第三十五話 未来のための変化(カイル歴五〇四年 十一歳)
野盗の襲撃から一ヶ月ほど経った。
この事件は改めて、防衛体制の強化と、領民の戦力化に向けた取り組みに、拍車をかける機会となった。そして俺自身、更に思いを改める機会となった。
前回の歴史では、盗賊がエストを襲った事実は無かった。辺境の村々を荒らしただけだ。だが、歴史は大きく変わっている。彼らの目論見が成功していれば、俺たちを含むエストの街は、大きな被害を受け、自分自身の命の保証もなかっただろう。
「これが歴史の逆襲か……、本当に悪辣だな」
予想していたこととはいえ、俺はその悪意に震えた。
更に、今回俺は為す術もなく、兄やヴァイス団長の活躍を見守るだけだったことが悔しかった。
自分自身が、歴史の逆襲に抗する力を、まだ何も持っていないことを再認識し焦った。
だが、俺と似たような思いをする者が他にもいた。
「俺は何を甘えていたのだ。自分が怖い? そんなこと……、まさに滑稽だな」
「私には……、守る力があるにも拘らず、おかしな話ですよね。何もせずただ逃げてばかり……。それじゃあ何も解決しないとよく分かりました。力を与えられた者の義務を果たすべきです」
「見ているだけで怖かったです。でも、殺されるかもしれないのに、盗賊を裏切ったひとたち……。彼らがソリス男爵家に感じている恩と、私の思い、何も違いません」
最も消極的だった、クリストフ、カーリーン、サシャが真逆に振れてしまった。
そして、他の魔法士たちの心にも、火を付けた。
「自分たちもエストール領を守りたい」
「不条理な暴力に立ち向かう力がほしい」
そんな思いを口々にしながら、以前に増して積極的に、ヴァイス団長の訓練に参加した。
俺と団長は、予想外の結果に閉口してしまったのは言うまでもない。
週に二日ある彼らの訓練は、午前は剣術などの護身術、午後は各自の魔法属性に合わせた、魔法戦闘の訓練が行われた。それらは、実戦を想定した訓練であり、非常に厳しい内容だった。
特に魔法戦闘の訓練は、人目につかないよう配慮し、騎馬にてエストの街から遠く離れた郊外、そこに移動してから行われている。そのため、先ずは全員が馬に乗れるように、乗馬の練習から始まり、既に今では、彼ら全員が一人前に馬を乗りこなすまでになっている。
「では、これより各属性に合わせた訓練を始めるっ! 決っして、気を抜くなよ! 死ぬぞ……」
毎回緊張した面持ちで、ヴァイス団長を見つめる面々の表情は、若干怯え気味だ。
訓練中の団長は鬼だ。俺と兄はよく知っている。正しくは、今までに散々思い知らされている。兄と俺の二人が受けていた団長の指導を、魔法士たちも受けるようになって半月、現在は交易で国外に出ているバルトを除き、十四名の魔法士全員が参加している。
この魔法戦闘訓練を始める前、兄と俺、団長の三人で慎重に方向性を決めた。
まだ幼い者も多く、女性の割合も高い彼らに、殺傷目的の攻撃魔法は厳しいのではないか?
そんな懸念もあり議論を重ねた結果、守備を主眼とした魔法訓練のメニューが用意された。
風魔法士 敵の矢から味方を守る風壁の展開と、味方の矢を風で加速したり、誘導する訓練
火魔法士 敵の陣地侵入を阻害する火炎障壁の展開と、その展開距離や高さ、威力の調整訓練
水魔法士 敵の陣地侵入を阻害する水壁の展開と、水攻めなどで大量の水を操る調整訓練
地魔法士 敵に対し塹壕や罠を展開し、その展開速度や強靭性、展開する距離を延伸する訓練
光魔法士 敵軍めがけ自在に閃光を操り展開し、その展開範囲と距離を強化する訓練
聖魔法士 治癒の実践を積み重ね、戦場で自在に治療を行えるよう、経験を積み上げる訓練
全ての発動をより早く、より正確により威力を持たせ、できるよう、強化する訓練が行われる。
訓練は先ず、防御系統から始め、適性のある者のみ攻撃的な内容も追加していく方針だ。
なお聖魔法士については、怪我人や病人が居ないと、そもそも魔法の使用機会もないことが課題だったが、それは全くの杞憂だった。公の施設である施療院でそれを行うと、魔法士の存在を秘匿することができない。なので、日頃から激しい訓練を行う傭兵団の訓練に同行し、回復役、治療役として活躍してもらうことになった。
余談ではあるが、そもそも激しい訓練を行っていた傭兵団の訓練が、治療役が常時待機していることで、より激しくなったのは言うまでもない。団長の鬼レベルが更に上がってしまっていた。
「これで遠慮なく団員たちを、思いっきりしごけます。ご厚意、感謝します」
「ははは……、お手柔らかにお願いします。因みに、俺の厚意ではなく行為でもないデスヨ」
団長、皆の前でそれを言うから、ほら……。
傭兵団の皆さんの恨めしそうな視線が俺に……、彼らの視線が心に刺さり、とても、痛い……。
ってか、団員だけでなく俺たちにも来るよね? パワーアップした
因みに魔法属性に合わせた訓練の間、唯一魔法が使えない俺は何もすることがなかった……。
そんな訳になるはずもなく、ヴァイス団長配下の傭兵団に交じり、しっかり剣術、騎馬剣術などを、むしろ嫌と言うほど叩き込まれていた。そういう訳で、毎回俺も生傷が絶えず、一番治癒魔法の被験者になっているのって……、もしかしたら、いや、確実に俺だろうと思えるぐらいだった。
そのお陰か、やっとの事で俺の剣の技量が、修行中から剣士になった。
体格的にまだ子供だから……、そういう事情もあるだろうが、ここまで来るのに三年も掛かってしまったことに、俺は自身の才能のなさを感じ、改めて落ち込んだ。
「そこっ、そんなへなちょこな風で、矢が防げるとでも思っているのか? 展開が早過ぎるんだ! 自分が矢を怖がってどうする! そこの三人! 特別訓練追加!」
「くっ……、また、あれか……」
「そんな程度のたき火、騎馬なら簡単に跳び越えられるぞ! しかも展開する時間が短か過ぎる! 防壁にすらならんぞ! そこの二人! 特別訓練追加!」
「くそっ! 思うようにいかん……」
「そんな低い土壁、子供でも越えられてしまうぞ! しかもそのへなちょこな壁は何のためだ? 構築も遅過ぎて話にならん! 陣地構築まで敵は待ってくれんぞ! 二人とも特別訓練追加!」
「はぁはぁ……、む、難し過ぎる……」
「なんだこの薄い水壁は! 壁にもならんわ。お前たちは涼むための噴水でも作っているのか? そんなもので矢を防げるとでも思っているのか? 二人とも特別訓練追加!」
「ひっ! また……、悔しい!」
「そんな弱い光で、偽物だと知らせるつもりか? お荷物になりたいのか! それでダレクさまの代わりが務まるとでも思っているのか? あの先に届くまで、今日は光を放ち続けろ!」
「く、悔しいです、つ、次こそ……」
鬼となったヴァイス団長は容赦がない。日頃の紳士的な彼しか見ていない者たちは、最初はドン引きだったが、歯を食いしばって団長の指示に食らいつく。
今回も、団長特製の特別訓練を免れたのは、カーリーンとクレアだけだった。
「団長、今日もまたアレをやるのですか?」
「はい、もちろん魔法士たちは魔力や適性には個人差があります。でも、根本は本人の覚悟、そして思いの強さ、これに尽きます。クレアはそこが突出しており、カーリーンには才能があります」
「しかし団長は、本当にいろんなことをご存じなのですね?」
「はははっ、私の力ではありませんよ。我が傭兵団には代々伝わる、魔法士の戦闘力強化に関する秘伝がありますからね。もっとも、この平和な数百年の間に魔法士は減り、こんなことを行う必要すらなく、ずっと廃れていたものですから……、私の代でそれが活用できて嬉しい限りですよ! ちなみに特別訓練は、本人たちをより必死にさせ、覚悟を固めさせるためのものに過ぎません」
この人は色んな意味でチート過ぎる。しかも俺との会話中も、横目で訓練状況を確認している。
「そこ! 何をへばっている? そんなことでタクヒール様を護れると思っているのか!」
なんか……、彼らにとって俺はお荷物みたいな、そんな気がするのは、気のせいか……?
毎回、訓練が終わると全員がフラフラになる。もちろん、俺も含めて。元気なのは兄だけだ。
「団長、彼らの魔法、実戦ではどうですか?」
「正直言って、今はまだ集団戦力としては未熟過ぎて、戦場では全く使い物になりません」
「そっかぁ、だから戦に魔法士が出ることが少ない、そう言われている訳ですかね?」
「それもあります。ただ、貴重な魔法士を戦闘で失いたくない。それも大きな理由だと思います。ですがご安心ください。半年しごけば一人前、一年もしごけば十分使える戦力にしてみせます」
「ははは、それは心強いなぁ。でも、優しくね……」
爽やかに笑う
魔法戦闘の訓練を含め、従軍者とバルトを除いた彼らの一週間スケジュールはこんな感じだ。
◇スケジュール
午前のみ 二日間 領主館にて読み書き計算等の基礎学力講座を受講
午前のみ 二日間 領主館にて各自の望む専門教育講座を受講
午後のみ 四日間 受付所や定期大会等の運営業務を遂行
終日 三日間 郊外にて魔法演習を二日間実施、休日として一日
◇専門教育
用兵全般、軍略等 クリストフ、クラン、兄のダレク
内政全般、商取引等 クレア、カーリーン、俺
都市計画、建設知識 エラン、メアリー、サシャ
医療知識、薬草学 ローザ、ミア、妹のクリシア
ちなみに教師は、基礎学力講座については、行政府やメイドの中から、教師を派遣してもらっており、専門講座については、各方面から個別に講師を派遣してもらっている。
専門教育講座は、原則魔法適性に応じて、一部は希望に応じて配置している。これも将来の布石であり、ちゃんと理由がある。
「タクヒールさまは、将来の文官育成も視野に入れていらっしゃるのですか?」
最初こそレイモンドさんにも驚かれたが、彼は基礎・専門講座開設について力を貸してくれた。
魔法士たちは働きながら無料で学べるとあって、兄や俺を遥かに凌ぐ熱意で勉強し始めた。
この世界では、一般の領民で読み書きができる者はむしろ少数派だ。クレアやエラン、バルトも俺と一緒に働くようになってから、陰で必死に読み書きを覚え、使いこなせるようになっていた。同じ熱意で、他の者も基礎学力は早々に身に付けてしまい、その時間も専門教育に当てられ始めた。
えっと……、休日は休んでいいのだよ? だって週二日は、魔法の猛訓練で疲れているでしょ? 俺や兄と比べ、引いてしまうくらい頑張り過ぎる彼らに、俺たち二人はかなりバツが悪かった。
彼らが学んだ知識は、今後必ず必要となってくる。これまで放った全ての矢が実を結ぶときに。彼らはそんな俺の思いを知っているかの如く、専門教育もどんどん知識を吸収していき、僅か一年もしないうちに、領内では教える講師の手配に困るまでの事態になっていった。
内政はレイモンドさん、商取引は父や出入りの商人たちが務め、都市計画や土木に関しては、隣のコーネル男爵家から、特別に講師を招聘することもあった。講師のあてに困らなかったのは、ヴァイスさんが担当の用兵と、施療院から医師を派遣していた医療知識、この二講座だけだった。
もう少し、あともう少し。俺は祈るように彼らが成長し、月日が過ぎるのを見守っていた。
最後の一手、いや、新しいステージに移るための最後の矢、それを放てる時をずっと待った。
そして、この一年後には、彼らの知識は実践の機会を得ることになる。
俺たちにとって希望の大地、この先、歴史と戦うため、俺自身の拠点となるテイグーンで。