ドラルの村から領都に戻ったセージは、ラングドン家への挨拶をしてすぐ孤児院がある町、ケルテットに帰った。

 ケルテットでまだやることが残っていたからだ。

 鍛冶師と木工師のランク上げなどセージがやっておきたいことや、セージとトーリがいなくなることで変わる店と孤児院についての対処である。

 鍛冶師のランク上げはガルフの鍛冶場でまだ作ったことのなかった武器を何本も作って早々に終わらせた。

 回復薬を大量に販売して得た売上金、マーフル洞窟の魔物をせんめつした際の報奨金、研究所長としての給金など、セージの資産は今までにないほど増えている。

 その一部を使って材料を購入し、剣や盾を作ったのだ。

 次に、完成間近のまま放置していた孤児院の改築を終わらせた。

 孤児院の隙間風はなくなり、風呂場や台所、新しい部屋が増築されている。

 ジッロの手伝いもあってクオリティーは高く、造りもしっかりしていた。

 これらによってセージは木工師と鍛冶師をマスター。

 お世話になった鍛冶師のガルフには魔法付与の技術、木工師のジッロにはいくつかの魔道具の作り方とトーリの店での販売権をプレゼントした。

 ついでにティアナの服もトーリの店で売ることになっている。

 この三人にはセージの装備などを発注しており、また取りに来ることを約束していた。

 意図せずして子虎との戦いが起こったこともあり、今から準備を始めておくべきだと考えたからである。

 トーリの店に関して、トーリがラングドン家の研究所で正式に働くことが決まったため管理ができない。

 そこで、孤児院から商会に就職していたローリーを引き抜いて託すことにした。無理矢理とはいってもローリーの意思を聞いた上で引き抜いている。

 ローリーは一生懸命働いていて商売の能力もあったが、孤児院出身のせいか待遇は周りと比べて悪いようだった。

 一般的に大人扱いされる十五歳になってもそれは変わらなかったため、商会を辞めることに関して問題はなかったようだ。

 商会側はローリーを手放したくはなかったようでめそうになった。しかし、セージはラングドン家の研究所長である。

 バックにラングドン家がいると知った商会はすぐに手のひらを返した。

 そして、あっさりと準備が進められてローリーはトーリの店に収まったのである。

 セージは研究所長になるメリットを感じていなかったが、この時初めて就任して良かったと思った。

 トーリが薬屋からいなくなっても今まで通り常連客用の薬や高品質薬を店に並べるため、ラングドン家と話をつけて定期的に薬を卸している。

 薬はラングドン家から卸すことになるのだが、利益の一部は孤児院に流れることになり、その名義はラングドン家だ。

 ラングドン家の懐を傷めず、慈善事業の一環として扱われるためラングドン家の株が上がる。Win-Winの関係であり、その条件をもとにセージが話を進めた。

 孤児院の生活水準はセージが高めており、領都に行ってしまうことで孤児院の暮らしが悪くなることを心配していたからである。

 これらによってトーリの店、もといローリーの店は回復薬、服、木工品など雑多な物を扱う店になってしまったが、運営はローリーに丸投げだ。

 ローリーは十五歳になって間もないが、巨人族のジッロがいて、ラングドン家が納品している店に手を出してくる不届き者もいないだろうということで心配はしていない。

 そして、ケルテットでやり残していた全ての用事を済ませると、町でお世話になった人たちに別れを告げ、セージは再び領都へ旅立つ。

 その頃のセージのステータスは大幅に向上していた。


 セージ Age11 Lv34 種族:人 職業:暗殺者

 HP        MP 3872/3872

 STR(力)   88   DEX(器用さ) 

 VIT(頑丈さ) 57   AGI(びんしょうせい) 

 INT(知力)     MND(精神力) 


 戦闘・支援職一覧

 下級職 マスター

 戦士 魔法士 武闘士 狩人かりうど 聖職者 盗賊 とう士 旅人 商人


 中級職

 聖騎士 ランク1   魔導士 ランク1

 暗殺者 ランク22   探検家 ランク1


 生産職一覧

 下級職 マスター

 木工師 鍛冶師 薬師 細工師 服飾師 調理師 農業師


 中級職

 錬金術師 ランク14   魔道具師 ランク1

 技工師  ランク2   賭博師  マスター


(ステータスが上がったとはいっても、レベルとか職業補正が大きいし、相変わらず魔法使いタイプだし。もっと考えないとなぁ)

 セージは強くなるために、ルシールから教えてもらったトレーニングをしているが、まだ効果はあまり見られなかった。

 体作りは一朝一夕で変化が表われるものではないことと、ケルテットでは生産職のランク上げに注力していたからだ。

 ただ、近接戦もできるようになりたいことや学園の試験を受けることもあり、物理攻撃面の強化を考えている。

(でも、下級職を全てマスターして暗殺者になったことは大きいな。ステルスは有用すぎる)

 セージは最初の中級職に暗殺者を選んでいた。

 勇者を目指すのであれば聖騎士だと考えられるが、あえて暗殺者になったのは、ランク1から覚えられる特技に『ステルス』があったことが大きい。

『ステルス』は魔物に気づかれにくくなる特技だ。ゲームではエンカウント率が下がるなどの効果だったが、この世界では視界に入るなどしなければ気づかれない。

 また、戦闘中に使えば攻撃のターゲットになりにくくなるといった効果もある。

 これはランク上げを優先するセージにとって有用であった。

 魔物の大量発生やマーフル洞窟など特定魔物が多い場所であればいいのだが、通常は目的の魔物だけなんて、そう都合よく見つからないものだ。

 そうなると、多種多様な魔物の中からランク上げに適した魔物だけを選別して倒す必要があり、非常に時間がかかる。

 セージがレベル20に上げるまでに何年もの長い時間をかけたのはそのせいだ。

 無駄な経験値を得ないため、自分のレベルより低い魔物も高すぎる魔物も避けて特定の魔物だけを倒すというのは簡単なことではない。

『ステルス』を使えば魔物との無駄な戦闘の回避が容易になり、ランク上げの効率が上がる。

 実際、暗殺者になってからのランク上げをドラルから領都、ケルテットまでの道のりで行ってみたが、今までより格段に楽になっていた。

(もっと早く気づいていればよかった。今までもステルスがあったら楽だったのに。ソロなら暗殺者を真っ先にマスターすべきだったよな。おっ、やっと着いたか)

 セージは馬車を降りて伸びをする。領都へは安全な道が続いているが、馬車を使って二日はかかる距離だ。

 いくらステータスが高くなろうと、馬車での移動は精神的にも疲れるのだ。

 気晴らしに領都でいろいろと見て回りたい気持ちを抑えて、まっすぐラングドン家に向かった。

 それでも向かう道すがら、店をのぞきながらではある。

 ラングドン家の門には警備の兵士が立っているが、すでにセージは顔パスで通れる存在だ。

 挨拶をしながら門を通り抜けると、庭を挟んで正面の奥にラングドン家の館が建っていた。城などの類いのものではないが豪邸である。

 長辺が三十メートル程度あり、石造りでガラス製の窓もある立派な館だ。

 館に向かって右側には研究所と寮、その奥に使用人用の建物、左側には騎士団の会議室や訓練場、きゅうしゃがある。

 正面にはれいに整えられた庭があり、さすが貴族だとセージは思っていた。

 領主のノーマン・ラングドン、そして研究所の人たちに挨拶をする。挨拶といっても帰ってきたことを知らせるだけである。

 ノーマンにはドラルから戻った時に報告しており、研究所の全てはトーリに任せると伝えて丸投げだからだ。

 大して伝えることは多くない。研究員からいくつか質問が出たくらいである。

 あと数か月したら王都で試験を受けて、来年には学園に通うことになっているので、ラングドン家にいる時間はあまりない。

 中途半端に研究所長として仕事をするのもどうかと思っていた。

 見た目が子供ということもあり、ラングドン家の人たちには本当にセージが所長なのかと疑っている人もいるくらいだ。

 必要な挨拶が終わり、次に騎士団の方に向かって庭を横切って歩く。

(よし。これで後はこの辺の魔物を調べて、できればランクとレベルを上げて、中級職のマスターに向けて進めないと。あと騎士団の訓練に参加して、学園行きに備えて……結構やることが多いなぁ。んっ、あれは、魔法騎士団長?)

 前からセージの方に向かって人が歩いてきていた。

 以前、ケルテットの北の町で会議に出た時、ルシールを除いて唯一の女性だった魔法騎士団長のレベッカだ。

 女性一人だと大変だろうなとごとのように考えていたので覚えていた。

(研究所長と魔法騎士団長、どっちの方が偉いんだろう。一緒だっけ? まぁここは年長者を立てておこう)

 道を開けて軽く礼をして通り過ぎるのを待つ。しかし、レベッカはセージの前で立ち止まった。

「君がセージだな。私は魔法騎士団長のレベッカだ」

「研究所長のセージと申します。よろしくお願いいたします」

 レベッカは険しい表情のまま「よろしく」と言う。

(何だか友好的じゃないな。なんだ? 目が合うのはけんの合図とかそういうやつか? 喧嘩なら買わないぞ)

「何かご用ですか?」

 セージはいぶかしげに思いながらもレベッカに質問するのであった。


     * * * * *


~Side レベッカ~


 レベッカはラングドン領にある大きな商家の生まれだった。

 ナイジェール領にある塩の流通に加えて、獣族、エルフ族ともわずかに取引があり、王都でも有名な商会である。

 その第二夫人の三女という特に何かを期待されることがない立場で、何不自由なく過ごしてきた。

 第一夫人は王都で暮らしていたが、レベッカは第二夫人の意向もありラングドン領で育てられた。

 そんなレベッカは幼少の頃、王都に行く途中で見た魔法使いに憧れて、魔法について教育を受け、王都の第二学園に入学。

 親としては第二学園で将来有望な男と仲良くなってほしいと思ってのことだった。

 グレンガルム王国では、一部例外はあるが、一般的に女性が他家へ嫁ぐことが多い。

 第二学園に入る者は良家の子供ばかりなので、結婚しても苦労せずに済むだろうとの考えである。

 ただ、レベッカとしては立派な魔法使いになることを目指していただけだった。

 入学してまず他の子供の能力の高さに驚くことになる。

 レベッカは自分が魔法使いとして才能があると思っていたので、自分より優秀な子供がいると考えていなかったのだ。

 首席で卒業して王国魔法騎士団に入ることを思い描いていたのである。

 実際、ラングドン領に住んでいた時は一部の冒険者を除くと、大人も含めてレベッカの周囲にいる者の中ではトップレベルの能力であった。

 それはラングドン領が騎士を重用する領なので、優秀な魔法使いはあまり住まないからだ。

 しかし、様々な所から入学してくる第二学園では異なる。レベッカはトップどころか上位層ですらない。

 トップグループの多くがラングドン領から北東、グレンガルム王国の東端にあるミストリープ領出身の者であった。

 ミストリープ領は代々女性が領主を務めるというグレンガルム王国では珍しい領で、ミストリープ魔法騎士団の実力は王国魔法騎士団をりょうがするとまで言われている。

 トップ層の下には王国魔法騎士団や他領の騎士団、王都の大商人の子供たちが続く。

 そして、レベッカは下位層の中であった。さらに、そこでさえ優秀とは言えなかった。

 下位層のほとんどがお金やコネだけで入った者だったが、常識として魔法の知識は持っている。レベッカは魔法の扱いにはけていたが、圧倒的に知識が足りていなかった。

 それも当然である。親としては、結婚相手を見つけることを想定して学園に送り出したのだ。

 今までがなかかわずであったことを知ったレベッカは一週間落ち込み、そして猛勉強、猛特訓を始めた。

 その姿は鬼気迫るようであったという。

 クラスの中では浮いていたが、そんなことは気にせず魔法の鍛錬に集中し続ける日々。

 そんなレベッカの姿に好感を持った一部の教官や学園生とは交流があり、学園生活に支障はなかった。

 そして、学園史上類を見ないほど急激に成績を上げる。

 しかし、トップを目指したものの、流石さすがに時間が足りなかった。

 当然、周りの者、特に上位層はしっかり魔法の勉強や訓練に取り組むからだ。そう簡単に差は縮まらない。

 三年間ではトップに上り詰めることはできず、優秀な魔法使いと言われている上位に追いつきそうなところで卒業の時期がやってきた。

 第一学園の者や第二学園の上位層は王国騎士団のエリートとして採用されていく。

 レベッカは王国魔法騎士団には入らなかった。

 入ろうと思えば入れただろう。しかし、それは普通の騎士としてであり、エリートではない。

 魔法騎士団に入ることを目的に学園に入ったが、同じ学年の上位層のやつらの下につくなんてごめんだと思いとどめたのである。

 コネはなかったが実力はあったため、王都の西にあるヘンゼンムート領の魔法騎士団に入ることができた。

 ヘンゼンムート魔法騎士団は王国では中堅どころである。

 レベッカはそこでも猛特訓を続け、五年後には若くして第二魔法騎士団の副団長に選ばれた。

 これは、他に類を見ないほどのことである。

 しかし、副団長になってわずか三か月後、領主の娘である団長と揉めてクビになった。

 これも、類を見ないこと、魔法騎士団最短といえる副団長の任期だ。

 領の魔法騎士団をクビになってしまうと他の領で雇われることは難しい。

 その後は仕方なく冒険者をしたり、一時的な家庭教師になったりしながら、各地を転々として魔法の腕を磨いていった。

 クビになってから七年の月日がち、ラングドン領で魔法騎士団設立の話が発表される。

 冒険者の雰囲気にめていなかったレベッカはすぐに入団を決めた。

 そして、入団希望者の中では圧倒的な実力があったため、そのまま団長に選ばれることになる。

 ただ、団長としての仕事は簡単なものではなかった。

 魔法騎士団としての決まり事も訓練内容も何も決まっていないゼロからのスタートだったからだ。

 ヘンゼンムート魔法騎士団での経験があるとはいえ、それをそのままラングドン魔法騎士団に当てはめてもくいくとは思えない。

 魔法騎士団の団員も剣術の方が得意だったりするような者が多数いたからだ。

 実は人が集まらなくて、第三騎士団から転籍した者もいたのである。

 そして、ヘンゼンムート領の魔法騎士団の時とは比べものにならないほど資料も知識もない。

 ただ、団長になったからには魔法騎士団として最強と言われるようにしてやると意気込んだ。

 まずはラングドン騎士団に混ざり、この騎士団のルールや訓練内容を学ぶところから始まった。

 戦闘の時には連携を取ることになるので、交流するという目的もある。

 それに、学園での訓練や冒険者としての実戦経験があるレベッカでも、近接戦闘は得意とまでは言えない。対人戦闘や剣術について教わることは多かった。

 レベッカにとってその部分は良かったのだが、戦士のような者たちを優秀な魔法使いにするための日々は、壁にぶつかることを何度も味わった。

 それでも、自ら資料を作り、魔法訓練のメニューを考案し、魔法騎士団を形にしていく。

 そして、二年かけて何とか魔法騎士団と名乗れる程度の実力になってきていた。

 他の領と比べればまだまだ弱小ではあるが、その辺の冒険者にはそうそう負けないぐらいにはなっている。

 そこまで育ったとしても、やはり魔法騎士団はラングドン領では軽く見られがちであった。

 魔法騎士団に対するイメージを払拭することも必要だと感じたレベッカは、その足掛かりとしてケルテットの北の町での魔物殲滅作戦に魔法騎士団を投入することを訴えた。

 ちょうど魔法騎士団が中心の戦いとなる可能性を秘めた見せ場だったのである。

 そんな時に現れたのがセージという異分子のような存在だ。

 レベッカはセージの戦果がどうしても信じられなかった。

 十一歳の子供が魔法を使いこなすなんて、通常できることではない。

 たとえ呪文を知っていたとしても魔法の理解と発音ができていなければ発動しないのだ。

 学園の上位層であれば十一歳でも中級魔法を使うことはできるだろうが、どれだけ優秀でもレベル20程度ではMPが足りなくて二十発も発動できないだろう。

 さらに修飾魔法詞magnusを使うとさらに必要なMPが増える。

 セージはレベル20の武闘士でMPが千を超えているという話も、そんなはずはないと声を荒らげたいほどだ。

 ラングドン領の者は魔法に疎いため、それがどれほどありえないことかわかっていなかったが、レベッカは何を馬鹿なことを、と思っていた。

 ラングドン領どころか王国の誰に聞いてもありえないというステータスである。

 種族の補正でMPが高くなるエルフ族の中でも、特に優秀な者ならばありえるかもしれない、というほどセージのMPの高さは異常だったのだ。

 それにセージが回復薬を飲みながら走り回って魔物を倒し続けたという話もおかしいと思っていた。

 レベッカが冒険者の時、魔物大量発生に巻き込まれて途中でMP切れになったことがある。

 持っていたMP回復薬(高)は使いきっていて、MP回復薬の低品質か普通品質しかなかった。回復量が少なく、数発魔法を放つとMPがなくなるため、無理矢理流し込んでおうしながらも戦った。

 そんな経験をしてきたからこそ異常さがわかるのだ。

 MPが多くても子供が回復薬を飲みながら走って魔物を倒し続けるなんてできるはずがない。

 さらに薬師としてもそうだ。高品質の回復薬なんてものはハイエルフの薬などと呼ばれている物であり、そう簡単に手に入らない。

 MP回復薬(高)の高品質など見たこともない代物である。

 だが、レベッカ以外の騎士団にいる者はずっと騎士をやってきた者ばかりで、セージの異常さをよくわかっていない様子だった。

 ラングドン家は二年前に代替わりしたばかりで、ノーマンが魔法騎士団や研究所を創立したのだ。

 ノーマンはある程度わかってはいるが、騎士たちはその成果が出ているのだと思っているだけである。

 周囲ではノーマンの評価が上がっているだけで、この異常さに気付いているのはレベッカくらいだった。

 そして、レベッカは回復薬をセージではなくトーリが作ったのであって、セージは手柄を横取りしたのだと思っている。

 そのこともレベッカをいらたせる一因だ。

 何にせよ、普通に考えて子供が格上の魔物を二百六十体も倒せるはずがないのである。

 さらにボスまで倒したなんて信じられるわけがなかった。

「君はこの間の戦いで二百六十体の魔物とボスを倒したそうだな」

 セージはいきなり何だろうと思いながら、素直に「はい」と答える。

「武闘士でレベル25なのにMPが千を超えていると聞いたが」

「そうでしたね。今はレベルが上がって職業も変わりました」

「ほう、そうか。教えてもらってもいいかな?」

「レベル34で職業が暗殺者です」

 さらりと答えるセージにレベッカは驚いた。

(十一歳で中級職? しかも暗殺者? 盗賊と武闘士をマスターしたら暗殺者になれるが、なぜ魔導士ではなく暗殺者を目指す?)

 セージは険しい顔で黙っているレベッカに対して言い訳をする。

「悪事を働くためではないですよ。暗殺者にはステルスという特技があってですね。魔物から見つかりにくくなるので便利なんですよ」

(ステルスは知っているが、そんな特技必要なのか? ビッグタートルを根絶やしにしたやつが何を怖がっているんだ。やはり、あれは虚偽だな。ランクとレベルは金で買ったか)

 ギルドにはランクやレベルを上げる依頼がよくある。

 主に中堅冒険者が稼ぐ仕事の一つであり、レベル上げだけであれば依頼者をパーティーに入れ、安全かつ経験値の高い魔物を狩るだけでいいので、人気の仕事であった。

 レベルに見合った報酬になるため、高レベルになるほど依頼料は高くなる上に、レベルよりランク上げの方がはるかに高い。

 ランク上げとなると、止めの一撃を依頼者にさせる必要があるからだ。

 セージも冒険者ギルドに頼めないかと考えた時はあったが、その時のセージにとっては依頼料が高すぎて手が出なかった。

(まったく。いくら魔法に疎いとはいえ、こんな子供にだまされるなんて)

 ヘンゼンムート魔法騎士団にいた時、団長に取り入って実力もないのに分隊長などに昇格するような者がいて、レベッカはそういう者を嫌っていた。

(まぁいい。何にせよ、実際に魔法を見ればわかることだ)

「今から時間は空いているか?」

 ますます鋭くなるに戸惑いながら、セージは「はい」と答える。

 形は質問だが、断れる雰囲気ではなかった。

「そうか。では訓練場に行こう」

 そう言ってレベッカはきびすを返す。

 ラングドン家には広大な訓練場があった。訓練場とはいってもただの広場のようなもので何かあるというわけではない。隣には厩舎があり、騎乗訓練ができる。

 訓練場では第二騎士団が模擬戦をしていた。セージは走り寄って挨拶すると、後で参加させてくださいとお願いする。

 騎士団とはギルとの訓練の時やビッグタートル狩りの時に面識があった。

 特に第二騎士団は遊撃部隊だったため、戦いの中でよく見かけていたのだ。

 第二騎士団からしても、厄介なビッグタートルを次々と倒していくセージはありがたい存在であった。

 しかも子供で研究所長という肩書があり、騎士団の中でも話題になっている。

(節操のない。魔法使いなら魔法知識を学んだり、魔法言語の訓練をしたりすべきだ。そもそもこいつは薬師が本職だろ。まったく、なぜこんな者が研究所長なんぞに)

 心中穏やかではないレベッカのところへセージが走って戻ってくる。

「お待たせしました。ところで、ここで何をするんですか?」

「魔法を見せてもらう。まず、君が使える中で最も強い魔法を見せてくれ」

「最も強い魔法、ですか」

 そうつぶやいてセージは悩んだ。というのもセージの最大魔法はgrandis魔法詞を用いた上級魔法である。

 grandis魔法詞のことはまだ秘密にしている上に、上級魔法では使ったことがなかった。

 それに、威力だけでなく効果範囲なども考えると、何をもって強いと判断するか迷ったのである。

 セージが戸惑っていると、レベッカは本当の実力がバレるのを恐れて躊躇ためらっていると考えた。

「自分の中で最強の魔法くらいわかっているだろう。まぁいい。まず、私から見せよう」

 レベッカの最強魔法、それは火系統の特級魔法だ。レベッカは第二学園で個人的に師匠と敬っていたネイオミという教官から特級魔法を教わっていた。

 特級魔法は上級魔法を大きく超える威力を持つ。

 所縁ゆかりのないヘンゼンムート魔法騎士団に入団できたのは、これを習得していたということも大きな理由である。

 レベッカはセージに呪文が聞こえないよう少し離れた。

「Cupio ad maguna salamandra gion rex id ignis, ferum ignis selsus columna radir ante hostium」

 上級魔法より遥かに長い呪文を唱え、最後の一節をささやく。

「インフェルノ」

 その言葉と同時に目標物として置いてあった木のくいを中心に大樹のように炎の柱が立ち上り、熱波がセージとレベッカにまで届く。

 わずか五秒程度のことであるが、それでも圧倒的な迫力があった。

 長い呪文を唱える必要があるため、発動まで時間がかかる上にMPの消費が多い。

 それに、上級魔法まででは使わなかった言葉も多く、発音が難しくなる。

 レベッカもまだ完璧ではなく、近接戦闘中に唱えることは失敗の可能性があるためできない。

 しかし、パーティーを組んで仲間に守ってもらいながら戦う場合ではこの魔法が活躍する。

 この間の戦いのボス戦ではレベッカの魔法によって予想よりも早くボスを倒すことができたのだ。

(これで違いがわかったか)

 セージの方を振り向くと、年相応といえるような輝いたまなしを向けられていた。

 想像していたのとは違うセージの表情にレベッカは戸惑う。

「今のはインフェルノですよね? 初めて見ました! いやぁ、あんな感じなんですね。やっぱり生で見ると迫力が違います。上級魔法の中にいくつか魔法がないなと思っていたんですが、やっぱりあったんですね。じゃあメテオとかタイダルウェーブもあるんですか?」

(な、なんだこの反応は。タイダルウェーブは知っているが、メテオってなんだ? それに、なぜインフェルノを知っている?)

「なぜこの魔法がインフェルノだとわかった? 聞こえないように離れたはずだが」

 その言葉にセージは「えっ?」っと言って固まった。

「どこで聞いた? 特級魔法は秘匿されていて使い手も少ないはずだが。それに、メテオとやらも特級魔法の一つか?」

「あー、そうですね。優秀な魔法使いと知り合いでして。その人から聞いたのかもしれません。あっ、次は僕が魔法を見せる番ですね。それでは」

 セージはそう言ってそそくさと離れる。

(何を隠している? 優秀な魔法使いとは誰のことだ? 十一歳の子供の知り合い?)

 レベッカはセージの方を見ながら考えていたが、魔法が発動した瞬間そちらに目を奪われた。

 それはセージが離れて数瞬。呪文を唱えた時間はわずかだ。それなのに突如として目の前が火の海に変わった。

 幅二十メートル以上の大地が燃え盛り、さらにその勢いを増す。

 その光景を見ながらレベッカはぼうぜんと思う。

(なんだこの魔法は……上級火魔法のフレイムにしては規模が大きすぎる。magnus魔法詞を使っても無理だ。まさか、特級魔法か? いや、そんなはずはない。特級火魔法はインフェルノだ。それに特級魔法にしては発動が速すぎる。それどころか、私が上級魔法を発動するよりも速い)

 セージはその魔法を誇るわけでもなく、先ほどと同じ表情でレベッカのもとに戻ってきた。

「これが僕の最大魔法です。やはり特級魔法には劣りますね。さすが魔法騎士団長です。特級魔法を学びたいと常々思っているのですが機会がないんですよね」

 ペラペラとしゃべるセージの言葉を聞いている余裕はレベッカにはなかった。

「あの魔法は何だ? 特級魔法ではないのか?」

「あれは上級火魔法フレイムです。修飾魔法詞を使っていますが」

「修飾魔法詞magnusであれだけの威力は……そうか。五年ほど前、魔法使いギルドにmagnusよりさらに強力な修飾魔法詞の報告があったな。詳細は秘匿されていたが、それを教えてもらったのか?」

「まぁそんなところでしょうか。ええと、じゃあ、訓練に行きますね」

 セージは慌ててしながら、訓練に行こうとする。

「ちょっと待て。最後に一つ聞かせてくれ。あの上級魔法を何発放てる?」

「えっと、今なら四十八発ですけど」

「……そうか。参考になった。時間を取らせてすまなかったな」

「いえ、僕も特級魔法が見られてよかったです。ありがとうございました。それでは」

 レベッカは特級魔法を三十発以上は放つことができるが発動が遅い。実戦でどちらが役に立つかは明白であった。

 それに、強力な修飾魔法詞がどれほどMPを消費するかわからなかったが、少なくともレベッカがレベル30の時、普通の上級魔法でさえ四十発も放つことはできなかった。

 そもそも十一歳で上級魔法を自在に発動することなんてできるわけがない。

 嫌でもセージが自分以上の能力を持っているとわかってしまう。

(そうか、私はまた慢心していたというのか。ここに来てから私より実力のある者に会ってなかったしな。これじゃ子供の頃と変わらない)

 去っていくセージの後ろ姿を見ながら思った。

 悔しい気持ちもある。ただ、それを自覚することですっきりとする部分もあった。

(報告を認めずに十一歳の子供だからといって侮るとは、精進が足りない。そういえばセージは王都の学園に行くという話だったか。あの腕なら確実に魔法科のトップを取れるだろう。もしかしたら王国魔法騎士団に入ってラングドン家に戻ってくることはないかもしれないな。ネイオミ教官に連絡を取ってみるか)

 そう考えながらレベッカはいつの間にか集まって遠くから見ていた魔法騎士団員の方に向かう。

(よし。今日は基礎訓練からみっちり行うか。私はまだまだ強くなる。強くなってみせる)

 レベッカは気持ちを新たにして訓練を開始するのであった。

 ちなみに、レベッカが第三学園に魔法科がないことを知るのはまだ先のことである。


     * * * * *


 王都にある第三学園の入学試験は十一月と五月。試験日に十二歳であれば受験でき、十一月に合格すれば四月に、五月に合格すれば十月に入学だ。

 今は七月なので、入学試験まで三か月以上の空白がある。

 ということで、一応所長ということもあり研究所で仕事に取りかかっていた。

 ただ、仕事というよりランク上げ作業の一環である。貴族のコネで中級の錬金術書と魔道具書が手に入ったこと、そして資金が潤沢にあることでランク上げがはかどるのだ。

 できたものは全てラングドン家のものになるのだが、ランクさえ上がればいいセージにとっては全く問題ない。

 毎日新しい物に挑戦し、ランクが上がれば違う物を作り、そんなことをしていても怒られず、素材は自由に買える。

 さらに、明かりも使えるので夜も作業に困ることがない。

 しかも、そんな生活をしながら月給金貨一枚が支払われるのだ。

 ランク上げが趣味のセージにとっては、問題ないというより、むしろ最高の環境と言える。

 生産職に注力した甲斐かいもあって錬金術師をマスターし、魔道具師のランク上げにシフトしていた。

 ただ、魔道具師のランクをすぐに上げることはできなかった。なぜなら中級魔道具師の本はこの世界の言語で記されているもので、そこまで特別なものではないからだ。

 魔道具の作り方は知られている物が少なく、中級魔道具師の本にも書いてあることは少ない。

 結局、基本的な作り方を本で学び、自分の知識を用いて実践していくしかなかった。とはいっても、素材が豊富なため今までより格段に楽ではある。

 そんなこともあり、当主のノーマン・ラングドンは毎日のように届けられる魔法薬や魔道具が役に立つのか、どれくらい必要か、費用はいくらかかるのか、など考えることが山積みになって忙しい日々を過ごしていた。

 最近は騎士団を見に行く時間がなくなったくらいだ。しかし、生産される物は確実にラングドン家にとってプラスに働いている。

 代替わりしたばかりで改革しようとしているノーマンにとってはありがたいことで、止めることもできない。仕方なく毎日デスクワークに励んでいた。

 たまにセージが戦闘・支援職のランク上げに行くため留守にする時、実はホッとしているくらいである。

 研究所の所員も次々と来る生産依頼に追いついておらず、多忙を極めていた。

 そして、研究所というより生産工場になりつつある。

 ただ、そんな状況だからこそ、所員のランクはぐんぐんと上がっていて士気は高い。

 セージはそんな研究の傍ら、入学試験のために合間をみて騎士団の訓練に参加していた。

 そのおかげもあって、STRやVITなどが今までにないくらい上昇している。

 というのも、セージは前世も含めて本格的に体を鍛えた経験がなかった上に、実戦ではステータス上昇薬やバフに頼っていたためである。

 最初の一か月は基礎訓練についていくこともできず、途中お茶休憩を挟みながら参加するほどだった。

 それでも、騎士団員に見てもらいながら、自主練習も毎日欠かさず続け、セージ自身が驚くほど成長した。

 剣術も最初は隙だらけであったが、今は一番下っ端の見習い兵士となら互格に打ち合える程度にはなっている。

 レベルはセージの方が高くても物理攻撃に必要なステータスは低く、さらに体格に差があるため負け越していたが。

 また、日常訓練だけでなく、魔物の討伐作戦にも加わることもあった。

 たまにセージのレベルに適した魔物が討伐対象になるのだ。

 そして、訓練を始めてから一か月ほど経った時、ちょうどいい魔物が相手の討伐作戦があると聞いて参加を希望した。

「それではよろしくお願いします!」

「おう! 俺たちもセージには期待してるぜ」

 セージの挨拶にそう返したのはラングドン家の騎士トニーである。

 以前、マーフル洞窟の魔物殲滅作戦に参加した騎士であり、普段の訓練の中でも話をすることが多い。

 その他にも、同じく殲滅作戦に参加したウォルトと、まだ兵士であるハンフリーとジャックの二人も参加する。

 基本的にラングドン領では兵士から始まり、ノーマンに認められる実力をつけたら騎士として認められる。

 領民からするとあまり区別はついていないが、騎士と兵士では実力も待遇も明確な差があった。

 そして、五人目にセージが加わり、このパーティーで今日から七日間にわたって討伐作戦を行うのである。

「カルパティア森林の定期討伐には参加するんだな」

 目的地に向かって歩きながら、トニーがセージに言った。

 カルパティア森林とはラングドン領西、ウラル山脈の麓に広がる森の北部を指す。そこに定期討伐が行われる地域があった。

 定期討伐とは魔物が人の生活圏を脅かさないようにするため、魔物やボスが発生しやすい場所で定期的に行われる討伐作戦のことだ。

 ケルテット北に現れたボスのように、今まで出現していなかった場所に現れることもあるが、一般的には同じ場所に同じ種類のボスが発生する。

 ただ、騎士団の人数では領内全ての場所を見て回ることはできない。

 なので、冒険者に人気の場所や緊急性の低い場合などは冒険者ギルドに任せており、基本的には人気のない場所での作戦となる。

 今回のカルパティア森林も全く人気がない場所だった。

「カルパティア森林には行ってみたかったんですよね」

「俺は何度か行ってるけど、ほんとに何もないところだぞ。そこでしか取れないような素材もないし」

「出現する魔物や採取できる植物については聞いていますから。でも、意外と珍しい素材が見つかるかもしれませんよ」

「……実際はランク上げをするだけなんだろ?」

 トニーはカテ峡谷でランク上げに熱中していたセージを見ており、セージのもくを見抜いていた。

「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。ちゃんと素材の探索もしますからね。ランク上げは手伝ってほしいですけど」

(まっ、正直ランク上げがメインだし)

 にっこりと笑うセージにトニーがあきれた目を向ける。

 実際、セージが今回ついていきたいと希望したのはランク上げに適した魔物がいたからだ。

(いやー、ほんとちょうどよかったな。まさかサーベルウルフとマッスルコングがいる場所があるなんて運がいい。大量発生ってわけじゃないけど、戦闘職のランク上げはあんまりできてなかったからな。よかったよかった)

 カルパティア森林が人気がない理由の一つは、魔物が強いわりに得られる経験値が低いことである。だが、セージにとってはむしろ求めている魔物だ。

(意外とランク上げの穴場があるのかも。王都に行ったら調べてみようかな。まぁ、一人だと近くに町がないと無理だけど)

 人気がない理由は近くに町がないことも大きい。人気がない場所だからこそ町ができないともいえる。

 町がない場合は野営をする必要があるため、見張りをする要員が必要だ。

 ソロ冒険者では無理があった。

(しかし、許可がすぐに下りるんだよな。表向きは新たな素材の探索って言ってるけど、ランク上げが目的ってバレてるだろうし。なんで止められないんだろ。研究所長なのにこんなに自由でいいのかな?)

 ラングドン家研究所の所属なので勝手に出かけるわけにはいかない。

 しかも所長の上司はノーマン以外にいないため、いつも直接許可をもらいに行っているのだ。

 ただ、騎士団での訓練や魔物討伐作戦への参加など、許可が下りなかったことがない。

 実際のところノーマンはデスクワークで疲弊しており、むしろもう少し研究のスピードを遅らせてほしいと思っていた。

 ただ、口には出さないのでセージは知らないことである。


「さて、この辺りで野営の準備をするぞ」

 領都から一日半かけて辿たどいた場所は、主要道から少し離れた場所にある森の前の平原であった。

(本当に何もないな。設備なしのキャンプ場みたい。近くの町まで四、五時間かかるし人気がないのもうなずける)

 野営の準備は騎士たちが手際よく進める。セージは料理担当になっていた。

 調理師をマスターしているので、能力を上げる料理も作ることができるからだ。

 定期的に討伐に来ているだけあって数か所にかまどの残骸があり、それを復元して適当に能力が上がる料理を作る。

「皆さん、できましたよー!」

 セージが声をかけると、ぞろぞろと騎士たちが集まってきた。

「今回もうまそうだな」

「簡単な料理ですけどね」

「簡単で旨けりゃ最高じゃねぇか」

「これでステータスも上がるっていうんだからすげぇよ」

 この旅では町で食事をとっていたが、一日目の昼だけはセージが料理を作っており、その腕前は全員が知っている。

 特にマーフル洞窟で共に戦ったトニーとウォルトはよくわかっていた。

(焼いた肉と適当なスープとパンだけで褒められるとか。一応味付けはちゃんとしてるけど。逆にもう少し手の込んだ料理を作った方がいいのかな)

 遠征で野営をする際、騎士団の料理の味付けは塩のみであることが多い。

 しかし、セージは塩だけでなくハーブ系やベアハニーと呼ばれる蜂蜜のようなものも使っている。

 そのため、味のバリエーションも多く、騎士たちには評判が良かった。

「よし、軽く戦闘しに行くか」

 この日はすでに昼を過ぎているが、野営であれば拠点が近いため日暮れまでは時間に余裕があった。

「いいですね! 早く行きましょう!」

 らんらんと目を輝かせるセージにトニーは苦笑する。

「明日から本格的に動くための様子見と戦闘時の連携の確認が基本だからな」

「わかってますよ。ところで魔寄せの香水はいくつ用意しましょうか?」

 その言葉に兵士たちが驚いてセージを見る。

 そんな中で、トニーはセージの顔を見て、呆れたようにため息をついた。

「冗談ですよ?」

「セージが言うと冗談に聞こえないんだよ。くれぐれもちゃするなよ」

 マーフル洞窟の時のメンバーの中でトニーは若手であったが、今回のパーティーメンバーの中では最年長で、リーダーの役割をしている。

 セージがいると心強い反面、何か無茶をするんじゃないかとヒヤヒヤすることも多い。

「本当にわかっていますから」

(流石にしょぱなからはしないよ。まぁ明日からは使ってもいいかなと思ってるけど)

 そんなことを考えつつ、戦闘準備を整えて森へ向かう。

 カルパティア森林は木が密集していないため、木漏れ日で意外と明るい。

(思ったより戦いやすそうだな)

 うっそうとした森だと剣を振り回せなかったり連携が取りにくかったりするのだが、カルパティア森林では戦うのに支障はなさそうだった。

「出てきたな。マッスルコング三体か」

「ウィンドブラスト!」

 セージは射程に入った瞬間に上級風魔法を放つ。吹きすさぶ暴風にマッスルコングの足が止まった。

「相変わらず強烈だな。俺らは守りに専念するぞ。攻撃を受けるなよ」

 マッスルコングはレベルにしては俊敏で、通常なら厄介な魔物である。

 トニーとウォルトはレベル50の聖騎士。マッスルコングは格下といえる相手だが、二人の兵士、ジャックとハンフリーはまだレベル40の聖騎士だ。レベル的には十分だが、攻撃をさばくのには技術が必要である。

 相手の動きを読んでかわしながら攻撃する訓練にはちょうどよかった。

 魔物の注意を引く特技『ハウリング』を用いて、それぞれが対応する。

「ハンフリー! 周りをよく見ろ! 視野を広く持て! ジャック! 相手の動きの一歩先を読むんだ!」

 トニーがセージを守る位置に立ちながらアドバイスを送った。

 ウォルトはジャックとハンフリーが一対一で戦えるようにするために、一体を引き受けている。

 その間にセージが呪文を唱え、トニーに合図を出した。

「引け!」

 その声から一拍おいて「フレイム!」と大声を出す。

 広範囲におよぶ魔法は仲間を巻き込む可能性があるため注意しなければならない。

 トニーに合図を出したのも、大きな声で発動しているのも、魔法の発動を仲間に知らせるためだ。

 マッスルコングたちは魔法を受けてHPが0になり、蜘蛛くもの子を散らすように逃げていった。

(上級魔法なら二発で倒せるな。範囲も広いから外すことはないし、騎士たちに守られているし、余裕すぎる)

「魔法二発か。すげぇもんだな」

「上級魔法は教えてもらっていますからね。特級魔法なら一撃でいけそうなんですけど」

「さすがにセージでも特級魔法は知らないのか」

「ラングドン家で特級魔法が使えるのは魔法騎士団長しかいないくらいですからね。特級魔法について書かれた本でもあるといいんですけど」

「それは聞いたことがないな。まっ、探してりゃいつか見つかるかもしれんし、俺も知り合いに聞いてみるぜ」

「ありがとうございます」

「おっ、また見つけたようだ。セージ、いけるか?」

 セージたちから魔物の姿は見えないが、先行しているウォルトたちの合図でわかった。

 セージはピシッと敬礼をして答えながら、すでに呪文を唱えている。

 次に現れたのはサーベルウルフ三体とワイルドベア一体だ。

(おぉ! ワイルドベア! 久しぶり!)

 セージは幼いころ、ワイルドベアと戦って死にかけたことがあり、その時はカイル、ヤナ、マルコムという冒険者に助けられた。

 ただ、今のセージにとってワイルドベアは格下とも言えるような存在である。

「ウィンドブラスト!」

 開戦となる魔法を放つと、すぐさま新たな魔法を唱え始める。

 騎士たちは軽い攻撃を当てるだけで、倒すような一撃は出さない。

 セージのランク上げと自身の訓練のためである。

「フレイム!」

 先ほどと同じように放たれる魔法は魔物たちに当たり撃退する。

(あぁー楽だ。やっぱり一人でランク上げなんてするもんじゃなかったなぁ)

 セージはレベル20まで一人で上げたが、非常に長い時間をかけた。今ではその数十倍の速度でランクが上がっている。

「もう少し先に進むぞ。セージ、大丈夫だな?」

 今回は定期討伐なので魔物が大量にいるとは限らない。広範囲を移動しながら討伐していくことになる。

「はい。お願いします」

「よし、ハンフリー、ジャック、左右の前方を索敵、ウォルトは後方を頼む」

「了解!」

 こうして順調に進み、夕方になるまでみっちりと戦闘を続けた。

「本当にありがとうございました! ランクが順調に上がって最高です!」

 森を出て野営場所に戻るとセージが言う。

 ランク上げ目的を隠そうともしないその言葉にトニーが笑いながら答えた。

「相変わらずだな。まっ俺らとしても訓練ができたし、被害が少なくてよかったぜ。この調子なら回復薬が節約できそうだ」

 魔物が格下ということもあるが、攻撃をけることがメインでダメージはほとんどない。

 今日は時間が短かったこともあり、回復薬は一度も使っていなかった。

「それにメシは旨いしな!」

「お前はそればっかりだな」

 ハンフリーの言葉にジャックが突っ込みを入れる。しかし、ハンフリーは全く気にしていない。

 最初は緊張していた兵士の二人だったが、今ではセージとも打ち解けている。

「おいおい、ジャックも気に入ってんだろ? 素直になれよ!」

「うるせぇ!」

「はっはっは! セージ、晩メシ期待してるぜ!」

「はい! 頑張ります!」

 元気良く返事をしたセージは、すぐに料理を始めるのであった。


 そこから二日間、順調に戦闘をこなす。

 カルパティア森林の魔物はみるみるうちに減り、今では森でしばらく歩いても魔物に遭遇しないなんてことも多い。

「今日は少し早いですが終わりますか?」

 カルパティア森林の南端に辿り着いて、ジャックが言った。

 南端とは言っても行き止まりではなく、森は続いている。ただ、少し雰囲気が暗くなり、出現する魔物が異なるのだ。

 カルパティア森林に出現する魔物より弱く経験値は高いので、南にある町の冒険者に任せるべきであった。

 人気の地域の魔物を狩りすぎると苦情が来るのである。

「そうだな。今からでも奥地には行けるが、焦ることはないだろう。予定より早いからな。明日の朝、奥地を探索して町に向かおう」

 そう話をしてトニーたちは野営地に戻り始める。

 この二日間でカルパティア森林の北側と南側の魔物は狩り尽くしていた。

 あとは初日に西に向かって探索した森の奥地を残すだけとなった。

「おっ? じゃあ今日はワイルドベアを狩って肉パーティーにしましょうよ!」

「ハンフリー、食うことしか頭にねぇのか! 任務中だぞ」

「それくらいいいじゃねぇか。トニーさん、どうですかね?」

 話を振られたトニーは少し考えてから口を開く。

「まぁいいだろ」

「マジですか!?

「ワイルドベアが見つかったらな」

 すでに魔物を根絶やしにしつつあり、ワイルドベアが残っている可能性の方が低い。

「はい! 気合い入れます!」

「任務より気合い入ってんじゃねぇか」

「そんなことねぇよ! さて、さっそく──」

「ちょっと待て」

「トニーさん? どうしました?」

狼煙のろしだ」

 ちょうど森の切れ目で空が見え、狼煙に気がついた。

(あれは……結構奥だな。それに、あの煙の量だと結構時間が経っている。今から走って間に合うかどうか)

「四人で走りますか?」

 セージがそう提案したのは一番足が遅いからだ。トニーたちだけで走った方が格段に速い。

「……いや、セージも連れていく。まず俺が担ぐから、途中で交代しろよ」

(えっ、担ぐ?)

 セージは軽々と肩へ担ぎ上げられる。

 そして、トニーは「行くぞ!」と号令をかけるとすぐに走り出した。

 森の中にセージの脅威になる魔物はいないが、何が起こるかはわからない。

 そんな場所に置いていくという選択肢はなかった。

(あーまたこんな感じになるんだ。そろそろ素早さについても考えないとなぁ)

 マーフル洞窟やカテ峡谷でも担がれていたことを思い出しつつ、おとなしく荷物のように運ばれるのであった。


     * * * * *


~Side マシュー~


 マシューはレベル38のソロ冒険者だ。

 十九歳という若さで冒険者ランクは四級になっており、職業も戦士、聖職者、魔法士、狩人、旅人の五つをマスターしている。

 中級職はまだマスターしていないが、聖騎士と探検家のランクは高く、マスターまでそれほど長い時間はかからないだろう。

 これは非常に優秀な冒険者だと言える。十二歳から冒険者として必死に活動してきた成果だ。

 もちろんそれだけではなく、一番最初に組んだパーティーに恵まれていたということもある。

 引退する前に後進の育成をしている冒険者たちと、たまたまパーティーを組むことができたのだ。

 冒険者に必要な知識や技術だけでなく、下級職や魔法の重要性、探検家の便利さなどを説き、ランク上げにも協力してくれた。

 それがなければ四級冒険者にはなれなかっただろう。

 マシューが下級職をマスターしたところで、その冒険者たちは引退し、パーティーは解散したが、今でも彼らには感謝していた。

 その後、他のパーティーに加わったが、ある事件を境にソロ冒険者となり、それ以降は固定パーティーを組んでいない。

 しかし、今はランク上げのために臨時パーティーを組んでいる。

 何かあった時に一人では対応できないことが多い。特に野営をするような場合は一人では危険すぎる。

 ギルドでも五人パーティーを組むことを推奨していた。

「あーあ、全然出てきやしねぇ。本当に場所はここで合ってんのか?」

「ここ以外ねぇだろ。やっぱあの野営地が怪しいぜ。そいつらが根絶やしにしちまったんじゃねぇか?」

「ここまで魔物が出てこねぇほど? 普通そんなことするか? ここの魔物に恨みでもあんの?」

 口々に文句を言っているのは、聖騎士三人組のティム、ジョニー、ヘクターだ。

 愚痴には加わらず黙って見ている一人、普段はソロ冒険者をしている魔導士のデリアを含めて五人の臨時パーティーを組んでいた。

(しかし、異常なほど魔物がいないな。なにかの予兆でなければいいんだけど)

 実際にはセージが根絶やしにしただけなのだが、そんなことを知らないマシューの警戒感は高まっていく。

「マシュー、魔物はいねぇのか? 暇すぎるぜ」

 そんなマシューとは反対に、ティムは警戒もせずに歩きながら、せっこう役のマシューに向かって大声を出した。

 その警戒心のなさに魔導士のデリアは非難するような目を向ける。

 ただ、警戒心がなくなるのも仕方がないことであった。

 森に入ってから一時間以上経っているというのに、いまだに三回しか魔物と戦っていない。ほとんど魔物が出てこないとなると警戒もしていられないだろう。

 先頭から少し離れたところで斥候役をしていたマシューは、一旦立ち止まって他のメンバーと合流する。

「この周囲にはいなそうだ。一度引き返した方がいいのかもしれないな」

「おいおい。ここまで来てそりゃないだろ」

 マシューの言葉にすぐさまティムが反論した。

 ここで引き返すと、来た意味がなくなるからだ。

「あまり奥に行くと危険だ。魔物の強さも変わるかもしれない」

「もし強い魔物が出てくりゃ引き返せばいいじゃねぇか」

「そりゃそうだが戻る時間もあるんだしな。帰ろうとして強い魔物に遭遇したらどうする」

(それに、何か異変が起こったのかもしれない。警戒しすぎの可能性もあるが)

 他のパーティーが倒していなくなることはあるが、こんな人気のないところでほとんど魔物と遭遇しなくなるようなことは初めてだった。

「こんなに魔物が少ないのにか? これなら今からでも西の端まで行けるくらいだぜ。そもそもカルパティア森林なら俺たちでも対応できる魔物しか出てこねぇだろ? 心配しすぎじゃねぇか?」

「そりゃそうだが……」

「まぁどうしても引き返すっていうなら戻るけどよ」

 ティムがしぶしぶといった感じで言うが、不満がありありと見える。

(魔物が多いならまだしも少ないからな。危機がある可能性は低いか。とりあえず慎重に行動しよう)

「わかったよ。もう少し進もう」

「よし! さくさく行こうぜ!」

「ティムたちも警戒してくれよ」

「あぁわかってるって」

 マシューは再び斥候役として先行する。

 パーティーで斥候役は職業が暗殺者の者、いなければ素早さの高い聖騎士や戦士がやることが多いのだが、マシューは探検家だ。

 探検家も斥候に適しているとマシューは考えていた。

 暗殺者の場合は魔物に見つからないように移動できるが、探検家はできない。

 しかし、遠くまで見渡すことができる特技『ホークアイ』や耳が良くなる特技『ラビットイヤー』などが使えるため、魔物の動きをいち早く捉えることができる。

 特技の種類は全く異なるが、斥候の能力として十分だと考えていた。

(んっ? あれは……マッスルコングだな。全部で三体か)

 魔物の姿を見つけて仲間に合図を出す。するとティムたちはすぐに気持ちを切り替えて態勢を整えた。

(こういうところはちゃんとしてるんだけどな)

 そんなことを思いながらマシューはゆっくりと魔物に近づき、ティムたちもそれに続く。

 そして、魔法の範囲に入るとデリアはマッスルコングに向けて手をかざした。

「マグナウェーブ」

 準備していた上級水魔法がマッスルコングたちに襲いかかる。

 それを合図に戦闘が始まった。

 マシューは中級魔法を使えるが、今回はMPを温存し、サブアタッカーとして前衛に加わる。

 前衛は『ハウリング』や『メガスラッシュ』を使い、後衛は水魔法で攻める。

 戦闘は難なく終結。受けたダメージを回復して先に進む。

 すると、少し進んだところでまた魔物を発見し、再び合図を出す。

「やっとランク上げが始まりそうだ」

 ティムがにやりと笑いながら言った。

 そこからは魔物が順調に現れるようになり、ランクも上がっていく。

 そうすると全員の士気も上がってきた。マシューたちがパーティーを組んだのはランク上げが目的だったからだ。それで、あえてカルパティア森林に来たのである。

「よしっ! 俺もランクが上がった!」

「やっぱさっきまでは別のパーティーに討伐されていたみたいだな」

「まったく迷惑な話だぜ」

 文句を言いつつも笑い合う。

 戦闘も苦戦することなく順調にランク上げも進み、テンションが上がっていたのだ。

(かなり増えてきたな。空振りにならなくてよかった)

 徐々に増えてくる魔物に、マシューも安心していた。

 そんな時、特技『ホークアイ』によって、遠くに赤色の毛並みの一部が見える。

(あの色はレッドバイソンか? 一体なら大したことはないが……)

 この周辺で赤色の魔物はレッドバイソンだけだ。

 ただレッドバイソンは群れで現れることが多く、周囲に仲間がいる可能性が高い。

 仲間に合図を出して、慎重に探りつつ近づこうとする。

 その時、違和感があった。

(なにっ!)

 ボスの領域に入った感覚。

 その瞬間に思い出す。

 領の騎士団が定期的に退治するため滅多に遭遇することはないが、この場所には元々ブラッドベアというボスがいるということを。

 しかし、領域に入ってからではもう遅い。

(くそっ! ブラッドベアだったか! 油断した!)

 マシューは驚きつつもパーティーを手で呼び寄せる。

 ティムたちは近づいて、マシューから一歩離れたところで止まった。

「マシュー、ボスに捕まったんだな?」

 その言葉にマシューは一瞬固まり、昔組んでいたパーティーのことを思い出す。

 マシューがソロ冒険者になったのは、二番目に組んだパーティーで見捨てられたからだ。

 かつても今と同じように斥候をしていてボスの領域に入り、それを仲間に伝えると、全員マシューを置いて逃げた。

 パーティーの仲間としてありえない行為である。

 ボスにとらわれているマシューは追いかけることもできない。

 怒鳴ることも嘆くこともせず、ぼうぜんと見送ることしかできなかった。

 命がかかっているため、そんなこともあると話には聞いたことがあったが、実際に自分が経験するとは思わなかったのである。

 その時は幸い『悠久の軌跡』という冒険者パーティーに助けられたが、それがなければ死んでいた。

 そんな過去を思い出しつつ、努めて平然と答える。

「あぁ、おそらくブラッドベアだ」

「そいつに勝てんのか?」

「勝てる」

 マシューはティムの質問に即答した。見捨てられないために、そう言わないわけにはいかなかった。しかし、そこでデリアが口を開く。

うそは良くないわ。ブラッドベアはレベル40以上のパーティーが推奨だったはずよ」

 このパーティーのレベルは38前後である。推奨レベルには届いていない。

 今まで呪文を唱えていたため無口だったデリアに、ティムが驚いたような顔を向ける。

「デリア、知ってんのか?」

「はぁ? それくらい調べてないの?」

「うるせぇ。今回はマシューに任せてたんだよ」

「全員が知っておくべきなの。あなたたち、それでよく今まで生きてきたわね」

 言い合いを始めたティムとデリアにかぶせるように、マシューが言葉をかける。

「俺たちはパーティーのバランスもいい。ブラッドベア相手でも勝てるだろ?」

「デリア、どうなんだ?」

 すぐに聞いてくるティムに、デリアは呆れたような視線を向けてから答える。

「バランスが良くても装備がいまいちよ。幸い私たちはまだあまり消耗してないし勝てる可能性はあると思うけど、厳しい戦いにはなるわ。そんな賭けをするつもり?」

 その考えは正しい。それがわかっていたマシューは反論できなかった。

「そんな賭けをするのは馬鹿しかいねぇぜ」

 そう言ってにやりと笑い合う三人組にマシューは暗い気持ちになる。

(くそっ、またかよ)

 冒険者には戦士や聖騎士が多く、斥候役になることが多い暗殺者は少ない。

 それは職業のイメージが悪いこともあるが、こういった場面で最も危険にさらされるからだ。

「そんじゃ、行くぞ」

 ティムはそう言って一歩踏み出した。

 三人ともマシューの方へ。

「おい、お前ら……」

 驚きに目を見開くマシューにティムたちが笑いかける。

「なんだよ。いつも言ってんだろ。冒険者は馬鹿しかいねぇって」

「絶対勝てねぇなら一人は救援を呼ぶために走るけどな」

「それに、仲間ってそんなもんだろ?」

 その言葉にマシューは何と答えていいかわからず、少し黙ってから「ありがとう」と答えた。

 そんなやり取りにデリアが「はぁ……」とため息をつく。

「ほんと馬鹿ばっかり。こんなやつらとパーティーを組むんじゃなかったわ」

 そう言ってデリアは生活魔法『ファイア』を使って狼煙を上げる。

「おっ狼煙か」

「当然。野営の跡があったから近くにパーティーがいるんでしょ。援護に来てくれるかもしれないわ。というかあなたたちね。境界を越える前にそういうことを考えなさいよ。中に入ってから魔法とか魔道具を使うとボスが反応するのよ?」

「それくらいわかってるぜ。ただ、俺らは狼煙を持ってねぇから。なぁそうだろ?」

 ティムの問いかけに他の二人も頷く。

「ほんっと、それでよく生きてこれたわね。冒険者の基礎からやり直すべきよ」

 辛辣なことを言いつつ、デリアも境界を越える。

「ははっ、デリアもこっちに来てんじゃねぇか」

「馬鹿じゃねぇの?」

 あおるティムたちをデリアは不機嫌そうににらむ。

「あなたたち四人で勝てるわけないでしょ。まったく。まぁ、それに……私も冒険者だったってことね」

「やっぱ仲間だな」

「でも一緒にはされたくないわ」

「なんでだよ!」

「はいはい。とりあえず作戦を立てるわよ。簡単に勝てる相手じゃないんだから」

 そう言ってデリアは連携の取り方を話す。

 攻撃のタイミングを合わせるために必要なことだ。

 後衛はデリアが攻撃魔法を使い、マシューがサブの攻撃魔法とバフ。

 前衛はティムが盾役のタンク、ジョニーとヘクターはアタッカーである。

 ブラッドベアにはデリアの上級水魔法が最も効くので、メインのダメージ源として、ティムが『ハウリング』で注意を引くのが基本の立ち回りだ。

 回復は前衛が自分で行い、間に合わないようであればマシューが回復に回ることに決まった。

「無理はしないように。早さは求めてないから」

「わかってるって。それじゃ慎重に近づくか」

 こうしてブラッドベアとの戦闘が始まるのであった。


     * * * * *


「ハイヒール! ジョニー! マシューの援護に回れ!」

「ハイヒール! ティム! 一旦下がれ! 俺たちが抑える!」

「ハイヒール! 回復薬があと一本しかねぇ!」

 戦いは順調とは言えなかった。

 ブラッドベアの一撃は重く、すぐに回復が必要になる。

 前衛は常に回復魔法を唱え続けている状態だ。

 そんな相手にティムは果敢にも立ち向かっているが、回復したそばからダメージを受けており、危機的状況に頼りの回復薬も尽きようとしている。

(また強くなったんじゃないか!?

 ブラッドベアは攻撃力、防御力、HPに優れている。

 それに比べて魔法防御力は低く、弱点は水魔法。魔法を使わないボスだ。

 だからこそ、盾役が魔物を引き付け、魔法使いが水魔法で攻めるという戦い方がセオリーである。

 しかし、今はほとんど攻撃魔法を使えないでいた。

 ブラッドベアはHPの減少にしたがって徐々に毛の赤みが増し、防御力が下がって攻撃力と素早さが上がっていく。

 ティムは体が大きく耐久力に優れているが、装備がそれほど良くはない。

 攻撃力の高い格上ボス相手では厳しいダメージとなる。

 暴れまわるブラッドベアに対応できず、前衛の回復速度では間に合わない。

 徐々に押され始めて、マシューが回復魔法しか使えなくなり、今はデリアも含めて全員が常に回復魔法を使っている状態だ。

(いつになったら倒れるんだ! もう相当HP削っただろ!)

 ブラッドベアはさらに攻勢を増す。

 回復魔法を唱え続けているため通常攻撃で攻めているが、素早くなったブラッドベアへの攻撃回数は落ちていた。

「ハイヒール! ……くそっ!」

 ティムは回復魔法をミス。最後の回復薬を飲み干す。これ以上は持ちこたえられないと感じた。

「デリア! マシュー! 攻撃魔法を使え!」

 それは最後の賭けだった。

 持ちこたえられる時間はもう短い。

 狼煙を上げてからかなりの時間が経ち、もう煙も出ていないとなると、救援も期待できない。

 完全に尽きる前に全員で総攻撃を仕掛けて倒す。

 それしかないと考えた。

(こうなったら賭けるしかないか!)

 マシューは『ハイヒール』を発動すると、すぐに中級水魔法『ウォータースプラッシュ』の呪文を唱える。

「Lieru aqua accentus evomuit ante hostium」

 それと同時に、デリアが唱えるのは上級水魔法『マグナウェーブ』。

 マシューは中級魔法までしか覚えていないが、デリアは上級魔法も使える。

 水魔法が弱点であるブラッドベアには効果的だ。

「ウォータースプラッシュ!」

 その発動と共にブラッドベアの真下から水が吹き出す。

 それを合図にして、前衛が下がった。

「マグナウェーブ!」

 デリアの魔法が発動。様々な角度からブラッドベアに向けて波が襲いかかる。

 しかし、ブラッドベアはそこで波に向かって突き進んだ。

(ヤバいっ!)

 波をはじばし、ティムに接近。

 さっきの失敗もあり、慎重に回復魔法を唱えていて、まだ準備もできていないティムにブラッドベアの豪腕から繰り出されるそうげきが襲いかかる。

 ティムはそれを盾で防御したが、衝撃で盾が跳ね上げられる。

 そこに二撃目が直撃。

 HPが0になり、地面を転がる。

(ティム! くそっ!)

 ジョニーがティムを守るように移動したが、ブラッドベアはそれに見向きもせず、デリアに向かった。

 今まではティムが特技『ハウリング』を使ってブラッドベアの注意を引いていたが、ティムが倒れると次に狙われるのは回復魔法や攻撃魔法でヘイトを集めていたデリアになる。

(俺が止めるしかない!)

 マシューはデリアの前に出て守るように盾を構える。

 パーティー内で最もダメージを稼げるのはデリアの『マグナウェーブ』だ。

 それを邪魔されるわけにはいかなかった。

 マシューはブラッドベアの突進を右に受け流す。

 しかし、すぐに反転したブラッドベアは爪で攻撃。

 それを受け止めるとヘクターが回復魔法を唱えてくれる。

(助かる!)

 その瞬間、ブラッドベアは正面から体当たり。そして、そのまま押し倒された。

(なっ! このっ……!

 盾を使って押しのけようとするが、体勢が悪くびくともしない。

 ブラッドベアはマシューの首もとにみついた。

(くそっ! くそがっ!)

 HPの加護により、傷はつかない。

 そして、圧迫感はあるが息ができないほどではない。

 だからといって余裕を持つことはできなかった。

 ガリガリと削られていくHP。

 そのHPがなくなった瞬間、首が噛みちぎられる。

 そんな想像が頭をよぎり、焦りは増した。

(このっ! やめろっ!)

 全力で暴れるが抜け出せない。

 デリアは『マグナウェーブ』の準備はできていたが、マシューを巻き込むため使えない。

 別の魔法を唱え直すか迷い、つえを使って攻撃していた。

 さらに、援護に来たヘクターが体当たりしたところで片手が抜ける。

「ハイヒール!」

 マシューはすぐに手を伸ばして回復魔法を叫んだが、発動しなかった。

「なんでだよ!」

 マシューは叫びながらブラッドベアを殴り付けるがびくともしない。

 ジョニーも駆けつけているが間に合わない。

(ダメだ……死ぬ……っ!

 マシューは覚悟を決める。

「デリア、魔法を──」

 発動しろ、という言葉は形にならなかった。

 上級水魔法『ウォータービーム』が突き刺さり、その衝撃でブラッドベアの体勢が崩れたからだ。

(今だ!)

 マシューはそのタイミングで下から思い切り押し上げる。

 ヘクターとデリアも体当たりして、ブラッドベアはゴロンと転がった。

「っしゃあ!」

 マシューはそう叫びつつ、跳ねるように起き上がりその場から離れる。

 ブラッドベアはさらに転がって立ち上がると、突進してきた。

 そこでマシューたちの前に躍り出たのは騎士だ。

「援護する」

 そう言って『シールドバッシュ』を発動。

 ブラッドベアを受け止めるだけでなくひるませる。

 その隙に両側から別の三人の騎士たちが襲いかかり、さらに『ウォータービーム』が発動される。

 マシューとデリアは思わずパッとその方向を見た。魔法使いがもう一人いるかと思ったのだ。

 それほどまでに魔法の発動速度が異常だった。

 上級水魔法『ウォータービーム』であるにもかかわらず、マシューが放つ下級水魔法『ウォーターボール』よりも速い。

 マシューたちが復活魔法や回復魔法を唱えてパーティーの態勢を整えている間に、ブラッドベアは騎士たちに押さえ込まれていた。

 そして、一分も経たない内に戦闘は終結。

 その戦いの間、ティムたちは騎士たちを見ていたが、マシューとデリアは魔法使いがおかしいと思っていた。

 騎士なら強いのも理解できるが、魔法使いは明らかに子供で、魔法の威力、発動速度は見たことがないレベルである。

 特にデリアは自分の実力に自信を持っていた。

 同年代であれば上位の実力だろうと考えていたのだが、それは幻想だったと感じるほどだ。

 立ち尽くすマシューたちに騎士が近づいてくる。

「俺はラングドン領騎士団のトニーだ。君たちは?」

「リンドウ冒険団のティムだ。助かったぜ」

 ティムたち三人のパーティー名はリンドウ冒険団。ソロの二人はそこに加入する形で臨時パーティーを組んでいる。

「助かったならよかった。最後のトドメだけ取ってしまったようだったからな。ところで、素材は分け合うということでいいか? もう解体を始めてしまっているが」

 トニー以外はブラッドベアの周りですでに解体作業に取りかかっていた。

 晩御飯のために急いでいるからだ。

「いや、俺たちの分の素材はいらないぜ。助けられたからな。そうだよな?」

 ティムの言葉にマシューたちは頷く。

 先に戦っていたとはいえ、危機的な状況を助けてもらっておいて素材を受け取るわけにはいかない。助けてもらわなくても倒せたと主張することもできるが、ティムたちは正直に言った。

 その時、セージが近づいてきて話しかける。

「ちょっと手伝ってもらえませんか?」

「手伝うって何を?」

「ブラッドベアの解体と輸送ですね。すぐに晩御飯にしたいですし、ブラッドベアは肉が傷みやすいらしいので急いでいるんです。手伝ってもらえたら爪は渡しますよ」

「そんなの貰えねぇよ」

 爪はブラッドベアの素材の中で最も価値のある部分だ。

 だからこそ、ティムは受け取れないと思った。

「まぁまぁ遠慮せずに。ゆうたんと肉の一番いい部位は僕たちが貰いますから」

「ゆうたん?」

 マシューは聞きなれない言葉に思わず声を上げる。

「内臓の一部です。ブラッドベアのものは薬に使えるはずなんですよね」

 うれしそうに言うセージにトニーが笑った。

「そりゃ大事だな。こう見えてすごうでの錬金術師なんだよ。それでいいか?」

「それは構わねぇけど」

(錬金術師? 魔法使いなのに?)

 そう思ったマシューはデリアと目が合う。お互いに複雑そうな顔をしているのがわかった。

「それで、手伝ってもらえるのか?」

「ああ、みんなもいいな?」

「おう、もちろんだぜ」

 こうして全員で手早く解体し、野営地に向かう。

 その道中、マシューはセージに話しかけた。

「それ、呪文なのか?」

 セージがずっと何かをブツブツと言っている様子を見て不思議に思ったのだ。

 騎士が守っているとはいえ、まだ魔物が出現する場所。

 魔法使いなら呪文を唱えておき、魔法をすぐに発動できるように準備をしているのならわかる。

 しかし、呪文を唱え終える様子がないとなるとおかしかった。

 セージはきょとんとした顔を向けたあと、笑顔で答える。

「呪文の練習ですよ。『ウォータービーム』ってあまり使う機会がなかったんですけど、さっき使ってみて練習不足だなぁと思ったんです」

 上級水魔法の『ウォータービーム』は直線にしか飛ばないため当てにくく、単体攻撃になる。

 ソロ冒険者のセージとしては使う機会がなく、騎士たちとは連携が取れるため範囲魔法を使っていた。

 また、森では水魔法が弱点になる魔物が少ないこともある。

 セージとしては納得のいく発動速度ではなかったが、マシューからすると異常な速度だ。

(今でもおかしい速さだったのにまだ練習するのか……)

 マシューは驚きと共に、その意識を見習わなければならないと思った。

「まだ小さいのにすげぇ魔法使いだな。職業は魔導士、いや、まさかそれ以上の……」

「いえ、職業は暗殺者ですよ?」

「はっ? 暗殺者?」

(なんで?)

 マシューの頭に疑問符が浮かぶ。

 暗殺者が魔法使いに向いているとは思えない。

「魔導士もマスターしたいんですけどね。もうすぐ暗殺者がマスターできますけど、次は聖騎士かなと思っていて、まだ先になりそうです」

「……なんで魔導士を目指さないんだ?」

「聖騎士は早めにマスターしておきたいんです。まぁでも、すでに下級職は全てマスターしているので、そのうちですね」

(下級職、全て?)

「商人もマスターしたのか?」

「えぇ、意外と便利なんですよ? 冒険者なら商人も含めて全ての職業に使いどころがあると思っているんです。商人は戦いには向かないですけど『鑑定』があれば買い物だけじゃなく、解体や採取、料理の時にしがわかりますし。他にも……」

 セージが全ての職業をマスターしようとしたのは趣味のようなものだが、実際に使ってみると意外と便利だったのである。

 しかし、そんな考えをする者はまれで、冒険者の常識とは異なる話にマシューは引き込まれた。

(マスターしている職業の数は負けないと思っていたんだけどな。それに錬金術師でもあるんだろ? どうなってるんだよ)

「それで、冒険者と錬金術師、どっちが本職なんだ?」

「本職? 本職……なんてないですね」

「ない? 将来何がしたいとか、何になりたいとかないのか?」

「うーん、旅をする冒険者ですかね。僕の目的はこの世界を楽しむことなんですよ。そのためにいろいろとしているだけで。マシューさんはどうして冒険者になったんですか?」

「俺? 俺は……」

 逆に返された質問にマシューは戸惑った。

 マシューが冒険者を始めたのに理由はなかったからだ。当時は孤児で生きることに必死だった。

 たまたま人員募集していた冒険者ギルドで働き始めて、そのまま冒険者のごとをするようになったのである。

 ただ、今改めて、どうして冒険者をしているかを聞かれて思い出したのが、一番初めにパーティーを組んだ後進の育成をしている冒険者たちのことだ。

 冒険者の仕事は危険なことも多く、楽なものではない。

 命の危険があるのはもちろん、特に慣れるまでの生活は厳しい。

 野宿もするし、ボロボロになるまで歩き続けることもある。道具を使いすぎれば赤字になり、安い保存食はい。

 それでも、その冒険者たちとの生活は楽しかった。

 怒られ、助けられ、笑い合った日々は、かけがえのないものだ。

(そうか。だから俺は、冒険者をしているのか)

 パーティーの裏切りを受けても冒険者を続けていたのは、また最初のパーティーで活動していた時のような冒険を求めていたからだと気づく。

「俺は、仲間と冒険を楽しむため、だな」

 セージはその答えを聞いて、キョトンとしたあと、笑顔を向ける。

「じゃあ、よかったですね。仲間と冒険ができていて」

 マシューは仲間を見渡して「まぁ、そうだな」と答えるのであった。