第二十七話 裏の矢 その四 ソリス魔法兵団の誕生(カイル歴五〇三年 十歳)
最初の定期大会から三か月も経たないうちに、ソリス男爵家当主であるダレンは、次男の予想外の行動に驚愕させられることとなった。
以前彼が気軽に応じた、息子との口約束の重さを改めて思い知り、大きな後悔とともに……。
「タクヒール、また……、なのかっ?」
父は顔を引きつらせながら、大きな声を上げた。
「はい、新たに三名が魔法士としての適性を確認できました。これで累計十名になります」
「いったい、お前という奴は……」
開いた口が塞がらない、半分呆れながらも、少し父は嬉しそうだった。
これまでの短期間に、俺は既に七名の魔法士を父に紹介し、彼らはソリス男爵家お抱えの魔法士として取り立てられていた。
◇一人目と二人目
始まりは三か月前、第一回射撃大会が終わったしばらく後だ。
若年ながらに高い才能を示していた、クリストフとカーリーンについて、俺は両親に作戦の開始を告げた。
「特異な弓の才能を持つ者は風に愛されている者、という話もあります。二人に対して、風魔法士の可能性を確認するため、適性確認儀式を受けさせてみたいと考えています」
そう、父に申し出た。
「そんな都合の良い話が……、まぁ良いだろう。物は試しだ。だがこの先、無駄遣いはするなよ」
俺の言葉を信じるというより、失敗して現実を知るのも勉強だろう、そんな感じで許可された。
そして結果は予定通り、二人は風魔法士としての適性があることが確認された。
「タクヒール! それは誠かっ?」
父は狂喜して喜んだ。それも当然だ。
「はい、ソリス男爵家で初めての魔法士です」
領内で初めての魔法士発見に、父は早速二人を厚遇して男爵家に迎え入れた。
この二人はまだ若く、実戦に出ることは憚られていたが、兄や俺と一緒に学ぶ機会が与えられ、ソリス男爵家家臣として働きながら学べるという、破格の待遇が保証されていた。
「俺が……、男爵様の家臣に? 本当ですか?」
「ありがとうございます。でも、本当に良いのですか?」
二人はあまりの好待遇に、遠慮しつつも、喜んで受け入れてくれた。
大会後しばらく、俺は彼らの仕事ぶりをじっくり観察し、他のスタッフからの評判も聞き、人柄に問題もないとクレアも太鼓判を押していたので、事前に個別面接したあと儀式に臨んでいた。
そして彼らは記念すべき、ソリス男爵家初の魔法士となった。
◇三人目と四人目
俺はその勢いで数日後に、領民の部で上位入賞(二位、八位)した二人に対しても、魔法適性の確認を提案し、彼らに儀式を受けてもらった。実は二人とも俺の中で既にリストアップされていた人材なので、完全な出来レースだったのだが……。
ゲイルとゴルドは、元々エストの街で土木工事を生業とする人足として働き、仕事終わりに毎日射的場に来ては、景品のエール目当てで腕を磨いていた。
実はこの二人を俺は知っていた。だが、もちろん互いに面識はない。今回の世界では……。
前回の歴史で、悲しい別れをした彼らとの、思いもよらぬ再会に俺は涙した。
もちろん、彼らの前では平常を装っていたが。そのためこの二人も為人の確認は不要だった。前回、あんな状況のなか、志願してこの領地を守るため戦い、その命を捧げてくれたのだから……。
彼らは大会の結果を受け、父から弓箭兵として正式に召し抱えられていたが、最初の二人の事例を持ち出して俺が割り込んだ。彼らは今、従軍魔法士としてソリス弓箭兵部隊の一員となり、今後は指揮官クラスになるべく訓練を受けている。
◇五人目
五人目も前回の歴史で俺に関わりのある人物だった。
それだけではない。今回の世界でもいち早く俺の仲間となり、今は欠かせない右腕として活躍してくれている。実際、俺が最初に発見した適性者は彼女だった。身近にいた人物であり、名前と年齢も知っていたし、歴史書で彼女の特性を見出した時は、嬉しさのあまり跳びはねて喜んでいた。
彼女については、根拠も理由付けも無かったため、両親には黙って適性確認を受けさせており、後日に発見した者たちとセットで伝えるつもりだ。
「わ、私にこんな力があったなんて……、信じられません! これで、これでやっと、タクヒールさまのご恩に報いることができますっ!」
クレアは自身に魔法士としての適性があると分かったとき、涙を流して喜んでいた。
「クレアは今までも十分報いてくれているよ。だから、気楽に構えてね。これからも何かが変わる訳でもないけど、仲間として、改めてよろしくね」
俺が最初に彼女を孤児院から採用したこと、それを凄く恩に感じているようだった。
だがもう十分過ぎるほど期待に応え活躍してくれているので、気にしないでほしいなぁ。
孤児院からは、年長者でまとめ役のクレア以外にも、働くことが可能な子供たちを何人も雇用している。仕事を希望する子供たちには清掃や後片付け、比較的年長の者たちは射的大会のスタッフとして正規採用している者もいる。今や射的場や実行委員会の仕事は、彼らにとって貴重な働き口になっているのだ。孤児院には他にも何人か魔法士候補者がおり、簡単なお手伝いなどの一時雇用を含め、射的場や受付所、大会運営に関わる者全てに対して、登録を義務付けている。
エストの街の孤児院は、街の規模に比べかなり大きい。両親が孤児の救済に熱心で、孤児院への支援金も十分に行き渡るよう配慮されていたからだ。近隣の領地にはそういった施設もなく、エストの孤児院には、周辺地域からも孤児が集まり……、いや、引き取られてくる。
今では百人前後の孤児がいるはずだ。
孤児たちは成長すると、少しでも他の子供たちの食い扶持を稼ぐため、中には幼いころから望んで一生懸命働こうとする者もいる。だが、彼らが働ける場所は限られており、しかも賃金は安い。
そういう事情もあって、俺の取り組みでは彼らを積極的に雇用している。魔法士の確保という目的以外でも、弱者救済を積極的に進めたい俺の思惑に、父も母も積極的に支援を表明してくれており、資金面でも援助してくれている。孤児たちにとっては、真っ当なお仕事、俺が用意したような好待遇かつ厚待遇な定職など、まず他にはない。彼らを積極的に採用し続けていることが、クレアだけでなく、多くの孤児たちからも感謝されることに繋がっていた。
◇六人目と七人目
六人目はエランだ。彼も射的場を通じて、実行委員の補佐として当初から囲い込んでいた。
「本当に、本当に僕にお仕事をいただけるのですか?」
初めて声を掛けた時、俺の申し出が信じられない、そんな感じで少し怪訝な顔をしながら、聞き返した顔が印象的だった。彼はエストの街の貧民街出身で、少しでも家族の食べ物や食費を得るため、景品目的で毎日飽きることなく、射的場に通って来ていた。そんな彼は、定期大会の実行委員補佐という思いがけない幸運で得た仕事を真面目にこなし、懸命に走り回った。
「エラン、そんなに根を詰めなくて良いよ! そろそろ帰ろう」
「あ、タクヒールさま、ありがとうございます。もう少ししたら帰ります」
「頑張ってくれるのは嬉しいけど、程々にねっ」
「はい、僕、お仕事をいただけていることが、いつも嬉しくてつい……」
こんなやり取りも、エランと俺の間ではお決まりの会話だった。
毎日遅くまで頑張るエランに、気分転換も兼ねてエストの街の郊外に同行してもらった。その日俺が行く、近隣で行われている治水工事視察のお供として。
現地に着くと、そこでは洪水に備えた治水工事のため、数百人の兵士や人足が汗まみれになって働いている傍らで、地魔法士が大地を削っており、その様子をエランは興味深く見つめていた。
「エラン、工事をすごく一生懸命に見ているけど、何か思う所でもあるかい?」
俺はこの時ばかりと、彼に質問を投げかけた。
「この堤、オルグ川の氾濫を防ぐための堤防工事、そう思ったのですが、間違いないでしょうか? そうだとすると、これでは足らない……、いや危ない、そう僕は思います」
エランは即座に思っていることを話した。
「君はどうしてそう思ったのかね?」
横からレイモンドさんが優しい言葉で入ってきた。
「このままだと……、水が逃げません! 単に周りを削って土を盛るよりも、水の逃げ道を作り、
そこの周りに掘った土で堤をつくるべきです」
普通なら家宰に声を掛けられた時点で、彼は恐縮かつ緊張して、恐らく何も答えられなかったことだろう。だが、工事のことについては、不思議なぐらい堂々として自身の意見を述べていた。
「タクヒールさま、暫く彼をお借りしてもよろしいですか?」
「はい、レイモンドさんにエランをお預けします」
全く事前知識がない彼が、堂々と述べた意見に感じるものがあったのだろう。レイモンドさんは地魔法士に彼を引き合わせ、何と彼の意見を今進めている工事に採用した。地魔法士側も、地形を正確に読み、適切な提案ができるエランに対し、驚きながらも、彼の意見が価値のあるものとして評価してくれていた。
その後エランは本当に暫く、数週間ほど帰って来なかった。その地域の工事が終わった後も……。
こんな経緯もあり、エランの適性確認は簡単に許可が下りた。
「エランと同様に、兆候がある者が数名いるので、ついでに儀式を受けさせ確認しますね」
俺はこの機会に、『ついでに〇〇もいかがですか?』作戦を実行した。
その結果、エランとメアリー、この二人には地魔法士としての適性が確認できた。
メアリーは、マーズの町の射的場で受付として働いていたのを発見し、すぐに囲い込んでいた。
もちろん彼女の場合、儀式を受けるための
敢えて理由を求められれば、エランのついで、たまたま一緒に居たから、その程度でしかない。
歴史書の記載によると、彼女はマーズの町出身で今年が没年になっていた。これは恐らく、前回の歴史では彼女が、洪水の犠牲となってしまっていたことを示唆している。
だが、今回の世界は違う。彼女は地魔法士として、町を守る側になったのだ。
そこにクレアも今回発見したことにして、抱き合せで一気に三名を確保した旨の報告を上げた。
彼らを両親に紹介した時、一番喜んでくれたのは母だった。
「今、一番大事な時に貴方は……、タクヒール、本当にありがとう」
母は何かを言いたげだったが、言葉を飲んでそっと俺を抱きしめてくれた。
その瞳には、喜びに溢れた感謝の涙が浮かんでいた。
「少しでもお役に立てたのであれば、とても嬉しいです。これより先、エランとメアリーは母上にお預けしますね。彼らが地魔法士として、今後も活躍できるように育ててあげてください」
本来、工事に携わる地魔法士の手配については、母の実家、コーネル男爵家頼みだった。
だが、ゴーマン子爵家からの派遣要望もあったため、コーネル男爵は非常に苦しい立場にいた。元々数の限られた魔法士を、片方だけに派遣するわけにも行かず、とは言え、両家の要望に従うと数が足りない。公平にどちらにも数を減らして派遣すれば、両方から不満に思われてしまう。
こんな状態に陥ったため、コーネル男爵は姉である母に泣きついていたのだ。その結果、ソリス男爵家では地魔法士の数が足らず、工事の進捗が遅れた。このことを、母は殊更憂いていた。自分の実家が板挟みになっていることに、ひとり心を痛めていたが、二人の地魔法士が新たに獲得できた今となっては、実家の顔も立ち、此方も工事が進む目処も立つため、母は凄く喜んでいた。
エランとメアリーの参入により、数か月経過したころには、遅れていた土木工事も一気に進み、工事の進捗は一気に予定を巻き返すところまで至った。
同時に母は、エランやメアリー、それ以外にもクリストフやカーリーン、クレアの世話や教育など、仕事以外の面倒も親身になって見てくれており、実の子供のように可愛がってくれていた。
このような経緯で、ここまで七人を全員的中させ、新たに男爵家に仕えてもらうことができた。
既に父から貰った
「今後は候補者が見つかれば、此方の責任で進めても構わないですか?」
もう父から『無駄遣い……』という言葉は出てこない。
「もう、そろそろ……」
「貴方のお陰で非常に助かっています。これからも、思うようになさい」
何か言葉を言いかけていた父を、母が横から別の言葉で上書きした。
そんな父を見て少しだけ心が痛んだが、結局、俺はそれを完全にスルーし、母の言葉に従った。父はまだふんだんに資金を持っている、そんな裏付けもあったし、なにより未来の男爵家を救う、そのための必要経費だ。この先もっともっと、資金は必要になってくるのだから……。
◇八人目、九人目、十人目
ちょっと最初に飛ばし過ぎて調子に乗ってしまったが、そろそろ警戒しなくてはならない。
あまりにも的中率が高すぎると怪しまれるので、その次からわざと失敗も交えることにした。
「みんな、一度目は練習だから、好きな属性を選んでほしい」
俺は悪戯をする子供の顔で、目の前の三人に語り掛けた。
「いやそれは、もったいなくて……」
「練習だなんて……、そんなこと」
「あの……、本当に良いのですか?」
躊躇する三人に対し、俺は説明した。
「実はね、これまで上手く行きすぎて、このまま十連続で成功なんてしたら、ちょっと周りの目が厳しくなるんだよね……。正直に言うと、三人には魔法士としての適性があると思っているんだ。根拠のない確信だけど……、周りの目を少しでも誤魔化すため、失敗事例も作りたいんだよね」
うん……、正直に話したけど、自分自身が物凄く怪しい話をしている自覚はあった。
それは三人の表情を見ていてもよく分かった。でも強引に押し込むしかない。
「サシャ、ローザ、バルト、
「わかりました! では、あたしは水魔法士を選びます!」
え……? よりによって何でまたそれを? まぁ一人ぐらいいいか……。
「サシャは本当にそれでいいんだね?」
「はい! それしか考えていませんでした!」
仕方ない、あとの二人で失敗事例を作ればよいことだ。
「では私は、聖魔法士でお願いします!」
いや……、それは今、選んでほしくなかったんだけど、どうしてまた?
「ローザは本当にそれでいいの? 練習だよ?」
「はい、施療院で働く者にとって、それ以外の選択なんてあり得ませんから」
笑顔で断言する彼女に、俺は何も言えなくなった。
この時点で俺は『自由に選んで』と言った自分の迂闊さを呪った。
「僕は……」
バルト、頼む! 今は君だけが頼りだ。悩むバルトを前に俺は祈った。
「クレア姉さんと同じ、火魔法士がいいです!」
ありがとう、バルト。君を友と呼ばせてもらおう。
「わかったよ、じゃあ、それで始めるね」
当初の目論見では、三連敗したのち三連勝する予定だったが、無情にも結果は二勝一敗だった。
女性たちは、強く望んだ属性の魔法士になれ、嬉しさのあまり歓喜の声を上げている。
うん、バルト、落ち込まなくていいよ。君の選択は正しかったのだから。ありがとう!
俺は一人だけ外れを選んでしまい、しょげるバルトをなだめつつ、再び儀式に臨ませた。
そしてバルトも晴れて、時空魔法士としての適性が確認できた。
最後は三人で手を取り合って喜ぶ姿を見て、俺は少しだけ困惑していた。
「いや……、通算成績十勝一敗って、これは十分怪しすぎるよなぁ……、この先どうしようか?」
驚く教会の神父の傍らで、俺は小さく呟いた。
水魔法士となったサシャは、元々難民だった。
エストール領の中で最果ての村に住み、三年前の干ばつでは耕作地が全滅したため、難民として家族と共にエストの街に流れ着いていた。難民の自立支援策の一環として、彼女は受付所で働き、それ以降も継続してクレアの指揮下で仕事をしてもらっている。
そっか……、干ばつが原因で故郷を去ったのなら、彼女にとって水魔法は必須の選択だよな。
聖魔法士となったローザは、エストの街の施療院で働いていた。
施療院とは、誰でも無料で治療が受けられる病院のようなものだ。この世界でも医者はいるが、そもそも数も少ないうえに治療費が高額となるため、一般の人間が医師にかかることはまずない。そのため、施療院は教会と連携した医療機関として、無償で治療を行い、薬代のみ有料となる。
この施療院は領主からの支援や寄付で運営されており、戦時には看護兵を供出する役割をもつ。俺は大会の際、万が一の怪我や負傷に備える、そういう理由を付けて彼女をずっと確保していた。
そりゃ……、彼女も仕事柄、聖魔法士一択になるよな。今度は事前に背景もちゃんと調べよう。
時空魔法士となったバルトは、クレアと同じ孤児院出身だ。
孤児たちのまとめ役である年長のクレアに対し、彼は面倒見の良い兄貴分として孤児達から慕われており、クレアと人気を二分していた。バルト自身は、クレアを姉のように慕っているが……。
バルトもクレア経由で採用したのち、定期大会の実行委員補佐として、事前に囲い込んでいた。
こうして彼ら三人も、新しい世界にその一歩を踏み出した。
父に無事十人を発見、囲い込んだことを報告した流れに繋がる。
「もう勝手にやってよい」
悲鳴のように声を出し、諦めた父は苦笑いした。ソリス家は短期間に、これまで一人も居なかった魔法士を、一気に十名も抱えることになった。ただ、変な疑惑や流言飛語を防ぐ必要もあった。
あらぬ脅威として誤解されると面倒だったので、魔法士の件は、非公開情報として秘匿された。従軍魔法士として軍に所属しているゲイル、ゴルドの立ち位置は少し微妙だったが……。
この二人以外の八名は、男爵家に直接出仕する者として新たに囲い込まれた。名目上は母や兄、俺、妹を世話する従者として、実際にはこれまで通り、射的場の運営や定期大会実行委員の一員として、まずは目先の業務に従事してもらっている。
これが後に、ソリス弓箭兵団、ソリス鉄騎兵団と並び、ソリス三兵団として称され、敵にとって最も恐れられる存在として、味方にとっては躍進につながる尖兵として、名を馳せることになる、ソリス魔法兵団の始まりである。