第1章 真の聖女と守護聖騎士の使命
わたし、
クラスメイトの
驚くべきことに、この世界には魔法が存在する。
この世界には魔物という普通の動物とは異なる生き物がおり、それらから街や村を守るために障壁を張る魔道具・
ゆえにドゥニエ王国は聖人や聖女を求め、召喚魔法を使い、わたしと香月さんが
当初、香月さんが聖女、わたしは巻き込まれた一般人と思われ、そのせいで『聖女様のオマケ』だと冷遇されたものの、王国に来た帝国の皇弟ディザーク=クリストハルト・ワイエルシュトラスに助けを求め、彼の婚約者としてドゥニエ王国を出た。
そして帝国に来てから調べた結果、わたしも聖女だと判明し、ディザークの婚約者でありながら帝国の聖女にもなった。その時は『三食昼寝付きで公務も最低限でいい』という約束だったのだけれど──
「サヤの三食昼寝付き生活というのも、遠退いてしまったな」
一緒にソファーで寛いでいたディザークがそう呟く。
藍色とも暗い青とも思える短い髪をやや後ろに流し、見下ろしてくる切れ長の瞳は紅い。整った顔立ちだが、眉根を寄せて不機嫌そうな様子は少し近寄りがたい雰囲気がある。
以前は黒い軍服のような装いであったけれど、今は新しい立場が加わり、白と青を基調に金の差し色が入った聖騎士の装いをしていた。
思えば帝国の聖女になってから色々なことがあった。
帝国の聖竜と呼ばれるドラゴン・ヴェイン様と会って気に入られたり、ディザークの元婚約者候補やドゥニエ王国の王太子と一悶着あったり、やっと落ち着いたかと思えばワイバーンと戦うことになって、ディザークのお姉さんが押しかけて来て北国ヴィレンツァまで行って、ヴェイン様の弟ドラゴンのゼニス君を連れて戻って来て。
その後は精霊界にも行って、世界樹に魔力を注いだ。
そして、わたしはヴェイン様のお姉さんである精霊王様から『聖女の証』を、ディザークは『聖騎士の証』を授かり、各地の魔物討伐を任された。
神殿と帝国は協力して『
そうして『真の聖女』となったことが公にされてから一ヶ月。
「仕方がないよ。わたし達は精霊王様に認められた『真の聖女』と『守護聖騎士』なんだもん。でも、お城の中とかで知らない人から声をかけられて困るんだよね」
「そういうのは断ればいい。サヤはこの世界では誰よりも貴い身分になった。何かを無理強いすることは誰にも出来ない」
わたしは横のディザークに寄りかかる。
「でも、ディザークもそうでしょ? 守護聖騎士は皇帝陛下より身分は高いんだよね?」
この世界では聖人や聖女は国の重要人物で、王族と同じかそれ以上の身分となる。特に神殿から『真の聖女』と『守護聖騎士』として認められたわたしとディザークは、もはや皇帝よりも立場が上らしい。
ディザークの眉間のシワが深くなる。
「言うな。……兄上にもからかわれた」
少し拗ねた様子のディザークが可愛い。
思わず笑うと抱き寄せられた。
「俺を従えられるのはサヤだけということだ」
「わたしがすっごくわがままな人間じゃなくて良かったね。もしわがまま放題な人だったら、大変なことになってるよ」
「まあ、サヤは色々な意味で一般人とは違うから、大変ではあるがな」
確かによく心配させてしまっている自覚はある。
視線を逸らせば、呆れたようにディザークが小さく息を吐いた。
窓際にいたヴェイン様とゼニス君がふと顔を上げた。
黒髪に紅い目をしたとてつもない美青年がヴェイン様で、その向かいに座ってチェス盤を見ている赤髪に赤い目の美少年が弟のゼニス君。ヴェイン様は帝国にいる聖竜と呼ばれていて──……つまりはどちらもドラゴンなのである。
「サヤ、ディザーク、歓談中だが少しいいか?」
「なぁに?」
「何だ?」
立ち上がったヴェイン様が、わたしの机から紙とペン、インク瓶を持って来る。
「今、姉上から『声』が届いた。……
インクにペン先を浸し、紙に走らせる。
その紙を差し出され、ディザークが受け取った。
横から覗き込めば、そこには国の名前と魔物の名前だろう文字が並んで書かれていた。
「……結構多いね?」
少なくとも、七種類は討伐しなければいけないようだ。
ヴェイン様がわたしの言葉に頷き返す。
「ああ、どれも魔力を多く持つ魔物だ。効率を重視して群れごと討伐してほしい、と」
「では、これらの国に早急に連絡を入れよう」
ディザークが紙を片手に立ち上がる。
皇帝陛下のところに行くのだろう。
壁際に控えていたマリーちゃんが言う。
「旅支度は済ませております」
マリーちゃんはドゥニエ王国からついて来てくれた子である。茶髪に同色の瞳、丸メガネに二つ縛りの三つ編みが可愛らしいわたし専属の侍女だ。
新人の駆け出しメイドだった以前に比べると、今は出来る侍女といった感じで、この短期間であっという間に成長した。
……はわわ〜なマリーちゃんも可愛かったんだけどなあ。
それでもわたしの侍女として頑張ってくれていると思うと嬉しいし、とてもありがたい。
「そっか。魔物討伐の間は前と同じでリーゼさんとノーラさんに来てもらうから」
「はい……」
リーゼさんとノーラさんもわたしの侍女で、よく似た顔立ちの双子だ。鮮やかな緑髪をポニーテールにした金色のたれ目のほうが姉のリーゼさん、ツインテールでつり目なほうが妹のノーラさん。どちらも戦える。
そうは言っても、二人はあくまで使用人という立場なので、魔物討伐の際は前に出ないようにしてもらうつもりだ。
マリーちゃんがキリリとした表情で言う。
「サヤ様のお帰りをお待ちしております!」
「うん。またお土産話が出来るよう、色々見てくるね」
ワイバーン討伐や精霊界での話など、マリーちゃんはとても楽しんでくれたから。
……魔物討伐も大変だろうけど、頑張ろう。
* * * * *
それから二週間後。
各国と連絡を取り合うと、どの国も魔物討伐に協力してくれることになり、わたし達の魔物討伐の旅が決まった。
討伐しなければいけない魔物がいる国は三つ。
一つはディザークのお姉さんが嫁いだ北方の国・ヴィレンツァ王国。
一つは帝国の東に位置する、複数の小国が集まって出来た、この世界では珍しい議会制の国・リドアニア連合国。
一つは帝国の西に位置する、この大陸では帝国の次に大きな国・オースフェン王国。
この三つの国をそれぞれ巡って魔物を討伐してから、帝国に帰還する予定である。
そして、帝国からは『討伐隊』としてわたしとディザーク、ディザークの副官であるエーベルスさん、護衛のヴェイン様とゼニス君、ディザークの近衛騎士二十名、リーゼさんとノーラさん、それから使節団員数名と神殿関係者。総勢三十数名で向かう予定だ。
魔物討伐にしては少人数だが、前回のように兵士たちは連れて行かないことになっている。
帝国から他国へ兵士を派遣するには移動に時間がかかりすぎてしまうことと、多くの兵士が入ることでその国の人々に誤解や
代わりにそれぞれの国で討伐部隊を出してもらうことになるが、討伐した魔物の素材や魔石などはその国のものとなるし、討伐にかかる費用は帝国と神殿とその国とで等分に分けるので、国としての負担は最小限で済む。
元より、指定された魔物はその国で討伐できずに生き残ってしまっているものなので、各国も厄介な魔物を討伐できる良い機会だった。
出発日の朝、各国の城と繫がっている転移門の塔に全員で集まる。
転移門には離れた場所同士を行き来できる転移魔法が刻まれており、国のトップの許可があれば使用できる。一度に大勢は移動できないけれど、これくらいの人数なら二度に分ければ行けるので転移門で移動したほうが早い。
「それではディザーク、サヤ嬢……いや、
見送りに来てくれたのはこのワイエル帝国の皇帝であり、ディザークのお兄さんでもある、エーレンフリート=イェルク・ワイエルシュトラス陛下だ。結婚すればわたしの義理のお兄さんにもなる人で、色々と良くしてくれる。
銀髪に、ディザークと同じ紅い瞳を持つけれど、穏やかで優しそうな顔立ちをしている。方向性は違うが、ディザークも皇帝陛下も兄弟揃って美形なのだ。
「はい、頼まれまし──……って『真聖女様』は安直すぎる呼び方ですね」
「はは、そうだね。だが、分かりやすいのが一番いい。『聖女様』だと他の聖女と同列になってしまうから、区別するための『真聖女様』なのだろうね」
「ほぼ変わってませんけどね」
皇帝陛下は「呼び名なんてそんなものさ」と笑った。
わたしとディザークは顔を見合わせ、頷き合う。
「それでは、行って来る」
「行って来ます」
ディザークとわたしの言葉に皇帝陛下が頷く。
「くれぐれも無理はしないように」
手を振る皇帝陛下に見送られて、わたし達は転移門を潜った。
途端に冷気に包まれ、寒い、と感じた次の瞬間には、わたし達の体は柔らかなものに包まれた。
「ディザーク、サヤちゃん、いらっしゃい」
柔らかなものの正体はディザークのお姉さん、アストリット=アデーレ・ヴィレンツァ様の胸だった。ディザークに似た顔立ちの美女で、わたしを見て楽しそうに微笑んでいる。
ディザークと同じ藍色とも暗い青とも思える髪は長く、ドレスを着ているけれど、背が高くて体もしっかりとして、よく鍛えられているのが分かった。
アストリット様が体を離せば、転移門のそばにはヴィレンツァ王国の国王陛下や数名の貴族、護衛の騎士達の姿もある。
ヴィレンツァ王国の国王陛下が近づき、最敬礼を執る。
「真聖女様、守護聖騎士様、この度は我が国へお越しくださり、ありがとうございます」
……ああ、わたしのほうが本当に身分が上なんだ。
聖人も聖女も、元より国王より貴ばれる存在ではあったが、以前来た時はこうして国王陛下が深々と頭を下げるほどではなかった。
それに、わたしとディザークも礼を返す。
「こちらこそ魔物討伐への協力、感謝する」
以前はディザークも丁寧な言葉遣いで対応していたけれど、立場が逆転した。
「世界のため、国のため、必要なことであれば我が国は喜んでご協力いたします。討伐前に英気を養っていただきたく、ささやかではありますが本日は
「ああ、貴国の気遣い、心に留めておこう」
ヴィレンツァ国王とディザークの横で、わたしは微笑んだまま黙って待っている。
……余計なことは言わないようにしないとね。
わたしの言葉がどれほどの影響を及ぼすか分からない以上、下手に口を開かないほうがいい。うっかり何か言って、ヴィレンツァ王国を困らせるのは望むところではない。
その後、わたし達は客間に通された。
歓迎の宴──……パーティーは夕方から行われるそうなので、それまでゆっくり寛いでくれということだった。
荷物はリーゼさんとノーラさんが片付けてくれるので──収納魔法はあるけれど、荷物なしで旅に出るのは不自然なのである程度は目に見える形で持って来ていた──そちらは任せてヴェイン様とゼニス君と共にディザークの部屋に行く。
廊下にはディザークの近衛騎士達がいた。
扉を叩くと入室を許可する声がして、開ければ中にはディザークとエーベルスさんだけでなく、アストリット様もいた。
「ああ、サヤか。丁度呼ぶところだった」
とディザークに手招きされ、その横に座る。
「これから討伐する魔物の情報を姉上から聞いておこうと思ってな。サヤも知っておくべきだろう」
「確かに」
向かいのソファーにはアストリット様が座っており、エーベルスさんとヴェイン様、ゼニス君はそばに控えている。
「ここで討伐するのは二種類。以前行ったガルスト山脈周辺にいる、スノウベアーとモォールウルフの群れだ。……合っているな?」
ディザークの問いにヴェイン様が頷いた。
「そうだ。ゼニスが目覚めた時、その魔力にあてられて
……魔力に引っ張られて、なんてこともあるのか。
ゼニス君が「オレは悪くないぞ!」と慌てるので「分かってるよ」と言えば、ホッとした様子だった。どちらにしても魔物討伐は必要なことだったから、多少討伐予定の魔物が増えたところでそれほど変わらないだろう。
「スノウベアーもモォールウルフも、雪深いところに出る魔物よ。両方珍しい魔物だから素材を貰えるのはありがたいわ」
アストリット様がそれらの魔物について説明してくれる。
スノウベアーは真っ白で大きなクマらしい。成獣だと体長五メートル、子供でも二、三メートルはあるそうだ。群れは多くても三頭程度だが、単体で強くて
モォールウルフもスノウベアーと同様に真っ白な毛並みをした狼で、体長一メートル半くらいだが、十数匹の群れで行動しており、魔法で雪の中に潜って移動する変わった魔物なのだとか。雪中に潜み獲物を背後から襲う習性がある。
どちらも毛皮と爪、牙が素材として得られる。魔石はスノウベアーのほうが大きい。
「スノウベアーもモォールウルフも火魔法が弱点よ」
ただ群れで活動しているため、同時に複数と戦闘することになる。
討伐が難しいのは群れ全体の相手をする必要があるからだ。
「オレが火魔法で焼けばいいんじゃねーの?」
ゼニス君が言うと、その頭をヴェイン様が軽く叩く。
「雪深いとはいえ、山ごと焼き払うつもりか? そもそも、お前の炎では素材ごと燃え尽きてしまうかもしれん」
「あー……」
ヴェイン様の言葉に納得したのか、ゼニス君が静かになった。
それに、ヴィレンツァ王国の兵士達もいるなら、ヴェイン様やゼニス君が人間では難しいような強い魔法を使うと怪しまれてしまう。
「討伐は主に俺達が行う。ヴェインとゼニスはあくまで『護衛』として控えていてくれ」
「仕方ねーな」
「うむ、心得ている」
ディザークに言われて、ゼニス君とヴェイン様が頷く。
「あと、これが今回の討伐部隊の編制ね。確認しておいてちょうだい。もし他に必要な人員がいるなら、教えてくれれば調整するわ」
アストリット様がディザークに書類を渡す。ディザークはそれに素早く目を通すと後ろのエーベルスさんに渡した。
「これで問題ない。討伐部隊を要請しているが、主な魔物の討伐は俺達で行う」
「そうだろうとは思ったわ。討伐部隊はウィシュマルク辺境伯の兵を出してもらう予定で、既にいつでも動ける用意が出来ているそうよ」
「辺境伯の兵ならば足手まといにはならないな」
ウィシュマルク辺境伯は、最北のガルスト山脈付近の領主で、以前ゼニス君がその辺りで暴れていた際に会ったことがある。
アストリット様が立ち上がる。
「頑張ってね、ディザーク、サヤちゃん。私も本当は行きたいところだけれど、さすがに『真の聖女様と守護聖騎士様の使命』にわがままで参加は出来ないもの」
「アストリット様みたいに強い人が参加するのは大歓迎ですよ?」
わたしの言葉にアストリット様が首を横に振る。
「ここで王族の私が出てしまうと、後の国も王族やそれに準ずる立場の人間を出さなければ
ふふふ、と笑ったアストリット様は「また夜にね」と言って部屋を出て行った。
……クマとオオカミかあ。
以前、ゼニス君と雪山で戦って思ったけれど、雪深いところでは動くこともままならないから、長時間の戦闘は厳しいだろう。寒さと動きづらさで普段よりも体力が削られるし、視界も悪い。
「ディザーク、スノウベアーとモォールウルフの討伐方法なんだけど──……」
……きっと討伐は時間との勝負になる。
そこで出したわたしの提案に、ディザークはまたも呆れていた。
夕方、身支度を終えた頃にわたしの部屋にディザークが迎えに来てくれた。
わたしもディザークも、聖女と守護聖騎士の装いのままだが、これが正装なので問題はないはずだ。しかし、夜会でも鎧を着て帯剣しているディザークは大変そうだと思う。
「鎧も着たままで行くの?」
「当然だ。守護聖騎士である俺は、聖女であるサヤをいついかなる時でも守れるようにしていなければいけない。……まあ、ヴェインやゼニスがいる時点で過剰な気はするが」
「だよね〜」
ドラゴンが二匹いる時点で過剰防衛である。
ディザークに近づき、その腕に自分の腕を絡める。
「でも、わたしを守ろうとしてくれるディザークの気持ちはすごく嬉しい」
誰かに心配してもらえるというのは、それだけで幸せなことだ。好きな人に気にかけてもらえるなら、なおさら嬉しいものである。
ディザークの手がわたしの頰に触れる。
「サヤは目が離せないからな」
「あはは……」
これまで色々とやらかしているので否定できない。
そんな会話をしていると扉が叩かれる音がして、ディザークの手が頰から離れていった。
どうやら舞踏の間まで、騎士が案内してくれるらしい。
ディザークにエスコートをしてもらいながら、この国の騎士について行く。城内をしばらく歩き、舞踏の間に着くと扉が開かれた。
「真聖女サヤ・シノヤマ様、守護聖騎士ディザーク=クリストハルト・ワイエルシュトラス様、ご入場です!」
舞踏の間にいる全員の視線がこちらに向けられる。
……何度こういう経験をしても、なかなか慣れないなあ。
それでも、堂々として見えるように背筋を伸ばしてディザークと一緒に歩く。
すぐにヴィレンツァ国王とアストリット様が来て、話しかけてくれた。
「真聖女様、守護聖騎士殿、今宵は楽しんでいただけたら幸いです。それと、お二方に紹介したい方がおります」
お二人が振り向くと、そこには四十代ほどの男性がいた。淡い灰色の髪に青い目をした男性が礼を執る。
「こちらは我が国の聖人、ブラムス・フィースウッド殿です。……前国王の件で聖女様が我が国を去られた後、もう一人聖女様が見つかったのですが、あまり体が丈夫ではなかったため早くに引退し、こちらのブラムス殿が新たな聖人様として選ばれました」
「ご紹介に
ヴィレンツァ王国の聖人様は苦笑する。
……聖属性魔法だけでも、色々戦い方はあると思うけど。
でも、属性だけの問題ではないのかもしれないし、魔物と戦うのは怖いと感じることもあるので安易に『戦ってみたらどうですか』なんて言わないほうがいいだろう。
「こちらこそ、ご挨拶が遅くなり失礼しました。……経験があるからこそ分かりますが、聖障儀への魔力充塡はとても大変なことです。その責任を果たすことが聖人・聖女の第一の役目ですから、恥じることはないと思います」
「温かいお心遣い、痛み入ります」
聖人様が浅く頭を下げる。
「守護聖騎士殿さえよろしければ、少し魔物討伐について話をしたいのですが」
ヴィレンツァ国王の言葉に、ディザークがわたしを見たので、大丈夫だと頷き返す。
「ああ、構わない」
「その間、サヤちゃんは私が一緒にいるわ」
「それは助かる」
聖人様が一歩引くともう一度、礼を執る。
それにわたしとディザークも礼を返した。
そうしてディザークとヴィレンツァ国王を見送り、アストリット様に促されて移動すれば、歩く先には女性達の集まりが出来ていた。見覚えのある人もいる。
「オルディリアン公爵夫人」
ウィシュマルク辺境伯夫人の
思わず呼ぶと公爵夫人が嬉しそうに微笑んだ。
「覚えていただけて光栄です、聖女様」
全員がわたしとアストリット様に礼を執った。
アストリット様が手を上げて応えると皆顔を上げる。
そこからは、また女性同士で賑やかに話すこととなった。
内容は魔物討伐や帝国の流行、あとはわたしとディザークの関係などでも盛り上がった。
「異世界から召喚された真の聖女様と、サヤ様をお救いする守護聖騎士様の恋なんて素敵ですわ」
「最初は帝国に亡命するための手段だったのですが……」
「利害関係からの始まる関係など、貴族にはよくあることですわ。でも、そこから互いを想い、愛し合えるかどうかは別ですもの」
「以前の皇弟殿下と言えば近寄りがたい雰囲気でしたが、真聖女様とご一緒にいらっしゃる時のあの穏やかな表情! 真聖女様のことを大切に思っているのが伝わってきますわ」
「そうね、ディザークとサヤちゃんはとても仲が良いのよ。ディザークはいつもサヤちゃんばかり目で追いかけているのよね」
アストリット様の言葉にふと振り向けば、離れた場所でヴィレンツァ国王と話しているディザークと目が合った。
……なるほど?
ディザークに小さく手を振ると、向こうも軽く手を上げて応えてくれて、それを見たご令嬢達が小さく黄色い声を上げていた。
どこの世界でも、恋愛の話になると女性達が盛り上がるのは共通らしい。
そんな話をしていたからか、話題の人であるディザークがヴィレンツァ国王との話を終えてわたしのほうに来た。
「待たせた」
「ううん、大丈夫」
「そうか」
ディザークが当たり前のようにわたしの横に立ち、そっと背中に手が添えられる。
ご令嬢やご婦人達の視線が集まるのを感じたが、アストリット様が言う。
「皆様、あちらでお話ししませんこと?」
「ええ、そうしましょう。私達が騒いでいては、討伐前に真聖女様と守護聖騎士様がお疲れになられてしまいますもの」
「ディザーク、サヤちゃん、ゆっくり楽しんで」
アストリット様とオルディリアン公爵夫人が女性達を引き連れて離れて行く。
王妃であるアストリット様が遠慮したからか、他の貴族達に話しかけられることもなく、ディザークに促されて舞踏の間の端に移動する。
テーブルには美味しそうな軽食が並んでいた。
「食べてもいいんだよね?」
「ああ」
「じゃあ少し食べちゃおっと」
美味しそうなケーキを取って、近くのソファーに座る。
見た目からしてチーズケーキだろうと思いながら一口食べてみれば、やっぱりそうだった。レモンの風味がするけれど、甘さは控えめでしっとりしたチーズ部分に対し下はホロホロとした食感で美味しい。
「ん、このチーズケーキすごく美味しい」
一口分を切り分け、ディザークに差し出す。
「食べてみる? 多分、ディザークの好きな味だよ」
ディザークはクリーム系より、アップルパイとかチーズケーキみたいなもののほうが好きなのだ。カスタードクリームはまだいいが、生クリーム系は甘すぎて食べにくいのだとか。
わたしが差し出したケーキをディザークが食べる。
「……確かに美味いな」
「もう一口要る?」
「ああ」
差し出した一口分のケーキをまたディザークが食べた。
そうして、ふっと小さく笑う。
「どうかした?」
「いや、以前は……サヤが来るまでは魔物討伐と言えば命懸けの任務だったというのに、今はこうしてケーキを食べて笑っていて、それが少しおかしくてな」
「あー、まあ、ヴェイン様やゼニス君もいるしね」
それに、ディザークも精霊王様から『聖騎士の証』を授かって以降、前より魔法が強くなったらしいので、そういう意味でも余裕があるのだと思う。
「それに、何があってもディザークは死なせないよ」
ディザークのことはわたしが守るし、もし怪我をしても治癒魔法で絶対に治してみせる。
「俺も、何があってもお前を守る」
「うん」
わたしが出した拳に、ディザークの拳が軽く触れる。
……ディザークがいるから、魔物も怖くない。
元の世界では出来なかった経験がこの世界にはある。
むしろ、明日からの魔物討伐が楽しみだ。
* * * * *
──……なんてかっこよく意気込んでみたものの、翌日、わたしは馬車の中でぷかぷかと浮かんでいた。
……そう、わたしは馬車がダメなのだ。
ヴィレンツァ王国が用意してくれた馬車だけれど、何とか王都を出るまでは頑張ったが、その後はこの通りである。あのままだったら馬車酔いで討伐どころではなくなっていた。
馬車の中にはディザークとヴェイン様、ゼニス君がいる。ちなみにリーゼさんとノーラさん、神殿関係者達は別の馬車に乗っているが、使節団と近衛騎士数名は王城に残ってもらっていた。
ディザークが少し呆れた顔をした。
「姉上に出してもらった王族用の馬車だから、これでもかなり揺れは少ないほうなんだが」
クッションを抱えて浮かんでいるわたしの頭を、ディザークが撫でる。