第二話 やりなおしの世界の考察(カイル歴四九六年 三歳)

俺が三歳になるぐらいまでは凄く大変だった。世間的にはまだ乳児、そう呼ばれる時期には既に自由に言葉を話し、文字を読むことも書くこともできた。だが、それを人前で見せることはできなかった。そんな子供など、存在したら不気味を通り越して化け物だ。

なので、怪しげな行動や言動を必死に取り繕い、考えたことは全て、頭の中で何度もシミュレーションを行って記憶に叩き込んだ。実際、考えた作戦や手順など、行うべきことや必要な現代知識については、もう何万回という程、頭の中で推敲したか分からないぐらいだった。


そして、三歳の頃になるとやっと、その空想ゲームから解放された。誰よりも早く文字を覚えたことにして、書を読み漁り始めた。これが後になって『ソリス家の神童』、そんな余計な異名をもらってしまうことになるのだが……。

このころになると、少し周りの世界も見えてきた。

どうやら前回の記憶も交え考察すると、この世界は産業革命前の中世ヨーロッパ、文明レベルでいえばそれに準じているようだが、少し日本的な、いや古代中国の要素も混じっている気がする。そして、この世界には存在する魔法、これが文明の発展や文化を歪なものにしていると感じた。

人口に比して魔法が使える者は希少ではあるが、この国の支配階級の多くが魔法を使える者によって成り立っており、そのあたりが大きな特色、以前いた世界、日本との相違点になるだろう。

このことは前々回の人生、ラノベでよく読んだ異世界、それに似ていると感じた俺は、少しだけ嬉しくなった。なんせ俺自身が相当……、ハマっていましたから。今の俺はまだ三歳の幼児、誰も俺の言うことをまともに聞くはずもないし、色々やりすぎないよう、自重しなければならない。

幸いにも、乳児期から幾度となく繰り返した脳内シミュレーションのお陰で、俺には前回、前々回と生きた記憶も、頭の中にはっきりと残っている。その為、前回の俺とは全く違うスタート位置に立てていると思う。唯一の問題、それは前回の俺の幼少期、俺自身の記憶がおぼつかない時期に起こった出来事だが、それに関しても救いの手があった。


今の俺には、俺の魂と共に、こちらの世界に飛ばされてきた『ソリス男爵領史』がある。

この本が、俺の記憶を補完してくれることになった。これまでずっと、思い描いていた実行計画を形にする前に、先ずは現状確認と、必要な情報と状況を紙に書き並べ整理してみた。万が一それが家族に露見したときの対策も万全だ。俺はその文字を全て日本語で書いている。仮に誰かがそれを見ても、内容は誰も理解できないし、子供の落書き程度、そう思わせることができるだろう。


◇エストール領について

俺たちが住まう、ソリス男爵の領地はエストール領と呼ばれ、カイル王国の南側最辺境にある。

何故ソリス男爵領と呼ばないのかは不思議だったが、前回の歴史でもそれが自然と受け入れられており、辺境のため領域は広大だが、未開発地も多く今後の可能性を十分に含んだ領地だった。

領地は優秀な父や母、行政担当者の活躍により、鉱山と、農業、交易による収益と、三つの柱となる基盤があり、男爵領としては突出した、とても豊かな領地となっている。


・領内の人口は約七千人だが、広大な辺境領ゆえに更に伸びる余地は十二分にある。

・領主を含む俺たちは、人口約千八百名のエストと呼ばれる街で暮らしている。

・領内には、エストの街を中心に、他に四つの町、農村が二十五か所ある。

・動員可能兵力は約四百五十人(常備兵+兼業兵)、一般の男爵領に比べると抱える兵力は多い。

・国境に位置し、国境を巡る戦役に備えているため、兵士は精鋭が揃っている。


◇カイル王国について

この部分は、前回の歴史を生きた俺の知識も併用している。カイル王国は周囲の国家と比べ、比較的豊かな中堅の国家で、四方は山に囲まれた内陸国だ。産業は農業と牧畜、そして鉱山収入が中心で、国王と多くの貴族が支配する王政を敷いている。王国の南及び東の辺境区域、隣国との国境線の手前には、魔物が生息し、人外の領域となる魔境が広がり、それが危険地帯であるだけでなく、魔物由来の貴重な素材は武器や防具、衣服に転用が可能で様々な恩恵をもたらしている。


・王国全体の人口は、約三百万人程度といわれるが、戸籍制度がないので定かではない。

・国土は、隣国の四か国と接し、南と東の二国とは常に争いの火種が残っている。

・他国に比べ魔法先進国で、突出した数の魔法士を抱えることが強みとされている。

・王家を中心に貴族制度が採られ、公爵・侯爵・辺境伯・伯爵・子爵・男爵の序列が存在する。

・これに加え準男爵・騎士爵の準貴族があるが、世襲が認められず一代限りの貴族階級となる。


◇回避すべき五つの大災厄

口では簡単だが、実際にこれらを回避することは相当困難だ。改めて整理してみると自分自身、震えが止まらないレベルだ。


十歳  大洪水 オルグ川の氾濫で穀倉地帯は壊滅し、穀倉地帯中心にある町は濁流に沈む

十三歳 戦災  グリフォニア帝国との戦いで、兄を失い男爵軍も多くの犠牲を出し弱体化する

十六歳 疫病  父、母、妹、家宰が疫病で病没し、領民の二割も疫病の犠牲となる

十九歳 干ばつ 干ばつによる大飢饉で領内は困窮し、飢餓にあえぐ領民二割が逃散や死亡する

二十歳 終焉  グリフォニア帝国の大規模侵攻で、俺は敗北し処刑されて男爵家は断絶する


もう踏んだり蹴ったりとしか言いようがない。

「天候や外敵の要因に対し、一体何ができるっていうんだよ」

赤ん坊の頃から俺は、このことに対していつも悩んでおり、時には寝かされた揺りかごの中で、両手で頭を抱えたまま眠ってしまっていた。その様子を見た母やメイドたちは、大喜びしていた。

『タクヒールちゃんの可愛いポーズ』

そう呼んで、俺が両手で頭を抱えて眠っている際は、その度にわざわざ見に来ていたようだ。