第2章 聖女ウィニス


 しばらく後にディザークがわたしの部屋に来た。

 先ほどリドアニアの聖女様に連れて行かれたのと、外に出ているリーゼさんやノーラさん達を見て、気にしてくれたのだろう。

 しかし、ヴェイン様とゼニス君とあいあいとしているリドアニアの聖女様を見て、ディザークが驚いた様子で立ち止まった。

「……どういう状況だ?」

 困惑するディザークを手招きして、空いているわたしの左隣に座らせる。

「ヴェイン様、改めて状況説明をお願い」

「うむ、良かろう」

 ヴェイン様を含め、ドラゴンという存在は六匹おり、全てが兄弟姉妹である。

 長女で光属性に秀でたドラゴン、現在は精霊王であるアルミラージュ。

 長男で闇属性に秀でたドラゴン、帝国の聖竜ということになっているバウデヴェイン。

 次男で土属性に秀でたドラゴン、世界樹となったノードヴェシル。

 次女で水属性に秀でたドラゴン、現在は世界樹を守っているウェミネア。

 三女で風属性に秀でたドラゴン、ドラゴンの生に飽きて転生したフレアレミス。

 三男で火属性に秀でたドラゴン、最北端のガルスト山脈に封じられていたフレイゼニス。

 ヴェイン様とゼニス君は今、わたしの護衛としてそばについてくれている。

「まあ、これで察しただろうが、そこにいるリドアニア連合国の聖女ウィニス・グレイスは我の妹フレアレミスの生まれ変わりである」

「そうそう、これでも元ドラゴンなの〜」

 両頰に指を当てて、眠たげな表情のまま何故かポーズを決めながら話すリドアニアの聖女様に、ディザークが額に手を当てて先ほどのわたしと同じ仕草で溜め息を吐いた。

 ……分かる、分かるよ、その気持ち!

 ぽん、とディザークの肩に手を置いて頷く。

 リドアニアの聖女様は吞気に自分で淹れたお茶を飲んでいる。

 ティーセットが用意してあったので、カップに注いだだけだが。

「あー、えっと、とりあえずどっちで呼べばいいのかな?」

 わたしの質問にリドアニアの聖女様が言う。

「ウィニスでいいよ〜。あたしもサヤって呼ぶから」

「分かった。一応訊くけど、連合国のために帝国に攻めこもう、みたいな予定はないよね……?」

「ないない。そんな面倒なことしないよ〜」

 あはは〜、とウィニス様が笑うけれど、相変わらず眠たそうな顔で全く表情の変化がないのでちょっと怖い。

「そもそも、あたしはのんびり生きようと思ってたんだけど……ほら、人間に生まれ変わってても元はドラゴンだから魔力量が多くてさ〜。生まれ変わる時にうっかり聖属性を封じるの忘れちゃって、聖属性も魔力もある〜ってことで聖女になっちゃったわけ」

 ……どこからツッコミを入れればいいのか。

「今のあたしは四属性持ちの孤児、ウィニス・グレイスなの。人間の生も二度目だし、他の生き物にもなってみたけど、そろそろ飽きてきちゃったから、次はドラゴンに戻って精霊界に帰ろうかな〜」

 それに対してゼニス君が言う。

「そうなのか? 帝国も結構楽しいぜ? コイツも面白いし、人間の料理も美味いしな」

「美味しい食べ物ももう沢山食べたよ〜。でも、ゼニスが宝石以外に興味を持つなんて珍しいね〜」

 言いながら、ウィニス様が肘掛けにぐたっと寄りかかる。

「もうさ〜、流れで聖女になっちゃったけど、魔力充塡も奉仕活動も魔物討伐も面倒でさ〜。あたしって気紛れでしょ? やりたい時じゃないとやる気出ないし、人間はあたしに子を産ませたがって人間の男をあてがおうとするけど、自分より弱いのとつがうってありえないし……全部めんどくさ〜い……」

 ……わたしも大概聖女らしくないけど。

「この通り、気紛れ・気分屋・面倒くさがりな奴でな」

「よく逃げなかったよなあ」

 ヴェイン様とゼニス君の言葉に、ウィニス様がムッとした表情をする。

「あたしだって自分だけならさっさと逃げたよ。だけど、あたしが逃げることで育ててもらった孤児院に不利益があったら、それはそれで嫌だし……こんなあたしでも、恩は忘れてないからさ〜」

 面倒と言っていても、根は良い子なのだろう。

 ウィニス様が起き上がるとわたしを見た。

「まあ、魔物討伐に同行するけど、基本的にそっちでよろしくって感じで〜」

 ディザークがもう一度溜め息を吐く。

「……帝国に敵意がないならばいい」

「全然ないって。一兄とゼニスがいて、いちねえがあなた達を『聖女』『聖騎士』として認めているのなら、みんなあなた達の味方じゃない。勝てない勝負なんて面倒くさいこと、しないしない」

「そうか」

 それを聞いてディザークは警戒するのをやめたようだった。

 ウィニス様が立ち上がる。

「さあて、そろそろ行かないと。一兄もゼニスも元気そうで良かった〜。サヤも短い間だけどよろしくね〜」

 ひらりと手を振って、ウィニス様は部屋を出て行った。

 ヴェイン様は普段通りだったけど、ゼニス君は少し呆れた顔で頭を搔いていた。

 ……ドラゴンってみんなクセが強いなあ。

「このこと、皇帝陛下に伝えておく?」

「……ああ。帰還後の報告が長くなりそうだ……」

 わたしはもう一度、ディザークの肩に手を置いた。


* * * * *


 そして翌日、わたし達は魔物討伐のために首都を旅立った。

 朝、リーゼさんとノーラさんから「討伐用の服を準備しておりますので」「お楽しみに」と言われたのが少し気になる。変な服でなければいいのだけれど。

 それはともかく、昨夜は歓迎パーティーがあったけれど、煌びやかなのと楽団や旅芸人で賑やかすぎたのとで疲れてしまい、早々に『明日から討伐なので』とディザークと共に下がらせてもらった。主役がいなくてもパーティーは問題なく続いたようだ。

 ……やっぱりこの国、あんまり気が合わないなあ。

 華やかで賑やかで、芸術を愛しているのは伝わってくるが、どうにも落ち着かない。

 帝国もヴィレンツァ王国も、どちらかと言えば実用的な美を好んでいて、そういうところに慣れているからかもしれないが、見るもの全てがわたしには派手に感じられて目が痛くなりそうだ。

 ……結局、用意された馬車も派手だし。

 箱型の馬車だけれど、これからパレードでもするのかと思うほど華やかで、重たいのか馬を四頭も使って引っ張るらしい。

 わたし達の馬車の周りは近衛騎士達が馬に乗って並走してくれるものの、他は青いポンチョみたいなのを着た、兵士なのか騎士なのかよく分からない人達なので、やっぱり落ち着かない。

 首都を出たところでカーテンを閉めて、ヴェイン様に浮かせてもらった。

 馬車の中にはわたしとディザーク、ヴェイン様、ゼニス君、ウィニス様、そしてエーベルスさんがいる。ウィニス様の護衛も乗ろうとしていたけれど、主人であるウィニス様が「別の馬車でゆっくりしてて〜」と追い払ってしまった。

 ヴェイン様やゼニス君と話したいのだろう。

 そう思っていたのに、首都を出てからずっとウィニス様に話しかけられている。

「へぇ〜、サヤはゼニスより強いんだ? すご〜い。ドラゴンより強い人間なんて初めて見た〜」

「言っとくけど、オレは本気じゃなかったからな!」

「本気じゃなくても負けは負けでしょ? 自分より弱いって舐めてるから痛い目見るんだよ〜」

「……」

 そして、双子だからなのかウィニス様はゼニス君に対し辛辣なところがあるらしい。

 ……それとも遠慮がない、なのかな?

 途中で口を挟んではウィニス様にこんなふうに言い返されて、ゼニス君が口をへの字に曲げる。この数時間の間に何度も見た光景だ。

 ヴェイン様とディザークは既に我関せずといった様子で、腕を組んで目を閉じている。

「まあまあ。わたしは異世界人だから、こっちの世界の人とは考え方も違うし、そういう意味ではゼニス君だって想像がつかなかったと思うし」

「そうだ! お前だってサヤと戦ってみれば分かる!」

「戦う理由がないけどね」

 ……双子の仲が悪いってわけじゃないよね?

「そんなことより、サヤの魔法は興味があるかも。この世界の者にはない発想が面白〜い」

 ゼニス君が「そんなこと……」と落ち込んでいたので、ウィシュマルク辺境伯夫人から貰ったベリーの飴入り瓶を渡したら、無言で食べていた。

「今回の討伐も、何か方法を考えてあるの〜?」

 と、問われて頷き返した。

「うん。考えてはあったけど、ウィニス様も一緒に戦うなら変更したほうがいいかな?」

 ディザークに訊けば頷き返される。

「ああ。聖女ウィニスの活躍もあったほうが、聖女自身も国も、面子が立つだろう」

「そういうとこ、人間って面倒だよね〜」

 やる気のなさそうな様子でウィニス様が、やれやれ、と肩を竦めた。

「ウィニス様は風属性が得意でいいんだよね?」

「そうそう、あたしは一番得意なのが風〜。次に光、火、水って感じ。元から闇と土は苦手〜」

 ……拘束系の魔法は苦手そうだ。

 水属性が使えるなら氷は出せるだろうけど、最後のほうだったから、それほど使えないのかもしれない。

 ちなみにウィニス様の言う『光』とは聖属性のことだ。

 元々姉である精霊王様の力を光属性と呼んでいたが、人間界に精霊王様=聖竜という認識が生まれたことで『聖竜の聖なる属性』、つまり『聖属性』と言われるようになったらしい。

「これから行く場所って沼地なんだっけ?」

「ああ、そうだ」

「嫌だなあ……」

 ディークの返事に一気にやる気ががれる。

 それから、ふと気付いた。

「わたし、沼地で動く格好じゃないよね? ……あ、もしかしてリーゼさんとノーラさんが言ってた『討伐用の服』って……」

「恐らく沼地でも動きやすいものだろう」

「なるほど」

 今回、リーゼさんとノーラさんも別の馬車で来ている。どうして宮殿で待機しなかったのか疑問であったが、それが解消した。恐らく着替えを手伝うために来てくれたのだろう。

「ごめん、話が逸れたけど、沼地ってことは土属性の魔法は使いにくいよね?」

 沼地の地面は水気を含んだ泥だ。

 地面の土を利用する土属性の魔法は不向きだろう。

「使えないことはないが、拘束するにも泥を固めるのに数秒かかる。その間に壊されるか逃げられる可能性が高い。土壁もちょっとした攻撃なら防げるという程度に考えていたほうがいい」

「そうなると闇属性の魔法で捕まえれば、動きを鈍らせることは出来る?」

 ヴェイン様が「いや」と首を横に振った。

「沼地の魔物は闇や土、水属性持ちが多い。今回戦う魔物もどれも闇属性を有している。恐らく、闇属性の拘束では逃げられるだろう」

 どうしようかな、と思考を巡らせていれば、ゼニス君が手慰みにポンッと飴入り瓶の蓋を開けた。

 ……あ、そっか。

「こういう方法なんてどう?」

 みんなに説明すると、ヴェイン様は楽しそうな、ディザークとゼニス君、エーベルスさんは少し呆れたような顔をした。

「サヤの魔法はいつ聞いても面白いな」

「……それなら被害を出さずに討伐できそうだが」

「お前って本当、えげつない魔法ばっかり考えるよなあ」

「確かに聖女様の魔法ってえげつないですよね」

 がしりと横からウィニス様に手を握られる。

「何それ面白そう。見てみた〜い」

 意外にも、ウィニス様が一番乗り気だった。


 それから二日かけて、わたし達は魔物のいる沼地に着いた。

 その間、一緒に過ごして分かったが、ウィニス様は確かに気紛れで気分屋、そしてかなり面倒くさがりな性格であるらしい。

 気分が乗っている時はどんなことでも進んでやるけれど、やる気がない時は何を言っても動かない。しかも、面倒くさがって食事も適当だ。

 別の馬車に追い出されていた護衛の女性兵士が甲斐甲斐しく世話をして、ウィニス様のやる気を出すために四苦八苦しているようだった。

 そしてこれから沼地に向かうということになり、わたし達は沼地手前の村に立ち寄った。

「サヤ様お着替えをいたしましょう」

「沼地用の服を用意してあります」

 リーゼさんとノーラさんに言われ、近くの宿屋の部屋を借りて着替えたのだが……。

「……普通は黒とか茶色とか、汚れの目立たない色合いにしない?」

 着替えた服は白と青、金色を基調としており、上は聖女の装いに似ているけれど下は膝丈ほどのスカートで動きやすい。ブーツも白で、これから沼地に行くには不向きな色に感じた。

「聖女様は白を身にまとうのが基本ですから」

「聖女様が汚れるのも厭わず戦う姿を見せることで、皆、よりサヤ様をお慕いするようになります」

 言いたいことは分かるけれど、それでいいのだろうか。

 髪をポニーテールにまとめてもらい、ディザーク達のもとへと戻る。

「えっと、どうかな?」

 ディザークがすぐに近づいて来る。

「よく似合っている。……綺麗だ」

 わたしの前にひざまずいて見上げてくるディザークの表情は真剣で、多分これから先、ディザークがこうして跪く相手はわたしだけなのだろう。それが嬉しくて、誇らしくて、自然と笑みが浮かぶ。

「ありがとう。この色合い、ディザークとお揃いだね。これなら一緒に並んで立っても見劣りはしないよね?」

「元より見劣りなどしていないと思うが、格好良くなった」

「そうだとしたら嬉しい」

 手を貸してディザークを立たせる。

 やっぱり、跪かれるより並んで立つほうがいい。

「黒髪に白と青が映えるな」

「まあ、悪くないんじゃねーの」

 横から近づいて来たヴェイン様がうんうんと頷き、ゼニス君も素直に褒めて(?)くれる。

 それから、ウィニス様が羨ましそうにわたしを見る。

「動きやすそうでいいな〜」

 しばらくの間、ウィニス様に「いいな〜、いいな〜」とまとわりつかれたのだった。


 その後、沼地では馬車が使えないので徒歩で向かうことになった。

 ブーツは普段の靴より歩きやすいし、スカート丈が短いので動きも邪魔されない。

 馬も置いて、わたし達は全員で村を出て、沼地に足を踏み入れた。

 村の中はまだ乾いた地面があったのに比べ、沼地に入るとすぐに土が湿り気を帯びて、奥に進むほど地面のぬかるみが酷くなっていく。白いブーツはあっという間に泥にまみれ、みんなの足の動きが鈍くなる。

 ウィニス様が嫌そうにぼやいた。

「あ〜、ほら、やっぱりこうなる。だから沼地は嫌なんだよね〜」

 振り返ればウィニス様が裾を泥だらけにしており、その水気のせいでスカートや上着の裾を重そうに引きずっている。地面が泥地のせいで足が沈む上に、あちこちに凹凸があるから裾に泥がつきやすいのだ。聖女の白い装いに泥が跳ねては染みて、最初からそういう色合いかと思ってしまいそうなほど裾が茶色くなっていた。

 それでも歩き続ける。冬の寒さのせいか、それとも染み込む泥水のせいか、足が冷える。

 冬の寒さでも沼地の泥は意外と凍らないらしい。

 一時間ほど歩いたところで、先行していた討伐部隊の数名が待機しており、合流した。

「この先にブロンテラを発見しました。周辺を探索しましたが、他に同じ特徴の魔物は見当たらなかったので、恐らく我々が発見したものが討伐予定の植物系魔物ブロンテラかと思われます」

 先行部隊の騎士の報告にディザークが頷き返す。

「報告ご苦労。しばしの休憩後、討伐を行う。主に我々がブロンテラを相手にするので、皆は他の魔物の邪魔が入らぬよう周囲を警戒してくれ」

「かしこまりました」

「はっ」

 近衞騎士とリドアニアの騎士が短く返事をした。

 辺りは泥なので座って休むことも出来ないが、歩きっぱなしだったから、少しでも立ち止まれるのはありがたいような──……いや、やっぱりそうでもないかもしれない。

 足が重いと感じていたのは泥がまとわりつくからだと思っていたが、歩きにくい沼地はわたし達の体力を相当に奪っていた。歩いただけなのに妙に疲れる。

「やばい、根っこ生えそう……」

 わたしの呟きにディザークが振り向いた。

「それはまずいな。……皆も予想以上に体力を消耗しているようだ」

「沼地ってこんな大変なんだね。早めに討伐して、さっさと帰ったほうがいいよ」

「ああ、長居すると動けなくなる者が出るだろう」

 水を飲み、軽く脚を曲げたり背筋を伸ばしたりして体を解す。

 十五分ほど休憩した後に討伐部隊を四つに分け、ブロンテラを中心に東西南北に配置することで他の魔物が近づかないよう警戒してもらう。

 これから戦うブロンテラという肉食の植物系魔物は非常に厄介で、他の魔物に途中で乱入されると危険だからだ。騎士達の部隊の指揮はエーベルスさんが行ってくれることになった。

 何より、この魔物だけは少数で挑むほうが戦いやすい。

 部隊を配置し、わたし達はブロンテラのいる場所へ向かう。

 ……う、なんか、すごく臭い……!

 その臭いは変なものだった。

 甘いような、酸っぱいような、胸焼けと吐き気のする臭い。

 汚物などの臭いとはまた違った独特な臭いに全員が眉根を寄せた。

 泥地の中に、一際大きな植物があるのが見える。

 ハート形の人の背丈ほどもありそうな二枚の葉は表面に白い産毛のようなものがみっしりと生えて、ふさふさとした印象を感じ、それに左右から包まれるようにして赤ピンク色のやや細長い蕾がいくつも密集している。

 この沼地の中で鮮やかな緑と赤ピンクはとても綺麗に見えるが、しかし、その周囲の泥から覗いているものを見て、悪臭の正体が分かった。野生動物らしき体の一部や骨などが散乱していた。