第4章 それぞれの道
帝国に帰還してから二週間。
「魔物討伐の使命、お疲れ様でございました」
今日はマルグリット様と会っていた。
マルグリット様は六十代ほどの女性で、わたしがこの国に来る前から聖女という立場に就いている。
聖障儀の魔力充塡も奉仕活動も、聖女に関わる仕事は全てマルグリット様から教えてもらったし、常に善き行い、善き人であることを心がけるマルグリット様は人としても先輩聖女としても尊敬できる。
「いえ、こちらこそ聖障儀の魔力充塡を代わりに行っていただいてありがとうございました」
「お気になさらないでください。それから、サヤ様はもうわたくしに丁寧な言葉遣いをする必要はございません。わたくしはただの聖女ですが、サヤ様は神殿と精霊王様がお認めになられた『聖女様』なのですから」
「そうかもしれませんが、先輩聖女であるマルグリット様は尊敬する方なので雑な言葉を使うなんて出来ません。わたしにとってマルグリット様はいつまでも目標となる方です」
「そのようにおっしゃっていただけると嬉しいです」
マルグリット様が柔らかく微笑む。
やはり、わたしよりもマルグリット様のほうが『聖女様らしい』のだ。
……それに香月さんも。
実は、今日は香月さんの聖女就任式の日でもあった。
……まあ、香月さんなら大丈夫だと思うけど。
「今日は聖障儀の魔力充塡、頑張りましょう! とは言っても、ほぼわたしがやるつもりです!」
「まあ」
わたしがウィンクをしてみせるとマルグリット様がクスッと笑う。
それから、いつも通り箱に収められた聖障儀の山を魔力で包んで充塡を行う。
魔物討伐の中で気付いたが、以前よりも魔法に使える魔力量が増えた気がする。
元々わたしは魔力が多いのだが、だからといって全ての魔力を一気に使えるわけではなく、自分で操れる魔力の量には限度があった。
だが、精霊王様に『聖女の証』を貰って以降、その操れる魔力量が増えて、以前よりももっと明確に魔力を扱いやすくなった。つまり前よりも強い魔法をバンバン放てるようになったのだ。
これについてディザークに話したところ、ディザークも同じだったようで『聖騎士の証』を受けてから、より魔法の扱いが上手くなったそうだ。ちなみに全属性の魔法も使えるが、元から属性のあった火・風・土以外の魔法はやはりそれらより弱いらしい。
『使えないよりずっといい。ありがたいことだ』
とディザークは言っていた。
聖障儀に魔力が吸い込まれ、全ての聖障儀が魔力で満たされる。
残った魔力は体の中に戻して魔力充塡完了である。
「何度拝見してもすごいですね。……これほどまでに差があるからこそ、異世界から聖人や聖女を召喚するという方法が一番合理的とされてきたのでしょう……」
マルグリット様が小さく息を吐く。
わたし達のように異世界から聖人や聖女を召喚することに対し、マルグリット様はあまり良く思っていない。この世界のことならば、本来はこの世界の人間で何とかすべきで、召喚という名の誘拐によって異世界人を連れて来ることは人道に反すると考えている人なのだ。
そうして、マルグリット様はどうすれば異世界召喚をせずに各国の守護を継続させられるか模索してくれている。それにはわたしも香月さんも賛同している。もうわたし達と同じ召喚魔法の被害者を増やさないようにしたい。
「神殿の書庫で古い文献などに目を通しても、なかなか良い方法が見つからず……。召喚魔法が行える国は限られておりますが、それらの国が今後も召喚を行わないとは言えません」
「そうですね、今は良くても今後もそのままで何とかなるとは限りませんし……」
二人で顔を見合わせて溜め息を吐く。
この問題は根深く、そしてどの国でもデリケートな話題である。
帝国であっても簡単に『召喚魔法を封じよう』とは言えない。
真の聖女となったわたしが神殿や各国に命令することは出来るが、その代わりになることは難しいので、ただ言うだけではダメなのだ。意見を通したいなら代案を用意しなければ、どれほど正論であったとしても通らない。必要なのは『しなくても済む方法』を見つけることだ。
「今後も文献などを調べていきます」
「わたしも何か良い案がないか考えてみます」
二人でそばにある窓を見た。
窓の向こうは気持ちいいほどの快晴だった。
* * * * *
高く澄んだ青空には雲一つない。
そんな快晴の下、私、香月優菜は白と金のシスターみたいな独特なデザインの服を着て、王都の最も大きな神殿の出入り口から人々に手を振っていた。
聖騎士の皆さんが警備をしてくれているけれど、新たな聖女を一目見ようと多くの人々が詰めかけ、誰もが白い花を持っている。
私が手を振るとわっと歓声が上がる。
その度に、何かが体に重くのしかかる気がした。
それでも私は笑みを浮かべて手を振る。
……大勢の人に期待されてるんだ……。
手を振る時間が終わると、今度は各国から来た要人への挨拶回りが始まった。
疲れていても笑顔で挨拶をしなければいけない。軽いはずの衣装が酷く重く感じる。
今になって聖女という立場の重責を実感した。
体が震えそうになるのを堪え、笑顔を作る。
「聖騎士様、本日はお越しくださり感謝申し上げます」
最初の挨拶はワイエル帝国の皇弟殿下だった。
最近、篠山さんが『真の聖女』となった。精霊王と呼ばれる、この世界では聖竜様と同じくらい尊い神様のような存在に認められて『聖女の証』を授かったという。
その時に皇弟殿下も『聖騎士の証』を授かり、篠山さんの守護を担っている。
親しい間柄ではないけれど、最初の挨拶をする相手が知っている人だったことにホッとした。
「こちらこそ招待に感謝する。帝国はユウナ・コウヅキ嬢の聖女就任を祝い、今後の活躍を期待している」
「はい、聖女の名に恥じないよう努力いたします」
神殿で教わっていた通りに返す。
皇弟殿下も難しい言い回しを使わず、それも必要最低限の言葉であったため、逆にありがたかった。胸の前で両手を組んで神殿の礼を執る。
……やっぱり篠山さんは来てないよね。
ドゥニエ王国には二度と来ないと宣言したのだから分かっていたが、篠山さんが来てくれたら、それだけでとても心強く思えただろう。
皇弟殿下が手紙を私に差し出した。
「サヤからだ。就任式の後にでも読んで返事を書くといい。俺も明日まではこの国にいる」
「あ、ありがとうございます……!」
受け取った手紙に笑みが浮かぶ。
来てはもらえなかったけれど、こうして手紙を書いてくれた。
落とさないよう、上着の内側に大事に仕舞った。
その後も各国の要人と形式的な挨拶を交わす。
……ああ、そっか……。
これまで、私は『聖女』という立場をきちんと理解できていなかったんだ。
国を守るために存在する聖女。
みんなから親切にしてもらえるけれど、愛されるけれど、それは無償のものではない。
魔力充塡は疲れる仕事だ。私は他の人よりも魔力が多いからまだ良いが、普通の神官だと魔道具の一つか二つに魔力を注いだところで魔力切れを起こしてしまうらしい。
実際にやってみて、篠山さんの魔力充塡がいかにすごいことなのか気付き、そして、私には真似できないと分かってしまった。
……私、篠山さんに甘えてたんだ。
篠山さんだって同じ立場なのに。
いや、篠山さんのほうが大変だっただろう。
異世界に召喚されて、放置されて、やっと帝国に逃げられたのにドゥニエ王国は諦めなくて。
きっと、本当は王国の魔道具への魔力充塡だってやりたくなかったはずなのに。
同じ世界から来た人だから、クラスメイトだから、私が逆の立場だったら助けるから。
だから何かあった時は助けてもらえると私はどこかで甘えていたんだ。
「聖女様!」
「聖女様〜!!」
人々の声がする。期待と希望に満ちた声が。
振り返れば笑顔の人々が手を振っている。
……これは私の選んだ道。私がこれから守るべき人々。
中には祈るように手を組んでいる人もいた。
……私はこの人達の期待に応えられるのかな……?
その答えはきっと、未来にしかない。
ふと視線を動かせば警備にあたっている聖騎士さん達の中に、見慣れた護衛の聖騎士の顔を見つけた。離れていたけれど確かに目が合った。ふ、と微笑みを返されてドキリとする。
望まれているなら。誰かの幸せを守れるなら。私が大切だと思える人のためになるなら。
顔を上げて人々に手を振り返す。
……これからは篠山さんに甘えないようにしないと。
自分の選んだ道なのだから、自分の力で精一杯歩いていこう。
* * * * *
昨日、ドゥニエ王国で香月さんの正式な聖女就任式が行われた。
新たな聖女の就任で王国内はどこもお祝いムードで大賑わいらしい。
ディザークは就任式に出席したので様子を教えてもらったが、香月さんは緊張した様子だったものの元気で、聖女の装いもよく似合っていたそうだ。頼んでおいた手紙も渡してもらえたし、返事も持って帰って来てくれた。
「サヤがいないことを少し残念がっていた」
差し出されたそれを受け取った。
「そっか。手紙を渡してくれてありがとう、ディザーク」
「これくらい礼を言われるほどのことではない」
ちなみに聖女就任のお祭りは王都で三日三晩開かれるという。
それくらい王国の民は聖女に期待しているのだろう。
ディザークから受け取った手紙には、わたしが出した手紙の返事が書かれていた。
就任式のことや、聖女としての責任や多くの人々の期待を感じたこと、ディザークから受け取ったわたしの手紙が心強かったことなど色々と書いてあったけれど、最後には謝罪と感謝の言葉が
……『私は篠山さんに甘えすぎていた』か。
何となくそういう雰囲気は感じていた。
同じ世界から来たクラスメイト同士、もし何かあってもわたしが助けてくれるだろうという期待というか、考えというか、そういうものが香月さんの中にはあったのだ。
実際、ドゥニエ王国の聖障儀の魔力充塡を代わりにやっていたので否定は出来ない。
わたしも『クラスメイトが苦しむのを放っておくのは少し心苦しい』という程度の気持ちはあったが、もしかしたら、それが伝わって余計に香月さんの『助けてくれるだろう』という考えを助長させてしまったのかもしれない。
──今まで沢山迷惑をかけてしまってごめんなさい。篠山さんに頼りすぎていました。これからは自分の力で、自分の足で立って選んで、進んでいきます。
──……手紙の最後にはそう書いてあった。
聖障儀の魔力充塡も出来るだけ香月さんが行うそうだ。いきなり全ては難しいし、帝国と王国とで話し合ってからになるが、ドゥニエ王国の聖障儀の件はもうすぐお役御免となるだろう。
「……香月さんにとってはつらいかもなあ」
と呟けば、横にいたディザークに訊き返された。
「どういうことだ?」
「あー、えっと、重圧って言うか、重責って言うか、とにかく精神的に圧力を感じるんじゃないかなって。大きなお祭りが開かれると、それだけ期待されてるんだ〜って分かってちょっと重くない?」
お祝いしたい気持ちは分かるけれど、自分にそこまで期待されていると思うとプレッシャーを感じてしまうのではないだろうか。期待されることを喜ぶ人もいるから一概には言えないが。
……わたしだったらあんまり嬉しくないなあ。
幸い、帝国には現聖女マルグリット様がおり、わたしも『真の聖女』として公表されているものの、それについて大きなお祭りを何日もかけて開かれるほどの熱烈な雰囲気はない。
神殿は『真の聖女』と『守護聖騎士』が『魔物討伐の使命を果たした』ことに対しては大きな祭事をするつもりのようだけれど、そればかりは仕方がない。盛大に魔物討伐の使命について公表したのだから、終わったこともみんなに伝える必要がある。
「サヤは大丈夫か? もしどうしても重荷に感じるなら無理に人前に出なくても──……」
言いかけたディザークの唇に指を当てて言葉を止める。
「わたしは大丈夫。聖女ってめちゃくちゃ面倒だなあって思うし、今は『真の聖女』なんて立場になっちゃってるけど、それを重荷には感じてないよ。別に魔力充塡もつらくないし」
「そうか。……まあ、サヤは常に期待以上の成果を出すからな」
少し安堵した様子のディザークに笑い返す。
「そもそも、そんな責任感も強くないからね。自分にやれることをやるってだけ」
「ああ、だが今後も無理はしないでほしい。それから、ドゥニエ王国の聖女のことは見守るくらいにして、時々、水鏡か手紙でやり取りをすればいい。……ここで縁が途切れるのはどちらにとっても良い結果にはならないだろう」
「うん、そうする」
わたしが笑えばディザークも微笑んだ。
それから、ディザークがわたしの左手を握る。
何だろうと見ているとスッと指に何かが触れた。
気付けば左手の薬指に細身の可愛らしい指輪が通されていた。