞬間、ルシールはしばらくの間固まり、そして何度も確認する。

(まさか、本当に? 夢じゃない?)

 聖騎士と賭博師をマスターすると勇者になれる。

 セージの言った通りだった。

 ルシールは呆然としながら、走馬灯のように今までのことが思い出される。

 そして抑えきれない気持ちが込み上げて、涙があふれた。

(ついに……辿たどいた……! セージの言っていたことは本当だったんだ……!)

 ルシールはセージの言葉を信じて、ここまでやってきた。

 そうは言っても、心の隅に残るわずかな疑念が消えることはなかった。

 そもそもわらをもつかおもいで信じたことだ。

 セージ自身も勇者になっていないのに、絶対勇者になれるだなんて信じ切れるわけがない。

 たとえ、セージが勇者になろうと信じ切ることはできなかっただろう。

 初代勇者もセージも遠い存在で、結局自分には勇者になれる才能はないんじゃないか。

 どれだけ努力して振り払おうとしても、そんな考えが頭から消えることはなかった。

 全てをマスターしても職業に勇者が現れず、途方に暮れて立ちつくす自分の夢を見て飛び起きる、なんてこともよくあったくらいだ。

 憧れで終わっていた勇者、壁を超えられずなれなかった騎士、貴族の娘として何もできない自分。

 苦しんできた人生でやっと一歩踏み出せた気がした。

 そして、セージに感謝する。

 セージの言葉、知識、行動がなければ、この一歩を踏み出すことはできなかっただろう。

 いくら感謝してもしきれないようなことだ。

 溢れる涙を止められず、にじむ視界に大慌てで謝ったりするギルや騎士たちが映っていた。

 大丈夫だと言いたかったが、はっきりとした言葉は震える口から出てこない。

 しばらくして落ち着いたルシールから解散を告げられるまで、周囲はおろおろするしかなかった。

 その時はすでに深夜だったが、ルシールはこっそり教会に忍び込んで職業を勇者に変更。そして、勇者になったことは誰にも言わずに秘匿している。

 まずはセージに伝えようという気持ちがあったのと、王国に知られたくなかったからだ。

 勇者になったことを王国が知ると、ルシールを上位貴族に迎え入れるだろう。

 そして、王族関係の誰かと結婚させられ、勇者になる方法を聞き出されるか、子を成せと迫られることはわかりきっている。

 女であるルシールにとってそんな縛りをかけられると自由に生活することさえ困難だ。

 もちろんメリットもある。勇者として認められ、王国女性騎士団の団長になることも夢ではない。そして、生活は豊かになるだろう。

 しかし、今のルシールにとって、それは魅力的なことではなかった。

 ルシールは好きに生きると覚悟を決めたのだ。

 職業だけの勇者、形だけの騎士に意味はない。魔を斬り払う勇者、人を守る騎士になる。

 名誉、地位、金よりも大切なもののために人生を使うと決めていた。

 そのためにまずは強くなることだ。

 そして、それと同時に冒険者として困っている人々を助けて回ろうと考えていた。

 次の日から賭博をぴたりと止めて、勇者のランク上げを開始する。

 勇者の補正によってステータスが大幅に向上し、ランク上げは少し楽になった。

 レベル50以上に適した魔物の多くは上級職になっていることを前提としている。中級職で戦うのは厳しかったのだ。

 そして、ランク上げを始めて一か月後、神霊亀が動き出したという情報が流れ、ラングドン領は大騒ぎになった。

 たまたま近くにいたルシールはすぐにラングドン家に帰ると、ノーマンから至急セージを呼び戻してほしいと頼まれ、飛行魔導船に乗って王都に行くことになる。

 ノーマンは領主であり、領地を守るのが義務だ。当然ラングドン領に神霊亀が来た場合、戦わなければならない。

 しかし、ノーマンはまともに戦っては勝てないと考えていた。

 実は、ノーマンは八年前の戦いで負けている。

 かつてラングドン領の南にあった領、ナイジェール領に神霊亀が攻めてきた時のことだ。

 ナイジェール領はラングドン領に援軍を求めた。

 すでに領地の境界で敗戦し、領内に侵攻していたので後がなかったのである。

 当時ノーマンは当主ではなかったが、代替わり間近であった。

 神霊亀との戦いがなければ、すぐに代わっていただろう。

 援軍の総大将としてナイジェール領都で神霊亀を迎え撃ち、大敗した。

 神霊亀の力は圧倒的だった。

 ナイジェール騎士団六百人、ラングドン援軍二百人、冒険者二百人、総勢千人が神霊亀に総攻撃を仕掛け、実際に攻撃できるところまで近づけたのが約百人。

 九割は遠距離攻撃によって壊滅もしくは逃走した。

 百人で攻撃したと言っても、わずかでもダメージを与えたという手応えを持ったのは十人もいない。

 結果として全軍退却し、ナイジェール領は滅亡した。

 神霊亀はノーマンにとって苦い思い出であり、勝てる想像ができない相手である。

 ノーマンが当主になってから魔法騎士団や研究所を立ち上げ、大型どきゅうなどの兵器を開発していたのはそのせいだ。

 進行方向から考えて、次に動いた時、ラングドン領に来ることは目に見えていた。

 神霊亀に大敗を喫したことによって代替わりが延期され、前当主であるノーマンの父が病で亡くなった二年前に当主となった。

 しかし、わずか二年では発展途上であり、まだ勝てるとは思えなかったのである。

 唯一可能性があるならばセージが王都で新たな知識を得て帰ってくることだ。そのいちの望みにかけてルシールを送った。

 ノーマンが必ずセージと共に帰るようルシールに言ったのは、セージが見つからなければ王都に残れ、ということである。

 それは、ルシールが戦いに参加できないようにするためだ。

 ルシールは名目上次期当主。当然戦うべきであり、本人もそれを望んでいたが、ノーマンとしては退避してほしかったのである。

 ノーマンは自身以外の家族を全員、娘の嫁ぎ先に様子を見に行くなどの理由をつけて領外に出していた。

 ルシールの乗る飛行魔導船は朝に着き、昼にはラングドン領に引き返す。

 タイムリミットは数時間しかない。

 セージを探し、役目を果たすことが第一だが、そんな短時間では無理がある。

 しかし、ルシールはもし見つからなくても領に戻って戦うつもりだ。

 セージに会えなくても、会ってラングドン領に戻ることを断られても、何があろうと自分のしたいようにする。

 ノーマンになんと言われようとラングドン領を見捨てることはない。

 そんな覚悟を持って王都に降り立つ。

 そして、その覚悟は早速無駄になるのであった。

「あれ? ルシール様? こんなところでどうしたんですか?」

 声の方を向くと、そこにいたのは普段と変わらないセージである。

「セージ? お前こそどうしてこんなところに?」

「どうしてってラングドン領に帰るんです。あっ、無事に入学試験は合格しました。いろいろと教えていただきありがとうございました」

「あぁ、それはよかった。私は役に立たなかったがな。いや、それより今ラングドン領に向かって神霊亀が動き始めていて、あっ、神霊亀っていうのはだな……」

「ルシール様、大体のことは聞いていますので大丈夫ですよ。ノーマン総長に試験に合格したことを伝えるついでに神霊亀を追い払っておきます。僕の故郷を潰されるわけにいきませんからね」

(……追い払う? そんなことが可能なのか? お父様やギルでさえ勝てなかった相手に……)

 ルシールはその言葉に戸惑った。しかし、さも当然のように言うセージに、ルシールは今までのことを思い出し、納得した。

(いや、違うな。セージはできるから言っているんだ)

「わかった。私も戦う。戦い方を教えてくれ」

「もちろんいいですよ。とても助かります」

 そこでカイルとマルコムが口を挟む。

「セージ。説明してほしいんだが」

「そうそう。一緒に戦うのはいいけどね?」

「そうでしたね。ルシール様、こちらは僕が王都でお世話になっていたカイルさんたちで有名な冒険者のパーティーなんですよ」

「俺がカイル。あとはマルコム、ミュリエル、ヤナ、ジェイクだ」

「私はルシール・ラングドン。君たちのパーティーの名前は『悠久の軌跡』か?」

 ルシールの言葉にカイルは少し驚いた。

「よく知っているな。あまり名乗らないんだが」

「今はラングドン男爵家の者として来ているが、普段は冒険者だ。王都の一級冒険者パーティーの名前くらい知っている」

 冒険者は十級から一級までランク分けされており、一級のパーティーはほとんどいないため有名である。

 カイルたちは一級になるのに十年ほどかかったが、それでも実力に加えて運が良かったと言えるほどだ。

 カイルとルシールの会話にセージが口を挟む。

「パーティーに名前ってあったんですね。知らなかったんですけど」

「セージには言ってなかったからな」

「教えてくださいよ。いやーかっいいですね、『悠久の軌跡』。カイルさんが決めたんですか? 意外とこういう名前をつけるんですね」

 セージが半笑いで言った。

 冒険者のパーティー名は人や出身地の名前から取ったり、○○団などの名称にすることが多い。

 最近の若手パーティーは『悠久の軌跡』のような名前をつけることはあるが、堅く見えるカイルたちがそういった名前をつけるのは意外だった。

 そんなセージにカイルは少し眉根を寄せて答える。

「お前は笑うだろうと思って言わなかったんだ。若い頃つけた名前だよ。有名になると名前も変えにくくてそのままだ」

「僕もパーティー名をつける時は参考にしますね。くふっ」

 カイルは笑いをこぼしながら言うセージを呆れたように見て、ルシールの方を向く。

「まったく。それで、ラングドン男爵令嬢、俺たちもセージと共に神霊亀と戦う予定だ」

「そうか、共闘だな。私のことはルシールでいい。呼びにくいだろう」

 冒険者は敬語を使わないという慣習があり、貴族に対しても敬語で話したりはしない。

 男爵令嬢などという言葉を使うのも珍しいくらいだ。

 丁寧に話すことがないため粗野だと思われており、冒険者は貴族からあまり好かれていない。

 ラングドン家は初代が元冒険者なのであまり気にしないタイプである。

「ああ助かる。長いなと思っていたんだ」

「そっちはカイル、マルコム、ミュリエル、ジェイク、ヤナでいいな?」

「すぐ覚えるなんてすごいね! 私はミュリでいいよ! ルシールはルシィでいい?」

 ミュリエルは獣族と人族のハーフであり、特に女の子に対しては愛称をつけたがる。

 獣族は愛称で呼び合うのが普通だからだ。

 ちなみに、ヤナはエルフ族なので愛称ではなく偽名である。

「ルシィ?」

(愛称か。そういえばそんな愛称で呼ばれたことなんてなかったな。ギルはお嬢と呼んだりするが、あれは愛称ではないし。ルシィなんて初めてだ)

 人族の中でも愛称で呼ぶことはあるが、貴族は愛称を使う習慣がない。

 むしろ、愛称をつけるのは品がないとか相手を下に見る行為だとされ、避けられている。

「ミュリ。急に言っても戸惑うだろう。すまないなルシール」

「いいや、ルシィと呼んでくれ。呼びやすくていい愛称だ。ミュリ、ありがとう」

「どういたしまして!」

 うれしそうに笑うミュリエルにルシールもつられて微笑ほほえむ。

「じゃあ僕もルシィさんって呼んでいいですか?」

 セージもここぞとばかりに乗っかる。

 実はルシール様と呼ぶのが面倒だと思っていたからだ。

(冒険者からならまだしもセージからとなると、示しがつかないけど、まあいいか。どうせラングドン家からはいずれ離れるつもりだ。それに、セージだしな)

「好きに呼んだらいい」

「ありがとうございます。さて、飛行魔導船に乗りましょうか。パーティーの場所を決めて荷物を運ばなきゃいけないんですから急がないと。それに飛行魔導船に乗るの楽しみだったんですよね」

 セージは嬉しそうに飛行魔導船の中に入っていく。

 カイルたちもついていくが、一級冒険者なので依頼によっては飛行魔導船を使うことがあり、慣れたものだ。

(こんなところは少年のようなんだがな)

 ルシールは緊張感のないセージに呆れながらついていくのであった。


     * * * * *


~Side ガルフ~


 セージがラングドン家の研究所長になり、領都へと旅立った後、ガルフの鍛冶に対する姿勢が変わっていた。

 仕事内容は大きく変わらないのだが、それとは別に魂を込めるように集中して鍛冶を行い、魔法剣などを作り始めるようになったのだ。

 魔法剣はその名の通り魔法の追加効果があるような剣のことで、例えば炎を出す剣などが当てはまる。

 弟子たちはどうしたのかと初めは思っていたが、五か月も経った今では日常になりつつある。

「今日の親方も気合い入ってるなぁ」

「流れるようなさばき、さすが親方だ」

「最近は夜中まですげぇ性能の魔法剣まで打つようになってんだろ?」

「昔はたまに作ってたみたいだったがここ何年かはさっぱりだったからな。急に魔法剣の素材なんて買ってくるように頼まれて驚いたぜ。何があったか知らねぇけど、やっぱ親方はすげぇや」

「親方、飯食わねぇで大丈夫か? 俺はもうとっくに食っちまったぜ。そろそろ声かけた方がいいんじゃねぇか?」

「馬鹿野郎。今声かけたらぶん殴られるぞ」

「今日は俺が指導される番だってのに、時間がなくなっちまうよ」

 ガルフの弟子たちが遠巻きに見ながら、ごそごそと会話をしていた。

 セージがいた時なら自由に話しかけても問題なかったが、今は違う。

 今までなかったルールが追加されたのだ。

 親方が午前中に剣や盾を打っていたら何があっても話しかけないこと。

 一日一弟子だけ一対一で指導を受けられること。

 その後、仕事が終わる時間までは質問してもいいこと。

 そして、それ以降は親方一人の時間になること。

 作業を見るのは自由なので、昼休憩の時間などはこうして弟子たちがガルフの手元を観察することも多い。特に今日は気合いが入っており多くの弟子が集まっている。

 このルールが作られたのは、ガルフが剣を打っている途中で弟子の一人に話しかけられ、烈火のごとく怒ったことがあったからだ。

 前までは質問をされても答えるくらいに余裕があり怒ったことなどなかった。

 ガルフはそれを思い出して後で謝ったのだが、どうしても集中したかったため、ルールを作ったのである。

 今のガルフは一つ一つの動作に全身全霊をかけており、余裕など全くない。これについてはガルフ自身驚いたことでもある。

 前までの鍛冶仕事は手を抜いていた意識なんて全くなく、品質は誰よりも良かった。

 しかし、やはり心のどこかでこの程度でいいだろうという妥協があったのだ。そのことに今さらながら気づいた。

 そして、自分のことだけではなく弟子の指導もしっかりするべきだと考えて、一日一弟子限定で時間を取ることにした。

 これは弟子のためでもあり自分のためでもある。

 教えるということは自分の作業を改めて理解することにつながるのだ。

 鍛冶は感覚的に学ばなければならないことが多い。それを伝えようとすると、さらに深く考えていかなければならない。

 教えることによって自分の中の曖昧さが消えていくとガルフは感じていた。

 また、自分の技を伝えていくことも使命だと考え始めたからでもある。

 弟子からすると、ガルフの指導を直接受けられるというのはありがたいことであった。

 厳しさの中に鍛冶への想いがあり、容赦なく的確、確実に自分の技術向上に繋がるとあって早く自分の番が来ないかと待ち焦がれる者ばかりだ。

 今まではガルフが見回り、部分的にアドバイスをするくらいだった。一人に長い時間を取るなんて今までなかったので、大きな変化である。

 ガルフは打ち上がった剣をよく眺めて確認すると一つ頷き、剣を置いて立ち上がった。

 そこで弟子たちが集まって見ていることに気がつく。

「お前ら集まって何やってんだ?」

「見学していました!」

 そう答えたの鍛冶師のダニーだ。ナイジェール領で鍛冶師をしていたが神霊亀に襲われて逃げてきた者である。

 鍛冶師はどうしても高温の炉などの施設が必要になるため、一から始めるのは難しい職業だ。

 そこで、近くの町の鍛冶屋を転々としながら王都に向けて移動し、ガルフの鍛冶屋を訪ねた時、ガルフの腕にんで居着いたのである。

 ダリアよりも新入りではあるが、腕前は良く、はっきりした物言いが特徴だ。

「ダニー、俺が最後に炉から出してから、どこを何回たたいたかわかるか?」

「いえ、わかりません!」

 はっきり言うダニーにガルフはため息をつく。

 周りの弟子たちは、よくそんなことはっきり言えるな、という目を向けていた。

「まったく。いつも言ってんだろ。見学っつうのは見るだけじゃねぇんだ。手元を、剣の状態をよく見て、自分が打つ時をイメージしろ。今は俺が個別で教えてっからって、見て学ぶことがなくなったわけじゃねぇんだぞ」

「はいっ!」

「あとな、もっと近づいて見ろ。そこじゃあ炉の中が見えねぇだろ」

「いいんですか?」

「邪魔なとこには立つなよ」

「ありがとうございます!」

 ガルフはドカッと椅子に座ると「飯」と言った。

 いつもはダリアが用意するのだが、今は冒険者ギルドに魔法付与に必要な素材を受け取りに行っている。

 代わりにダニーが用意していると、ダリアが思い切りドアを開けて転がるように入ってきた。

「親方ぁ! くっ、来るみたいです! すぐ、逃げましょう! 緊急事態です!」

「うるせぇぞダリア! 何言ってんだ!」

 突然叫びながら鍛冶場に入ってきたダリアにガルフはげんこつを落とす。

 久々に食らった拳骨にダリアは「くぅ」と変な声を漏らした。

「落ち着いて話せ!」

「すみません。神霊亀が動き出したそうです! こっちの方に向かってるらしいです!」

「すぐに来るのか?」

「あと一週間もないらしいです……それでこの町は終わりです」

 脳が揺れたかと思うような衝撃を受けた頭をでながら絶望するダリアと正反対に、ガルフは強い意思を瞳に宿した。

 そして、ニヤリと笑いを浮かべる。

「そうか、来たか。早いじゃねーか、まったくよぉ。二年後とか予想外れてんじゃねぇか、セージ」

「えっと、親方? どうしたんですか?」

 ぶつぶつ言いながら立ち上がるガルフにダリアが戸惑って問いかけるが、ガルフは答えずに声を張り上げた。

「おい聞いたか! ここに神霊亀が来る! 逃げたいやつは逃げろ!」

 鍛冶師たちがガルフの方を向き、その内の一人が問いかける。

「親方はどうするんですか?」

「俺は残る。頼まれごとを済ませねぇとな」

「俺たちもやります! すぐ終わらせて逃げましょう!」

 その言葉にガルフは首を振る。

「こいつは俺にしかできねぇ仕事だ」

「いつまでかかるんですか? 親方だけ置いていけませんよ!」

「さぁな。できたモンも渡さなきゃなんねぇし。取りに来るまで待つぜ」

「こんな時に来るやつなんていません!」

 その言葉にガルフは真剣な目を向ける。

「確かにな。だが、セージは来る」

「セージ? 今は王都にいるらしいですよ! 来るわけないです!」

「あいつは神霊亀と戦うために来る」

「いや、王都からじゃ間に合わ、って神霊亀と戦う!? セージが戦ってどうなるんですか! 千人もの騎士と冒険者が立ち向かって蹴散らされたんですよ! 神霊亀は倒せる相手じゃありません!」

 ガルフはそう言った鍛冶師をギロリとにらむ。

「だからなんだ?」

「なんだ、って、親方がどんなにいい武器を作っても神霊亀は倒せな──」

「倒せる倒せねぇってのが鍛冶師に関係あるか?」

 ガルフの言葉に鍛冶師は口ごもる。

「お前は鍛冶を頼まれて、戦う敵にまで口を出すのか? 敵がえぇから作らねぇって言うのか?」

「いえ、そんなことは、ないですが……」

「俺はセージから神霊亀と戦うための装備を頼まれた。わかるか? 俺はその依頼を受けてんだよ。何があろうと、俺は鍛冶師として全身全霊で世界最高の剣と盾を作る。それだけだ」

 そう言うと、どしんと椅子に座って食事を開始した。

 鍛冶師たちはガルフの意思に、もう何も言うことはなかった。


     * * * * *


 初めてセージと出会ってから四年後、セージがまだ九歳の時のこと。

 セージがガルフのもとに改まった顔つきでやってきた。

「どうした。またややこしい器具を作れって依頼か?」

 セージはトーリの店で様々な薬を作っている。

 高品質薬を作る際に使う器具は今までにないものも多く、その製造器具を全てガルフに作ってもらっていた。

「いえ、今日は違います。ガルフさん、ここで働かせてください!」

「お前はすでに薬屋で働いてんじゃねぇか」

「ここで働きたいんです!」

「おいおい、トーリのところはどうするんだよ。それにまだ九歳じゃなかったか?」

「ここで働かせてください!」

 ガルフは同じ言葉を繰り返すセージを見る。

 真面目な表情を取り繕っているが楽しそうな雰囲気を感じた。

(また訳がわからねぇこと考えてんのか。こいつはたまにこうなるよな。変わったやつだ)

 器具の発注をしに来た時、セージがたまたま通った飛行魔導船を見上げていたので「乗りたいのか?」と聞くと「飛べない豚はただの豚ですからね」と答えたり、容赦ないダメ出しに落ち込む弟子のダリアに「諦めたらそこで試合終了ですよ」と慰めたりしていた。そういう時と同じ顔だ。

「……わかったよ。じゃあ、明日の朝から来い。先に言っとくが鍛冶師の仕事ってのは楽なもんじゃねぇぞ。それに、新入りは雑用からだ」

「了解しました!」

 それからセージは毎日欠かさず来るようになったが、最初は心配していた。

 当時、ガルフの鍛冶屋には二十人ほどの鍛冶師がいて、町に三つある鍛冶屋の中で最も大きい。

 それに、他の鍛冶屋は窯業専門であったり、鋳物ばかり作ったりで、ガラス製品や武器を作っているのはガルフのところだけだ。

 なので、ガルフの鍛冶屋に弟子入りしてくる者はそれなりにいる。しかし、辞めていく者も多くて数人も残らない。

 ダリアと同時期に入った者は、ダリア以外全員辞めていった。

 人や仕事にめない場合もあるし、過酷な環境に耐えられない場合もある。

 鍛冶場の暑さにやられて倒れ、それっきり来なくなった者、重労働に腰を痛めて辞めていった者もいる。

 そもそも九歳に耐えられるような場所ではない。

 ガルフはセージもすぐに辞めてしまうんじゃないかと思って心配していたのである。

 しかし、セージは順調に仕事をこなし、この鍛冶屋に馴染むのに一か月とかからなかった。

「ダリアさん、特製茶です。必ず飲んでくださいね」

「ありがとう、助かるよ」

「おい、早くこっちにもくれ!」

「はーい!」

 大人にも臆することなく対応し、有能であるが謙虚なのが好まれた。

 当時のセージのレベルは20であり、INTやMPは人間離れしている。なので、大人と同程度の力仕事もでき、生活魔法は千回以上使えるのだ。

 火起こし、風送り、換気、冷却水などの全てをセージ一人の魔法で賄い、水分補給でも薬師と調理師をマスターしたセージが塩やセンの葉などを加えて特製茶を作っていた。

(まさかこんなことになるとはな。あいつがいなきゃやっていけなくなるぜ)

 体調を崩す者は少なくなり、ミスが減って品質は上がった。良いものが作れるとやる気も出る。

 鍛冶場の環境は劇的に改善し、ガルフとしても助かっていた。

(それに鍛冶の腕前も見込みがあるってんだからな。ダリアは焦ってんじゃねぇかな)

 鍛冶師の見習いになったとしても、すぐに鍛冶ができるわけではない。

 半年から一年程度はきっちり雑用をこなして、それからやっと鍛冶ができるのだ。ここまで辿り着く者が一握りである。

 しかし、セージは一か月後には全ての雑用をこなしていた。

 大人並みのステータスと並外れたMPがあったからこそ可能なことで、普通の子供には無理なことだ。

 セージの働きによって鍛冶師たちの仕事に余裕ができたこともあり、二か月経たないうちにセージは鍛冶を教えてもらえることになった。

 そこでもセージは子供とは思えない力を見せた。鍛冶師に教えてもらいながらも手際よく作業し、品質は悪いがちゃんとした製品になったのである。

 この世界でちゃんとした製品とは商人の特技『鑑定カンテイ』で名前が表示されるものを示す。

 製品にならなかったものは原料名などが表示される。

 見習いは陶器を作るのだが、ガルフの鍛冶屋では最初の鍛冶だけ鉄のナイフを作り、鍛冶師として働いている間はそれを大切に保管するという慣習がある。

 大抵は製品にならず、鑑定すると『鉄』としか表示されない。セージのナイフは『鉄のナイフ 低品質』と表示された。

 前世の記憶の影響で、器用さのステータスも高く、雑用をこなしながら鍛冶師たちの様子をずっと観察していたことが功を奏した。

 最初から製品になる場合もあるのだが、多くの者はうぬぼれてしまい結局そこから成長しなかったりする。

 しかし、セージはそれで満足することなく、鍛冶にまいしんした。

 実際のところ、セージとしては鍛冶にというよりはランク上げに邁進していたのだが。

(本当にあいつは何なんだろうな。あれから少しでも時間があれば鍛冶に取りかかってめきめき腕を上げて、二年ちょっとで鍛冶師をマスターしちまいやがった。でも、それは金のためじゃねぇってんだからな)

 見習いでは珍しく、セージには少し給金を渡すことにしていた。

 セージが来て以降、利益が目に見えて増えたからだ。多少セージに渡すにも利益を考えると微々たるものである。

 しかし、セージはそれを全て孤児院に寄付していた。

 これはセージが孤児院で肉を食べたいからと、セージに時間がなくなった分、孤児院の子供たちに薬草などを採取させるためだ。

 自分が欲しいものは薬屋の利益だけでなんとでもなる。

 しかし、ガルフたちはそんなことは知らない。

 セージが給金の全てを孤児院に渡していて、そのことをしばらく経ってレイラから聞き感動したのである。

 セージの知らないところで、セージの株が上がっていた。

(それに、出ていく時にとんでもないものを残していきやがって)

 セージがラングドン家の研究所長になり、さらに王都へ行くという話を聞いた時のことだ。

 セージのサポートが受けられなくなると知って嘆く鍛冶師たちの中、ガルフはやっぱりそうかという気持ちだった。

 ガルフとしては、セージがこんなところで満足するわけがないと心の隅で思っていたのである。

 思っていたより早かったが、いずれ出ていくだろうと想定していた。

 鍛冶場の環境が良くなっている今、なかなか元に戻せない。これからどうするかということがガルフの考えることだった。

 特製茶を買うことや魔法使いを雇うことなどに頭を悩ませつつ迎えたセージの最後の仕事日。

 ガルフは仕事終わりにセージから呼ばれた。

 この時から、ガルフのドワーフ生が変わった、いや、再び進み出したと言っても過言ではない出来事が起こったのである。

「どうした? 二人で話すことがあるなんて珍しいじゃねぇか」

 仕事は終わっているのに一つの炉に火が入っており、その前にセージが立っていた。

 セージの表情はいつも通りだが、いつになく真剣な雰囲気があった。

「ガルフさんにお願いがありまして。いくつかの武具を作ってほしいんです」

「はぁ? 何言ってんだお前、自分で作れるだろ?」

「最高の品が欲しいんですよ。僕が作るより確実にいい物ができますから」

 鍛冶師をマスターしたといっても出来映えは変わらない。

 薬師をマスターしていたトーリが普通品質の回復薬を作っていたように、作り方が重要なのだ。

 そして、ガルフの腕前は王国の中でもトップクラスだと言われている。

「まぁいいがな。せんべつだ。何でも作ってやるよ」

「ありがとうございます。では遠慮なく、気合いの盾、精霊の、氷結の剣をお願い──」

「おい、セージ。本気で言ってんのか?」

 セージの言葉をガルフは途中で遮った。

 その声に怒気が帯びているのは、それらの武器はガルフが作れないものであったからだ。


 なぜ作れないかはガルフの若い頃に遡る。

 ガルフの父親グレゴール・ザンデルはドワーフの里で有名な技工師だった。

 技工師は鍛冶師と木工師をマスターすると現れる生産職で、武器や防具に魔法効果を付与することができる職業である。

 鍛冶師ではステータスを上げる効果は付けることができるが、炎を出す剣や魔法ダメージを軽減する盾など作ることはできない。

 ドワーフ族の中では物を作る職人が花形の職業、そして技工師は男がなりたい職業ナンバーワンだった。

 ちなみに女であれば魔道具師が人気である。

 国に認められた生産職の家門がいくつかあり、グレゴールのザンデル家もその内の一つだ。

 ザンデル家は技工師の名門で多くの分家がある。その中でもグレゴールは剣の鍛造技術が飛び抜けていて、作れない剣はないと言われるほどであった。

 さらに勇者に特別な剣を作り、魔王を倒すのに貢献したという伝説まで持っているため憧れる者も数多い。

 グレゴールの息子であったガルフは、父親から鍛造技術を学び、剣を打ち続ける日々を過ごす。

 その甲斐かいもあり、鍛造技術は同世代で頭一つ抜け、将来有望な鍛冶師として認められた。

 ガルフは木工師も早々とマスターし、十五歳で技工師になったそんな時のこと。

 グレゴールは病を患い急死。ガルフに技工師としての技術を受け継ぐことなくこの世を去った。

 や事故で亡くなることは少なく、ドワーフ族は寿命も長いが、病気での急死は珍しいことではない。

 ただ、まさか予兆もなくグレゴールが急死するとは思っていなかった。

 がくぜんとしながらもガルフはグレゴールが剣を打っていた場面を思い出し、手探りで魔法剣を作り始める。

 しかし、どうやってもほとんど魔法効果がない剣しか生み出せない。

 父親の死による動揺、魔法の付与ができない焦り、先々に対する不安。

 そんな状態で集中できるわけもなく、普通の剣でさえ今までより品質を落としてしまう。

 さらに、金の問題も出てきた。

 魔法剣の原料には金がかかる。金属だけでなく魔物の素材も必要になるからだ。

 しかし、出来上がるのは大したことがない剣で、金は減る一方。

 魔法剣を作ろうとすることさえ困難になっていく。

 他の技工師に弟子入りしようにも、そうそう認められるものではない。

 それに、グレゴールがガルフだけに教えるつもりで弟子入りを全て断っていたことも裏目に出た。

 同世代のドワーフはどんどん品質の良い剣を作り出し、ガルフは取り残されていく。くすぶっているうちにザンデル家の名をはくだつされ、ガルフはドワーフの里を出た。

 そして、元の名前ガブリエール・ザンデルを捨ててガルフとなり、人族の町に移り住む。

 別に人族の町がよかったというわけではない。ただ単に人族なら比較的ドワーフに友好的で、鍛冶師でも生活ができるからだ。

 ケルテットの町に来たのも特別な理由はない。山や森が近くてドワーフの里から離れた場所ならどこでもよかった。

 逃げるようにして来た町でも、たまに魔法剣を作ろうとしていた。

 グレゴール・ザンデルの息子、ガブリエール・ザンデルとして、そうそう諦めることができなかったのだ。

 しかし、どれだけ試行錯誤してもくいかず、人族の弟子を多く抱えるようになり、最近は挑戦すらしていない。

 だからこそ、当たり前のように魔法の効果がついている剣や盾を要求してきたセージに、そしてその期待に答えられない自分自身に怒りを抱いたのである。

(ドワーフだからって誰もが魔法をつけれるわけじゃねぇんだぞ)

 ガルフの怒りに対してセージはひょうひょうと答える。

「えぇ、もちろん本気で言っています。コツさえわかれば魔法の付与は難しくありません」

「お前なぁ! それがどれだけ──」

「でも! 剣の性能を決めるのは鍛冶師の技術です!」

 怒鳴るガルフに大声をかぶせるセージ。

 普段と異なる真剣なセージの勢いにガルフは言葉を止めた。

 セージの言うことは真実だ。鍛冶師をマスターしたセージとガルフが同じ原料で同じ鉄の剣を打ったとしても性能、つまり攻撃力が異なる。

 当然、鉄の剣よりミスリルの剣の方が攻撃力は高く、武器によって上限はある。

 ただ、ガルフは限界まで性能を引き出せるのだ。

 セージはランクを上げるということに集中していたため、剣の性能を上げることには力を注いでいない。

 セージが鋼の剣を作ったとしてもガルフの鉄の剣と同程度だ。

「僕が打っても低い性能しか出せません。ですがガルフさんの技術があれば最高の装備ができるはずです」

「……性能が高かろうが作れなきゃ意味がねぇんだよ」

「それではよく見ていてくださいね」

 ガルフの言葉を無視して鍛冶の準備を始めるセージ。

 言いたいことはあったが、ガルフは黙ってその様子を見た。セージの目に決意のようなものがあったからだ。

 セージは置いてあった剣を手に取る。

「さて、この剣は僕がさっき用意していた完成前の基礎の剣です。ここまで特に注意する工程はありません。今回は氷結の剣を作るのでミスリルと鋼を使っています。これを炉に入れます」

 ガルフは剣を見て、粗さはあるが丁寧に作られている悪くない剣だと思った。

 そして、熱されて赤くなってくる剣を見つめる。

「色が重要ですからね。よく見ててください。その部分がオレンジになるくらいの瞬間を見極めます……ここ!」

 ざっと取り出すと、石の上に置いてすぐに粉末をかける。

「パッとかけたらリズミカルにぃ! 叩く! はい! 叩く!」

 セージは声を出しながらリズミカルにカンッカンッとハンマーで叩く。FS12に出てくるミニゲームで完璧に覚えたリズムだ。

 ただし、ゲームでできるのはリズムだけなので、リアルで打つのとは異なる。

 ガルフから見たらその力加減や打ちつける場所、角度、どれもが完璧ではない。

 そうだというのにセージの姿は父親の姿をほう彿ふつとさせた。

「はいっ! 炉に入れる! 回数も大切なんですが後で説明します! 今は色! 大事ですからしっかり覚えてくださいね……ここ! この色が最高! 叩きはリズムが、大事! パッとかけてー、叩く!」

 セージは止めどなくしゃべりながら作業を続け、ガルフはその作業を必死に見る。

 父親は口数の少ないドワーフでセージの教え方とはかけ離れていたが、昔の光景を思い出してしまうのは音のせいかもしれない。

 リズムが一緒なのだ。

 父、グレゴール・ザンデルが魔法剣を打つリズム。簡単そうに打つ作業の中にどれだけの積み重ねがあっただろう。

 そのことがわからず、いつか教えてもらえると甘えてしっかり見ていなかった自分を何度呪ったことか。

 セージは何度か繰り返し、魔法付与の工程を終える。

「はいっ、ここまでー。後は冷やして普通のいしで研ぎます。この工程に特別なところはありません。その後は細工を施して、出来上がったものがこちらになります」

 セージは別の場所から一振りの剣を取り出した。

「鍛冶師をマスターした今の僕が全身全霊をかけて丁寧に作った最高の剣、なんですが品質は普通ですね。まぁそれはいいんです。これが、氷結の剣です」

 ガルフはその剣を鑑定し、セージの言う通りであることを確認する。

 氷結の剣などの物理攻撃に魔法攻撃を加える剣はドワーフの里でも作れる者が少なく、慣れた者でも必ず成功するとは言えない。

「なぜ作り方を知っている?」

「技工師の本を読んだからですね」

「はぁ? そんなもんで作れるわけねぇだろ」

「すごくわかりやすい本が手に入った、ということにしておいてほしいんです」

「どういうことだよ」

「わざわざ親方だけ呼んだのは内密にしてほしいからなんですよね。詳細は省きますけど、グレゴール・ザンデルという鍛冶師のをするミニゲ……えーっと、まぁ魔法剣を作ってるところを見て、それを真似しただけなんです」

 セージはミニゲームと言いかけて慌ててしたが、ガルフはそれどころじゃなかった。

「グレゴール……ザンデルだと?」

「ええ、知らないですか? ドワーフの里では有名な鍛冶師だと思うんですけど、この辺りでは聞かないですよね」

(なぜ、その名を知っている?)

 もう二十年以上前にガルフの父、グレゴールは亡くなっている。

 それにこの地はドワーフの里から遠く、当然その名前を聞くことはない。

「さて、それはさておき、ガルフさんにこれを作ってほしいんです。盾の作り方も教えます。お願いできますか?」

 セージは穏やかに微笑んでガルフに頼む。

(俺がこれを? グレゴール・ザンデルの真似ってことは、おやの技を継ぐってことだよな。まさか今になって……俺でいいのか?)

「俺に教えてよかったのか? これから王都に行くんだろ? そこから北にはドワーフの国もある。俺は別の国から来たからよく知らねぇが、俺よりすげぇ鍛冶師なんざ山ほどいるだろうよ」

 そんなガルフの言葉に、セージは少し首をかしげて答える。

「教える許可は取ってないんですけど、たぶん大丈夫でしょう。バレませんし。グレゴールさんよりガルフさんの方が高い技術を持っていますから、知っていて不自然でもありません」

「まさか、そんなはずは……」

「数多くの武器を見てきた僕が保証します。ガルフさんは世界最高の鍛冶師です。ガルフさんより腕のいい鍛冶師はいませんから、ガルフさんに作ってほしいんです」

 セージはガルフのことをチート鍛冶師だと思っていた。

 FSシリーズでは同じ名前の武器でもナンバリングによって攻撃力は異なる。

 セージは武器を実際に作ってみて、それは品質の差だと考えるようになった。

 そして、ガルフ作の武器はセージが上限だと思っている攻撃力の値以上、つまり、歴代最高を超えている。

 例えば、FSシリーズで鉄の剣は攻撃力+28が最高だが、ガルフ作の鉄の剣は攻撃力+32である。

 たかが+4の違い。

 しかし、セージは周りの鍛冶師を見て知っている。

 ガルフの鍛冶屋で一番腕が良く+26の鉄の剣を作ることができる鍛冶師が+25から1上げることにどれほどの修練を重ねる必要があったか。

 ガルフは魔法付与ができないからこそ、鍛冶の技術のみを磨き続けて超一流の腕前になっていた。

 その技術は唯一無二のものだ。

 ガルフは自分を世界最高の鍛冶師だと自信を持って言いきるセージを見る。

 なぜか亡き父にも認められたような気分になった。

(俺が世界最高の鍛冶師か。ドワーフの里から逃げ出した俺が。そうだな、俺は名匠グレゴール・ザンデルの息子、そしてグレゴール・ザンデルを超える男。グチグチ言ってる場合じゃねぇ)

 ガルフはセージをまっすぐに見据えて答えた。

「そうまで言われちゃ仕方ねぇな。作ってやるよ。世界最高の剣と盾をな!」


     * * * * *


~Side ティアナ&ローリー~


 孤児院出身で服飾師になったティアナは、にわかに騒がしくなった町を歩いていた。

 現在十七歳、働き始めて六年目に入っている。子供っぽさが薄れてきたが、つり目がちの目やポニーテールは変わっていない。

 ティアナは慣れた足取りで大通りから横道にれて、元トーリの薬屋であるローリーの雑貨屋のドアを開ける。

 カランコロンという音と共にローリーがティアナの方を向いた。

「ティア、いらっしゃい」

「盛況みたいね。商品がほとんどないじゃない」

 ティアナがぐるりと店内を見回す。特に薬系は少なかった。

「まあね。こんな事態だから薬の入荷は止まったし、冒険者たちは護衛の仕事で稼ぎ時だって買い込んでいくし、今朝には商品がなくなっちゃったよ」

「これじゃあ商売にならないわね。服を作って持ってきたから服屋にしたら?」

 ティアナが袋から服を取り出しながら言う。店の一角に服のコーナーがあり、何着かの服が掛けられていた。

 ティアナが働いている店ではフリーサイズの普段着や小物、かばんなど生活で使う物を作ることがほとんどだが、ローリーの店に置いているのは冒険者用の服だ。

 普段着と違い防御力が高く、ものによっては魔法耐性などの効果が付いている。

 これらはオーダーメイドの品になり、購入希望者を採寸して作るものだ。さらに前金も必要である。そうでないとティアナが素材を買う余裕がない。

「服屋にしたら店が潰れるよ」

 ローリーがおどけたように言う。

 確かに服はそこまで頻繁に売れるものではない。

 冒険者向けだが、冒険者は盾や鎧を重視しがちである。

「言ってくれるわね。そのうちこの店は私の服を求めて大勢のお客さんが来るようになるわ」

「そうなると助かるんだけどね。頑張ってー」

 期待してなさそうに言うローリーの目の前にティアナがドンと荷物を置く。

「これが新しい服。絶対売れるから」

 荷物から取り出したのは黒いローブだ。

 ローリーは目の前に出されたローブを鑑定して、目を見開き、もう一度鑑定した。

「えっと、闇のローブ? ど、どうしたのこれ?」

 FSのゲームで闇のローブは上位互換の装備があるものの、中盤から終盤にかけて活躍する優秀な装備である。

 魔法効果の付いた服系の装備は、服飾師と細工師をマスターしてなれる魔道具師が作るものであり、魔道具師は器用な人系種族やドワーフ族に多い。特にドワーフ族の女性と小人族は魔道具師として有名である。

 人族にも魔道具師は多く、白のローブや風の服など回復量や素早さを上げる効果を持つ装備が作られていた。

 その効果はわずかだが、それでも普通の服と比べれば高級品だ。

 ローリーが驚いたのは闇のローブが攻撃魔法を20%減少させる効果を持つ一品だったからである。さらに防御力もその辺の鎧より高い。

 高い効果を持つ装備は存在しているのだが、製法がわかっていないものがほとんどだ。

 研究所で製法が研究されていたり、一部の貴族がコレクションしていたり、冒険者が使っていたりして、市場に出回ることも珍しい。

「どうしたって私が作ったに決まってるじゃない」

「そんなはず……あっ、まさか」

「なによ」

「盗んだの?」

「そんなわけないでしょ!」

 パァン! とティアナがローリーの頭を叩く。

「ちょっとティア! 思いっきり叩きすぎでしょ! HP減ったよ!」

「ちょっと減っても誤差よ、誤差。ほっとけば回復するでしょ」

「セージじゃないんだから。ホントにもう。薬草でも飲もうかなぁ」

 衝撃を感じた頭を撫でつつローリーはセージを思い出した。

 セージはすごうでの薬師なのでいくらでも薬草でHPを回復することができる。なのに、ちょっと減ったくらいでは全く気にせず回復もしていなかった。

 HP0になっても平気で笑っていられることに、ローリーはちょっと引いていたりもする。

「そんなことより! この服は私が作ったの! これを売っておおもうけよ!」

「なんで作れたの? ティアが働いてる店って、装備研究する感じじゃなかったよね? 前は商会で働いてたからこんな装備があるって知ってるけど、それでも実際に見たのは初めてだよ? それを急にティアが作れるっておかしくない?」

「それはあれよ、あれ。えっとー……」

「セージに教えてもらった?」

「えっ、なんでそれを、あっセージから聞いてたわね!」

 非難するようなまなしを送られたローリーはため息をついて答える。

「違うよ。ティアが闇のローブを作るなんておかしいけど、セージが頼んでたらありえるかなって思っただけ。ジッロにも腕輪とか頼んでたしね」

「……確かにそうね。悔しいけどあいつはすごいわ」

 ティアナは仕方ないといった雰囲気でそう答えた。

「すごいっていうか、おかしいって気がするけど。それで、そのローブ、この店で売るつもり?」

「これは頼まれた分だからセージに渡すやつ。けど、セージが取りに来るまで見本として飾っておけば誰かが依頼してくれるかもしれないでしょ?」

 ティアナがローブを広げてどこに飾ろうかとレイアウトを考える。ローリーは店にお客さんがいなくてよかったと思った。

「それは飾らないよ。セージが取りに来るまで僕が預かっておくね」

「どうしてよっ!」

「ティアはそれをいくらで売るつもり?」

「それは、まだ考えてないけど。私は相場がわからないからローリーに相談しようと思って。金貨一枚くらい?」

 ティアナは、セージから頼まれた時にポンと金貨一枚を渡されて慌てたことを思い出して言った。

 普段は銅貨、大きな買い物でも銀貨までしか使わない庶民にとって、金貨はあまり見ることがない硬貨だ。

 持ち歩くだけでそわそわしてしまう大金である。

 だが、ローリーは再びため息をついた。

「やっぱり。金貨一枚なんてありえないよ。最低でも金貨五枚」

「金貨五枚!?

「売り方を考えれば十枚は超えるんじゃないかな? いや、僕の想像をはるかに超えた値段がつくかも」

「そっそんなに!?

「というわけでそんなもの置いとくわけにはいかないよ。られたらどうするの? 買う人がいても、どうやって作ったのか問いただされるだろうね。ティアが買った素材を調べられて、そうなったら……」

「わかったからもういいわ! 私が超有名な服飾師になって自分の店を持ったら売ることにする! セージは売ってもいいって言ってたから!」

「セージは知識がある割に常識がないんだよ。本当にそうなった時は売る前に相談してね」

「なによ、ローリーのくせに。でも相談くらいならしてもいいわ」

 ローリーはそんなティアナの強気の姿を見て変わらないなぁと少し笑う。

「ところで、ティアは逃げないの?」

「逃げないわ。今さら逃げようとしても一人じゃ逃げられないし、冒険者の護衛なんて高い料金吹っ掛けられるだけよ。それにどうせセージが来てなんとかするもの。無駄よ無駄」

「そうなんだ。僕は逃げるけどね」

「はぁ!? なんでよ!」

「セージがもし逃げようと思った時に僕が町にいたらどうすると思う?」

 ぜんとするティアナに、「もしもの話だよ」と念を押すローリー。

 ティアナはそんなもしもの話を想像してみた。

「まぁ、一緒に逃げるんじゃない?」

「そうだよね。セージって何でもできるし、僕らとは考え方が違ってて、いつも忙しくしててさ。なんというか、ちょっと距離を感じることもあるんだけど、でも絶対に見捨てたりしないんだよね」

「それがどうしたの?」

「セージはおかしいけど、神霊亀もおかしい魔物だよ。両方ありえないようなものだから。戦ってどうなるか僕にはわからないんだけど、セージなら負けるとわかったらすぐに逃げるかなって。そんな時、僕らがいたら?」

 ティアナは黙って想像する。その想像はティアナにとって決して良いものではなかった。

「いろいろと考えて僕は逃げることにしたんだ。とりあえずセージが来るまでは待つけどね」

 ティアナはローリーの言葉をじっくり考えて質問した。

「それで、ローリーはどこに逃げるわけ?」

「えっ? まぁ、とりあえず領都まで行って……あとはどうなるかわからないし、また状況によって考えるつもりだけど」

「そう、奇遇ね! 私もちょうど領都まで観光に行こうと思ってたところなの。働いてる店は休みになったし、セージに頼まれてた仕事も終わったからね。たまには羽を伸ばさないと。せっかくだからローリーと一緒に行くわ!」

 ローリーはその言葉に笑ってしまう。

 ティアナは不機嫌そうにそんなローリーを睨んだ。

「なによ、文句あるわけ?」

「いいや、ないよ。じゃあ一緒に行こうか」

「そうと、決まったら準備しなきゃ。あっこれ預かっておいてね」

 ティアナは闇のローブをローリーに押し付けて出ていくのであった。


     * * * * *


 セージたちは飛行魔導船に乗り込み、王都からラングドン領都に向かう。

 飛行魔導船とは創造師アンゼルムが造った空飛ぶ船のことだ。

 簡単に言うと、海を航行する木造船の上に、えんけいのバルーンを繋げたような形状をしている。

 そして、バルーンが浮かんで移動するのだが、なぜ浮かぶのかはわかっていない。

 バルーン内部は空洞で、中央にいくつかの魔石が設置されているだけである。

 また、内部からバルーンに付いている翼や尾翼の調節ができる。

 これは飛行魔導船の初期型の特徴で、船部分に翼が付けられたり、船形が箱形になったり、バルーンに装飾がされてたり、後期型とは少し異なる。

 今回乗った飛行魔導船は初期に造られたものになる。

 乗客が乗る場所は船部分であり、セージは甲板で外を眺めていた。

「ここにいたか」

 セージの隣にルシールが声をかけながら立つ。

 今は夜。月のような衛星が二つあり、あかりがなくても顔が見える程度には明るい。

 急にルシールが来たことにセージは目をしばたたかせた。

「あれ? ルシィさんも景色を見に来たんですか?」

「いや……セージは何を見ていたんだ?」

 ルシールは景色を見ようとしたわけではなく、セージに会いに来ただけだ。

 そもそも月明かりがあるとはいえ、景色が楽しめるような明るさではない。

 セージは明るい間に飛行魔導船の内部を見て回り、暗くなってからはせっかくなので外を眺めていた。

 錬金術師のランク上げ道具をあまり持ってこられず、時間が余っているということもある。

「何を見ていると聞かれると……世界、ですかね」

「世界?」

「そうです。例えば、灯りが見える町とか、あの山の頂のほのおとか、そこの月明かりを映す湖とか」

 ルシールは何度か飛行魔導船に乗ったことはあったが、夜の景色をまじまじと見たことはなかった。

 セージに言われて見てみると、ただ暗いだけだった景色が少しきらめいて見える気がしてくる。

「確かにな。昼とはまた違った見え方だ。ものによっては夜の方がわかりやすいかもしれん」

「ええ、昼は明るくていろいろなものがよく見えますが、それ故に見えなくなるものもあるのでしょうね」

「明るいから見えないか。不思議なものだ。セージは冒険者になって世界を見て回りたいと言っていたな。こうして見える場所にも行くつもりか?」

「ええ、もちろんです。いつかこの世界の果てまで全てを見て回ることが夢なんです」

 ルシールはセージをちらりと見た。

 世界の果てまで全てを見て回るなんて無理だと誰もが言うだろう。

 ただ、セージなら成し遂げてしまいそうだとルシールは思った。

「……それは壮大な夢だな」

「えぇ、世界は広いですから。僕はまだグレンガルム王国、その中でも数か所しか行ったことがありません。どこでも生きていけるほど強くなって旅をしたいですね」

「以前もそんなことを言っていたな。どうしてそこまでするんだ?」

 ルシールは疑問に思う。

 基本的にこの世界の住人は同じ場所で生活し、旅を目的とする者は少ない。

 当然、生活のための仕事があるからだ。

 商人や冒険者の中でも旅をし続けるような者は少なく、旅の目的は金、名誉などだ。しかし、セージがそういったことに興味を持っているようには思えなかった。

 セージはルシールの問いに少し考えて答える。

「この世界が好きだからですね。だから、知らないもの、体感したもの、全てにワクワクするんです。訓練もランク上げもこうして世界を見ているのも、すべてはこの世界を楽しむためにしていることですから」

 その言葉にルシールは柔らかく微笑む。

「この世界を楽しむため、か。セージらしいな」

「今こうして神霊亀と戦うために向かっているのもそうですよ。撃退する自信はありますが、神霊亀相手となると何が起こるかわかりませんし、今はまだ手を出す相手ではありません。けど、撃退できると思ったからこそ、もしケルテットの町、そしてラングドン領を守るために動かなかったらこの世界を楽しめなくなりそうで、それが一番恐ろしいことです」

「それで神霊亀と戦おうとしていたのか」

 ルシールはセージの言葉に納得する。

 実はセージが神霊亀と戦おうとしていることを少し意外に思っていた。

 英雄願望もなく、わざわざリスクを取るタイプでもない。

 無理に戦うより逃げることを選択すると思っていた。

「ルシィさんが戦うのは純粋にラングドン領を守るためですよね? やっぱりラングドン領の騎士になりたいんですか?」

「いや、騎士になることとは関係がない。そもそも、すでに騎士になろうと思えばなれるだろう」

「あれっ? そうなんですか?」

 そこでルシールはセージに目を向けてパーティー申請を出す。

「セージ。私はとうとう勇者になった。このままレベル上げと訓練を続ければ、どの領の騎士団でも頂点に立てるだろう」

 セージはパーティー申請を承認し、レベルやHP・MPを確認した。

 職業はわからなくともレベル50以上であれば上級職、つまり勇者になったことがわかる。

「全てセージのおかげだ。本当にありがとう」

「いえ、ルシィさんが頑張ったからですよ。このステータスになるには相当鍛えたでしょうし」

 ステータス全てが確認できるわけではない。

 ただ、セージはレベルとHP・MPからステータスを推測していた。

 ルシールはそこでふとセージの表示を見る。

「セージも上級職か。相変わらずMPがおかしいな。こんな値、初めて見たぞ。もしかして、9999が上限なのか?」

「ええ、そうですよ。これ以上は上がりません。計算上は9999を超えているはずですからね」

 軽く言うセージに、ルシールは少し驚いたあと、呆れたようにふふっと笑う。

「さすがだな。常に私の想像の上をいく」

「まぁルシィさんももっとレベルを上げれば上限になるステータスも出てきますよ。それで、レベルを上げたあとはラングドン騎士団に戻るんですか?」

「それはないな」

 ルシールはそう即答した。

「あれっ? じゃあ他の領? あっ王国騎士団ですか?」

 そのセージの問いに、ルシールは首を振って答える。

「まずはさらに強くなることからだが、その先は明確に決まっていないな。今はもう弟が次期領主になるべく日々頑張っている。そこに勇者になったからといってよこやりを入れるわけにはいかない」

 ルシールは視線を前、まだ見えないラングドン領に向ける。

「だが、もしラングドン領が危機に陥ったとき、私はそれを無視することはできないだろう。今回、それがわかったからこそ、他の領に行くことも考えられない」

「じゃあ、冒険者ですか?」

「そうだな。騎士への憧れはあるが、それを求めることが最良とは限らない。私は私の騎士道を貫くため、まずは冒険者として人々を守る役割を担おうと考えている」

 セージはルシールの覚悟を決めた表情を見て、悩みつつ言葉にする。

「うーん。フリーの騎士……えっと、自由騎士団とか作ってはいけないんですか?」

「自由騎士団?」

 その聞き慣れない言葉にルシールは不思議そうな目を向ける。

「どこにも所属していない騎士団ってことです。自分で騎士団を作ってもいいかと思いまして」

「それは、騎士と言っていいのか、なんとも言えないが……結局冒険者やようへいの仕事をする形になるんじゃないのか?」

「……まぁ、そうですけど。でも気分は変わりませんか? そもそも、騎士の仕事は冒険者や傭兵、警備兵のようなものですよね? 領主に雇われているというだけで、やっていることは同じかなと。つまり、領民に雇われる騎士団ってことですね」

「……そうか。領民に雇われる自由騎士団。それもいいかもしれないな」

 ルシールは呟くように言って、隣のセージに視線を合わせて微笑み、前を向く。

 夜のとばりが下りた世界に点在するともしび、今まで見落としていた光。

 しばらくの間、ルシールはその光を見つめるのであった。