第十話 最大級の破滅フラグ(カイル歴五〇一年 八歳)

今日も俺は視察……、とは名ばかりの、お手伝いのために受付所に顔を出していた。

難民たちは街に入ると、まず受付所に案内されて必要事項の登録作業を行う。登録すると登録札が貰え、これを見せれば炊き出しを受けることができる。また、受付所では難民キャンプに入居する者の割り振りや、現在募集している仕事の求人票が掲示されており、受付所を通じて希望する仕事に申し込むこともできるため、常に人だかりができており、皆は忙しく対応に追われている。


今日も受付所が手一杯の様子だったので、俺はつい、またいつもの如く声を張り上げ、こちらに向かってくる難民の一団に対して案内を始めた。

「炊き出しは十分にあります。こちらの列に順番に並んでください。器のない方も受付所でお渡しします。エストール領以外の方も、安心して並んでください。受付では、お名前と、どの町、村、領地から来た方かを確認しています。全ての方の受付が必要で、受付が終わればおひとりずつ登録札を渡しています。登録札があれば、次回からは直接、炊き出し所で炊き出しが受け取れます」

難民の多くは遠路ゴーマン子爵領やヒヨリミ子爵領からやって来ているが、ソリス男爵領では、出身地に拘らず、分け隔てなく支援している。だが最近、頭の痛い話が持ち上がっていた……。

ゴーマン子爵家が、難民として領民が流出することに対し騒いでいるのだ。

『ゴーマン子爵領の難民は全て、こちらに送り返すように』

ゴーマン子爵家の家宰から、父のところに向けて正式に通達クレームが来ているが、そうは言うものの、無下に難民を送り返すこともできず困っている。

あちらでは領境を封鎖し、これ以上領民が流出しないよう警戒しているとの噂も聞いた。現実問題として、ゴーマン領から来た難民でも、炊き出しや難民キャンプへの案内は行っているが、流石に今は、仕事の斡旋はできなくなっていた。本当に困ったものだ。

「なら其方でもちゃんと領民を救済しろっ!」

そう言ってやりたいが、それは言えない。


ただ、難民たちも彼らより一枚上手だった。難民たちの多くは、噂話などから、その辺の事情は把握しているようで、事情を知るゴーマン子爵領の難民たちは、誰もゴーマン子爵領の出身とは言わなくなっていた。難民たちの申告が本当に事実か、此方では調べる手段もなく、全て自己申告で処理している。もちろん俺たちは、確信犯ではあるのだけれど……。

数は少ないが、コーネル男爵家から来た難民は、その後エストール領でどう対処しても構わない。そんな内諾を母経由で先方からもらっている。ヒヨリミ子爵家からも、難民の流出があった際は、対応の自由、先方は追い返す自由と思っていた節があるが、それらを確認し了解を得ている。

ソリス男爵家として公的には何もしないが、裏ではこれらの情報をあくまでも噂として、こっそり難民の間に流布させているため、難民たちも敏感にその情報をキャッチしているようだった。


話は戻り、先ほどの難民の一団のなかに、他とは違ういで立ちの集団がいることに気付いた。

農民とは異なる鋭い眼光と、鍛え上げられた肉体、帯剣した屈強な兵士のような集団、だが、身なりは汚れてみすぼらしく、今にも倒れそうなほど疲労困憊、そんな一団がこちらに進んで来た。その中で、リーダーらしき若い男が前に進み出て、俺に話しかけてきた。

「自分たちは傭兵として、ゴーマン子爵に雇われていたが、炊き出しを受けられるのだろうか?」

えっと……、この人、正直すぎるな。どう案内しようか……。

「皆さま、ゴーマン子爵の傭兵さんなのですか?」

そう質問すると、やや憮然とした表情で彼は答えた。

「今回のことで、契約は打ち切られた。無駄飯食いは要らんと放り出されたが、子爵領ではどの町、村でも我々余所者は食料すら買うこともできず……」

彼は苦々し気に、言葉を吐いた。

「あ、それなら問題ないです。ここまでの道中、さぞ苦労されたことでしょう。温かい食事と簡易ではありますが、寒さを凌げる寝床もご用意しております。受付所で登録すればすぐに炊き出しが受けられます。あちらにて傭兵団の方は全て、おひとりずつお名前などを登録してください」

「ありがたい、恩に着る」

絞り出すような、精いっぱいの笑顔でお礼を言われたのが印象的だった。


その後俺は、炊き出し所を手伝ったり、受付所への案内をしたりと色々走り回っていたが、落ち着いたところで先ほどの傭兵団、リーダーらしき人がこちらに来て話しかけてきた。

「先ほど、受付所という所で聞いたのだが……、貴方がここの領主様のご子息というのは本当か? ご子息自ら、この救済施策を考案し、実行に移したと聞いたのだが……」

当然彼も、こんな子供が……、そう思い信じられなかったのだろう。確かめずにはいられなかったようだ。受付所で働く者のうち、特にここで雇用された元難民たちは、ソリス家への感謝の気持ちからか、新しく来た登録者に、公然の秘密を嬉々として喋っちゃう人も多いようで……。

「あ、そう見えませんよね。いつも貴族らしくない振る舞いで、怒られてばかりなんで……。しかも、こんな子供ですから……」

「そうだったのか。やはり事実か……」

俺は、照れながら質問に答えると、彼はおもむろに跪いた。

「そうとは知らず、先ほどの礼を失した言動、先ずは深くお詫びする。また、この救済制度も貴方が考案したと伺いました。困窮した者に対する施策に感銘を覚えた次第です。申し遅れましたが、私はヴァイス・シュバルツファルケと申します」

「あ、私は……、ソリス男爵が次男、タクヒールです。よろしくお願いします」

「この度のタクヒール殿の対応、心より感謝します。我が傭兵団三十名を代表しお礼申し上げる。若輩ながら双頭の鷹ドッペルケプフィガーファルケン傭兵団の団長を任されておりまして」

「いえいえ、困った時はお互い様ですから……」


ん? ヴァイス・シュバルツファルケ……。

黒い鷹のヴァイス……。なんか、どこかで聞いたような……。


「恥ずかしながら、ゴーマン子爵領では恥辱に満ちた扱いを受け、余所者には一切支援ならんと、触書まで回され、やっとの思いで領境を抜けこちらに辿り着いた次第です。この先、エストール領を抜け、魔境側への間道を抜ける途中でここには立ち寄りました。国境からグリフォニア帝国へと向かい、彼の国で新たな雇い主を求める旅をしていた所でした」


『ええっ? えええええっ! ちょっと待って! 思い出した!』

思わず大声で叫びそうになったものの、なんとか心の叫びで押し殺した。

グリフォニア帝国の黒い鷹、ヴァイスって、北方派遣兵団軍団長、常勝将軍のヴァイスじゃん!

まじか……、この人、十二年後にカイル王国を攻め、エストール領を占領し俺を処刑した人だ。あの時は彼の傍らにいた奴に目が行き、俺も負傷で意識が朦朧としていたので、今ここにいる彼がその人だとは分からなかった。となると……、俺の破滅フラグ、ゴーマン子爵が立ててたんかい!

『あの野郎っ! 絶対に許さんっ! コ◯ス!』

俺は心の中で殺意を込めて、西のゴーマン子爵領を睨んだ。


前回の歴史であれば……。

エストール領では何の準備や対策もなく、この大凶作の煽りをモロに受け困窮していたはずだ。仮に、エストール領に無事に辿り着けていたとしても、彼ら傭兵団に救いがあったかどうか……。

いや、きっといい扱いはされていなかっただろう。

そして、魔境の間道を抜けるなら、途中でヒヨリミ子爵領にも立ち寄っていたかも知れないな。そうすれば絶対に碌なことにはならない! そんな経路でグリフォニア帝国に向かっていたら……、そりゃ、とてつもなく酷い目に遭うに決まっている!

『こんな碌でもない王国なんぞ、滅びても構わない!』

誰だってそう思うようになるよなぁ。俺だってゴーマン子爵家にはいい加減頭に来ているし。

しかもさっき見たところだと、全員が飢えと疲労でかなり衰弱していた。こんな様子では、無事全員がグリフォニア帝国まで辿り着くのは、正直言ってかなり難しいことだと思う。途中で仲間が飢えに苦しみ何人も倒れて……。理不尽な対応を受け、仲間や友を失ってしまうこと、それって、物凄い遺恨になるじゃん。

前回の歴史が辿った経緯を想像し、ただ茫然と突っ立ち尽くすしかなかった俺の前で、ヴァイスさんはもう一度深く頭を下げた。


「貴方には改めてお礼を申し上げる。我々でできることなら是非この恩に報いたいと思っています。その際はどうか、遠慮なく言ってほしい」

『言います、もちろん言います! 先ずはこの先、グリフォニア帝国に絶対行かないでください。それは絶対に、ダメですよっ!』

心の中でそう叫びつつ、今後の作戦を練らなくては、そう考えていた。それも大急ぎで!

俺は、自身の人生で最大のフラグとなる彼を目の前にし、慌てて今後の対策を考え始めた。