「はい、二つ目はソリス家の大きな機会損失を防ぎたいと考えています。

今回のことで、ヴァイス団長率いる傭兵団は、我々の元に一時的に留まっています。団長は非常に優秀な方であり、傭兵団の団員も精強揃いと感じました。そもそもソリス男爵家は、国境防衛の任に就いており、戦力強化は常日頃からの義務です。普通は招聘しょうへいしても、なかなか応じてくれないであろう優秀な傭兵団が、領内にいるのです。こんな絶好の機会はないし、機会損失は防ぐべきと考えています」

レイモンドさんが苦笑するくらい、俺は必死にまくし立てた。

「幸いソリス家には、穀物の投機で資金面の余裕はあると思います。先の提案に関わる開拓地開発には、安全面の保証、開拓地を守る護衛も必要になるでしょう。戦力強化の一環として、当面は開拓地の護衛として、一挙両得の機会を見過ごすのはあまりにも惜しい話だと思われませんか? この点、両親に提案を考えていますがどうでしょうか?」

「なるほど、傭兵団の活用ですか……、三十名の雇用となると、それなりに費用はかかりますね。タクヒールさまのお話はそれだけですかな?」

レイモンドさんは、全てを見透かしたようにニヤニヤして笑っている。

あ、そうか! 俺はまだ七歳の子供、一人でお出掛けすることは許されていない。世話役だけでなく、護衛兼監督役として、アンがいつも必ず同行している。アンを通じ、昨日のヴァイスさんとのやり取りも、しっかり耳に入っているのかも知れない。これはおまけの話も言っておいたほうがいいのか? 俺はそう思いなおした。レイモンドさんは、子供の俺でも、ちゃんと大人として扱ってくれる数少ない大人であり、俺の中でアンと並び、俺のことを影日向に後押ししてくれる人だ。だからこそ、今度の提案では、事前に不備がないか相談し、予め味方としておきたかった。


「はい、まず費用に関しては、傭兵団と交渉するに当って、いくつか腹案を考えてみました。

例えば、テイグーンに駐留し治安維持を受け持つ以外は、本来の傭兵業務、商隊護衛や魔物狩りなど、別口で収益を得ることを認め、代わりに予算上の折り合いをつけることはできませんか? あと、団長のヴァイスさんには、個人的に教師になってもらいたいと考えています。人として信用できるだけでなく、剣技にも優れ、軍略にも通じ人望もある。個人的にですが、彼から剣や用兵を学び、教師として師事したいとも思っています」

「そうですね、まず基本的な部分は問題ないでしょう。行政府の指針としてご当主のダレンさま、クリスさまにお話しすることは可能です。教師の件はちょっと時期尚早……、そう言われる可能性が高いと思います。先ずは信頼できる人物か見極めを行う、そんな流れになると思いますよ。ところでタクヒールさまは、その開拓地を、将来はどうしたいとお考えなのですか?」

「僕は当主となる兄を支える次男です。将来兄が治めるエストール領の代官として、テイグーンがソリス男爵家を支える開拓地として、そして南を守る拠点となるように町を開発し、自身で治めていきたいと考えています」

「なるほど……、承知しましたので、私めにお任せください」

そう言ってレイモンドさんは笑った。


その翌日になって父と母に呼び出された。

「タクヒール、お前というやつは次から次へと突拍子も無いことを……」

父は苦笑していた。

「レイモンドから話は聞いた。今、我が男爵家には幸いなことに多少の余裕はある。だが、投資額もこれまでとは比較にならん金額だと理解しているか? 開拓地開発の規模にもよるが、お前にやると約束していた利益の一割も到底払えなくなる。お前はそれでも良いのか?」

俺が反応する前に、母が答えた。

「貴方、その利益自体、タクヒールが提案したことから得たものじゃないですか! この子の提案がなかったら、この領地も周りの子爵領と変わらぬ大変な状態に陥っており、そんな悠長なことすら、言っていられない状況になっていたのですよ!」

母さま、ありがとうっ! 俺は心の中で母に手を合わせた。

「だが……、子爵たちとの関係を、これ以上拗らせるのも、刺激するのもいかがかと……」

父の話を途中で母がさえぎる。

「これは貴方の政治の問題であって、タクヒールは関係ありません! そもそも両子爵との不和、難民の対処、魔境から得られる貴重な魔物素材の入手、全て貴方が悩み考えていたことでは?」

ですです! どう見ても母さまの勝利ですっ!

父も理詰めでは母に敵わないし、そもそもこの場では母が一番強い。

「……わかった。詳細はレイモンドに一任するから、二人で話を詰めなさい。なお、新規開拓地を治める件については、お前が十五歳になるまで判断は保留する。また剣術教師については、一旦は却下とする」


ちぇっ、そこはダメかよ……。ちょっとむくれた俺に対して、父は取り繕うように言った。

「なお、これまでの献策による報酬の一部として、金貨五十枚を支給する。大事に使うように」

「!」

これは一般の領民なら年収の数年分に匹敵する。

たかが男爵領の、七歳の子供が自由に使えるお金としては破格といえた。今回は、これで良しとするか。傭兵団の件もレイモンドさん預かりなら、安心できるし。そう思って諦めていたら、数日後には、思わぬ味方が現れた。

それは兄のダレクだった。今十一歳の兄は、既に周りの同世代とは比べ物にならないほど大人びていた。心の年齢で合計約八十歳の俺とは比べようもないけど。

前回の歴史でも、兄は……


十三歳を過ぎる頃から、突出した剣の才能がその片鱗を見せ始め。

十四歳で初陣して以降、剣技と将才が際立つようになり。

十六歳になるともう、剣聖と呼ばれ近隣からも警戒される腕前となる。


そんな存在だった。

今回の歴史では、つい最近、十一歳になった時点で父のスキルの影響を受け血統魔法が発現し、カイル王国でも珍しい光魔法の使い手になっていた。今はちょうど剣技の修練を本格的に始めたところであり、子供ながら大人に交じって修練しても全く遜色ない腕前となっており、いち早く剣の才能の片鱗を見せ始めていた。なんか……、前回の歴史より、兄の成長がかなり速い気がするが、これは気のせいだろうか? 後日、自信を獲得した兄から言われたことがある。

弟が自分より優秀過ぎて、自分の居場所が無くならないよう、必死になって努力したと。

……兄さん申し訳ありません。また、見えない所でやらかしていたようです。


その兄が父に突撃した。

「正式に剣術の師につきたい。弟と二人でヴァイスさんに師事することを許可してほしい」

そう言って、猛烈な勢いで父に迫ったそうだ。

武勇で名の知れたソリス男爵軍でも、特に剣技に秀でた者の数は少ない。

この世界では、剣技に明確なレベルがあった。

それを他人がステータスなどで見ることはできないが、漠然と本人には分かる。


無自覚  完全な素人であり、本格的に剣の修行を始めておらず、まともに剣が使えない者

修行中  見習兵や新兵に多く、最低限の剣の取り回しができる者

剣士   兵士として剣の技量を満たし、正規採用された一般兵とみなされる者

猛者   熟練兵として指導的な立場に立て、小隊を率いる隊長相当の技量を持つ者

達人   上級兵として戦場などで活躍し、騎士として武勇に秀でていると称される者

剣豪   大隊長として部隊を率い、指揮官や騎士長として十分な実力を持つと認められた者

剣鬼   一騎当千の腕前を持ち、類稀なる者として称される者

剣聖   その存在は別格であり、カイル王国内でも数えるほどしかいない剣の技量を持つ者

剣神   剣技において伝説級の腕前を持ち、一国の中でも数世代に渡って一人出る程度の者


もちろん、ソリス男爵家にも熟練兵クラスである猛者レベルの者は沢山いるが、剣豪レベルの腕を持つ者は、父以外に領内には二名しか居ない。しかもその二名は騎士爵として他の町を統治しており、兄が彼らに師事することは物理的にも難しいのが現状だった。

因みに今の兄は、まだ剣士クラスの腕前だが、俺の知る前回の歴史では、最終的に、十六歳になる頃には剣聖まで腕を上げるはずだ。因みにヴァイスさんは、現在剣鬼の腕前らしい。

ソリス男爵家では、父を含めて剣豪が最上位であり、彼が一番剣の腕が立つ人材となる。

ちなみに、カイル王国でも剣聖は、現在の騎士団長含め、僅か数人しかいないそうだ。

剣神と呼ばれるほどの剣士は、残念ながら現在のカイル王国には一人もいないらしい。

その後父は、人手を使ってヴァイスさんのことや、傭兵団のことを色々調べさせたようだ。

比較的確度の高い、信頼できる情報が集まった時点で、ヴァイスさんが受けてくれるのであれば、そんな前提で兄と俺の剣術指導について許可が下りた。

今回は兄の思わぬ援軍に救われた。


先ずは、ヴァイスさんを囲い込めたこと、取り敢えず、大きな破滅フラグを構成する要因が回避できそうなことで、俺はほっとしていた。

だが、この時点で俺はまだ何も知らなかった。

歴史というものが織りなす修正力、その悪意は、俺の想像を超えて襲い掛かってくることを。

それを思い知ったのは、まだずっと先のことになる。