「魔法はバカみたいに強いのに、馬車に乗れないなんて変なヤツだよな。馬車酔いを治す魔法とかねーの?」

 言いながら、ゼニス君がチェスの駒を動かす。

 よほど気に入ったのか、いつもゼニス君はヴェイン様とチェスをしていて、大抵ゼニス君が負けている。今もチェス盤が二人の間でふわふわ浮いていた。

「そんな都合のいい魔法なんてないよ」

「でも、治癒魔法をかければ吐き気は落ち着くんだろ?」

「かけている間はね。まさか、馬車酔いのためにずっと治癒魔法をかけ続けるわけにはいかないでしょ?」

いちにいに浮遊魔法かけてもらってるのも同じようなもんだと思うけど」

 ゼニス君の言葉に視線を逸らす。

 わたしだって同じだと分かっているが、酔ってから治癒魔法をかけても完全に治るわけではないのだ。出来れば少しであっても馬車酔いにはなりたくない。

「そういえば、前はヴェイン様が乗せてくれたからすぐに山脈に着いたけど、普通に馬車で行くとどれくらいかかるの?」

 話を逸らせば、ディザークが苦笑する。

「この速度なら三日ほどで着く」

「空を飛ぶのと地面を進むのじゃあ、やっぱり全然違うんだね」

 馬車の外では近衛騎士達が並走し、それにはヴィレンツァ王国の近衛騎士も含まれていて、全体で四十名ほどになる。

「これでも数が少ない分、早く進んでいるんだがな」

「ヴェイン様とゼニス君がドラゴンの姿になれるなら、馬車じゃなくて大きな箱に乗って運んでもらうとか出来そうなのになあ」

「……それも結局は酔わないか?」

 自分で言っておいて何だが、想像したら納得してしまう。

 多分、どんなに慎重にしてくれても箱はかなり揺れるだろう。

「……そうかも?」

「何より、ドラゴンが二匹もいたら大騒ぎどころの話ではない」

「『どっちが聖竜様だ!?』ってなるよね」

 神殿はこの大陸で最初に生まれた国である帝国を築き上げるのに協力し、初代皇帝とも友人だったヴェイン様を世界で唯一の聖竜として崇めている。

 だが実は本来聖竜と呼ばれていた存在は、精霊王様である姉ドラゴンのアルミラージュ様だったらしい。後に出てきたヴェイン様をその聖竜様と混同したと思われる。

 この世界の人々は『ドラゴンは一匹しかいない』と思っているため、このような誤解が生じてしまっているのだが、ヴェイン様は『どちらもドラゴンなのだから同じであろう』と気にしていない。

 それにより神殿が崇める聖竜は精霊王様でもあり、ヴェイン様でもあるという謎の状態になっているけれど、この事実は恐らく神殿側に伝わることはないだろう。

 ……色々と混乱しちゃうもんね。

 ここで『実は六匹兄弟姉妹でした。ドラゴンは他にもいます』なんて言えば大変なことになるのは目に見えている。権力の象徴としても戦力としても最強のドラゴンを取り込み、確固たる地位を得たいと思う国も出てくるはずだ。

 結果、ドラゴンを得るための戦争が起こる可能性もある。戦争で勝ったり、権威付けしたりするためにドラゴンが欲しいのに、そのドラゴンを手に入れるために戦争をするという、おかしな状況になるかもしれない。

 そういったことを防ぐためにも『聖竜様は一匹』としておくほうが都合がいいのだ。

 そこで、別の疑問が湧いた。

「ヴェイン様は神殿に行こうと思わなかったの?」

 そういえばヴェイン様は、わたしの護衛をするまでは皇室の霊廟に住んでいた。神殿に行けば、もっと崇められていたんじゃないだろうか。

 チェス盤を見たままヴェイン様が言う。

「神殿に行ったら『神殿に属している』と勘違いされる。我はあくまで『帝国の聖竜』で、友の子孫である皇族と帝国の行く末を見守りたいだけだ」

「そっか」

「それに愛し子のサヤもいる。こうして弟と遊戯を楽しむ時間も得られて、今の暮らしには満足している」

 ……ヴェイン様って意外と欲がないんだよね。

 最初はすごくマイペースというか、自由な人だと思っていたけれど、一緒に過ごす中で寛容で大らかな性格であることも分かった。

「人間の作るもんは美味いしな!」

「まったくだ」

 ゼニス君の言葉にヴェイン様が頷く。

 それぞれの理由は何であれ、ヴェイン様とゼニス君がいることで、わたしの生活も賑やかで楽しい。みんながいるから、わたしはこの世界でもやっていけているのだと思う。


* * * * *


 ヴィレンツァ王国の王都を出発してから三日。

 予定通り、わたし達はウィシュマルク辺境伯領の街・ルムヴァンに着いた。

 年を越えたものの、まだ冬ということもあって外はうっすらと雪が積もって寒い。

 馬車は街の外壁にある門を潜り、街中をゆっくりと進み、辺境伯の屋敷に向かう。既に連絡が届いているのか列を邪魔する人はいなかった。

 以前にも来たことのある屋敷に到着し、ヴェイン様とゼニス君、そしてディザークが馬車から降りる。最後にディザークの手を借りてわたしも出ると、そこにはウィシュマルク辺境伯と夫人がいた。

 相変わらず大柄な辺境伯と細身で小柄な夫人は対照的だが、二人並ぶ姿は不思議としっくりくる。

「聖女様、聖騎士様、ようこそお越しくださいました! 以前もお二方にはお世話になってしまったというのに、まさか、また来ていただけるとは!」

「いや、こちらこそ兵を出してもらえて助かる」

「ははは、ワイバーンすらあっという間に討伐なされるお二方にとっては、我らの力などささいなものでしょうな!」

 ディザークと辺境伯が握手を交わす。

 それから辺境伯夫妻に促されて屋敷へ入る。

「どうぞ中へ」

 ディザークとわたし、エーベルスさん、ウェイン様、ゼニス君が夫妻について行き、それ以外は使用人達の案内に従った。

 応接室に通され、ディザークと共にソファーに座るよう勧められる。エーベルスさんとヴェイン様、ゼニス君は後ろに控えた。

「到着してすぐで申し訳ないのですが、討伐予定の魔物についてお話をしてもよろしいですかな?」

 辺境伯の言葉にわたし達は頷いた。

「スノウベアーの群れを三つ、モォールウルフの群れを五つ、見つけております。どちらも縄張りを持ち、住処を決めて行動する習性があります。もちろん、既にどちらの住処の場所も把握しております」

「なるほど、それで『いつでも出兵できる』ということか」

「はい、スノウベアーもモォールウルフも凶暴で厄介な魔物です。我々としても、この機会を逃したくありませんのでな」

 それから、辺境伯とディザークが討伐部隊について話し合う。その辺りに関してはディザークに任せる。兵の数や動きなど、よく分かっていないわたしが余計な口を挟んでもいいことはないだろう。

 夫人もわたしも黙って話を聞いていた。

 辺境伯領からは三百人ほど兵を出してもらえるそうだ。数だけ聞くと少なく感じるかもしれないが、雪と寒さ、そして強い魔物の多いこの地で辺境伯が認めた兵士達である。一人一人がかなり強いはずだ。

「今回の討伐には私も参加させていただきますぞ」

「兵達の指揮は、彼らのことをよく知る辺境伯に任せたいと思っていたのでありがたい」

 大体の話がまとまると、一度客室に案内してもらい、湯浴みと着替えを済ませて夕食に招かれる。

 ……着替えって言っても聖女の装いだけど。

 わたしが他国でドレスを着ることは今後ないだろう。

 正直に言えば、いまだにドレスは慣れないのでホッとしている。

 聖女の装いは少々目立つものの、ドレスよりはまだマシなほうだ。

 夕食の席は和やかなもので、特に問題もなく、わたし達は楽しい食事の時間を過ごし、辺境伯の屋敷に泊まらせてもらうこととなった。


 翌朝、朝食を済ませて討伐の準備を整える。

 ここから先は雪深くなり、馬車は使えないため、わたしも歩いて雪山に入ることになる。

 ……こんな雪深い中を長時間歩けるかな?

 なんて心配したものの、ある程度目的地の近くまでは馬車の代わりにソリに乗って行くということになった。しかもソリを引くのは馬ではなく、大きな鹿だ。

「こんなに大きな鹿は初めて見ました」

 危ないからと近寄ることはなかったけれど、遠目に見ても大きな鹿だ。驚いていると、辺境伯が愉快そうに笑った。

「ええ、私も幼い頃に初めてあれを見た時は腰を抜かしたものです。以前、助けていただいた村があったでしょう? あの辺りの部族が昔から飼い馴らしている種類で、普通の鹿より大きく体も頑丈で、力もあります」

「そうなんですね。ソリに乗るのも初めてなので、楽しみです」

 と言えば、辺境伯が声を上げて笑った。

「はっはっはっ! さすが聖女様! あれを初めて見た者はソリに乗るのを怖がることが多いのですが、聖女様はその心配はなさそうですな」

「もし落ちても障壁魔法がありますから」

 落ちる前提で話をしたからか、辺境伯は楽しそうに笑っていて、横にいたディザークは少し呆れた顔をしていた。

 準備を整え、ソリに乗る。わたしとディザーク、それから御者の騎士が大きなソリに乗ったが、それを引く二頭の鹿も大きいので問題なさそうだった。

 リーゼさんとノーラさんは屋敷で待機だ。

「ディザーク様、サヤ様、お気を付けて」

「お戻りをお待ちしております」

 心配そうな顔をする二人に、わたしはニッと笑みを浮かべて片手の親指を立てて見せる。

「すぐに帰って来るから」

「行って来る」

 頭を下げる二人に見送られながら、ソリが走り出す。

 最初は結構揺れたけれど、山に入り、雪深くなっていくと、馬車よりもずっと滑らかな走りに変わる。おかげで乗り物酔いになる心配はなさそうだ。

 討伐隊は五十人が三つと三十人が五つの部隊に分かれ、それぞれ討伐予定のスノウベアーとモォールウルフの群れへと向かう。

 すぐには戦わず、わたし達が着くまでは様子を見ていてもらうことになっており、今日中にスノウベアーの群れ三つとモォールウルフの群れ五つを潰す。

 まずはスノウベアーの群れから討伐する予定だ。

 ソリが雪山を登っていく。鹿達はソリを引っ張っていることを理解しているらしく、木々の間を抜けながらもソリが通れないような場所は避けて走っていた。

 魔法で寒さ対策はしてあるものの、吸い込む空気の冷たさを感じる。思わず口元に両手を当てていると、後ろからディザークに抱き締められた。

 そのまま、ソリは目的地点まで一気に山を駆けて行った。

 やがて山の中腹辺りでソリが停まり、先を走っていたソリから辺境伯が降りてこちらに来る。エーベルスさんもソリから降りると合流した。

「この先に一つ目のスノウベアーの住処があります。山肌の洞窟に住み着いており、少々歩くことになりますが、大丈夫ですかな?」

 わたし達は辺境伯の言葉に頷き、ソリから降りる。

 先頭を行く辺境伯が雪をかき分けてくれるおかげで、後を追うわたし達は随分と歩きやすく、歩く距離はそこそこあったけれど以前のように動けないということはなかった。

 辺境伯が立ち止まって身を低くしつつ、わたし達に止まるよう手で合図を出したので、真似をして屈む。

「あそこがスノウベアーの住処です」

 辺境伯が指差したほう、わたし達のいる場所よりやや低い山肌の斜面に出っ張りがあるのが見える。向こうから風が吹いており、こちらは風下のようだった。

「あの突き出た場所が洞窟の入り口です」

「中での戦闘は避けたい」

「ええ、スノウベアーをおびき出す手筈になっています」

 辺境伯が手を振ると、丁度出っ張りの上辺りに人影が見えた。その人影が真下の出っ張りの正面に何かを投げた。

 それはコロコロと転がって洞窟の中に入っていき、少しして洞窟の出入り口から薄く煙が上がる。その煙が段々と濃くなっていった。

 ややあって、グォオオオオッと獣の咆哮が響く。

 洞窟の中から一頭ずつ、真っ白な毛皮のクマが飛び出して来た。体を丸めて四つん這いになっていても大きい。それが二頭、二回りほど小さいのが一頭。全部で三頭いる。

 出てきたスノウベアーは顔を上げ、匂いを嗅ぐように辺りを見回した。

「今だ! 魔法を放て!」

 辺境伯の掛け声と共に、周囲に隠れていた兵達が立ち上がり、スノウベアーに向けて火魔法を放つ。

 スノウベアーは一瞬怯んだものの、毛並みがわずかに焦げる程度で、燃え移ることはなかった。火魔法が弱点と聞いていたけれど、思いの外、毛皮に耐火性があるようだ。

 怒りの咆哮を上げ、スノウベアーの一頭が近くの兵士に向かって駆け出した。

「ディザーク!」

「ああ!」

 ディザークが素早く詠唱を行い、手をかざせば、スノウベアーの体は土魔法で地面ごと突き上げられて元の場所まで転がった。

 わたしも詠唱を行って、雪から氷を生み出す。

 その氷でスノウベアー三頭の体を首から下だけ、ガチガチの氷漬けにする。丸く分厚く体を覆う氷のせいか、スノウベアーが地面に転がった。

 ディザークが剣を抜く。

「動きを封じている間に首を刎ねろ!」

「おう!」

 辺境伯や兵達がそれに応え、剣を手にスノウベアーに向かって駆け出した。

 スノウベアーは慌てて逃げようともがくけれど、丸い氷のせいで立つことも出来ず、雪に半分埋まりかけながら怒りの咆哮を上げている。

 ディザークや辺境伯、兵達がスノウベアーに辿り着くと、即座にその首に剣を突き立てた。一人では断ち切れないため、複数人で剣や魔法を使って首を切断した。

 強い魔物と聞いていたが、こうして戦ってみるとあっさりしたものである。

 わたしも雪に足を取られつつ、近づいた。

 わたしが着く頃にはスノウベアーの死体は消えて、素材だけが残されていた。

「こうも簡単に倒せてしまうとは!」

 兵達が素材を回収するのを見ながら、辺境伯が言う。

「それにしても、聖女様の氷は頑丈ですな。魔力を多く使用すると氷の強度を上げられるという話は聞いたことがありますが、まるで金属の塊のようですね」

 死体が消えて残った氷を辺境伯が剣先で軽く叩く。

「スノウベアーがどれくらい強いのか分からなかったので……これはワイバーンでも壊せないくらい硬いんですよ」

「それは少しばかりスノウベアーに同情しますなあ」

 わたしの後ろにいたゼニス君が、氷の塊を見て小さく「うげ……」と呟いて顔をしかめていた。ワイバーンと言ったけれど、ゼニス君を空から落とした後に使ったものと同じ強度で作ったので、実際は『ドラゴンでも砕けない氷』と言うのが正しい。

 パチリと指を鳴らせば氷はサラサラと雪に戻る。

「とにかく、これで群れ一つ、ですね」

「ええ、この分ならば本当に今日中に討伐を終えられそうですな」

 ディザークも頷いた。

「素材や魔石の回収も済んだなら、次に行こう」

 それからソリに乗って残り二箇所のスノウベアーの住処に向かい、同じ方法で討伐した。

 討伐にあたっている兵達は、担当の魔物を討伐し終えたら素材や魔石を辺境伯の屋敷に持ち帰ってもらう。

 午前中の間にスノウベアーの討伐は終わった。

 午後はモォールウルフ討伐なので、今日は大忙しである。


 山の途中にある村で休憩がてら昼食を摂ってから、午後のモォールウルフ討伐に向かう。

 こちらは五つの群れを討伐しないといけないので、結構骨が折れるかもしれないし、スノウベアーより素早そうだから氷漬けは難しいだろう。

 ……まあ、その対策も考えてあるけど。

 ディザークに後ろから抱き締められつつソリに乗り、雪の上を滑るように進んで行く。

 顔がほんのり寒いものの、背中側はディザークのおかげで温かいし、馬車と違って酔わないのはありがたい。昼食後ということもあってウトウトしてしまっていたら、後ろからディザークの笑い交じりの声がした。

「眠いなら寄りかかっていろ」

 と抱き寄せられたので、甘えることにした。

「うん、着いたら起こして……」

「ああ」

 それから、到着するまで少しの間わたしは眠っていた。

 起きた時に御者の兵士に「よく眠れましたか?」と訊かれたので「揺れが少なくて気持ち良かったです」と返したら笑っていたが、本当に気持ちいいくらい滑らかに走ってくれたおかげで短い時間でも熟睡できた。

 午前中に魔法を使っていたのも理由の一つかもしれないけれど、やっぱり慣れない雪の中での行動は自分が思っているより疲れるらしい。

 ソリから降りて軽く体を伸ばしていると、兵士と話していた辺境伯がこちらに来た。

「少し先にモォールウルフの住処があります。丁度、奴らも戻って来ているようなので、今が狙い目でしょう」

「分かった」

 ディザークが一つ頷く。

 モォールウルフの討伐を始める前に、その方法について話しておく必要がある。

「討伐方法についてお話ししたいので、皆様を集めていただけますか?」

「かしこまりました」

 そして、集まった兵士達と辺境伯に説明する。

 モォールウルフは雪の中に潜って移動し、獲物を背後から狩る習性がある。この雪深い中で素早く動ける魔物と戦うのは大変だ。

 だから、潜れないように辺り一帯の雪をガチガチに固めてしまおうと考えている。

 だが、そうすると足元が滑りやすくなるので、討伐部隊も身動きが取りにくくなってしまう。その状態で近づくのは危険だ。

「わたしが足元の雪を固めるのと同時に、護衛のヴェイン様が闇魔法でモォールウルフ達を捕まえます。あとは動けなくなったモォールウルフに魔法を撃ち込んで討伐します。……足元が滑るので、討伐が終わるまで群れに近づかないようにしてください」

 その説明に辺境伯達がしっかりと頷く。

 午前中にスノウベアーを氷で固めているところを見ているので、足元を固めるというのも想像がつきやすいのだろう。誰からも反対意見や疑問は出なかった。

「それでは、討伐を開始する」

 ディザークの言葉に全員が頷いた。

 午前中もそうだったが、魔物を風上に、自分達は匂いで気付かれないように風下に陣取って魔物の様子を窺う。

 モォールウルフは大きく、真っ白な毛並みはスノウベアーと同じく雪の中に身を隠すためか。遠目に見ても十匹以上いるのが分かった。

 そばにいるヴェイン様に訊く。

「全部捕まえられる?」

「問題ない。魔力探知で全てのモォールウルフの居場所と動きは捉えてある。いつでも捕縛可能だ」

「じゃあやろう」

 わたしは気付かれないように立ち上がる。

 聖女用の白い装いはこの雪山では目立ちにくい。

 詠唱を行い、モォールウルフの群れに向かい、手をかざし、魔力を操作する。スノウベアーの時と同じくらいに魔力を濃く練って、それでモォールウルフの足元を氷に変える。

 足元の異変に気付いたモォールウルフ達のうち一匹が、警戒のためかアオォオオオオンと遠吠えをした。

 それを聞いた他のモォールウルフが雪中に潜ろうとしたものの、既にわたしが足元を固めてしまっているのでそれも叶わず、鼻先をぶつけたりガリガリと氷に爪を立てたりする。

「ヴェイン様!」

「うむ」

 ヴェイン様が短く詠唱を行えば、黒い蔦のようなものがモォールウルフ達を拘束する。

「今です! 魔法を撃ち込んでください!」

 ディザークや辺境伯、兵達が詠唱をしながら立ち上がり、動けないモォールウルフに向けて火や風、土などの魔法を放つ。それらが雨のように降って来て、モォールウルフは動くことも逃げることも出来ず、多くの魔法に晒される。

 視界が舞い上がった雪で遮られたものの、モォールウルフの動く気配は感じられない。

 ディザークが詠唱を行い、風で視界を塞いでいる雪を軽く吹き飛ばした。

 モォールウルフの姿はなく、そこには素材と魔石が転がっていた。

 手をかざし、素材と魔石があるところ以外の氷を雪へと戻す。

「ヴェイン、モォールウルフの気配は?」

「ない。全て討伐できている」

 ディザークの問いにヴェイン様が頷くと、兵士達がホッとした顔をする。それでも辺りを警戒しつつ、急いで素材と魔石を回収していった。

「スノウベアーもモォールウルフも高難度の魔物ですが、真聖女様の前ではまさに手も足も出ないという状態ですなあ」

「わたしは戦えないので、反撃される前に動けないようにするしかないんです」

「はっはっはっ、言うのは簡単ですが、それを実現できるというのはすごいことですよ」

 素材と魔石を集めた兵達はそれらをソリに積み込む。

 結局、その手法で残り四つの群れも潰し、日が落ちる前には辺境伯の屋敷に帰還した。

 体が冷えていたので入浴して、夕食に招かれたところまでの記憶はあるが、気付いたら朝になっていた。

 ……なんか、前も似たようなことあったなあ。


* * * * *


 ウィシュマルク辺境伯夫妻と夕食を摂った後。

 食堂を出るまでは良かったが、廊下に出て少しするとサヤの頭が左右にふらふらと揺れ始めた。思わず両手でその肩を摑めば、寄りかかるように倒れてきて、ディザークはとっさに抱き留める。

「サヤ?」

 腕の中でサヤが眠っている。

 ……疲れたのか。

 そういえば、ゼニスを回収しに来た時も疲れて朝まで眠ってしまっていた。

 ディザーク達と違い、サヤは体を鍛えていないので体力もさほどなく、雪山での活動でかなり疲労したのだろう。

 夕食が終わって気が抜けたのかもしれない。

 サヤを抱き上げ、客室まで廊下を進む。

 途中でアルノーに声をかけられた。

「ディザーク様、っと……失礼しました」

 腕の中のサヤに気付いてアルノーが声量を落とし、近づいて来る。

「本日の報告書が出来ましたので、ご確認をと思ったのですが……」

「サヤを送り届けたら読む」

「かしこまりました」

 ディザークの腕の中でサヤがじろぐ。

 寒いのか、ディザークにすり寄って来た。

「真聖女様も、黙っていればお可愛らしいんですけどね〜。何せ、使う魔法がえげつないものばかりですから」

 アルノーが呆れたように小さく笑う。

 それを否定することは出来なかった。

 サヤは魔物──……というより、一度敵と認識したものに対して容赦ないところがある。そこがサヤの強みであり、ハッキリと物を言うところも含めてディザークは気に入っている。

「異世界では魔法がなかったというし、我々よりも柔軟な発想が出来るのだろう」

「柔軟すぎて驚かされてばかりですが」

 ディザークも小さく笑いながら、サヤを抱え直す。

 スノウベアーもモォールウルフも本来ならば、あんなに簡単に討伐できる魔物ではない。数十から百名規模で戦い、多くの犠牲を出してようやく群れを潰せるのだ。

 それなのに犠牲者どころか怪我人すら出すことなく、サヤの作戦により討伐された。

 今後、スノウベアーとモォールウルフの討伐方法として参考にされるだろうが、氷の塊に包まれて転がるスノウベアーや、雪が固められて潜ることが出来ずに戸惑っているモォールウルフを見た時は、少し哀れに感じてしまった。

「だが、こちらとしても勉強になることが多い」

「そうですけど、あれ、どう考えても真聖女様のあり余る魔力量を使った力業ですよね。スノウベアーが壊せないほど硬い氷なんて、普通の魔法士が作ったら一度で魔力切れになりますよ」

「まあ、サヤだからな」

「ええ、真聖女様ですからね」

 ……いつだってサヤはそうだ。

 どんなに難しいことでも、どんなに危険な状況でも、決して諦めず、常に前を向いて立ち向かっていく。

 しかも、本人はあっさりとそれらを解決してしまう。

 他者から見ればどうにもならないと思えることも、サヤは簡単に解決し、その結果について偉ぶることがない。

 そういうところがディザークは好ましいと感じていた。

 サヤの部屋の前に着いたところで立ち止まる。

「とりあえず、先にサヤを寝かせて来る」

「かしこまりました」

 アルノーがサヤの部屋の扉を叩く。

 出て来た侍女はサヤを抱えたディザークを見て、即座に扉を開けて脇に避ける。

 部屋に入り、ベッドへサヤを寝かせる。

 着替えなどは侍女達がさせるだろう。

 離れようとしたら、一瞬服が引っ張られる。

 サヤの手がディザークの服を摑んでいた。

 その手に自身の手を重ね、そっと外しながら、ディザークは眠っているサヤに顔を寄せた。

「……いい夢を」

 今日一番の功労者の額に口付けを送る。

 その気持ち良さそうな寝顔にディザークは微笑んだ。


* * * * *


 朝、明るい部屋の中を見渡して数秒考えた。

 ……ああ、またやらかしたかも。

 ディザークに怒られないといいけど、と思いながらリーゼさんとノーラさんに身支度を手伝ってもらいつつ、わたしがどうやって部屋に戻ったのか訊いてみた。

「お部屋に戻る途中で力尽きたそうで、ディザーク様がサヤ様を抱えてお戻りになられました」

「サヤ様は熟睡しておられました」

 ……ソリの上でもちょっと寝てたんだけどなあ。

 その後、顔を合わせたディザークに心配された。

「昨日はかなり疲れていたようだったが体はつらくないか?」

「よく寝たから大丈夫。運んでくれてありがとう」

「気にするな。……あとは王都へ戻るだけだ。疲れを感じたら馬車で眠ればいい」

「うん、その時はそうさせてもらうね」

 朝食の席も和やかに過ぎて、わたしが食後に休憩している間にリーゼさんとノーラさんが王都へ帰る準備をする。わたしが手伝っても邪魔なので大人しくしているのが一番の手伝いなのだ。

 ディザークが来て、ソファーでだらだらしているわたしを見つけると横に来て座る。

「ヴィレンツァ国王も姉上も、討伐の早さにきっと驚くな。そして、そのことに皆が感謝するだろう」

「何日もかけて雪山を動き回るのが嫌だったからだけどね〜」

 ……寒いし、雪で動きにくいし、そんな中で何度も出かけるのはちょっとだるい。

 だから一日に詰め込んで終わらせたのだ。

「それに、早く終われば次の国にも早く行けるでしょ? ヴィレンツァ王国は嫌いじゃないけど、ここの冬は寒すぎてわたしにはちょっとつらいし」

 ディザークの手がわたしの手を握る。

「確かに、手が冷えているな」

「ディザークの手はいつもあったかいよね」

「体を鍛えていると体温が高くなる」

「筋肉量の差かあ」

 そんなふうにのんびり過ごし、旅の準備が整うと、わたし達は王都へ帰還することにした。

 辺境伯夫妻のお世話になったのは二日程度だが、前回も今回もとても良くしてもらった上に、夫妻と過ごした時間も楽しかった。

 ちなみに討伐した魔物の素材はわたしの収納魔法に入れてある。

 荷馬車に載せるには量が多かったし、もう一台新しく荷馬車を用意するくらいなら、わたしが収納魔法でさくっと運んでしまったほうが楽だし、わざわざ余計なお金を使うこともない。

 出立の準備が整い、屋敷の外に出て、馬車に乗る前に辺境伯夫妻と挨拶をする。

「ウィシュマルク辺境伯、辺境伯夫人。短い間でしたが、ありがとうございました。兵を出していただけたおかげで、予想よりずっと早く魔物を討伐することが出来ました」

「いやいや、真聖女様の策とお力があったからこそです。……ところで、あの討伐方法を真似してもよろしいかな?」

 声量を落とした辺境伯に訊かれて頷き返す。

「はい、構いません」

「おお、ありがたい。特にスノウベアーの討伐方法は他の魔物にも使えそうなので、今後は『真聖女様の討伐方法』として広めさせていただきたく」

「あの、出来ればわたしの方法と言うのはやめてほしいです。広めるのはいいですけど、前にも『聖女様式なんちゃら〜』と呼ばれて恥ずかしかったので、普通に『安全な討伐方法』とだけ広めてもらえると嬉しいです」

 がはは、と辺境伯が笑う。

「分かりました。真聖女様のお名前は伏せて、今回の討伐で編み出した方法ということで広めましょう」

「お願いします」

 辺境伯の横にいた夫人が何かを差し出した。

 小ぶりの瓶に、薄くて平たい、ワインみたいな濃い赤色の透明な四角いものがいくつも入っている。受け取るとやや重いけれど、中でカロンと軽い音がする。

「この領地だけで採れるベリーで作った飴です。日持ちもしますし、昔から疲れが取れるベリーと言われておりますので道中にお食べください」

 ここで食べる肉料理によく使われているベリーで作ったソースは甘酸っぱくて美味しい。この飴もきっと美味しいのだろう。この世界では砂糖や香辛料などは高価なので、砂糖をたっぷり使った飴を見かけることはこれまでなかった。

 瓶を落とさないように両手で抱える。

「ありがとうございます。大事に食べます」

 これ以上遅くなると次の村に着く前に日が暮れてしまうので、後ろ髪を引かれる思いはあるものの、馬車に乗り込んだ。

「道中お気を付けて」

「魔物討伐、本当にありがとうございました」

 扉が閉まり、窓に顔を寄せ、夫妻に手を振る。

 二人は笑顔で振り返してくれた。

 そして、馬車がゆっくりと走り出す。

 馬車が屋敷を出る際に、道の左右に兵達が並んでいた。全員が礼を執る光景は圧巻だった。彼らに見送られながら街を抜け、外壁の門を潜って外に出る。

 馬車のカーテンを閉めてから、ヴェイン様に浮かせてもらった。

 ついでにパカリと瓶の蓋を開けて、中から平たい飴を一つ取り出し、口に入れる。ソースと同じくらい濃厚な甘酸っぱさと香りが口いっぱいに広がった。

「……美味しい」

 もう一つ取り出してディザークに差し出せば、わたしの手からディザークが飴を食べる。

 ついでにヴェイン様とゼニス君にも渡した。

 全員、口の中に飴を入れたことで静かになる。

 馬車の中に甘酸っぱいベリーの香りが充満する。

「なるほど、これは疲れが取れそうだ」

 ディザークが僅かに口角を引き上げた。

 ヴェイン様は無言だったが微笑んでおり、ゼニス君も気に入ったようでモゴモゴと口の中で飴を転がしてよく味わっているようだった。

 瓶の蓋をしっかり閉めて、収納魔法に入れる。

「あっ、もう一つくれ!」

 ゼニス君の伸ばされた手を軽く叩く。

「少ないから、また明日ね」

 口の中に広がる甘酸っぱさが心地好い。

 手作りの飴は美味しくて、優しい味がした。


* * * * *


 三日かけて王都への道を戻る。

 一週間ほどで戻ったわたし達に、ヴィレンツァ国王は大層驚いて、城に着いてすぐに応接室に通された。

「早馬は来ていましたが、本当にもうスノウベアーとモォールウルフの群れを討伐されたのですか?」

「ああ。サヤ、戦利品を出してもらえるか?」

「うん」

 ディザークの問いに頷き、今回討伐したスノウベアーとモォールウルフの素材や魔石を収納魔法から取り出し、床に敷かれていた絨毯の上に置いた。素材や魔石が小さな山になる。

「スノウベアー三群、モォールウルフ五群、全て討伐済みだ」

「何と……一月近くはかかると思っておりましたが、これほど早く討伐されるとは。明日、祝いの宴を用意させていただきます」

 ヴィレンツァ国王の明るい表情から、これまでスノウベアーとモォールウルフに相当頭を悩ませてきたのかもしれないと感じた。

 わたしの考えに気付いたのかアストリット様が言う。

「ウィシュマルク辺境伯領の雪深いあの辺りにしか自生しない薬草も多いの。こちらには子供しかかからない病気があるのだけれど、それに効くのがその薬草だけで、でも魔物のせいで採りに行くのが難しいから高価なのよ」

 スノウベアーやモォールウルフがある程度討伐されたことで、薬草採取は以前よりも安全になり、そして採取量も増やせるだろう。そうなれば薬の値段も落ち着くだろうし、子供達を救える可能性も高くなる。

 魔物討伐は世界の魔力均衡を保つためだけれど、副次的に人々の助けになれるのは嬉しいことだ。

「それにしてもこのスノウベアーは特に大きいわ! 毛皮も最高! ねえ、あなた、せっかくだからこのスノウベアーの毛皮を謁見の間に飾るのはどうかしら?」

「謁見に来た者は皆、驚くだろうな。後ほどウィシュマルク辺境伯に手紙を送ってみよう。彼も討伐に参加したのだから、きちんとそれに見合った褒賞を与えなければいけないな」

 国王陛下とアストリット様が楽しそうに話している。

 ……謁見の間に大きなクマの毛皮なんてあったら確かに驚くだろうなあ。

 眺めていると視線に気付いたアストリット様と国王陛下が話をやめ、こちらを見た。

「とりあえず、ディザークもサヤちゃんも今日はゆっくり休んでね。明日のパーティーでは皆があなた達から話を聞きたがると思うから、楽しむ余裕もないかもしれないけど」

 と言ったアストリット様に、わたし達は頷き返した。

 ディザークはヴィレンツァ国王とまだ話すことがあると言って応接室に残ったが、残りのわたし達は出発前と同じ部屋に通され、一息吐く。

 ヴェイン様とゼニス君はやっぱりチェスを始めていた。

「ヴェイン様、魔力均衡を保つって意味なら、各国の弱い魔物を沢山倒して全体的に魔力を増やす方法じゃダメだったの?」

 二人のところに行き、チェス盤を見ながら訊いてみた。

「それでは場所によって魔力の濃度の差が大きくなりすぎてしまう。国と魔物を指定したのは、その場所で必要な分の魔力を持つ魔物を討伐することで、薄くなっている魔力濃度を上げるためだ」

「なるほど」

 ヴェイン様曰く『この世界の魔力の流れは均一ではない』らしい。だから場所によって魔力濃度が濃かったり薄かったりするそうだ。

 だがその均衡が大きく崩れ、局所的にひどい災害が起こってしまうこともある。しかも魔力が薄くなると、それを補おうとして精霊界から魔物が落とされるため、そこだけ強い魔物が増える。災害が起こる可能性も高まる。

 だが、次第に人間側があまり魔物を討伐しなくなったので、そこで補えるはずの魔力が不足する。ゆえに魔力を濃くするために精霊界から更に魔物が投入されて、人が寄り付かなくなり、結果的にその土地が荒れてしまうのだとか。

「強い魔物がいるのは、その場所の魔力濃度が薄まっている証拠である。魔物を倒し、魔力を拡散することでその土地の気候も安定するのだがな」

 それが思うようにいかなかったので、わたし達が魔物討伐を行うことになったのだ。

「わたしの世界では異世界召喚っていうと勇者とか聖女とかになって『魔王を倒してください!』って言われるのがテッパンなんだけどなあ」

 ……まあ、魔物討伐のほうがいいけどね。

 わたしの言葉にヴェイン様が顔を上げる。

「この世界にも魔王と呼ばれる存在はいるぞ」

「えっ? そうなの?」

 てっきり、こちらの世界には人間しかいないと思っていたが……。

「別の大陸に己を『魔族』と称する者達が国を興し、その国の王が『魔王』と名乗っている」

「その魔族は人間と対立してる、とか?」

「さあ、どうだか。我が知る限り、人間とその魔族とやらが争ったという話は聞かん。海を越えて戦争をする利点もないのだろう」

 それにわたしはホッとした。

 わたしの考える『魔族』とこの世界の魔族が同じなら、人間のほうが負ける。

 ファンタジー小説だと魔族と人間が戦争していて、人間側がちょっと劣勢というのが一般的だ。確かに魔族のほうが魔法の能力も身体能力も優れているのだから、たとえ数が少なくても、個の能力が高い魔族のほうが優勢だろう。

 現代の地球のように銃火器や戦車といったものがあれば、また話は違うのだろうけれど。

 ……まあ、それはともかく。

「他の大陸があるんだね?」

「今いるこの大陸と、魔族がいる大陸、あとは小島が数えきれないほどある。まあ、この世界が生まれた時に見ただけなのでな、もしかすると新しい大陸が生まれている可能性もあるが」

「海の移動ってやっぱり危険?」

「うむ、海にも魔物がいるからな。特にクラーケンという大きな魔物は、水に浮かんでいるものを沈ませて獲物を食い殺す習性を持つ。人間では倒せない魔物だろう」

 へえ、と言いかけて疑問が湧く。

「クラーケンは討伐しなくていいの?」

「あれは海の魔物をほどよく間引いてくれるのでな、討伐対象外だ」

 陸地は人間で何とかしなければいけないが、海に関しては魔物同士でうまく魔力均衡を保てているらしい。

「でも、陸地の魔物は人間ばっかり襲うよね?」

「強い魔物同士で戦うより、明らかに弱い人間を狙ったほうがいいのは魔物も同じだ。習性として魔力量の多いものに惹かれるが、己より強いものに挑むようなことはしない」

「あー……」

 魔物同士で潰し合ってくれればラクなのにと思ったけれど、そうはいかないようだ。

「そうだ、次の討伐予定の魔物について聞きたかったんだ。どういうのか分かる?」

「一言で言うなら、肉食の植物とワニとヒルだな」

 思わず訊き返してしまう。

「……討伐魔物、変えたりできないよね?」

 肉食の植物というのは、まあ、食虫植物みたいなものなのだろうと予想がつくし、ワニも分かる。だがヒルは正直に言えば、すごく嫌だ。

「無理だな」

 ヴェイン様の言葉に溜め息が漏れる。

 ……虫系だけはどうしてもダメなんだけどなあ。


* * * * *


 翌日の夕方、もうすぐパーティーに呼ばれる頃。

 先に支度を終えたわたしは、ディザークの部屋に突撃した。まだ身支度の途中だったけれど入れてくれた。

 ディザークが聖騎士の服を着て、鎧とマントを着けて、留め具などをつけるのをソファーに座って眺めつつ、話しかける。

「ヴェイン様に訊いたんだけど、次の討伐予定の魔物、肉食の植物とワニとヒルだって」

「ということは沼地で戦闘か。……少し厄介そうだ」

「そうなの? わたしはヒルって聞いただけで、ちょっと行く気失せてるよ……」

「そういえば、サヤは虫系が苦手だったな」

 ディザークが何故かおかしそうに小さく笑う。

 ヘビだのトカゲだのは全然大丈夫だし、蝶々とかてんとう虫くらいならまだ我慢できるけれど、虫全般がどうしても生理的に受けつけない。足が多いのも気持ち悪いが、足がないのも気持ち悪い。どちらにしてもダメなものはダメなのだ。

 身支度を済ませたディザークがわたしの頭を撫でる。

「厳しいなら討伐は俺だけで行くか?」

「それだと『わがままな真聖女様』って言われない? 使命を受けといて、虫は嫌いだから無理、はちょっとどうかと思う。まあ、またいい方法考えておくよ」

「サヤの討伐方法は面白いから、期待している」

 部屋の扉が叩かれ、ディザークがわたしに手を差し出した。その手を取って立ち上がる。

「うん、期待してて」

 迎えに来た使用人の案内で舞踏の間に向かった。

 ちなみに、通された舞踏の間は前回とは違う場所だった。

 わたし達の入場を告げる声を聞きながら入れば、すぐにヴィレンツァ国王とアストリット様も入場し、わたし達を呼んだ。

 お二人のところに行くとヴィレンツァ国王が周りに向けて高らかに告げる。

「皆よ、此度は真聖女様と守護聖騎士様がウィシュマルク辺境伯と共に、ガルスト山脈付近にいたスノウベアーとモォールウルフの群れを討伐してくださった! お二方のおかげで、今後あの山脈にある薬草の採取量が増え、病に苦しむ者達を救えるようになるだろう!」

 おお、と貴族達の間から声が上がる。

 ヴィレンツァ国王がアストリット様からグラスを受け取る。

「この素晴らしき日をお二方と、そして皆と過ごせることを光栄に思う! 真聖女様と守護聖騎士様に感謝を!」

 そして、ヴィレンツァ国王とアストリット様が持っていたグラスを掲げれば、舞踏の間に大きな拍手が響き渡った。

 それからは、本当にゆっくりする暇がなかった。

 わたしとディザークは貴族に囲まれ、どのようにスノウベアーやモォールウルフを討伐したか訊かれた。その度にディザークが説明してくれたけれど、なかなか人の波が引くことはなかった。

 押し潰されるなんてことはないものの、ひっきりなしに人が集まって話しかけて来るので落ち着いて飲み物を飲む余裕もない。

 それでもディザークはこういうことに慣れているようで、上手く対応してくれて、わたしは相槌を打ったり訊かれたことにたまに答えたりする程度で済んだ。

 多分、一時間近く囲まれていたと思う。

 やっと人の波が引いてホッとしていると、ヴィレンツァ王国の聖人様に声をかけられた。

「真聖女様、守護聖騎士様、お疲れのところ失礼します。この度は魔物討伐をしていただき、感謝いたします」

「いえ、元々この魔物討伐はわたし達の役目でしたし、むしろヴィレンツァ王国には兵まで出していただけてありがたいくらいです」

 聖人様が小さく首を横に振った。

「それでも、私も参加すべきでした」

 どうやら、魔物討伐に参加しなかったことを悔やんでいるらしい。

 ディザークが聖人様に声をかける。

「貴殿には国の聖障儀に魔力を注ぐという大役がある。国の要人である貴殿を魔物討伐に参加させないのは、国として当然の判断だ」

「そうかもしれません。……それに、私には戦う術がありませんから……」

 この聖人様は聖属性魔法しか適性がないことを気にしているというか、聖人なのにあまり自信がないようだ。

「聖属性には雷魔法などもありますよね?」

 と訊けば、聖人様は苦笑した。

「はい。ですが、私は障壁魔法と治癒魔法、あとは魔力充塡しか行えないのです。雷魔法を使えるほどの魔力がありません」

 ……うーん?

 つい、小首を傾げてしまう。

「障壁魔法があれば少しだけですけど、戦えますよ」

「え?」

 口元に手を添えれば、聖人様が少し屈んでわたしに耳を寄せてくれる。

「障壁魔法を適当な大きさで展開して、強度を上げたらそれを魔物に叩きつけるんです。紐の先につけた球体を振り回す感じで」

 実はこれ、帝国で魔法の訓練の時に騎士にやって怒られたやつなのだ。

 剣や魔法を弾くほど強度のある障壁は防御に使われているけれど、魔法を発動させた人ならば好きにそれを動かすことが出来る。

「障壁魔法は硬いので打撃攻撃に使えますよ」

 試しに騎士にやったら、その騎士から「絶対に人に向けて使わないでください」と言われた。盾で受け止めた騎士の腕の骨にヒビが入るほど強い打撃になったからだろう。

 すぐに治癒魔法をかけたが、それ以降は使用しないでいた。

 聖人様がキョトンとした顔をする。

 ディザークが額に手を当てて、溜め息を吐いた。

「あれか……」

 聖人様は何度か目を瞬かせ、そして、小さく噴き出した。

「そんな方法があるとは……考えもしませんでした。障壁魔法にそんな使い道があったのですね」

「はい。いざという時に自分や他の人を守るために、そういうことが出来ると知っているだけでも違うと思います。……あの、良ければ今から少し練習しませんか? 慣れればすぐ出来ますから」

 わたしがそう提案すると聖人様はキョトンとした顔をする。

「え? ええっと、それは非常にありがたいお申し出なのですが、真聖女様のお時間を割いていただくなんて恐れ多いような……」

「気にしないでください。わたし、ドゥニエ王国の聖女様にも色々と教えていて、似たようなものですから。それに、自信がつくと世界が変わりますよ」

 というわけで、少しだけ夜会から抜け出して庭に出ることにした。


* * * * *


 私、ブラムス・フィースウッドは、元は地方にある小さな村の神殿付き神官だった。

 村で生まれ育ち、たまたま聖属性に適性があってそれなりに魔力量もある。

 ただそれだけの、四十を過ぎた男でしかなかった。

 それなのに、どういうわけか聖人という立場に就いてしまった。

 二代前の聖女様は前国王の非道な行いにより他国に渡ってしまい、新たな聖女様が選ばれたものの体が弱く、日々の魔力充塡で段々と衰弱してしまったために引退した。

 その後、神殿の調査の結果、聖属性を持ち、魔力のある私が次の聖人として選ばれた。

 もちろん聖人となるかどうかの意思確認はあった。最初は断ろうと思った。

 しかし、ここで聖人となり、出世できれば、小さく貧しいこの村を救えるかもしれない。

 そんな思いから私は聖人となる決断をした。

 けれども、私に出来るのは治療と魔力充塡だけだった。

 聖属性には雷魔法もあるのだが、私には扱えなかった。

 これからもずっとそうなのだと思っていたのだが──……。

「じゃあ、まずはわたしがお手本を見せますね」

 夜会が開かれている舞踏の間の外、庭園の一角に私達は出ていた。

 明るい表情で私に声をかけてくるのは、少し前に聖竜様から認められたという『真の聖女様』で、その横には彼女を守るように『守護聖騎士様』が控えている。

 真聖女様の年齢は恐らく私の半分以下だろう。異世界より召喚されたと聞いているが、この年齢で聖竜様に認められるなんて、一体どれほどの修練を積んだのか想像もつかない。

「すみません、あの辺りに障壁を張ってもらえますか? あ、大きさとかは適当で大丈夫です」

「かしこまりました」

 言われた通り、何もない空間に人一人が入れる程度の丸い障壁を張った。

 すると真聖女様もその横に、私が張ったものの半分ほどの大きさの障壁を、同じく球体で作る。

「障壁魔法って使用者は好きに動かせるじゃないですか。だから、これを、こうして……」

 真聖女様が自分の障壁にかざしている手を上げた。

 横にあった真聖女様の障壁が手の動きに合わせて、私の作った障壁から離れ、上に移動する。

「ほっ!」

 気の抜けるような軽いかけ声と共に手が振り下ろされる。

 瞬間、障壁を通して重みが体にかかり、バキンと私の障壁魔法が砕け散った。

 呆然としていると、真聖女様が腰に手を当てて私を見上げてくる。

「どうですか? なかなかに威力のある攻撃でしょう?」

 魔法や物理攻撃を防ぐ障壁魔法だが、そのものを当てて攻撃するなんて考えもしなかった。

 いや、こんなことを普通は考えつくはずがない。

 障壁魔法は防御にのみ効果を発揮すると思われてきたのだ。

「わ、私にも出来るのでしょうかっ?」

「はい、障壁魔法が使えるなら出来ますよ。動かすのにちょっとコツがいるんですけど、こう、指先から魔力の糸が出ていて、それが障壁魔法に繫がっているから動かせる、みたいな感じで想像すると動かしやすくなります」

 真聖女様の言う通り、指先から出た魔力の糸が繫がっている状態の障壁魔法を展開させる。

「それを、動かしてみてください」

 そっと手を振ってみると、動きに合わせて障壁魔法がついてくる。

 不思議な感覚だが、面白い。

「大丈夫そうですね。じゃあ、わたしの障壁にぶつけてみてください」

 先ほどの真聖女様の動きを真似して、腕を上げれば障壁魔法も上に移動する。

「っ、いきます!」

 勢いよく障壁魔法を真聖女様のものに振り下ろす。

 私の障壁は落下し、真聖女様のそれと激しくぶつかった。

 甲高い音と共に真聖女様の障壁にピキリとヒビが入った。

「わ、すごい! かなり魔力を濃くして強化していたんですけど、これなら普通の障壁魔法は粉々になっていたと思いますよ! しかも一回で出来るなんてさすがですね!」

 真聖女様が嬉しそうに拍手をし、後ろの守護聖騎士様も頷いている。

 ……ああ、私にも戦うことが出来る。国を、人々を、騎士達を守ることが出来る!

 戦いの加勢に入ることも出来ず、ただただ怪我や病に苦しむ人々を治すことしか出来ない日々はとてもつらかった。魔物の討伐遠征に私も参加したいとずっと思っていた。

 でも、これなら、私でも少しは皆の役に立てるかもしれない。

 暗く澱んでいた心の内に、一筋の光が差し込んできた。


* * * * *


「教えていただき、ありがとうございました」

 そう言って微笑んだ聖人様の表情は柔らかく、先ほどまでの自信のなさは消えていた。

「訓練、頑張ってください」

 聖人様は大きく頷いた。

 それからわたし達は夜会の会場に戻って聖人様と別れ、時々話しかけてくる貴族に応対して過ごした。

 貴族の何人かに「聖女様に出来ないことなどないのでしょう」と、恐らく褒め言葉だろうものをかけられたけれど、わたしはそれに曖昧に微笑んでおいた。

 まさか『ダンスがなかなか上達しなくて、いまだに人前で踊れません』とは言えなかった。

 パーティーが終わった後、ディザークに部屋まで送ってもらいながらその話をしたら、ディザークは笑っていた。

「ダンスとか剣とか、わたしが出来ないことって結構あるのにね。紅茶淹れるのも下手で死ぬほど渋くなるし」

 ディザークが顔を背け、口元を片手で覆う。

 肩が震えているから笑っているのだろう。

「……いつ、紅茶なんて淹れたんだ?」

「ドゥニエ王国にいた時にね。マリーちゃんに感謝の気持ちを込めて淹れたんだけど、失敗しちゃって。……あれ以降、ポットに触らせてもらえないんだよね」

 ディザークの震えが大きくなる。

 声はしないが、ツボに入ったようだ。

 歩きながらもしばらくの間、ディザークは笑っていた。


* * * * *


 パーティーから三日後、わたし達はヴィレンツァ王国の転移門の前に集まっていた。

 この三日の間に次の国、リドアニア連合国と連絡を取り合って予定を調整して、今日、そちらに旅立つことになっている。

 ディザークと共にヴィレンツァ国王とアストリット様と会食をしたり、お茶会に出席したりと、あっという間の三日だった。

「聖女様、聖騎士様、次の討伐もどうかお気を付けて」

「また今度遊びに来てちょうだい。私達はいつでもサヤちゃんとディザークを歓迎するわ」

 アストリット様に優しく抱き締められたので、わたしもそっと抱き返した。

「はい、次は普通に遊びに来ます」

「夏だと避暑にピッタリよ」

 体を離したアストリット様がパチリとウインクする。

 確かに、冬でこれだけ寒い国なので、夏場もそれほど気温が上がらないのかもしれない。ヴィレンツァの王都もウィシュマルク辺境伯領も、ゆっくり見て回る時間が出来たらいいのだけれど、それは魔物討伐が終わってから考えよう。

 ディザークとヴィレンツァ国王が握手を交わす。

「今後も魔物討伐の使命が下るかもしれない。その際も助力してもらえるとありがたい」

「世界のためならば喜んで力をお貸ししましょう」

 二人が頷き合い、そしてヴィレンツァ国王がわたしを見て、手を差し出した。

 わたしもその手を取り、しっかりと握手をする。

「国王陛下もアストリット様も、どうかご健勝で」

「ありがとうございます」

 手を離し、わたし達は転移門に向かう。

 先に近衛騎士の半数、使節団と神殿関係者、リーゼさんとノーラさん、そしてわたし達とヴェイン様、ゼニス君、エーベルスさんが転移門を潜り、最後に残りの近衛騎士が来て門は閉じた。

 ヴィレンツァ王国は寒かったけれど、転移門を潜ると少し暖かくなり、景色も一変した。

 ヴィレンツァ王国の王城は石造りの堅牢なものだったが、今度の国は帝国に近い雰囲気とはいえ室内が何だか華やかな印象を受ける。

 何が違うのだろうと思っていると、声をかけられた。

「真聖女様、守護聖騎士様、ようこそお越しくださいました。リドアニア連合国を代表して、歓迎申し上げます」

 中肉中背で鼻の下に左右に伸びるチョビ髭を生やした、五十歳前後くらいの男性と、その後ろにも数名の、やはり中年から初老くらいの男性達がいる。

 全員、赤色の服を着ているが、やたら刺繡だらけだし首元の襟も大きくてレースで出来ていて、屋内なのに頭には大きな帽子まで被っているので、何というか──……そう、とても派手だった。

「か、歓迎ありがとうございます」

 ふと見れば、騎士達も青いポンチョみたいなものを着ていて不思議な格好である。ポンチョの前身頃には恐らく連合国の紋章と思しきマークが描かれていた。

「さあ、どうぞこちらへ。このまま議会に向かうことも出来ますが、一度休憩されますかな?」

「少し休憩させてもらえるか? 騎士達を引き連れたままというわけにもいかない」

「そうでございますね。では、お部屋にご案内いたします」

 先頭にいるチョビ髭の男性が案内をしてくれるらしい。

 他の男性達は左右に分かれて礼を執り、その間をわたし達が抜けてチョビ髭の男性について行く。

わたくしはリドアニア連合国議会の議長を務めるゼニーニョ・エルゲールと申します。このリドアニアは複数の小国が共に身を寄せ合って出来た国でして──……」

 チョビ髭の男性ことリドアニア連合国議長が、この国について簡単に説明をしてくれる。

 リドアニアは複数の国からなる連合国で、各国の元王族が集まり、協議会を構成している。議員である元王族は自国内である程度の裁量権を有しているものの、基本的な法律や国全体での大きな決断などは議会で話し合って行われることになっている。

 この時の議長はあくまで議会を円滑に進めるようにする役割で、国王や皇帝のように一人の君主がまつりごとを動かすのとは違うそうだ。だが、民主制とも違う。面白い国だ。

「それだと議題を解決するのに時間がかかりそうですね」

「ええ、それが少々悩みの種ですが、皆でより良い方向になるよう考え、話し合い、全員の意見を踏まえた上で決めるというのは大事なことですから」

 ちなみに、リドアニア連合国は『芸術の国』とも呼ばれているそうだ。

 ……だからやたら派手好きなのかなあ。

 見かける人全員、華やかというか派手というか。全員がそうなので逆に違和感はないけれど、この国の装いはわたしの好みとはちょっと合わなそうだ。

 部屋に到着すると、わたしの隣がディザークの部屋だった。

 リーゼさんとノーラさんが荷物を片付けている間、ディザークの部屋にお邪魔させてもらう。わたしの部屋もディザークの部屋も、豪奢である。

 エーベルスさんと共に荷物を軽く整理しているディザークを見ながら、わたしはソファーに座り、肘置きに頰杖をついた。

 ヴェイン様とゼニス君は控えているけれど、ゼニス君はテーブルにあったお菓子のお皿を持って、立ったままクッキーを食べている。食いしん坊か。でも、たまにヴェイン様にも渡しているので、やっぱり兄弟仲は良いらしい。

「ねえ、思ったこと言ってもいい?」

 ディザークがこっちに背を向けたまま返す。

「何だ」

「この国の服って全部あんな派手派手しいの?」

 やたらキラキラした刺繡を布全体に施してあるし、袖や襟など服のあちこちにレースやフリルを使っているし、全体的な主張が激しい。

「ああ、この国の服はああいうものだ。芸術の国という自負があるのだろう。実際、刺繡やレースもかなり緻密で美しく、帝国でもリドアニアの職人が作ったものは高級品として扱われている」

「へえ〜」

 あまりにキラキラ派手派手していたので、刺繡やレースの美しさまでよく見ていなかった。

 ある程度荷物を片付け終えたディザークは、残りをエーベルスさんに任せてわたしの横に座る。

「リドアニアで美術品や布地などを購入して、土産として持ち帰る者も多いそうだ。時間があれば、首都を見て回ることも出来ると思うが」

「うーん、まあ、いいかな。あんまり美術品には興味ないし」

 ディザークに寄りかかれば抱き寄せられる。

「しかし、本当に大丈夫か? ワニはともかく、ヒルは恐らくワイドリーチだぞ?」

「ワイド……大きいってこと? まあ、魔物になると大体大きくなるみたいだし、多分いけると思う」

 蜘蛛も人間くらい体長があったし、きっとヒルの魔物もそうなのだろう。嫌だけど我慢できないほどではない。

「蜘蛛の時のようにいきなり魔法を放つのはやめてくれ。今回は近衛やこの国の兵士もいる。それにワイドリーチの体液には毒があるから、飛び散らないように戦わなければならないだろう」

「りょーかい」

 ……大きなヒルかあ。

 気分はあまり上がらないけれど仕方がない。何か方法を考えておこう。


 しばらくして先ほどの議長が迎えに来たため、わたし達は議会室に向かうこととなった。

 どうやら、話によるとここは宮殿らしい。

 芸術の国というだけあって、廊下には絵画や壺、誰かの像などといった美術品が多く飾られている。よくよく見れば廊下の壁の縁や窓枠といった細かなところにまで彫刻が施されていて、それらが内部をより華やかに見せているのだろう。

「こちらが議会室でございます」

 議長が言い、両開きの扉の左右にいた騎士二人が扉を押し開けた。

 広い議会室は円形状になっており、わたし達が入ったところから中央まで通路があり、中央が一番低い場所らしい。そして中央を囲うように席が並んでおり、そこに議員だろう人々が座っている。思ったよりも人数が多い。

 ディザークのエスコートで中央へ進む。

 途中でヴェイン様とゼニス君は立ち止まってそこに控える。

「皆様、真聖女様と守護聖騎士様が到着いたしました」

 議長の言葉に全員が立ち上がり、礼を執る。

 それにわたしとディザークも礼を返した。

「初めまして、聖女となりました沙耶・篠山と申します。この度は魔物討伐にご協力していただけるとのこと、ありがとうございます」

「守護聖騎士のディザーク=クリストハルト・ワイエルシュトラスだ」

 議長が手を上げると全員が座る。

「真聖女様と守護聖騎士様が討伐予定の魔物はブロンテラとラージクロコダイル、ワイドリーチと伺っております」

「ああ、その通りだ」

「兵はいかほど必要でしょうか?」

 議長の言葉にディザークが返した。

「一体ずつの討伐を考えているため、それほど数は多くなくていい。討伐部隊自体は五十人もいれば十分だろうが、それぞれの魔物の偵察も頼みたい」

「魔物の強さを考えると、全体で最低でも百人はいたほうが良さそうですね。一応、三百人ほど待機させておりますので、いつでも動かすことが出来ます」

「では、明日討伐を行いたい」

「かしこまりました。討伐には我が国の聖女様もご同行してもよろしいでしょうか? リドアニアの聖女様は戦闘にも秀でておりますので」

 議長が背後を振り返ったので、そちらを見れば、わたしよりいくらか歳下だろう女の子が立っていた。緑色の肩口で切り揃えられた髪はこめかみの部分だけ長く、明るい黄緑色の目をしている。身長はわたしより少し小さく、可愛らしい顔立ちだけれど眠たそうに見える。

 服装はわたしが真の聖女となる前に着ていた、聖女用の装いと同じだった。

 視線に気付くとリドアニアの聖女様が、やあ、と手を振った。

「初めまして、ウィニス・グレイスだよ〜」

 と軽い挨拶をした後に欠伸あくびをした。

 それに困り顔をした議長が振り返る。

「申し訳ありません。ウィニス様は少々自由な方でして……」

「ねえ、そろそろ戻ってもいい? 飽きちゃった〜」

「ウィニス様、真聖女様と守護聖騎士様の前ですよ。きちんとなさってください……!」

 議長に言われてリドアニアの聖女様が不満そうに「ええ〜?」と返し、両手を頭の後ろに回してわたし達から視線を外した。

 ディザークもわたしも予想外の彼女の態度に驚いた。

 だが、リドアニアの聖女様の視線が止まった。その方向を見れば、ヴェイン様とゼニス君がいて、何故か二人は驚いた表情を浮かべている。

 リドアニアの聖女様が笑う。

「やっぱりあたし、真聖女様とお話ししたいかも」

 こちらに歩き出したリドアニアの聖女様に手を取られる。

「あ、ウィニス様……!」

「あとの難しいことはそっちでよろしく〜」

 議長の制止する声をに、わたしの手を引いてリドアニアの聖女様が歩き出す。

 ディザークが止めようとしたけれど、わたしは大丈夫だと頷いて、手を引かれて通路に戻る。

 ヴェイン様とゼニス君もついて来た。

「泊まってる部屋ってどこ〜?」

「こちらだ」

 リドアニアの聖女様の問いに珍しくヴェイン様が口を開いた。

 そうしてヴェイン様に先導され、わたしの泊まっている部屋に戻る。わたしはリドアニアの聖女様に手を引かれたままだった。

 そして、リドアニアの聖女様がバーンと扉を開けた。

 中にいたリーゼさんとノーラさん、護衛の騎士達が驚いた様子で振り返ったが、リドアニアの聖女様は気にしたふうもなくソファーに座る。

 当然、手を繫いだままのわたしも座るしかない。

 ヴェイン様とゼニス君が向かいのソファーに腰を下ろした。

「人払いしてもらっていい〜?」

 と、ようやくわたしは声をかけられた。

「あ、うん……みんな、ちょっと外に出てもらってもいいかな? ヴェイン様とゼニス君がいるから大丈夫」

 そう言えば、リーゼさんとノーラさん、騎士達は出て行った。

 扉が閉まってすぐにヴェイン様が魔法を展開する。

「これで部屋の外に声は漏れない」

 ヴェイン様の言葉にリドアニアの聖女様が笑った。

「さすが一兄、分かってる〜」

 ……え?

 思わず隣を見れば、ゼニス君がガタリと立ち上がった。

「やっぱお前か、フレアレミス!」

「そうだよ、久しぶり〜」

 ひらひらとリドアニアの聖女様がヴェイン様とゼニス君に手を振った。

 ……ヴェイン様を一兄なんて呼んで、こんなふうに気安く出来るなんて、まさか……。

 ヴェイン様が微笑んだ。

「久しぶりだな、フレアレミス。……サヤ、これは我が妹で風属性に秀でているドラゴン、フレアレミスの生まれ変わりだ」

 それにリドアニアの聖女様が頷いた。

「そう、これでも元ドラゴンなんだよね〜」

「オレの双子の姉でもある。まあ、オレ達ほぼ同時に生まれたから、あんま姉とか弟とかって感じはねーけどな」

 三人が頷き合っている。

「……そういえば、前に『人間に生まれ変わってるドラゴンがいる』って言ってたね……」

 つい、額に手を当てて溜め息を吐いてしまう。

 ……つくづくドラゴンに縁があるなあ。

 目の前ではヴェイン様とゼニス君、そしてリドアニアの聖女様が楽しそうに話している。

「何百年……いや、千年ぶりか?」

「どうだっけ? 忘れちゃった〜。それにしても、フレイゼニスってこんな小さかったっけ?」

「お前が人間に生まれ変わったからだろ。元はオレと同じくらいだった! あと今はサヤの護衛で人間のふりをしているんだ。一兄はヴェイン、オレはゼニスって名乗ってるから、そう呼べよ!」

「分かった〜」

 ……ディザークに何て説明しよう?

 とりあえず、ディザークが来てから話の続きをしたほうが良さそうだった。