第十六話 前期五大災厄 その四 血塗られた大地① 出陣(カイル歴五〇二年 九歳)
~~~~ソリス男爵領史 滅亡の予兆~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
カイル歴五〇二年、グリフォニア帝国ゴート辺境伯、実りの時期を狙いカイル王国に侵攻する
ハストブルグ辺境伯は周辺貴族軍を率い、国境にてこれを迎撃する
ヒヨリミ子爵軍、大きく崩れ右翼の戦線は崩壊の危機に陥る
最右翼ソリス男爵軍、孤軍となり四割を失うも奮戦し、右翼を支え戦線の崩壊を防ぐ
王国軍、多くの兵を失うも侵攻を防ぎ、帝国軍、多くの兵を討ち意気上がるも侵攻は頓挫する
双方とも大勝利と号すが、国境の地は王国の兵が流した血で濡れ、エストールの民、大いに嘆く
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まだ暑さの厳しい夏の終わりのある日、ハストブルグ辺境伯より早馬がエストに到着した。
『グリフォニア帝国に侵攻の予兆あり。可及的速やかに兵を率いてサザンゲート砦に参集せよ。
サザンゲート砦より南方の国境線、サザンゲート平原にて敵を撃滅する』
とうとう来る時が来た!
父は領内各地より常備軍二百十五名と、兼業兵三百三十五名、総勢五百五十名を召集した。
そして一部を留守部隊として残し、三百六十名と双頭の鷹傭兵団四十名で、総勢四百名を率い出陣、サザンゲート平原への途に就いた。この数、一般の男爵位を持つものに割り当てられた二百名の倍の兵力であり、上位である子爵位の割り当て六百名に及ばずとも、十分に面目を保つことができる人数だ。俺はエストの街を出発する軍勢を、残った家族とともに見送った。
俺は今回、父と共に従軍を希望していたが、もちろん即座に却下された。
「戦場は子供の遊び場ではない!」
「タクヒール、戦場は、あなたのような子供が考えるほど、生易しいものではありません。お父様の言葉に従い、留守を守ることも立派な役目のひとつですよ」
俺は取りつくしまもないほど、両親に否定され、まだ子供の身である自分自身を呪った。
『甘いものではないことを、今回の戦いの厳しさを知っているからこそ、希望しているのに……、まだ子供の身ではなにもできないか……。分かっていても、やっぱりもどかしいな』
言葉にこそ出さなかったが、実際に理由を言える訳でもなく、俺はひとり言葉を飲み込んだ。
まぁ、策の幾つかはヴァイスさんに提案済だし、それについて俺たちで何度も議論しているし、ヴァイスさんがいれば、不覚を取ることもないかな? そう思って今回は諦めることにした。
◇◇◇
ソリス男爵が率いる軍勢がサザンゲート砦に到着したころになると、大まかな敵軍の概要が判明し、ハストブルグ辺境伯陣営にも共有されることとなった。今回の侵攻は、帝国軍の本隊ともいえる皇帝や皇子の率いる部隊は参加しておらず、辺境を担うゴート辺境伯の軍勢が主体であった。
侵攻自体は大きな意味を持たず、グリフォニア帝国内の継承問題、そのとばっちりを受ける形で企図されており、第一皇子派が将来侵攻するための足掛かりとして、国境周辺の敵勢力の撃滅と橋頭保となる砦の獲得、そのあたりを目的としているようだった。
前回の歴史でそう遠くない未来、皇帝となりカイル王国へ侵攻を指示する第三皇子派ではなく、それに対抗する動きとして、第一皇子派が旗下のゴート辺境伯を動かしていた。広大な版図を持つ帝国のなかで、南方の戦線で活躍する第三皇子に対し、今のところは目立った戦果の無い第一皇子派の焦りからうまれた侵攻ともいえた。カイル王国にとっては迷惑なこと極まりない話である。
ハストブルグ辺境伯は、敵軍のおおまかな陣容が判明すると、国境付近まで進出し、カイル王国側の丘陵地帯に陣取り、旗下の諸将はそこに
◇右翼軍 二〇〇〇名
ソリス男爵軍 四〇〇名
コーネル男爵軍 二〇〇名
ヒヨリミ子爵軍 六〇〇名
ゴーマン子爵軍 八〇〇名
◇中央軍 三〇〇〇名
ハストブルグ辺境伯軍 三〇〇〇名
◇左翼軍 一七〇〇名
キリアス子爵軍 一一〇〇名
クライツ男爵軍 二〇〇名
ボールド男爵軍 二〇〇名
ヘラルド男爵軍 二〇〇名
ソリス男爵家の当主であるダレンが率いるソリス男爵軍は、サザンゲートの丘陵地帯で帝国軍を待ち構える布陣として、最右翼の小高い丘の上に展開していた。
「今回の布陣、団長はどう思う?」
ダレンは今回の出兵に際し、参謀役として任じ、彼の傍らに立つヴァイスに問いかけた。
息子たちから彼を参謀にと提案されていたが、ダレン自身、最初からそのつもりであった。
二人は陣を敷いた、戦場となる一帯を見渡せる丘の上に立ち、自軍と敵軍を眺めている。
「そうですね、今回敵軍は我らとほぼ同数の約七千といったところでしょうか。彼らの基本方針は攻勢、故に魚鱗陣を敷き、それを受ける我らは地の利をいかし包囲するため鶴翼の陣形を敷き、右翼、左翼ともに防御に有利な体制を取っております。基本方針は間違いとは言えませんが……、危ういと言わざるを得ませんね」
「というと?」
「我らの願い通り、敵軍が馬鹿正直に正面の平地に展開する、ハストブルグ辺境伯の本陣を狙うとは限りません。味方の各指揮官が防御を優先したため、各々が丘の上に分散して陣取っています。大きな翼は両側の連携が乏しく、彼我の兵力差がないこの状況では、危ういとしか言えません」
ヴァイスの指摘した通り、守備側はゴート辺境伯軍を大きく包み込む形で、陣が敷かれていた。両翼を大きく広げた陣形は、最右翼にソリス、コーネル両男爵軍が展開し、中央に向かいゴーマン子爵軍、ヒヨリミ子爵軍が展開し、中央にはハストブルグ辺境伯軍が重厚な陣を構え、左翼に伸びる片翼はクライツ、ボールド、ヘラルド男爵軍が展開し、最左翼をキリアス子爵軍が担っていた。
「恐らく敵は、両翼のいずれかに各個撃破を仕掛けてくるでしょう。そして分断された我らの軍を破るか、勢いに乗じて中央突破を図る可能性もあります。そうすることにより、中央の側背から辺境伯の本陣を衝くか、退路を遮断したうえで、逆に包囲してくる可能性も大いにあります。それに対し、わが軍は広大な包囲陣を敷いたために、厚みに欠け、かつ一旦戦闘が始まると遊軍ができる可能性があります」
ヴァイスは左隣、ゴーマン子爵が構築した陣地を苦々しく見つめながら言葉を続ける。
「更にわが軍の右翼は連携を欠き、疑心暗鬼となっています。仮に敵が右翼に攻勢を集中すれば、我らは格好の餌となり、右翼の戦線は崩壊する可能性すらあります」
「厄介だな。我々は敵に対しても、味方に対しても警戒しなければならないということか……」
「はい、此度の戦においてそれぞれの子爵たちが、過去の遺恨を晴らすため動くかも知れません。彼らが積極的に動かない、それだけで我々は孤立し、窮地に陥いります」
ダレンも同感だった。敵の攻勢を支えきれず、ゴーマン軍とヒヨリミ軍が後退すれば……。
「確かに……、危ういな」
「そして恐らく、敵もそう思うでしょうね」
ヴァイスは不敵な笑顔で笑った。
「敵軍の主力、ゴート鉄騎兵団は強力であり、彼らもその自信を持っているでしょう。我々がこの突進をまともに受ければ、持ち堪えることは叶わないでしょうね。まぁ、まともに受ければ……、の話ですがね。それこそが我々のつけ入る隙、戦局を変える転機でもあります」
そう言ったヴァイスの顔は、自信に溢れていた。