第三十六話 第一回 最上位チャンピオン大会(カイル歴五〇四年 十一歳)

第一回の定期大会開催から、驚くべき速さで月日が流れた。

それだけ俺たちは多忙を極め、大きな目的のため日々動いていた。

「これより栄えある第一回、最上位大会を開催する。今回は、ハストブルグ辺境伯を始めとする、多くの来賓のご列席も賜ることができた。記念大会に相応しい大会となったこと、誠に喜ばしく光栄に思う。参加する者たちは、定期大会に上位入賞した強者ばかりだ。皆は、日ごろの鍛錬の成果を十分に発揮し、この大会を盛り上げてほしい」

父は張り切って、開会の挨拶を行った。


遂に、年に一度のクロスボウ大会、これまでの定期大会で上位三名の入賞者しか参加できない、最上位大会がエストの街で開催されることになった。

今回の大会は、来賓でハストブルグ辺境伯、キリアス子爵、何故かゴーマン子爵、コーネル男爵などが出席している。予想外の、そして突然決まった来賓の参加に、開催まで両親とレイモンドさんは対応に掛かりきりとなった。因みに俺も、来賓の参観が決まってからというもの、大会開催準備どころではなくなってしまっていた。

「そもそも会場の広さ、このままじゃ無理じゃね?」

「貴賓席や警護の兵、それだけでも全然足りません!」

あまりにも予想外で、クレアも悲鳴のような声をあげていた。

「だよね……。エラン、メアリーごめん。申し訳ないけどこの会場、土台からやりなおそうか?」

「はい、僕にも考えがあります。全体を掘り下げ、階段状に観客席を用意しようと思っています」

「はい、私も先日習った建築の基礎工事、これを会場建設に反映できればと思います」

「アンはゲルド親方の所に使いとして走ってほしい。貴賓席に見合う椅子の発注を頼めるかな? クリストフとカーリーンは、会場の中で安全な位置を確認してほしい。万が一のことが無いように、絶対に弓で狙われない作りに変更しなきゃだめだ。他の皆は、大会運営の準備をお願いっ!」

「はいっ!」

「あ、クレアは運営面の指揮を全部任せてもいいかな?」

「はい、承知いたしました。大丈夫です、お任せください」

ここ一年で魔法士たちだけでなく、実行委員や補佐、受付所の職員として囲ってきた面々は、既に十分頼もしく成長しており、安心して任せることができた。魔法士である仲間たちの成長も著しく、一年前とは大違いだったお陰で、俺は会場の改築に専念することができた。

そして、それらを含め全てが、何とかギリギリ間に合わせることができた。


今回、選手として参加するのは三十名。

洪水や災害派遣などがあったため、この一年で実施できた定期大会は十回だったからだ。

そして、それぞれの大会の上位三名がこの大会に集っている。

定期大会で一度上位三枠に入ると、次の最上位大会が終わるまで、定期大会の参加資格を失う。

あと風魔法士たちはもちろん、全ての大会で、射的に魔法を使用することは禁止している。

エストの街は、この大会を目指して多くの商人たちが集まり、至る所に露店市や臨時飲食店等が設けられており、これまでにない活気を見せていた。

更にこの大会を見学するため、多くの領民が領内各地から集まっており、彼らを収容するため、街外れには難民キャンプを再利用した、簡易宿泊施設も用意されていた。


「投票券及び投票所となる受付所の準備、対応要員の教育も、全て完了しています」

「クレア、ありがとう。オッズ作成の予行演習も大丈夫かな?」

「はい、そちらを含めて完了しております」

「では予定通り五日前から受付を開始するので、それを告知するための看板をお願いね」

「はい、事前に協議した、街の各所に掲示しておきます」

そう、今回の大会の目玉は、『勝者投票券』だ。

まぁ競馬の勝馬投票券を真似したネーミングだけど、誰でも応援する(勝つと思う)選手に投票(投資)し、的中すれば配当が受けられる仕組みだ。電算機や自動計算プログラム、電卓などが無い世界なので、できる限り単純に、参加しやすいよう工夫するため、俺たちは頭を悩ましていた。

その結果投票は二種類のものを用意した。


一つ目は優勝組投票だ。

参加する三十人の選手を五つの組(赤、青、黄、緑、白)に分け、それぞれの組に所属する者の個人成績を合計した点数でグループ優勝を競う(投票する)ものだ。


一位(五十点)

二位(四十点)

三位(三十点)

四位(二十点)

五位(十点)


個人成績の上位五名だけに配点があり、組内での合計点が最も高い組が優勝となる。

優勝した組に投票した者は、外れた者が投じた賭け金から配当がもらえ、その確率は五分の一。

組分けは、各組定期大会優勝経験者二名、準優勝二名、三位二名と、全て均等に割り振った。


二つ目の投票は順位組投票だ。

個人成績が一位と二位の者が所属する組の、組み合わせを当てる投票で、仮に赤に所属した者が一位だった場合、


赤−赤(赤組が一位と二位を独占した場合)

赤−青

赤−黄

赤−緑

赤−白


このような組み合わせとなり、都合二十五通りの中から予想するものなので、的中確率は単純計算なら二十五分の一。賭け金から端数と二割の胴元取り分をしっかり残し、残った金額は全て配当金に当てていた。

また、賭け金もそれぞれ、一回の投票で最大金貨一枚、銀貨は一枚と十枚の三パターンに簡略化した。これも人力で細かい計算を行うには限界があるからだ。

投票券は二枚一セットで割印を押し、一枚を運営控えにして、通し番号も入れた。投票券のチェックボックスに金額をチェックし、控えはそれぞれ投票先別に用意した箱に入れ、集計を進めた。

事前告知通り五日前から投票を受付開始し、毎日、集計した前日までの投票状況をオッズにして張り出した。実行委員や事務方の人間は、毎晩の集計作業、毎朝のオッズ表示板交換、投票受付対応、そしてまた、期間中は日々その繰り返しでかなり負担をかけた。

終わったら皆に臨時手当出さないといけないな……、そうしみじみと思った。

それぐらい、どの部署も目が回るほど忙しかった。

投票は大会実施日の午前中、早い時間に締め切られ、午後の大会開始に合わせ、なんとか全てのオッズも出そろった。

俺の執り行う一般向け投票とは別に、父も来賓や商人、エストの商業団体相手に、なんと独自で胴元となり、投票を受け付けているようだった……。

ちゃんと計算しているのかな? こっちのオッズだけ見てやっているのなら大怪我するよ?

ちょっと心配になったが、正直そんな面倒を見る余裕は全くなかった。

「クレア、投票券の売上はどれぐらい集まった?」

「おおよそ金貨三千枚ですっ! 凄いですね」

「へっ?」

思わず変な声を出してしまった。

「オッズを張り出してから、後半に凄く伸びました」

いやいや、絶対一人で何回も投票している人、オッズに振り回されている人、沢山いるよね……。

賭け事で身を滅ぼさないようにだけ注意してほしい。俺が言えた義理ではないが……。

窓口担当者からの情報によると、どうやら領外の商人達が、相当な額を賭けているみたいだった。

胴元が二割取ったとしても……。

金貨六百枚の収益だ。結構な収入になるが、改築でかなり費用も掛かったし……。

定期大会の各大会優勝者を、それぞれの組に均等に割り振ったので、オッズは極端に振れることもなかったが、順位投票では大穴も何件かあった。


そんな経緯で始まった最上位大会は、順調に進行し、流石は定期大会の上位入賞者たちと、集まった観客を魅了する射的が続いた。観客も自分達が賭けている選手の射的には、それぞれ大歓声が上がり、素晴らしい射的を披露した者には、分け隔てなく大きな拍手が起こった。

貴賓席のハストブルグ辺境伯は、終始上機嫌で、だが時折鋭い視線を向けながら見入っていた。

キリアス子爵は楽しむというより、常に自領から連れてきた武官と言葉を交わしている。どうやら自領でも取り入れるべきものがあるかどうか、検討しているようだった。

ゴーマン子爵は……、終始不機嫌な顔つきで試合を眺めている。これまでも色々あったし、彼の側には絶対に近寄りたくないな……。


◇第一部

固定目標の射的では、恐らく投票でも一番人気だったであろう赤組のゲイルが、下馬評通り一位で折り返した。赤組は優勝組投票、順位組投票でも一番人気だ。

そして二位は……、なんと白組のカーリーンだった。個人的には凄く応援したい。

三位は黄組で、ヴァイスさんの傭兵団から出場している選手だった。

何やら団長から発破をかけられ、逆にもの凄く緊張している様子が、少し可哀そうだった。

ただ今のところ、四位以下についても大きな差はなく、第二部で逆転の可能性も十分ある。


優勝組投票オッズ      順位組投票オッズ(人気順抜粋)

赤 二倍          赤−黄 三倍

青 八倍          黄−赤 五倍

黄 三倍          赤−白 八倍

緑 十六倍         白−赤 十倍

白 四倍          赤−青 十一倍


◇第二部

第一部が終わり、第二部は移動目標、いわゆる意地悪目標の射的となる。

だが定期大会を勝ち進んだ強者だけあって、各自冷静に対処していた。

そして、プレッシャーからなのか、ゲイルが的をひとつ外した!

観客からは悲鳴に近いため息がこぼれる。

唯一、女性で出場したカーリーンには、常に多大な歓声が起こっているが、それすらどこ吹く風とばかりに、彼女は冷静に競技に集中していた。

それはそれで、まだ十五歳、少女と言って差し支えない彼女が、凛としてクロスボウを構え、しかも見事な妙技を見せる姿に、観衆からは大きな拍手と応援の声が飛ぶ。

彼女は第一回定期大会では、移動目標に苦戦し九位となっていた。だが、よほど悔しかったのだろう。暇を見つけては射的場に通い研鑽を積み、第六回大会で見事優勝し、参加資格を得ていた。

俺自身、彼女の目を見張る成長には驚かされていた。


◇最終結果

総合優勝はなんとカーリーン!

並みいる男たち、そして年上の者たちをはね除け、最年少で見事優勝してしまった。

正直俺も一番驚いたなかのひとりだった。彼女はプレッシャーにも強く、観衆の誰もがこの異彩を放っていた幼さの残る射手、愛くるしい彼女を応援していた。

二位は、最後にカーリーンに逆転されたゲイルだった。

三位にはクリストフが入った!

白組はカーリーンとクリストフの貢献(一位と三位)で、八十点を獲得し総合優勝となった。

優勝組投票 白組  オッズ 四倍

順位組投票 白−赤 オッズ 十倍


見事予想を的中させた者たちは、大声を上げて歓喜した。

優勝組投票は比較的確率も高い二番人気だったので、単純換算では全体の二割が的中させていることになる。順位組投票は十倍、四番人気だったためそれなりの配当で、的中者は周囲から羨望の眼差しで見られることとなった。

また、全ての順位が確定し、上位入賞者は特別にハストブルグ辺境伯からも賞金が授与された。


一位 金貨五十枚と特別賞金貨五十枚

二位 金貨三十枚と特別賞金貨三十枚

三位 金貨二十枚と特別賞金貨二十枚

四位 金貨十枚と特別賞金貨十枚

五位 金貨五枚と特別賞金貨五枚


今回は来賓である辺境伯から、特別賞の追加報酬があったことで、賞金が倍になり、入賞者にとっては非常に幸運だった。来年は……、多分特別賞がないからね。

事前発表の賞金だけだよ。恐らくそのはずだからね。俺はひとり、何度も同じことを呟いた。


こうして第一回最上位大会は、盛り上りつつ無事に幕を閉じた。

歓呼の嵐で終幕を迎え、父は非常に嬉しそうだった。後で知ったことだが、裏で個別の胴元をしていた父は、こちらのオッズをそのまま利用していたらしく、前半戦で赤組が優勢しそうになり、大損しかけていたみたいだった。父は青い顔して、かなり焦っていたようだが、カーリーンの逆転優勝で救われ、結果的にかなりの金額を儲けたらしい。


おいおい! 最後の、満面の笑みでの満足顔はそっちかいっ!

カーリーンに対し、ちゃんとお礼を言ってほしいものだ。

ってか、父からも彼女に特別賞を出すべきじゃね? この話を聞いて俺はそう思った。


幾つかの目論見を形にした、第一回最上位大会は予想以上の成果を出した。

回を重ねる毎にこの大会は、規模を大きくし、近領だけでなく王都まで波及していく。

そして、それぞれの領主たちが、自身の面目を背負い競い合う大会となり、ソリス家が主催する名物行事として、カイル王国全土に知れ渡ることになるのだが……。

このことを、参加した者たちを含め、俺たちもまだ、この時点では何も気付いていなかった。