
領都では充実した生活を続けて、レベル40の聖騎士になった。レベルや戦闘・支援職ランクはそれほど大きくは上がっていない。
討伐にはついていっていたが、ちょうどよい魔物の大量発生などがなければ急激に上げることは難しいのである。
むしろ、この短期間でここまで上げたと思えば十分すぎるだろう。
それに、セージはそもそも研究所の所長である。
トーリに任せているとはいえ、全く出向かないわけにもいかない。
ただ、錬金術師のランクをマスターしてからは、魔導具師のランク上げに重きを置いていたが。
そして、セージのステータスは
セージ Age12 Lv40 種族:人 職業:聖騎士
HP
/
MP 4515/4515
STR(力)
DEX(器用さ) 
VIT(頑丈さ)
AGI(
INT(知力)
MND(精神力) 
戦闘・支援職一覧
下級職 マスター
戦士 魔法士 武闘士
中級職
聖騎士 ランク4 魔導士 ランク1
暗殺者 マスター 探検家 ランク1
生産職一覧
下級職 マスター
木工師 鍛冶師 薬師 細工師 服飾師 調理師 農業師
中級職
錬金術師 マスター 魔道具師 ランク23
技工師 ランク2 賭博師 マスター
セージとしてはレベルとランクをもう少し上げておきたいと思っていたが、試験の日が迫り、王都に来ていた。
(ここが王都か。昨日はよく見れなかったけど、
セージは試験日の前日に王都に到着していたが、その時はすでに夕方で、宿まで移動したり食事をしたりしている間に暗くなってしまった。
本当は王都に数日前に着く予定だったのだが、少し前の町から近いところにある岩場で、ランク上げにちょうどいい魔物がいることを知ったのである。
それを無視することができず、狩っていたらギリギリになってしまったのだ。
そして試験日である今日、朝早く宿を出て、街並みを見ながら試験会場となる王都第三学園に向かっていた。
(思ったより活気があるし、人が多く
セージは街並みを見るために歩いているが、王都は広いため、バスのような役割をしている馬車は多い。
軽いジョギング程度の速度しか出しておらず、大通りしか馬車道がないのだが、ある程度裕福であればよく利用するものである。
街中は朝から多くの人が行き交い、テイクアウト形式の飲食店が呼び込みをしていた。
その内の一つの店で買い食いをして歩く。
(ほう、結構
通りの両側には飲食店や服飾店、魔道具店、武器屋など様々な店が立ち並んでいた。
ラングドン領より人が多いのはもちろん、お
ただ、セージが気になるのは人よりお店の商品だ。
(やっぱり薬師の店は気になるよな。おっ、品質が良の回復薬がある! 初めて見た! どうやって作ってるんだろう。良を飛び越えて高までいったからなぁ)
新しい街に来たことでセージはテンションがどんどん上がっていった。
気になるものを見つけたら店に入り、商人をマスターしたことで使える特技『
(あっ、隣は魔道具の店だ。えっ? あれが金貨一枚って、めちゃくちゃ高い! 高すぎじゃない? いくら高級な素材を使うといっても大銀貨一枚あれば
買うことはないが商品を見て回っているだけで楽しかった。
セージはゲームで新しい街に着くと、とりあえず全てを
もちろん現実ではそこまでできない。行ける部分に自由度がありすぎて入り組んだ裏路地を歩いて回ってたら日が暮れるだろう。
観光客のように店を見て回ったり、少し裏路地を
セージはふと冷やかしていた店で時計を見つける。
(あー、時間ヤバいな。もう少し早く行くつもりだったのに夢中になってしまった)
王都でも時計の数は多くないが、高級店であれば置いてあった。大抵は教会が二時間ごとに鳴らす鐘の音を目安にしている。
セージは試験会場となる学園に急ぎ足で向かった。
学園通りの突き当たり、正面にあった門は第一学園、向かって左側の道の突き当たりにある門が第二学園の入り口で、第三学園の門は見当たらない。
第二学園と比べて明らかに立派な第一学園の門にいた衛兵に聞くと、右側の道を進み、途中にある第一学園の校舎と訓練場の塀の間を進めばあると教えられた。
行ってみると、塀に挟まれたその道はぎりぎり人がすれ違える程度の細い道で、上にいくつか橋が架かっている。
(なんだか聞いていた話と違うなぁ。大丈夫なんだろうか)
不安に思いながら進むと、突き当たりに門、というより小学校の校門のような雰囲気で第三学園があった。
敷地内に入ると広い運動場があり、その奥に建物がある。建物は石造りで日本と雰囲気は異なるが、セージの通っていた小学校の構図によく似ており、懐かしさを感じた。
(ここが第三学園か。うーん、求める蔵書があるようには思えないな。第一学園の蔵書って見れるのか? 一番の目的はそれなんだからな。最悪忍び込むけど、できれば合法的に見たいよな)
そんなことを考えながら、運動場の真ん中辺りにある人だかりに歩いていく。
「走りなさい!」
急に大声で指示されて、驚きつつもセージはすぐに走り出した。
(騎士の訓練みたいだ。思ったよりしっかりしてそう。しかし、少し高い声だったな。たぶんあの子だ)
第三学園に魔法科はなく、騎士科のみである。
男女共に試験を受けることはできるが、騎士を目指すのは男の子が多いため、九割以上は男の子であった。
その中で中心人物に見える女の子がおり、セージはその子に向かって走る。
十二歳にしては高レベルかつ騎士団で鍛えられていたため、周りが驚くほど素早い。
「集合の時は常に走るのがここの常識よ。覚えておきなさい」
「はい!」
セージは大きな声で返事して敬礼の姿勢をとった。
ケルテットにいた時は日本人的なお辞儀をすることが多かったのだが、この世界でそれは貴族を相手にする商人や従者などがよくする所作として認識されている。
騎士団の王国式敬礼は右手の指先をまっすぐ伸ばし、左胸に置く動作である。
これはラングドン領騎士団の訓練で学んだことだ。ずっと繰り返していたため、その動作はなかなか様になっている。
ただ、平民が集まるこの場では目立つことであった。
* * * * *
~Side シルヴィア~
第三学園の訓練場では、入学試験のためにシルヴィアと同期である二級生のメンバーが動き回っていた。
学園は三級生から始まり二級生、一級生と上がっていくシステムである。
一級生は卒業に向けて訓練と勉強に忙しくなるため、二級生が入学希望者の選別を行うことになっていた。
これは上官になった時、適切に指揮を執る能力を養うためである。また、学年混合でパーティーを組むこともあるため相性などを判断する側面もあった。
もちろん教官も見てはいるのだが、基本的に手出しはせず二級生に任せるという方針をとっている。
シルヴィアは第三学園二級生の首席であり、この試験の総指揮を任されていた。
(またベンのやつ! うろうろしてないで、堂々としてなさいよ)
シルヴィアは受験者の列の前に立ち、他のメンバーは受験者を並べて見張る役をしている。
その中でベンという二級生の中では小柄な男がちょろちょろと動き回っていた。
前に立つシルヴィアからはその動きがよくわかるのだが、次の新入生になる子たちが含まれる受験生の前で注意するわけにもいかない。
もどかしく思っていると、門から一人の子供が入ってくるのが目に入った。
ぼんやりとこちらの方に歩いてくる。
(あれが最後の受験生ね。まったく、まだ時間にはなっていないけど門が開く前から待機していた子もいるっていうのに。ちょっと気合いを入れないと)
「走りなさい!」
そう怒鳴ると、子供と思えない速度で私の前まで走ってきた。
シルヴィアはその動きに驚いたが、顔に出さないようグッとこらえる。
「集合の時は常に走るのがここの常識よ。覚えておきなさい」
「はい!」
その子は大きな声で返事して、綺麗な王国式の敬礼の姿勢をとった。
その姿にシルヴィアはわずかに戸惑いを見せてしまったが、すぐに列に並ぶよう指示を出した。
(どこかの騎士の子供? いや、騎士の子供は第三学園には来ないか。けど、
王都の騎士は上級騎士と下級騎士に分かれ、上級騎士は第一学園、下級騎士は第二学園に入る。
他の領の子供は第二学園か、領内の学園や訓練所に入るのが一般的で、第三学園に入るのは特殊な事情がある者だけだ。
その他、第二学園には大商人が金を積んだり、教会関係者がコネを使ったりして入学するため、第三学園に来るのは少し余裕のある商人や村長などの子供が多くなる。
普通の家庭では子供も労働力であり、基本的に学園に行くことはない。そして、試験を受ける平民のほとんどが訓練所の出身だ。
訓練所は十歳から入ることができ、そこで指導を受けて優秀であれば学園の受験に推薦されるのである。訓練所の指導者は騎士になれなかった兵士や冒険者であったりする。
たまにきっちり指導している訓練所もあるが、騎士の敬礼まで教える訓練所はほとんどない。試験に通るためには最低限の知識と強さだけが必要なのだ。
むしろ、第三学園はそういった騎士の常識なども学ぶ場所なのである。
(期待はできそうだけど。まっ、実力があるかは試験を見ればわかることね)
シルヴィアが合図を出すと、試験会場に集まった受験者を監視していたメンバーが前に並ぶ。
「私は二級生のシルヴィアだ! 注意は一つだけ、私や前に並ぶ者の指示を必ず聞くこと! わかったな!」
シルヴィアの言葉に入学希望者たちは「はい!」と返事をする。
「では、これより試験を開始する! 全力で取り組みなさい!」
そう言うと、事前の打ち合わせ通りに二級生たちが動いていく。
一次試験が実技、二次試験が筆記なのだが、一次試験が通れば筆記の点数が多少低くても落ちることはない。
筆記の試験は第一、第二、第三学園共通で、貴族でも難しい問題が出る。ただ、誰でも答えられるような常識問題が二割程度あり、それさえ答えられれば十分だ。
問題を読んで解答を書けるという、文字の読み書き能力さえあればいい。
実技が良くて通らない場合は、性格に難があるなど教官に
つまり、実技が最も重要になるため、受験者の気合いは高まっていた。
実技は大まかにレベルごとに分けられて二級生と模擬戦を行う。そして、それぞれ評価をしながら合格・不合格に振り分けていくのだ。
レベルが高ければステータスが高いため有利ではあるが、それだけでは合格できないようになっている。今レベルが低くても、在学中に上げればいいからだ。
それに、熱意や忍耐力がないと卒業まで耐えられず、熱意があっても能力がないと卒業できる水準まで到達できず結局退学となる。
強さは重要だが、単に強ければいいというわけではないので、その評価は難しい。
評価がしっかりとできているかは二級生自身の評価を上げることにつながるため、全員真剣に取り組んでいた。
それに、最終的な判断は教官になるのだが、提出した評価表がそのまま採用されることが多い。その責任も皆が真剣になる理由だ。
シルヴィアが見回り、滞りなく事が進んでいると思ったら先ほどの少年に話しかけられた。
「受験者のセージと申します。シルヴィアさん。よろしいでしょうか」
ちらりとセージを対応していた二級生、ベンの方を向くと、申し訳なさそうに小さく
(何なのよ、もう。さっそく問題が起きたの?)
「何かあったのか?」
「私はレベル40です。それを伝えるように指示を受けました」
その言葉に驚くシルヴィア。
(レベル40ってことはすでに中級職?)
受験生は全員レベル30以下であり、上限に達している者は少ない。中級職になっている者はいるが、戦士の方が多かった。
第一、第二学園であれば中級職の方が多くて、訓練の都合上、入学時にレベル30以上にしないよう通達があるくらいだ。もちろん、それを守らない者もいるが。
逆に第三学園は平民なので、基本的に学園に入ってからレベルやランク上げが始まる。
レベル10までなら冒険者に依頼してレベルを上げても、そこまで高額になることはないが、レベル40にもなるとそういうわけにはいかない。
そもそもレベル40とは冒険者で中堅ぐらいであり、子供が簡単に至れるレベルではない。
(ベンはレベル30くらいだっけ。それじゃ評価どころじゃなくなるかもしれないけど)
「本当にレベル40なの? レベルが高いからって有利ではないわよ?」
「はい。レベル40で間違いありません。十二歳なので能力はそれほど高くありませんが」
(逆に能力の高くない十二歳がどうやってレベル40まで上げるっていうのよ。ランク上げに加えて、レベル20以上のレベル上げ? そんなのギルドに発注したら破産するわ。父親が優秀だったの?)
そんなことを考えながら名簿を確認してシルヴィアは驚いた。
(ラングドン領主からの推薦? 領主から直接? でも、姓もないし、第三学園に来てるし。しかも十二歳なんでしょ? 何なのこの子)
学園は十二歳以上で受験できる。ただし、上限があり、成人となる十五歳以上は受けられない。つまり、十二歳から十四歳までが受験生となる。
この年齢で一年の差は大きい。なので、十四歳の受験者が多くて十二歳ではなかなか通らないのである。
今回、セージ以外に十二歳はいなかった。
「セージだったね。職業は?」
「聖騎士です」
(この年で聖騎士か。親からの遺伝? まぁレベル40なら聖騎士で当然だけど。いやいや、十二歳でレベル40って前提がありえないから)
謎が多いセージの対応に迷っていると、後ろから声がかかった。
「俺が相手しようか?」
すっと話に入ってきたのは二級生の中でも優秀なライナスだ。

現時点ではシルヴィアが首席であり、十四歳の頃から身長が百七十センチと体格が良く、魔法も使える。
ただ、最近はライナスの成長と共に実力は
卒業するころには首席の座を明け渡してしまうかもしれないとシルヴィアは感じている。
「そうね。セージ、模擬戦の相手はこの試験官、ライナスよ。私が採点官として評価するわ」
「はい! わかりました!」
「それじゃあ、準備をしなさい」
訓練場には間隔を空けて十メートル四方程度の枠が地面に描かれており、中に白い開始線が描かれていた。
二人は用意された模擬戦用の剣と盾を持ち、その線の後ろに立って向かい合う。
「質問があります!」
「なに?」
「魔法、特技等は使用可でしょうか?」
(あぁ、ファイアボールでも使えるのかな? 近接戦闘で魔法が使えると思ってるの?)
たまにではあるが魔法を使う受験生もいる。しかし、すぐに近接戦が始まるため、適切に魔法が使えることはない。
そのため、魔法の使用は勧められないが、それを事前に伝えるとアドバイスになるため言わないことになっている。
「もちろんいいわ。ただし、他の子も試験をしているからね。周りの邪魔をしないように使いなさい」
「はい! ライナスさん、よろしくお願いします」
手を組んでぺこりと頭を下げて言うセージ。ライナスはこっそりとかけられた速度低下の祈りには気づかず、少し笑って「よろしくね」と言った。
「試合開始!」
セージは向かい合いながら何度か鈴を鳴らすと、呪文を詠唱しながら一足飛びで間合いに入りライナスに剣を振るう。
(速い! でもライナスなら)
ライナスはセージの剣に反応して盾で受け、巧みに威力を流す。そして、突きを繰り出したがセージは後方に
(ライナスの動きにキレがないわ。どうして……えっ!)
セージは着地と同時に中級火魔法『ファイアランス』を発動する。
近距離で放たれる魔法、さらに速度低下がかかっているライナスは盾で受けるしかなく、何とか耐える。
しかし、その間に横に回り込んでいたセージが剣を振るい、避けることも受けることもできず直撃した。
ライナスはHPのダメージを少しでも減らそうと剣と反対方向に飛び退いていたが、魔法と合わせたダメージは大きい。
(なんなのこの子は。受験生の戦い方じゃない)
さらなる追撃をライナスが転がりながら避け、体勢を整えて起き上がる。
しかし、その時にはセージは離れており、二度目のファイアランスが迫っていた。
(速い! なんて発動速度なの!)
ライナスは
次はどこから攻撃がくるかと警戒し、スッと後方に移動しながら確認すると、セージは魔法を放った位置から動いていなかった。
発動前に仕掛けるか、魔法を避けて攻撃するか
「そこまで!」
追撃しようとしていたセージがぴたりと止まる。
(油断もあっただろうけど、あのライナスが手も足も出ないなんて。聖騎士で、魔法士で、盗賊? 身体能力も高くて、魔法の発動速度も正確性も一級品。ありえない、けど味方になれば心強いかも)
「ありがとうございました」
そう言いながらセージはライナスに剣を返す。
そして、周りから注目されていたことに気づき、戸惑いながら模擬戦の枠から出るのであった。
* * * * *
二次試験の筆記試験も順調にこなして、その辺の飲食店で買い食いしながら、ラングドン家から紹介された宿に戻ってきていた。
(実技では試験官に勝てたし、筆記試験も問題なし。思ったより難しかったけど、だいたいは合ってるはず。周りの雰囲気ではできてなさそうだったから、まぁ合格はできるかな)
入学試験は受験者が多く何度かに分けて行うため、全ての試験が終わってから合格発表になる。
そのため合格発表は一か月程度先だった。
合格発表は試験会場になった第三学園で行われ、合格者はその場で入学手続き、不合格者はそのまま帰路につく。
試験終了後に二級生全員で合格、不合格者を決める会議があり、そこでセージが話題になっていたのだが、本人は知る由もない。
(さて、少し時間もあるし王都散策といきますか)
夕食は宿でとることになっており、ゆっくりしていてもいいのだが、セージは街並みを見たくてしょうがなかった。
前世は三十一歳だったが、その年になっても新作のFSに心躍らせていたくらいである。目の前に広がる街を散策せずにはいられないのだ。
(なんだか、わくわくするな。でも、まずはやっぱり本屋に行かないと。特級魔法が書かれた魔法書とかあれば
セージは宿を出て大通りの歩道を歩く。石畳の道は歩道と車道に分かれており、大通りは遠くに見える城に向かって延びていた。
車道を多くの馬車が通り過ぎ、歩道を行き交う人も多い。
(この時間になっても活気があるなぁ。冒険者の町とかは昼間は結構閑散としていたりするけど、さすが王都だ。食べ物も美味しいし)
立ち並ぶ店は外から買える形になっている飲食店が多く、そこで買って家で食べたり、食べ歩いたりするようなスタイルが一般的だ。
建物の中で食事をするようなレストランもあるが高級店ばかりである。
飲食店だけでなく武器屋や魔道具屋、錬金術師の店などファンタジー特有の店もあり、テンションが上がるところが多かった。
まずは本屋と思いながらも、ちょっと見るだけと自分に言い訳しながら、セージはあっちこっちと店を冷やかして回り、目的地を目指す。
それは宿屋の人に聞いたおすすめの本屋である。少し奥まったところにあって目立たないが、古書も含めて様々な本が置いてある店だ。
本屋としての規模は大通り沿いの大きな本屋には圧倒的に負けているが、掘り出し物が見つかるとのことである。
(この武器屋の角を曲がって、次の十字路を右だったよな)
横道に入って進むと、大通りの
右に曲がったところには静かな通路にひっそりと本屋を示すマークが書かれた石の看板が置かれていた。ちらほらと人通りはあるのだが、大通りに比べたら圧倒的に少ない。
(ここか。雰囲気はいいな)
店内に足を踏み入れると、カウンターしかない飲み屋のような構造になっていた。カウンターには椅子が四脚だけ置いてある。
壁一面が本棚になっており、入りきらない本が足元に積んであった。
カウンターの奥にいたおじいさんがちらりとセージを見て、すぐに手元に視線を移す。
(なるほど。本屋ってこんな感じなのか。まぁこの世界で本は高価だし、中を一部見たいだけって人もいるだろうから、日本の古本屋みたいに自由に見せるわけにいかないよな。でもシステムがわからないんだけど。見たい本を探して声をかければいいのか? でも中身を見ないと結局欲しい本かわからないし、値段も書いてないから声をかけにくいし)
セージは少し戸惑いながらも本棚を順番に見ていき、ガンガンとテンションが上がっていった。
(これはヤバいな。マジでヤバい。語彙が消失するレベルでヤバい。全部欲しい)
技工書や魔道具書、エルフの書まで揃っている。それはラングドン領では見られないものだった。
今は領主が集めているからマシになったとはいえ、やはり商人は需要があるところへ商品を運ぶ。
ラングドン領で本を売ろうとする者などいないので、領都でも本屋は一軒しかない。
セージが住んでいた町、ケルテットではレジの奥に十数冊の本が並べられている雑貨屋くらいしか本を買えるところはなかった。
それにしても
大通りの本屋は大衆向け、初級から上級の魔法書や剣技の書、普通の物語の本などが多く取り揃えてあるのだが、ここは専門書と言えるようなものばかりであった。
(あっ漢字とひらがな、カタカナの本がある。珍しいけどタイトルが『英雄ゴランと塔の姫』じゃあなー。専門書ばかりの中でめちゃくちゃ浮いてるな)
「セージ?」
突然後ろから声をかけられて振り向くと、ワイルドベアとの戦いで助けてくれた魔導士のヤナがいた。
最後に会ってから六年の時が
「ヤナさん! お久しぶり、ですね。ずっと手紙でやり取りしていたので久しぶりという感じもしませんけど。最後に会った時から変わってませんし」
「久しぶり。セージは大きくなった」
「成長期ですからね。王都にいるとは聞いていましたが、まさか会えるとは思っていませんでしたよ」
「ここは王都に帰ってきた時必ず寄る店。品揃えも品質もいい」
本は基本的に写本でありオリジナルが出回ることはほとんどない。本屋とはオリジナルの本を書き写して売る人たちのことだ。
書き写す人の腕によって正確性が変わる。時には表紙だけ綺麗で中身は雑に書かれていたり、わざと間違えて書かれていたりするものもある。
また、そんな粗雑な写本をオリジナルとして売り、それが複製されるということもあるため、店の信頼性は重要であった。
「そうだったんですね。僕は初めて来たんですが、当たりでした。欲しい本がたくさんあってどうしようかと思っているくらいなんですよ」
「私が持ってる本もある。私たちの拠点に読みに来るといい。ついでに魔法談義しよう」
セージから見てヤナの表情はほとんど変わらないが、目がキラリと光っているのがわかった。
セージはまた睡眠時間が減りそうだなと思ったが、本も魔法談義も嬉しい提案だった。
「いいんですか? 楽しみです。パーティーの皆さんにも挨拶したいですしね」
ヤナとセージが話をしている間にカウンターのおじいさんがいくつかの本を集めて、それをヤナの前のカウンターにドンと置いた。
「ダンさん、ありがと」
「えっと、その本は?」
「これは新しく入った私におすすめの本」
「おおー。さすが常連さんですね」
さらに三冊置かれて、計八冊積まれていた。エルフの書や魔法関連が多い。
(やっぱり魔法が好きなんだ。あっ『英雄ゴランと塔の姫』がある。意外とそういう物語も好きなのかな。新たな一面が見れたな)
セージは思わずニヤけてしまい、ヤナから不思議そうな目で見られる。
「どうしたの?」
「いえ、意外とそういう物語も読むんだなぁと思いまして。魔法書ばかり読んでいるイメージでしたから」
「どういうこと?」
「これってヤナさんへのおすすめの本なんですよね? この『英雄ゴランと塔の姫』って冒険物語っぽいじゃないですか。ヤナさんは冒険者ですし、そういう本も好きなのかなって」
その言葉を聞いて、ヤナは驚きの表情をセージに向ける。
(あれっ? 趣味がばれてちょっと恥ずかしいな、みたいな反応を期待していたんだけど。まぁヤナさんだし、そんな風にはならないか)
「セージ、これが、読めるの?」
「ええ、そりゃ読め……あっ」
そこでセージはやっと思い出した。『英雄ゴランと塔の姫』は漢字・カタカナ・ひらがなで書かれていたということに。
この世界は日本語ではあるが表記はローマ字しかない。漢字ひらがなカタカナは神の言語として扱われている。
(失敗した。ローマ字より普通に読みやすいし。ヤナさんに会ってすっかり忘れてた。これは秘密にするつもりだったんだけどなぁ。いや逆に考えよう。読めることをダンさんが知っていたら、そういう本を優先的に回してもらえるかもしれない。いいことじゃないか。よし、ポジティブ)
「あ、あーそうですね。実は読めるんです。でも読めることは誰にも言っていませんので内密にお願いしますね」
セージはにっこり笑って人差し指を口に当てた。
* * * * *
~Side ヤナ~
ヤナはいつも無表情であったが、このときは
それは、これから本屋に行くからだ。
ヤナは趣味が魔法と言っても過言ではなく、知識を
これこそがエルフの里から出て、人族の町に来た理由だった。本を取り扱っているのが人族くらいなのだ。
エルフの里では口伝が多く文字にしない。
そして、伝える相手は限定され、里内の者にしか話さないのである。他種族でもそういう傾向が強い。
ハイエルフは知識をまとめて本にしていたが、暗号のように別の言語を使って他種族が読めないようにしている。本を書く、読むという習慣や、知識を広めようとする意識がなかった。
その点、人族では知識が解放されており、金さえあれば知識を得ることができる。
様々な書物が出回り、神の本でさえ写本を作り売っているのだ。
他種族にはない感性であった。
そして、ヤナにとってはありがたいことである。
ヤナが冒険者をしているのもただ単に最も稼げて、自由に生活でき、魔法の実戦ができるからという理由だ。
全ては魔法の勉強を中心に考える。それがヤナの生き方だった。
(この前の手紙に書いた呪文の文法考察についての議論は有意義だった。それについての本があれば買おう。金ならある)
ヤナは金貨三枚を用意していた。今回のギルドからの報酬と手に入れた素材の価値が高かったのである。
ヤナのパーティーはセージと出会った時点で高ランクだったが、さらに六年間成長を続けて、一流の冒険者パーティーになっていた。
冒険者はランク分けされており、一級~十級の十段階評価である。ヤナたちは一級、その中でも王都でトップのパーティーだ。
そのランクになると指名依頼を出すだけで金貨五枚はかかり、そこから内容によってさらにプラスされる。
費用が高い分、指名回数は少ないのだが、今回はドラゴンの討伐依頼の指名が入り、依頼料とドラゴンの素材売却で大きな利益が出ていた。
もちろん拠点の維持費や生活費、道具のメンテナンス費に消耗品の補充費、様々なものが差し引かれるのだが、それでも個人に金貨が分けられるほどである。
ちなみに金の管理はリーダーのカイルがしている。
しっかり金を管理できることも、着実に実績を残せた一因であるのは間違いない。
パーティーメンバーのミュリエルのように、散財してそのまま破産してしまう冒険者は少なくないのだ。
ヤナも個人の配分のほとんどを魔法関連に
ヤナは王都の大通りを歩き、武器屋の角で曲がった。そして、行き付けの本屋、ダンの本屋に向かう。
王都中の本屋を巡って、最も良いと思った店である。他にもお気に入りの店は二つあるのだが、まずはダンの店に行くのが決まりだった。
(先客……まさか、セージ?)
店に入るとセージの横顔が見えた。キラキラした目で本棚を観察しているところだ。
六年ぶりの再会なのでセージが成長していて見た目はだいぶ変わっている。しかし、上級魔法について話をした時のような目の輝きで間違いないと感じた。
「セージ?」
横から声をかけると、セージは振り向いて驚いたあと、嬉しそうに言う。
「ヤナさん! お久しぶり、ですね。ずっと手紙でやり取りしていたので久しぶりという感じもしませんけど。最後に会った時から変わってませんし」
「久しぶり。セージは大きくなった」
ヤナは偶然の再会に驚きながらも喜んだ。また魔法談義ができると思ったからである。
(まだまだ話したいことはたくさんある。今日は拠点に招待して泊まってもらおう)
ヤナはセージとやり取りしながらどの本を買うか、セージと何について話すかを考えていた。
しかし、その考えは一瞬で吹き飛ぶことになる。セージが積まれた本を指しながら衝撃の言葉を発したからだ。
「これってヤナさんへのおすすめの本なんですよね? この『英雄ゴランと塔の姫』って冒険物語っぽいじゃないですか。ヤナさんは冒険者ですし、そういう本も好きなのかなって」
その本の題名は、ヤナには読めなかった。
ヤナだけではなく、世界中を探しても読める者はいないと確信できる。
それは神の言語で書かれた本。
これが読めたら世界が変わるとさえ言われているものだ。
セージは特に辞書を見たわけでもなく、なんでもないように読んでいることにヤナは戦慄した。
(grandis魔法詞どころじゃない。これは偶然読めたなんてことはありえない。何でもないように読めるということは、膨大な神の言語の知識が詰まっているはず。どういうことなの)
何か教えたのかとダンの方を見たが、今までに見たことがないほど目を見開き驚いた表情をしていた。
ダンの
「セージ、これが、読めるの?」
「ええ、そりゃ読め……あっ」
セージは視線をうろうろと動かしたあと、諦めたように笑った。
「あ、あーそうですね。実は読めるんです。でも読めることは誰にも言っていませんので内密にお願いしますね」
にっこり笑って人差し指を口に当てるセージにヤナは真剣な表情で頷いた。
(そんな簡単に言えるわけない。こんなの言語学の研究者のトップに立てる。いいえ、そんな規模の話じゃない。世界を変える力を持っているようなもの)
この世界で神の言語を読もうと思っても読める者はいない。国のトップの言語学者でも、ひらがなでさえ怪しいくらいである。
本の数が少なく、さらに全て手書きだというところが言語の解析を難しくする要因だ。
同じように書いているつもりでも違う文字になってしまうことがある上に、わざと間違えて書くこともある。オリジナルがどれかもわからず、何が正しいのかわからなくなっているのだ。
ダンはカウンターの下からごそごそと三冊の本を取り出しカウンターに置いた。
(これって以前私が買わなかった本?)
「坊主、セージだったか。この本も読めるのか?」
「はい、読めますけど、『英雄ゴランと崖の上の人魚』って続編ですかね? 次は、『神学論入門』です。最後はぁあぁああ!」
「どうしたの!?」
急に変な叫び声を上げるセージにヤナが驚く。
ヤナがそんな表情を見せるのは珍しいのだが、セージはそれどころではない。
「ダンさん、ちょっと本を開いてみてもいいですか?」
「ああ、少しならな。大切に扱ってくれ」
セージはそろりと開いて、数ページめくり、そっと閉じる。
(セージが驚くことって何が書いてあるの?)
「これはいくらですか?」
「金貨一枚だ」
「買います。今はお金がないのですが、必ず持ってきますので取り置いていてください」
金貨一枚は百万円ほどの価値だ。
最近金回りがいいセージにとっても大きな額だが、それでも安いと思えるほどの本で買うと即決した。
その姿を見て、ヤナは自分が買おうと決意する。
(金貨一枚で、セージが驚くことが書いてあるなら安い。それを教えてもらうためには私が買うしかない)
「私が買う。だから代わりに読んで」
「えっ? 金貨一枚ですよ?」
「いい。この本には何が書いてある?」
「表紙には『魔法呪文学~基礎編~』と書いてあります。特級魔法の呪文がいくつか載っていて、その意味の解説が書いてあるようですね」
その言葉にヤナは絶句した。その姿を見て何やら嬉しそうにセージは言う。
「驚きですよね。こんな本に出会えるなんて運がいいです」
「本当にそれが読める?」
「これなら確実ですね。エルフの本を読むより断然楽ですよ」
(エルフの本より楽って、ハイエルフ語も読めるの!? セージって何者? 本当に人族?)
ハイエルフの言語はヤナでも読めない。その言語は失われたのである。
二百年以上生きている世代のエルフで、わずかに単語が読める者がいるくらいだ。
「他にも好きな本を買って。金貨は三枚ある」
「金貨三枚って、そんな大金いいんですか?」
金貨三枚はヤナにとっても大金であるが、それがどうでもよくなるような話だった。
「いい。好きなもの選んで。お金が足りなかったら後から買いに来るから」
(金貨三枚くらい、この本を完全に読めるなら安い。金貨百枚でも絶対稼いで買うくらい)
「じゃあ、遠慮なく。今から言う本取ってもらえますか? 魔道具作成の手引きと技工師入門、魔道具一覧、中級錬金術書、あっ、そのエルフ語で書かれてるやつ、それです、あとは……」
セージは持っていた大銀貨五枚と合わせて、ちょうど金貨三枚と大銀貨五枚分になるように本を選別して購入するのであった。
* * * * *
セージは本屋でヤナに出会った後、カイルたちのパーティーの拠点を訪れ、そのまま入り浸っていた。泊まる予定だった宿は引き払ってしまっているので、実質住んでいるともいえる。
カイルたちが歓迎してくれたというのもあるが、ヤナがどうしても本の内容が知りたい、議論したいと熱烈なアピールをしたからだ。
セージにとってもヤナとの議論は楽しく、ステータスの糧になる。
さらに蔵書は読めるし、カイルたちから戦いや特技のアドバイスがもらえるのでメリットが大きかった。
それに、元々ラングドン領にはしばらく帰らないつもりでいたため、好都合だったこともある。
帰らないのは王都からラングドン領までどれだけ急いでも一週間はかかるからだ。
合格発表は一か月後なのでラングドン領まで帰るのは可能だが、すぐに王都に戻らないといけない。
飛行魔導船を使えば翌日には到着するのだが、料金は高いし運航頻度も少ない。
当主のノーマンから、仕事はいいから王都で情報収集をしてこい、と言われ、ありがたく観光させてもらうことにしたのである。
カイルパーティーの家に住み始めて、セージはゆったりとした生活を送っていた。
ヤナとの議論やハイエルフ語や神の言語で書かれた蔵書の読み聞かせはもちろん、王都の店を覗いたり、料理を振る舞ったり、カイルたちに
そして、一週間後カイルたちのパーティーと一緒に依頼を受けることになった。
これはヤナとセージの訓練も含めたものである。
魔法は書物を読むだけで使えるようになるわけではないからだ。
繰り返しの訓練によって必要な時に、確実に発動できるようにしなければならない。
戦いの中で不発なんてことになれば魔法使いに対する信頼がなくなってしまう。
発動するかどうかは試してみないとわからないのだが、王都の住宅街で特級魔法を放つわけにはいかない。
そこで、王都の近くで受けられる依頼を選び、依頼達成を目指すと同時に、魔法訓練をしようと提案されたのである。
「今回はギガトレントの討伐だ。条件は、討伐二十体以上、期限は七日以内だ。俺たちのランクなら難しくないクエストだが、油断せずにいこう」
カイルが冒険者ギルドで受注してきた内容を伝えてくれる。ギガトレントとは木の魔物のことで、移動は遅いが枝による攻撃は速くてリーチも長い。
動物系とは動きが全く異なるので慣れないうちは
ただ、ヤナの練習とセージのランク上げにはちょうどいいくらいの魔物だ。
ちなみに、セージは十二歳になったので、冒険者ギルドに一緒についていって登録し、冒険者になった。
(ちょっと拍子抜けだな。見た目は子供だし、絡まれたり受付の人に止められたりするのかと思って少し期待していたのに)
荒くれ者に絡まれることもなく、受付の若い男性も丁寧に対応してくれたのだ。
実は十二歳で登録する少年は結構いるため珍しいことではない。
登録するとギルドのカードが支給されて、それを持っていると、倒した魔物の種類と数が記録される。
その記録によって討伐数がわかるため、ギルドで依頼の完了などの確認ができるのだ。
金が支払われるのは、魔物を倒す、依頼を完了させる、素材を持ち帰るの三種類だ。
(ゲームで魔物を倒したら金が手に入るのが不思議だったけど、こういう仕組みだったのか。魔物を倒した分だけギルドから支払われると。まぁ魔物を倒したら逃げるし、追い掛けて狩ってもギガトレントなんて持ち帰るのは無理だし、倒すだけで金が支払われるシステムじゃないと成り立たないよな)
魔物が現れる場所を放置すると、どんどん勢力を拡大して町が襲われることがある。
魔物を倒せば一定期間出現しなくなるので、それを防ぐことが可能だ。
なので、ギルドは討伐数をきっちり把握してデータを蓄積し、町が襲われる事態にならないように日々管理している。
この世界では非常に重要な組織であった。
「ギガトレント二十体なんて余裕じゃん。そんなの一日で終わっちゃうよ。それ報酬安いんじゃない? もうちょっといいのを選ぼうよー、バーンと稼げるやつをさぁ」
カイルの選んだ依頼にミュリエルが不満げな声を出す。
パーティーメンバーは七年前と変わらず、カイル、ヤナ、ミュリエル、マルコム、ジェイクの五人だ。
「ミュリ、今回は魔法の訓練も兼ねているんだ。実際に戦闘で使ってみないと高レベルの魔物相手に戦術として組み込めない。それにセージもいる」
「それはわかるけどさぁ。ギガトレントなんてそんなに必要ないじゃん。中級の
話を振られた背の低い男、マルコムが
「ビッグホーンってラングドン領とベルルーク領の境にいるやつでしょ? 訓練でそこまで遠くに行くのもな。ギガトレントの討伐依頼は王都の南西の森だから近くていいね」
「えー、マルコム肉好きじゃん」
「ミュリ、不満ばかり言ってないで行くぞ」
カイルの言葉に「はいはい」とミュリエルが言って移動し始めた。
ジェイクは何も言わなかったのだが、異論がある時は自分から言うタイプだ。
マルコムは意見を言うが判断はしないし、ヤナは魔法以外にあまり興味を示さない。
ミュリエルは金と遊び優先で最も冒険者らしい。
カイルはしっかり者で慎重派だが、意見を取り入れ判断するリーダーらしさがあった。
(カイルがリーダーっていうのは納得、というか他の選択肢がないよな)
そんなことを考えつつ、カイルと打ち合わせをしながら歩く。
「支援もできないし経験値も入らないが、本当にパーティーを組まなくていいんだな? 三人ずつ分けることはできるぞ」
この世界はパーティーを組むことができ、一組あたり五人が限度だ。
今回は六人なので前衛後衛バランスよく分けようとカイルが提案したのである。
パーティーのメリットとして、回復魔法が遠距離で可能になることが大きい。
パーティーメンバーでなければその人に触れる必要がある。しかし、戦闘中に前衛から回復してくれと言われて回復役が前に行くなんてことは無理である。
実質、パーティーでなければ戦闘中に回復を受けられなくなるのだ。
他にもステータス上昇のバフなどをかけられるなどメリットは大きい。
それでもセージは断っている。
「はい。むしろ経験値を得たくないんです。ギガトレントはいいんですが、他に倒したくない魔物がいるんですよね。わがままで申し訳ないんですが、レベルよりランクを上げたいんです」
セージの場合は下級職全てをマスターしており、自分で回復もこなすことができる。
もちろん、回復をしてもらえるなら楽だが、自分で倒さずに経験値だけ
ただ、ギガトレントは積極的に狩って、それ以外は押し付けるということであり、褒められた行為ではない。
「俺たちは上限まで上げているから気にするな。余裕があれば
「ありがとうございます」
話をしながらしばらく歩いてもギガトレントは現れず、静かな森を進んでいた。
「おかしいな。この辺りにギガトレントが生息していたはずなんだが」
「そうだね。誰かが狩ったにしても静かすぎるかな? 生息地が変わった?」
カイルとマルコムが真剣に話しているが、ミュリエルは戦闘準備に飽きて気を抜いている。
「セージってランク重視派なんだね。あたしは面倒臭くて嫌だったけどなぁ。聖騎士になるために仕方なく聖職者になったけどさ、すっごく力は下がるし呪文は覚えなきゃいけないしー」
「でも、回復魔法は必ず役に立ちますよね。自分ですぐに回復できたら安心感がありますから」
「その通りだ。ミュリもセージを見習え」
頷きながら話に加わるカイルに、ミュリエルは不満そうな顔を向ける。
「カイルも嫌そうにしてたくせに」
「おい、俺はちゃんと回復魔法も訓練していただろ。まぁ、攻撃力が下がって戸惑いはしたがな」
「ほらほらー。セージは聖騎士だけど魔法使いタイプだよね? 鍛えたりするの嫌とか思わないの?」
「ランク上げのために前衛の動きも大事だと思ってますから」
「ええー。ランクランクって言うけどレベル上げたくならない? レベルが上がったら魔物を速攻で倒したりとかできるしさー」
「レベルも上げたいですが、ランクを優先させているだけですね」
セージもレベルを上げたくないわけではない。魔物との戦いには生死が懸かっている。より安全に倒すためにはレベルを上げたい。
ランクを上げるのが困難になるからレベルを優先して上げないだけだ。
ちなみにセージは、ゲームではボスに勝つか負けるかギリギリの勝負をしたいために低レベルで挑んだりもしていたタイプである。
この世界でそんなことをしていたら命がいくつあっても足りないので、低レベルクリアを目指すつもりはなかったが。
「ふーん。珍しいよねー。あっ、あと魔法って……」
「そろそろおしゃべりはお
「なに? もう出てきた?」
「うん。かなり多いみたいだね。急にこれはちょっと不自然かな。戦闘準備は大丈夫?」
辺りを警戒していたマルコムが緩やかに言うと同時に全員が戦闘準備をする。
「それは期待できるね! 少しは楽しめるかも」
そう言いながらミュリエルは武器や防具の点検をする。全員自分の点検とパーティー内でお互いの点検を手早く済ませた。
「
「わかりました。ありがとうございます。基本は後衛ですが、前衛としてもある程度は戦えますので」
「そうか、気を付けろよ」
セージは頷いて呪文を唱え始める。
すでにギガトレントが近づいてきており、ミュリエルは接敵していた。
両側から襲いかかるギガトレントの枝を盾で受け、剣で打ち払い、返す剣で攻撃を入れると横跳びし、別のギガトレントに斬りかかる。
ミュリエルの後ろにカイルが入り、攻撃のサポートをしている。
その間に、攻撃力や素早さを上げるバフをジェイクが行い、マルコムはギガトレントに攻撃しながら誘導していた。
そして前衛が一旦下がった瞬間にヤナの発動した魔法『フレイム』が辺りを焼き払う。
(さすが、息の合った連携だな。魔法は強力な分、発動時間とかMPの問題があるし、近接攻撃だけでは単体攻撃になるから、数が多いと囲まれたりするし。カイルたちは
セージは少し離れたところにいたギガトレントに攻撃を仕掛けるため走り寄る。
ギガトレントは長い枝を振り下ろす攻撃を繰り出し、セージは盾を使って受け流した。
そして、ちらりとHPを見る。
HP691/720の表示を見て、軽く攻撃を入れるとすぐに下がった。
(0ダメージを目指してしっかり受け流したつもりなんだけど29ダメージか。直撃したら100ダメージくらい? 戦えるかもしれないけど、近接戦はやめておこう。無理はしたくないし)
バフをかけても剣では倒すのに時間がかかる上にダメージも受ける。
この状況で無茶をすべきではないと判断した。
セージは近接戦にならないよう位置取りに気を配り、距離を取ってから上級火魔法『フレイム』を放つ。
せっかくなので特級魔法を使いたかったが、火魔法の場合は特級魔法より上級魔法の方が範囲が広い。魔物の数が多い場合は『フレイム』が有用だった。
(トレント系は動きが遅いから逃げるのは余裕そうだな。しかし、ギガトレントになると上級魔法でもやはり一発では倒せないか。火に弱いはずなのにさすがだな。今までgrandis修飾魔法詞かつ弱点をついた上級魔法ですぐに倒せていたけど、レベル40以上推奨の魔物になると厳しいか)
そんなことを考えながら、もう一発放ちギガトレントを倒す。巻き込まれた数体のギガトレントも倒れた。
(そもそもFSシリーズ初期ならレベル40ぐらいってボスを倒しているレベルだし。そりゃ魔物も強いよな)
セージは周囲を警戒しつつ、次に来たギガトレントが一体だけであることをよく確認して、特級魔法を放つ。
「インフェルノ」
その言葉の直後、業炎の柱が立ち上りギガトレントを包み込む。効果範囲はフレイムより狭いが強力であった。
(特級魔法なら一撃か。でも二体以上まとまってるならgrandis修飾フレイムを二回が効率的かな)
周りにギガトレントがいなくなり一息つく。
(ただ、やっぱり仲間が一か所に集めてくれたりした方が効率的な戦いになるか。ランク上げのためにソロで活動してるけど、さっきの連携を見ると羨ましくなるなぁ。それに、ビッグタートルとかギガトレントは動きが遅いからいいけど、素早いコング系とか群れで来られたら詰みそう。パーティーも考えた方がいいよな。その場合、俺は後衛? 前衛にもなれたらいいんだけど)
「セージ、大丈夫か? 戦闘中、こっちの声は全く聞こえてなかったようだが」
カイルたちの方も戦闘が終わり、近づいてきてくれていた。戦闘中に声をかけても反応がなかったので心配していたのだ。
「すみません、ちょっと考え事をしていまして」
「戦いながら考え事とは余裕だな」
「癖みたいなものですよ。ずっと一人だったので。気を付けますね。カイルさんたちこそ余裕そうですね」
「こう見えても一級冒険者だからな。ギガトレントの群れくらいに後れはとらないさ。っと、どうしたヤナ」
カイルの後ろでじっとセージを見ていたヤナが、待ちきれなくなったのかカイルの服を引っ張った。
「セージにお願いがある」
「あぁまたか。すまないなセージ」
「構いませんよ。ヤナさん、どうかしましたか?」
「唱えている呪文を聞かせてほしい」

ヤナが頭を下げてお願いをする。
その姿にセージは驚いたが、それよりもカイルたちの方が衝撃を受けていた。
エルフ族は基本的にプライドが高く高慢な者が多い。
ヤナは日常ではそういった傾向はなかったが、魔法に関してはプライドを持っていると感じることが多かったのだ。
セージと出会ってからその部分も柔軟になってきたと思ってはいたが、頭を下げるところは初めて見たのである。
実際ヤナは自分より優秀な魔法使いなんて人族にいないと思っていた。ヤナはエルフ族の中でもトップレベルの魔法使いだったからだ。
そして、人族の町に出てさらに魔法に磨きをかけた。
里に籠っているエルフたちより魔法使いとして成長し、誰にも負けないという自負を持つようになっていた。実際に自分より上だと思う者に出会ったことはなかった。
それを壊したのがセージだ。
魔法学について対等に議論でき、言語学、自然学、数学において、先を行くセージに敬意を持っていた。
それに呪文は魔法使いにとって財産なので、頭を下げられようが普通は教えないものである。
魔法で戦う者は常にどう発音すれば早く確実に魔法が発動するかを考えている。
それは努力の結晶なので戦闘中も他者に聞こえないよう小声で発音する。
パーティー戦の時、仲間に何を発動するか知らせるため一部を大きな声で唱える場合もあるが、基本は小声だ。
セージは常に隠れて戦っていたため、敵に魔法を悟られないよう、
「呪文を速く唱えることは魔法の技術。聞くのは非常識とわかってる。ただ、セージの魔法の発動速度は速すぎる。一度でいいから聞かせてほしい」
(あっ、聞くのは非常識なんだ。よかった。レベッカさんに特級魔法の呪文のこととか聞かなくて)
セージは教えることに関して忌避感がなかったので、全然違うところでホッとしていた。
「もちろんいいですよ。ヤナさんにはお世話になっていますし。少し進んでギガトレントを見つけましょうか」
ヤナはコクリと頷いて、全員で森の奥に進む。
少し進むとまたわらわらとギガトレントが集まってきた。
セージは横から来る魔物をカイルたちに任せて目の前の敵に集中する。
「Lieru ignis magnus ardens flamma mare ante hostium フレイム」
隣にいるヤナに聞こえるよう呪文を唱えた。
手を向けた方向にいるギガトレントを中心にして燃え盛る炎が出現する。
それを繰り返すこと二回。
そのあとは戦っているカイルたちの支援を行い、周囲の魔物を倒しきった。
「すみません。横取りしちゃって」
セージはカイルに向かって、支援中に一体倒してしまったことを謝る。
「全然構わない。俺たちはランクもレベルも上限だって言っただろ。それに、討伐数なんて誤差みたいなもんだ。しかし、セージは本当に魔法の発動が速いな。それに正確で威力も高い。魔法使いとしてなら一級だろう。それで、ヤナ、どうだった? 発動が速くなるなら連携を考えるが」
セージの呪文を聞いてから
「無理。速すぎて理解できなかった」
その言葉にカイルが驚く。
「それほどか。速いと思ってはいたが」
「でも、まだまだ先があることがわかった。それだけでもいい」
ヤナの魔法発動速度は速い。上級魔法では十秒以内に発動できる。
『Lieru ignis magnus ardens flamma mare ante hostium フレイム』は「リエル イグニス マグナス アルデンス……」と発音していき、一つ一つの単語の間を切るのが普通だ。もちろん発音方法もローマ字とは異なるため難しい。
さらに、あまり早口で発音したり、間違った発音をしたりすると発動しないことがある。
発動する範囲でできるだけ速く唱えるのが魔法使いの腕になるのだ。
初心者では不発にならないよう、立ち止まって集中しながら一つ一つの単語を丁寧に発音するので、初級魔法でさえ発動に十秒近くかかる。
ヤナは戦闘中での上級魔法で十秒は速いと自負していた。
それはセージに打ち砕かれたのだが。
セージは五秒程度だ。
「リェリグニマグナサデン……」といった感じにヤナには聞こえていた。
セージがソロで素早く敵を倒していけるのは、この魔法発動速度にある。
一つ一つの単語を切らない発音をしているため、呪文を唱えている間の隙が少ない。
さらに、セージは戦闘しながら発動できる。
「ヤナさんもできると思いますけど。綺麗な発音していますし」
セージは素直な感想を述べたのだが、ヤナは真顔でセージを見てため息をついた。
その時、警戒にあたっていたマルコムが声を上げる。
「これはなかなか多い団体さんが来たよ。ギガトレントとスプリングキラー、合計三十体くらい? スプリングキラーの動きと
カイルは一瞬考えて決断した。
「撤退する。俺が最後尾。ヤナとジェイクは俺のサポート、マルコムとミュリは先頭、その後ろにセージだ」
カイルはセージもいるため無理すべきじゃないと考えたのだ。
決断の早さはパーティーの安全性を高めると考えているため、すぐに判断するよう心掛けていた。
セージはミュリエルがごねるのかと思っていたが、意外にもすぐに対応していた。
(おおっ、さすが高ランクパーティー。対応が早い。俺も遅れないようにしないと)
走り出したとたん、マルコムが今までにない緊張感のある声を出す。
「前からフォレストウルフ十体! まだ増えるかも! どうする!」
「戦闘に入る! 俺とヤナで後ろを抑える! ミュリ、マルコム、セージはフォレストウルフ、ジェイクは全体のサポート! セージ、無理するなよ!」
すぐに指示を出すカイルにセージは「はい!」と返事をする。
「まかせて! マルコム、セージ、援護してね!」
ミュリエルがジェイクの支援を確認するためタタッとステップを踏む。そして、先頭のフォレストウルフに飛び込み剣閃を走らせた。
右側にいた魔物がまとめて二体吹き飛んだが、左側からミュリエルに
それをマルコムが盾で受け止めて斬り払い、ミュリエルがそいつに向かって突きを放つ。
飛ばされていくフォレストウルフには目もくれず、横からの攻撃に剣を合わせる。
マルコムは、ミュリエルの後ろに迫っていたフォレストウルフを蹴り飛ばしていた。
(すごいな。フォレストウルフの群れ相手に二人で戦えてる。連携が良すぎてどう入ればいいかわからん。とりあえず魔法の準備はできたんだけどどうやって伝えよう)
呪文の後に言う『ファイアランス』や『フレイム』などの言葉が発動の合図になるのだが、その間に何か別の言葉を挟むと魔法がリセットされてしまう。
しかし、勝手に発動したら仲間を巻き込む危険がある。
言葉を発することができずセージが迷っていると、マルコムが戦いの合間にセージの方を見た。
(助かった! さすがマルコムさん!)
セージが魔法を放つポーズで頷くと、マルコムは「引くよ!」と鋭い声を出し、それを聞いたミュリエルは反射的に後方に飛んだ。
その瞬間、セージは魔物に向けて『フレイム』を放つ。
多くのフォレストウルフは『フレイム』に巻き込まれて逃げていった。
「いいよ! そんな感じ!」
「はい!」
「次はキラードッグが来た!」
「りょーかいっ!」
フォレストウルフの生き残りにキラードッグの群れが合流する。
すぐにミュリエルはキラードッグへ斬り込み、マルコムはそのサポートにまわった。
一体のキラードッグがセージを狙い駆けてきたのを見て呪文を切り替える。
(
セージは飛び込んできたキラードッグを避けてカウンターを入れようとするが、突如として繰り出された爪の攻撃が肩に当たる。
よろけながら振るわれた剣はキラードッグの後ろ脚に当たったが、ダメージは小さそうだ。
(このっ!)
「ウィンドバレット」
数十もの空気の
「メガスラッシュ」
礫が当たった直後を狙い、戦士の特技を放つ。
頭にウィンドバレットが当たったばかりのキラードッグは、反応できずに首に攻撃を受けて地面に転がった。
(首に入ったからクリティカル判定になるはずだけど、倒せたのか?)
呪文を唱えながら警戒していたが、キラードッグはすぐに起き上がると逃げていった。
(ふぅ、耐久力がないやつでよかった。よし、次にいこう)
その時マルコムが声を上げる。
「次はリーフタートルとキラーベアが来た!」
「厄介なやつが来たね! リーフタートルは硬すぎだよ! セージ! とりあえず残ったキラードッグに魔法いける!?」
セージは手を上げて頷くと二人が飛び退き、キラードッグに向けて『フレイム』を発動する。
「次はリーフタートルに魔法をお願い!」
そう言い残すと燃え盛る炎が消えるタイミングで飛び出し、キラーベアに剣を
ミュリエルは
(やっぱり近接戦闘には混ざれる気がしない。俺はとりあえず後方でフレイム連発でいいか。リーフタートルは弱点氷なんだけどな。こんなことなら氷魔法が使える魔導士になっておくんだった)
セージは『ステルス』を使って隠れながら呪文を唱え続ける。
キラーベアはミュリエルとマルコムが全て受け持ってくれているため、動きの遅いリーフタートルはセージの的でしかない。
(あれっ? また魔物が来た。こんな感じの連戦ってボス戦の前っぽいな。キラービーは出現するって聞いてないし)
「今度はキラービーとウッドランサー! ミュリ! キラービーの麻痺に気を付けて! この数は対応しきれない!」
キラービーとウッドランサー、合わせて二十体が押し寄せてくる。
「セージ! キラービー狙いでよろしく!」
セージはピシッと敬礼をして返事をする。
(でも手っ取り早く魔法を当てるには範囲攻撃だよな。キラービーは風に強いし、フレイムは高さがないからなぁ。ウッドランサーは水に強いけど、まぁいいか。両方とも魔法耐性も耐久性も低いし、それなりに効くだろ)
セージは近づいてくる魔物がいないか警戒しながら、覚えたばかりの水系特級魔法の呪文を唱えた。
そして、マルコムに合図を送る。
ミュリエルとマルコムが下がった瞬間に発動。
「タイダルウェーブ」
壁のようにせり上がった水が敵に襲いかかる。
飛び上がって避けたキラービーが数体いたが、ほとんどが水の壁に巻き込まれ、大ダメージ受けて逃げていった。
(威力はあるけど、思ったより効果範囲が狭いなぁ)
「わお! セージ、すごいね! マルコム、分かれて狩ろう!」
「了解。魔物の群れも収まったようだし、やっと退路ができるかな」
ミュリエルとマルコムが残党狩りを行っていると、突然カイルが叫んだ。
「ボスが現れた! エルダートレントだ! マルコム、ミュリ、セージ、来い!」
「了解!」
最後のキラービーを吹き飛ばしてカイルのもとに駆けつけようとしたミュリエルとマルコムが一瞬止まり、バッと同時に振り返る。
「こっちもボス! キラーパンサー!」
「ジェイクのバフが切れてる! ボスは別々だ!」
ミュリエルとマルコムが焦りを
そして、ボスの領域を隔てて能力を上げるバフや回復魔法を使うことはできない。
今回はバフが切れているため、後者の場合ということだ。
そして、セージはその言葉に困惑していた。
(えっ? ボスの範囲に入った感覚なかったけど?)
「二体同時か! くそっ! セージはどっちだ!」
「たぶん、どっちにも入ってません!」
「そうか! じゃあセージは……」
カイルはそこまで言って迷いが出た。
選択肢は三つ。
一人で逃げるか、カイルの方に入るか、ミュリエルの方に入るか。
物理ダメージに弱いセージを一人で逃がすより、そしてキラーパンサーと戦うより、エルダートレント相手にカイル側で戦った方が安全だ。
カイルはセージに来いと言おうとしたが、そうするとミュリエルとマルコムが二人だけになる。この二人でキラーパンサーを相手にするのは危険だった。
回復役のメインはカイルとジェイク、サブがヤナである。マルコムとミュリエルは一応使えるものの回復のタイミングなどには慣れておらず、MPもパーティーの中では低い。
ボスを倒して援護に向かうとしても、エルダートレントは耐久力があってすぐには倒せない。その上、カイルとジェイクのペアの方が防御型で、マルコムとミュリエルの方が攻撃型だ。
セージを呼ぶべきだが、マルコムとミュリエルを助けに行ってほしいとカイルは思ってしまった。
(戦力的にミュリチームかな。キラーパンサーは耐久力はないけど、攻撃力が高くて素早いのが難点だな。今のステータスなら一撃死はないけど、狙われたらヤバい。気を付けないと)
セージは珍しく迷いを見せたカイルに叫ぶ。
「ミュリさんの方に行きます!」
先にキラーパンサーを倒して、カイルたちと一緒に戦うのが攻略法として正しいとセージは考えた。
カイルは本当にそれで正しいのかと逡巡したが、すぐに切り替えて返事をする。
「頼んだ!」
セージはミュリエルたちに向かって走るとすぐにボスの領域に入った感覚があった。
「パーティー申請出しました!」
「わかった! ありがと!」
「来てくれて助かるけど、本当によかったの?」
「何がですか? 早く倒してカイルさんたちを手伝いに行きましょう!」
マルコムは厳しい戦いになると思っていたが、セージの中では倒すことが前提で早さを求めていた。
マルコムはちらりとセージを見る。セージの顔には
マルコムは自分の方が緊張していたことに気が付き、少し笑って「そうだね」と答える。
「マルコム、セージ、来るよ!」
ミュリエルが注意を促した。
じりじりと警戒しながら寄ってきていたキラーパンサーは、その言葉が合図となったように飛びかかってくる。
切り裂こうとする爪をミュリエルが盾でいなして、反撃の剣を振るう。
キラーパンサーはそれをひらりと
「メガスラッシュ」
マルコムの特技が直撃する。
しかし、マルコムのSTRでは大ダメージとはいかず、キラーパンサーの反撃を受けた。
小柄で近接戦闘向きではない職業のマルコムでは、メインアタッカーとしての役割は荷が重い。
ミュリエルが割り込むように攻撃したが、キラーパンサーはバックステップで避けた。
その瞬間、セージの魔法が発動する。
「インフェルノ」
着地したばかりのキラーパンサーに業火の炎柱が襲いかかった。
ミュリエルとマルコムが特級魔法に驚く中、セージはマルコムにお願いする。
「マルコムさん。ハウリングをお願いしてもいいですか?」
マルコムはミュリエルとセージを見比べて
「僕が?」
* * * * *
~Side マルコム~
マルコムは種族としては人族だったが、祖母が小人族だった影響で人族の中では女性を含めた中でも小柄だった。
そして、それはステータスにも影響する。
素早くて器用だが、力はないし魔力も少ない。
冒険者に向いているとは言えなかった。
それでも冒険に憧れて冒険者になり、今では一級冒険者パーティーの一員として活動できている。
それは職業が万能タイプだったからだ。下級職をマスターし、中級職の暗殺者として技能を磨いてきた。
中衛としての戦いを得意としているが、前衛でも後衛でも戦える万能さが売りだ。
そんなマルコムから見てセージは、焦りを覚える相手だった。
下級職全てをマスターしている上に、魔法の発動速度は誰よりも速い。
一緒に戦ってみると聖騎士のはずのセージが、暗殺者の特技を使っていることがマルコムにはわかった。
さらには、『ダイダルウェーブ』などの特級魔法を使いこなし、格上の魔物を目の前にして臆することのない胆力もある。
近接戦闘ではまだ負けないだろうが、セージはまだ十二歳の人族だ。マルコムの攻撃力は五年もかからず抜かれてしまう可能性が高い。
(本当に優秀だよね。引退を考えるべきなのかなぁ)
ミュリエルの動きを考えながらキラーパンサーの死角に入るように動き、剣を振りかぶる。
キラーパンサーがミュリエルの剣を避けて飛んだ瞬間に特技を発動した。
「メガスラッシュ」
マルコムの剣が吸い込まれるようにキラーパンサーを捉えたが、想定していたほど大きなダメージが入った感触はない。
キラーパンサーからの反撃を持ち前の素早さを発揮して直撃を避ける。しかし、ダメージはそれなりに入った。
(ホントにこの前衛に向いてない体が嫌になるね!)
続くキラーパンサーの三連撃を
それをキラーパンサーがバックステップで避けた瞬間、セージの魔法が発動した。
「インフェルノ」
目の前に立ち上がる業炎に驚いて飛び退く。
(強烈だなぁ。特級魔法ってこうも簡単に発動できるもの?)
巨大な火柱を見るマルコムに、セージがさっと近づいて言った。
「マルコムさん。ハウリングをお願いします」
『ハウリング』は普通、パーティーで盾の役割をする者が、敵の注意を引くために使う戦士の特技だ。
(盾役? 耐久力がないのに?)
マルコムの頭は疑問でいっぱいになり隣を見たが、ミュリエルの顔にも疑問が張り付いている。
「僕が? ミュリじゃなくて?」
マルコムはセージに視線を戻して答えた。
しかし、セージはそんな疑問には構わず木工師ジッロが彫金した腕輪を渡し、一方的に説明する。
「はい。これを装備して、これを飲んで、さらにAGI上げますので。攻撃を全て避けて『カウンター』です。ミュリさんは全力で攻撃です」
セージはそう伝えると呪文を唱えながら素早く逃げて隠れた。
早く倒すために効率的だと考えてセージは提案したのだが、二人に残されたのは困惑だ。
ただ、言われた通りに腕輪を装備して、薬を飲む。
(全て避けて反撃って無茶な。いくらAGIが上がっても避けきれないって)
そうはいってもキラーパンサーは待ってくれない。
インフェルノが消えると防御の姿勢をとっていたキラーパンサーが弾けるように起き上がって
マルコムが『ハウリング』と呟いた時にはすでに駆け出していた。
(まったくこんな無茶は久しぶりだね!)
一級冒険者になってからは、イレギュラーな事態に遭遇することは少なくなっていた。
経験を積んで対応力が上がったのもあるが、依頼料が高くなって何が起こるかわからない調査依頼などが減ったことが大きい。
マルコムは久々の無茶振りに笑みを浮かべる。
それは、無茶に挑むスリルからか、セージからの信頼が嬉しかったからか。
キラーパンサーがセージの方に行こうとした瞬間、大声を出す。
「子猫ちゃん、遊んであげるよっ!」
キラーパンサーの視線がマルコムに向き、威圧を感じる。それと同時にミュリエルの視線も感じたが気にしないでおく。
(さて、とりあえず回避に集中しようかなっと)
キラーパンサーの突進を避けるため横に踏み込んだ。
(あれっ? これって……)
相手の動きが明確に見えた。咄嗟に、踏み出した足と反対方向に飛ぶ。
キラーパンサーもその動きに反応したが、マルコムは爪攻撃を予測して、盾で受け流しながら反撃の
その動きにはわずかな余裕がある。
キラーパンサーが体を
「メガスラッシュ」
首を断ち切る勢いで振るわれた剣にキラーパンサーは
その隙に二人は追撃しようと剣を振るうが、キラーパンサーは大きく後ろに飛び退いた。
その瞬間、キラーパンサーは再び『インフェルノ』に
立ち上る業火を前にしてマルコムは高揚していた。
(ホントにすごい! なにこれ!? バフが二回かかってるの!?)
マルコムの速度が大幅に上がったのはセージが小技を使った奥の手として用意していたものだった。
基本的に素早さを上げるバフは重ね掛けできない。バフを二回使っても効果の時間が延びるだけだ。
AGIを1・5倍にして素早さ計算をするという、ステータス変動のないシステムが原因だ。
しかし、アイテムの高品質『
AGIの値を変化させてからバフをかけると、バフを二重掛けしたかのような効果を得ることができる。
(この技教えてほしい!)
「マルコム! 回復はどっちがする!?」
「えっと、そうだな……」
ミュリエルがマルコムに問いかける。しかし、マルコムは悩んだ。
(回復魔法に気を取られてたら戦えないし、ミュリに頼みたいけど苦手だしなぁ)
ミュリエルは今の状況が把握できておらず、マルコムは普段カイルに任せていたので判断することが苦手だ。
そうしているうちにキラーパンサーが跳ね起きる。
仕方なく自分が回復しようと言葉を発しかけたとき、マルコムのHPが回復した。
マルコムは口を閉じてミュリエルをちらりと見る。ミュリエルも気づいている様子であった。
セージに任せよう、という意味を込めて頷き合う。
そして、キラーパンサーを迎え撃つため、ミュリエルは回り込むように動き、マルコムは構えて軽くステップを踏んだ。
(うん、やっぱりバフ二倍みたい。これならいけるかも)
セージの言葉通り、攻撃を全て避けてカウンターを実行しようと考える。
カウンターは武闘士の特技だ。発動後、攻撃を避けると同時に攻撃を当てれば1・5倍ダメージになる。
しかし、相手の攻撃がわずかでも当たればキャンセルされるため、使いどころが難しい特技だ。
MPの消費が小さいとはいえダメージ倍率はメガスラッシュと同じなので、あまり使われない特技でもある。
(ここまでしてくれたんだから冒険者の先輩として頑張らないとねっ!)
マルコムは「カウンター!」とミュリエルにわかるように声を出す。
あと五メートルというところまで近づいたキラーパンサーは急加速し、一瞬で距離を詰める。
それを読んでいたマルコムは真横に飛んで体を捻り着地。
キラーパンサーはその動きに反応してほぼ直角に曲がってくるが、マルコムはさらに反対方向にジャンプ。キラーパンサーの攻撃を避ける、と同時に剣を背中に突き立てた。
カウンターが決まり、ダメージを与える。
「グルゥォ!」
キラーパンサーは
その攻撃はマルコムが着地するのと同時に放たれたため避けることができない。
仕方なく盾で防いで後ろに下がった。
(さすがに強烈だな!)
キラーパンサーが追撃しようとしたとき、ミュリエルが『メガスラッシュ』を放つ。
その瞬間、キラーパンサーはミュリエルの方向に急旋回。
剣が肩に当たるのを
ミュリエルは盾で防いだが、強い衝撃に思わずよろける。
そこを爪の連続攻撃による追撃。ミュリエルはその攻撃は避けられないと判断して『メガスラッシュ』を発動した。
お互いの攻撃が直撃する。
(隙あり!)
それと同時にマルコムが『フイウチ』を発動していた。攻撃が当たるまで完全に相手の視界に入らなければ2倍ダメージになる暗殺者の特技だ。
「グルァア!」
二人の攻撃により大ダメージを受けたキラーパンサーは、高速で一回転しながら爪の攻撃を繰り出した。
それと同時に「ファイアランス」という声が聞こえて魔法が一直線に飛んでくる。
「マルコムさん! ハウリング!」
セージの声が聞こえてマルコムが気づく。
(そうだ、ハウリングで注意を引かないと。今は盾役なんだった)
キラーパンサーの特技『
そんなキラーパンサーにマルコムは狩人の特技『ランダート』を発動。手に現れた矢をダーツのように投げる。
ダートの上位特技ランダートは、当たればダートの二分の一の威力で十連続ヒット扱いになる。
元々のダートの威力が低いのでキラーパンサーに対して大きなダメージは見込めないが、注意を引くために放った。
(さて、前衛の仕事をしますか!)
マルコムは『ハウリング』を発動する。
「子猫ちゃん、こっちにおいでっ!」
そう言い放ち、全てを避けきる覚悟と共に『カウンター』を発動するのであった。
* * * * *
~Side カイル~
エルダートレント。
ギガトレントをさらに大きくしたその体長は軽く五メートルを超える。幹は両手を広げたサイズよりも太い巨木だ。
その枝は長く太く、そしてしなやか。振り下ろし、
中級冒険者では束になってかかっても勝てないだろう。
カイルたちのような上級冒険者であっても三人で相手をするのは厳しいが、戦況は安定していた。
ただ、カイルの心には焦りと迷いがある。エルダートレントと戦ってしばらく経つがHPが大きく減った様子がないからだ。
エルダートレントはHPが半分以下になると葉が黄色に、二割以下になると赤色になると言われている。今はまだ緑のままだった。
カイルたちは今までにエルダートレントと戦ったことはなかったが、ギルドでボスに関する情報は出回っている。
ボス戦は冒険者にとって一番危険であり情報収集するのは基本だ。当然エルダートレントの色の変化のことは知っていた。
残りHPによって行動が変化するタイプは多いが、ここまでわかりやすい魔物は珍しいので有名でもある。
こうして相対する前はHPがわかるなんて戦いやすいと思っていたが、緑色のまま変わらない葉を見ると、まだ半分にも達していないのかと焦りが出てきてしまう。
しかし、今は防御重視の戦い方だ。パーティーメンバーを考えると、なかなか思い切って攻勢に出ることも難しい状態だった。
カイルは聖騎士で守りは得意だが、攻撃を積極的に行うタイプではない。ミュリエルが一番の攻撃役だ。
さらに今は前衛一人で攻撃を一手に引き受けている。なかなか攻撃に移ることができずにいた。
ヤナはエルダートレントの大技『
『枝葉乱舞』の対処の方法もギルドからの情報である。三人しかいない状況で大ダメージを受けるのは厳しい。
それほど頻繁に発動されるわけではないが、ヤナは一定間隔で『フレイム』を発動できるように準備する必要がある。自由に魔法を放ち続けるわけにはいかなかった。
ジェイクは支援のバフと回復で忙しい。バフは手を使うので弓矢が持てず、回復呪文を唱えていると特技を放つことができないのだ。
タイミングを見計らって弓矢で攻撃するが、大きなダメージは見込めなかった。
(これじゃあ倒すまでにまだまだ時間がかかるぞ。ミュリたちは今どうなっている? やはりセージはこっちに呼び寄せるべきだったか? 急がなければ)
カイルはすでに一度MP回復薬を使っていた。つまり回復魔法や特技を相当数使ったということである。
それでも青々としたエルダートレントの葉を見ると、自分が攻撃に出るしかないと思ってしまう。
(一旦攻撃に転じよう。リスクはあるが仕方ない)
「攻撃に入る! 支援してくれ!」
ムチのようにしなり襲い来る枝を受け止めた後、全力で走りエルダートレントに接近する。
「メガスラッシュ」
弱点である木のコブに剣を一閃。対するエルダートレントがカイル目掛けて枝を振り下ろす。
エルダートレントの攻撃を正面から受け止め、剣を返す。
「メガスラッシュ」
振り上げる一閃、それと同時にヤナの上級氷魔法『フロスト』がカイルの前で発動する。
普通なら一撃目で下がって、代わりにヤナの魔法が入るところだ。
しかし、今回は二撃目に加えて三撃目に入った。
(まだいける!)
「メガスラッシュ」
カイルの攻撃と同時にエルダートレントの丸太のような枝がカイルを直撃した。カイルが地面を転がる。
即座にジェイクが狩人の特技『レインアロー』を発動し、エルダートレントに矢が降り注いだ。
この攻撃によってエルダートレントの葉の色が黄色に変化する。
(やっと半分か。ペースを上げないと)
カイルはすぐに立ち上がり、少し下がって体勢を立て直した。HPが回復しているのを確認すると再び近接戦を挑もうと前に出る。
「カイル! 下がれ!」
それを止めたのはジェイクだ。
ジェイクは黒いローブの内側に鈴や木魚のような楽器、それに弓矢を装備しており、その姿は何ともちぐはぐである。
呼び止められたカイルは仕方なく後ろに下がった。
「どうした、ジェイク」
「どうしたじゃない。前に出すぎだ。ヤナにも攻撃が届いている。俺がフォローしているが、こんな状態は長く続けられない」
話している間もエルダートレントの攻撃は続く。カイルは攻撃を盾で受け止め剣で打ち払いながら答える。
「しかし、あと半分だ。攻勢を強めて……」
「焦りすぎだ」
カイルの話に
「仲間を信じろ」
その言葉にカイルは一瞬止まってしまい、慌てて迫る攻撃を防御した。
ジェイクは木魚のバフに加えて呪文を唱え始めており、こうなると会話はできない。
(仲間を信じろか。まさかジェイクに言われるとは)
ジェイクは、話はするが積極的に会話するタイプではなく、町に着くと基本的に一人行動を好む。
パーティーを組んで長いが、カイルはジェイクの出身地さえ知らなかった。仲間意識が希薄なのかと思っていたので意外だったのである。
ジェイクに言われてカイルは自分の焦りを自覚し、少し落ち着きを取り戻す。狭まっていた視野が広がる感覚がした。
エルダートレントが『枝葉乱舞』の予備動作をした時、カイルは少しだけ前に出る。
(そうか、確かに焦っていたな。無理な攻撃をするのではなく、どこに攻撃を増やす隙があるか探せ。連携を考えろ)
目の前に『フレイム』が発動される。エルダートレントの攻撃動作が見えにくくなるが、攻撃を予測して防御の姿勢を取る。そして、『フレイム』が消えると共に踏み出した。
「メガスラッシュ」
エルダートレントも反撃するが、特技発動後すぐにバックステップで離れる。
「シールドバッシュ」
再びジェイクの『レインアロー』が発動。
(よし、焦るな。ヤナの魔法を待とう)
薙ぎ払われる大枝を受け止めて剣を打ち付ける。直接本体に当てるよりダメージは小さいがリスクも小さい。
少しでもダメージを増やすため小さな攻撃を積み重ねる。そして、ヤナの魔法と共に前に出て『メガスラッシュ』を発動し、ジェイクの弓矢を避けるように引く。
(ミュリ、マルコム、セージ、無事でいてくれよ)
そう願った時、後ろから声が響いた。
「なんだ、余裕そうじゃん! せっかく急いで倒してきたのにさー!」
ミュリエルの気楽そうな声が響く。戦闘中だったが思わずカイルは振り返った。
「ミュリ! 無事──」
「
マルコムがカイルを守るようにエルダートレントの攻撃を受ける。
「マルコム!」
「いろいろ話はあるんだけど、ボスを倒してからだね。それじゃ」
マルコムはそう言うと『ハイド』と呟きながら森の中に隠れた。
「カイル! パーティー!」
ミュリエルからパーティーの申請があることに気付き、すぐに承諾する。
パーティーメンバーはカイルの他にミュリエル、マルコム、ジェイク、そしてセージが入っていた。
(ヤナじゃなくてセージ? どういうことだ?)
「カイル! いくよっ! これ飲んで!」
困惑するカイルにミュリエルがMP回復薬を渡してエルダートレントに突撃する。
「一人で突っ走るな!」
「早く早くっ! おりゃー!」
(どうなっているんだ!?)
カイルはMP回復薬を一気飲みしてミュリエルを追いかける。ミュリエルはすでに斬りかかっていた。
「メガスラッシュ!」
ミュリエルの気合いの入った声が響く。
別に大きな声を出したところで威力は変わらないのだが、ストレス発散も含めて気合いが入っている。
というのも、普段はメインアタッカーとして攻撃特化の戦い方をするのだが、キラーパンサー戦ではサブとして連携や立ち回りを考えつつ戦っていた。
頭を使って戦うのがストレスだったのだ。
エルダートレント戦ではひたすら攻撃という指令が出て解放されているのである。
「メガスラッシュ!」
カイルが追いついた時には二撃目に入っており、防御が
「ミュリ! 防御も考えろ!」
カイルがフォローしながらミュリエルを
「攻撃優先! 今はそうして!」
ミュリエルは大声でそう言い、さらに攻撃を加えるため剣を振りかぶる。
(どういうことだ? 何か作戦があるのか? いや、今は仲間を信じよう。攻撃だ)
ミュリエルの『メガスラッシュ』よりわずかにエルダートレントの攻撃が早く、
「ミュリ! 攻撃重視と焦るのとは違うんだぞ!」
そう言った瞬間エルダートレントのターゲットが変わった感覚がした。
エルダートレントの陰からマルコムの姿が一瞬見える。
「メガスラッシュ!」
カイルはその瞬間に全力で攻撃した。
ターゲットになっていないからといってエルダートレントの場合は全く攻撃されないわけではない。しかし、頻度は明らかに下がるため重要なことだ。
(マルコムが裏で攻撃していたのか。しかし、まさか一瞬でもターゲットを取られるとは)
起き上がったミュリエルと共に近接戦を繰り広げる。使う特技は『メガスラッシュ』と『シールドバッシュ』。
ターゲットの取り合いをするかのように、攻撃重視でエルダートレントに立ち向かう。
エルダートレントの攻撃が直撃しても一回転して起き上がり、すぐに反撃した。
カイルは攻撃しながらもパーティーのHPをちらりと確認して驚愕する。
(ミュリのHPが減ってない! 攻撃を読んで回復しているのか!)
セージとジェイクは後衛に届く攻撃を防御しながら、それぞれ回復とバフを担当していた。
セージはHPが一定以上減るのを見計らって回復魔法を発動しており、HPが半分以下にならないよう調整している。それに、いざとなれば回復の上級魔法で全員を一気に回復するつもりでいた。
今度はカイルが攻撃を受けてHPが減った瞬間全回復する。
(攻撃優先か。こういう戦い方もあるんだな。回復魔法特化、俺かジェイクができればいいが)
カイルのパーティーは、得手不得手こそあるものの全員回復魔法が使える。その万能さは他のパーティーにはないものだが、回復魔法専門と呼べるメンバーはいなかった。
(回復魔法に専念したら……いや、無理だな。この魔法発動速度は真似できない。そういえばマルコムはどこにいるんだ?)
カイルは考えを巡らせながら戦いを続け、順調にエルダートレントへダメージを与えていく。
ミュリエルは頻繁に、カイルは時々エルダートレントの攻撃が直撃するのだが、すぐに回復されるので問題はなかった。
残りMPが半分ほどになった時、エルダートレントの葉の色が赤色に変化する。
(もうHPが二割になるまで削ったのか! 早いな!)
すると、マルコムがひょっこり現れた。
実は裏で気付かれないように隠れながら、特技『フイウチ』を連発していたのだ。
マルコムが走りながら言う。
「さぁ逃げるよ! 後衛を守ろう!」
「よっしゃー! カイルも行くよっ!」
カイルは「おう!」と返事をして後衛の方に走り出す。
(次はどうする気だ? 魔法だけで攻撃するのか? このまま押し切ってもいい気がするが)
後衛に向かう途中でエルダートレントの攻撃が一層激しく、そして無差別になった。
エルダートレントの攻撃範囲は広いが、今までターゲットになっていたのはカイルとミュリエルだ。後衛には全攻撃の二割程度しか届いていなかった。
後衛を攻撃から守るため急いで駆け寄り、守りの要としてエルダートレントの正面に立つ。
その時、全員のHPが全回復した。
発動したのはセージである。
(魔法士より聖職者が得意だったのか? ヤナとは攻撃魔法の話ばかりだったような気がするが)
襲い来る枝を剣や盾で弾き返しつつ考える。
カイルが来たことによってヤナとセージまで通る攻撃が大きく減った。カイルは視野が広く、多角的に襲い来る攻撃を的確に防ぐことができるのだ。
その能力からリーダーの役割を任されていると言っても過言ではない。
「インフェルノ」
呪文を唱え終わったセージがエルダートレントに特級魔法を放つ。しかし、炎に包まれながらもエルダートレントの攻撃は
(葉が赤になってから攻撃が激しくなるとは聞いていたがこれほどとは)
守りに徹しているため大きくダメージを受けることはないが、確実にHPが減っていた。それをジェイクが回復していく。
「インフェルノ」
セージの『インフェルノ』が終わった途端、静観していたヤナが戦闘に加わり、特級魔法『インフェルノ』を発動。
エルダートレントは炎から解放されてすぐにまた炎に包まれた。
(ミュリとマルコムが回復魔法? 攻撃と回復の役割を交代したわけか)
ジェイクだけでなくミュリエルとマルコムも回復魔法を使っていることに気付き、カイルも回復魔法を使い始める。
攻撃が激しくなっているとはいえ、セージ一人とカイルたち四人との役割交代だ。十分持ちこたえられる回復力になる。
ヤナの『インフェルノ』が終わると、今度はセージが発動する。
「インフェルノ」
(これは強烈だな。強力な魔法使いが二人いるとこんな戦い方もできるのか)
カイルはエルダートレントが炎に呑み込まれ続けているのを見ながら思った。
セージの『インフェルノ』が終わるとジェイクが『レインアロー』を発動し、そのあとセージが再び『インフェルノ』を唱える。
カイル、マルコム、ミュリエルに守られながら、セージ、ヤナ、ジェイクの連続遠距離攻撃が続き、やがてボスの攻撃がピタリと止まった。
「やったか?」
エルダートレントはパキパキと音を立てながら、ただの木に変化していく。それを見たミュリエルが歓声を上げた。
「よっしゃー! 倒したー!」
普通の魔物であれば逃げる。ギガトレントも速くはないが逃げるのは一緒だ。
この変化はボス特有のものである。
しばらくするとエルダートレントは枯れた巨木に成り果てた。
マルコムとジェイクは価値の高い素材を取るため、まずは倒した後放置していたキラーパンサーの方に行く。他のメンバーは装備の確認や水分補給などを行っていた。
ボスを倒したからといって魔物がいなくなるわけではない。
達成感で気分は高揚しているが、そんな時こそ冷静に次に備えることが重要だとカイルたちは考えていた。
(しかし、あの連続攻撃魔法は強力だったな。今までは攻撃魔法をヤナに頼っていたが他の仲間も覚えるべきか? いや、あれはヤナと、さらにその上をいくセージがいてこそ有効なのだろうな。俺たちの魔法ではセージの代わりにはなれない)
カイルは素材の
その姿だけ見ると年相応の子供らしさがあった。
(的確な作戦、それを行う実行力。予知のような回復と最速の特級魔法。ボスを圧倒した人物には見えないな。まったく、大したもんだ)
セージはカイルの視線には気付かず、剥ぎ取りをするマルコムを質問責めにするのであった。