驚いてディザークを見ると、少し照れた様子で視線が逸らされ、けれどもすぐに戻ってきた。

「こんなことを言うのは今更かもしれないが……」

 まっすぐに紅い瞳に見つめられる。

「サヤ、俺と結婚してくれ」

 それに驚いたけれど、即答した。

「うん、ディザークと結婚する」

 もはや口と頭が直結しているのではと思うくらい、ディザークの言葉尻に食い気味だった。

 あまりに早かったからかディザークが目を丸くした。

「即答だな……?」

「だって前にも訊かれたし。……何度でも言うよ。わたしはディザークと結婚したいし、するつもりだから。今更『やっぱりなしで』って言われたら、わたし大暴れするよ」

「……そうか」

 目を伏せたディザークの顔を覗き込む。

 照れているからか、目元が少し赤く染まっている。

「嬉しい?」

「……ああ」

「わたしもこうして言葉にしてくれて嬉しい。でも、プロポーズで指輪を贈るってよく知ってたね?」

 ディザークの前では元の世界の恋愛について話した覚えはない。

 この世界でも指輪やネックレス、ピアスなどの装飾品を恋人や結婚相手に贈る習慣はあるけれど、ピンポイントで指輪を渡してきたのは、元の世界の結婚指輪の話を知っているからだろう。

 首を傾げたわたしにディザークが苦笑する。

「レナータが教えてくれた」

 それに、なるほど、と首を戻す。

 皇帝陛下の娘である皇女、レナータ様とは前に会って以降、何度か皇后様の離宮で顔を合わせている。

 第一皇子と皇女様はゼニス君と仲良くなり、わたしが皇后様に治癒魔法をかけたりお茶をしたりしている間、三人で離宮内や庭園で楽しく遊んでいるようだ。特にゼニス君は魔法に秀でているので、皇族で魔法の才能のある二人に遊びの中で魔法の扱い方を教えているのだとか。

 ……ゼニス君って何だかんだいい子だよね。

 昔は暴れていたそうだけれど、ああして子供の相手を嫌がらないところを見る限り、根は優しいのだと思う。第一皇子や皇女様と遊んでいる時は雰囲気も柔らかいし。

 そして、一度だけだがお茶会の席で皇女様に元の世界の恋愛や結婚について話したことがあった。その時にプロポーズや結婚指輪の風習についても色々と言った。

 だが、わたしはサプライズでのプロポーズが苦手だ。

 パーティー会場や人目の多い場所で、跪かれて求婚されるなんてまっぴらごめんだ。

 大勢の前という断りにくい状況で『結婚してください』と言われても、たとえそれが心から好きな人からの言葉だったとしても、衆人環視の中で見せ物にされたような気分がして嫌になる。

 そういうのは二人だけの時に何気なくしてほしい。大切な瞬間だからこそ二人の時がいいし、派手な花束やプレゼントも要らないから、真剣に向き合ってほしい。ただお互いにお揃いの指輪があればそれで幸せ。

「サヤ様はその『ぷろぽーず』はどんなふうにしてもらえたら嬉しいの?」

 と、訊かれた時にそう答えた。

 多分皇女様はわたしの希望をそのままディザークに伝えたのだろう。

 ディザークが目の前で自分の左手にも指輪をはめる。同じデザインのシンプルなものだ。

 その手を見ていると、視線に気付いたディザークがわたしの左手に触れる。

「『控えめで落ち着いたもので、でもお揃いがいい』」

 それも皇女様に訊かれて答えた言葉だ。

「そんなことまで話したんだ?」

「レナータは記憶力がとても良くてな、お茶会での皆の言葉や動きを真似しながら教えてくれた。一人で何人分もの役をして、まるで小さな劇を見ているようだった」

「そうなんだ? それはすごいね」

 人の話した言葉をそのまま覚えて口に出せるなんて、そう出来ることではない。

 だが言われてみれば皇女様と話していて、前に話したことをもう一度話したり説明したりといったことはなかった。元の世界の話をしていても同じ質問をされた覚えはない。

「よく魔物討伐や昔の話を強請ねだられるんだが『それは前に聞いたわ!』と怒られることもある」

「あはは、何か想像できるね」

 皇女様にとっては一度聞いて知っている話を何度もされても面白くないのだろう。

 でも、ツンと顔を逸らして怒る姿を想像すると、何だか可愛かった。

 ディザークの指輪を指先で辿る。

 わたしのものとデザインは同じだが、ディザークのもののほうが幅がある。

 宝石はないけれど、ほんのり青みがかった白銀の指輪はとても綺麗な色で、よくよく見るとうっすらわたし自身の指が透けて見える。

「これ、ガラス……?」

 わたしの問いにディザークが首を振る。

「いや、シルヴァレーンという大型の魚の形をした魔物の鱗を加工したものだ。色は指輪と同じで、大きさは食堂のテーブルくらいあるんだが、加工できる鱗は左右の横ヒレの裏にある一枚だけなんだ」

 ちなみに離宮の食堂のテーブルは五、六メートルくらいある長いものだ。

 大型の魔物という言葉で片付けていいものなのだろうか。

 その魚の鱗というなら一枚でもそこそこの大きさなのが想像できる。

「これが鱗なの? すごく綺麗……」

「加工の過程で熱を加えると少し透き通った色になる。こう見えてかなり強度があるんだ。踏んだり投げたりしたくらいでは壊れることはない。その分、シルヴァレーンも防御力が高くて鱗の加工も苦労するらしい」

 まじまじと指輪を見る。

 魔物の一部とは思えないくらいの美しさだ。

「すまない、もしや魔物の素材は嫌だったか? 金属だと肌が荒れることがあると話していたから、貴金属はやめておいた」

「覚えててくれたんだね」

「忘れるものか。……その、嫌なら改めて別のものを贈ることも出来るが……」

 どこか自信がなさそうなディザークなんて珍しい。

 ディザークの手に、わたしは自分の手を重ねた。

「ううん、これがいい。ディザークがわたしのために選んでくれたものだから。それに魔物の素材っていうのは気にしないよ。むしろ、魔物からこんな綺麗で素敵なものが作れるんだって思うと面白い」

 触れた指輪の表面は滑らかで、金属みたいに少しヒンヤリしていて硬くて、少し力を加えただけで壊れてしまいそうだ。

「良かった」

 そう呟いたディザークは明らかに安堵していた。

 皇弟殿下という立場の人でも緊張することなんてあるのだなあ、と意外に感じたが、そんなディザークの姿が嬉しかったし、微笑ましい。わたしに指輪を渡すのに緊張したなんて可愛すぎる。

「先ほども言ったが、シルヴァレーンから採れる鱗は左右の横ヒレの裏にある一枚、つまり一匹で採れるのは二枚だけで、何代か前の皇帝も皇后にこれを贈ったそうだ」

「あ、もしかしてリドアニア連合国で湖に行ったのって……?」

「シルヴァレーンを討伐するためだ」

 その皇帝も同じシルヴァレーンから採れた鱗をブローチに、皇后は付け外しの出来る飾りに加工してその時々でネックレスやブローチとして、夫婦揃ってよく身に着けていたという。二人は仲の良い夫婦だったと後世の歴史書にも残るほどであったらしい。

 当時は貴族の間でも、一匹のシルヴァレーンから採れた鱗をあしらった装飾品を夫婦で身に着ける、というのが流行ったそうだ。

「シルヴァレーンの鱗は長生きすると剝がれて新しいものに再生するが、エラの裏の鱗だけは一生変わらないことから、その鱗を身に着けると『夫婦の愛が長続きする』と言われていたようだ」

「へえ、それって今もそう言われてるの?」

「分からん。だが、そうであればとは思っている」

 それはつまり、わたしとの関係が長続きしてほしいと願ってくれているのだろうか。

 そうだとしたら心のこもった最高に嬉しい贈り物である。

「……気に入ったか?」

 自分の指にはめられた指輪に触れていると、ディザークが恐る恐る訊いてきた。

 それにわたしは大きく頷いた。

「うん、気に入った。ありがとう、ディザーク。こんなに気持ちのこもった贈り物を貰えて、今、人生で一番嬉しい。これから大切に使わせてもらうね」

 喜びのままにディザークの唇へキスをすれば、優しく抱き寄せられた。

 ……まさか、異世界で結婚相手を見つけるとはね。

 元の世界で暮らしていた時は想像もしなかったし、異世界に召喚されたことは完全には許せないけれど、でも、ディザークと出会えたことは幸せだと思う。

 そっと唇が離れ、どちらからともなく笑みが浮かぶ。

 繫いだわたし達の手には同じ指輪が光っていた。


* * * * *


 リーシエル=アル・オースフィオルムはガタゴトと馬車に揺られながら思う。

 ……私は正しかったはずなのに。

 オースフェン王国の王家には直系の王子がリーシエルしかいない。

 だが、子が一人しかいないわけではなく、妹王女がいる。

 ずっと物静かだった妹王女がここ最近は活動的になり、政に興味を示し、父王もそれを喜んでしまっていた。リーシエルは、兄である自分よりも時に優秀な回答を出せる妹王女に危機感を覚えた。

 王太子という地位を守るために、次代の王となるために──……それ以上に、王太子として認めてくれた父王の期待に応えるためにも今の地位を失うわけにはいかなかった。

 だから魔物討伐では勇猛さを示して兵達を導こうとした。

 だから好機を逃さず、真聖女と繫がりを得ようとした。

 あのいけ好かない皇弟が真聖女を、権力で囲っているのではないか。

 実はドゥニエ王国から引き抜いたのも真聖女の力に気付いていたからで、きっと、真聖女は行く当てもなかったから帝国に身を寄せ、そのまま居ついているに過ぎない。

 帝国には他にも年嵩だが聖女がいる。真聖女がオースフェン王国に来ても問題はないはずだ。

 何より、真聖女をオースフェンの手中に収めることが出来れば、神殿の力を得て、更に我が国は力を持つことが出来るかもしれない。周辺国もオースフェンをより敬うだろう。

 真聖女を得ることが我が国の利益に繫がる。

 そして、誰かの婚約に対し異議がある場合、貴族は決闘を申し込むことが出来る。

 リーシエルはそれに則り、皇弟に決闘を申し込んだ。

 ……それなのに。

 何故か真聖女と戦うことになり、そして負けた。

 真聖女はワイバーンを討伐したことがあるという話を耳にしていたが、それは多くの兵士や皇弟が主に戦い、真聖女の攻撃がたまたまとどめとなっただけだと思っていた。

 しかし、そうではなかった。

 真聖女は不思議な魔法の使い方をした。まるで本気ではない様子であった。

 皇弟に負けて以降、悔しくて、剣も魔法も血の滲むような努力をして腕を上げてきたのに。

 最後は手も足も出せずにびしょ濡れになり、あれは圧倒的な負けだった。

「……私の努力は無駄だったのか……?」

 今、リーシエルは辺境の地に向かっている。

 真聖女と守護聖騎士の使命に協力する立場でありながら、己の功績に目が眩んだ。

 真聖女に決闘を挑み、オースフェン王国の信頼と神殿との関係を悪化させようとした。

 これこそが高みに至るための道だと思っていたのに、父王による貴族裁判で下された判決は『王太子の座のはくだつ』であった。しかも、魔物が多く出る『死の森』がある辺境の地に行くことを命じられた。森から出る魔物を押さえるために辺境伯領では日々、魔物と戦うと聞く。

「リーシエルよ、そこで『人としての正しさ』『人としての在り方』を学び直すが良い」

 つまり、一般兵として、監視付きで辺境伯領にせんが決まったのだ。

 辺境の地で王族と名乗ることは許されない。

 裁判の後、リーシエルは必要最低限のものを持たされ、質素な馬車で辺境に送り出された。

 罪人となったリーシエルの見送りに出たのは妹王女だけだった。

「お兄様、離れていても無事を祈っております」

 最初は嫌みかと思ったが、心配そうに、悲しそうに見上げてくる妹王女を見て、そうではないと気付いた。妹王女が自分の地位を脅かすと考えていたのは間違いだったのかもしれない。

 だが、それを理解した時にはもう全てが遅かった。

「……すまない……」

 妹王女──……ナディアはそっと手を握ってくれた。

 ……私が勝手に空回りをしていただけだった。

 正しかったはずなのに、それは、私の思い込みだけの正義でしかなかった。

 恐らく、辺境伯領はとても厳しい場所なのだろう。

 昔、一度会ったことのある辺境伯は物静かだが、どこか威圧感のある人物だった。

 ……たとえ厳しく、苦しくても、今度こそは……。

 父王の期待を裏切ってしまった。己の欲望に負けてしまった。

 王太子の座も、王族としての地位もないが、それでも、父王は慈悲を与えてくれた。

 辺境の地で心を入れ替え、真面目に働き、功績を挙げていけば、いつか王都に戻れるだろう。

 その時、父王と妹王女に心から謝罪をしたい。側近達にも、暴走したことを謝らなければ。

「……真聖女様にも謝罪しなければな……」

 許してもらえるかは分からないが、それでも、己の非を認めなければ前に進めない。

 握り締めた己の拳を見下ろし、リーシエルは思う。

 ……辺境の地では、私はただの『シエル』となる。

 それはつらく苦しい道のはずなのに、これまで感じ続けていた重圧はなくなっていた。


* * * * *


 ディザークのプロポーズから半月後。

 皇帝陛下に時間を作ってもらい、ディザークと二人で会いに来た。

 政務室に入ると皇帝陛下はいつも通り机で書類仕事をしている。

 けれども、わたし達を見るとすぐに席を立ち、ソファーに移動した。

「二人もどうぞ」

 と勧められて、わたし達も腰を下ろす。

「兄上、時間を作ってくれたこと感謝する」

「お忙しい中、ありがとうございます」

 ディザークとわたしの言葉に、皇帝陛下が穏やかに笑みを浮かべる。

「いやいや、二人のほうから話があるというなら大事なことなんだろう? 確かに私は忙しいけれど、家族のための時間ならどうやってでも作るさ」

 ところで、と皇帝陛下が言葉を続ける。

「オースフェンの王太子だが、処罰が下り、王太子の座を剝奪されたそうだよ。さすがに討伐の際に勝手に動き回ったことや、真聖女様を怒らせて決闘をしたことは事実だからね。オースフェンとしても厳しい処罰にしなければ、周辺国からの信用を失う」

「その後、リーシエル殿はどうしている?」

「オースフェン国の辺境にて一から鍛え直すために、一般兵扱いで過ごしているそうだ。それで少しは性格が落ち着けばいいが、今までの考え方を変えられなければ王族ではいられなくなるだろう」

 それについてはオースフェンの王太子──……いや、元王太子の努力次第である。

「あちらの辺境伯領には魔物の多く出る森もある。そこで魔物討伐をしつつ、厳しいと有名な辺境伯の下で何年か過ごせば傲慢さも消えるさ。もしかしたら、その間にオースフェン王国初の女王が誕生するかもしれないが……王太子の処遇についてサヤ嬢は特に要望がなかったそうだね?」

「ええ、まあ、わたしはやり返してスッキリしているので。後はあちらに任せておきました」

「サヤ嬢のその割り切りの良いところを見習いたいものだ」

 話が落ち着いたところでディザークと一度目を合わせ、頷き合う。

 それから、二人で皇帝陛下に視線を向けた。

「兄上、俺はサヤと結婚する。……求婚して、サヤから了承も得た」

 皇帝陛下が不思議そうに小首を傾げる。

「それはおめでとう……? だが、既にもう婚約しているだろう?」

 どこか戸惑っている様子の皇帝陛下の前に、ディザークが一枚の書類を置く。

 それを手に取って見た皇帝陛下が目を丸くした。

 そして、おかしそうに小さく笑った。

「なるほど」

 ディザークが皇帝陛下に渡したのは婚姻届だった。

 この半月の間、ディザークと話し合って、今までは婚約者として過ごしていたけれど、これからは結婚に向けて動いていこうと決めたのだ。

「一年後、サヤと結婚する予定だ。恐らく式は皇家と神殿とが協力しての大々的なものになる」

「ああ。二人は『真の聖女様』と『守護聖騎士様』だから神殿も関わってくるだろうね。しかも皇族だ。周辺国の来賓、神殿関係者、式後はきっとパレードで帝都中を回って……私達の時よりもきっと大変だろうね」

 皇帝陛下の言葉にわたしは苦笑してしまった。

 結婚はしたいけれど、そう言われると何だか今からマリッジブルーになりそうだ。

 ……いや、その時はもう野となれ山となれで挑むだけだ。

「式の準備は一年で足りるかい?」

「大丈夫だ。帝国と神殿の立場を考えてそれなりに招待客は呼ぶつもりだが、俺もサヤもあまり派手な装いや催しは望んでいない。神殿で誓いを立て、婚姻届が受理され、皆に認められればそれでいい」

「そうは言うけれど……まあ、神殿側とも話し合ってその辺りは決めるとしよう」

 皇帝陛下の言葉に今度はわたしが首を傾げてしまう。

「式について神殿とも話し合って決めるんですか?」

「もちろん。向こうからしたら歴史に残るものとなるから、ドレスに装飾品、式のために多くの聖騎士を使いたがるはずだ。聖騎士と近衞騎士とで長い式列を作り、皇族の結婚というより『真の聖女』と『守護聖騎士』の聖なる婚姻という点を前面に押し出して行うことになるね」

「ああ、ですよねー……」

 こういう立場になってしまった以上、これも仕方のないことなのだろう。

「あ、そうでした。前に宝物庫を見せてもらった時に見た、前皇后様がお使いになられていた真珠と赤い宝石の装飾品を結婚式に使わせていただきたいのですが……」

 皇帝陛下の視線が何かを思い出すように僅かに動き、そして「ああ」とこちらに戻ってくる。

 以前、宝物庫で見せてもらった装飾品の中で、前皇后様──……皇帝陛下とディザークのお母さんが愛用していたというものがあった。品が良くてとても綺麗だったし、それを使いたいとディザークともあの時に話していた。

「あれか。使って構わないよ。誰かを飾ってこその装飾品だから、ずっと眠らせているよりいい。『真の聖女』であり、ディザークの妻となる君が身に着けるなら、母上も誇らしく思うだろう」

「ありがとうございます……!」

「だが、あれでいいのかい? 神殿と帝国とでもっと華やかなものを用意できるけれど……」

 皇帝陛下に訊き返されて大きく頷いた。

「はい、あれがいいです。赤い宝石はディザークの瞳の色に似ていますし、宝石も真珠も綺麗で素敵です。式には皇帝陛下と皇后様、そして前皇帝のバルトルド様にも出席していただきたいのですが、前皇后様の愛用していたものを身に着けることで、ディザークとの結婚式を前皇后様にも見守ってもらえたらと思うんです」

 皇帝陛下はキョトンとした顔をした後に、柔らかく微笑んだ。

「それは素敵な考えだね」

「ああ、母上なら喜ぶ」

 皇帝陛下とディザークが頷き合った。

 そんな和やかな空気の中、部屋の扉が叩かれた。

 皇帝陛下が「誰だ」と声をかけると扉の向こうから、皇帝陛下の侍従が返事をした。

 わたし達が話をする際に出て行った侍従が戻って来たようだ。

「入れ」

 と皇帝陛下が言えば、侍従が扉を開けて入って来る。その手には銀盆があった。

「エルトレイルより急ぎ、陛下にご確認いただきたい手紙が届いております」

 それに皇帝陛下が一瞬だが、僅かに訝しげな顔をした。

「すまない、二人とも。手紙を確認しても構わないかな?」

「ああ」

「どうぞ」

 わたし達が頷くと皇帝陛下が「ありがとう」と言って、侍従が差し出した銀盆から手紙とペーパーナイフを取り、封を切った。素早く手紙の内容に目を通した皇帝陛下が眉根を寄せる。

 難しい顔をして皇帝陛下が呟く。

「まるで図ったかのような時期に届いたな……」

 顔を上げた皇帝陛下は困ったように眉尻を下げた。

 エルトレイルといえば、確か前皇后様の出身国のはずだ。大陸の最南に位置する暑い国だというのは知っているが、帝国とはいくつもの国を挟んで離れているのでそれ以外は分からない。

 ただ、皇帝陛下の表情からして何か良くないことが書かれていたことだけは感じ取れた。

「結婚式の話をしている最中で申し訳ないが、二人にはエルトレイルまで行ってもらうことになりそうだ」

「どういうことですか?」

 わたしが訊くと、皇帝陛下は手紙の内容を簡単に説明してくれた。

 前皇后の出身国である南方のエルトレイル共和国は領土の多くが海に面しており、それ故に海上貿易が盛んな国らしい。

 そんな南国エルトレイルだが、二週間ほど前に首都近辺の港に見たこともない外観の船が着いた。

 船からは明らかにエルトレイルの民ではない者達が降りてきて、港街を治める領主に珍しい献上品を渡して王への謁見を希望した。謁見の理由を訊いてもあまり言葉が通じず、半分も聞き取れなかったが、しきりに『王』『本物の聖女』『会う』という言葉を繰り返しているのは分かった。

 過去の文献を調べたところ、どうやら彼らは『魔族』と呼ばれる存在で、こことは別の大陸で暮らしている者達であることが判明した。

 依然として言葉は通じないが、彼らは『真の聖女様』に会いたがっているのではないか。

 魔物討伐の使命を果たしたばかりで疲れているところにこのような話を持っていくことは心苦しいが、彼らに会ってはもらえないか。大体、そういう内容なのだとか。

「……一応訊きますけど、人間と魔族は対立している……とかってことはないですよね?」

 皇帝陛下が考えるように視線を巡らせながら顎を撫でた。

「少なくとも、この国の歴史上で『魔族』という言葉が出てきたことはないが……エルトレイルがこうして協力を求めてくるということは、あちらの国でも魔族に対して敵意はなさそうだ。だが、手紙の雰囲気から察するにエルトレイルは相当困っているようだ」

 ……いきなり見慣れない言葉もほぼ通じない人が来たら、困るよね。

 でも、それはきっと魔族の人達も同じだろう。

 何か訳があって海を渡って来たのだとして、そこまでする理由とは何なのか。

 考えていると視線を感じた。顔を上げれば皇帝陛下とディザークがわたしを見ていた。

 何だろう、と思いかけて、わたしの返事を待っているのだと気付いた。

 二人にとってエルトレイルは離れていても母親の故郷である。

 困っているなら助けたいという気持ちがあって当然だ。

「エルトレイルに行きます」

「いいのか……?」

 ディザークに問い返されて頷いた。

「うん、ディザークと皇帝陛下のお母さんの故郷なんでしょ? それなら、わたしにとっても関わりが全くない国ってわけでもないし……ディザーク、エルトレイルに行ったことある?」

「いいや、ない」

「じゃあ、一緒にお母さんの故郷を見に行こうよ」

 横にいるディザークの手に、自分の手を重ねる。

「わたしも興味あるし。……ね?」

 笑いかければ、ディザークの表情も和らいだ。

 それから皇帝陛下にも顔を向ける。

「兄上、いいだろうか?」

「帝国としては是非そうしてもらえると助かる」

「マルグリット様にはまたご負担をかけてしまいますが……」

 魔物討伐に出ている間、聖障儀の魔力充塡や奉仕活動を任せきりだったのに。

 ……何となく、今回も厄介そうな予感がするんだよね。

「その件については私のほうから話をしておこう」

「よろしくお願いします」

 ディザークの手がわたしの手をそっと握った。

 もし大きな問題があったとしても、ディザークと一緒ならきっと何とかなる。

 ……それに、ディザークのお母さんの故郷も見てみたい。

 ディザークの手を握り返す。

 エルトレイル共和国。どんな国なのか楽しみだ。