第三十七話 それぞれの思惑(カイル歴五〇四年 十一歳)

最上位大会が終了した夜、館では華やかなレセプションが催されていた。そこで父は、ハストブルグ辺境伯とキリアス子爵に挟まれ、質問攻めにあっていた。


「ソリス男爵、今回の興行、非常に楽しませてもらった。男爵家の武威が窺えるというものだな。前回の戦いでの活躍も頷けるというものよ」

「それにしても男爵の取り組み、領民たち全ての戦力化は、侮れませんね。このクロスボウ大会、いったいどれぐらいの領民が参加されているのですかな」

「領民からの参加者は、全体では千五百名程度ですが、中には女子供の娯楽も含まれております。それもあって、領民の戦力化や、技量のある者の確保には、まだ遠いのが現状でして……」

キリアス子爵の質問に答えた、父の数字は偽りだった。ソリス男爵家でも、ごく限られた者しか知らない数字ではあるが、登録者だけで言えば老人、女性や子供を含めると、現時点でその数は四千人以上いる。その中でも、一通りの射的ができる者なら、既に軽く二千名を超えている。

もちろん、単に射的ができる、というレベルでの話だが。

「なるほど、男爵は既に千名を超える弓箭兵を、手駒として確保していると。侮れませんな」

キリアス子爵が再び鋭い指摘を入れてきた。やっぱこの人、優秀だけどちょっと怖いなぁ……。

「クロスボウが扱えても、戦力としてまだ数に入れられない者が殆どです。とてもとても……」

そう、まだ今の段階では過大な期待をされ、次の戦で動員兵力を上積みされても困ってしまう。

「ソリス男爵、そろそろ子爵への昇爵の件、真剣に検討する時期かと考えているがどうじゃな? こちらとしても王都への推薦を含め、子爵としての体裁を整えるため、支援は行うつもりでいる。領民募集など、できる限り便宜を図るつもりなので、この機会に考えてみてはどうじゃ?」

「ハストブルグ辺境伯のお言葉、誠にありがたく思っております。しかしながら領民の数、生産力など、まだまだ子爵として足らぬ部分も多く、戸惑っております。名に実が追い付かず、御奉公に差し障りが出てしまってはと……」

「そんなもの、後からついてくるものよ。それに……、財力だけで見れば、ソリス男爵家はもう、子爵といっても差し支えなかろうに」

あーあ、キリアス子爵に痛いところ突かれているし。

「新規の領民募集であれば、辺境の男爵領より子爵領の方が体裁も良く、人も集めやすかろう? 従軍数については、向こう五年は男爵以上、子爵未満の五百名を目指す形なら問題ないじゃろう。それ以降はヒヨリミ子爵と同じく六百名とする。先ずはそれで進めてみてはどうじゃな?」

辺境伯も父の懸念が分かっているようだ。子爵となればこの従軍数が一番のネックとなるが、俺から見てもその数字なら妥当な線だと思う。父も同じように思ったのか、恭しく一礼していた。


父たちのやり取りを盗み聞きし、ほっと一安心したとき、思わぬ人物が隣にいたのに気付いた。

『げっ!』

思わずその言葉を出してしまいそうになった。俺の右手、父たちがいる方角とは反対の位置に、天敵ゴーマン子爵が立っていたからだ。俺は慌てて貴族作法に則った礼を行った。

「其方が男爵家自慢の智のタクヒールか」

「初めて閣下の御意を得ます。ソリス・フォン・ダレンが次男、タクヒールと申します。この度は遠路エストール領へのお運び、そして大会のご観戦、誠にありがとうございます」

「ふん、噂通り……、年に似合わず如才ない挨拶デアルことよ」

傲然と胸を反らし、立ち振る舞いは名前の通り傲慢そのものだが、口元には、少しだけ笑み? のようなものが浮かんでいる。いや、気のせいかもしれないが、そんな気がした。

「この度の水害の件、其方が危機を予見し、儂らを含め近隣に対し事前に警告を放ったと聞いた。改めて、礼を……、うむ、褒めて遣わす」

あ、いや……、今、『礼を言う』って言いかけたよね?

そこは敢えて言いなおさなくても良いのでは? 噂通り、傲慢な故のプライドなのかな?

俺は意外な人物から、更に意外な言葉を貰い、かなりびっくりして固まった。

「ゴーマン子爵自ら私めにいただくお褒めの言葉など、身に余る光栄です」

「商売上手だけが取り柄の蕪男爵、そうこれまでは見ておったが……、儂もまだまだデアルな。ここ数年で、明らかに変わった立ち回りの上手さ、先見の明は、儂自身も目を見張るものがアル。調べてみると、どうやら全て裏で糸を引いているのが、まだ子供のお主だという噂も耳にしたが、詮無い噂話、儂もそう聞き流しておった。しかし、今回の件も含め、考えを改めねばならんわ」

ってか、気のせいじゃなかった。笑っている。あのゴーマン子爵が! 俺は自分の目を疑った。

常に傲然とし、笑わず、媚びず、へつらわず、仏頂面しか見たことがない、そう父も言っていた。

「と、とんでもございません! いずれも、世を知らない若輩者が考えた浅慮とお笑いください。私の策など皆様のご深謀には及ぶべくもなく……、お恥ずかしいばかりです」

「ふふっ、気付いておらぬか? そうやって無難に返せる所が、そこら辺の小僧とは違うのだよ。偽るときは、もう少し子供っぽく振舞った方が良いぞ」

ゴーマン子爵はまた笑った。裏表のない優しげな、かつ楽しそうな笑いだった。

え? 俺、今、アドバイスを貰っているのか? それも、あのゴーマン子爵に?

そもそも彼から話し掛けてくるって、普通は絶対に有り得ないことだよね……?

正直俺は、どう対処してよいか分からなくなった。ただ……、この空気、なんとかしてくれ!

俺はもう、この場所から逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、少なくともゴーマン子爵は、俺に注目し、俺のことを調べていることは理解できた。良い意味でか、悪い意味でか、それは不明だが、様子から見て明らかに前者だろうな。認めたくないし、ありがたい話だとも思わないが。


「閣下、ご歓談中失礼いたします。ハストブルグ辺境伯さまがタクヒールをお召しでして……、誠に失礼ではございますが、お話を中座させても宜しいでしょうか?」

兄が窮地に割って入ってくれた。

俺は少し残念そうな? 顔をしているゴーマン子爵の前から、一礼してその場を離れた。

なんとか危機は脱したけれど、一難去ってまた一難か。今度は辺境伯かぁ。俺自身、余計な政治には巻き込まれたくないのだけどなぁ……。そんな思いで今度は辺境伯に挨拶した。

「おおっ! 其方が男爵自慢の息子のひとりか。一度ぜひ、話してみたいと思っておったわ」

俺は以前、お話ししたことがあります。前回の歴史での話ですけどね。

「初めて御意を得ます。ソリス・フォン・ダレンが次男、タクヒールと申します。遠路エストール領へお越しいただき、大会にも華を添えていただきましたこと、誠にありがとうございます。辺境伯閣下にお目にかかれたこと、身に余る光栄でございます」

まぁ挨拶だけなら、同じ台詞を使い回すだけで済む。

「ヒヨリミへの災害援助、誠に大儀であった。領民たちが其方に並々ならぬ感謝をしていたこと、配下の者よりしかと聞いておるぞ。たったいま男爵からも、今回の興行を始めクロスボウの発案、それら一切が其方の知恵だと聞き、感心しておったところよ」

「まだ何事にも不慣れな若輩者でございます。行き届かない点など無ければ良いのですが……」

「ははっ、そう固くなって警戒せずともよい。そう畏まると却って不自然だからの」

「ご指摘ありがとうございます。先ほどゴーマン子爵さまからも同様にご指摘をいただきました。やっぱり、不自然だったでしょうか? 一生懸命取り繕ったつもりだったのですが……」

「はははっ、それで良い。時には子供らしく真っすぐであってほしい、そう感じる時もあるでの。だが、あのゴーマンがそのようなことを話すとは珍しいな」

そっか、好意的に受け取って良いのかなぁ……。


「それはさておき、儂からお主にちょっとした頼み事があってな。今回の射撃大会を通じた領民の戦力化には、見るべき点が多いと感心させられたわ。儂らもクロスボウを自領内で生産し、配備を進めたいと思っておるのだが、どうかな? 百台を其方から直接購入するとして、製造技術を開示してもらうことは可能かの?」

「……」

辺境伯の余りにも意外な申し出に、俺は即答を避けた。

「其方の父からは既に了承を得たが、男爵はあくまでもクロスボウは其方が考案、開発した物ゆえ諸々の権利と決定権は其方にあると申しておるわ。なので父への遠慮は無用じゃぞ」

父さん! 面倒事を俺に振ったな!

確かに原型となったクロスボウはこの世界にもあるし、独自の改良点は複合弓部分だけだろう。発案は俺だし、俺が言えばゲルド親方も、問題なく技術開示を了承してくれるだろう。ただ……。

面倒なのはエストールボウの話を秘匿しつつ、工房でクロスボウだけ技術開示することだ。制作作業の段取りとか、秘密保持とか、いろいろ面倒くさいことも出てくる。

俺がそんなことを考え、思案しているのを知ってか、辺境伯は言葉を重ねた。

「なーに、戦場で活躍した兵器、男爵が秘匿している方の、クロスボウまでは望んではおらんよ。そこは安心するがよい。切り札というものは、この先も残しておかんとな」

辺境伯は、俺だけに聞こえるように、小声でそう言うとウインクした。

父さん……、バレてますよ、しっかり。この先、どうすんの? しかも俺に丸投げして……。

俺は少し離れた所で、楽しそうに談笑している父を睨みつけた。

コンパウンドボウと複合弓の要素を取り入れて作ったクロスボウ、エストールボウについては、とりあえず辺境伯は目をつぶってくれると言っている。

「お話、ありがたく受けさせていただきます。日程については念のため工房に確認が必要ですが、生産自体はすぐ入れると思いますので、年明けには納品できるのではないかと思います」


辺境伯の依頼は、工房と辺境伯側の人員の都合で、翌月から作業に取り掛かることになった。

これに加え、災害派遣やクロスボウ大会開催の褒美として、金貨五百枚、クロスボウ百台と技術開示の料金として金貨五百枚。合計で一千枚もの金貨を、俺は辺境伯からいただくことになった。

俺が既に持っていた千枚以上の金貨に加え、投票券の収益もある。これらに新たな資金を加えることで、製作費などの経費を除いても、二千枚以上の金貨が手元に残ることになった。


今回の最上位大会は、これらの資金以外にも、俺たちに幾つもの収穫をもたらしていた。

・娯楽として、領民の戦力化として、戦力補充の手段として、三つの目的が機能し始めたこと

・カーリーンの活躍を知り、女性の参加者を含め、射的場利用者の裾野が一気に広がったこと

・領民に一攫千金や立身出世の夢を与え、それを目指す大人や子供たちが数多く出てきたこと

これらの成果は後日、エストール領、いやテイグーンの開拓地で形となって現れることになる。


「俺を手伝ってくれる仲間は集まった! そしてこの先、彼らが活躍すべき場所も用意している。

この先必要となる金貨も手に入れた。今後はこれを元手にして、更に多くの資金を集めてやる!

それにより、これから先の戦いに必要な、全ての準備が整うことになる。歴史よ、見ていろ!

俺はこれから、町を作るための、そこで歴史を迎え撃つための、家族を守るための矢を放つ!

そして俺たちはやっと災厄と戦うための、新しいステージに立つことができるんだ」


そう呟き不敵に笑った俺は、この時点ではまだ何も知らなかった。

歴史自体もこの先、改変された流れを修正するため、反撃の狼煙のろしを上げて、更に大きな波となり逆襲を開始し始めていたことを……。何もそれは戦場に限ったことだけではなかった。

新しく紡がれ始めた運命の糸は、より大きな災厄に結び付き、新たな不和や張り巡らされた策謀の数々は、運命の分岐点となる新しい結び目を作りながら、俺たちを絡め取り始めていた。

ここから俺の、未知なる戦い、前回の歴史にはなかった出来事との戦いが始まることになる。