番外編 カジノは私の養分ですわ


 ごきげんよう! ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ! 私は今、アジトの野郎共と一緒にカジノへ向かっていますわ!


 この国にはカジノがありますわ。賭博は基本的に禁止ですけれど、王家の承認がある公式カジノなら合法ですの。そして、王都の高級街にあるカジノは、この国で最も規模の大きいカジノ、ですわね。王家のお膝元だけあって、ジャンジャン金が回りまくっておりますわ。入場料も取られますけれど、まあ、貴族がちょいと遊びに立ち寄ったり、平民が己の命運をかけて大勝負に出たりするため、結構な人の入りでしてよ。

 まあ、そういう風に多くの人が集まるカジノなのですけれど、勝つのは貴族、なんですのよね。ええ。特に上級貴族はバカみたいに稼ぎまくっている、ということで有名ですのよ。

 ……ええ。つまり、絶対に何か裏でやってますのよね。

 ですから、丁度よくってよ。そこへ私達が突入して、資金稼ぎと貴族潰しを同時にやろうってワケですの。ええ。自らの勝利を疑いもせず、生ぬるくカジノぐるみのイカサマに浸った貴族なんて、全員破産すりゃよくってよ。私達が行く以上、少なくともカジノの破産は決定しましたわ!

 やるからにはとことん、骨の髄までしゃぶりつくしてやりますわー! おーほほほほほほ!


 ということでやって参りましたわ。王都のカジノは夕方からが本番ですのよ。あたりが夕闇に包まれて薄暗くなってきて、空はピンクと群青のグラデーション。街灯がぽつぽつと灯り始めて、いよいよ王都の高級街は華やいで参りますわね。

 そしてそこの石畳を鳴らして歩くのが、私達御一行様、ですわ!

 ……傍から見てたら、きっと、不思議な集団ですわね。可愛いキーブは礼服を着て颯爽と歩けば当然のように貴族のお坊ちゃまに見えますし、ジョヴァンもまあ、ちょっと風変わりではありますけれど、お洒落を楽しむ余裕が見えますから、貴族に見えますわ。礼服を早速着崩しているチェスタも、まあ、貴族のドラ息子に見えないことは無くってよ。

 そして、フルフェイス甲冑の私とドラン、は……まあ、不思議ですわね! でもしょうがなくってよ! 私達、うっかり捕まったらムショ入りですのよーッ!

 うう、でも、よくってよ。カジノの中に入ってしまえばこっちのモンですわ。カジノの中は基本的に仮面をつけていますの。要は、勝った負けたの恨みっこナシ、っていうお約束、ですわね。

 まあ、ですから……早く着替えたいですわ! 早く着替えたいですわ! フルフェイス甲冑、嫌いじゃありませんけど、別に好きでもありませんのよ!


 カジノの入口で貴族位を証明する証書を出して見せて、それから私達は早速、カジノの中へ入りましたわ。フルフェイス甲冑の私とドランは不審がられましたけれど、まあ、上級貴族のお付きの騎士として下流貴族の次男三男が仕えている、なんてことはよくあることですものね。私とドランも証書を見せて、そういうモンだと思われれば通してもらえましたわ。

 ……カジノの中は、やっぱり華やかですわね。豪奢なシャンデリアに赤絨毯。黒大理石でできたカウンターには金象嵌。マホガニーのゲームテーブルは見事な彫刻入り。そして行き交う人々は、上等な礼服や華やかなドレスに身を包み、ワイングラス片手に笑いさんざめき、そして彼らの顔にはしっかり仮面、と……ええ、王城より派手で煌びやかでしてよ。カジノってそういう場所ですものね。ちょっと淑やかさに欠けて俗っぽいくらいで丁度いいんじゃないかしら。式典だのなんだのやる王城とはわけが違いますわ。

「へへへ、なんだよ、酒飲み放題? やったじゃん。飲んでくる!」

 そして俗っぽさ一等賞、礼服を着ても下町のチンピラから脱却できないチェスタが、早速、ウェイターからワイングラスをかっぱらって飲み始めましたわねえ……。ええ、まあ、周囲の注目をチェスタが集めてくれるなら、他が動きやすくて助かりますから、別に構いませんけど。

「さて……なら俺達も早速、始めるか。目を付けられる前にある程度動いた方がいいだろう」

「そーね。じゃ、俺はお先に。久々に楽しくやってこようかね」

 ジョヴァンがひらひら手を振りつつ去っていきましたわ。向かった先を見る限り、ブラックジャックをやるつもりみたいですわ。

「……目、付けられる予定なの?」

 そしてキーブは『聞いてないんだけど』みたいな顔でドランを見上げてますわねえ。ええ、可愛くってよ。

「当然、そうだな。……まあ、『目を付けられるほど稼ぐ予定』と言うべきか」

「ああ、そういうこと」

 ま、そういうこと、ですわ。

 ……このカジノは、上級貴族のための場所ですの。下級貴族は、入場こそできますけれど、稼ぐなんて、まず無理ですわ。

 何故なら、このカジノはそういう風に仕組まれているから、ですの。


 ディーラー達は、上級貴族相手には手加減してゲームをやりますし、ルーレットなんかは、上級貴族がベットした数字にボールを入れられるように調整しているらしいですわ。詳しいところは知りませんけれど、まあ、早い話が、ここは運営側がイカサマをするカジノ、というわけですわね。

 ですから私達は客相手にイカサマしてる運営を、更なるイカサマで出し抜いてやることになりますわね! 

 ……そりゃ当然、更なるイカサマなんて許したくない運営には目を付けられますわ。当然のことね。悪党の宿命ですわ。おほほほほ。

「ドラン。あなたはどう動きますの?」

「俺か? 俺は闘技場に行く」

 闘技場、というと、奴隷や魔物を戦わせて、勝つ奴が誰かを予想する、っていう、そういう賭け事ですわね。闘技場用に奴隷を育てる貴族も居るって聞いたことがありましてよ。ま、そういう、賭けと奴隷自慢が合わさった娯楽、ということなんでしょうけれど。

「あれで儲けますの? いい選手を知っていて?」

「いや、俺が出場する」

「エッ……あれ、自分で出場、できますの?」

「ああ。できるらしい。そして勝ち残れば、その分の賞金が出るそうだ。貼り紙があった」

 そ、そうなんですのね。ま、まあ、できるんなら文句はありませんけど。ええ。

 ……ああ、私も出たいですわぁ。私が出たら私とドランの一騎打ちになって、それ以降出禁になる未来が透けて見えますから、しょっぱなからそんな悪手、やりませんけど……。

「まあ、楽しませてもらうとしよう」

 ということで、ドランはにやりと笑いつつ、闘技場の方へ行ってしまいましたわ。

 ……まあ、そういうことなら、私のやることは、一つ、ですわね。

「じゃあ、行きますわよ、キーブ!」

「え? どこに?」

 首を傾げるキーブに向けてウインクしながら、私、分かり切った答えを教えてあげますわ!

「ドランが出たら絶対に勝ちますわ。ですからドランに全賭けしておけば儲かりますわよ!」


 はい。ということで、私とキーブは、闘技場の券売所へやってきましたわ。

 闘技場の設備一式は、カジノの一角に大きく場所を取って作ってありますの。地下一階部分に闘技場があって、そこで魔物だの人間だのが戦いますわ。その闘技場の地下一階から地上一階までの天井がぶち抜かれて、吹き抜けになっていますのよ。そして観客は二階の観客席から闘技場を覗き込んでゲームを楽しめる、というわけですわね。

 大規模な設備であることも併せて、このカジノの目玉ゲームとなっていますわ。ルーレットやカードゲームといった他のゲームをやっているフロアは主に一階、時々二階ですけれど、それらと空間が繋がっていますから、ここの観客達の歓声は、他のゲームをやっている客達にもしっかり届いて、宣伝効果抜群ってわけですのよねえ。

「では、私はあの甲冑の戦士にチップ千枚を賭けますわ」

「じゃあ、僕も同じく」

 券売所で私とキーブはそれぞれ、最初に買ったチップの全てをドランにつぎ込みましたわ。後は、のんびりと椅子に座って、ワインやジュース、それに軽食なんかを楽しみながら、闘技場を見下ろす形で観戦しますわよ。

 それから十分くらい待っていたら、ドランの試合が始まりましたわね。人間が出る闘技場は大人気ですから、わっと会場が沸きますわ。他に、如何にも戦えなさそうな奴隷が二人と、オーガが一匹、それにヘルハウンドが一匹、サケニクワレベアーが一匹、ですわ。目的がよく分かる試合ですわねえ。

 ……ま、要は、この会場の貴族連中は、人間が惨たらしく死ぬことを期待してますの。ええ。実に趣味の悪い連中ですわ。人間が死ぬところを見て楽しむなんてね。そう。人間ってのは、死ぬところをただ見たって楽しくありませんのよ。自分の手で殺さなきゃー楽しくありませんのに。まったく。

「オーガに賭けてる奴が一番多いみたいだね」

「ええ。ここにドランが居なかったら、私もオーガに賭けていたと思いますわ」

 ヘルハウンドは素早く相手の懐へもぐり込んで食らいついてくる魔物ですけれど、オーガ相手に通用するかは微妙なところですわね。サケニクワレベアーはサケ部分がベアー部分をいつ離すかによって戦闘力が大分変わりますけれど、まあ、その間にヘルハウンドかオーガに殺されてると思いますわ。

 ……でも、まあ。ドランが居る以上、どこに賭けるべきかなんて、一目瞭然でしてよ。


 戦闘開始のが鳴った直後、ドランは人間の奴隷二人へ襲い掛かり……ぽいぽいっ、と、壁際へ放り投げちゃいましたの!

 これには会場も大ブーイングですわ。人間に賭けてる奴なんてそうそう居ませんけれど、奴らは『奴隷が死ぬところ』を見たいのですもの。

 でも、ブーイングが鳴り止むのは早かったですわ。

 何せ、ドランがその拳の一突きだけで、オーガのドタマをカチ割って、ぶっ殺してましたもの。

 静まり返った会場がどよめき始める前に、ドランはサケニクワレベアーをぶん投げて壁に激突させて、更にその首をへし折って、サケ部分もしっかりへし折って、仕留めちゃいましたわ。そしてヘルハウンドへ向かっていって……ヘルハウンドは、きゅーん、と鳴きながら、ドランに腹を見せて寝っ転がりましたわ。ええ。棄権ですわね。賢いワンちゃんですこと。

 そうして戦闘終了、勝者はドラン、ということで決定しましたわ。私とキーブは大層儲けたことになりますわねえ。おほほほほ。

 観客達の中には懲りずにブーイングを飛ばしてる奴も居ましたわ。まあ、魔物が人間を殺せなかったなら、せめて、ドランが他の奴隷二人を殺すまでは続行すべきだ、っていう気持ちはわからないでもなくってよ。

 けれど、それをやっていたら運営側は、ドランがヘルハウンドにもとどめを刺すよう促さなきゃいけませんでしたわね。魔物を捕まえてくるのも手間な以上、運営側も、わざわざヘルハウンド一匹を無駄遣いしたくなかったんだと思いますわ。ま、こちらも賢明ね。


 そうして私とキーブはしこたま儲けさせてもらいましたわ! しかも、それだけで終わらなかったんですのよ。

 どうやら『あの男が死ぬところを見せろ!』とゴネた上級貴族でも居たのか、ギガンテスにキメラ、巨大ゴーレムにワイトキングに、なんとドラゴンまで、という大盤振る舞いが始まりましたの。

 ドランは武器も無く鎧だけ、という恰好ですから、まあ、当然、ドラゴンに勝てるとは思われませんわね。ですから実質これは、ドランが死ぬのを楽しみに見守る会であって、ついでに魔物頂上決戦、みたいなかんじですわ。

 貴族連中が『やはり最強はドラゴンだろう』とか『巨大ゴーレムがドラゴンに勝つかもしれない』とか『キメラは何と何を合成したかにもよるが、まあ、あまり期待できないな……』とか、それはそれは楽し気に話しているのを聞きながら、私とキーブは迷わずドランに有り金全部つぎ込みましたわ。

「……ねえ、ヴァイオリア」

「あら、何かしら、キーブ」

 キーブは席に戻って、ちゅう、とジュースをストローで吸いつつ、券売所でドラゴン一番人気な状況を見守りつつ……言いましたわ。

「ドランって、素手でドラゴンを殺せるんじゃなかったっけ」

「そうね。三体くらいなら同時に相手できると思いますわよ」

 私もワインを飲みつつ、おつまみのサンドイッチをつまみつつ、ため息を吐いちゃいますわ。

 まあ……なんというか、勝敗の決まっている賭けって、楽しくはないんですのよねえ……。


 はい。まあ、そういうわけで勝ちましたわ。ボロ勝ちですわ。ごっつぁんですわ。

 ドラゴンすら素手で殺されましたから、もう、観客達も何も言えませんわね。怪獣大決戦を期待して見ていたのに一番の怪獣が人間だったんだもの、ビックリもいいところでしょうね。

「さて。そろそろ私も他のゲームを楽しんでこようかしら。あ、その前に着替えないと駄目ね」

 そろそろフルフェイス甲冑も窮屈になってきましたし、ドレスに着替えたいですわね。こんなに華やかで賑やかなカジノなんですもの。甲冑で慎ましく居るのなんて勿体なくってよ!

 ということで、物陰でキーブの空間鞄に入って、そこで着替えますわ。はー、甲冑って脱ぐとスッキリしますわねえ。着てても別に動けなくなるようなことはありませんけれど、それはそれとして、やっぱり重いモンは重いのですわぁ。

 それに加えて、お気に入りのドレスを身に着けることで気分が軽くなる、っていう効果もありますわね。今日の私のドレスは、深紅の華やかなものですわ。胸元や裾には金糸で薔薇の刺繍がたっぷりと入っていて、中々気に入っておりますのよ。まあ盗品なのですけれど。おほほほほ。

 さて、お着替えが済んだら仮面をつけて、キーブの合図で空間鞄から外に出ますわ。カジノの中の喧騒に紛れてしまえば、案外、鞄に出入りしていたってバレないものですわねえ。

「キーブはこの後、どうしますの? 特に予定が無いならこのまま勝ち逃げでもいいと思いますけれど、折角だもの、何か楽しんできたらどうかしら?」

 キーブも私もドランのおかげで、既に大量のチップを手に入れていますものね。このまま勝ち逃げでも十分だとは思いますわ。でもまあ、折角だものね。カジノを楽しんだ方が良くってよ。このカジノ、今日が最終営業日になると思いますもの。おほほ。

「僕、ヴァイオリアと一緒に行く」

 ……と思っていたら、キーブったら、そんなことを言いますのよ。ええ、可愛らしいことですけど、どうしたのかしら?

「その……お嬢様をエスコートする男がいた方が、自然だろ」

 ほら、と手を差し出されたものだから、私、思わず笑顔でエスコートされることにしちゃいましたわ。ああ、可愛い騎士様ですこと!


 ということで、ドレスに着替えた私と、そんな私をエスコートしてくれるキーブとで、のんびりカジノを見て回りますわ。

 ……ポーカーのテーブルにはチェスタが居ますわね。

「へっへっへ……んだよ、もう賭ける奴、居ねえの? なら全部貰うぜ」

 裏通り仕込みのイカサマを散々やってると見えて、チェスタとまともにベットし合う客は居ないようですわ。今も、周りが全員ドロップしたのを見て笑いながら、チェスタがチップを総取りしているところですわねえ。

「じゃ、次やろうぜ。ほら、さっさと配れよ」

 こういう時のチェスタは、正にガラの悪いチンピラそのものですわねえ。こういう手合いに不慣れな貴族のお嬢ちゃんお坊ちゃん達はすっかり萎縮してますわ。ちょっぴり面白い見た目でしてよ。

「……ポーカーはやめとく?」

「そうねえ、あれ、チェスタはイカサマしてますもの。あそこに私達が入っても潰し合いになるだけですものね」

 どう見ても、チェスタのアレはイカサマですわねえ。ええ、彼、義手の中にカードを仕込んでイカサマしてるみたいですわ。そして、ガンガンチップを賭けまくって、相手をドロップさせ続ける、と。まあ……チェスタの戦い方も一つの戦略ですけれど、より多く儲けたいなら、より多く賭けさせなきゃいけませんのよね。相手を上手く乗せるには、あんなに委縮させちゃー駄目なのですわ。そのあたり、チェスタはへたっぴですわ!

「ひゃはははは! ほら見ろ! ストレートだ!」

 ……ま、それはそれとして、チェスタは楽しそうですわね。何よりですわ。ま、彼のお楽しみを邪魔しないためにも、ポーカーは後回しにした方がよくってよ。おほほほほ。


 続いてブラックジャックのテーブルに向かうと、ワイングラス片手に休憩中のジョヴァンを見つけましたわ。

「あら、お嬢さん。さっきは闘技場で儲けてたみたいじゃない?」

「ええ。ドランのおかげね」

「いいなあ、俺も乗ればよかったかも。ま、俺は俺で稼いでるからいいんだけど」

 ジョヴァンはウインクしつつ、チップを見せてくれましたわ。あら、結構稼いでますのねえ。

「あなた、真面目にブラックジャックやってこれ、ですの? 大した腕ですわねえ」

 恐らく、カジノゲームの中でブラックジャックは一番、運の要素が少ないゲームですわ。その分実力が出る、というか……まあ、ある程度、理性と計算で勝率を上げられますのよね。

 ……と思ったら。

「冗談言わないでよお嬢さん。俺がそんなマジメな奴に見える?」

 ジョヴァンったらそんなことを言って、にたり、と笑って……ウインクしながら、閉じていない方の目を、示してきましたわ。

「今日の目はイカサマ用の奴。取り換えてきちゃった」

「え? 目? なにそれ」

 キーブはジョヴァンの目が片っぽ義眼だっていうことを知らなかったみたいですわね。まじまじと見つめて、『うわ、義眼だ』ってびっくりしてますわ。可愛い反応ですわ!

 なら私も、と思って見てみたら……あら、ホントですわ。よく見たら、彼、右目の色がいつもとちょっと違いますわ。いつもの目じゃありませんのねえ。……義眼って、アクセサリー感覚でホイホイ取っ換えるモンじゃーないような気もしますけど。

「それ、『夜の女王の心臓』とは違う宝玉ですわね。何ですの?」

「ん? これ? これね、『裁きの天青石』を『影の硝子』で包んだやつ」

 あっ、成程ですわ。『裁きの天青石』は、真実を見通す力がありますの。ですから、よく裁判所に飾られてますわ。それに『影の硝子』は、物を透かす力がありますから……組み合わせると、ものすごーく弱いながらもちゃんと、透視の力が生じるはずですわね。

 ……まあ、目玉の代わりに眼窩にブチ込んどくような使い方でもしない限り実用できない程度の弱さの透視ですから、目ン玉片っぽ無い奴でもなきゃー実用できませんけど!

「よくできてますわねえ。これくらいの弱さなら、探知にも引っかからないでしょうし」

 まあ、力が弱いっていうのは、長所でもありますわ。何せ、弱ければ弱いほど、魔法は見つかりにくいものですもの。

 当然ですけれど、透視をはじめとした不正な魔法は、このカジノにおいて禁止されていますわ。そりゃそうですわ。イカサマばっかりになったらカジノなんて一晩で潰れますわ。まあ、カジノ側のイカサマはたくさんあるのですけど。おほほ。

 ……でも、こういう『弱すぎる』魔法なんて、一々探知できっこありませんのよ。それに、魔法の力で視力を補う義眼はこういうイカサマの品じゃなくてもたくさんありますから、そういう品だって言い逃れすれば相手だって取り締まれっこないのですわ。ですからこの義眼、こういうカジノでは最適な品ですわねえ……。実用するためのコストが片目、ってのがアレですけど……。

「そういうこと。山札全部を見通してやる必要は無いの。ほんの一枚二枚、先が見えるだけで大分変わってくるからね」

 そうですわね。ブラックジャックって、一手先のカードが分かってたら、一気に勝率がバカ上がりしますもの。少なくともカードの引きすぎによる負けからはカンペキにオサラバできますわねえ。

「ま、そういうわけで、俺はもうちょっと稼いでいくから。お嬢さんも、楽しんでね」

 ひらひら、と手を振って、ジョヴァンはまた、ブラックジャックのテーブルへ戻っていきましたわ。楽しそうですこと。

 はー、私も負けてられませんわね。早くどこかで稼ぎたいところですけれど……。

「ね、ヴァイオリア。あれ、やろうよ」

 ……きょろきょろ、と周りを見回していたキーブが指さす方には、ルーレットのテーブルがありますわ。


 カラカラカラ、と軽やかな音を立ててルーレットが回って、その度にルーレットの金装飾がシャンデリアの光に煌めいて、なんとも華やかな見た目ですわね。

 グリーンのマットの上に書かれた数字と、その上に積まれた色とりどりのチップも大層華やかですし……まあ、ルーレットゲームは、カジノの花形の一つですわね。

 でも、このカジノじゃ、おすすめはできないゲームの一つですのよ。

「あら、キーブ。あれはあんまりお勧めしませんわ。あれは運営側がイカサマし放題なんですもの」

 ということで、私、キーブにこのルーレットの何たるかを説明しますわ。

 なんと、ここのカジノのルーレットは、ディーラーが訓練を積んで、狙った数字にボールを入れられるようになっている、と言われておりますわ。要は、上級貴族様が賭けた数字にだけボールが入るようになっている、ということですわね。ですから、本当にただ上級貴族様が勝つだけのつまらないゲームですのよ、これ。

 ……けれど、それを聞いたキーブは、にやり、と笑って答えましたのよ。

「ああ。だからやろうって言ったんだよ。上級貴族が大負けするところ、見たいから」

 あらっ、キーブったら、いいお顔ですわ。悪党らしい顔してますわねえ。ふふふ。

「それに……あのイカサマの手口、多分、ディーラーの腕の問題だけじゃないと思うんだよね」

「あら? そうですの?」

 まあ、そう言われても私、不思議には思いませんわ。だって、ディーラーが一々練習しないとまともに成り立たないようなイカサマなんて、不安定ですものね。元々このカジノは王家の後ろ盾があって、誰がどう楯突いてきても痛くない、という最強の立場ですの。カジノぐるみでイカサマを働いても問題が無いのですから、当然、設備にもイカサマが仕込んであるって考えるのは自然なことですわね。

「あのルーレット、ちょっと魔法の気配がする。多分、雷の魔法を上手く使って、ボールを引き寄せてるよね?」

「ああ……この間教えたやつ、覚えてましたのねえ」

「当然」

 胸を張るキーブを見て、私、嬉しくなりましてよ。ええ、キーブにそれを教えたのは私ですわ。

 雷を高度な技術で制御してやれば、鉄を動かすことができるんですの。ぐるぐると円を描くように雷を制御するのはまあ、難しすぎますから、ぐるぐると円を描くように曲げた金属線に雷を通してやるのが一般的ですわね。

 でも、金属線も無しにそれが魔法の制御だけでできたらとっても便利ですの。何といっても鎧も剣も槍も、案外鉄でできているものは戦場に多いんですもの。事前の準備ナシに鉄を少しでも動かせるっていうのは案外有用なことなんですのよねえ。

「多分、あのルーレットは魔力を流したり止めたりしてボールの位置を調整できるんだ。……なら、他の魔法が干渉してても、分かりにくいよね? まあ、見ててよ」

 キーブはにんまり嬉しそうに笑うと……早速、とてとてと小走りにルーレットのテーブルへ近づいていきましたわ。そこで、如何にも純朴な貴族のお坊ちゃんみたいなキラキラしたお目目で、ルーレットを覗き込みましたわ。他の客もディーラーも、こんな美少年を鬱陶しがるわけありませんから、キーブはすっかりその場に溶け込んじゃいましたの。ああ、自分の武器をよく分かってますわぁ……。

 そして、ルーレットを見つめる可愛いキーブがすっかり受け入れられた頃、キーブの隣に、如何にも上級貴族、ってかんじの貴族がやってきましたわ。

 あー、はいはいはい、こいつ見覚えありますわ。確か、フルーティエ家の野郎ですわね。この国を支える上級貴族の内の一つ、ということで……ま、つまり、甘い汁を吸ってる側の人間ですわ。

「フルーティエ様。どこかにベットされますか?」

「ふむ……そうだな。なら……」

 早速ディーラーから愛想よく話しかけられたフルーティエは、ちら、とキーブを見ましたわ。

「君。齢はいくつかな?」

「ぼ、僕ですか? ……ええと、十五歳です」

 キーブは話しかけられると思っていなかったらしくてびっくりしていますけれど、まあ、私もフルーティエの野郎の気持ちは分かりますわ。キーブほどの美少年が居たら話しかけたくなっちゃうのはしょうがないですわ……。

「そうか。なら折角だ、十五番に五千枚賭けよう」

 フルーティエの野郎はキーブに微笑みつつ、どん、とチップの山を出しましたわねえ……。

「わあ……ルーレットって、こうやって遊ぶものなんですね?」

 それを見たキーブったら、如何にも無邪気な顔でそんなこと言いますわ。ああ、可愛いから許されますわ!

「ん? ま、まあ、私ほどの財力があれば、このように大きく賭けることもできる、というわけだ」

「すごい! かっこいいなあ!」

 キーブはにこにことそんなことを言って……そして、フルーティエの野郎が賭けた数字がルーレットでどこにあるかをちら、と確認して……。

「じゃあ、僕は十九番に一万枚賭けます!」

 どーん、と、フルーティエの野郎を超えるチップを乗っけましたわ。

 これにはディーラーもフルーティエの野郎も、表情が引き攣りましたわねえ。周りの観客もどよめいてますわ。キーブはそれに照れた様子で『真似してみました』なんて言ってますわ! 可愛いですわ! 可愛いからこれは許されますわ!

 ……まあ、何はともあれ、ベットが終わって、いよいよ円盤が回りますわ。

 キーブは只々わくわく顔でそれを覗き込んで、フルーティエはキーブを気にしつつも、余裕の表情で円盤を見つめて……。

 ころころ、とボールは回る円盤の外周を走っていきますわ。カラカラと円盤が回る音が如何にも緊張感を煽ってくれますわねえ。

 そうしてボールがいよいよ、数字の区切りへと近づいていきますわ。その挙動は……時々、おかしなところがありますわ。ひょこ、とボールが特定の場所に引き付けられるような。……ええ。間違いなく、運営側の不正ですわねえ。堂々とやってくれますこと。

 ボールはフルーティエの野郎が賭けた十五番へと近づいていきますわ。そしてこのままいけば十五番に入る、となった、その瞬間。

 ぴょこん、とボールが動いて、十五番のお隣、十九番に入りましたのよ。


 わっ、と盛り上がって、キーブは大勢の人達に囲まれることになりましたわ。

 ええ、まあ当然ですわね。可愛らしい美少年が急に大勝負に出て、さらりと勝ってしまったんですもの。皆、祝福の言葉を口々に述べて、キーブはそれをにこにこしながら受け止めていますわ。

 唯一、フルーティエの野郎だけはちょいと表情が引き攣っていましたし、ディーラーはそっと気まずげにフルーティエの野郎のチップを回収していきましたけれど、まあ、それをはたから見ている私はとーっても楽しくってよ! 能無し上級貴族なんてカジノでスッておしまいなさいな!


 それからもキーブは数回、賭けましたわ。

 次は無難に、赤にベットして当たって、次は黒にベットして当たって、それから六枚賭けでまた当たって……こうなってくると他の客達も、キーブに合わせてベットするようになってきますのよねえ。『幸運の天使だ!』なんて言われてますわ。まあその通りですわね。でもキーブはあなた達の天使じゃなくってよ。私の天使ですわ。というか天使ってより小悪魔ですわ。まあどっちにしろ可愛いってことですわね! おほほほほほ!


 やがてキーブは、フルーティエまでキーブに合わせたベットをし始めたのを機に、ルーレットのテーブルから去りましたわ。そして私とすれ違いざま、『ヴァイオリアって十七歳だよね? 十七番に賭けて』と言っていきましたのよ。

 丁度、フルーティエが他の番号に大きく賭けていましたから、私は十七番に有り金全部突っ込みましたわ。これにはフルーティエがとんでもない顔してましたけど、実際にボールが十七番に入ったら、もっととんでもない顔してくれましたわ! ああ、『幸運の天使』のおかげで楽しい思いができましたわねえ! おほほほほほほ!


 


 さてさて。そうしてたっぷりカジノ側からチップを巻き上げたところで、私達は闘技場前に集合ですわ。

「ドランお前、随分と稼いだじゃないの」

「ああ。闘技場の優勝賞金を元手に、賭ける側に回って稼いできた」

 ドランの手には、随分とたくさんのチップがありますわねえ。ええ、もう、チップがとんでもない数になりすぎて、運ぶのが大変そうですわぁ……。

「へー。ずっと闘技場で戦う側なのかと思ってたけどね」

「最初の二回で出禁になった」

 あ、そうですの。まあそんなこったろうと思いましたわ。素手でドラゴンを投げ飛ばせる奴を戦わせたって、賭けになりゃーしませんものねえ……。

「ちなみに俺はブラックジャックで一頻り儲けた後、ポーカーで儲けました」

 ジョヴァンもたんまりチップを持ってますわね。……まあ、カード一枚分を透かして見られるなら、相手の手札は全部丸見えですものね。ええ。勝負になりゃーしませんわ!

「あらっ、チェスタ。あなたも随分と儲けたじゃーありませんの」

「あー、結構ポーカーで勝ててさあ。で、色んなテーブル回って、これ拾った」

 ……チェスタが見せてくれた『拾った』チップは、どれも最高額のものですわ。成程、これを拾った、と……つまり、スリですわね!

「これが一番早いよなー。ひゃひゃひゃ」

「やだ、チェスタの癖にド正論ですわぁ……」

 真面目に賭けたりなんだりするよりも何よりも、盗むのが早い。ええ。この世の真理ですわ!

「キーブも随分稼いでるじゃん。お前、何やったの?」

「ルーレット。ちょっと雷で細工してきた」

「キーブのおかげで私も儲けさせていただきましたわ。それに、いけ好かない上級貴族に吠え面かかせてやれましたし、とってもいいゲームでしたわねえ」

 キーブと顔を見合わせて笑い合っていたら、チェスタから『なんか楽しそーだなお前ら』と率直な感想が出てきましたわ。ええ、そりゃそうですわ。私、とっても楽しいんですもの!


「さて。最後はやっぱり、闘技場ですわね」

 そうしてお互いの状況を確認出来たら……私とドランは、それぞれキーブとジョヴァンとチェスタにチップを全て託しますわ。

「じゃ、行って参りますわ。後は手筈通りよろしくね、ドラン」

「ああ。お前も楽しんでこい」

 ……私が向かう先は、闘技場の、出場者用の入口ですわ。

 ええ。私、さっきドランがやってたことを、やるつもりですの。


 闘技場へやってきた私は、それはそれはもう、困惑されましたわ。そりゃーそうですわ。仮面で顔を隠していたって、私が若い女であることは分かりますものね。そんな奴が戦いに来たってんですから、運営側の困惑も已む無し、ですわぁ……。

 でも、それだけですわね。『まあ、若い女が殺される場面は客に喜ばれるし』ぐらいの感覚で運営側は私の出場を許可してくれましたのよ。ええ、学習しない連中ですわね。ドランのアレで懲りなさいな。

 私が待機していると、私の対戦相手である魔物が連れてこられますわね。ええと……ゴマタノオロチ、ローパー、スライム、ファイアーダンゴムシ、ポイズンクネクネ。ええ、やる気が感じられない対戦相手ですわ。舐められてますわね。私、舐められてますわね。

 まあ良くってよ。ドランだって、最初の一回は大したことの無い魔物と戦ってましたもの。それでも私よりは期待されてた気がしますけど……あの、私、スライムやファイアーダンゴムシにも負けるように見えてますの? 流石にちょっと悲しくなってきましたわぁ……。

 で、でも、まあ、よくってよ。ステゴロでゴマタノオロチと戦うのは初めてですもの。楽しんで参りますわ!


 はい。ということで勝ちましたわ。

 ファイアーダンゴムシ蹴り飛ばして、スライムぶん投げてローパーにぶつけて、ポイズンクネクネに回し蹴りを叩き込んでへし折って、ゴマタノオロチを蹴って殴って、丁寧に背骨を五本ともへし折って……そして最終的にはローパーの触手を三つ編みにして、巻いて、お花のコサージュみたいにしてやったらローパーが降参しましたから、私の勝ちが決まりましたわ。そしてローパーは可愛くなりましたわ。おほほほほ。

 これには会場も唖然としてますわねえ。……ええ、ですから私、ここでしっかりと、役目を果たしますわよ。

「あらあらあら? この程度かしら? このカジノにはこの程度の魔物しかいませんの? シケてますこと。折角ならもっと強い魔物と戦いたかったですわ!」

 私、高らかに声を上げましたわ。まさか、闘技場で戦う奴がこういう風に言葉を発するなんて、誰も思わなかったようですわね。会場が大いにどよめいて、気分が良くってよ。

「カジノの客も低級なら、魔物も低級、と。そういうわけかしら! 実につまらなくってよ!」

 ……そして私が適当に挑発してやったら、それだけでもう、会場のどよめきは怒りをはらんだものになりますわ。まったく、気の短い連中ですわねえ。

「ねえ、次は五分以上粘れる魔物を用意してくださる? ゴマタノオロチなんて、まるで歯ごたえが無くって楽しくありませんのよ」

 ゴマタノオロチに賭けていた奴が多いでしょうねと思ってそう煽ってみたら、案の定、会場では上級貴族と思しき連中が運営に何かを言い募っていますわねえ。ええ、どんどんやっちゃってくださいな。

 ……さて、そうして会場が『あの女を殺せ!』と騒ぎ出したところで……やってきますのよ。

「なら、俺が相手になろう」

 そう。ドランが、名乗りを上げますのよ!


 これには会場が大いに盛り上がりますわ。

 死すべき生意気な女が一人居て、その女と戦おうと名乗り出た男は、ドラゴンに素手で勝てる奴。ええ、これは大いに期待してしまうというものでしょうね。まあ、要は、私の死を。

 運営側も、一度はドランを出禁にしましたけれど、もうこの際、四の五の言ってられませんものね。観客の期待に応えて私を殺すべく、案の定、ドランを使うことを決めたらしいですわ。

 ……そして、私が待っていると、ドランがやってきましたわ。それから、スライムと、ムニムニカタツムリ、あとアイアンマツボックリにフワフワドクマンジュウエビも。……ドラン以外、どこからもやる気が感じられなくってよ!

 ま、まあ、よくってよ。運営側としても、私とドランが戦ったら勝者はこのどちらか、と分かっていますものね。どうせ死ぬ戦いに高価な魔物なんか投入できませんわよね。ええ……。

「ようやくお前と戦うことができるな」

「ええ。どうぞ存分に、楽しんでらして?」

 私達がコロシアムで向かい合っている間にも、観客達はどんどんベットしていきますわ。

 ベット先は当然、私かドランか、どちらかですわね。まあ、私が死ぬことを期待して、ドランにベットする人の方が多いかしら。ま、そんなとこですわ。

 会場では『ドラゴンを素手で倒す男は、ゴマタノオロチを素手で倒す女を殺せるか!? 間違いなく記録に残るであろう勝負はこの後すぐ!』なんて宣伝を始めて、他のゲームで遊んでいた客も、何だ何だとばかりに闘技場へとやってきますのよねえ。

 そうして闘技場にはとんでもない数のチップが集まりましたの。倍率はドランが一・三四倍、私が一・七九倍、そしてムニムニカタツムリとフワフワドクマンジュウエビが七十倍、アイアンマツボックリが二十三倍、スライムが十七・五倍ですわ。

 ……えーと、まあ、つまり、私よりドランが勝つと思われていて、でも私が勝つと予想する者も三分の一以上は居て、そして……残りのヨワヨワモンスターに賭けてる奴らは大穴狙い、っていうところですわね。ええ。七十倍とか私、初めて見ましたわぁ……。まじありえなくってよ……。


 そうしてオッズが出たところで、いよいよ戦いが始まりますわね。私はステージの上、多くの観客の視線の中、じっとドランだけを見つめますわ。この、戦闘前の張りつめた空気って、最高ですわね。ドランも私だけを見つめていて、彼の口角が、にやり、と持ち上がるのが見えましたわ。ええ、彼も同じことを考えてくれているのでしょう。

 そのまま数秒、見つめ合って、期待に胸が高鳴って、魔力が体の中で膨れ上がって……戦闘開始の銅鑼が鳴りましたわ。

 その瞬間私とドランは一気にステージを蹴って、お互いへ迫りましたのよ!


 ステゴロでも私、ボチボチ強くってよ。でも、流石にドランと真っ向から戦うのは馬鹿げてますわね。何といっても彼、ドラゴンを素手で殺せるんですもの。そんなのと真正面から戦ってたら、体がいくつあっても足りませんわぁ。

 ですから私、武器を使いますわ。

 ……ええ。当然ですけれど、この闘技場に武器の使用は認められていませんの。じゃなきゃ、哀れな奴隷が魔物に食い殺される場面が見られませんものねえ。

 でもね……ルールには穴があるものですわ。

「お借りしますわッ!」

 私はドランへ迫る、と見せかけて、方向転換しますわ。そしてその場に屈んで、アイアンマツボックリを手に取りましたわ! 

 アイアンマツボックリはその途端に負けを認めて、しゅんっ、とカサを閉じてしまいましたけれど、これでよくってよ!

 ついでに左手にはムニムニカタツムリを掴みますわ! むにっとした素敵なカタツムリも、私が持ち上げた途端に負けを認めて、にゅっ、と殻の中に閉じこもってしまいましたわね!

 ……さあ、これで武器ができましたわ! アイアンマツボックリもムニムニカタツムリも、握りしめて人を殴るのに使えますものね! ええ、これ、案外大事なことなんですの。喧嘩ってのは案外、単純なモンなのですわ。それぞれの戦闘技術は、それぞれの魔術や武装ですぐひっくり返されますの。立派な免許をいくつも持っている格闘家だって、鉄パイプ持って襲い掛かれば案外倒せますのよ。

 ……ええ。つまり、武器って、強いんですの!

「参りますわよーッ!」

 私は右手にアイアンマツボックリ、左手にムニムニカタツムリを携えて、一気にドランへ迫りましたわ!

「成程な! 面白い!」

 ドランはそれに満面の笑み……というか、獲物を狙う狼みたいな獰猛な笑みを浮かべて、身構えましたわ。そしてそのまま、私の右手のアイアンマツボックリを受け止めて、私に回し蹴りを叩き込みに来ましたのよ!

「私、そんなに甘くなくってよッ!」

 ただ、ここで素直に蹴られてやる私じゃーありませんわ! その場で跳んで、ドランの頭上へと逃げてやりますの。そして……左手のムニムニカタツムリを、ドランの頭に向かって投擲ですわ!

 ごっ、といい音がして、ドランの頭に硬いカタツムリの殻がぶつかりましたわ。ドランはこれを微動だにせずに受けましたけれど、そこへ更に私の追撃が参りますのよ。

「頂きましたわッ!」

 ドランの横っ面に、右手のアイアンマツボックリを叩き込みますわ! 男前の横っ面に一撃キメてやるのって、なんとも言えない快感ですわねえ!

「……これで終わると思うなよ!」

 と思ったら、ドラン、動きましたわ。頭部に二発入れたってのに、ピンピンしてやがりましてよ! こいつやっぱりバケモンですわねえ!

「これでどうだ!」

 まずい、と思った時にはもう遅くってよ。ぶん、と、まるで大木みたいな脚が伸びてきて、私を蹴り飛ばしましたわ。

 咄嗟に両腕で体を庇いましたけれど、それでも十分すぎるほど、効きますわねえ。ええ、一撃一撃がとんでもなく速くて、とんでもなく重いんですのよ!

「ふふふ……面白いじゃありませんの!」

 ええ。ですから私、笑顔になっちゃいますわ! だって、面白いんですもの!

 ここにあるのは……一撃食らうだけで吹っ飛ばされる攻撃を、紙一重で躱すスリル。その一撃の間を縫って、相手に攻撃を入れてやる時の達成感。戦いの興奮。観客達の歓声。そして……それらと向き合い、限界を超えて戦わんとする、私自身!

「最高ですわ! 最高に楽しくってよ! ねえ、ドラン! あなた、本当に素敵ね!」

「お褒めに与り光栄だ!」

 ああ、やっぱり……強い相手と戦うのって、最高に楽しくってよ!


 そうして夢のような時間が過ぎていきましたわ。

 私とドランは殴り合い、蹴り合い、掴み合って、投げ飛ばして、投げ飛ばされたら切り返して攻撃に転じて……舞踏のように、戦っていましたの。私もそれなりに技術がある方ですし、ドランは言わずもがなのバケモンっぷりですから、観客はそれはそれは盛り上がりましたし、『すごすぎて分からない』みたいな顔になってるのもボチボチいましたわね。ええ。

 ……でも、楽しい時間もそろそろ終わりですわ。

 私は一度ドランと距離を取りますの。それを合図に、ドランも一度、距離を大きく取りましたわ。

 ちらり、と闘技場の端っこを見てみると、相変わらず降参しているアイアンマツボックリとムニムニカタツムリ、そしてひっくり返って気絶しているフワフワドクマンジュウエビ、この状況を理解することすらできずにのんびり這い回っているスライム……まあ、平和な光景が見えますわね!

 これならばよし、ということで、私とドランはもう一度視線を合わせて、一呼吸してから……一気に、ぶつかり合いましたのよ!

 私はドランの鳩尾に渾身の右ストレートを叩き込んで、ドランは私の脇腹あたりに痛烈な回し蹴りを叩き込んでいましたわ!


 ドランが倒れて、私も吹っ飛ばされて倒れて、それで……そのまま、ですわ。私、意識がありますけれど、倒れたまま起き上がりませんわ。ドランも意識があるでしょうけれど、まあ、起き上がりませんわね。

 ……これに、観客達は静まり返りましたわ。何が起きているか、連中はまるで理解できていませんでしたの。

 でも……徐々に、皆が理解し始めますわ。『これは同士討ちだ』と。

 ……そして、ごく一部の者だけが、更なる事実に気づきましたわ。

「あ、あれ……? スライムは、まだ、動いてるんじゃないか……?」

 ……そう。

 私が武器として使ったアイアンマツボックリもムニムニカタツムリも降参していますし、フカフカドクマンジュウエビはひっくり返って気絶していますし……でも! スライムだけは! 私もドランもほっときましたし、降参や気絶をするだけの知能もありませんでしたから!

 スライムだけ! 生き残りましたのよ!


 ……ということで、スライムが優勝ですわ。おめでとうですわ。

 スライムの優勝が認められてから、私とドランはのっそり起き上がって退場しますわ。最早、会場はブーイングすら出せずにいますわねえ。おほほほほ。

 さて。スライムに賭けていた者は、賭けていた額の十七・五倍、という、とんでもない大儲けをしたわけなのですけれど……。

「よく分かんねーけどスライムが勝ったんだろ? ならさっさとチップ寄越せよ」

 ……ええ。打ち合わせ通りですわね。私達のチップを託されたチェスタが全額スライムに突っ込んでましたから、これで計画通り! 貴族共のチップを大いに巻き上げてやることができた、というわけですわ!

 ただ……チェスタが係員から、半ばブン取るような形で超大量のチップを受け取った直後。

「や、八百長だ! 八百長に決まってる!」

 そんな声が聞こえてきますのよ。


 初めに声を発したのは、上級貴族の誰かだったと思いますわ。そして、それに続いて会場中の貴族連中が『八百長だ!』『不正だ!』『やり直しを要求する!』なんて叫び始めましたわね。

 実に見苦しくってよ。このカジノが不正まみれだっていうことくらい、貴族なら分かっているはずですもの。ここはそういう場所だって割り切って楽しむための場所ですのに、いざ自分達にその不正の皺寄せが来たらゴネるっていうのは、ちょいと情けなくってよ。

 そもそも、私とドランの直接対決を望んだのは貴族連中でしたわ。私が死ぬところを見たかった連中がその対価を支払ったっていうだけじゃーありませんの。文句言われたってそんなん知ったこっちゃーなくってよ!

「お黙りなさいな!」

 ……ということで、私、再びステージへと立ちますわ。

「勝ちは勝ち。負けは負け。そう認められないなら最初から勝負の体なんて取るもんじゃなくってよ。勝ちも負けも決まりきった一本道を運ばれていった先で『勝った』と喜びたいなら、初めからそう仰いなさいな!」

 私がそう告げれば、観客席からはまた怒声が響きますわねえ。見苦しいですこと。

「不正を享受するなら、不正に搾取されることを覚悟なさい。それも嫌なら、もっと上手くおやりなさいな」

 さて、観客席の方ではチェスタがチップを換金しろって迫っては係員に不当に止められていますし、その隙にキーブがこっそり現金を盗み出してますし、ジョヴァンが何かやってますわ。

 そして、観客達の視線と怒りははっきりと、闘技場の私へ向いて……更にその隣へやってきたドランにも、向けられますの。

 ですから私達、堂々とそれに立ち向かいますわ。

「不正をしたくて、でも不正されたくなくて、その上、上手く不正をやる能力も無くて……それでもゲームに文句を言うというのなら……」

 私、言ってやりますの。これは最後の警告よ。逃げるなら今の内ですわ。

「私達も、ゲームの枠からはみ出たこと、しますわ」


 私はそれから少し、待ちましたわ。観客席の連中がどう動くか、見ていましたわ。

 一般市民はそっと去っていきましたし、そっと換金していく奴らも居たようですわね。ええ。私はそれを待ってやりますわ。賢い者が逃げていくというなら、それは見逃してやりますの。

 でも、貴族連中は誰も彼も逃げませんわねえ。私の言葉の意味も考えず、ただ『誰かがあのむかつく小娘を殺してくれる』と期待して、声を張り上げては私達を罵って。

 ……そのまましばらく、待ちましたわ。でも、誰も何もしませんの。ただ、『殺せ! 殺せ!』と、貴族達が声を揃えて叫ぶばかり。

 そして……。

「あら。私がやる前にやってくださるとは、素敵な大盤振る舞いですこと」

 闘技場には、次々に、魔物が現れましたわ。ワイバーンにゴーレム、メダマタイガー……魔物の見本市みたいなモンですわねえ。

 更に、小ぶりながらドラゴンが一匹出てきましたし、グレーターデーモンまで出てきましたわ。どうやらカジノは、貴族連中の『殺せ!』の声に応えるようですわね。

 まあ、そういうことなら……全く、遠慮は要りませんわね?

「ドラン。こいつら、適当に上に投げ上げていただけますこと?」

「ああ、分かった」

 私達、にんまり笑って、現れた魔物達を睨むと……魔物達をどんどん、観客席へ投げ飛ばしますわよ!


 はい、大混乱ですわ。

 そりゃそうですわ。カジノの中を魔物が暴れ回ってますもの。

 ……種も仕掛けもありゃしませんわ。ただドランがその馬鹿力で魔物をぶん投げて、吹き抜けを通り越して観客席まで魔物をお届けした、ってだけですわ。おほほほほ。

 色んな魔物達が解き放たれて、カジノを荒らしまわってる様子は最早、一つの芸術作品のようにも見えますわね。凄まじい音を立てて砕けるカウンターやテーブルも。はじけ飛んで宙を舞うたくさんのチップも。砕けたシャンデリアの光に全てが煌めいて煌めいて、それはそれは刹那的な美しさですの。ああ、とってもいい眺めでしてよ。

 賢い者達はとっくに逃げ出して、今、逃げ惑っているのは高みの見物を決め込んでいた、愚かな貴族達ばかり。そいつらが魔物に追いかけまわされてキャーキャー言ってるのを見ると、気分爽快っていうよりは、いっそ情けないような気分になって参りますわねえ……。さっきまでの『殺せ! 殺せ!』の威勢はどこ行きましたのよ。もうちょっとくらい威勢を絞り出しなさいな。


「ヴァイオリアー! こっち、片付いたぜー!」

 さて、そうしている間に、チェスタが大量の金を持ってやってきましたわね。結局、換金させたんですのね、アレは……。

「こっちも! 色々貰った!」

 キーブはキーブで、宝石だのなんだのを大量に持ち出してきたようですわね!

「こっちも楽しそうなの見つけちゃった。ま、そろそろずらかろうぜ」

 ジョヴァンが持ってきたのは書類のたぐいですわね。ええ。顧客リストか、はたまた、ここで行われていた裏取引の証文か……何にせよジョヴァンが拾ってきた以上、きっと楽しいやつですわ!

「よし、帰るか」

「ええ。あのドラゴンは固くて不味そうですから、わざわざ仕留める必要もありませんわねえ」