第六話 二の矢、改たな一手(カイル歴四九九年 六歳)
~~~~ソリス男爵領史 滅亡の予兆~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
カイル歴四九九年、カイル王国の全土は、大いなる大地の恵みに祝福される
恵みの年の始まり、大地の怒りを示す兆し、エストールの空に隣国より黒き灰を度々もたらす
多くの民これを憂い、天を仰ぐが、この年の怒りほどなくして鎮まる
この年の秋、大地の祝福は大いに広がり、豊穣の実りに民は歓喜に包まれる
過ぎたる実り、災いへと転じ、大地と暮らす民を困窮させる
実りの喜びは怨嗟に変わり、エストールの民は大いに戸惑う
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いよいよ今年は大豊作の年、これより前期五大災厄が襲ってくる。大豊作の恩恵を受け、豊かな実りでエストール領も潤うはずだが……。
『過ぎたるは及ばざるがごとし』
『豊作貧乏』
俺もよく知る、それらの言葉の典型的な事例となってしまう。そもそもカイル王国は農業国であり、父の領地、エストール領も農業生産が収入の大きな柱となっている。
大豊作により穀物相場が急落すれば、大きなダメージを受け、農業に従事する多くの領民たちの生活も困窮してしまう。それらの対策として、俺が提案して事前に準備を進めていた二つのこと、
ひとつ、動力水車を使用し、小麦粉の量産体制を構築すること
ひとつ、携行保存食を開発し、商品化すること
この二つは目途が立っているが、だがこれだけでは翌年の危機を乗り切れない。そのためには、次の矢、もう一つの提案を実行に移す必要がある。提案自体は既にまとまっていたが……。
俺は、あることが起こるのをずっと待っていた。
ソリス男爵領史によれば、隣国、グリフォニア帝国にある火山の小噴火による降灰が、国境の山脈を越え、エストール領にまで届くはずだ。規模は小さく被害も無視できる範囲だが、それが今年のどこかで必ず何回かある。それが無いと俺がする提案の決め手、最後の一押しに欠けるからだ。両親の危機感を煽ることができれば、実施される対策の本気度が増し、その効果が大きくなる。
その日が来るのを、今か今かと一日千秋の思いで待っていたが、収穫時期になる少し前、夏の初めに待望の降灰があった。この世界での小麦は、夏の終わりから秋の初めが収穫時期になっており、俺の知っている日本でのそれよりは少し遅めな感じがした。
降灰は火山の近くに住んだ経験がない俺にとって、テレビの映像で見たことはあっても、リアルでは初めての経験だった。俺自身、前回の歴史ではこの降灰の記憶はない。まだ幼いため、忘れてしまっていたか、館の中での暮らしで、全く気づいていなかったのかもしれないが……。
エストール領内でも降灰は頻繁にこそないものの、数十年という単位でみれば珍しいことではなく、当初は不安げに空を眺めていた領民たちも、すぐに降灰が落ち着くのを見て安心したのか、領内で大きな混乱はないようだった。
降灰を確認し、待ちわびたように俺は、両親、レイモンドさん、アンを交えて、二回目の提案会を行う時間をもらった。
「父さま、おめでとうございます。多少の降灰はあったものの大事に至らず、天候に恵まれたため、今年は例年にない豊作になりそうで、領民たちも喜んでいると聞きました」
俺は敢えて、考えていることの反対を言った。
「豊作も度が過ぎると却って厄介なのだよ。それが悩みの種でな……」
父は少し
この世界でも、税は土地の大きさによって決まり、収穫量に比例していない。そのため、豊作であれば領民の取り分が増え、凶作なら逆だ。農民たちは収穫した穀物を税として納め、残った中から、翌年の種、自分たちが食料として消費する分量を確保し、そこで残ったものを売って収入を得る。この収入が農民にとって、一年を過ごす生活費となる。
そのため、豊作も度が過ぎると穀物が市場で余った結果、相場が下がり、却って農民らの収入は減ってしまうことにもなる。これは領主の収入も同様であり、領主の場合はその
「大豊作で起こる問題について、気になったことがあるので、今回検討いただきたい提案を持ってきました。僕は大豊作、大いに結構なことだと思っています」
ほう? という顔をして一番驚いているのは家宰であるレイモンドさんだった。
領内の内政全般を統括する立場の彼にとって、今一番頭の痛い問題だろう。
「大豊作は、これからお話しする三つのことを、推進するための絶好の機会として捉えています。このエストール領の力を蓄え、予想される危機に対して事前に手を打つことができます」
『はぁ? 何を言っているのだ?』
俺の発言に同意できない様子の父は、そんな表情だった。
「タクヒール、その理由と三つのこと、是非話してくれるかしら?」
一方、母は優しく微笑んで提案を促してくれた。
「先ずは豊作を利用して行うべきこと、それをお話しします」
さて、ここからが本番だ。俺はちょっとした高揚感を感じながらプレゼンを始めた。
「一点目の提案は乾麺についてです。
相場が下がり、穀物が余っているときこそ、安価で仕入れができる絶好の機会と考えています。小麦粉を使用した保存食の生産を本格的に始める好機であり、それに合わせて、食料危機の際に備えた備蓄を、一部乾麺でも担うことはどうでしょうか? また、戦場でも運用しやすい、乾麺開発も現在進めております。これらの方針で生産した乾麺は、無駄なく運用できると思います。豊作によって収入の減った農民に対価を払い、この作業に従事してもらうのはどうですか?」
この辺りは父も母も、そして家宰も既に織り込み済だったのだろう。大きな驚きはなかった。
もちろん俺もその点は承知している。一つ目は、俺にとっても前振りに過ぎないのだから。
「二点目の提案は義倉についてです。
大豊作で穀物が余っている時にこそ、凶作に備えた穀物を蓄える蔵、義倉の建設を進めるべきと考えています。今はその制度を導入できる絶好の機会ではないでしょうか? 今それを急ぐ理由は、三点目で申し上げますが、義倉をエストール領全土で建設して、余剰穀物をそこに回せば、市場への流入は減り、相場の下落を少しでも抑えることが可能となるのではないでしょうか? 例えば、農民は余剰穀物を義倉に提供する、その代わりに販売分の穀物を領主は例年と同じ価格で購入する。農民たちとこんな取引をするのはどうでしょうか? 農民の収入を安定させ、義倉への供与を推進させる契機となる気がします」
「なるほど、面白い、実に面白いお考えですね。この二点だけでも汲むべき点はあると思います。農民たちは余剰の穀物を義倉に提供する代わりに、例年と変わらぬ収入を得ることができる。片や我らは、農民たちから無償で義倉への貯えを指示でき、領地の安泰を図ることができる。そして、農民からは感謝と領主への忠誠を得ることができるという訳ですな」
レイモンドさんは興味深げに話に乗ってくれた。この人はいつも、大事なポイントで俺の考えを後押ししてくれる。それは非常にありがたいことだった。
「最後の三点目ですが、これが最も重要です。一点目、二点目はあくまでも前振りに過ぎません。小規模な降灰は大規模噴火の前兆として考えられる。そう記載された書物を幾つか拝見しました。隣国にて大規模噴火があった年は、農作物が被害を受け凶作になる、そう記されています。安価で穀物が買える今年にこそ、大量に穀物を買い占めるべきです。未来に備えた備蓄として、もうひとつは投機目的で、両方の意味で買い支えを進める絶好の好機と考えています。もちろん確実とは言えませんが、そうなる可能性が高いことを書物は示しています」
俺は一気にまくしたてた。正直、書物の話はあくまでもこじ付けだ。俺は翌年に大凶作が起こること、それにより領内が困窮することを事実として知っている。それについて、まさか未来に起こることを知っているとは言えないため、偽りの書物知識を大義名分として、食料備蓄や義倉建設、投機目的の買い占めを誘導している。
「今年起こっていることが、過去の例に倣い大噴火の前兆であれば、来年の収穫に災いし、凶作になる可能性が非常に高いと考えています。たとえ凶作にならずとも、余剰が出ている時こそ、安価で買い占めを行い、今後の産業の一つとして商品化を推進すべきだと思うのですが……」
さあ、決断してくれ! そう言わんがばかりに、俺は父と母をじっと見つめた。
◇◇◇
俺が産まれるずっと前は、エストール領は辺境でさほど豊かでもない未開の土地だったらしい。父がこの地を拝領した時点では、小さな町と小さな村が点在するが、特にこれといった産業もなく、それなりに穀物を産するものの、まだまだ開発途上で、なんの特徴もない領地だったそうだ。
ソリス男爵領となってからは、父と母が行使する固有スキル、血統魔法をいかした領地開発と商業収入により領地を飛躍的に発展させていた。
大地を友とする地魔法士の母は、エストールの地に眠る宝を活用することができた。領内で新規鉱山を発見しその開発に力を入れ、有望な耕作地には開拓事業を展開、入植を促進して領内の生産力を上げていた。母の実家である隣領のコーネル男爵家は、一族に地属性の固有スキルを持つものを輩出しており、母もその一人だ。母は大地の恵みを発見する土地鑑定に特化しており、それを活用して領地の発展に寄与している。
片や領主となり、この国でも数の少ない時空魔法士の適性を開花させた父は、特異な能力である空間収納によって、鉱物や商品の大量輸送を行うだけでなく、安価で仕入れた商品を迅速に大量輸送し、他所で販売することで収益を得るなど、交易による商業収入を拡大していた。
父の時空魔法はこの空間収納に特化しており、物資の輸送に関してかなりチートだ。父ひとりで大型ダンプカーや大型トラック何台分もの鉱石や商品を運び、運んでいる当人は騎馬の移動だけで輸送時間も極端に短い。父は自身の空間収納を物流や、時には商人と組んだ交易で活用していた。
大地から得られた収穫を元手に、父が資産を大きくし、それを母が更に開発事業に投資する。
この好循環で、エストール領は急激に豊かになった。こういった、父自らがまるで商人のように交易や商売を行う姿勢は、一部貴族たちから『商人男爵』、そう
実り多き穀倉地帯と豊富な鉱物資源、魔境から得られる魔物素材は、ソリス男爵領を経済面だけを見れば、子爵領にも勝るとも言われる領地に成長させていた。活気ある新興のエストール領は、領民募集や農地への入植も順調に進み、当初は圧倒的な差があった両隣の子爵領と、経済面だけなら彼我の収益格差はこの十年で逆転するに至った。両子爵家は男爵より上位、子爵としてのプライドもあり、成り上がりの商人男爵や、その領地の発展には良い感情を抱いていなかったらしく、近年はそれが益々顕著となり、険悪と言っても過言ではない雰囲気になってしまったらしい。
唯一、隣領で仲が良いのは、エストール領から王都方向に延びる小さな街道、その先にある母の実家、コーネル男爵家だけだ。ソリス男爵側でも、開発工事のため隣領に地魔法士の派遣を発注することや、毎年の付け届けがしっかり行われ、友好的な関係が維持できている。
隣国を含めると、三方が敵といえるエストール領は、常に外交で微妙な舵取りを行い、父も心を砕いている。このことはこの先訪れる災厄でも影響を及ぼしており、近隣との関係がそんな状態では、凶作時や飢饉の際も周囲からの援助は期待できない。唯一の味方、コーネル男爵領は、エストール領より農業生産に重きを置いている分、凶作の際は支援どころではなくなるだろう。
俺の家、ソリス男爵家はそんなバックボーンを抱えている。
◇◇◇
「ふうっ、何とか、なったかな?」
俺は自室で大きなため息をついた。今回も両親へのプレゼンは多分うまくいったと思う。隣領に不安な要素はあるが、今は資金面でも十分余力があるはずだ。なので、豊作の折には小麦相場を買い支える、その名目で大手を振って買い占めも可能だろう。敢えて言葉には出さなかったが、そんな思いも両親に伝わったかもしれない。
「本当にあなたは……、もうっ」
提案が終わったあと、俺は母に強く抱きしめられていた。
ニシダとしての心が胸の中にある俺は、幼いころから母親に対して年相応、素直に甘えることができないでいた。きっと母は、その寂しさを感じているのかもしれない。でも、母を、家族を守りたい気持ちは十分にある。少しでもそれが伝わったと分かり、俺もうれしかった。
ただ……、母さま、お顔が近いです! 近過ぎて俺、緊張……、いや、凄くドキドキします!
ニシダの部分の心が、実年齢より若く見える金髪美人の母を前に、心臓の鼓動を高鳴らせた。
しばらくして、提案した内容は順調に動き始めていると実感できるようになった。母とレイモンドさんは、提案した直後から、何かしら動き出してくれたのが分かったからだ。
まず乾麺については、成功した試作品を料理長が何度か食卓に提供しており、全員がその味や使い道を心得ているため、問題なく増産体制に入った。父は戦功で昇爵しただけあって、出征時の兵站の重要性について凄く理解が早かった。雨でも心配ない、その場で容器にもなり分配や携行も簡単なおみくじ乾麺も、一定の評価を受けて、父からはすぐに増産を行い、ある程度の備蓄をしたいので、開発を急げと言われた。
義倉については、母と家宰のレイモンドさんが強く賛成してくれた。偽りの本の知識、近い内に凶作の可能性、そんな嘘もどれだけ影響したかは不明だが。この二人にとって、内政問題、領地の安定は一番の重要課題だ。もしかすると、元々似たような考えもあったのかもしれないが、すぐに行政府内で調整を行い、事前調査に動くと話してくれた。
そして刈入れが始まる頃には、今年の大豊作が、ほぼ確実な予測として見えてきた。
当初は大喜びだった農民たちからも、不安の声も出始めている。母とレイモンドさん二人の動きは異常に速く、そのころには次々と義倉の建設が決まっていった。まるで俺の言っていたことを全て信じて、予め建設を決定しその準備をしていたかのように。二人は農民たちの不安に対し先手を打って、領内の各所に義倉建設の布告を出させていた。布告には、その制度の趣旨や農民に向けた優遇措置なども記載されていたため、農民たちの不安はたちどころに解消されていった。
父は最初、様子見ともいえる感じだったが、収穫の終わりに二度目の降灰があると、打って変わって動きが早まり、絶好の投資機会だと張り切りだした。王国内でも大豊作の予測が公然のものとなり、各地で穀物の相場が下がるたび、逆にニヤニヤしながら、時には自らも買い付けに走り、大量の穀物を確保し始めた。
こうして二の矢も無事、的に向かって放たれた。