くそっ! それなら前々から思っていた、言いたいことを全部言ってやる!
「改めて父上、エストールの地は今回の災厄を無事回避でき、幸運にも恵まれたと思っています。ここ数年の間、それまで以上の発展と繁栄を成し遂げ、領地と領民には力が蓄えられてきました。また、先日のサザンゲートの戦いでは武威を示し、得た戦果も非常に大きかったと考えています。今やその力は、男爵領の域を遥かに超え、いち男爵領として無視できない存在となっています」
そう、俺がいろいろやらかす前から、ソリス男爵家は子爵級といわれるほどの経済力があった。辺境に位置するため、領土は広大で未開の地も多く、魔境に隣接していることなどにより、正直、活用できない土地もあるが、広さだけなら中央の伯爵領に近い広大な領土を抱えているぐらいだ。
「しかしながら、無礼を承知で申し上げれば、辺境のいち男爵領であり、大勢には逆らえません。人口は未だに男爵の域を出ず、持てる兵力にも限りがあり、その牙はまだまだ小さいといえます。成長し続ける豊かな男爵領と、商売上手な現当主、内政に抜きんでた妻、武勇の誉ある次期当主。これでは周囲の敵も味方も益々警戒し、この先、思わぬ所で足を取られかねません」
ここまで話して一息ついた。この程度の現状分析なら、この場にいる者全員ができている話だ。
「私としては、対外的な部分でまだ危うく、予断のならない状態が続いていると認識しています。前回の戦役が、帝国の皇位継承権争いに絡んでいる以上、この先まだ続きがあると考えています。第一皇子側は、このまま収まるはずもなく、第三皇子側の意図も見えず、全く油断ができません。そして次がある時、矢面に立たされるのは我々です。前回はたまたま、策が功を奏しただけです。次は恐らく、同じ手は通用しないでしょう。現状で我々は、千騎程度の鉄騎兵さえ、まともに対峙すれば壊滅的被害を受けてしまう、まだそんな程度ですから」
そう、ヒヨリミ領に災害援助で向かう途上、俺は歴史の逆襲について考えていた。
確かに、帝国のゴート辺境伯は先の戦いで壊滅的被害を受けたが、それで俺たちが安泰となる訳でもない。より巨大な敵が、より多くの兵を率いて三年後にはやって来ることになるだろう。
きっと歴史という得体のしれないものは、俺が改変した内容に対して、負の利息を付けて修正をかけてくるだろう。確信に近い思いで、俺はそう予測している。
「父上は近い未来の危機に備え、せめてゴーマン子爵級、できればキリアス子爵級の陣容を整え、帝国と相対する覚悟と準備が必要となります。今は力を蓄え、牙を研ぐことです。そのためには、父上が今の実力と相応の立場になることが必要です。それにより経済と兵力の強化を急ぐのです。今はそのために動く時期だと考えています。父上にはまず子爵となる覚悟を決めていただきます。そうなれば、家格に合わせるために大手を振って、兵力増強や領民募集が可能になりますよね? そのことについて、ハストブルグ辺境伯を通じて働きかけをお願いすることが先決と思います」
「んなっ!」
思いもよらぬ俺の反撃に父は絶句した。
辺境の男爵である限界、それは今後のソリス男爵家で大きな足枷となっていくだろう。
それを俺はずっと以前から考えていた。
「ハストブルグ辺境伯からも、子爵への昇爵について内示はあるのですよね?」
これは根拠のないカマかけだった。ただ、飢饉の際の隣領支援、サザンゲート殲滅戦の戦功、今回の救援部隊派遣など、大義名分たる功績は既に十分に積んでいる。
さらに一息おいて、敢えてゆっくり、力強く続けた。ここからが、俺にとっては一番の本題だ。
「戦力の強化に並行して、魔法士の確保を更に進め、同時に可能な限り秘匿することも必要です。戦場にて窮地に対する逆転の一手となる戦力として、ソリス魔法兵団の創設を強くお勧めします。父上! この任を私に一任してくれませんか? 魔法兵団を私に預けていただけないでしょうか? 必ずや、戦場で戦局を変えうる力を、その存在感を発揮させていただきます」
「くっ……」
父は何かを言いたそうだが、言葉に詰まっているようだ。
ですが父上、まだこの先もありますからね!
「魔法士の運用、有効な戦術を編み出す相談役として、ヴァイス団長を迎えて魔法兵団を強化し、戦力化してご覧に入れます。この件で、傭兵団、ヴァイス団長に協力を依頼する許可をください。そして、魔法兵団を秘匿する拠点として、男爵領の南の護りとして、傭兵団の駐留地でもある地、テイグーンとその一帯の統治を、何卒、私にお任せいただきたく……」
「タクヒール、お前だけずるいぞっ!」
ここで兄が突っ込んできた。
「ダレク兄さまは男爵家の次期当主です。我々の上に立つ立場であり、つい先日、ソリス鉄騎兵団の団長になったばかりではないですか?」
兄は、ヴァイスさんに師事してから、剣術の腕前は既に達人クラスに、騎乗の能力も上がり軍略にも通じてきている。既にソリス男爵家では、父を含め三人しかいない剣豪クラスを除き、最上位のレベルになっている。そして、今後も更に伸びること、一軍を指揮させれば、とんでもない力を発揮する将才のあること、これらを俺は事実として知っている。
「以上が父上の『問』に対して、私が考えている『解』となります。父上のご存念や如何に!」
ここまで言って、俺は思いっきり悪い笑顔になった。
「……」
父は沈黙してしまった。
「ふふふ、どうやら完全に貴方の負けですわね。今度は貴方自身が、智者の提言を受け入れる度量があるかどうか、息子から試されている時ですわよ」
母が笑って話していた。そう、俺が一番敵にできないのはもちろん母だ。
自分から言い出したことに、父は頭を抱えていた。
俺がなかなか言い出せなかったことを、偶然にも父の悪戯心から、言い放つ機会をもらえた。
俺は少し嬉しくなり調子に乗って、ずっと前から考えていた未来のための作戦を披露した。
できればこのまま、父から言質を取っておきたい。
「採るべき点は多々あると思われる、が、しかしだ……」
「あ・な・た!」
「献策に対し、できうる所から実施……、しようと思うが……」
「そ・れ・で?」
「魔法士含め魔法兵団は、やはり私が……」
ピキッという、聞こえないはずの何か割れるような、恐怖を伴う音がしたような気がした。
それと同時に、母の笑顔が凍り付き、母の周囲からどす黒い霧のようなものが……。
「ひっ!」
父は思わず、短い悲鳴のような声を上げた。
「ま……、魔法兵団に関わること、テイグーン一帯の代官として……、正式に認める」
「だ・れ・を?」
「本件、す……、全てタクヒールの提言を認めるものとし、魔法士及び魔法兵団を一任する……、それに関わり、テイグーン一帯をタクヒールに全て任せること……、と、する」
「よくできました♡」
母はこの日一番の笑顔で笑った。
俺は母に深く感謝した。言いようのない恐怖と共に。