「お役に立てず申し訳ありません。家宰にも確認しましたが、これ以上の情報はないようです」

「あ、ごめん。アンを責めている訳じゃないんだ」

恐縮する彼女に八つ当たりを謝罪し、自身が迂闊だったことを思い知った。

俺はこの世界に戸籍制度が無いことを恨めしく思い、ニシダの常識で動いていたことを恥じた。

「やっぱり……、簡単な一発逆転なんて……、ないよね」

最初の大喜びで一気に跳ね上がった気持ちは、反動でマイナス域まで急降下していった。


例えば歴史書の領民一覧に、地魔法の適性を持つ◯◯村在住のメアリーという人がいたとする。彼女が税金を払う一家の戸長であれば、行政府に〇〇村のメアリーと名前を記載した資料がある。

但し、年齢の記載が無く、同名の他人でも区別がつかず、戸長でなければ、それ以外の家族は、妻一名娘二名、といった記載しかない。

そのため、〇〇村のメアリーが戸長でなかった場合は、行政府の資料では調べようが無いのだ。◯◯村に人を派遣し、メアリーという名で年齢が合致する人を、虱潰しに調べあげるしかない。ただ、そこに同名で同じ年齢の人がいる可能性もありえる。

更に問題を複雑にしているのが、住まいや年齢は今から十年後、カイル歴五一三年時点での情報であり、今現在、該当するメアリーが◯◯村に住んでいないことも十分にあり得る。


言ってみれば歴史書の記載情報はこんな感じだ。


◇氏名  メアリー

居住地 マーズ

年齢  十四歳(カイル歴五〇三年没)

特性  地魔法士


◇氏名  メアリー

居住地 エスト

年齢  十八歳(カイル歴五一三年)

特性  鍛冶職人


◇氏名  メアリー

居住地 エール

年齢  二十四歳(カイル歴五一三年)

特性  風魔法士


◇氏名  メアリー

居住地 エスト

年齢  三十二歳(カイル歴五一三年)

特性  剣士(剣豪)


仮に三番目の、カイル歴五一三年時点でエールの村に住むメアリーを探したくても、現時点では十四歳であり、二十四歳ではエール在住であっても、今の時点でエールに居るとは限らない。

今時点の情報が分からないこと、そして、既に俺が歴史を変えてしまっているため、誤差が発生していること、この二点も大きな課題だった。

目的も伝えられず、◯◯村、または近辺に住む十四歳のメアリーという名の娘を、全て探し出してほしいと命じること、この方法は採ることができない。

怪し過ぎるし、これで魔法士をどんどん発見すれば、周囲に余計な疑念を持たれてしまう。

仮に上手く見つけられたとしても、もう一つの課題もある。


これを解決する為、考え出した手段の一つが、射的場であり受付所の登録システムだった。この世界に戸籍がないなら、必要な情報を自ら収集して作ればいい。射的場の景品は俺にとって、より多くの登録者情報を集めるための、いわば撒き餌にしか過ぎない。

定期大会に出なくてもいいから、娯楽として該当する十四歳のメアリーさんが、受付所で登録さえしてくれれば……、少なくとも候補として絞りこむことができる。

同じ名前でかつ、同じ年齢の他人という可能性は残るが、この地道な絞り込みを続ければ、高い確率で該当する候補者を見つけることができるだろう。

そんな考えが元になり、俺は受付所と登録の流れを考案していた。もっとも、難民対応で受付所自体の稼働は、予定した射的場との連動より早くなったが、そこで登録の流れを試していた。


最初に受付所が稼働したとき、俺は並行して、ある面倒くさくて地道な作業に取り掛かった。

毎日ずっと歴史書と睨み合い、魔法適性がある人を片っ端から抽出し、俺が歴史を改変する以前に亡くなった人をまず除外した。次に、残った人の年齢を全て現時点に換算しなおす作業を進め、最後に、居住地別、年齢別に一覧表として作り直すこと。そして日々、この作業に没頭した。

「……」

正直、パソコンとエクセルが欲しかった。

手作業で行うのは大変な作業だったが、まだソートしなおす母数が少なくて助かったといえる。

一旦適性者全員を記載した表を作り、それを一名一名短冊状に切って、再度それを整理して張りなおした。正直、かなり頑張ったと思う。そしてやっと、何とか全ての人名の抽出が完了した。


出てきた候補者の数は、なんと二百名! を超えていた。

「なんだこの数字? 有り得ないんだけど!」

思わず叫んでしまった。

本来、約八千人の人口で、統計的には二人以下しか居ないとされている魔法士。

だが、潜在的に能力が有る者を調べることができれば、二百人も居ることが分かった。

これは凄く嬉しい誤算だったが、やり過ぎると余計な誤解や猜疑さいぎの元となってしまうだろう。

ここからは警戒しながら、そしてもう一つの理由も含め慎重に事を進めていくことにした。

次のステップとして、作成したリストを元に、現時点で十歳以上、子供を含む比較的若い領民を絞り込み、五十人程度のリストが完成した。この時点で俺は、ほぼ燃え尽きてしまった……。

それでも毎日、射的場の受付から上がってきた登録情報を、手持ちのリストと照合する。

そんな苦しい作業を。地道に繰り返した。


因みに最初の一人はもの凄く身近に居た! 俺がよく知る人物で照合する必要すら無かった。

もう一つの課題である心配も皆無だった。これも何かの巡り合わせだったのかも知れない。

見つけた時は、大喜びし過ぎて踊りだし、周りから怪訝な目で見られてしまったが……。


その後も、過去の難民救済や、射的場の運営で雇用していた人員、そして前回の歴史で出会い、悲しい別れをした人物たちと思しき名前も見つかり、この奇縁に喜び、改めて感慨深く思った。

彼ら、彼女らなら、もう一つの課題も無視していい。為人ひととなりはもう十分に知っているのだから……。

ここまで来ると、やっと単純な作業は人任せにすることができた。

といっても、俺の指示に何の疑念もなく取り組み、黙々と作業をこなせる人たち限定だったが。

アンやクレアなど、信頼できる限られた人にしか、依頼することはできなかったが、取り組む人手が増えれば、もちろん発見の効率も上がる。その後も、着々と候補者は見つかった結果、第一弾として十名近くの候補者を割り出すことができた。

ただ、全員を直ちに適性確認の儀式へ進める訳にはいかない。候補者の為人の確認やソリス男爵家への忠誠度、そして、強引でも良いから儀式を受けるための理由付けが必要だった。

最悪の事態、魔法士適性が確認できた途端、他領に売り込みに行かれては目も当てられない。

そう、これが俺の考えていたもう一つの課題だ。


最初の理由付けは定期大会を利用しよう! そう考えた俺は、定期大会の打ち合わせや進捗状況の確認といった名目で、日々、射的場に顔を出しては、心当たりの人物が来るのを待ちわびた。

彼らに直接声を掛けるために。

候補者には、定期大会の運営要員という理由を付け、囲い込みが可能と思えた人員は、どんどん囲い込み、またある者たちには、定期大会の出場を強く勧めた。

魔法士として儀式を受けてもらう理由を無理やりつくるために。