第二章 放たれ始めた矢

第四話 一の矢、改変のための一手(カイル歴四九八年 五歳)

両親の目もあり、毎日工房へ通うことは、途中からできなかったが、それでも数か月の工房通いにより、最初に画策していた物、子供のおもちゃというには大きすぎる模型がなんとか完成した。作っていたのは揚水水車と動力水車の模型、及び動力水車に取り付けるギアの模型、そして木製の板バネと滑車だった。


最初は日本にいたころに本で読んだ、水車について必死で思い出しつつ、すごくチャチな模型を作ったのち、それをもう少しちゃんとした模型に発展させた。並行して水流でちゃんと回転するか、効率の良い羽根の取り付け位置、大きさ、回転軸など、職人さんの手を借りながら、色々と試行錯誤の繰り返しだった。これ、絶対プロの手がなければ完成してないよね? とつくづく思った。

完成品は俺が作ったというより、木工職人のカールさんの力作、と言って差し支えないくらいのものだった。因みに板バネと滑車については、別の目的で使用する部品で、まだまだ改良中だ。

こっちはよくある馬車のサスペンション……、ではない。それは後日おいおい……。

「タクヒールのやつ、大丈夫かね? 最近また毎日のように工房に出入りしているが……」

「まぁ本人が喜んでいることだし、タクヒールの好きにさせてあげても、良いのではないかしら? あまり甘えてくることのない子ですもの。暫くは、望むように自由にさせてあげたいわ」

「まぁ、お前がそういうなら、アンも付き従っていることだしな」

両親がこんなやり取りをはじめてしばらく経ったころ、俺は両親に提案の機会をもらった。

「お父様、お母様、本日はお忙しいなか、お時間をいただきありがとうございます。今日は是非この実験を見てほしくて」

両親は館の中庭で行われたそれを、最初は子供の自由研究発表を見るような、そんな軽い気持ちで参加してくれていた。だが他に、予想外の参加者もいた。

「タクヒールさまのご提案、わたくしも是非お聞かせいただきたく参加させていただきました」

ソリス男爵家で父と母に次ぐ地位にあり、内政と家内を一手に取り仕切る第三位の実力者、家宰のレイモンドさんだ。なんとこの提案会に、本人から参加を望み、直接両親に交渉したらしい。

「工房での取り組みの成果、凄く楽しみにしております」

そう笑顔で言うレイモンドさん。俺は、嬉しいけど……、少しプレッシャーだ。結局、提案会の参加者は両親とメイドのアン、家宰のレイモンドさんの四人になった。

実は前回の歴史で、俺はレイモンドさんを苦手としていた。元々彼は母の実家、コーネル男爵領出身で執事見習いとして、後に母の専属として仕えていた。母と父が結婚してエストール領にやってきた際、母に付き従いこちらに来たそうだ。その後、持ち前の優秀さで母の意を酌み実力を発揮し、数年後にはソリス男爵家の家宰として、父、母に次ぐ序列三位の位置まで昇りつめていた。


人手不足だったエストール領だが、まだ二十代で若造と呼ばれても仕方ない彼の大抜擢に、当初は反感や反発も多かったらしい。だが、持ち前の有能さで、反感や反発を一蹴、ソリス男爵家を裏で支える存在になった。彼は若くして家宰に抜擢された、しかも爽やか系の金髪イケメン……。

モテキャラの要素満載だった。屋敷に仕えるメイドにも彼のファンはすごく多い。家宰と会話しただけで、テンション爆上げになり、仕事をバリバリこなすメイドを何人も見たことがある。

俺自身、前回の歴史でまだ父母が健在のころ、家宰に提案を持って行ったことが何度かあるが、毎回、ぐうの音もでないほど提案の不備を指摘され、心が折れそうになっていた。ただ、最終的には俺の提案を全て承認し、内政面に反映してくれたのだけど……。

そういった事情で、毎回赤点しか取れないダメな生徒だった俺は、彼に対し苦手意識満載だった。もちろん、彼に比べモテると実感したことのない俺の、僻みも多少あったとは思うが……。

後日になって俺が領地を継いだとき、疫病で早々に彼を失ったことが、男爵領にとって大きな痛手だったと思い知らされた。政務で行きづまり、決裁を滞らせたとき、せめて彼が居てくれれば、そう何度も愚痴ったか、覚えていないぐらいだ。今、アン直属の上司であるレイモンドさんは、アンを通じて俺の行動の報告を受けているはず。恐らく今の俺を良く知っている、という点では、アンに次いでレイモンドさん、そして両親の順番になるだろう。そんなことを思いながら、急遽参加した家宰を前に、いつもより緊張しながらデモンストレーションを始めた。


「先ず見てもらいたいのはこちらの実験です」

そう言ってアンが水を流した樋に水車を並べ、発表に取り掛かった。

「まず、水車を水流に沈め回転させます。すると回転した水車が水を掬い、汲み上げていきます。その水は、横の樋に流れ、樋を伝って水はもとの水流より高い位置を流れていきます」

まだ両親は、その様子をただ黙って見ていた。

「そして、こちらも見てください」

今度は動力水車に取り掛かった。

「こちらの水車の回転軸にこのギアを接続します。すると、ギアにより、回転方向が変わります。変わった回転の力は、取り付けたこの棒を延々と動かします」

水流によってギアに接続された棒は、持ち上げられては落下することを繰り返し、もう一方に設置されたギアは、小さな円盤をぐるぐる回転させ続けていた。


デモンストレーションを見た両親は、俺の作業を、微笑ましく見守る様子で見ていたが、家宰は最初から凄く興味深そうに見ていた。これが何のための物か……、もちろんこれらは単なる玩具ではない。家宰は、既にその目的に気付いているようだった。動力水車の動きに驚愕した顔でかじりついている。俺は両親にそれを理解してもらえるよう、一言添えた。


「この揚水水車を使い、川の水位より高い場所に水を汲み上げて、灌漑かんがい用水が作れると思います。これまで農地として使えなかった土地にも、十分な水を送れると思ったのですが……」

母の表情が変わった。

「この動力水車は、ギアを使って回転軸を変更することができます。そうすれば、今までは人力で行っていた作業も水車が代替できます。しかもずっと休みなく動かせます」

「タクヒールさまは、これがどのように役に立つとお考えですか?」

「例えば、石臼をこれで回せば、休みなしに夜通し回すことが可能です。これなら小麦粉を楽に、効率的に大量生産できると思うのですが……」

家宰の質問に答えると、ここで父の表情が変わった。

「タクヒールさまは、いったいこの知識を何処で?」

家宰は予想していた質問をしてくれた。

俺は、驚きと、当然だが不安そうな両親を見ながら、話を続けた。

「以前に見た本に、どこかの国でこの水車に似たものが使われていると書かれていました。カイル王国内ではあまり活用されていないようですが……」

そう言って周りを見渡した。不審に思われていないようで一安心した。

「そこで思ったんです。水の力を使って、この動力水車と揚水水車を活用することができたなら、領地の発展に役立つのではないかと……」

あどけなさを装いながら、精一杯照れた演技で答えてみました。実際は、ニシダが見た漫画や、ラノベ、アニメに出ていた発想を真似しただけだけど……。作ること自体はもちろん、試行錯誤で頑張った。これらはまだ、両親には全て話していないが、水車はあくまでも切掛けに過ぎない。


第一に、動力水車を石臼に連結させ、小麦粉の生産量を大きく拡大すること。

それにより、人力で行う製粉の非効率を改善すれば、大量の小麦粉が安価で生産できる。

そして、大量生産の価格優位性を武器に販売できる。

第二に、灌漑により耕作可能地域を拡大し、洪水に強い場所の開拓を進め、収穫を増やすこと。

水量が増えれば、用水路の延伸や拡大ができる。新規用水路が増えれば、耕作可能域も増える。

そうすれば、洪水リスクの低い高地を、水の確保で農地化できるため、生産量の拡大も可能だ。

第三に、人件費がかからず安価で大量生産した小麦粉から、携行しやすい加工製品を開発する。

これにより産業育成と商売上で優位に立ち、経済力を強化することだ。


それは、この世界にはない、おいしい乾麺を開発することに始まり、商品化により、小麦粉の需要を今以上に高めることができる。そして、製品開発製造の名目で、大豊作時に大量の小麦粉を買い占めることができる。第一の矢によって、そんな結果を導くことを目論んでいた。


・この先の大豊作、大凶作の被害を回避すること

・小麦粉などの製粉作業を効率化し、価格面で優位性の確保と、備蓄を増やす契機とすること

・戦時に有効的に使える食料を準備し、輜重しちょう部隊の役に立つこと

・耕作地を広げ、洪水のリスクを分散すること


結果的に、災害対応の選択肢が増え、備蓄ができることを目指せれば……、そう考えていた。

この提案の結果、レイモンドさんの強い後押しもあって、翌日から導入地の調査が行われ、程なくして男爵家から正式に、木工職人工房へ大量の水車が発注された。それまでの俺の相談があったため、親方のゲルドさんや職人さん達の理解も早かった。俺の模型とは比べ物にならない大型の水車が、カールさんを組頭に開発と製造が進み、数か月後には続々と納品されることとなった。


今は、母とレイモンドさんが取り仕切り、水車を使用した灌漑工事も進み、母が見立てた土地の開拓も次々と進んでいる。父は小麦粉の卸先の開拓、この商機を有効に活用するための準備に余念がなかった。エストの街には商人たちが集まり、日々活況を呈していた。