「全く人の気も知らないで……」
彼女たちが去った後、俺は幾度となく愚痴をこぼしていた。もちろんまだ言葉にはならないが。
グリフォニア帝国との関係や、今の状況については俺も詳しく知らない。正直言って、俺の記憶にある前回の知識は、主に十六歳以降、男爵家の当主になってから得たものが多く、それまでは政治や外交に疎い、ただのお坊ちゃんとして育っていたからだ。
ちなみに俺の知る知識の外敵情報は、隣国の現皇帝が統治している間はまだ安泰、国境紛争と呼べる小競り合い程度であり、常勝将軍と呼ばれるヴァイス将軍が、第三皇子に重用され始めると危険信号が灯る。帝国の第三皇子が南方での戦いで勝利すると、俺への死亡フラグが立ってしまう。皇位継承権を得て、彼が皇帝に即位し帝国の体制が固まると、勅命を受けたヴァイス将軍が軍団を率い大挙して侵攻してくることとなり、そこでフラグは回収される。
予想外の侵攻ルート、侵攻速度の二つに翻弄され、俺は敢え無く敗退し、降伏する事になる。
だが、実は……。
俺が十歳になる以前から、エストール領は、様々な災厄に見舞われ命脈を削られていたらしい。そのことは、俺が幼少で記憶になかったが、ソリス男爵領史のなかにそれに関する記載があった。それによると、正直言ってそれなりに大きな災厄が、俺の知る最初のフラグの前に起こっている。これらでダメージを蓄積し、余力を削られ最後に、この五つの大災厄に見舞われたことになる。
これって踏んだり蹴ったりでは済まないのでは? 正に呪われているとしか言えない惨状だし、現実問題、これら全てを回避する方法はあるのだろうか? この時点で俺の前途はまだ真っ暗だ。
三歳の俺は、この課題に直面し、いつの間にか両手を頭に抱えたまま眠ってしまった。
「キャーっ。奥様! 久しぶりにタクヒールさまが可愛いポーズを!」
……、勘弁してくれ。今の俺には、まだ整理しなくてはならないことがたくさんあるんだ。
◇権限と血統魔法について
権限についてはそもそも、国王から領地を授かった領主貴族となる必要があり、それによって発生する効果の総称だ。俺にとって大事なのは、その権限によって発生する、血統魔法と呼ばれる固有スキルだ。残念ながら前回の歴史では、俺がそれに目覚めるのは死ぬ直前であり、それまでは権限なし領主として、この血統魔法の恩恵を受けることはできなかった。いわば俺は、残念な領主の見本といえる存在だった。今回の歴史でも、次男坊の俺が領主貴族となるためには、巻き起こる災厄を回避できず、両親と兄を失うことが前提となってしまう。それは悪手でしかない。
頭を抱え悩んだ結果、領主貴族となり権限により血統魔法に目覚め、日本へ帰るという流れの攻略ルートは一旦除外した。俺はまず家族を、そして領地を守ることを優先して対応を進めなければならない。そしてもしかしたら、父の治世下において、父の権限の恩恵で俺が血統魔法に目覚めるかもしれない。そのことを
血統魔法と呼ばれる、各貴族家が持つ固有スキルについては、詳しく考察した。
固有スキルは権限に連動しもたらされるもので、領主だけでなく直系の領主一族、ごくまれに傍系の一族にも発生することがある。固有スキルが発生した者は、通常領主と同じ属性の魔法が使えるようになるが、領主である父親に対し、母親が異なる固有スキルを事前に持っていた場合、その子供は両親いずれかの属性を引き継ぐか、まれに全く異なる特殊な固有スキルを持つことがある。
うちの家族がその最たる例だ。
父は戦功によって騎士爵から男爵に昇爵して領地を拝領した。領主になった際、時空魔法に目覚めたが、母については父に嫁ぐ前から既に、実家の権限に供う地魔法の固有スキルを持っていた。そのため兄は、全く異なる固有スキルを成長する過程で獲得していた。そして俺は、父の治世下では固有スキルに目覚めることがなかった。
俺のように、貴族の家系でも魔法の力を持たない、子息や息女が存在することはあるようだが、何らかの勲功がない限り、その者たちが跡を継ぎ領主となることは非常に稀だそうだ。なお、一旦獲得した固有スキルの魔法は失われることはなく、領主が引退、罷免などで交代したり、領主の娘として他の領地に嫁いだりしても消えないらしい。
◇魔法について
この世界には数こそは少ないが魔法を使える者がおり、これを総称して魔法士と呼ばれている。
魔法士には大きく二種類があり、主に貴族が領主の恩恵で得る血統魔法と、それらに関係なく、魔法が行使できる適性を持つ者に大別されている。後者は身分や家柄に関係なく、市井の者たちから生まれてくるが、人口に対しその数は非常に少ない。
確率的に非常にレアケースではあるが、極まれに固有スキルの血統魔法と、通常の魔法士適性の双方を持ち、ひとりで異なる属性の魔法を行使できる者がいる。だがそれは、あくまでも例外中の例外で、その存在はあまり表に出ていないらしい。
貴族の血統に関係なく存在する魔法士は、確率的には五千人に一人と非常に希少で、この後述べる現実的な問題から、実際はそれを遥かに下回ると言われている。
一般に魔法士となるには、魔法適性に合わせた儀式を、教会で受けることが必要で、儀式には、本人の属性に適合する魔石の触媒が必要になる。ただその触媒となる魔石は、魔境に生息する一部の魔物からしか得ることができず、非常に高価で、一般の領民では
魔法士の適性を持っている者が非常に少なく、魔法士になるために必要な触媒が非常に高額なため、誰もが気軽に魔法適性を確認できるものではないのが現状だ。更に、仮に魔法士たる適性を持っていたとしても、適性のある属性に合った触媒を使用しないと、執り行った高額な儀式、触媒は無駄になってしまう。だが、儀式を受けなければ、魔法士適性があるかどうか、それすら分からず、当然魔法も使えない。
言い伝えや伝承をもとに、明確な根拠がないまま様々な適性の儀式を、アタリが出るまで受け続けること、それは金額的にも精神的にも大きな負担となる。そのため魔法士は、一部の有力貴族やその支援を受けた者、大商人や教会有力者が支援している者など、相当裕福な家系であるか、スポンサーを得た者しかなることができないのが現状だ。そのため、可能性のある者が潜在的に五千人に一人存在しても、儀式まで辿り着ける者の数はそこから絞られ、結果としてその数は更に減る。
魔石を入手するための、魔物の棲家である魔境を抱えているカイル王国は、自国で魔物から触媒が得られることにより、他国に比べて圧倒的に魔法士の数が多く、魔法先進国と呼ばれている。
だがこのことが火種となり、近隣諸国には魔法士の脅威排除、魔境から得られる素材の利権獲得といった目的を与え、グリフォニア帝国を筆頭に他国は虎視眈々とカイル王国を狙っている。
◇ソリス男爵領史について
俺が産まれたとき、俺の傍らにあった不思議な本を、信心深い両親は福音書と呼び、大切に保管していた。俺が三歳に成長してから再びそれを手にしたとき、初めて気付いたことがあった。この本、何故か文字が全て日本語で書かれている。当然……、それは俺にしか読めない。
表紙に『ソリス男爵領史』と記載されているそれを、中身は全く読めないものであっても、両親はこの本を天からの授かり物として扱い、大切に保管していた。そのため三歳になるまでは、俺もその本を手にすることができなかった。
ソリス男爵領史には、男爵家の紹介、俺が処刑されるまでのソリス男爵が治める領地の歴史が、叙事詩っぽい文章で記載されていた。歴史の他には、俺が二十歳時点での領地の地図、農地や収穫量、鉱山の概要が記載されており、最後に、父の代から生没含めた領民一覧、実に八千人以上の人名などが記載されていた。
三歳になったころの俺の状況、現状認識はこんな感じであった。