この日俺たちは、王都から戦場へ向かうため整列していた。

俺たち一人一人に声を掛けるダレクさまを、ここに居る誰もが誇らしく見つめ、崇拝している。

ダレクさまを命がけでお守りする、そう互いに誓った者たちばかりだ。


「それにしても俺たちが王都で、ダレクさまの騎兵として出陣するとは、正に夢みたいな話だな」

「ああ、全くその通りだな。食うに困って盗賊なんかに落ちぶれた時とは、すっかり別人だぞ? お前は本当にあの、やせっぽっちで棒切れを振り回していたマルスか?」

「よく言うぜマルク、お前こそ先頭切って裏切ったくせに、反撃されて腰を抜かしたじゃねぇか」

「まぁ、お前たち皆、ボロボロの服を着て薄汚れた、野盗たちと変わらない見た目だったしな」

「ハンス、お前もだろうが!」


緊張をほぐすため、軽口を叩く彼らの顔は一様に晴れ晴れとしていた。

それだけではない、鍛え上げられた体躯たいくは、立派な戦士そのものであり、立ち振る舞いは颯爽としており、これから死地に赴くとは思えないほど、陽気で微塵の怯えすらなかった。

やっと長年の思いが叶うのだ! 命がけで恩に報いる機会が来たのだ!

誰もがそう思い、覚悟を決めた顔つきだった。

それは、数年前にダレクが彼らと初めて出会ったときとは、誰もが全く別人だった。

◇◇◇

彼らはヒヨリミ子爵領の出身で、三年前の水害に見舞われ、住む村は濁流に押し流され、農地や家を失った。中には家族を失った者さえいた。

その後の暮らしに困り果てた彼らは、家族の糊口ここうを凌ぐため、盗賊の誘いに乗り身を堕とした。

だが、大恩あるソリス家に、何の罪もない者が住まう街に、刃を向けることを良しとせず、襲撃の際に盗賊たちを裏切った。命を以て詫びるために。

盗賊たちを鎮圧したダレクは、彼らの気持ちに免じ罪を償う機会を与えたが、それは彼らの予想に反して手ぬるい、いや温情溢れるものだった。


「なぁマルス、今更だが……、俺たちは犯罪労働者だよな?」

「ああ、ここで罪を償うために働くのだ。それが俺たちに課された罰だ」

「だが、ハンスの言うとおり、俺たちの俸給、これって農地を耕していた時より多くねぇか?」

「……、だな。他の鉱夫よりは安いみたいだが……、噂に聞いたヒヨリミ領の金山とは大違いだ」

確かに、ヒヨリミ子爵領にも鉱山はあった。そこに送られた者は二度と帰って来ない鉱山が。

ヒヨリミ領では、犯罪者が鉱山に送られていたが、劣悪な環境と過酷な重労働のため、途中で命を落とす者も多い、そう彼らは聞いていた。だがここ、ソリス男爵の鉱山は全く違っていた。

「もちろん仕事はきついが、それでも真っ当な範囲だ。こんな楽させてもらったら申し訳ねぇな」

「あとは……、ここで稼いだ金を、家族に送ることができれば……、それだけが心残りだな」

「俺はダレクさまを信じるぜ。いつか、家族に仕送りができる日が来るのを……」

鉱山に送られた彼らに、ダレクはひとつ約束をしていた。いつかは、ヒヨリミ領内に残る彼らの家族に、仕送りができるよう努力すると。そして、手の及ぶ範囲で彼らの家族を保護するとも。

だから当面、鉱山で必死に働き、罪を償うことに専念するように。そう言い含められていた。


だが実は、そう彼らに言ったダレク自身、当初はその言葉を履行することに苦心していた。

彼らが匿った元農民たちは、既に犯罪者として、公式には刑に処されたことになっている。

ヒヨリミ子爵側の人間がエストール領を襲ったと、正式に糾弾することはできないが、噂として彼らの出身地である村でも、一部の経緯は伝わっていた。村人たちの中で野盗に身を堕とした者たちが、大恩ある蕪男爵さまの領地を襲い、その結果、討ち取られたと……。

当然、彼らの家族は村の中で恩知らず、犯罪者の係累と白眼視され差別されていた。

彼らの家族を救おうにも、隣領のことであり、ダレクにもなかなか手が出せなかった。

事態に窮したダレクは、家宰であるレイモンドを頼った。


「そうですね……、非常に難しい話ではありますが、ヒヨリミ領の家宰であるヒンデル殿を頼ってみますか? あちらで唯一、話の分かる御仁ですからね。この件、私がお預かりいたします」

そう笑って答えた家宰に、ダレクは深く頭を下げたという。

実際、レイモンドが動くと、事態は一気に解決していった。

ヒヨリミ子爵家宰のヒンデルは、犯罪者の係累家族を、公式には『新規開拓地にて労役にす』と称してレイモンドに依頼された人々を集めた。そして、災害復興と食料援助の礼として、彼女ら全員を人足として、ソリス男爵家に預けた。開拓地で自由に使い潰して構わない旨を申し添えて。

この間男たちは、鉱山で真面目に半年と少し働いたのち、順次エストへと呼び戻された。

先ずは最初に裏切った五十名が、遅れてそれに続いた三十名が、一年の間に鉱山を後にしていた。


「お、お前たち! 何故ここに?」

「ほ、本当に、また会えるなんてことが……、信じられねぇ!」

鉱山から戻った彼らは、一様に驚き、感激し、涙を流して家族の再会を分かち合った。

彼女たちは既に、正式にエストール領の領民として迎えられていた。

お互い、日々十分な食事を摂り、かつての窮乏した様子は見る影もなかった。

満足そうにその様子を見ていたダレクに対し、彼らは地に這いつくばり礼を言った。

「この御恩、一生忘れません!」

「命を懸けて、このお礼がしたく思います。何なりとご命じください!」

「どうやってご恩を返せばいいのか……、いつか必ず!」

「あなたさまこそ、我が主君です。どうかこの先、お仕えさせてください!」

ダレクは彼らの言葉を聞き、思うところがあったのか、彼らに改めて尋ねた。

「今日からは、皆が全て等しく、ソリス男爵家の領民となった。これからは仕事を自由に選べる。今のところ……、弟関係の仕事で開拓地への入植とか人足とか、その辺の募集が多いかなぁ。あと、俺の配下、直属の兵士も募集しているけど……、希望者がいればね。でもキツイよ……」

ダレク自身、彼らの言葉を聞き、最後の言葉は思わず呟いてしまったものだった。

ここ最近、彼の弟は受付所や実行委員、そして魔法士など、直属の配下を次々と増やしている。

ダレクは、そのことが羨ましくてならなかった。

確かに彼は今、父親の計らいにより、新設されたソリス鉄騎兵団の団長を拝命している。だが、預かっているのはあくまでもソリス男爵の兵士であり、直属の兵士ではない。自分自身の直属兵、ダレクはそれが欲しかった。

「よ、喜んで! ダレクさまに忠誠を誓います!」

そう言って彼らは一斉に頭を下げたため、今度は言い出したダレクが頭を抱えるはめになった。


両親にどう説明しようか? そう悩んだ挙句あげく、再びレイモンドを頼った。

「ほう? 彼らを兵士にですか! それは面白いですね。お力になりましょう」

そう答えたレイモンドは、男爵とその夫人に理詰めで説得した。

「今ソリス男爵家にとって、兵力強化は最大の課題です。無闇に兵士を増やせば、産業や農耕地、いずれかの人手が不足します。ですが、どこにも影響しない人材がいるのです。しかも彼らは、大恩あるダレクさまに絶対の忠誠を誓っています。それに、悪い言い方をすれば家族という人質を我らに預けているのですよ? この機を逃す手はありません!」

「いや……、しかしヒヨリミ子爵側にも……」

「あちらで既に死んだことになっている彼らに、何か遠慮することでもございますか?」

「だが、元野盗ということもあり、それを直属兵など……、いささか体面も悪かろう」

「野盗たちは全て討ち取られましたよ。ダレクさまと傭兵団の活躍によって。公式にはそうなっており、生き残りなどいる筈がありませんよね?」

「うぬぬ……」

「貴方の負けですわ。私も思うところはありますが、ダレクも直接の配下が欲しいのでしょう? 子供の思い、叶えてあげてくださいな。それとも、貴方が新たに探してくれるのでしょうか?」

「ふぅっ……、仕方ないな。全くダレクといい、タクヒールといい、勝手ばかりしおって……」

「領地のためを思い、勝手に動いてくれる。親思いの孝行息子たちですわよね? あ・な・た?」

「はいっ!」

妻のいつものダメ押しで、ダレンは慌てて同意した。


この日を境にダレク直属部隊、通称ダレク親衛隊は結成された。

八十名の親衛隊には、この日からヴァイス団長直伝の猛訓練が課されることになった。

結成当初はダレク親衛隊の面々も、日々行われる訓練のあまりの厳しさに、家に帰ると泣き言をこぼす者もいたらしい。

「もうだめだぁ……、俺は死ぬ。死んじまう」

「は? 何を言っているの! アンタはどなた様のお陰で、今もこうして生きていられるんだい? ここの暮らしはどなた様のお陰だい? ダレク様はキツイと、予めそう仰っていたじゃないか! こんな程度で音を上げて、この先どうやって、私たちが受けたご恩をお返えしする気なんだい? そんな情けない奴、ここで死んじまえ! 私やこの子たちがあのままヒヨリミ領の村にいたら、とっくにあそこで野垂れ死んでいたわよ!」

多くの家庭で、似たような会話が交わされたともいう。


元々身体は頑強な農民であり、半年以上に渡る鉱山での重労働と、それに見合った十分な食事を与えられていた彼らの肉体は、本人たちの知らぬ間に強靱きょうじんになっていた。

そこに、兵士としての教練、剣術や乗馬、騎馬戦闘などを毎日徹底的に叩き込まれ、負傷してもタクヒール配下の聖魔法士たちが、たちどころに治療してくれた。

これらの常軌を逸したともいえる猛訓練が、二年近くも繰り返された結果、今の彼らがいる。


「ふん、お前たち、良い面構えになったな! いよいよ我々も出陣するが、恐らく敵は強大だ。敵軍の兵は強く、我らに勝る数で襲ってくるだろう。だが、これまでの辛い訓練を思い出せ! 辛く厳しい訓練に明け暮れた日々を。お前たちはもう農民でも無力な民でもない、我が騎士だ。ソリス男爵軍の最精鋭、この俺の直属部隊だ! 今回の戦、俺たちが自ら望んだものではない。だが、家族を守り、エストール領を、カイル王国を守る戦いだ! そのことを絶対に忘れるな! 決して命を無駄にするんじゃないぞ! 俺たちは勝つ! 必ず勝って、皆で祝杯を挙げよう。家族と共に勝利を祝おう。今回、俺と同行する二十五名、誰一人として欠けることなく、だ!」


「応っ!」

「ダレクさまのために!」

「ソリス男爵家のために! そしてカイル王国のために!」

「我ら、ダレク親衛隊の力を見せるときだっ!」


カイル歴五〇六年、彼らはダレクと共に出陣した。

グリフォニア帝国との間で行われる凄惨せいさんな戦いへと。

そして、ダレクの願いでもある、彼が最後に放った言葉は……、叶えられなかった。

出陣した彼らの死戦は、後日また語られることになる。