第十三話 五の矢、武装強化(カイル歴五〇一年 八歳)

師事が決ってからというもの、兄と俺は日々、厳しい剣の修練を受けることになった。

「本日の訓練はここまでとする!」

「はいっ! ご教示ありがとうございます!」

「ふぁーい、ありがとうございました~」

エストの街郊外にある傭兵団の臨時練兵所で、本日もなんとか厳しい訓練を乗り切った。

俺と兄は週に一度、ここに通いヴァイスさんから剣の訓練を受けている。

剣の訓練自体は週三回あり、その他の二回はソリス男爵居館の中庭にて行われていた。


訓練が終わっても元気一杯の兄と、毎回ボコボコにされ傷だらけでフラフラの俺……。

俺の場合、剣技については情けないほどダメダメでした。修練を始めて三か月が経っているが、ヴァイスさんの指導は予想以上に厳しく、正に鬼教官だった。それを素直に吸収した兄は、いち早く才能を開花しつつある。兄はこの数か月、ごく短期間のうちに剣士から猛者を超え、既に達人まで上り詰めている。既に大人の一般兵では兄の相手にならない。父も兄の急成長には、目を丸くして驚いていた。やっぱり、良い先生に師事すれば、上達も早いってことかな?

兄とは対照的に、俺は同年代と比べたら剣技は飛びぬけて優秀だが、八歳のなかでは何の自慢にもならない。大人で比較すれば、まだ修行中すら卒業できていなかった。そのため最近は、兄と打ち合っても軽くあしらわれて痛打を浴びるだけだ。うん……、おかしいな。兄と同じ、良い先生に師事しているはずなのだけど……。ちょっと落ち込んだ。


今回の提案は、レイモンドさんが色々話を付けてくれたお陰で、開拓団結成の件、剣術指導の件など、ほぼ全て希望通りに進んでいた。改めて事前に相談して本当に良かったと思う。

テイグーン開拓地は、先ずは開拓村の可能性を探る先遣隊として、現地調査員が派遣されている。この調査員にも難民たちが雇用され、現地で農業実験を行っている。他にも難民出身の人足たちを中心とした、設営要員が開拓村の建設工事を行うべく準備が進んでいる。

開拓村はまず、魔境に出入りする狩人などの後方基地となるべく、宿や商店を建設して、小さいながら町としての機能も持たせることも考えられていた。俺の計画はそれに加えて、ちょっとした外壁を設け、壁の内側では安全に過ごせるような配慮もしたかった。

傭兵団も交代で開拓村に入り、先遣隊と共に受入準備や、町の整備に取りかかっているらしい。

開拓地に関する俺の計画は、着実にその一歩を踏み出していた。

今は先遣隊が中心だが、半年もすれば設営部隊を送り、翌年からは本格的な入植を始める予定が決まっており、そのあたりはレイモンドさんが全体の指揮を執ってくれている。ヴァイスさんは、開拓地での護衛や駐屯地の建設などは副長を中心に任せ、エストの街と開拓地を行き来する傍ら、俺たち兄弟の指導もしてくれている。

ソリス男爵家と傭兵団は、初年度は二年契約、それ以降は一年ごとに双方同意が前提で、契約更新となる形で契約がまとまったらしい。これでなんとか、ヴァイスさんは囲い込めた。

この話を聞いたとき、俺は大きな安堵のため息を漏らしたのは言うまでもない。

ヴァイスさんの一件が落ち着いたので、俺は残る前期五大災厄、その対策を行い、不幸な歴史を改変するために動くこと、そこに気持ちを切り替えていた。

そして今日、エストの街の工房、カールさんから念願の物がついに届いた!

これでやっと、五の矢を放つことができる。


俺が九歳になる来年、国境で行われる戦いで、ソリス男爵軍は孤軍奮闘するも大損害を受け、その力を大きく損なうことになる。それに関する対策と準備は、俺が五歳になる頃から進めていた。だが、その対策となる兵器は、そう簡単には完成しなかった。

工房に出入りし準備を初めてから、足掛け三年、先ずはカギとなる部品作りから始めた。もちろんプロのカールさんの手を借りて。次に、思い描いた形の模型を作り、その模型を元に試行錯誤を繰り返したのち、最後は父からもらった報奨金を使い、ゲルド親方の工房に最終段階の制作を依頼することでやっと完成した。

俺が開発していたのは、射程と威力を格段に強化した弓だった。もちろん、ただの弓ではない。


ひとつ、敵の弓箭兵きゅうせんへいを上回る射程を持ち、敵の射程外から攻撃できるもの。

ひとつ、帝国の鉄騎兵が纏う甲冑かっちゅうの装甲を貫通し、ダメージを与える威力を持つもの。

ひとつ、運用には熟練を必要とせず、ソリス男爵軍の全兵士が使用可能で、効果を持つもの。


これらの命題を満たす弓を開発していた。

もちろんこの世界にも弓はあった。先ずはその弓の素材を改良することから始め、複数の木材を張り合わせた複合弓を作った。それを長射程と威力向上を目的に改善し、工房の職人さんたちの知恵と技術を借り、この世界で入手できる魔物素材なども張り合わせた合成弓として再改良した。

ただ、反発力が強く長射程で威力に秀でた弓は、一般的に強弓と呼ばれ、普通の人の膂力りょりょくでは、引き絞ることさえ大変な代物になってしまう。それを補うため俺は、現代知識のチートを使った。滑車を最初に作っていたのはそのためだった。四つの滑車を組み合わせ、その原理によって負荷を減らし初速を向上させた弓は、コンパウンドボウと呼ばれ二十世紀にアメリカで考案された物だ。

そしてその弓を台座に据えることで、扱いやすさと命中精度を向上させ、短期間の訓練で誰もが取り扱えるようにした。いわば、合成弓(複合弓)とコンパウンドボウの要素を備えた、クロスボウを開発していたのだ。


調べてみると、元々この世界にも、クロスボウは存在しているらしい。

カイル王国でも、少ないながら使用されていた例もあるらしいが、連射性や運用目的が合わなかったのか、実際に兵器として活用された事例は少ない。

クロスボウにも一長一短があるのは承知の上で、それは史実のなかでも証明されている。

ニシダの知る歴史知識にもそれはあった。中国やヨーロッパで盛んに運用されていたクロスボウは、日本にも渡来していたものの、鉄砲とは違い、時の権力者たちから重用されなかった。

和弓や鉄砲の存在により、クロスボウは歴史のなかで消えていった事例と似ている気がする。

ヨーロッパの百年戦争でも、ロングボウ(長弓)装備のイングランド兵が、クロスボウを装備したフランス軍傭兵部隊を徹底的に破り、目覚ましい戦果をあげた史実もある。


カイル王国でも、速射性能に勝る弓矢が用いられており、それを専門の弓箭兵が運用している。ただ、それについては課題もある。弓は長期間の訓練による習熟と熟練が必要で、個人の技量差が顕著に表れ、常に訓練を継続することが必要な兵器であり、運用する兵士は専門職に近いことだ。

ソリス男爵家の兵士は、常備兵と兼業兵で成り立っており、現実問題として、兵士の中で兼業兵の占める割合が多い。兼業兵の場合、平素は別の仕事に就いており、定期的に軍事訓練に参加している。そして戦時には兵士として招集され、従軍することになる。

そのため、猟師など常日頃から弓を使っている者を除けば、大多数の兼業兵の技量は高くない。制圧射撃として数だけ揃えて放つ……、そんな感じだ。

ところが、弓と比べてクロスボウは、習熟も簡単で日頃の訓練や熟練の必要もなく、兼業の兵士でも、ある程度の精度で射撃が可能というメリットがある。

ただ、持ち運びに重量が増えかさ張ること、その威力や射程距離、連射性に劣る欠点があった。そういった理由で、拠点兵器、攻城兵器として大型のクロスボウ、バリスタと呼ばれるものは、今でも運用されているようだが、クロスボウは兵器として重宝されていなかった。


俺が五歳の時から研究していた板バネは、馬車のサスペンションとなる金属板バネを作成する、そんな目的ではなく、この世界の素材を使った、合成弓を作ることを目的としていた。

板バネの発想から、職人たちの知識と技術を借りて、先ずは木材を張り合わせた複合弓を作り、次の段階として、その複合弓に魔物の素材や金属類を材料に加え、合成弓に進化させていった。

それを使ってクロスボウの模型を作り、更に次の段階の研究を進めていた。

クロスボウに取り付ける滑車は、カールさんにイメージを伝え、空いている時間に大小幾つかのものを作ってもらった。だが、ここから先が難題だった。コンパウンドボウにするために、滑車のサイズや組み合わせ、比率、取り付け位置や弦の掛け方など、もう分からないことばかりだった。

そこでまた、カールさんの力を借りて、大小二個の滑車を両端に付けた合成弓を、クロスボウの台座に組付けた研究用の試作品を作った。そこから実験と研究の長い戦いが始まった。

工房の方は、その直後に領主から水車などの大量発注があったため、親方はじめ職人たちはその製作に忙殺されており、俺の作っていた変な弓のことなど、ずっと忘れ去られていた。

俺はその日から研究用の試作品を持ち帰り、数年間にわたる孤独な闘いをひたすら繰り返した。

昔ニシダが動画サイトで見た、クロスボウの弦のかけ方を思い出しては試す、滑車の大きさや、取り付け位置を何度も変えてみる、そんな試行錯誤を延々と繰り返して悪戦苦闘していた。

そしてやっと、もちろん正解かどうかは分からないが、比較的小さな力でも弓を強く曲げることが可能となる、弦の取り付け位置や掛け方、それぞれの滑車の大きさとその組み合わせ、取り付け位置などに辿り着くことができた。正直この研究だけで一年以上を費やし、半分気持ちが折れそうだった。いや、家族と領地を守るという強い思いがなければ、とっくに諦めていただろう。

最終段階として、父から金貨が手に入った時点でその全てを投資し、完成した試作品を工房に持ち込み、正式に改良と開発を発注した。カールさんの職人技による発想と改良で素材も改善され、より効率的な滑車の配置、サイズなども改善された試作品が、そんな経緯でやっとできあがった。

廉価版で滑車のない複合弓を据え付けたものと、高級品で滑車を付け、弓も威力の強い合成弓を据え付けたもの、この二種類が完成し、俺の手元に届いた。


それがつい昨日の話だ。

中世ヨーロッパの、ボルトと呼ばれる太く短い矢を使う物とは異なり、一般の矢に近い物を使うそれは、ただ見ているだけでは我慢できなくなった。近くの空き地でアンに弦を引いてもらい、何度か試射を行ったが、その威力は絶大だった。一般的なクロスボウと比較しても、廉価版も高級品も、遥かに威力と射程に優れたものに仕上がっていた。

俺は長年の努力が報われ、欲しかった玩具を与えられた子供のように、はしゃいでいた。

開発にあたりレイモンドさんを通じ、親方やカールさんに対しては、この新型クロスボウの情報を徹底して秘匿してもらうよう、お願いもしていた。

全ての準備は整った!


「師匠、今日はちょっと見てもらいたいものがあって、ご意見をいただけますか?」

翌日にあった剣の修練に、俺は五の矢となる、高級品の新型クロスボウを持って参加していた。

これこそ、次の矢(作戦)として、名実ともに相応しいものだ。

俺が取り出した新型クロスボウを見て、ヴァイスさんは不思議な顔をしていた。

「ほう? 変わった形のクロスボウですね」

カイル王国では殆ど使われていないクロスボウを、ヴァイスさんは知っていた。訝しげにクロスボウを見つめている様子から、彼は恐らくクロスボウの利点も欠点も知っているのだろう。

「はい、本に書いてあった内容を色々組み合わせて作った模型を、職人さんに改良してもらい形にしてみました。試しに撃ってもらえませんか? ヴァイスさんの感想が聞きたくて……」

ヴァイスさんは俺から手渡された新型クロスボウを持ち、興味深げに見つめてから、事前に的として用意した金属板に向かって構えを取った。

次の瞬間……。

凄まじい初速で発射された矢は、空気を切り裂くように飛び、金属の的を容易く貫通していた。

「こっ、これはっ……」

ヴァイスさんは絶句しながら茫然としたあと、的に向かって勢いよく駆けていったかと思うと、今度は猛ダッシュでこちらに戻ってきた。

「坊ちゃん、同じものがあれば、是非譲ってください。というか傭兵団でも是非装備したい!」

ヴァイスさん、顔が近いです! ってか、鬼気迫る勢いなので若干怖い。

「ヴァイスさんの感想を聞き、父にソリス男爵軍の装備として提案しようと思っていたので……。

残念ながら完成品はまだこれだけです」

「そうですか、いや……、取り乱して失礼しました。この威力、驚きました。この兵器があれば、グリフォニア帝国最強と言われる鉄騎兵の鎧も打ち抜けます。私自身も是非購入したいほどの物だと、父君には申し添えていただけますか?」

それを横で見ていた兄が割り込む。

「タクヒール、お前だけズルいぞ。俺もそれがほしい! というか、俺にも撃たせてくれないか? な、頼む!」

兄もかなり前のめりで乗っかってきた。