各国の魔物討伐の使命を終え、帰国してから数日後。
ディザークはゼニスを連れ、兄である皇帝の政務室を訪ねた。
政務室の扉を叩けば、中から見慣れた兄の侍従が現れ、室内に通される。
「ディザークとゼニスか。どうかしたのかい?」
どうぞ、と勧められてディザークはゼニスと共にソファーに腰掛けた。
「リドアニア共和国の湖で少し魔物狩りをしてきたと報告したのは覚えているか?」
「ああ、ディザークが欲しい素材があったから……というやつだね?」
「そうだ。その時に狩った魔物の素材が余ったから、兄上に渡そうと思ってな」
ゼニスに顔を向けると、ゼニスが収納魔法から魔物の素材を取り出した。
それを近づいてきた兄の侍従に預ける。
侍従は預かった素材を兄の下まで運び、見せた。
素材を見た兄の表情が明るくなる。
「シルヴァレーンのヒレか!」
シルヴァレーンのヒレを使った酒は高級で、人気が高い。
兄は酒の中でもそれが一番好きで、ディザークも以前飲ませてもらったことがあるが、確かに美味い。魚の旨みと香ばしさが酒気の強い酒によく合って、なんとも言えない良い香りと味になるのだ。
「すぐに使えるようにヒレはゼニスの火魔法で焼いておいた」
ヒレは大きいので、一匹分をある程度の大きさに切ってゼニスの火魔法で炙ってある。
それでも一片が人の頭より大きいので、これを更に細かく切り、酒に浸す。
人によって好みが変わるらしいが、炙ってすぐに酒に浸して飲む者もいれば、長くじっくりと浸すことで酒に旨みを全てうつしてから飲む者もいて、兄は後者だった。
「ありがとう、ディザーク。シルヴァレーンは帝国内にはあまりいないから、なかなか手に入りにくくてね。……これだけあれば、しばらく楽しめそうだ」
嬉しそうにヒレを眺める兄にディザークも思わず微笑んだ。
兄は食べ物に対しての好みは特にないのだが、酒が好きで、魔物素材や希少な果物などを漬けた酒に目がない。ヒレを漬けて、しばらくは毎晩、飲んで楽しむのだろう。
「こちらと漬けるためのお酒を私室に運び入れておきます」
「ああ、出来るだけ上等な酒で頼む」
侍従の言葉に兄が上機嫌にそう返した。
それに侍従が「かしこまりました」と一礼し、ヒレを持って出て行った。
よほど嬉しいのか、兄はその背中が扉の向こうに消えるまで熱心に見送っていた。
「ディザークとゼニスで討伐したんだろう? 私に用意できるものなら褒美として何か与えよう」
暇そうにソファーに座っていたゼニスがパッと顔を上げる。
「じゃあ宝石をくれ!」
「では私の持つものの中で、良さそうなものを一つ、見繕って贈ろう」
「やった! 緑色の宝石がいい!!」
ちゃっかり色の指定までするゼニスに兄が笑った。
「分かった。ディザークはどうだ?」
と、訊かれて考える。
特にこれといって望むものはないが──……いや、一つあるか。
「……俺にもヒレを漬ける酒をいくらか分けてくれないか?」
「酒を? それはまったく構わないけれど……そんなに好きだったかい?」
「俺も飲むつもりだが、サヤが酒を飲んだことがなくてな。なんでも、元の世界では酒は二十歳になるまで飲んではいけなかったらしい。サヤの生まれ故郷の国は法律でそう決まっていたそうだ」
「それで夜会でもジュースばかり飲んでいるのか」
兄が納得したふうに頷き、自身の顎を撫でる。
「……なるほど。サヤ嬢が二十歳を迎えた時に、美味い酒を一緒に飲みたいと?」
「そういうことだ」
「初めて飲む酒がシルヴァレーンのヒレ酒なんて贅沢だな」
思わずといった様子で兄が笑い、ふと何かに気付いた顔をする。
「漬けた酒のいくらかは父上にも渡さないとな。父上もあれが好きだから、私達だけでこっそり飲んでいたと知られたら後で恨まれてしまう」
その言葉にディザークは驚いた。
「父上も好きなのか」
「皇帝時代の頃はあまり酒を嗜まなかったみたいだけどね。ヒレ酒は父上に教えてもらったんだ」
前皇帝の父は離宮に閉じこもって絵を描いているか、老騎士のふりをしてたまに騎士達の訓練に交ざっては新人を叩きのめしているようだが、最近は忙しくて全く会っていなかった。
「なあ、ヒレ酒ってそんな美味いのか?」
ゼニスの問いに兄が頷く。
「とても美味しいよ」
「オレもヒレ酒が欲しい!
ゼニスは兄のヴェインを慕っているので、兄に美味しいものをあげたいと思うのだろう。
「作り方は俺が知ってるから、酒を分けてもらって一緒に作るか?」
「ああ、作る!」
兄が「仕方がない、用意する酒の量を増やしておくよ」と苦笑する。
兄の選んだ酒ならきっと美味いヒレ酒になるだろう。
「美味い酒を頼む」
「もちろん、そこは妥協しないさ」
そして、翌日には離宮にディザークとゼニスの分の酒が届いたのだった。
……サヤが飲む頃には、しっかり味が出て良い酒になっているだろう。