それは天の底が抜けたような大雨と、大地を轟かす轟音とともに迫る洪水が、エールの村を襲ってから数日たった日のことだった。村のいたるところが泥濘に沈み、畑は全て洪水で押し流されてしまった。村の人たちが住む家の多くは、洪水に飲み込まれて倒壊し、無事な家でもまともに住める状態ではなかった。そして村の皆が途方に暮れていた。
もう明日の食事もない、これからどうやって生きていけばいいのだろう? 私たちはひもじさとこの先の不安に、幼い妹たちと肩を寄せ合って泣いていた。そんな時だった。
「皆さん、もう大丈夫です! 食料はたっぷり用意してきています。先ずは温かい食事を、そして綺麗な水を飲んで力を付けてください。後片付けや建物の再建を行い、畑も元通りにします!」
そういって救援部隊を率いて現れたのは、クレアさんという名前の女性だった。私より少し年上に見える彼女は、兵士や救援部隊の人をてきぱきと指揮して働いている。正直凄い! と思った。泣いてばかりいた私はとても恥ずかしかった。そこで私は、何かお手伝いできることがあるのでは? いや、何でも良いからお手伝いしたい、そう考えて、ある日思い切って彼女に声を掛けた。
「あの……、助けに来てくれてありがとうございます。私にもぜひ何か、お手伝いさせてください」
「あら? ありがとう。あなたのお家や、家族の方のお世話は大丈夫なのかしら?」
「はい、家は全て流されちゃったので、何もすることがありません。私は力仕事もできないし……。せめてできることがあればと思って」
「そうね、なら炊き出し所を手伝ってくれるかしら? 私はソリス男爵家のタクヒールさまから、エールのお手伝いを任されたクレアと言います。あなたのお名前も教えてくださいな」
「あっ、すいません。クローラといいます。十五歳ですっ!」
「ふふっ、クローラさん、よろしくね。救援部隊には同じ年頃の子たちもいるわよ。仲良くしてあげてね。あ! あと、食事の分配とか案内とか、そんなことができる人がいれば、集めてくれると助かるわ。お願いできるかしら?」
クレアさんからもらった最初の仕事を、私は懸命に取り組んだ。
村で仲良くしていた一歳上で幼馴染のアイラと二人で、村で手の空いている子供たちを集めた。子供たちを一か所に集めれば、それだけ面倒を見る者の手も空く。そして炊き出し所の近くにいれば、食事の心配もないし、分配や案内なら子供でもできる。そう思ったからだ。
何より、皆がさっきまでの私たちみたいに、隅っこで泣いているだけなのが嫌だった。私の周りには、同世代の娘たちと、村の子供たち、三十人を超える者たちが集まり、交代で子供たちの面倒を見る傍ら、炊き出し所を手伝った。
「わあっ! いい匂い! もうすぐ食べられるの?」
恐ろしい災害で意気消沈し、沈んでいた子供たちも元気な、明るい声を上げ始めた。
それにしても、不思議な食料だった。救援部隊の人たちが『おみくじ乾麺』と呼ぶそれは、竹筒に水を入れ焚火の横に置くだけ。しばらくすると美味しそうな匂いが漂い、食べることができた。器も必要なく、蓋を取って直接竹のフォークで食べることができた。炊き出し所で一緒に働いていた人たちは、出来上がった物をまずは子供たちにと、一番に食べさせてくれた。
「ちゃんと皆の分も沢山あるから、慌てずゆっくり食べなよ。順番に渡すからここに並んで待つんだよ。小さい子には、熱いから少しずつ、冷ましてから食べさせてあげてね」
そう言いながら、優しくそれらを配ってくれた。子供たちのあと、私たちも食べたが、凄く美味しかった! なんとも言えない食感と、ジーンと温まる美味しいスープ。こんなの初めて食べた。
「たべものができたよ! たきだししょにきてください」
「たくさんあります。じゅんばんにならんでくださいな」
お腹が満たされた子供たちは、次々と手伝いを始め、作業をしている人たちに声を掛けている。私たちの言葉を真似て一生懸命な姿に、みんなは思わず笑ってしまった。
「あら? 凄いわね。子供たちまで……。これはあなたが?」
その時私は、炊き出し所の様子を見に来たクレアさんから声を掛けられた。
「はい、あの……、もしかして、いけなかったでしょうか?」
私は何か怒られてしまうかと思い、思わず身をすくめてしまった。
「あ、そういう意味じゃないの。ふふっ、手の空いている子たちを組織して、子供たちをまとめ、しかも自主的にお手伝い……。きっとタクヒールさまのお役に立つわ。クローラさん、ここの手が空いたら、私の手伝いをお願いできないかしら? まだお願いしたいことがたくさんあって」
「はい! もちろんです! 喜んで!」
これが私とクレアさんの関係の始まりだった。
その後私は、指揮系統という部署に配属され、臨時採用というものになり、正式にお仕事と賃金まで貰えるようになった! これで少しでも家の役に立てる! それがとても嬉しかった。
その後、クレアさんに従っていろんな仕事をこなした。幸いなことに私は母のおかげで、多少だが読み書きができたので、それも凄く役に立った。勉強は嫌だったが、この時ばかりは母に心から感謝した。更に、クレアさんの手の空いた時や、他の指揮系統と呼ばれる部署の人たちからも、空いた時間には計算も教えてもらうことができた。私はアイラと二人で一生懸命それも覚えた。
その後私たちは、クレアさんが担当する受付所のお仕事についても、アイラと二人で教えてもらえる機会にも恵まれた。これができるようになれば、臨時採用から正式採用になって、いろんな町でお仕事ができるようになるらしく、私たちにはそれが目標となり、凄く楽しみだった。
そしてある日、ついにその機会がやってきた!
「クローラさん、アイラさん、もうすぐ私たち救援部隊はここを去らなければならないの。そこで二人にお願いがあるのだけど、明日から受付所の正規採用としてここで働いてくれないかしら?」
「もちろんです! 喜んで!」
私とアイラは迷うことなく答えた。
「私たちが去っても、当分の間エールには臨時受付所を残します。こちらからも人員を一人残していくけど、今後は三人でこの村の臨時受付所を担当してほしいの。ここは農地も洪水で流されているし、当分の間は支援が必要だし、お仕事の紹介や蕪の種の分配、仮設住宅の管理や割り振りなどを継続して行ってほしいの。そしていずれ二人は、エストに来て私と一緒に働いてほしいと思っているのだけど……、どうかしら?」
「はいっ! もちろんです! 私たちどこへでも行きます。これからもよろしくお願いしますっ」
私たち二人にとっては、夢のような話だった。クレアさんの下で働くようになってから、アイラと二人で、いつもそんな夢の話をしていた。その夢の一つが叶うのだから何もいうことがない。
実は私たち二人にはもう一つ夢がある。いや、正しくは新しく夢が追加されていた。私たちは、受付所のクレアさんの下で働くようになってから、ある秘密を知ってしまった。復旧工事を担当しているメアリーさんは、地魔法士であり、クレアさんも実は魔法が使えるらしいことを。
偶然知ったその事実に、私たちは驚かずにはいられなかった。もっとも、その事実は伏せられているらしく、メアリーさんも救援部隊の人たち以外の前では、決して魔法を使うことはなかった。更にクレアさんが自ら、魔法のことを私たちに話すこともなかった。
私とアイラは密かに誓い合った。いつかお金をためて、魔法士の適性確認を受けるのだと。
その後クレアさんが去ったあとも、私たちは毎日臨時受付所で働いている。
「村の西側で農地の整備が終わったから、蕪の種を都合してくれないか?」
「手が空いているのだけど、何か人足の仕事はないかい?」
「今度エストから、堤防工事で人足が来るのだけど、空いている仮設住宅ってあるかい?」
「エストの射的大会に出たいのだけど、登録ってここでもできるのかい?」
「隣の婆さん、暇をもてあましているのだけど、できる仕事を紹介してやってくれねぇか?」
「ずっと南の開拓地、入植者を希望しているって聞いたのだけど、詳細を教えてくれないか?」
毎日多くの人がエール村の臨時受付所を訪れ、私たちは対応に走り回った。
◇◇◇
「受付所はここでいいのか? 堤防工事で来たのだが、住む場所と食事の場所を教えてくれるか? あと、力自慢の男手があれば、こっちでも賃金を払うから探したいのだが……」
「はい、こちらでご案内します。宿泊場所は準備していますのでご案内します。お食事の場所も。あと、力自慢で工事が得意な男手なら心当たりがありますよ。アイラ、アストールさんならうってつけじゃないかしら? こないだ仕事を探していたし」
「そうね! これから連れてくるから、クローラは先にご案内をお願いできる?」
彼女たちは生き生きとして働いていた。お互いの夢のために。そして憧れたクレアのために。
数年後、彼女たちは新しい土地でタクヒールの知己を得ることになる。
もちろん、二つ目の夢をも叶えた形で……。