第十五話 災厄への備え(カイル歴五〇一年 八歳)
今日は兄とともに、エストの街の工房、ゲルドさんのところを訪ねている。
そういえばこの工房、以前と比べると、めちゃくちゃ広くなって人も増えている気がする。
今から三年前、最初に水車の模型制作で通っていた頃と比べると、見習いの弟子たちを含めると人数だけは三倍近くになっているようだ。ソリス男爵家から、正式に新型のエストールボウと改良版のクロスボウが大量発注され、工房内は活気に溢れ、あちらこちらで怒号が飛んでいた。
「これはこれは、坊ちゃん、わざわざのお越しありがとうございます」
本来は厳しい顔つきのゲルド親方が、満面の笑顔でこちらにやって来た。
「皆、坊ちゃんがお越しになったぞ!」
ゲルドさんが一喝すると、全ての職人が手を止めて立ち上がり……。
「チワーッス」
この挨拶含め、何もかもが男くさい……、ってか、ホントに相も変わらず体育会系だ。
「ゲルドさん、お構いなく。そんなに気を使ってもらうと、逆にこちらの気が引けます」
「何を仰います。気にしないでくださいな。ちなみに今日はどういったご用件でしょうか?」
「あ、ちょっとエストールボウの生産状況の見学と、開発品の相談で……」
「おい、カール、ちょっとこっちに来い! 大至急だぁ!」
兄への挨拶もそこそこに、ゲルド親方はカールさんを呼び出した。
「あ、いえ、皆さんの手の空いている時でよいのです。お仕事優先で……」
「いやいや、水車の時も大変お世話になりました。そして今のこれも。全てが坊ちゃんの発案で、私共は仕事を頂けているのですから、気にしないでください」
いつの間にか俺は、この工房でVIP待遇になっていた。
何故かアンは上機嫌だ。誇らしげな顔で俺を見ている。
別室に案内されてから俺は、自分で書いた簡単な、図面と呼ぶにはお粗末な設計図を広げた。
「ちょっとこんなものを作ってみたくて……、でも急ぎではありませんよ。今のエストールボウとクロスボウの制作を最優先でお願いします」
急ぎはしない、今の仕事を最優先してほしいと、重々念を押した。
そして、今回持ってきたもう一つのクロスボウについて説明し、今後の開発を打診した。
それは、個人的に興味があった、諸葛弩弓と呼ばれたクロスボウの一種。史実か後日の創作か、それはさて置き、中国の三国志演義で登場する天才軍師、諸葛孔明がそれまであった兵器を改良して製作し、配備したといわれる弩弓(クロスボウ)を指していたと思う。
今回の相談の目的は、これの試作依頼についてだった。
レバーを引くだけで、自動的に矢が装填され、弦を引き、発射までを一気に行う連射型のクロスボウ。この連射性は半端ないし、仕組みもコンパウンドボウよりは、なんとなくだが覚えている。何本もの矢がセットされているマガジンが、レバーにより前後に動き、弦を引く動作で矢が装填され、レバーを引き切ると発射される。照準を合わせ、ただレバーを引くだけで連射できる代物だ。
ずっと以前、ニシダが三国志をテーマにした映画を見ていたときに興味を持ち、大人気もなく自分も欲しくなったのを覚えている。そして後日、それを真似て玩具の模型を自作している人の動画を見て、凄くワクワクしたものだった。
威力は格段に劣ると思うが、マシンガンとまではいかないまでも、弓でも敵わない連射性を持つこの兵器を、今後のために研究しておいて損はないと思っている。
もちろん、個人的な趣味の部分も大いにあるが……。
図面と口頭の説明でなんとなく、ゲルドさんとカールさんのイメージがついたので、
・これも開発情報は秘匿すること
・開発は既存の発注をこなした後で行うこと
・既存の発注は納品スピードが最優先であること
これらを更にもう一度、繰り返し念を押した。だって……、既に職人さんたち、今現在受注している商品の大量生産より、新しい兵器の開発に目を輝かせているし。
早速取り掛かろうとしていたので、慌てて止めたぐらいだ。
取り急ぎの用件が終わったため、あとは兄と二人で工房を巡って見学した。どうやら生産性、耐久性を高めるため、一部の部品は金属化されているようだ。金属部品はパーツを鍛冶屋に発注し、工房で木の部品に組み込む。木製部分も分業で対応し、大量生産ができるよう工夫されていた。
職人さんたちは、黙々と手を動かし続け、エストールボウとクロスボウを次々と仕上げている。
これでなんとか、来年起こる国境での戦争には、最低限軍用のエストールボウは間に合うかな? そんな感じが見て取れた。
それに加え、再来年の洪水までには、改良版クロスボウもある程度数が揃いそうだ。
そうすれば更に次の矢が放てる。俺はちょっと安心して工房を後にした。
その後、エストールボウの先行量産品が完成し納品されたとき、傭兵団にもしっかり必要数が配備されていた。ヴァイスさんは、兄と俺のプレゼン後に、自ら父に面会して願い出ていたそうだ。
父は俺の提案を前提に、傭兵団との交渉をとりまとめ、優先的に先行配備したらしい。
魔境と呼ばれる大森林に近い傭兵団の駐屯地、テイグーンでは日々魔物を相手に、より実戦的な運用も行われており、使用状況のフィードバックもされているそうだ。
戦場での運用を前提とした三段射ちなどについても、父からの依頼を受け、ヴァイスさんが研究を行い、その後ソリス男爵軍へと伝授されるようになっているとのことだった。俺が提案したとおり、射手、装填手、中継ぎとで役割を分担し、三人一組となり、その中で最も射撃の上手い者を射手にして訓練を行っている。ヴァイスさん曰く、一回で発射できる数は減るが、高い威力で連射可能なこの運用は、非常に使いどころも多いそうだ。傭兵団では、正確性を維持しつつ、どれだけ短い時間で連射できるか、そんなことも取り組んでいるらしい。
父は詳しく話をしてくれないが、俺は剣の修練時に師匠から直接、詳細を逐一聞いている。
ヴァイスさん自身も、この戦法が俺の発案だと知っているようで、事細かく状況を報告してくれるため、正直言って父以上にその経過を知ることとなった。
これなら、来年の秋までにはなんとかなるか?
前回の歴史では、次の戦は辺境伯同士が主導する局地戦であり、その規模は決して大きくない。
それでもソリス男爵軍は四割の兵士を失っている。ソリス男爵領史には、そう記載されている。
この人的ダメージは非常に大きいと思う。
ただ今回は、ソリス男爵軍には敵の主力、鉄騎兵にも十分通じるエストールボウがある。
そして、圧倒的に数を増やした弓箭兵がいる。
更に、人数は少ないながら、前回の歴史では常勝将軍と呼ばれた、ヴァイスさんが率いる双頭の鷹傭兵団も四十名ほどいる。
あれ、そういえばいつの間にか、団員数が増えている? 以前は確か……、三十名だったはず。父と正式に傭兵契約がまとまり、駐屯地も無償提供されたので、改めて団員を増やしたのかな?
もう彼らは初めて見た時の、みすぼらしく今にも倒れそうなフラフラの男たちではない。
誰もが屈強で、精気溢れる男たちだ。
これらに加え、戦場でヒヨリミ子爵軍が崩れること、それを契機に全軍が崩壊することを事前に分かった上で、用心して戦術を構築し用兵を行えば、かなりマシに戦えるのではないかな?
ただ、昨今の様子では、ゴーマン子爵軍もこちらの味方とは思えない懸念もあるので、不安要素を少しでも少なくするためにも、もう一手がほしい。最近はそのことばかりを考え、悩んでいた。
そしてある日、兄の愚痴から思いついた新たな一手、戦局を変える作戦を思いつくに至った。
前回は父に叱られたこともあり、予め父に報告し内諾を得てから、ヴァイスさんを訪ねた。
最近発現した、兄の固有スキルの効果的な運用について相談するためだ。
この作戦、あくまでも初見殺しかも知れないが、切り札としてきっと役に立つはず!
これならグリフォニア帝国の鉄騎兵にも対処できる!
そう考えていた時の俺は、兄から見てぞっとするような不敵な笑みを浮かべていたらしい。