第一章 胎動

プロローグ 終わりのはじまり(カイル歴五一三年 二十歳)

~~~~ソリス男爵領史 終章~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

カイル歴五一三年、グリフォニア帝国は大挙して国境を越え、カイル王国を侵攻する

帝国が誇る常勝将軍、疾風の黒い鷹は、軍団長として皇帝の意を受け、その才を発揮する

国境を守るカイル王国の盾、ハストブルグ辺境伯らの迎撃をたちどころに粉砕する

後退した敵軍に対し、敵味方を欺く左翼部隊の大規模な繞回じょうかい進撃を行い、直接王都を衝く

進路上にあったソリス男爵、テイグーンに拠り迎撃を試みるも、敢え無く敗退

帝国軍は内通したヒヨリミ子爵領を抜けた別動隊と合流、二万騎を以てエストール領を占領する

ソリス男爵はその一命を以って領民と残兵の安全の保障、略奪を禁じる約定を交わし帝国に下る

北方派遣軍団長ヴァイス将軍により、若き男爵は処刑され、ソリス男爵家の歴史は終焉を迎える

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「これよりここエストール領の旧領主、ソリス・タクヒール男爵の処刑を開始する!

なお、この処刑はグリフォニア帝国北方派遣兵団、ヴァイス軍団長とソリス男爵との間で交わされた以下の約定に従い実施される。

ひとつ、ソリス男爵は全ての戦争責任を負い処刑とすること。

ひとつ、男爵は領内で収穫される実りの徴税権、全ての糧食、財産を帝国に引き渡すこと。

ひとつ、この約定により男爵領内全ての領民・兵士の生命、財産の安全を帝国軍が保証する。

以上、皇帝陛下の威に服さず、ここエストール領に数々の災厄を招いた責任者、ソリス男爵への公開処刑を行うことを、皇帝陛下の代理人たる我、ブラッドリー侯爵がここに宣言するなり!」


ん? どこからか鐘の音が聞こえる。

俺は鐘の音で、傷の痛みで朦朧もうろうとしていた意識をやっと取り戻すことができた。

ううっ、身体のあちこちが痛いな。また傷口が開いちゃったかな?

『ところで誰だ、あの偉そうな髭オヤジは? 俺は会ったことがないけど帝国の将軍のひとりか?

何か……、集まった領民たちに向かって演説しているけど、一体何があったんだっけ?』

澄み渡る夜空に、悲しげに鳴り響く鐘の音は、徐々に俺の意識を明瞭にしていった。

『そうか! ここは……、エストの街の中央広場か? さっき確か、公開処刑を行うと言っていた気がするけど、それってもちろん俺のことだよね?』

まるで他人事のように、俺はそんなことを考えていた。

『よかった。これでやっと俺は……、共に戦ってくれた皆のもとに、行くことができるのかな?』

ソリス男爵家当主だった俺が、侵略してきたグリフォニア帝国軍によって、今まさに公開処刑されようとしており、広場の中心部で両手と両足を縛られはりつけにされている。そしてその周囲には、中央広場を埋め尽くさんとばかりに領民たちが集まり、怒りに満ちた目でその成り行きを見守っているということか。段々と状況が分かってきた。


そう……、領民たちの怒りは侵略者に対してではなく、きっと俺に向けられているものだろう。それは、とても悲しいことだが、無理もないと思う。エストール領と呼ばれるソリス男爵の領地は、かつては辺境の男爵領にしては驚くほど豊かだったし、優秀な父と母たちが十数年かけて発展させたものだ。ただ、豊かさ故に、隣国だけでなく、近隣の貴族からも疎まれていたが、両親を始め家臣たちは数々の戦役や陰謀、天災が訪れる中をなんとか乗り切り、この領地を守ってきた。

でも、どこかで運命の歯車が狂ってしまった。


俺が十歳を過ぎた頃から、天運に見放されたかのように、この地には次々と災厄が襲った。

大洪水、戦災、疫病の流行、干ばつによる大飢饉だいききん……。俺たちの必死の努力にもかかわらず、豊かな大地はやせ細り、ここに住まう人々の顔から笑顔は消え、領地は大きく衰退してしまった。

最初に起こった不幸は、大洪水で穀倉地帯が壊滅して、農業生産力が半減したことだったかな? その三年後には、国境の戦いで優秀な将来を嘱望された、次期当主である兄を失ってしまい……。それでも何とか領地は、父や母、それに次ぐ地位であった家宰の努力で支えられていた。

だが、その後さらに致命的な出来事が、兄を失った三年後に起こってしまった。俺が十六歳の冬に発生した疫病で、多くの領民と領主一家、父、母、妹を失い、内政面で男爵家の大黒柱であった優秀な家宰をも失い、この領地は率いるべき指導者を全て失ってしまった。

他に誰も該当者がいない、そんな理由だったかもしれないが、何の才覚もない俺が領地を継ぎ、それこそ立て直しを図るため、必死になって様々な施策を行い、寝る間も惜しんで努力をした。

だけど、才能もない俺の付け焼き刃が通じるほど甘くもなく、その後も領地は衰退し続け、俺が十九歳の時に発生した大飢饉は、致命的な痛手となり多くの領民を失ってしまった。この地に住まう者にとって不運と不幸の連続、そんな言葉では通じないほどの惨状が続いたからだ。


領民たちは、両親たちの喪失を嘆き、俺を無能と罵る怨嗟の声を上げていたことも知っている。

そして最後は、これまで幾度となく撃退してきた隣国が大挙して侵攻し、侵略軍を指揮した将軍が執った予想外の戦略に、俺たちは敢え無く敗退して、もうそれ以上戦う力も残っていなかった。降伏にあたり、俺はなんとか敵将と交渉した結果、自分の命と僅かばかり残った財貨と糧食、加えてこの秋に得られる領内の収穫、その税収分全てを提供することと引き換えに、領民たちの命と財産を帝国側に保証してもらうこと、そんな約束を取り付けることができた。

これが俺の行った内政で、唯一、善政として結果の残ることだとは、皮肉でしかないが……。

領民たちが陰で俺のことを『権限スキルなし領主』、そう呼んでいることは知っている。

この世界で、貴族たちは『血統魔法』と呼ばれる魔法が使える。一般の領民は、そもそも魔法が使える者自体が非常に少なく、魔法は支配階級となる貴族の証として、尊敬の対象になっている。

そもそもこの血統魔法は、領地の当主が王都にて領主貴族に任命された証として現れる『権限スキル』によって生ずるものと言われている。権限を持つ領主が誕生すれば、家族や近親者などにもスキルとして血統魔法を行使する力が生まれるといわれ、貴族たちは権限によって、代々その権威と血統魔法を受け継いでいる。


その権限の影響は大きく、その有無は貴族としての存在価値に関わる重大事となる。加えて各領地に最低ひとつ以上存在する教会からは、権限から生ずる恵みについての報告がなされ、領地は祝福される。その恵みというのは、領地によって色々異なるらしいが……。

ある者は、大地からの祝福に恵まれ、領内により多く収穫をもたらす恵みを。

ある者は、商人が集まり、領内でより盛んに商取引が行われて商業が発展する恵みを。

ある者は、武に秀でた者たちが集まり、配下の兵たちがより精強になる恵みを。

もたらされる恵みの種類は様々だし、もちろんその恵みの効果は眉唾なものと思われていることもある。しかも、恵みが発生するには、領主貴族であることに加え、治める領地の発展度、領民の忠誠度などが一定値以上必要と言われ、全ての血統魔法や恵みに影響を及ぼす根本の要素、それが領主の権限だとも言われている。

それぞれの領主は、この権限による恩恵を受け、率いる家を、そして領地を発展させていくが、極まれに、その権限が生じない領主、すなわち血統魔法もなく、身内にも広がらず、領地に恵みがもたらされることもない者、領主として治める領地に未来の希望がない者が誕生することもある。


悲しいかな、それが正に俺だった。

それはむしろ当然といえば、当然のことだったかもしれない……。

剣技に長け兵たちからの人望も篤く、戦上手で将来を嘱望された、兄に比べ大きく劣っていた。

戦闘能力と、魔法を商取引に活用し、投機などで商才に長けた、父の足元にすら及ばなかった。

開発、開拓などの内政運営と、政治面での指揮運用能力に長けた、母とは比べ物にもならない。

俺は何の取り柄もない出涸でがらしの次男坊だった。災厄や戦災により家族を失い、なし崩しで領主になった後も災害で領地を荒廃させ、人口も生産力もどんどん衰退させてしまっていたのだから。


領民達が至る所で呟く陰口も、俺に対する怨嗟の声も、俺にとってはいつものことだった。無能な領主であった俺は、内政で成果をあげ、それを払拭することもできなかった。

この広場に集まった領民たちの殆どが、他国に占領された不満、これから敵兵に踏み荒らされるであろう、自分たちの生活に対する不安、領地を守り切れなかった、不甲斐ない領主への不満で、まさに爆発寸前の状態だったと思う。俺自身、最初はこの不満のはけ口として、磔にされている俺に対し、領民たちから石でも投げつけられるのではないかな……、そう思っていた。

そんなことを感じるぐらい緊迫した空気が充満していたけど、あの髭親父の口上によって、少しだけ空気が変わったのかもしれない。彼の言葉を聞いた領民たちは、俺が自らの命と財産を引き換えに、領民を守る取り決めをしていた事実を知ったため、少しは安心したのだろう。

「火をくべよ!」

髭親父の号令で、侵攻軍の兵士たちが、一斉に俺の足元に積まれていた柴に火を付けた。柴に火が灯り、最初は煙が、そして小さな火が徐々に大きくなっていく。


その時だった、遠巻きに周りを囲んでいた領民たちのうち、一人の女性が膝をつき祈り始めた。

『私は知っています。誰が何と言おうと、貴方が常に領民を大切になされていたことを』

よく見ると、以前は兄に、そして兄の没後は妹に仕えてくれていた、ソリス家メイドのアンだ。彼女は無事、屋敷を襲撃された混乱から脱出できたのだろう。良かった……。

別の場所でもう一人が膝をつく。

『私は知っています。貴方が領民のため、傾きかけていた領地を必死に、寝る間も惜しんで立て直そうとしていたことを』

今度もよく知る顔だった。彼女は俺が領主になった時、右腕として力になってくれた行政官だ。

二人で共に、寝る間も惜しんで内政に取り組み、領地の未来を語り合ったミザリー……。

俺が密かに好意を抱いていた彼女も、無事に脱出できていたことが分かり、少しほっとした。

更にまた一人。

『私は知っています。貴方は疫病の時、感染の恐れも気にせず、領民のため奔走していたことを』

あの女性は確か、疫病の時に施療院で活躍し、救援のため一緒に走り回ってくれた人だ。

綺麗なプラチナブロンドの女性……、確か、ローザさんだっけ?

祈る人は次々と増えていった。

『私は知っています。災厄のたびに貴方が、私たちの為に粗末な食事や寝床で共に戦ったことを』

あの女性も、見覚えがある。飢饉の時、炊き出しを一緒に手伝ってくれた人、クレアさんだ。

『私は知っています。貴方は家を失った私たちに、土地と生きる糧を与えてくれたことを』

あの女性、エストの街で破産した商人の娘で、ミザリーに話して行政府で採用したのだっけ? 名前も忘れてしまったけど、凄く綺麗な黒髪の人だったよな。


ってか、彼女だけでなく、みんな綺麗な女性ばっかりだな……。

こんな状況でも、俺のために祈り、泣いてくれているのが、なんだか妙に嬉しかった。

俺って……、こんなにもてたことって無かったよな? 不謹慎にも苦笑してしまった。

彼女たちの祈りの声が、何故か離れた場所にいる俺の所にもはっきりと聞こえる。いや、俺だけではないだろう。恐らく広場を取り囲んでいる、街中の人たちにも聞こえているかのようだった。

それは、不思議な光景だった。

彼女たちの声が届くと、膝をつき祈り始める人が次々に増え、それと同時に祈る人たちの声が、まるで光の輪のようになって、やさしく俺を包み始めていった。

『私は知っています。貴方が……

災厄のたびに民を救うために走り回っていたことを、

復興のために日々、一生懸命汗を流していたことを、

私達に住む場所と食事、仕事を与えてくれたことを、

貴族でありながら、領民と共に歩んでくれたことを、

今まさに、その命を差し出し、私達を守ってくれていることを……、貴方への感謝を……』


敵兵を除く全ての人が祈ってくれている、泣いている人もたくさんいる。権限なし領主と呼ばれて馬鹿にされても、必死に頑張って生きていたことが、無駄じゃなかったことが嬉しかった。

「みんな、ありがとう。本当に、ありがとう。そしてこれまで、ごめんね……」

小さく呟いた俺は、晴れ晴れとした気持ちで安らかな最期を迎えることができそうだと思った。

「テイグーンで共に戦ってくれたみんな、やっと今から……、そっちに行くよ。ちょっとだけ遅くなっちゃったけど、許してほしいなぁ。でも……、アン、ミザリー、ローザ、クレア……、この街のみんなも無事で本当に良かった」

その時、響き渡る鐘の音が一段と大きくなった気がした。そして、どこからともなく機械的で不思議な、しかし以前に聞いたことのあるような声が、天から降りてくるかのように聞こえてきた。


『スキルの発現に必要な要素が、定められた規定に到達しました。スキル発現に伴い、血統魔法として時空魔法が、恵みとして領地鑑定スキルがもたらされます』


「え、何? 今更なん? この期に及んでもう、そんなのあってもどうしようもないじゃん!

っていうか……、こんなオチ、要らないんですけど」

立ち上がる炎で身体全体が包まれ、薄れゆく意識の中で俺は、思わずツッコンでしまった。

そして俺、ソリス・フォン・タクヒールとして生きた世界は終わった。その……、はずだった。