第三十四話 改変後の世界 幻の初陣②(カイル歴五〇四年 十一歳)
野盗たちの集団は、一部の者たちの思いをよそに、既に目的地の近くまで足を進めていた。
「よし、全員揃ったようだな? 間もなく夜も更ける。ここで時間を潰して、夜明け前に街を襲う。街には警備の者が居たとしても、たかが三十人前後、奴らを殺せば後は暴れ放題だ」
「しゃぁっ! 血がたぎるってモンよ」
「大きな街を襲えば、金も女もたんまりってか?」
「これでしばらくは、良い暮らしができるってな」
盗賊達は口々に己の欲望を言葉に出す。
だが、中にはそれを苦々しく見ている一団も居た。
「どうする? ずっと小頭も倒せず仕舞いで、結局ここまで来ちまったけど……」
「奴ら、夜は交代で見張りを立てていやがるから、全く隙がねぇんだ」
「昨日知らせに走った奴は、無事に辿り着いたんだろうか?」
そう、元農民の彼等は、彼等なりに男爵領を守ろうと懸命だった。小頭を密かに暗殺したうえで逃亡し、ことの
結局彼らができたことといえば、獣に襲われたことにして、深夜密かに脚自慢の仲間をひとり、エストに向かって知らせに走らせることだけだった。
「こうなったら……、俺たちの命で詫びるしかないな」
進退
まだ夜が明ける前の、エストの街。人々は深い眠りにつき、街は静かで深い闇に包まれていた。
やがて、正門から少し離れた街の外に、ごく小さな灯りが灯った。
しばらくして、それに呼応するように、城門の上にも小さな灯りが二つ灯った。
「よし、灯りは二つだ! 昼間に侵入した奴ら、上手くやったようですぜ」
「間もなく城門が開く、そしたら中に入って暴れまくれ。起きてくる奴らは手当たり次第殺せっ」
彼らは城門の前まで、身を隠し這いながら忍び寄っていった。
程なくして、低い音を立てながら城門がゆっくりと開き始めた。
「行けっ!」
盗賊達は門に向かって疾走を始めた。彼等にとってこれから始まる狩猟に血をたぎらせて。
先頭を走る者が、城門のすぐ手前まで差し掛かったとき、突然異変が起こった。
不意を突いて襲撃したはずの盗賊たちは、逆に予想外の襲撃を、背後から受けることになった。
「今こそ蕪男爵さまのご恩に報いる時!」
「俺たちはケダモノじゃねぇ!」
「命を捨ててお詫びしますっ!」
最後尾に居た元農民たちが、叫び声を上げながら仲間に向かって斬りかかって来た。
「ちっ、あの屑どもめ。いざという時に矢除けに使うつもりで連れて来たが……、馬鹿な奴らだ。しょうがねぇ! 彼奴らも一緒に血祭りにあげろっ!」
頭目の指示に、盗賊たちの一部は踵を返し、裏切り者の農民たちに向かって斬りかかり始めた。
裏切ったのは最初に動き出した三十名程度と、遅れて続いた二十名程度。
その時だった。
夜明けの前のまだ暗闇のなか、突然の閃光が盗賊団の真上に広がった。
「不逞な賊共っ! エストの街を襲った対価、その命で償えっ!」
「いいか! くれぐれも農民たちには当てるなよ」
城門側と側方の茂みの中、二箇所から同時に発した二人の声と共に、矢が降り注いだ。
特に城門に向かって疾走していた盗賊たちは、至近距離から矢を浴びて次々と倒れていった。
突然降り注いだ矢の雨に、盗賊たちが算を乱して狼狽する中、先ほどとは打って変わって優しい光が、断続的に辺りを照らし始めた。
「騎馬隊、突撃せよ!」
再び同時に、全く同じ命令が、城門と側方の茂み、その二箇所から飛んだ。
「賊の集団を食い破り中央を突破、然るのちに背面に展開、包み込んで奴らを一人も逃すなっ」
林から突如として現れた、統率された騎馬の集団が、盗賊達の側方から突撃し、彼らの中央部を蹂躙していく。騎馬の突進に、盗賊たちはまず弾き飛ばされ、そして後続の馬蹄に踏み躙られる。
怯んだ者たちは、馬上からの槍や剣戟の餌食となり、逃げ惑う者は、中央を突破して背面に展開した騎馬と、城門から突入してきた騎馬に包囲され、為す術もなく次々と討ち取られていく。
「ほう、見事な突貫、そしてすぐさま背面に展開して包囲網を形成、さすが私の一番弟子ですな」
ヴァイスは感心しながら、自らも騎乗して戦っていた。
ダレクの率いる騎馬達は、寡兵にも拘らず、見事に統率され、盗賊達を蹴散らしていく。
それに呼応し、傭兵団の騎馬隊が臨機応変に動き、盗賊たちを死地へと追い込んでいった。
これらの動きはまるで、事前に打合せた演習でも行っているかのようだった。
盗賊たちは自分たちより少ない敵軍に翻弄され、襲撃側と迎撃側の人数の比率は、急速に逆転しつつあった。こうしてこの戦いの
◇◇◇ (エストの街外れ)
「何故奴がここに居る!」
「我らの計略により、領境に居るはずではないのか?」
「兵は出払っており、街はガラ空きのはずではないのか?」
少し離れた所から、今起こっている戦いを眺めて、狼狽の声を上げる者達が居た。
「これでは……、あのお方の深謀に添えんではないかっ!」
「止むを得んな、我らだけでも撤退しよう」
「次こそ奴らの鼻を明かしてやる、必ず、な」
「覚えておれ! いつか、きっと足をすくってやる」
悪態を吐きながら、彼らは何処かへと消えていった。
彼らがその思いを晴らす機会は、時を移し場所を変え訪れることになるが、今はまだ先の話。
歴史の修正力という波に乗って、彼らの目論む機会は再び訪れることになる……。
◇◇◇ (エストの街 守護者たち)
「ダレクさま、機を見た、惚れ惚れするほどお見事な用兵ですな」
「師匠に教えられた通りですよ。師匠こそ、此方の作戦に呼応いただく合わせ方が抜群ですね」
いつの間にかこの二人は、馬首を並べて戦っている。最近、剣豪まで腕を上げたダレクと、更に上位の剣鬼と呼ばれる階位にある傭兵団の団長。この二人をまともに相手にできる者など居ない。
盗賊たちは、これまで悪行を重ねた重犯罪者だけに、降伏しても許されない可能性が高い。そのため、死に物狂いで抵抗するが、所詮は素人剣術でしかない。無謀な斬撃は、彼らによって軽くいなされ、或いははね上げられ、間髪入れず致命傷となる反撃を喰らっていく。そうして盗賊たちは二人によって次々と屍を積み上げていった。
「に、に、逃げろっ!」
「逃げるって、どっちにだ?」
「知るかっ! あいつらのいない方にだ」
盗賊たちは二人の剣戟から必死に逃げ惑い、夜が明け始めた大地を潰走していった。
周囲を取り囲んだ騎兵たちも、容赦なく彼らを追い立て、討ち取っていく。
エストの街に向かって逃げ出した者たちも、矢の雨を浴びて次々と倒れていった。降伏して地に伏せる以外、彼らが命をながらえる術はひとつも無かった。
「戦いは綺麗ごとではありません。まずはそれをしっかりと目に焼き付けてください」
そう言われてこの二人の活躍を、傭兵団やダレク配下の騎兵たちの戦いぶりを、エストの街の城門の上から眺める者たちがいた。彼らは、ヴァイスの指示でそこに待機していた。
ヴァイスはタクヒールから、魔法士たちの戦闘訓練を依頼されたとき一抹の不安を感じていた。
戦いとは生半可な気持ちで臨むものではない。もしそんな気持ちで戦場に出れば、まともに戦力とならないだけでなく、ある者は足がすくみ動けなくなり、ある者は激しく嘔吐し、ある者は泣き叫び、そして結局、敵の手にかかり命を落とすだけだ。彼はそういった姿を何度も見てきた。
戦いを見て覚悟を決めさせ、不適格な者なら初めから落伍してもらえばいい、そう考えていた。その意図の通り、戦いを見守っていた十一人中十名が、言葉もなく蒼白な顔をして震えていた。
唯一、内心は別として、傍観者として平然と振舞っていたのは、タクヒールだけだった。ただそのタクヒール自身も、今回は活躍する場を与えられず、内心
レイモンドは、前日の日中に人足に扮して侵入した賊を見破り、捕縛していた。
ヴァイスは、彼らから襲撃計画を聞き出し、万全の迎撃態勢を整えていた。
ダレクは、別ルートで襲撃計画を知り、敵を欺き、密かに兵を埋伏していた。
これは彼が前日、怪しい村人を街脇で捕縛し、その者から事の経緯を聞き準備していたからだ。
こうして盗賊達はほぼ全滅した。
彼らを裏切り、戦いの火蓋を切った元農民たち、その後彼らに続いた者たちを除いて。
「命の危険も顧みず、よくぞ正道に戻ってくれた。礼を言う」
ダレクのねぎらいの言葉に、彼らは泣きながら平伏した。盗賊たちへ、最初に反旗を翻したのは三十名、少し遅れて続いたのは二十名だった。彼らの後ろに隠れるように平伏していた者たちは、前方で平伏する五十名と同じ、元農民たちではあったが、戦いの趨勢を見てから盗賊たちを裏切った、いわば日和見者たちであった。三十名ほどいた彼らは、一様にバツの悪そうな様子だった。
「我らは厳しい暮らしに食うにも困り、家族を食わせるためとはいえ、人の道を踏み外しました。我らも盗賊の一味、どうぞ誅罰をお与えください。覚悟はできております」
先頭で涙を流す男が叫んだ。
「我らはあのケダモノと同じです。されど、蕪男爵さまたちより受けたご恩は忘れておりません。このようなことになるとは知らず……」
「どうか、我らの首を、男爵家の手柄としてお取りください。家族を救っていただいた皆様への、せめてもの恩返しとなりましょう」
先頭にいた三十人は泣きながら前に進み出た。遅れてその後ろの二十人も続いた。
「そんなっ、それじゃぁ……」
裏切った意味も、命乞いの意味もないじゃないか。そう言葉をこぼしかけた男たちもいた。
最後方の日和見者たちは、仲間の言葉に驚愕し顔を青くしていた。
ダレクはその様子を、黙って見つめていた。
「立派な覚悟だ。だが……」
そう呟き、ダレクは瞑目した。彼らが盗賊に身を落とした経緯は痛いほど分かる。
本来、罪を受けるべきは、彼らをここまで窮状に追い込んだヒヨリミ子爵とその統治者たちだ。
王国の法に照らせば、盗賊は重罪、街を襲ったとなれば死罪は免れないが、同情の余地もある。
「お前たちが犯した罪は消えない。だが、それを償う機会を与え、お前たちに未来の希望を残す。それを掴めるかどうかはお前たち次第だ。罪を償い真面目に勤めを果たせば、遠くない日に、故郷に、そして家族の元に帰れる日もあろう」
「度重なるご厚意、ご恩は一生忘れませんっ」
彼らは再び嗚咽を漏らし泣き崩れた。
だが、ダレクの言葉は現実にはならなかった。
彼らをヒヨリミ子爵に引き渡せば、口封じや
この事件のしばらくのち、ヒヨリミ領の村で、盗賊の一味として迫害されていた彼らの家族は、ダレクによって密かに手引きされ、エストの街まで誘われて来たのち、彼に匿われることになる。
その後、元盗賊として罪を償っていた彼らは、エストの街で思いがけず家族と再会する機会が、ダレクの計らいで用意された。お互いに新しい故郷、エストール領の民として。
彼らは共に涙を流し、再会を、そして家族の無事を喜び抱き合った。
何年かのち、グリフォニア帝国との戦いで、窮地に陥ったダレクを、自らの命を盾に護った兵士たちがいた。彼らは、圧倒的な敵の攻勢に対し、その身を挺して立ちはだかり、深手を負っても全くたじろぐこともなく勇戦したという。力尽き倒れた仲間に代わり、次々と矢面に立ち、死兵となって鬼気迫る戦いを繰り広げ、ひとり、そしてまたひとりと力尽きていった。
「もういかん、後は……、頼む」
「やっと、ご恩が、返せましたか……」
「これで家族にも、胸を、張って……」
「ありがとう、ございました……」
彼らは一様に、満足げに笑みを浮かべながら散っていった。
それはダレクが匿い、密かに救った元農民の盗賊たち、彼らの未来の姿であった。