ところで結局どんぐりは何でしたの?


 ごきげんよう! ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!

 私は今、チェスタの手を見ておりますわ。丁度彼が手のお手入れ中でしたのよ。……そう。彼の義手、見ててちょっぴり楽しいんですの。


 チェスタの右腕は、義手ですわ。精巧な代物なのでしょうけれど、まあ、それ以上に『頑丈に作りました』ってかんじもしますわね。実際のところ、義手として市場に出回っている多くのものは、もうちょっと人間の手らしく形を取り繕っていますのよ。最高級品は本当に、モノホンの手と見分けがつかないくらいですのよ。その点、チェスタの義手は、まるで取り繕うことの無い、実用性一辺倒な代物なんですのよねえ。

「お前、楽しそうに見るよなあ」

「ええ。私、こういった機械類を見るの、実はちょっぴり好きなんですのよ」

 チェスタの義手は実用性一辺倒で、だからこそ、ここがこうなっててこう動く、というのが分かりますもの。私、小さい頃からフォルテシア家に仕える職人さん達のところに出入りしていましたけど、その頃からこうした機械類を見るのが好きでしたわねえ。ええ。ですから、フォルテシア謹製の銃も大好きですわ!

「あら、チェスタ。あなたの手、そんなところにロープ入ってるんですのねえ」

「あー、うん。あると便利なことあるだろ、こういうの」

 はぇー、面白いモンですわぁ。チェスタったら、義手の中に色々仕込んでますのねえ。お手入れの為にそれらを一旦取り外したり取り出したりしていくわけですけれど……とりあえずロープ出てきましたわぁ。確かにロープがあると、人をふん縛ったり、追手の足引っかけてコケさせたり、はたまた高所から降りる時の補助にしたり、と役立ちますものね。

「それからナイフな」

「ああ、それは知ってますわ。……エッ!? これ、こういう風に外れますの!? これは知りませんでしたわ!」

 続いて取り外されて机の上に置かれたのはナイフですわ。ええ、チェスタは義手に仕込んだこのナイフで戦うことが多いですわよね。存在は知ってましたけれど、取り外されて机の上に並んでるところを見るのは初めてでしてよ!

「あと燐寸」

「いいセンスですわ!」

 ナイフの横に並べられたのは燐寸ですわ! これ、私も大好きですわ! 明り取りに放火に、あれこれ役立つ素敵な道具ですわね!

「それから酒」

「ああ、これも悪くありませんわねえ。これなら消毒にも燃料にもなりますもの」

 続いて出てきたのは強い蒸留酒の小瓶ですわ。飲んで酔うには足りないかもしれませんけれど、とりあえず傷口の処置をするには必要なものですわね。

「あとおやつ。こっちは紙と鉛筆」

「……そんなモンまで入れてますの?」

「で、拾ったどんぐり」

「あなたがどんぐり拾ってたことと、それが義手から出てきたこととで私、二重に驚いてますわぁ」

 ……な、なんか、本当に色々入ってますのねえ。ええ、色々とビックリですわぁ……。この義手の収納力の高さにも驚いてますけど、出てくる物の内容にも驚いてますわぁ……。


 と、まあ、一応これで義手に収納されてたものは終わりみたいですわね。チェスタは義手の隙間とかに布突っ込んで拭いてますわ。埃とか血糊とか溜まりそうですものねえ。定期的なお手入れが必要なんだと思いますわ。

 ただ……机の上に並んだものを見て、私、ちょっぴり気になりましたのよ。

「ところであなた、薬は義手に入れていないんですのね」

 そう。チェスタなら真っ先に持っていそうな、薬。それが机の上に並んでいないのが、なんとなく不思議でしたの。

「え? 持ってるぜ。一応な。ほら」

「いえ、ごっそり出せとも言ってませんけど」

 ちなみにポケットには入ってたみたいで、乾燥対魔の塊がごそっと出てきましたわ。出さなくていいですわ。というかそんなにごっそり持って歩いてるんですの? そこに驚きですわぁ……。

「薬は義手には入れねえようにしてんだ」

「あら、そうなんですのねえ」

「うん。ほら、義手がぶっ壊れたり調子狂ったりした時には修理出しにいかねえといけねえだろ?」

 あ、分かりましたわ。そりゃそうですわ。何かあって義手の修理に、となったら、当然、その時義手に入ってる物は義手職人の目に留まることになりますものねえ! 薬は違法なモンですもの! 当然、そこで持ってるわけにはいかないのですわ!

 ……と、思ったら。

「この義手作った奴がさ、俺が薬やってっと、まあ、なんか……悲しそうな顔しやがるからさあ」

 なんだか……なんだか、想定とはちょいと違う続きが、ありましたのよね。


 ……なんだか私、チェスタからこういう話を聞いてしまうとちょっぴり不思議な気持ちになりますわ。薬を義手に入れておかない理由が、『違法行為がバレるから』ではなくて、『悲しそうな顔をさせたくないから』だっていうんですから、なんだか、意外、でしたのよ。

 そう……彼が薬をやっていると悲しそうな顔をしてくれる人が、居ますのね。それで、チェスタはその人を悲しませたくない、んですのね。

 普段から考え無しで酒か薬かに溺れているようなチェスタから、真っ当な人間関係の片鱗を聞いてしまうと、まあ、なんだか不思議なかんじがしますのよ。でもね……悪いことではない、とも思いますの。

「よかったですわね。あなたにもそうして心配してくださる方が居るんですもの」

「……まー、そうだよなあ。めんどくせえけど」

 チェスタは自分の義手の手入れをしながら、なんだか薬中とは思えないような柔らかい表情を浮かべていましたわ。

「あなたが薬中でなかったら、どんな人だったのか、少しだけ興味がありますわねえ」

「は? 大して変わらねえだろ多分」

 ……まあ、チェスタのことですから、今薬でやってることを全てお酒でやらかしているような気も、しますけれど。でも、まあ……いえ、やめておきますわ。『その方がよかった』なんて思いませんもの。多分、チェスタは、義手で、薬中で……それでいいんですわ。


「なーに、二人してお店広げて」

「ああ、ジョヴァン、ごきげんよう。今、チェスタの義手のお手入れを見てますの」

 チェスタの義手のお手入れ中、ジョヴァンが戻ってきましたわ。そして机の上に並べられた色々なものを見て首を傾げていましたわ。まあ、よく分からない品揃えですわよねえ、これ。

「へー。つまりこれ、義手に入ってたモノ、ってことね。……いや、なんでどんぐり?」

「そこですわ。私もそこは気になりますわぁ……」

「気になるならやるよ。お前の髪みてーな色してるし」

「そういう気になり方じゃないんですのよねえ……というかあなた、私の髪をどんぐり色だと思ってましたの……?」

 な、なんかチェスタから大分遺憾なことを聞いた気がしますけど、今は聞かなかったことにしておいて差し上げますわッ!

「……あら? ジョヴァン。あなた、その目……」

 そう。今気になるのは、どちらかというとこっちですのよ。


「流石はお嬢さんだ。やるじゃない。気づいたのは貴女が二人目ですよ」

「一人目はドランですのね?」

「そこも正解! ま、あの野郎は目と勘がいいからね」

 ジョヴァンが芝居がかった仕草で拍手してみせるところを、チェスタもずいずいと近づいていって、ジョヴァンの目を見つめて……。

「なんか違うのかよ」

 首、傾げてますわぁ。……まあ、チェスタってこういう奴ですわね。ええ!

「あー、うん、お前さんには分からんだろうね! まあそんなこったろうと思ったぜ!」

「チェスタ。今、ジョヴァンの目、いつものと違いますのよ」

 チェスタは、ジョヴァンの義眼がいつものとは違う、っていうことに気付くような奴じゃーなくってよ!


「いつもの目は『夜の女王の心臓』でしたわねえ」

「そ。夜目が利くようになるし、命の気配が分かるようになるもんだから、いつもはソレね。来店されるお客様の存在にいち早く気付けるってのは、ああいう商売してる身としちゃ、ありがたい能力だから。あと、俺の元の目と色が似てるもんだからね。ちょいと加工して入れとくには丁度いい」

ま、そうですわね。義眼の一番の目的は、見た目をそれらしく整えるってとこでしてよ。……普通、義眼に魔法的な要素なんざぶち込みませんのよ!

「で、今日のはまたトクベツなやつ。分かる? よーく見てみて?」

いつもの目とは気配が違う今日の義眼は……何かしら。確かに魔法の気配はありますのよね。それから、魔物の素材特有の気配も、微かに、本当に意識しなければ分からないくらい微かに感じ取れますわ。それでいて、ジョヴァンの視線はいつもよりもこちらを見透かしてくるような具合なのですけれど、然程気にならないのが妙、ですわねえ。……あら?

「……もしかして、アルラウネの種でも入っているのかしら!?

「正解!」

 ジョヴァンがにやにやしながら拍手してくれますけど、私、回れ右の勢いでジョヴァンから目を逸らしますわよ!

「あらお嬢さん。俺のこと見つめてくれないの?」

「魅了の効果の義眼なんざ見つめるバカがどこに居ますのーッ!?

 そう! 今、ジョヴァンの目に入っているらしい義眼! それの中にはどうも、アルラウネの種が入っているらしいのですけれど! ……アルラウネっていうのは、可愛いお花の魔物ですの。でも可愛いのは見た目だけですわ。綺麗な花を咲かせて人間を魅了して、そのまま捕食したり種を植え付けたりしてくるヤバい魔物でしてよ。そのアルラウネが持つ魅了の力が入っているのが、アルラウネの種、ですわね。

 ええ。つまり、今のジョヴァンの目を見ていたら、魅了の魔法に掛かるという訳ですわッ!

「ちょっとっくらい、いいじゃない。俺に魅了されてくれたって」

「ならチェスタでも魅了してりゃーよくってよ! それが嫌ならとっとと目ン玉取り換えなさいなッ!」

「お嬢さんもつれない人ねえ。ったく」

 ジョヴァンは肩を竦めて『やれやれ、寂しいね』なんて言いつつ……。

「よいしょ」

 目ン玉、外しましたわ。ええ。確かに私、とっとと目ン玉取り換えなさいな、って言いましたものね。

 ……でも! 今ここで! 私の目の前で! 目ン玉取り換えろとは! 言ってませんわァーッ!


「うっわ、目玉ねえじゃん」

「そりゃあね! 目がある所に義眼は入らないでしょうが」

 こういう時に遠慮がないのがチェスタですわ。ジョヴァンの義眼が入っていた場所……今はただの空洞になっている眼窩を覗き込んで、『うわー』とか言ってますわ。私は『ひぇっ……』って気分ですわぁ……。

「あのね、ジョヴァン。義眼ってそんな、気軽に付け外しするものですの?」

「ま、気軽には俺も付け外ししませんけどね。非戦闘員としては、これくらいやっておかないと不安ってなもんで……あー、どれだっけ?」

「あなたも大概ですわぁ……」

 ジョヴァンは本くらいの大きさのケースを取り出すと、その蓋を開けて、眼窩から取り出した義眼をハンカチできゅいきゅい拭いて、ケースにしまいましたわ。

 ……ええ。このケース、義眼がいっぱいですのよ。全部がぎょろりとこっち向いてて不気味でしてよ。

「……色々ありますのねえ」

「まあね。ちょっとしたコレクション、ってわけよ」

 ちょっと見ただけでも、義眼に色々あるのが分かりますわねえ。あらあら、これはドラゴンの胆石かしら。威厳たっぷりな視線を送りたい時にはいいでしょうねえ。こっちは透視の義眼だったかしら。それでこっちは……あらあらあら! コカトリスの爪か何かが入っているんじゃないかしら!? これ、つまり邪視の義眼ですわねえ! 見つめた相手を石にする……とまでは行かずとも、きっと動きを止めたり、体調を崩させたりするくらいはできるんじゃないかしら!? まあその分、使用者に負荷が掛かりそうですから私は絶対にやりませんけど!


 ジョヴァンの義眼コレクションも中々のものですわねえ。私、結構楽しめましたわ。

 そして私とチェスタが義眼コレクションを見つめて『へー、全部一緒じゃん』『せめて微妙な色の違いくらいは判別できてくださいな』と会話する間に、ジョヴァンは強い蒸留酒でいつもの義眼をちょいと洗って、それを眼窩にぐっと押し込んで……ああー、なんか妙ですわぁ。こう、人間の目玉が出入りしてるかんじって、見ててすごく不気味ですわぁ……。

「ところでジョヴァン。あなた、魅了の目玉なんて使って、何してましたの?」

 目玉が元に戻ったジョヴァンに、ふと気になって聞いてみますわ。だって、ほら。魅了が必要な用事があった、ってことじゃありませんこと? そしてジョヴァンにそんなもん、必要になること、ありますの……? というかそもそも、ジョヴァンが実働することって、稀でしてよ……?

「……気になる?」

「まあ、多少は気になりますわねえ」

 ジョヴァンの流し目が鬱陶しいですけど、まあ、それは置いておくとして気になるものは気になりますわね。何かあったのかしら?

「ま、つまんない用事。……ちょいと、商売女を引っかけてきたってだけよ」

「えっ、あなたもそういうことしますの!?

 なんというか……まあ、うちのメンツの中で一番そういうことが上手そうだとは、思いますわよ? でも、あんまり想像がつきませんわねえ……。なんだか不思議なかんじですわぁ……。

「なーに、妬いた? 安心してねお嬢さん。単に、ドランに頼まれてね。頂きたいもん頂いてきたってだけだから。ほら見てこれ。地下でやってる貴族向けお薬パーティーの招待券」

「あらっ! お手柄ですわよジョヴァン! これでこの国のお薬事情をより一層掌握できますわね!」

「……妬いちゃあくれないし、俺のことよりお薬パーティーの招待券の方が嬉しいのね、お嬢さん」

 当然ですわ! 妬く理由がありませんもの! そして、この国の暗部を掌握していくのは私、大好きなんですの! おほほほほほ!


「ま、俺みたいなのはこういう風に目玉で小細工するとね、色々とできるようになったりするもんだから、こういう涙ぐましい努力をして、お嬢さんの為に誠心誠意働いてるってわけよ」

「はー、道具があるって面白いもんですわねえ。チェスタの手も結構楽しかったですけれど」

 ジョヴァンの話に私とチェスタは二人で『へー』ってやって、それからチェスタは自分の義手をまた戻し始めましたわ。ナイフが元の位置に収まって、ロープだの燐寸だの酒だのどんぐりだの、色々戻されて……あの、どんぐり、戻すんですの? それ入れとくと何かありますの? 義手の中に森でも育てるつもりなんですの……?


「戻ったぞ。……何か話していたのか」

 そこへドランが戻ってきましたわ。そこで私達三人、顔を見合わせて……。

「……ま、お前には必要のない話よ」

「ドランはこういうのいらねえもんなー」

「そういう訳ですわ。あなたには関係のないお話でしてよ」

 そういう結論に至りましたわ。ええ。ドランは体一つあれば戦える性質ですものね! 道具のあれこれには一番縁遠い奴ですわ!

「……何だ、気になるな」

「あらあら、あなたもそういう顔しますのねえ」

 ドランはなんだかとてつもなく珍しいことに『寂しい』みたいな顔しましたわね! こいつ、こんな顔もするなんて驚きですわ!

「ま、仲間外れはかわいそうだ。ってことで、チェスタの義手に更なるどんぐりを詰める権利をやろうじゃない。ほら」

「どんぐりを詰めると何かあるのか……?」

「あ、どんぐり詰めながらで構いませんから、地下お薬パーティーに乗り込む作戦を立てませんこと? 私、いい案がございますの」

「俺、参加していいよな!? いいよなあ!? へへへへ、薬パーティーかあ、楽しみだよなあ、おい!」

「キメる側としての参加じゃなくってよ!」

 ……と、まあ、私達は楽しく、作戦会議を始めることとしましたわ。

 尤も、数分後にキーブが帰ってきて『僕だけ仲間外れっていうのはちょっとどうかと思うけど』って拗ねちゃいましたから、そのご機嫌斜めを直してもらうためにちょいと中断することになりましたけれど!

 何というか、そこそこ付き合いが長くなってきた相手であっても、知らないことって結構ありますのよねえ。特に私達、こんな悪党共ですから、お互いのこと、余計に知りませんわ。

 ……今日はちょっぴり知っていることが増えて、楽しかったですわ。こういうのもまあ、悪くはありませんわね。