……何で急にバチるの?

 と思ったものの、考えてみればオースフェン王国は帝国の次に大きな国であり、大陸でも影響力の強い国でもある。過去に帝国と戦争もしていたらしいし、今は休戦状態なだけで、両者の王族と皇族の仲があまり良くなかったとしても不思議はない。

 手を離した王太子がわたしを見て、膝をつく。

「真聖女様、改めてご挨拶をしても?」

 手を取られそうになったので思わず避けてしまった。

 王太子の動きがピタリと止まる。

「あ……すみません、わたしの生まれ故郷では親しい間柄でない限り、身体的接触などはしないものだったので、つい。婚約者もいるのでそういうのは控えていただけると嬉しいです」

「そうか、それは失礼した」

 王太子は何事もなかった様子でサッと立ち上がり、体を横に向ける。

「それでは、こちらへ。陛下との謁見は整っている」

 そうして王太子の案内で転移門のある部屋を出た。

 石造りの城は堅牢そうで、赤と黒を基調とした王太子の服装といい、城内の雰囲気といい、正直、帝国とよく似ている。華美さよりも実用性を重視しているらしい。多分、ここで『帝国と雰囲気が似ていますね』なんて言おうものなら、空気が凍るだろう。

 途中で騎士やリーゼさん、ノーラさん達と別れる。一足先に部屋に行くのだろう。

 ヴェイン様とゼニス君、エーベルスさんがこちらに来た。

 廊下をしばらく歩くと、騎士達が守る大きな両開きの扉の前に着く。

「ここが謁見の間だ。……開けよ、真聖女様のお越しだ」

 王太子の言葉に両側の騎士達が扉を開け、そのうちの一人がわたしとディザークの到着をよく通る声で告げた。

 先に王太子が謁見の間に入ったので、わたし達もその後に続く。

 玉座には国王だろう男性が座っている。王太子と同じやや暗い赤色の髪が目立つ。

 国王は立ち上がると数段の段差を下りて、わたしとディザークの前で最上位の礼を執る。

「真聖女様、守護聖騎士様、この度は我が国の魔物の討伐にお越しいただき、感謝申し上げます」

 落ち着いた国王陛下の声にディザークが頷いた。

「こちらこそ、討伐協力に感謝する」

「本日は歓迎の夜会を催したいと考えておりますが、ご出席いただけますでしょうか?」

 ディザークがわたしを見たので頷き返せば、ディザークは国王へ顔を戻した。

「ああ、明日には魔物討伐に出立したいので、長時間は出られないが」

「皆もお二方のご尊顔を拝見するだけで十分でございます。ヴィレンツァ、リドアニアと立て続けに魔物討伐を行ったとお聞きしました。お疲れも溜まっておられるでしょう。……リーシエル、お二方を部屋にご案内して差し上げなさい」

「かしこまりました」

 これまでの国では最初の謁見の際にディザークが魔物討伐の話をするために残り、わたしだけ先に部屋に通されていたけれど、今回ディザークがそれを申し出ないのは王太子のことを何かしら警戒しているからか。

 そっとディザークの腕に触れつつ、オースフェン国王に声をかける。

「お気遣いありがとうございます。正式なご挨拶と討伐についてのお話は、夜会の際に改めてさせていただけると幸いです」

「真聖女様の御心のままに」

 オースフェン国王は深々ともう一度頭を下げた。

 それに倣い周囲の貴族達も頭を下げる──……が、やはり王太子だけはそのままだった。

 その後、謁見の間を出てしばらく歩き、客室に通される。

「こちらが守護聖騎士殿の部屋で、真聖女様の部屋はあちらだ」

 ……何でディザークの部屋から遠いの?

 同じ廊下に面しているものの、わたしの部屋とディザークの部屋は端と端に引き離されている。

 しかも何故かディザークを先に案内して、わたしを後回しにしたが、ディザークが「サヤの部屋を知っておきたいのでな」とついて来てくれて助かった。王太子は少し不満そうだったものの、わたしが案内された部屋に入ろうとしたら引き止められた。

「真聖女様、よろしければお茶でもどうだろうか」

 ……ええ? オースフェン国王の言葉、聞いてなかったのかなあ。

「すみません、連日の魔物討伐で少し疲れています。それに、今のうちに魔物の討伐について夜会前に話し合いたいので、お時間は取れなそうです」

「……そうか、残念だ」

 ピクッと王太子の眉が僅かに動いたけれど、すぐに王太子は「それではごゆっくり」と言うと背を向けて廊下の向こうに消えて行った。

「ってわけで、ディザークはどうぞ」

「ああ」

 部屋に入るとディザークが溜め息を吐いた。

「あの王太子は相変わらずだな」

 ディザークに促されてソファーに座りつつ、訊き返す。

「いつもあんな感じなの?」

「そうだ。勝手に張り合ってきたり邪魔をしてきたり、会ったのは片手で数えるほどしかないが、常にあのような様子だ。恐らくサヤと親しくなって俺を悔しがらせたいのだろう」

「自尊心のために近づいて来られても嬉しくない」

 ……そうでなかったとしてもお断りだけど。

 わたしは婚約者がいるのに他の男性と親密な関係になったりしない。

 どうしてあんなふうにグイグイくるのか不思議である。

「まあ、それは置いといて。ヴェイン様、この国で討伐する魔物について訊いてもいい?」

 先に室内にあるテーブルセットの椅子に腰掛けていたヴェイン様が小首を傾げる。

「良いのか?」

「うん、王太子には興味ないし、こっちが反応すると余計に酷くなるかもしれないから放っておこうかな。討伐に出ちゃえば会わなくて済むしね」

 二、三日のことなら適当にあしらっておけばいい。

 帝国とオースフェン王国の関係を考えれば、今後はよほどのことがない限り、わたしがこの国に来ることはないだろう。大事にして面倒なことになるとこの国に滞在する期間が延びてしまうかもしれない。

 ヴェイン様は納得したのかそれ以上は何も言わなかった。

「うむ、では討伐予定の魔物について説明しよう」

 この国で討伐するのは二種類の魔物。

 一つはファイティングブル。名前からして想像できたが、気性の荒い牛の魔物らしい。

 土属性の魔法で地面を揺らしたり、相手の足場を泥にしたりして体勢を崩したところを集団で襲ってくる。彼らは最低でも二十頭前後で群れを成しているそうだ。気性が荒いのに集団行動は出来るというのは面白い。

 体が大きく、硬く鋭い二本のツノを持ち、巨体のわりに足が速くて突進攻撃が多い。

 だが、蹴られたり踏み潰されたりして死人が出ることもあるそうだ。

「この群れを最低でも三つ、余裕があれば五つ、討伐を頼まれている」

「ファイティングブルの群れか……」

 ディザークが眉根を寄せた。

「そんなに強い魔物なの?」

「いや、一頭であれば俺一人でも十分倒せる程度の魔物だが、群れだと厄介なんだ」

 ……それ、結構強い魔物では?

 ディザークが余裕を持って倒せる魔物と言うけれど、一般人や騎士にとってはかなり危険なのではないだろうか。

 皇族だけあってディザークは魔法も得意で剣の腕も立つ。そのディザークが相手にしたくないと思うなら、集団での強さは相当だろう。

 ファイティングブル、という名前なのだから、白黒の牛ではなく、闘牛に近いのかもしれない。

 もう一つがルフ。ワイバーンより大きなワシに近い魔物。

 でも、大きいけれど、強さで言えばワイバーンのほうが上なのだとか。

 鳥の魔物なので空中戦が得意で、大きいけれど素早く、くちばしが特に鋭くて本気でつつかれると金属製の鎧に穴が空くほどらしい。空から獲物を一瞬で捕まえて地面に落とすか、咥えて岩場に叩きつけるかで殺して捕食する。旅人がよく狙われるそうだ。

「ちなみに、より魔力を蓄えるとルフはグリフォンになる」

「グリフォンって、ワシとライオン……獅子が混ざったようなやつ?」

「それで合っている。ルフの頃はワシの要素だけなのだが、成長すると獅子の要素が出てくる変わった魔物だ。面白いことにキマイラとはまた異なる種類の魔物でな」

 キマイラといえば、精霊界で戦ったワイバーンみたいなのとライオンとヤギの頭がついた魔物だ。

 あれは戦うのにすごく苦労したけれど、それと違うとはどういうことだろうか。

 少し考えて、その外見の違いに気付く。

「……あ、キマイラは頭が複数あって体は一つだけど、グリフォンは頭が一つで体に複数の種類が混じってる……から?」

 ヴェイン様がパッと表情を明るくすると立ち上がってわたしに近づいて来た。

「おお、我が愛し子は頭が良い」

 よしよしと小さな子供を褒めるように頭を撫でられる。

 ……なるほど、確かに言われてみれば似て非なる生き物だ。

「グリフォンはキマイラと同じくらい強い?」

 ヴェイン様が頷いて、わたしの頭をぽんぽんと手で軽く叩く。

「そうだな。だが、ルフはそれほど強くはない。こちらも群れを三つほど潰せばいい」

「しかし、頭上から襲われるのは危険だ」

 ディザークが悩んでいるようなので、わたしは挙手した。

「はいはーい、ゼニス君の時みたいに落とせば大丈夫だと思いまーす」

「闇属性の蔦で作ったあの網か」

「あー、あれじゃあ逃げられるぜ」

 ヴェイン様とゼニス君の反応は微妙だった。

「ルフもグリフォンも、空を飛ぶ魔物の中でも最もって言っていいくらい、速いんだ」

「ドラゴンよりも?」

「気分良くねーけど、そうだ。オレ達は体がでかい分、速度が落ちる」

 俊敏さだけならドラゴンよりも速いなんて厄介である。

 ……ということは、どの魔法を使うにしても速さが必要になりそう。

 攻撃魔法を使っても展開速度が遅ければ簡単に避けられてしまうだろうし、ましてや空中でバラバラに動く魔物達を一網打尽にするのは無理そうだ。ただまっすぐに魔法をぶつけるだけでは絶対に当たらない。

 ……ううん、そもそもまっすぐに当てる必要はないよね?

 ディザーク達が難しい顔で考えているが、これはそんなに難しいことではない。

「……うん、何とかなりそう」

 全員の視線がわたしに集まる。

「お、また何か思いついたのか?」

 ゼニス君の言葉にわたしは頷いた。


 夕方、もうすぐ夜会の時間である。

 ……うーん、やっぱり似合わない。

 白と金を基調とするヒラヒラしたこの聖女の装いも、最初の頃は動きにくくて仕方なかったけれど、今ではこの服でも魔物と戦えるくらいには慣れた。ディザークも他の人も、この装いを『似合ってる』と言ってくれる。

 しかし鏡を見てしまうとやっぱり着られている感が強い。これもそのうち見慣れるのだろうけど。

 コンコン、と扉を叩く音がして振り向けば、部屋の出入り口に寄りかかったディザークがいた。

「ぼんやりしていたようだが、やはり疲れているんじゃないか? 明日から魔物討伐にも行く。夜会は俺だけで出ることも出来るから無理はするな。サヤの体調のほうが大事だ」

 近づいて来たディザークの手が、わたしの頰に触れる。

 指がわたしの目元を確かめるようにそっと辿った。

「大丈夫」

 ディザークの手に、わたしも自分の手を重ねる。

 鎧のせいで体温は感じられないけれど、それでも、温かい気がした。

「ベッドに範囲回復魔法を展開したまま休んだから、元気だよ」

「それならいいが……」

 まだ心配するディザークに意識的に笑いかける。

「後でディザークの部屋のベッドにもかけよっか? 一晩寝たら、疲れどころか肩こりまで綺麗サッパリなくなると思うよ。ディザークだけは特別にタダでやってあげる」

 パチリとウィンクをすると、ディザークの表情が和らいだ。

「ああ、頼む」

 ディザークの手が離れ、腕を差し出されたので、それに手を添える。

 この世界に来たばかりの頃はエスコートにもすごく違和感があったが、これも慣れた。

 そろそろ夜会の時間になり、迎えの使用人が来る。

 さすがにこのタイミングで王太子は来ないらしく、それにホッとした。

 城内を歩き、舞踏の間に向かう。

 どこの国でも宮殿や城は入り組んだ造りらしい。

 ……わたしが迷わず出歩けるのはディザークの離宮だけだし。

 そう思うと、急に離宮が恋しくなった。

 ……マリーちゃん、大丈夫かなあ。

 前回、精霊界に一週間ほど行って帰って来た時もずっと待っていてくれた。

 きっと今回も仕事をしながらも待ってくれているだろう。

 そこまで考えて、ふと笑ってしまいそうになる。

 この世界に来てから半年以上経った。そう、まだ半年かそこらだ。その間に色々なことがありすぎて、何だかもっと長くこの世界にいるような気がする。元の世界で毎日変わり映えのない日々を過ごしていた時は一日が長く感じたけれど、こっちでは一日があっという間に過ぎていく。

 ディザークが立ち止まったのでわたしも立ち止まる。

 気付けば、扉の前に立っていた。

 チラリとディザークを見れば目が合った。

 気遣うように見つめられて笑みが浮かぶ。

 この世界に来なければ出会えなかった人々がいる。

 元の世界のことを思い出す日もあるけれど、前ほど寂しさや悲しさを感じないのは、ディザークやマリーちゃんといった周りの人達がわたしに気を配ってくれるからじゃないかと思う。

 わたしを大切に思ってくれる人が沢山いる。だから、わたしも頑張りたくなる。

「大丈夫だよ、ディザーク」

 添えた手で軽く腕を叩けば、ディザークが頷いた。

 開かれていく扉に胸を張って前を向く。

 ……異世界に来ちゃったけど、わたしは一人じゃない。

 集まる視線にも笑みを絶やさずにいられる。

 舞踏の間に入れば、すぐにオースフェン国王と王太子が近づいて来る。

 国王が礼を執ると今度は王太子もきちんと礼を執った。

「夜会に出席していただき、感謝の念に堪えません。改めまして、フェルナンド=アル・オースフィオルムでございます。このオースフェンの国王を務めております」

 こうして近くで見ると、オースフェン国王は王太子に顔立ちは似ているけれど、王太子よりも温和そうだ。

「真聖女様、守護聖騎士様、明日の討伐についてお話をさせていただけますと幸いです」

「皆への挨拶はよろしいのか?」

「はい。明日から魔物討伐に向かわれるお二方が疲れてしまわれては、歓迎の夜会も意味がありません。皆からの挨拶は控えることにいたしました。討伐が終わり、祝いの夜会を開いた暁には、皆にご挨拶の機会を賜りたく」

「ああ、気遣い感謝する。その機会は必ず作ろう」

「ありがとうございます」

 ……オースフェン国王は良い人そうだなあ。

 なんて考えていたら、カツン、と音を立てて王太子が一歩前へ出る。

 そして、わざとらしいまでの仕草でマントを払って人々の視線を集めた。

「私、リーシエル=アル・オースフィオルムは魔物討伐に参加する!」

 突然の言葉に思わず「え」と声が漏れたが、それは貴族達のどよめきに搔き消された。

「聖女様だけに危険な役目を任せ、安全な城でのうのうとしているなど私には出来ない! 次代の王になるべき者として、私も魔物討伐に出て戦おう!」

「リーシエル!」

 叱責するような声でオースフェン国王が王太子の名前を呼んだ。

 しかし、王太子は国王に振り向き言葉を続ける。

「陛下、どうかお許しください。あなたは常々『国王とは国を守り、支え、導く存在』だと私におっしゃってきました。私はその言葉を信じ、胸を張って民の前に堂々と立てる王太子になりたいのです!」

 ……あーあ、やっぱり何事もなくってわけにはいかなかった。

 額に手を当てたくなるのを堪えて、国王に声をかける。

「それについては話し合って決めましょう。王太子殿下の覚悟は素晴らしいものではありますが、王族の方が参加されるとなれば、色々と問題も出てくると思いますので」

「かしこまりました。……どうぞ、こちらへ」

 国王に促されて舞踏の間の二階、やや奥まった場所に移動する。

 そこはカーテンがかけられて周囲の視線から隠れられる上に、階段からその場所に至るまで騎士達が警備をしているので下手に近づくことも出来ない。近づけるのは王族だけらしい。

 通されると小さな部屋のような空間になっていた。

 階下から微かに人々の声や音楽は聞こえるものの、会話の邪魔になるほどではない。

 勧められてディザークと共にソファーに座れば、向かい側に国王と王太子が腰掛ける。

 そしてすぐに国王が王太子に厳しい目を向けた。

「リーシエルよ、そなたは何を考えておる? 突然討伐に参加したいだなどと、そのわがままがどれほど多くの者達に迷惑をかけるか考えなかったのか? 真聖女様と守護聖騎士様まで困らせおって……!」

「陛下、落ち着いてください。私は国のため、そして真聖女様の使命をお助けするために討伐に参加したいと言っているだけではありませんか」

「戯けたことを! ヴィレンツァ王国、そしてリドアニア連合国での真聖女様と守護聖騎士様のご活躍についてお前も聞いていたであろうっ? 元より、ワイバーンですら倒せるお二方、お前がついて行ったとしても出来ることなど何もない!」

 国王の言葉に王太子が不愉快そうに眉根を少し寄せた。

「魔法も剣も腕に覚えがあります」

 その言葉に国王は、頭が痛いというふうに額に手を当てた。

「……っ、リーシエル、本当のことを申せ。お二方の使命について行き、魔物討伐をしたという功績が欲しいのだろう? 箔をつけたいのであれば他にも方法があったはずだ」

「陛下、そのように明け透けに物を言うのは下品では? 私はあくまで聖女様の使命に同行し、共に魔物を討伐することで民の憂いを払いたいだけなのです」

 否定しないということは、その通りなのだろう。

 ディザークも眉間にシワが寄っている。

 ……王太子の同行かあ。

「たとえ陛下に反対されたとしても、私は民のために動きます」

 ……わあ、この王太子ヤバいこと言ってる。

 国王は国のトップである。その息子の王太子であっても国王の命令には従わなければならないのだが、王太子は他国の人間の目の前で『王の言葉を軽んじる』という行為をした。わたし達だから良かったものの、もし他の国の王族などの前でこんな振る舞いをしたら、オースフェン国王の面子は丸潰れだ。

 ……何でこんな人が王太子なんだろう。

 他に優秀な王子がいるなら、そっちを王太子にすればいいのに。

「ねえ、ディザーク、この国に王子って他にいないの?」

 小声で訊けば、同じく小声で返される。

「あの王太子しかいない」

「なるほど」

 自分以外に対立、競争する相手がいないのだ。

 それを分かっていて好き勝手にしているのだとしたら性格が悪い。

 目の前では国王と王太子の押し問答が繰り広げられるばかりで話が進まない。

 これではいつまでも平行線のままである。

 もう一度小声でディザークに話しかける。

「ディザーク、王太子の同行を許そう」

「本気か?」

「どうせ、ダメって言ってもあの様子じゃ勝手について来るよ。それで何かあった時にわたし達が間に合わなかったら『聖女に見捨てられた〜』とかって、こっちに非があるみたいに騒ぎ立てるんじゃない?」

「……」

 ディザークの眉間のシワがより深くなる。

 そして、小さく溜め息を吐いた。

「……分かった。このままでは討伐の話も出来ないし、仕方がない」

 ぽんぽん、と慰めの気持ちを込めてディザークの背中を叩く。

 ディザークは顔を上げると国王と王太子に声をかけた。

「オースフェン国王、王太子、よろしいか」

 その言葉に二人がこちらを見る。

「王太子の魔物討伐への同行を受け入れよう」

 それに王太子が口角を引き上げた。自分の思い通りに事が進んで嬉しいのだろう。

 けれどもディザークが言葉を続ける。

「だが、王太子には貴国の騎士達の指揮を行ってもらう。基本的に魔物の討伐は我々で行うので、周囲の警戒や魔物の誘導など、そういった内容となるが構わないか?」

「私も魔物討伐に参加する、と行ったはずだ」

「いきなり貴殿に入られても連携が取れない。我々は今までに何度も共に魔物討伐をした仲間だ。互いの動きなどもある程度熟知しているが、どう動くか予測できない貴殿がいると戦闘時に統制が乱れる。……討伐以外の役目が嫌だというなら、城で待たれよ」

 王太子は不満そうな顔をした後、わたしを見た。

「真聖女様、私に真聖女様を守り、魔物を討伐する栄誉をくださらないか」

 ……何でわたしに訊くかなあ。

 もしかしてディザークが独断で進めていて、わたしはただ言われた通りにしているだけに見えるのだろうか。まあ、大体のことはディザーク任せなので間違ってはいないが。

「わたしの守護は守護聖騎士デイザークがいます。魔物討伐の使命もわたし達が託されたもの。王太子殿下を受け入れる利点はないのですが……それとも、わたし達では力不足で魔物は討伐できないと思っておられるのでしょうか?」

「そんなつもりはない」

「では、魔物討伐はわたし達にお任せください」

 それ以上は言っても通らないと感じたのか、王太子は渋々といった様子で頷いた。

 その横でオースフェン国王が深々と頭を下げる。

「息子の無礼、親として謝罪いたします」

 こうして横で父親である国王が頭を下げているのに、王太子は不満そうなままだった。

 自分のせいだという自覚がないのか、それとも、今までもこうして国王が頭を下げることで有耶無耶にしてきたのだろうか。どちらにしても問題のある王太子なのは確かである。

 ……そのわりに、変に頭が回るんだよね。

 ああして大勢の前で宣言することで自分の株を上げ、わたし達に断りにくくさせた。

 しかも表向きの大義を掲げているので拒否するのが難しい。

 こういうのを悪知恵が働く、というのだろうか。

 頭を下げ続ける国王にディザークが言う。

「王よ、頭を上げてくれ。王太子の件についてはともかく、ここからは建設的な話をしよう」

「寛大なお言葉に感謝申し上げます……」

 少々疲れた様子で顔を上げたオースフェン国王には同情してしまう。

「それで、魔物の討伐についてだが──……」

 その後は王太子が口を挟むことはなく、明日からの魔物討伐遠征についての話は進んだ。

 予定通りわたし達は魔物討伐に専念して、王太子は騎士達の指揮を行ってもらう。

 王太子が参加するので急いで討伐部隊を増員するらしい。

 ……まあ、王太子に何かあったら一大事だしね。

 それについてわたし達が何か言うことはなかった。


* * * * *


 リーシエル=アル・オースフィオルムはオースフェン王国唯一の王子である。王妃を母に持つが、その王妃にはリーシエル以外に子は出来なかった。

 王妃はリーシエルを産んだ時に二度と子が生せない体になってしまい、父親である国王は側妃を迎えたものの、生まれたのはリーシエルとは歳の離れた妹が一人だけで、その妹も物静かでいつも本ばかり読んでいるような王女だった。

 よってリーシエルは、十六歳で成人を迎えると同時に王太子となった。

 昔から魔法も剣も優れており、容姿も良かった。

 当然、貴族達は集まってくるし、令嬢達もリーシエルの気を引こうとあの手この手で近づいて来て、それがリーシエルの自尊心を高めていた。

 だが、どうしても一つだけ気に食わないことがある。

 ワイエル帝国の皇弟だ。

 時折、使者としてオースフェンに皇弟が来ると、貴族も令嬢も、皆そちらに集まって行く。

 皇弟も魔法に優れ、剣の腕が立つ上に、軍を率いる将軍の地位も与えられている。

 オースフェン王国とワイエル帝国は現在休戦協定を結んでいるが、元は敵同士だった。

 ……それなのに、何故、この国の者まで皇弟に媚びへつらう?

 皇弟が来るとリーシエルの周りにいた人々が減る。

 まるで自分のものを横取りされたかのようで不愉快だった。


「ディザーク殿、良ければ私と手合わせをしていただけないか?」

 五年前、我が国に使者として訪れていた皇弟に手合わせを挑んだ。

 皆から人気のあった皇弟を打ち負かせば、人気を取り戻せると思った。

 皆の皇弟への態度が面白くないという気持ちもあったし、歳が近いことで比べられるのも不愉快だった。

「ああ、構わない」

「では木剣で。治癒魔法を使える神官は待機させるが、互いに怪我をして国交問題になっても困る」

「そうだな」

 そして、手合わせを行った。貴族達もそれを見に来ていた。

 ここで勝ち、二度と大きい顔が出来ないようにしてやる。

 そう思ったのに、戦ってみると皇弟は驚くほど強かった。

 ……くそっ、私は国随一の剣の使い手だぞ!?

 結局、防戦一方で勝負にすらならずに負けてしまった。完敗だった。

 思わず地面に膝をついたリーシエルに、皇弟がぽつりと言った。

「もっと強いかと思っていたが、俺が期待しすぎていたようだな」

 遠回しに『期待外れだ』と言われて顔が熱くなる。

 皇弟に恥をかかせるつもりが、リーシエルのほうが恥をかかされることになってしまった。

 しかも、皇弟が帰った後もしばらく社交界はその話題で持ちきりになる。

 リーシエルは比較され、それがとても嫌だった。

 ……所詮、他国の者じゃないか……!

 どれほど優れていようとも、このオースフェンの王太子はリーシエルであり、比べたところで何かが変わるわけではない。何より、リーシエルよりも皇弟のほうが優れているなどという話を風の噂で聞くことすら腹立たしい。

 リーシエルがどれほど張り合おうとしても、皇弟が欠片かけらも興味を示さないのも苛立った。

 それだけでも面白くないのに、皇弟は今や『守護聖騎士』として神殿に認められている。

 精霊王から証を授かった上に『真の聖女』の婚約者であり、その守護者となった。

 国の王侯貴族などという身分を超えた、この世界の全ての者がこうべを垂れる存在となり、各国の聖人や聖女よりも尊い存在である『真の聖女』に次ぐ地位を持つ。

 ……だが、守護聖騎士になれたのも所詮は聖女の婚約者だったからだろう。

 そう分かっていても、やはり気に食わないのは変わらなかった。

 もし、リーシエルが聖女の婚約者だったなら、きっと同じように聖騎士になっていた。

 真聖女は幼さの残る少女で、恐らく政などには全く関わりがない。

 純粋そうな真聖女は皇弟と仲が良さそうだった。

「……ああ、そうか」

 きっと、皇弟は婚約者という立場を利用し、真聖女を言葉巧みに操っているのだ。

 真聖女である少女に興味があるかと問われたら正直なところほとんどないが、皇弟が騙せる程度の人物ならばきっとリーシエルが言い寄っても簡単になびくだろう。

 帝国でもいいなら、大国である我が国に来ても同じはずだ。

 昔から、父はよくリーシエルに色々なことを言い聞かせた。

「何事も、好機を逃してはならない」

 今がその好機なのだろう。

 最近、静かだった妹王女の動きが怪しい。

 剣は扱えないものの、政に興味を持ち、その知識量は父まで感心するほどだ。

 密かに、リーシエルではなく妹王女を次代の王にと推す声も出始めているらしい。

 そんな中、今ようやく、リーシエルがより高みに上がるための素晴らしい機会が訪れているのだ。

 この好機を逃すほど愚かではない。

 ……皇弟の鼻をへし折ってやる。


* * * * *


 翌日の朝、出立の時間になり王城の表に出ると、大勢の騎士が城の広場に整列していた。

 ヴィレンツァ王国、リドアニア連合国と巡って来たけれど、ここが一番討伐部隊の数が多い。

 王太子の警備も強化する必要があるからだとしても少し多すぎる気がする。わたし達は迅速に魔物討伐を行いたいのだけれど、これだけの数の兵が動くとなると移動にも時間がかかるだろう。

 ディザークも同じことを考えたのか横で溜め息を吐いている。

「良いか、皆の者! 我々はこれより、真聖女様と共に魔物討伐へと向かう! 危険な状況に陥り、仲間が倒れることがあるかもしれない! しかし、我々はこの国を守る剣だ! 魔物相手だからと言って臆する愚か者はここにいないと、私は信じている!!

 そして、何やら王太子が騎士達の前で演説を行っている。

 しかし、わたし達に気付くとこちらに振り向いた。

「真聖女様、丁度良いところに! どうか皆に声をかけてやってくれ!」

 そのせいで視線が一気に集まった。

 ……こういうの、苦手なんだけどなあ。

 とりあえず前に出て、拡声魔法を展開する。

「皆様、初めまして。聖女、沙耶・篠山です。今回の魔物討伐に協力していただき、ありがとうございます。わたし達が魔物討伐を行う間の警備や魔物の誘導など、よろしくお願いします」

 ワアッと騎士達の間に歓声が広がり、ギョッとする。

 横に来たディザークが言った。

「『真の聖女』に言葉をかけてもらえて士気が上がったんだ」

「ええ……? 何か落ち着かないなあ……」

「そのうち慣れる」

 ディザークは全く気にした様子がないので、こういうのはよくあることなのだろう。

 王太子が剣を鞘から抜き、それを高く掲げた。

「さあ、皆の者! 行こうではないか!!

 オオーッと雄叫びが響き渡る。

 そうしてわたし達は馬車に乗った。

 ちなみに王太子は王都を出るまでは馬に乗っていた。

 王都を出た後に同じ馬車に乗ろうとしてきたが、こちらの馬車にはわたしとディザーク、ヴェイン様、ゼニス君が乗っていて狭いので断った。もっと狭さをアピールしようとエーベルスさんも引き込もうとしたけれど「私は部隊の副指揮官ですので、騎馬で参ります」とあっさりかわされた。

 王太子は不満そうにしながらも、もう一台の馬車に乗り込んだ。

 カーテンを閉め、すぐにヴェイン様に浮かせてもらう。

 するとディザークがわたしを自分の膝に乗せた。重みは全くかかっていないだろう。

 こうしていれば揺れてもディザークが止めてくれるので壁や天井にぶつからないし、ヴェイン様の魔力の消費もその分、減る。あと、これなら座席を広く使えるのでわたしもディザークも窮屈さを感じずに済む。

「あー、良かった。王太子と同じ馬車に乗ったらこれが出来ないから危なかった」

「サヤの場合は、討伐よりも馬車酔いで体調を崩しかねないからな」

 ディザークの手がわたしの頭を撫でる。

「そういえば、昨日の夜にベッドにかけた範囲回復魔法、どうだった?」

「ああ、おかげで疲れが取れた。体が軽すぎて驚くほどだ」

「それだけ疲れが溜まってたってことだね」

 ディザークは皇族の公務に軍の仕事、それに加えて訓練にも出来るだけ参加している。

 夕食の時間ギリギリに帰って来ることもあるので、普段から疲れが溜まっていても不思議はない。

「帝国に帰ってからも、毎日ディザークのベッドに魔法かけてあげよっか?」

 と言ったら何故かディザークが動きを止めた。

 ややあって「いや、やめておく」と言った。

「体が軽すぎると違和感がすごいから?」

「まあ、それもあるが……結婚前から俺の寝室に出入りするのは色々と問題があるだろう。代わりに朝か夜に治癒魔法をかけてくれ。そのほうがいい」

「りょーかい」

 ……でも、魔物討伐も順調で良かった。

 精霊界にいた魔物よりは弱いと言われていたけれど、やっぱり心配はしていたから。


「真聖女様、一緒に食事を摂らないか?」

 ディザークの手を借りて馬車から降りていると王太子に声をかけられた。

 内心で『うげっ』と思ってしまったわたしは悪くないと思う。

「あー、えっと、あまりお腹が空いていないので……」

「そうなのか? もしや体調が優れないとか?」

 王太子の手が伸ばされたけれど、ディザークがわたしを引き寄せた。

 二人が無言で睨み合ったため、慌てて返事をした。

「いえ、大丈夫です。馬車に乗っていると動かないからお腹が空かないだけだと思います」

 もし空腹だったとしても、この王太子と和気藹々と食事が出来るとは思えない。

 この微妙に悪い空気の中では落ち着いて食べられないだろう。

 それくらいなら、馬車の中で干し肉でもかじっていたほうが精神衛生上いい。

 けれども、王太子はなかなか引き下がってくれなかった。

「でしたら、休憩中にこれまでの魔物討伐の話を聞かせてはもらえないだろうか? 真聖女様は魔法の才に秀でていて、討伐でも素晴らしい魔法の使い方をするのだとか──……」

「それについては俺が説明しよう。……ヴェイン、ゼニス、サヤを頼んだ」

 ディザークが繫いでいたわたしの手をヴェイン様に移す。

 二人が「うむ」「いいぜ」とわたしの両側に立ち、そのまま流れるように馬車から離れる。

 王太子の「おいっ」という声がしたけれど、背後でディザークが「さあ、あちらで食事でもしながら話すとしよう」と王太子が追いかけて来るのを止めてくれた。

 ……ごめん、ディザーク。後は頼んだ!

 わたし達はディザークと王太子から離れた場所で休憩させてもらった。


* * * * *


「それで、リーシエル殿、どういうおつもりか?」

 サヤが離れた場所で休憩しているのを視界の端に捉えつつ、ディザークは問う。

 オースフェンの王太子が不満そうに首をこちらに向けた。

「どう、とは?」

「サヤは俺の婚約者だ。あまり異性に近寄ってもらいたくない」

「何と守護聖騎士殿は嫉妬深い」

 馬鹿にするように笑う王太子に、ディザークは眉根を寄せた。

「だが、まあ、間違いではない。真聖女様との繫がりを持ちたいと思うのは、王族として当然の考えではないか? 我が国には聖女も聖人もいない。真聖女様が我が国を気に入ってくだされば、我々としても大歓迎ということさ」

 王太子がしつこくサヤに絡むのは、どうやら親しくなるためらしい。

 しかし、サヤには逆効果だと気付いていないようだ。

 ……サヤは一般人とは感覚が違うからな。

 王太子に話しかけられ、喜ぶ者は多いだろうが、サヤの場合は違う。

『しつこい男は嫌いなんだよね』とか、言いそうである。

「サヤはそのような選択はしない」

 あれで結構義理堅いところもあり、ディザークのことを好いてくれている。

 サヤがオースフェン王国に残るなどという道はない。

「それは真聖女様のお気持ち次第だ。守護聖騎士殿が決められることではないだろう?」

 ……サヤがこの王太子を嫌がる理由も分かるな。


* * * * *


 ヴェイン様は干した果物が好きらしく、ワイバーンを討伐したあの遠征以降、よくそれらを食べている。ゼニス君は王城を出る前にお菓子を皿ごと収納魔法に放り込んでいたため、それを取り出して食べていた。

 わたしはヴェイン様がくれた水筒で水分補給をした。

 周りは帝国から来たディザークの近衞騎士達だし、彼らがオースフェンの騎士達の好奇の視線からわたし達を隠してくれたので、何事もなく休めた。

 先に馬車に乗って待っているうちに寝てしまったらしく、ふわりと感じた浮遊感に目を覚ますと、ディザークの声がした。

「まだ寝ていていいぞ」

 どうやら今の浮遊感はヴェイン様の浮遊魔法だったようだ。

 とりあえず、しょぼしょぼする目を擦りながら起きる。

「……王太子、だいじょうぶだった……?」

「ああ、わざと話を長引かせてサヤに話しかけられないようにしておいた」

「ありがと……」

 あふ、と欠伸をすればディザークが、ふ、と微笑んだ。

 その手がわたしの頭を撫でる。

 しばらく、無言でわたしの頭を撫でて満足したのか手が離れていった。

「あの王太子、あんまり好きじゃない。やたらと声かけてくるし、ディザークへの態度も悪いし、わたしが嫌だなって雰囲気出してても無視して近づくのは『真の聖女と親しくなって利用したい』って感じだと思う」

 確かに『真の聖女』という肩書きもわたしの一つの要素である。

 でも『真の聖女』の利用価値しか見ていない人と仲良くする気はない。

「まあ、今回だけだと思って我慢するけどさあ」


 ……って思ってた自分を殴りたい……!!

 夜、討伐予定の魔物がいる草原と森の近くにある街の領主の館に泊まった。

 昼間の休憩時間だけでなく、暇さえあれば王太子はわたしに話しかけてきて、鬱陶しい。

 ディザークが上手く壁になってくれるけれど、討伐の作戦会議などではどうしても顔を合わせることになる。

 そういう時にディザークの意見を無視されるとイラッとする。わたしの言葉は聞くくせに、ディザークが言うと高確率で反発するのもムカつく。

 しかも夕食後、部屋に戻ろうとしたら声をかけられた。

「この後、良ければ少し話さないか? 真聖女様のことをもっと知りたいんだ」

 と言われて、当然だが断った。

 ディザークに治癒魔法をかけたいし、今夜は早めに休みたい。

 夜に婚約者でもない異性の部屋に行くのも、来られるのもお断りである。

 しかも、横に婚約者デイザークがいるのにそのような誘いをするなんてどうかしている。

「貴殿がサヤのことを知る必要はない」

 怒ったディザークもそう冷たく言い放っていた。

 このまま部屋に戻っても訪問されそうだったので、ディザークの部屋に避難した。

 珍しく、ヴェイン様とゼニス君も王太子の様子に呆れていた。

「あの男、王族だというのに他者の感情の機微にこうも疎いとは。……この国は大丈夫か?」

「サヤの機嫌損ねたらどうなるか知らねーんだろうけど、馬鹿だよな」

 ゼニス君の言葉には少し引っかかるところはあるものの、これまでゼニス君がやらかした時はわたしも容赦なく対応していたのでそのせいだろう。

 人の姿をしていてもドラゴンなので、ゼニス君はたまに普通の人間がしないような言動を取ることがあり、それが原因で物を壊したり誰かに怪我をさせたりしそうになった時はしっかり魔法なども使って言い聞かせているのだ。

 ヴェイン様からこっそり教えてもらったのだけれど、ドラゴンが人の姿になった時の外見年齢は精神年齢に比例するそうだ。つまり、ゼニス君は人間で言えば十代前半。まだまだ子供らしい。

 ただ、それを言うとゼニス君が「子供扱いするな!」と怒りそうなので黙っている。

「ついでにベッドに範囲回復魔法、張っとくね」

「ああ……」

 さすがのディザークも王太子を常に見張って、壁になったり直接対応したりして疲れたらしい。

 ベッドに魔法をかけ終えてから、ソファーに座る。

 そうして、わたしは自分の膝をぽんぽんと叩いてみせた。

「ディザークにも魔法かけてあげる」

 それにディザークが不思議そうな顔をした。

「範囲回復魔法はかけたのだろう?」

「そっちとは別。これは魔法じゃないけど魔法みたいなやつ」

「何だそれは」

 わたしがもう一度自分の膝を叩けば、小さく笑いながらもディザークは横に来て、体を倒してわたしの膝に頭を乗せた。

 そう、膝枕である。実は前々からしてみたかった。

 髪に触れて、頭を撫でる。見た目通り髪質はやや硬いが、サラリとした手触りだった。

 伸びてきたディザークの手が、わたしの空いている片手を取り、手を繫ぐ。

「今日は王太子のこと、ありがとうね」

 よしよしと頭を撫でると、ディザークの紅い目が気持ち良さそうに細められる。

「……俺がしたくてやっていることだ」

 目を閉じて頭を撫でられているディザークはいつもより少し幼く見えた。

 それにどこか満足そうで、とてもリラックスしているのが伝わってくる。

 ……可愛い。

 思いの外、足にかかる重みがずっしりしているけれど、ディザークの可愛い一面を見られたので『足が痺れちゃったとしてもいいかな』と思った。王太子のせいで荒んだ心が癒やされる。

 特に会話はないが、ディザークの頭を撫でながらまったりと過ごす時間は心地好い。

「……確かに、これは魔法ではないが魔法のようだな……」

 ディザークの呟きに自然と笑みが浮かぶ。

「前から膝枕してみたいなって思ってたんだよね」

「婚約者の特権だな」

「そうだね、ディザーク以外にはしないよ」

 その後、三十分ほどするとディザークが起き上がった。

「帝国に戻って、またゆっくり出来る時にしてくれ」

 どうやら膝枕がお気に召したようだ。

「もちろん、ディザークにはいくらでもしてあげる」


* * * * *


 領主の館で一晩過ごし、魔物討伐のために草原に出立した。

 ファイティングブルは草原にいるとのことで、先行部隊が位置を確認してくれた。

 草原にはファイティングブルの群れが全部で八つもあるそうだ。多い。精霊王様からは最低三つ、出来れば五つの群れを討伐してほしいと言われているが、一つずつ潰していたら日が暮れてしまう。

「というわけで、作戦を決行します」

 今日までにファイティングブルの討伐方法は決めてある。

「それでは、王太子殿下は予定通り討伐部隊の指揮をしていただきます。部隊を五つに分けて、ここまでそれぞれの群れを誘導してください。その後はこちらでファイティングブルを一気に討伐します。一応、目印の線を用意しておきますので、それよりこちらに入らないよう騎士の皆様に周知・徹底をお願いします」

「ああ、華麗な指揮をお見せしよう」

 頷く王太子は少し緊張しているようだった。

 ……もしかして、魔物の討伐は初めてなのかな?

 王太子が上手く指揮できなかったとしても、エーベルスさんが副指揮官としてつくことになっているので安心だ。エーベルスさん自身はディザークに頼まれたから仕事として受け入れただけのようで、あまり乗り気ではなさそうだったけれど。気持ちは分かる。

「ディザーク達はわたしと一緒に罠作りね」

 そして、わたし達はそれぞれに行動を開始した。

 ディザークとヴェイン様、ゼニス君と四人で土魔法を使って穴を掘る。

 とてもシンプルで原始的なものだが、こういうものこそ確実性がある。

 薄く闇魔法の蔦を広げて上に軽く土を被せることで穴を隠し、その手前に目印の線を引く。

 穴全体の広さは直径四十メートルくらい。穴の周囲は土魔法で作った壁で囲い、高さは三メートル、厚みも一メートルほどだ。その囲いの一箇所にだけ、出入り口を設けてある。

「あとはこれだね」

 街で購入した、大きくて赤い布。元の世界と同じように反応してくれるかは分からないが、少なくとも、動くものには興味を示すだろう。最後はこれとわたしの魔力でおびき寄せる。

 かなり広範囲の罠なので作るのに時間がかかってしまったが、予定の時間には間に合った。

「何故、赤い布なんだ?」

 ディザークが言う。ヴェイン様とゼニス君も不思議そうにしていた。

「わたしの元いた世界にも気性の荒い闘牛っていうのがいて、その闘牛相手にこういう赤い布をヒラヒラさせながら挑発して突進してくる牛を華麗に避ける闘牛士って人がいたの。牛を街に放って、牛と一緒に走ったり、逃げたりする『牛追い祭り』とかもあるんだけどね」

「変わった祭りだな」

「異世界も面白そうだ」

「訳分かんねー」

 わたしの説明が下手なのもあるかもしれないが、やっぱり三人とも不思議そうだった。

 ……まあ、トマトとかオレンジを投げ合う祭りもあるしね。

 日本の火祭りとかも多分、この世界ではよく分からないものに感じられるだろう。

「まあ、とにかく、その闘牛士の真似をして、この赤い布でファイティングブルを罠に誘い込もうって話。多分、罠のこっち側でヒラヒラさせて魔力を出せば近づいて来るんじゃないかなあ」

 魔物は魔力の多いものに惹かれて獲物を襲う習性がある。

 それなら、わたしが魔力を出せばきっとこちらに来るはずだ。

「魔力だけでいいのではないか?」

 ヴェイン様の言葉にわたしは笑った。

「そうだけど、牛を相手にするっていうと、わたしの世界ではこれかなって思って」

 両手に持った布をヒラヒラさせる。

 そうしていると馬に乗ったオースフェンの騎士達が戻って来た。

 予定通り、五つの部隊がそれぞれ群れを見つけ、こちらに誘導しているらしい。

 あとは近づいて来たらわたしと布の出番である。

 騎士達の報告が終わってしばし経つと、遠くから地響きのような音が聞こえてくる。

「ヴェイン様、わたしを抱えて浮遊魔法で飛んでもらえる?」

「うむ、構わんぞ」

 布を持ったわたしの腰に手を回し、ヴェイン様が浮遊魔法でふわりと浮き上がる。

 そうして罠の手前の高い位置で止まった。

 遠くから馬に乗った騎士達が戻って来るのが見える。

 その後ろを、土煙を上げながら何かが追いかけて来た。

「わ、ファイディングブル、でかっ!」

 赤みの強い茶色の毛に、尻尾と頭の二本ツノは黒く、その大きさは軽自動車くらいありそうだ。体が大きいだけでなく、脚も太く、全体的にがっしりとしており、地面を蹴る度にドドドドッと音を立てながら土を蹴り上げ、力強く走る。あれは確かに突進されたり蹴られたりしたら死ぬ。

 走りながら頭を振っているのは相当興奮しているからか。

 それが車並みの速度で騎士達を追いかけているのだから、恐ろしい。

 五つの方向からそれぞれの部隊が群れを誘導してこちらに向かって来る。

 囲いの中に騎士達ごと入り、全ての群れが入ったところで騎士達はすぐさま囲いから出る。出入り口をわたし、ディザーク、ヴェイン様、ゼニス君の四人で土魔法を使って塞いだ。

 興奮したファイティングブルが壁に体当たりするとドシーンとすごい音がする。

「こっちだよ!!

 体から魔力をわざとにじませながら、赤い布を広げてヒラヒラと揺らす。

 瞬間、バッと百頭近いファイティングブルがこちらに振り向いた。

「ほらほら、布が逃げちゃうよ〜!」

 と声をかけながら布をヒラリヒラリと振ってみせれば、ファイティングブル達の気配が明らかに変わった。地面を蹴り、頭を上下に振って、そして最初の一頭が駆け出すと他もそれに続く。

 囲いの中でドドドドドッと地面を揺らす勢いでファイティングブルの大群が突進して来る。

 全てのファイティングブルが罠の上に乗ったのを確認して、わたしは水魔法で作った大量の水をファイティングブルの頭上に落とす。

 ザパァッと音がして、水が土に染み込むと地面がボロボロと崩れ落ちた。同時に闇魔法の蔦を解除すれば、大量のファイティングブルが穴に落ちていく。

 ブモォオオオオォッ!? と驚愕に満ちたファイティングブルの悲鳴が響く。

 何とか逃げようとしたファイティングブルもいたが、足元がどんどん崩れるので落ちるしかない。

「落とし穴作戦大成功!」

 直径四十メートル、深さ三メートルほどの落とし穴はファイティングブルが上がって来られないよう、壁もツルツルに仕上げたし、底は土魔法で作った大小様々な針山が広がっている。ファイティングブルは大きくて重いので、落ちたら最後、自重で串刺しになるという作戦である。

 これならファイティングブルの数が多くてもまとめて討伐できる。

 穴の中から、ブモォオオッ、モォオオッ、とファイティングブルの悲鳴大合唱が聞こえる。

「あとはまだ生きてるのを上から魔法で攻撃すれば、安全に──……」

 そう言いかけた時、大きな声がした。

「今だ! ファイティングブルを攻撃せよ!」

 うぉおおおっ、とオースフェンの騎士達が雄叫びを上げて穴に向かって行く。

 その先頭には王太子がいたが、しかし、すぐに立ち止まることになる。

 ……鎧を着た人間が三メートルもの囲いを越えられるわけがないのに。

 風魔法が使える者なら浮いて飛び越えることは出来るだろうが、王太子が立ち止まったからか、飛び越えて先陣を切ろうとする者はいなかった。王太子が振り返る。

「聖女様、壁を消していただきたい! これでは魔物を討伐できない!! 我々は民を守る覚悟を持ってここまで来たのだ!!

 足元で王太子がわーぎゃー騒いでいる。

 わたしはそれを無視して詠唱を行い、穴の上空に大きな氷の塊を生み出した。

 伸ばした手を握れば、氷塊が音を立てて砕けて鋭い氷柱に変わる。

 そのまま手を振り下ろせば、穴の中に数えきれないほどの氷柱が降り注ぎ、そこでまだ生き残っていたファイティングブルに容赦なく突き刺さっていく。ファイティングブルの断末魔の声が響き渡った。

 ヴェイン様が高度を落とし、ディザークの横に下りてわたしから素早く離れた。

 わたしが怒っているのを感じ取ったのか、ゼニス君もそろりそろりと離れていく。

「ディザーク、わたし、怒ってもいいよね……?」

 これまでの作戦会議でも、使命を受けているわたし達が魔物を討伐し、王太子や騎士達には周囲の警備や魔物の誘導をしてほしいということを繰り返し説明した。そのためにわたし達が来たわけだし、何よりあの穴に落ちたら危険なので騎士達を近づかせたくなかった。

 ファイティングブルが全て落ちても囲いを消さなかったのは、もしかしたら土魔法を使って上がってくる知能の高い個体がいるかもしれないという心配もあったから。

 それなのに、あの王太子は堂々と手柄を横取りしようとした。

 ……いや、別に手柄なんてどうでもいい。

 ただ、ムカつくのだ。

 買い物に出掛けて手に入れた食材で時間をかけて料理を作り、テーブルをセッティングして、いざ食事をしようとした時、他人が席に着いて勝手に料理を食べようとしていたらどう思う?

 大抵の人は怒るだろう。わたしは今、まさにその心境である。

 ディザークの手がわたしの肩に触れた。

「腹立たしい気持ちは理解できるが、あれに手を出すとあとが厄介だ」

 ディザークに諭され、少し冷静になる。

 深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせてから、ディザークを見た。

「……もう大丈夫」

 ディザークの手がわたしの頭に触れて、宥めるように撫でられる。

 それから、わたしとディザーク、ヴェイン様、ゼニス君の四人で穴の中の針山を消し、穴の周囲をゆったりとしたスロープ状に変形させて、王太子達に素材と魔石の回収を任せた。穴の中から騎士達の歓声が上がるのをモヤモヤしながら聞く。

 冷静にはなったけれど、苛立ちや嫌な気持ちが消えたわけではない。

 しばらく経つと王太子が騎士達を率いて戻って来た。

「良い素材と魔石が手に入った! 真聖女様、感謝いたします!」

 先ほどのことなどなかったかのように上機嫌な様子の王太子に、わたしの機嫌は更に急降下する。

「そうですか」

 自分でも冷たい声だと思ったが、王太子は気付いていないようだ。

 四人で土魔法を使い、地面を綺麗に戻してから、離れた位置に停めてあった馬車へと戻る。

 わたしの周りをディザーク、ヴェイン様、ゼニス君が固めてくれたおかげで、戻る間は王太子に話しかけられることはなかったが、それでも腹立たしさは残っている。

 馬車に着くと、ディザークが「アルノーと話をするから馬車に乗っていてくれ」と言うので、お言葉に甘えて先に馬車に引っ込むことにした。

「真聖女様、次の魔物討伐では──……」

 途中で王太子に話しかけられたが、その目の前でわたしは馬車の扉を強く閉めた。


* * * * *


「何をしているんだ?」

 副官のアルノーと話を終えて戻ると、馬車の外にヴェインとゼニスが立っていた。

「先ほど王太子がサヤに話しかけようとしたのだが、サヤが無視して扉を閉めたのでな」

「オレ達まで入れなくなったってワケ」

 ……やはりまだ怒りが収まっていなかったか。

 王太子のこれまでの言動や、手柄を横取りしようとしたことを思えば当然だが。

 ヴェインとゼニスが目を光らせていたおかげで王太子は馬車に近づけず、諦めて自分の乗って来た馬車に戻ったようだ。あれほど腹を立てている人間に話しかけようとするなんてどうかしている。理由は分からなかったとしても、相手の機嫌の良し悪しくらいは雰囲気で感じ取れるだろうに。

 一応、馬車の扉を叩いてみる。意外にも「どうぞ」とすぐに返事があった。

 扉を開ければ座席に座ったサヤがこちらを向いた。

 その視線がディザークの後方を探るように見るので、苦笑してしまった。

「王太子ならば自分の馬車に戻った」

「そう……」

 馬車に乗り込めば、ヴェインとゼニスも入って来る。

「ヴェイン様、ゼニス君、閉め出してごめんね。すぐに気付いたけど、開けた時に王太子がいたらって思うと扉を開けるの躊躇ためらっちゃって……」

「まあ、いいぜ。オレも獲物を横取りされたら頭にくるし、あの王太子と顔を合わせたくねーって気持ちも分かるし」

「うむ、災難であったな」

 申し訳なさそうに眉尻を下げたサヤに二人が優しく声をかける。

 それでも気落ちしている様子だったので、サヤを抱き寄せた。

「次の討伐は俺達だけで済ませることも出来る」

 その間、サヤは馬車にいれば顔を合わせる必要はなくなる。

 作戦は変更することになるものの、今のディザークにヴェインとゼニスがいれば、ルフの群れの討伐も難しくはない。ゼニスの火魔法かディザークの風魔法を広範囲に展開し、落ちてきたルフをヴェインの闇魔法の蔦で捕らえて首を刎ねる。魔力の使用は激しいがそれで討伐できる。

 もしくはディザークが風魔法で跳躍し、ヴェインが浮遊魔法で飛び、ルフの翼を狙って攻撃をして落ちたものからゼニスの炎で燃やすという手もある。オースフェンの騎士達の出番はなくなるが、取り決めてあった作戦を無視したのだから、こちらが作戦を変更しても文句は言わせない。

 しかし、サヤは頷かなかった。

「ありがとう。……でも、自分で決めたことはきちんとやり遂げたいの」

 そもそも、ファイティングブルはこちらで討伐することになっていたが、次のルフの群れの討伐ではオースフェンの騎士達にも活躍の場を設けてあった。それについても説明は済んでおり、王太子も了承していたはずだ。

 だが、ファイティングブルに対して優位な状況を見て、欲が出たのだろう。

 ……目先の欲に目が眩んで真の聖女の反感を買うなど、愚かだ。

 恐らくサヤも同じ考えだろうが、この件はオースフェン国王に伝えるつもりだ。

 作戦を無視して真の聖女の使命に横槍を入れた、やりたい放題の王太子に『真の聖女』『守護聖騎士』として苦言を呈する。そうなれば王太子は苦境に立たされるが、己の行いのせいである。

 もしも今後、オースフェン王国との間で何かあった時にこうして好き勝手されては困る。

 それにいつまでも舐めた態度を取る王太子を許すほど、ディザークも寛大ではなかった。

 顔を上げたサヤがニッと口角を引き上げて笑う。

「わたし、これでも『真の聖女様』だからね」

 胸を張って自信満々な表情をするサヤから、苛立ちはもう感じなかった。


* * * * *


 草原から森に入り、しばらくすると木々の向こうに高い崖が現れ、その更に遠くに山々が連なって見えた。

 ルフというワシに似た大型の鳥系魔物は山の急斜面や崖の途中などに巣を作るらしく、この辺りで何度も群れの目撃情報があったそうだ。体が大きいからか行動範囲の広い魔物なのだとか。

 街道沿いに馬車を停めて、三つに分けた部隊のうち一つを連れて崖近くまで徒歩で向かう。

 あまり大勢で近づくと逃げられてしまう可能性もあるため、今回は一部隊に限定したが、三つの群れを討伐する予定なので全ての騎士に魔物討伐に参加する機会が与えられる。

 崖近くまで行くと、クェ〜、と鳥にしては大きな鳴き声がした。

 ディザークが手を上げて部隊を止め、わたしを抱き寄せると木の幹の陰に移動する。

 王太子や騎士達も近くの木々や茂みに身を隠した。

 そっと様子を窺えば、この先は木々が少なく、崖下までちょっとした広場のように開けている。

 日の当たるそこに今回の討伐予定の魔物・ルフと思しき生き物がいた。

 頭や尾は白く、それ以外の部分は黒とも濃い焦茶色のようにも見える色合いで、足と嘴は濃い黄色だ。元の世界のワシと色味は全く一緒だが、大きさが全く違う。ファイティングブルも軽自動車くらいあったが、こちらは翼を広げたら全長はもっと大きいだろう。嘴の先は丸く曲がっていて独特で、爪は鋭く、今は日向ぼっこ中だった。

 ……普通サイズだったら可愛いんだけどなあ。

 巨大な猛禽類というのは威圧感がある。

「……数が少ないな」

 ディザークが呟き、崖の上を窺うような仕草をする。

「この崖に巣があるのだろう。あそこにいるのは半数程度と考えていたほうがいい」

「分かった」

 これから使う魔法は『視認していないといけない』ので、一撃目は良くても、その後は木々の間からあの広場のような場所に出る必要がある。これはディザーク達にも教えていた。

「三、二、一、で出るよ。集中したいから障壁は自分にしかかけられないから、気を付けて」

 わたしの言葉にディザークとヴェイン様、ゼニス君が頷く。

 深呼吸を一つして、囁く。

「三、二、一……行くよ!」

 バッとわたしとディザーク、ヴェイン様、ゼニス君の四人で広場に飛び出す。

 ルフ達がこちらに気付いて立ち上がったけれど、走りながら行った詠唱で魔法が発動する。

 聖属性の雷魔法がわたしの手から放たれる。

 地面にいた三分の二ほどは雷魔法が直撃し、痺れと火傷で動けなくなったが、残りはギリギリで避けて空に舞い上がった。ヴェイン様が闇属性の蔦で地面にいるルフを固定する。

「討伐!!

 ディザークの掛け声に森から王太子と騎士達が走り出て来て、動けないルフの首を数人がかりで刎ねていく。濃い血の臭いが広がり、上空のルフ達が鋭い鳴き声を上げる。

 わたしは続けて詠唱を行い、もう一度、雷魔法を空にいるルフ達に向ける。

 だが、やはり空中戦に慣れているルフは動きが速い。簡単に避けられた。

「……なんて、避けたところで意味ないけどね!」

 避けたはずの雷魔法が空中で弧を描き、散開したルフ達をそれぞれ追いかけて行く。

 それに気付いたルフ達が慌てて飛んで逃げようとするが、雷魔法は消えない。

 空を自由に飛べるなら、それを追いかければいい。

 雷魔法に魔力を多く込めたそれは追尾型の魔法だった。

 元の世界でも追尾型のミサイルがあったし、魔法でも真似できる。

 更に数羽のルフが落ちて、ゼニス君がその翼を焼き、騎士達が首を刎ねる。

 鳴き声に気付いたのか、崖の中腹から大きな影がいくつも空に飛び出した。

「追加のルフが来るぜ!!

 ゼニス君の声と共にゴウッと音がして、わたしの障壁魔法にガキィイィンと派手な衝撃が走る。

 すぐ目の前にいる巨大なルフが障壁に爪を立てていた。

 その背後からディザークが風魔法の刃をルフへ向けたが、ルフは素早く飛び上がって逃げる。

 ……意外と賢い。

 これだけの数の人間がいるのに、わたしを選んで攻撃してきた。

 詠唱して追尾型の雷魔法を展開する。今度は先ほどの倍、雷のミサイルを放つ。

 やはり何羽かは落ちてくるが、他は上手く避け、対処法を探そうとしているようだった。

 わたしに突撃してきた、一際大きなルフが他のルフと軌道を合わせて交差する。

 ……もう欠点を見つけたんだ!

 ミサイルは敵を追尾するが、燃料切れか他のミサイルとぶつかるとそこで爆発してしまう。

 ほんの少し見ただけですぐに対処法に気付くなんて、あの一番大きなルフは、きっとこの群れのボスなのだろう。これはかなり苦戦する魔物である。

 雷ミサイル同士をぶつけた一番大きなルフがわたしに向かって急降下してくる。

「サヤ!」

 ディザークの声がする。

「平気!!

 こちらに来ようとするディザークを手で制した。

 大きなルフの体当たりで障壁魔法越しにビリビリと空気が振動する。

 一度目よりも間近でルフと目が合う。猛禽類の鋭い目に、少しだけ肌が粟立つ。

 わたしはルフに向かって口角を引き上げた。

「ぶつかったら終わり、なんて思った?」

 ルフがハッと頭を持ち上げた瞬間、その体を背後から雷魔法が襲う。

 普通のミサイルならぶつかったら爆発する。

 でも、それが魔法だったら? 雷同士がぶつかり合っても、より大きくなるだけ。

 バチバチバチバチィイイッと眩しいほどの光が巨体を包んだ。