第一話 やりなおしの世界(カイル歴四九三年 零歳)

~~~~ソリス男爵領史 二世誕生~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

カイル歴四九三年、ソリス男爵家に次男としてタクヒール誕生す

後年、男爵家を継ぎ民主導の政を行うが、天の災い絶えることなく、領地は更に凋落ちょうらくの道を辿る

新しき領主となる彼には、天からの祝福も授けられること無く、統治者として目覚める力もなし

天運から見放された領主に対し、民大いに嘆き、貴族としての力無き領主を信奉することなし

ソリス男爵家最後の領主として、歴史から消えゆく定めを持つ者なり

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あれ? ここはどこだ?

途切れた意識のあと、再び目を覚ますと、まばゆい不思議な場所にいた。いや、ここに来る前に真っ暗な光のない世界を漂ったあと、光の川に飲み込まれた気もする。そして今、起き上がろうとしたが、何故か自分の体が思うように動かない。声も……、思うように出ないようだ。おかしいな?

というか、言葉がちゃんと発音できず、出せた声はまるで赤ん坊みたいだった。

「っていうか、俺、赤ん坊じゃん!」

思わず叫んだその声も、全く言葉になっていなかった。

一体ここは? どこだろう? 揺りかごのような物の中で寝かされている気がするけど。あの時俺の身に何が起こり、あの後で俺は一体どうなったんだろうか?

確か処刑される瞬間に権限が発現して。命が尽きる瞬間にダメ元で……、最後の最後にやっと使えるようになった、血統魔法を使ってみた気がしないでもない。


『時空魔法を限界使用し時空転送を行います。転送に際し、領地鑑定の情報はソリス男爵領史として書籍化しました。これより本人の魂と肉体、ソリス男爵領史を転送します。なお、転送魔法を限界使用した反動で、使用後は時空魔法及び転送前の肉体は消滅し、新しい器に置き換えられます。実行しても宜しいですか?( YES or NO )

YESが選択されましたので、これより時空転送を開始します』


燃え盛る炎のなか、俺が最後に聞こえた声だった。

俺は他の世界に生まれ変わったということだろうか? ふと隣を見ると、『ソリス男爵領史』と書かれた、重厚で厚手の表紙に飾られたアンティーク調の、古めかしい分厚い本が置かれていた。今の俺、赤ん坊の体では開くこともできないけれど……。

ということは……、成功したのか?

最後の最後、きっとみんなの祈りが力をくれたお陰に違いない。みんな、本当にありがとう!

もう一度、父や母、兄や妹に会える! もう一度懐かしい人達に会える!

以前俺が居た世界で、悲しい別れをしてしまった、多くの人たちと再会できるのか?


俺は嬉しさのあまり涙が止まらず、大声で泣いていた。多分……、傍から見るとそれは、赤ん坊のギャン泣きにしか見えないのだろうけど。

そしていつのまにか、泣き声に気付いて飛んできた母が、ゆりかごから俺を抱き上げていた。俺が十六歳の時、三十五歳の若さで亡くなってしまった母。となると、今は十九歳かな?

うーん、母さま、めっちゃ若いんですけど……、まぁ、当たり前だけど。嬉しくて、懐かしくてまた泣いてしまった。

「あらあら、タクヒールちゃんはお腹が空いていたのね? ごめんなさいねー」

俺を抱きかかえたまま、おもむろに母は衣服をはだけていった。

えっ? これってまさか……、その……、授乳ですよね?

『いやっ! ってか、母さま! それはアカンやつです! 見た目は赤ん坊だけど、アラフィフのオッサンが二十歳未満の女性から授乳って……。そんなこと俺の中では完全に犯罪ですからね! いや、そもそも恥ずかしすぎますって!』

必死になってまだ据わってもいない首を振り、俺は抵抗を試みた……。

「あれぇ? タクヒールちゃんはお腹が空いてないのかなぁ?」

『いやいや、そういう問題じゃなく……、普通戸惑うでしょ!』

その、明るい金髪にあざと可愛い困り顔、俺的にはドストライクですが……。いやいや、そういう問題じゃない! そんな顔されたら余計に困るんですけど。

結局、頭の中だけの抵抗もむなしく……、最後は赤ん坊の本能に勝てませんでした。


『あれ? 今俺は何て言った? 正確には、俺は何を言おうとしていた?』

俺は不思議な違和感に気付いてしまった。さっき俺はとっさに、アラフィフのおっさんが……、思わずそう心の中で叫んでいたと思う。それは明らかに違う! だって俺が処刑されて死んだのは二十歳であったはずだし、アラフィフって言葉、初めて聞いた言葉なのにちゃんと意味が分かる。

俺は何でそう思ったのだろうか?

そう考えた瞬間、頭の中が真っ白になって押し寄せる洪水の如く、別の記憶が流れ込んできた。

ニシダタカヒロ、そんな名前だったな。タカヒロが転生してタクヒールって、発音の変換に失敗しました。そんな感じに思え笑ってしまう。そういえば昔、外人から自分の名前を発音された時、そんな感じの変な呼び方をされたことがあったかな? 俺の中で記憶が次々と再現され、様々な情景が脳裏に浮かんだ。

そっか、俺って、元はどこにでもいるごく普通の庶民だったんだよな。だからこっちの世界でもよく、『貴族らしくない風変りな次男坊』、そんなふうに呼ばれていた訳だ。一瞬では理解が追い付かないほどの、膨大な記憶の奔流にさらされ、溢れ返る懐かしくも悲しい記憶のなか、再び俺の意識は途絶えた。

◇◇◇

ニシダは日本生まれ、しがないサラリーマンとして人生を送っていた。

愛する奥さんがいるが、子供はおらず、ニシダ自身の感覚なら夫婦二人で仲良く過ごしていた。ただニシダには少し暗い過去があった。少年時代に虐めを受けた影響か、成長してもいつも周りの目を気にして、人の顔色ばかり窺う性格になっていた。それが災いしたのか、仕事もまじめにこなしていたが、自己主張が下手で、同僚に成果を奪われ、出世街道からも外れてしまっていた。

そして折からの不況でリストラにあい、その後の再就職もうまくいかず、悶々とした日々を過ごしていた。そして、唯一の楽しみであるラノベ、それも転生物にはまっていた。これまでの自身の人生を、できることならもう一度やりなおしたい、そんな思いを抱いていた。

そしていつしか、家で毎日ラノベを読み漁る典型的な中年ニート、そんな状態に陥っていた。

更に蘇ってきたのは、俺にとって思い出したくない、非常に情けなく悲しい記憶だった。

中年ニートと化した俺を、結婚してはや二十年の妻ユウコがずっと支えてくれていた。彼女は、働き手を失った家計を支えるため、自分から進んで仕事に出てくれていた。

『貴方はきっと凄いことができます。中途半端な仕事よりも大きなチャンスを掴んでくださいな』

そう笑って働く彼女に、いっぱい苦労を掛けたと思う。

そんな妻に甘える日々が続いたが、ついにある日、過労と心労で妻が倒れてしまった。昏睡状態になり病院のベッドで眠る妻を前に、俺は泣きじゃくった。そして自分を呪った。

これまでの、どうしようもない生活をしていた自分自身を! いつも笑顔で、俺を信じ何一つ不満を漏らさなかった妻に、甘え続けていた自分自身を! 俺はやっとそこで目が覚めた。


しばらくして妻は昏睡状態から無事回復した。

まだ病床でやつれた顔をしながら、それでも俺を気遣う妻の傍らで、大泣きした。それからというもの、ニシダは仕事を選り好みせず、収入になることは何でもやった。アラフィフにはキツイ肉体労働、凍てつく冬の外での夜間警備、同僚のアルバイトたちが短期間で次々と辞めていくような問題のある職場、昼と夜との仕事の掛け持ちなど。だがそれらを辛いと思うことはなかった。

不思議なことに、少しだけ収入が安定すると、本来やりたかった仕事の案件も、昔の仕事仲間や関係者から、ポツポツ舞い込むようになった。そして、自分にもやっと自信が持てた気がしたころになると、妻にも昔の明るい笑顔が戻ってきた。忙しいけど、とても充実した毎日だった。

ところがある日、今度は自分が倒れてしまった。

原因はアラフィフの年齢にも拘らず、色々と無理な仕事をし続けたことだった。仕事に没頭し、定期的な検査も受けていなかった俺は、自身の身体を蝕んでいた病魔にも気づいていなかった。

『何故だっ! これからなのに! やっと、やっと全てが順調に進み、妻を安心させてあげることができる、そう思ったところなのに!』

そんな無念の言葉を、病院のベッドの上で吐いたところで、俺の記憶は終わっていた……。

◇◇◇

タクヒールとして再び意識が戻った時、また涙が止まらなくなった。

あの後、妻はどうなったのだろうか? 俺が居なくなって、子供も身寄りもない妻の、その後の人生を考えると不安でたまらなくなった。また傍から見ると、赤ん坊がギャン泣きしているように見えたのかもしれない。この世界の母が飛んできて、俺を優しく抱きあげ背中をさすってくれる。

だが、俺は知っている。この世界でも、この家族が迎える悲しい結末を。このエストール領が迎える、涙と悲しみに暮れる未来のことを。

『今度もまた、あの悲しみと辛い経験を繰り返すのか……、いやだ! それだけは絶対嫌だ!』

改めて俺は強く思った。今、俺の心にはニシダタカヒロとしての悲しみと、ソリス・タクヒールとしての悲しみ、この二つの悲しみが、等量の強さでしっかりと残っている。

『前回の歴史』で男爵家が辿った、悲しい未来を回避するのだ! 俺の武器は、前回の歴史知識とニシダが持つ現代知識だ。『今回の世界』で新しい歴史をつくり、家族を救うことに専念する。

そして歴史を変えてやる!

全てをやり遂げたあと俺は、前回の歴史とは違った形で領主となり、その領主の力『権限』を発現させ、再び時空魔法をこの手に得てやる! そして俺は、新しい未来から最初の過去へと帰る。最初の過去で俺を待つ、ユウコの元へ! ニシダタカヒロにもう一度戻り、妻のユウコと、ふたりで新しい未来を作る!


おおまかな方針はまとまった。

もちろん、まだ赤ん坊の俺にはまだ何もできないことばかりだけど、これから先、残された時間もまだ十分にあり、対策を整える猶予はある。

こうして、新しい未来を歩む俺の決意は固まった。