第十一話 繋がったパズル(カイル歴五〇一年 八歳)

グリフォニア帝国の若き常勝将軍、黒い鷹ヴァイス・シュバルツファルケ軍団長。

帝国南部戦線に彗星のごとく現れ、頭角を現した政戦両略の天才にして、常勝を誇る将軍。

第三皇子の信も篤く、南方の国を打ち滅ぼし、彼の皇位継承にも大きく貢献したという。

その後、皇帝となった第三皇子の勅命を受け、北方派遣軍団長としてカイル王国に攻め入る。

前回の歴史で、当時の俺が知っていた情報だ。


さて、どうする?

この破滅フラグ……、絶対に囲い込まないと、この先俺は確実に詰む……。

これって相当にやばいやつでしょっ! 全身から噴き出す、嫌な汗が止まらない。

もちろん彼をグリフォニア帝国に行かせちゃダメだ、絶対に。できればカイル王国に傭兵か何かで留まってもらうことだ。更に、この常勝将軍をソリス男爵家で囲えれば最高なのだけど、果たしてそれが可能だろうか? 今は切迫した戦時でもなく、三十名もの傭兵を新たに雇う理由もない。

雇う余裕自体は、十分あると思うけど……。

そして今が切迫した戦時ではないということが、勝手な思い込みであることを俺は知っている。

来年には、前期五大災厄の四つ目、ソリス男爵家が戦災により大きな被害を受けるからだ。

この事実……。


・来年には国境線でグリフォニア帝国との戦いが起きること

・ソリス男爵軍は孤立し、兵力の四割を失う大損害を被ること


これを言っても誰も信じないだろう。そして、未来予知としてその話をすることもできない。

色々と八方塞がりの状態に、俺はひどく焦っていた。この出会いを何としても活用すべきだ。

一晩中考えた俺は、まずは彼と仲良くなることを優先する! これしか思いつかなかった。

それからというもの、暇を見つけては難民キャンプへ視察(てつだい)に行く、そんな名目で黒い鷹のいる場所に遊びに行った。そこで、これまでの傭兵団の活躍を聞いたり、戦術の教えを乞うたり、救済施策によって体力が回復した傭兵たちが再開した、戦闘訓練なんかをずっと眺めていたりしていた。そこで改めて分かったことが幾つかあった。


ヴァイスさん、剣の腕は超一流であり近隣でも並ぶ者はいないだろう。

それに加えて、頭も切れる。政戦両略と言われていたのも伊達ではない。

そして何より、高潔な人柄であり、若いのに人望もあるようだった。

前回は間接的に自分を殺した人だけど……、改めて彼を凄い人だと尊敬した。


今日も難民キャンプの一角、傭兵団が詰めている場所に遊びに来ていた。

「坊ちゃん、今日もこちらにいらしたのですか? 領主様のご子息が、こんな所に入り浸っていたらお叱りを受けますよ」

ヴァイスさんは俺を見かけると、いつも気軽に話しかけてくれる。

「あ……、受付所や炊き出し所のお手伝いは、父も母も許可してくれているので大丈夫です」

両親に許可を得ていたのは、受付所や炊き出し所への出入り……、だけどね。もちろん、俺の味方であり、優しくなったアンは、黙って見て見ぬ振りをしてくれている。

「それより今日は前に読んだ本のことで、ちょっと聞きたいお話があって来ました。カイル王国とお隣のグリフォニア帝国とは、昔から喧嘩ばかりしているでしょう? 今度また攻めて来たとき、カイル王国は大丈夫なのかなぁって思って」

「はははっ、噂だけで多分としか言えませんが……、今のグリフォニア帝国はどちらかというと、こちらとは反対側の、スーラ公国との国境で大きな戦をしていますからね。そこの戦いが解決しない限り、カイル王国への本格的な侵攻はないと思われます。実際に我々も、南方の戦線で働き場所があるのでは? そう期待したゆえに、グリフォニア帝国を目指していましたからね」


話を聞きながら、俺は記憶にある過去の歴史、その詳細を思い出していた。

前回の歴史では、グリフォニア帝国でのヴァイスさんは、スーラ公国との戦で大活躍した結果、将軍と呼ばれるまでに出世したらしいこと。当時、軍団長としてスーラ公国を征服した第三皇子は、その戦果で政敵の第一皇子を抜き皇帝となる。

皇帝となった第三皇子は、次の戦略としてカイル王国の征服を狙い北へとその手を向けてくる。第三皇子の配下であったヴァイス将軍が、軍団長を拝命しその任にあたること。

ヴァイス軍団長は、守りが厚く攻略に時間の掛かる正面攻撃、ハストブルグ辺境伯領から王都に進む侵攻ルートを避け、俺たちの意表を衝く大胆な戦術を取ってきた結果、男爵領は占領される。

これが前回の終わりに繋がる決め手となっていた。


「仮に帝国からの侵攻があったとしても、国境を守るハストブルグ辺境伯は有能で、兵たちは精強揃いだと聞いています。国境から辺境伯領を抜け、王都へ繋がる街道には強固な砦もあります」

「それってサザンゲートの砦ですか?」

「はい、そのサザンゲートの砦を攻め抜くには、それなりに時間と兵力が必要です。私が帝国側の将軍の立場に立って考えてみても、王国を攻めるのは非常に困難だと思います。更に辺境伯を打ち破ったとしても、その先、王都に至る道は有力貴族の領地が多く、それに王国最強と言われる王都騎士団三万騎が控えています。幾多の城砦を抜きながらの進軍は、兵力面だけでなく、敵中を繋ぐ補給線も長くなります。そのようなことも含め、とても厳しい戦いになると思います」

「そっかぁなら安心ですね。でも本を読んでいて、ちょっと心配になったことが……」

俺は木の棒で地面に国境付近の絵を描き始めた。国境に連なる山脈、そして、その切れ目で唯一街道の通る道、そこから遠くに繋がる王都。

「ここにハストブルグ辺境伯さまが守る、サザンゲートの砦があるのですよね?」

そして砦から王都まで延びた街道の上をなぞっていった。

「そしてこの街道沿いにはお話の通り、有力貴族の領地ばかりで、城塞もありますよね?」

そして次に辺境伯の領地の隣、ヒヨリミ子爵領、ソリス男爵領、コーネル男爵領を描き……。

「例えば、辺境伯とは正面から戦わず、いえ、それを装いつつ繞回進撃でしたっけ? 軍の一部を左に迂回させ、ヒヨリミ子爵領の端に広がる魔境の境を縫ってここに入り……」

目を見開くヴァイスさんの顔を見ながら、地面の地図に敵の進軍ルートをなぞった。

「ほら! エストール領を奇襲して、そこからコーネル男爵領を抜ければ……、王都までは手強い領主も大きな砦もなく、一気に行けちゃいますよ」

最後にコーネル男爵領から王都までを一気に結んだ。わざと乱暴に一直線に。

「敵にそんな作戦を採られたら、ここも戦場になるんじゃないかと、凄く心配で……」


この話をすると、ヴァイスさんの表情が大きく変わった!

ってか、十二年後に自身が採る戦術を、八歳の子供が指摘したのだから仕方ない。

これまでの微笑を浮かべていたヴァイスさんの目が、今は全然笑っていなかった。逆に彼の鋭い視線が、容赦なく俺に突き刺さる。やばい、調子に乗って子供の立場でやり過ぎたか?

変に警戒されてしまっては、元も子もないし……。

あの有名なアニメ、毒薬で子供にさせられた心は大人、体は子供の名探偵が苦労する気持ちを、ちょっとだけ分かったような気がした。中身が大人の自分が、子供として振る舞っても、ちょっと勘の鋭い大人には訝しがられる。言葉の選び方や、話す内容の加減って、本当に難しいよなぁ。


「坊ちゃん、どうしてそう思ったのですか?」

「だって強い人や、険しい所をわざわざ通らなくても、簡単な方が楽じゃないかなぁって思って」

「面白いお考えですが、それが難しい理由としては、大きく五点あります。

第一に、その作戦を採るには十分な大軍が必要ですが、大軍自体が弱点にもなりえます。

第二に、その侵攻には魔境に隣接する危険地帯を通ります。

第三に、万が一そうなった場合も、帝国兵は魔境の禁忌事項を恐らく知らないでしょう。

第四に、ここの領地、特に南部は街道が整備されておらず、補給線の確保が大きな問題です。

第五に、繞回進撃するにあたり、本軍と高度な連携が不可欠ですが、距離が離れすぎですね」

「そうなんですね?」

「はい、街道もない地理不案内の場所を、大軍が進軍するのは現実的ではなく、不可能でしょう。その経路は、魔境に慣れない帝国軍の将兵たちにとって、かなりの負担となり厳しいでしょうね。それに加え、禁忌を知らぬ彼らは必ず魔物と接触します。魔物に襲われて疲弊するのは確実です。また、戦いには補給が欠かせません。敵地で伸びきった補給線を確保、維持することは至難です。そして敵中に孤立する可能性ですね。ハストブルグ辺境伯軍が、同じ進路を辿り後背を衝く可能性、そんな事態になれば、帝国軍の全滅は必至です。これらの理由で実行はまず不可能でしょう」


ですよねー……、でも、率いるのがヴァイスさんだったら、これらの話は違いますよね?

疾風の黒い鷹、戦の天才であり、総司令官が自ら陣頭に立って進路を定め、敵地深く侵攻する。


・前回の歴史でも、傭兵団は帝国へと渡る際、このルートを通ったため土地勘があったこと

・疾風の名の通り、騎兵中心で編成された軍団の進軍は、驚くべき速さで魔境を駆け抜けたこと

・帝国軍が知らない、魔境の恐ろしさや禁忌事項も、司令官だったヴァイスが知っていたこと

・前回の俺は、エストからテイグーンへ通じる街道を整備しちゃっていたこと

・食料を現地調達する意図で、帝国軍はあえて収穫期に合わせて侵攻してきたこと

・天然の要害であるテイグーンを拠点に据えて後背を固め、しかも奴が裏切ったこと


ヴァイス軍団長は、最初の五つを織り込み済の状態で侵攻してきた。意表を衝かれた俺たちは、ものの見事にテイグーン山で撃破され、あっという間にエストール領は占領されてしまった。

それだけではない、俺の天敵であるあの男の裏切りも、ヴァイス軍団長の快進撃を支えていた。今回の世界では、まだ出会っていないあの男によって……。

「あ、やっぱり余計な心配だったのですね? 変なこと言ってごめんなさい」

「いえいえ、かなり面白い目の付け所だったと思いますよ。まぁその場合、侵攻軍は背後を突かれないよう、守りの拠点となる場所が必要ですが」

「そうなんですね? ヴァイスさんが帝国の将軍だったら、どの場所に拠点を据えますか?」

「まぁ仮に……、でのお話ですが、ヒヨリミ子爵領との境にも近く、魔境を駆け抜ければ国境に通じ、守備するにも天然の要害と噂に高い、テイグーン山ですかね?」

やっぱりそこか! 俺は改めて愕然とした。

「今でも、魔境に棲息する魔物を狩るため、狩りを生業とする者たちの間では、安全な立地であるテイグーンは、休息や後方基地として小さな集落もあると聞いています。実は我々もテイグーン山を目指し、そこから魔境を抜けて国境に出ようと思っていたんですよ」

ですよねぇ……、なんか、前回のパズル、全部繋がっちゃったような気がするのだけど……。


さて、どうしよう。

俺は、自分で振った話に頭を抱えた。ここにはメイドたちはいないので、安心して……。