第三十一話 ソリス男爵家の勇と智(カイル歴五〇三年 十歳)
『ソリス男爵家に過ぎたるもの二つあり、勇のダレクに智のタクヒール』
石田三成かよっ! 俺は思わずそんなツッコミを入れてしまった。
兄が島左近で俺が佐和山の城か……。まぁ、ダレク兄さんなら島左近に匹敵するけど……。
元々俺は、領内では五歳の時点で既にソリス家の神童……、そんな恥ずかしい呼称を付けられ、人の噂に上がっていたが、それはあくまでもエストール領内の限られた人たちの中でだけだった。
ところが今回の災害派遣で、それに尾ひれが付き、変な方向で他領にまで広まってしまった。
「なんでもあのお方は、自分のところも災害で混乱しているなか、号令を発して災害派遣部隊を編成するや、民を救うため真っ先にヒヨリミ領に飛び出していったって聞いたぜ」
この行動が評価を受けたことは、かなり噂に尾ひれが付いてしまった気がする。
だって救援部隊は、エストール領内の災害対応で事前に編成していたもので、ただ派遣先を隣領に変更しただけに過ぎないし、そもそも当時のエストール領は、混乱すらしていなかった。
「いやいや、災害現場では強面の傭兵たちをまるで手足の如く使い、女子供も含め、軍の輜重部隊みたいに一糸乱れず従っていたそうだ。その子供は、一軍を率いる将のようだったらしいぜ」
これも実際には誇張だ。俺は傭兵団を手足のようになんか使っていない。
先のサザンゲートの戦いにて、近隣まで名を轟かせた双頭の鷹傭兵団も、団長自らが常に俺の傍らにいて、色々とお願いを聞いてくれていただけだし、実行委員のメンバーはいつもの指揮系統に従い、炊き出しなど手慣れた作業を行っていただけだ。組織は既に出来上がっていたに過ぎない。
「それによ、食料だって不思議な物を用意していたって聞いたぜ。水を入れて火にくべるだけだ。それだけで美味い料理が出来上がるって、まるで魔法みたいじゃねえか? ただ家畜の餌だった蕪ですら、あの子供の手にかかれば美味しく食べられちまうんだぜ。不思議なことだと思わねぇか? あの子供、十歳になる前からそんな物を作り、災厄に備えるよう考えていたらしいぜ」
それは正しくもあり、正しくもない。
美味しく食べることができたのは、レシピを開発したゲイルさんの腕であり、俺は何もしてない。ただ、蕪を育ててもらうために、俺はゲイルさんのレシピ通りに調理法の実演をしただけだ。
まぁ、おみくじ乾麺のキットは俺のオリジナルだけど……。
「いやいや、一番凄いことは今回の洪水を予期していたらしいぜ。だからエストール領だけは被害が少なかったってことだ。俺の仲間に救援部隊の人から直接聞いた奴がいるから、嘘じゃねぇよ。なんでも、これまでも過去に読んだ本から、未来の災厄を予知してきたらしいぜ。凄くねぇか? 今回も事前に災厄に対する準備を進め、近隣の領主たちにも予め警告を出していたらしい」
「そりゃ……、凄ぇな。うちの領主なんかと大違いじゃねぇか! ってか、事前に聞いていたのなら、何故何もしなかったんだよ! 税は重いし、何もしない……。能無し領主から逃げ出すか?」
……、これはあくまでも噂だ。誰だ、そんなことを言ったのは!
これじゃあまるで神童じゃないか。変に目立つことはしないよう気を付けていたのに……。
まぁ、救援部隊に参加してくれた元難民たちや、クレアを通じて受付所や実行委員として、俺が拾い上げた(採用した)人達から感謝されているのは知っているし、その話を周りに話しているのも知っている。特に、元ゴーマン子爵領から流れてきた難民たちとか、涙を流して喜んでいたし。
「いやいや、もっと驚くことがあるぜ。そんな神童さまが自ら泥まみれになって、平民に交じって働いていたらしいぞ? 貴族さまだぞ? そんなこと、他の領地じゃあ聞いたことがねぇ」
これは……、言い訳のしようがありません。はい、貴族らしくなくてごめんなさい。
昔はアンにもよく怒られた。でも、今回はアンも何も言わず、むしろ笑って俺と一緒に泥まみれになっていた気がする。最近は両親ですら俺の奇行に文句を言わなくなっているし……、何故だ?
被災地のこのような声が、各地に広まり、この恥ずかしい二つ名に繋がってしまったようだ。
ただ今回、嬉しいこともあった。
お蔵入りになっていた、おみくじ乾麺が、今回、大いに役に立ったことだ。
発想自体は良かったが、水分の多い青竹では保存に問題があったし、乾燥した竹では火にかけると燃えてしまって中身が出てしまう。そんな企画倒れで終わっていた商品だった。
だが今回、救援物資として長期保存の必要もなかったため、持参する物資の中におみくじ乾麺を大量に用意していた。青竹と乾麺、調味料はそれぞれ個別に準備していたので、出発前に中身を詰めて持ち込んでいた。被災現場でも、青竹に詰めた乾麺は水を入れ、火にかけるだけで簡単に調理することができ、食器類を全て流されてしまった被災者にとって、器の代わりにもなった。
調理に鍋も調理場も必要ない。多くの人がそれを受け取り、至る所で火にかけられ、人々の空腹を満たしていった。
他にも、大量に持参していた蕪の種は、どこでも育ち僅か二月後には食料として、茎や葉までが被災者たちの貴重な食材となった。派遣部隊は、ある程度支援体制が整い、ハストブルグ辺境伯からの支援も入った時点で撤収したが、被災者たちに残された蕪は、彼らの感謝の声とともに食卓に上った。救済されたヒヨリミ子爵領の被災者たちは、ソリス男爵に敬意を込めて『蕪男爵さま』と呼び、食事の際は感謝の祈りを行ってから、食事を始めたという。
『蕪男爵さまの恵みに感謝を』
多くの領民たちの祈りは、その後も習慣化し、蕪を使った料理を食するときは、必ずその祈りが捧げられるようになったという。きっと父も涙を流して喜ぶだろう……。
「ゴメンナサイ。ワルギガアッテ、シタワケデワ……、ナイデスヨ」
後日この噂を聞いて頭を抱えていた父の後ろ姿に、俺は心のこもっていない声で詫びた。
◇◇◇
「父上、母上、ヒヨリミ子爵領派遣部隊、誰一人欠けることなく只今帰還しました」
そういって帰着の報告をする俺に、父は鷹揚に答えた。
「此度の救援派遣、大儀であった。其方の働きぶり、先方の家宰からも感謝の書状があり、更に、ハストブルグ辺境伯からもお褒めの言葉を記した文をいただいたぞ」
「恐縮です、いささか出過ぎたことをしてしまい、男爵家の名誉を汚してなければ幸いです」
蕪男爵の二つ名……、余計に広めてしまいましたけど……。
「ところで……」
今度は父が先ほどとは打って変わって、ニヤニヤしながら言葉を続けた。
「洪水に対する対応はひとまずなんとかなったな。この先、智のタクヒール殿はなんとする?」
「父上っ!」
動揺する俺に、母や兄、レイモンドさんまで笑っている。