エピローグ


 ……一方、その頃。

 クラリノ邸は、少々荒れていた。理由は言わずもがな。白薔薇館爆破事件の責任を追及するため、多くの貴族が押しかけてきているのである。

 今回の事件では、多くの貴族が被害にあった。死者は数多く、行方不明者……要は、死体が見つからない者も、多く出ている。そして生き残った者達も、負傷した者が大半だ。……だが、生き残っている以上、奴らの口を塞ぐことはできなかった。

 負傷した貴族達は、口を揃えてこう言った。『今回の事件は、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアによる復讐だった』と。

 ……そう。ダンスホールで、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアが放った台詞。あれを多くの者が聞いていた。がましくも無実を訴え、クリスを嘲笑い、遂にはクリスを『悪』だなどと言い放った、あれらの言葉を。

 それ故に……貴族達の中には、今回の舞踏会の警備体制のみならず、フォルテシア家への処分についてまで、文句を付けてくる者が出てきているのだ。『フォルテシア家は本当に無実だったのではないか』などと言い出されては鬱陶しくてたまらない。

「くそ、フォルテシアめ……」

 クリス・ベイ・クラリノは苛立ちを隠さず、悪態を吐く。元々、貴い血が流れぬ新興貴族に良い印象を持っていなかったクリス・ベイ・クラリノは、フォルテシア家をはじめとした幾らかの新興貴族を取り潰すことに賛成していた。そうすることで古くからの貴い血の流れる貴族達……クラリノ家を含む上流貴族達を保護すべきだと、そう考えたのである。

 そう。これは、クリスにとっても、革命であった。新興貴族がじわじわと国を食い荒らし始めたのを見て、多少強硬にでも奴らを排除すべきと判断したのだ。

 ……その判断自体は、間違っていなかったはずである。だがまさか、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアが脱獄し、更にはこうして、白薔薇館を爆破するとは!

「この国を揺るがす犯罪者め……これ以上、好きにはさせんぞ!」

 クリスは強く拳を握りしめ、憎しみを露わに、呟くのだった。


 ……そして、そんなクリスの様子を物陰からそっと見つめる姿があった。

 クリスにもよく似た金髪と碧眼。だが、クリスと比べても、他のクラリノ家の者達と比べても、体躯は細く、小さい。

「ヴァイオリア、様……」

 柔和な面立ちの中、眉根を寄せて、リタル・ピア・クラリノは呟いた。

 彼の頭の中に渦巻くのは、あの日、鮮やかな手腕でドラゴンを倒し、リタルを教え導いた彼女の姿。そして……舞踏会の会場で、『復讐』の始まりを告げた、彼女の言葉。

 そう。リタルもまた、あの会場に居たのである。尤も、彼はヴァイオリアを追いかけてすぐにダンスホールを出たため、爆発には巻き込まれなかった。爆発に巻き込まれながらも魔法による防御と幸運とによって生き残ったクリスとは違う。

 だが、リタルはクリスに関わる多くの場面を見ていた。

 クリスがドラン・パルクに、何か、剣ではない武器で不意打ちして卑怯な一撃を食らわせた場面を見た。ドラン・パルクが駆除対象の人狼であった事実を知った。そこへ現れたヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの言葉を聞いた。

 ……そして、ダンスホールで、復讐に燃える彼女の瞳を、見た。

 炎のような、血のような瞳。苛烈な感情を宿したあの瞳が、リタルの脳裏から離れない。

 ドラゴンを倒した時の、凛として鋭い視線。リタルに惜しげもなくドラゴンの牙と鱗と骨とを与え、更に、リタルに道を示した時の、慈愛めいた優しいまなざし。……同じ彼女の異なる面をいくつも見たリタルは、静かに混乱している。

 クラリノ家の出来損ない、と馬鹿にされながらも、リタルはクラリノ家の一員として、貴族の世界を見てきた。そして貴族の常識を知り、その中で生きて……しかし、今、その常識が、揺れている。

 否。あの日、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアと約束をした、あの時から、ずっと。ずっと、リタルの常識は、揺らいでいた。ヴァイオリアが脱獄犯であることを知って、その揺らぎは益々大きくなって、そして今、益々、リタルは揺らいでいる。

 本当に、兄であるクリスが正しいのか。ヴァイオリアは滅ぼされるべき悪なのか。……ずっと、ずっと、リタルは考えている。

 だが……リタルはついに、意を決した。

『己の正しさを省みなさい』。ダンスホールで聞いたヴァイオリアの声が、ずっと、リタルの中に残っているから。

「僕は……あなたとの約束を、必ず果たしてみせます」

 リタルは、手の中の杖を握りしめた。ドラゴンの牙と鱗と骨から作られた、杖を。……彼女との、約束の証を。


 ……それから数日後。リタル・ピア・クラリノが失踪した。これがクラリノ家をまた大きく揺るがすことになったが……それは、ヴァイオリア達の知るところではない。


 


 そして更に、その頃。

「おい、そこの君。新聞をくれるかな?」

 太陽の光が降り注ぎ、爽やかな潮風が吹き抜ける小さな港。青い空の下で海もまた青く、波が光に煌めいて眩しい。そこへたった今到着した船から降りてきた一人の若い男が、新聞売りの少年に声をかける。

 男はすらりと均整の取れた体を品の良い服で覆い、濃い栗色の髪を潮風に揺らしている。彼はにこやかに新聞売りに歩み寄ると、気前よく、銀貨を一枚少年に渡す。

「ああ、はい。どうぞ。号外です」

 ありがとう、と礼を言って新聞を受け取った男は、早速、紙面に目を落とす。

 そして、『白薔薇館、燃ゆ』の見出しを見て目を瞠り、更に記事を読み進め……笑い声を上げた。

「ああ、流石だな、ヴァイオリア!」

 一頻り笑った後、男は、にやり、と。その血のように赤い目を細めるのだった。