振り向きざま、笑顔で挨拶した瞬間。……私の挨拶を合図にして、爆破が始まりましたわ。

 会場の奥の方から、爆音が響いてきましたわね。そして……その爆発は連鎖して、煌めくダンス

ホールまでもがバンバン吹っ飛んでいきますのよ!

 もう、楽しくって仕方ありませんわ! ドレスの裾を翻してダンスホールを飛び出して、ハイヒールで玄関前の階段を駆け下りて、爆風に後ろから髪を煽られながら……王都の大通りを高笑いしながら逃げますわ!

 私とドランが走っていく内に、別方向から逃げてきたらしいジョヴァンとキーブが合流して、それから爆破役だったチェスタも追いついてきましたわね!

「さあ、野郎共! ずらかりますわよーッ!」

 ……こうして派手に火の手を上げる会場を背に、私達は明るく楽しく、脱出成功してやったのですわーッ! ごきげんよう! おーほほほほほ!


 


「で。随分と無茶してくれたもんですけどね。そのあたりの申し開きは?」

 さて。エルゼマリンに無事帰ってきた私達ですけれど……今、アジトで正座してますわ。ええ。私とドランが、説教されてますわ。……ちなみに、今もドランからは耳と尻尾が出っぱなしですわ。どうやら彼、『こうしておいた方が傷の治りが早い』ということらしいんですの。でもこれのせいで余計に絵面に緊張感が無くってよ。

「ドラン! お前なら上手くやってくれるって信じてたんだぜ!? それがなんだって、脇腹に穴開けて死にかけたんだよ!?

「悪かったな。二度目は食らわない」

「お嬢さんも! 打ち合わせも無しにシャンデリアを落とせってのはどうなんですかね!」

「ええ、どうもありがとう。あなたならやってくれるって信じてましたわ」

「お礼言われたって誤魔化されないぜ! 今回の逃走もね! 俺とキーブがダンスホールで色々やって兵士を引き付けてたからギリギリ逃げてこられたようなもんだったんですよ、お嬢さん!?

「あらっ、キーブ、あなた何かしてくれましたの?」

「僕と踊りたがる変態野郎が多かったから適当にあしらってやってたら、そいつら同士で小競り合いが起きて兵士が介入してた。だから適当に火に油注いで、兵士をこっちに大量投入させてたってだけ。……役に立った?」

 あらぁ……キーブったら、なんて優秀なのかしら! 思わず抱きしめて撫でちゃいますわ!

「ちょっと、お嬢さん。反省してくれてる?」

 ジョヴァンはなんとも言えない顔をしてますけど……。

「いいえ! 全く! だって全て上手くいったんですもの!」

 私、とってもご機嫌ですの! そう! 全てが上手くいったんですものね!


 私達の前にあるのは、新聞。号外ですわ。そこには大見出しで『白薔薇館、燃ゆ』とあり……そしてその脇に小見出しで『犯人は王子暗殺未遂の悪魔、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア』とありますの。

 どうも、王家から声明発表があったそうですわ。『今回の悍ましい事件は悪魔に魂を売った犯罪者、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアによるものである』とね。ええ、私、いつから悪魔に魂を売ったのかしら。私の魂ならきっとさぞかし高値で売れるのでしょうけれど、生憎、私の魂は私だけのものですわ。おほほほほ。

 さて、新聞には面白おかしく色々書いてありますわねえ。何もせず文句垂れてるだけの民衆には、王家や貴族の醜聞が最大の娯楽ですもの。今回も記事にはそういう文章がたっぷり、ですわ。

『貴族院の警備体制に問題があったのではないか』だとか、『贅を尽くすばかりの王侯貴族に落ちた天罰だ』だとか、『フォルテシア家の罪は冤罪か? 真相は王家が闇に葬ったのでは?』だとか、楽しいことがたくさん書いてありますわ。そして何より、『聖女も生死不明。この責任は貴族院にある!』という最高の一文が読み取れましたの。ええ。最高ですわね。

「この文面を見る限り、クリスは他の貴族連中から責任を追及されているんじゃないかしら」

「ああー……クラリノ家って騎士の家系だから?」

「ええ。総裁を騎士の家系がやっている以上、貴族院関係の警備の最高責任者は当然、クリスですわね。そして、クリスが責任者である以上、今回の『事件』について、他の貴族はクリスに文句を言うはずですわ。貴族院の内部崩壊も狙えますわねえ」

 そしてクリスは今、胃を痛めているはずですわ! いい気味ですわ! 私を死刑にしようとした奴にはたっぷり苦しんでもらわなくってはね! おほほほほほ!

「そして何より……聖女様は生死不明の状態で、しっかり私達の手元に来ていますもの! 全てが上手くいったと言えるのではなくって?」

「まあ、うん……そうね……俺のお小言もここまでにしときましょっか。あーあ」

 ジョヴァンが折れましたわ。『降参です』とでも言うかのように両手を挙げて、深々とため息を吐いていますわねえ。それ見てドランがくつくつ笑ってますし、チェスタがケラケラ笑ってますわ。ふふ、私も思わずにっこり、ですわね!


「そういやーさあ。今回の一件、そこらへんの奴らは『貴族ざまあみろ』とか言ってるぜ。貴族は知らねえけど、そこらへんの奴らには楽しい事件だったんじゃねえの? へへへ……」

「あら。流石は愚民共ですわねえ」

 愚民からしてみれば貴族って、『自分達とは無関係で、よく分からないけれどいい暮らしをしている連中。だから気に食わない』ぐらいの感覚なのでしょうね。実際、貴族が貴族で居るにはそこらの愚民には想像もできない程度の学が必要なのですけれど、そこんとこ、民衆はまるきり分かってませんのよねえ……。結果、特に何も考え無しに上位層の足を引っ張ろう、と考える愚民共のなんと多いことか。だから醜聞だらけの新聞が売れるのですわぁ……。

 まあ、よくってよ。貴族という分かりやすい敵を滅ぼす私に対しては、民衆も好意的になるはずですわ。愚民共はその名の通りの愚かさですけれど、大人しく使われてる分にはいい道具ですわね。それに、国家転覆を謀るなら、民衆の支持は必要ですもの。今回はその下地作りにも役立った、と言えるのではないかしら。つまり、全ては上出来! そういうわけですわね!


 ……ま、それはさておき、ですわ。

「ところでドラン。あなた、傷はもういいんですの?」

 こっちは気になりますわね。……何といっても、ドランはクリスから銃弾一発、食らっちまってますもの。……銃って、体の中心部であればどこに当たっても大抵、致命傷を与えることができる武器なんですのよ。胴体であればどこであれ、大抵はそれなりに太い血管やそれなりに血が通う臓器があるわけで、そこのどこかに穴が開く、ということは……まあ、当然、それなりの出血を伴うわけですし、下手すると、内臓に重篤な傷を負う、ということになるのですけれど。

「まあ、大方塞がった。当たり所もそう悪くなかったらしい。それに、昨夜は月光が当たる位置で眠ったからな」

 特に何の断りもなく、ドランは、ぺろ、と自分のシャツの裾を捲って見せてくれましたわ。別に野郎の腹なんざ見たくありませんわ! ……あ、でも、銃にやられて穴が開いたはずの場所が、もう塞がっているのはびっくりです、わねえ……。

「あー……ま、お嬢さん。隠してたみたいで悪かったけど、こいつは人狼なの。だから、腹に穴が開く程度なら、最短一晩で治っちまうってわけでね。特に舞踏会の夜は満月だったじゃない? だからまあ、ドランはこんなに元気ってワケよ」

「はー、人狼って便利な体してますのねえ……」

「……まあ、月夜には少々理性が利かなくなることもある。一度昂ったら中々抑えが利かない。何より、存在自体が違法だ。いいことばかりでもないが」

「あら、そんなのこの驚異的な身体能力と回復力で十分お釣りが来ますわ。少なくとも、私にとってはね」

 ドランの脇腹の、肉が少し盛り上がって傷痕になっている箇所を見る限り、人間で言うところの一月か二月、下手すりゃ半年くらい経った傷痕に見えますわ。ううーん、人狼って驚異的な能力、ですわねえ。敵にしたら厄介でしょうけれど、味方にするにはとっても良くってよ。少なくとも、違法合法なんざ今更ですものね。おほほ。


「それにしても……ヴァイオリア。何故あの時、窓を割る判断をした」

 人狼の素晴らしさに思いを馳せていたら、ふと、ドランがそう聞いてきましたわね。

「あら、簡単でしてよ。人狼が月光を浴びるとその力を増す、ということは知っていましたの。これでも私、学園では首席生徒でしたのよ?」

 人狼については授業で取り扱いませんわね。精々、人狼排除法が制定された年号がちょろっと出てくる程度ですわ。けれど私は勤勉でしたから、学園の図書館で人狼について調べていましたのよ。おかげで今回、ステンドグラスをカチ割ってドランに月光を浴びせる、という判断ができたというわけですわぁ。おほほほほ。

「……そうじゃない。何故、俺を助けようとした。俺を見捨てて逃げた方が良かっただろう」

 けれどドランは別のところが気になっているみたいですわね。……まあ、彼からしてみれば、そこが気になるのかもしれませんわね。特に……決して王城の兵士如きに捕まることなんてないであろう身体能力を持っていながらもムショ入りしていた彼なら、ね。

 ……推測になりますし、その推測を確かめようとも思いませんけれど。多分、彼……仲間に売られたか、はたまた、仲間を人質に取られたかしたんじゃないかしら。そうでもなきゃーこの人狼が大人しくムショに入るワケがなくってよ。

「あら、見くびられちゃ困りますわね」

 ま、ドランの事情なんざ私には関係ありませんわ。案外仲間思いらしいこの筋肉野郎はさておいて、私は私の矜持に従って答えるとしましょう。堂々と立ち上がって、胸に手を当てて。これは私の、私に向けた宣言でもありますのよ。

「私、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア。家も家族も名誉も失って、更に家族が心血注いで作った銃まで奪われて……その上でむざむざ仲間を奪われるような真似、決して許しませんの」

 そう。私、決して許しませんの。クリスもダクター様も国王陛下も、全員、生かしてはおきませんわ。特に今回、クリスはフォルテシアから銃を盗んだことが分かったわけですから……余計に腹立ちますわ! これ以上、何一つたりともあいつの好きにはさせませんわよ!

「要は、私、とっても矜持が高いんですの。これで納得いただけたかしら?」

「……成程な。そういうことなら、納得できる」

 ドランは私の答えを聞いて、ふ、と気が抜けたような笑い方をしましたわ。あらまあ、こういう笑い方もするんですのねえ、彼。


 ……さて。

「ところで、ドラン。私、さっきから気になってるものがありますの」

 ドランが少し心配そうな顔をしましたけれど、気になりますわ。どんな顔されたって、気になりますわ。

「何だ。人狼が人に危害を加えるかどうか、という話なら……」

 今私が気になっているのは……私の視界の端で、ふり、ふり、と動いている……如何にも柔らかそうで、ふさふさとした……しっぽ!

「あなたのそのしっぽ、触らせてくださいまし!」

「は?」

 珍しくもドランに素っ頓狂な声を上げられましたけれど、でも私、ふわふわしたものがあったら触りたい性分なのですわ! 子猫とかウサギとか大好きですし、魔物もハーピィの雛とか、冬毛のシコタマドンドコショウイングとか、春のビクトリーマグナムタンポポとか、大好きなのですわ!

「……まあ、構わないが」

「やりましたわーッ! では遠慮なく!」

 ドランには戸惑われましたけれど、断られませんでしたわね! ええ! なら私、遠慮なく触りに行きますわよ!

「あああーッ! ふわっふわ! ふわっふわですわ! 手触り良好ですわ! しかもあったかいですわ!」

 触ってみたら……ああ、予想通り、いえ、予想以上の触り心地ですわぁ! こういうの、私、大好きですの! ふわふわですわ! ふわふわですわ! ふわふわですわ!

「……許可しておいて言うのも何だが、俺は人狼だぞ。もう少し警戒したらどうだ」

「知ったこっちゃーなくってよーッ! ああーふわふわですわ! ふわふわですわーっ!」

 ふり、ふり、と振られるしっぽがなんとも可愛らしいですわ! 図体デカい筋肉男の臀部に付いてるとは思えない可愛らしさですわ!

 ええ! やっぱり人狼って、悪くありませんわね!


 しばらくドランのしっぽを触っていたら、ドランは少し落ち着かなげになってきて、横に転がってたワインの瓶から適当に一本、開け始めましたわね。あらっ、私、ふわふわも好きですけれど、お酒も好きなんですのよ。ええ。毒が効かない体ですからまるで酔えませんけれど。でも、お味と香りを楽しむためにお酒を飲んだってよろしいでしょう?

「……飲むか」

「ええ! 是非!」

 ドランは私の視線に気づいたのか、それとも私の手が止まったのに気づいたのか、声をかけてくれましたわ! なので私、空のグラスを持って、いそいそ向かいますわよ!

「あっ、それ、俺が会場から盗んできたやつじゃん!」

「えっあなた爆破だけじゃなくて盗みもしてましたの……?」

「うん。待ってる間ヒマだったし、貴族が集まって騒いでるならいい酒ありそうだと思ってさあ。……俺が盗ってきたんだから俺も飲んでいいよな! へへへ、酒だ酒だー」

 そうして横からチェスタもいそいそやってきてグラスを出してますわね! まあ、今日は祝賀会ということで、薬も酒も好きなだけキメなさいな!

「はーあ、なら俺も貰いますかね。ドラン。そっちのグラス……おいおいおい、丸ごと一本渡すんじゃないよ。俺はお前みたく、はしたないラッパ飲みなんざしないんだから」

「ドラン。僕にも頂戴」

「あらっ、駄目よ、キーブ。あなたはジュースになさいな!」

 それからジョヴァンがチェスタのグラスと自分に渡されたワイン一瓶を交換して、キーブにはジュースを与えることにして……さて、祝賀会の始まりですわね!

「さあ! 私達の勝利と革命の始まりを祝して、乾杯ですわーッ!」

 それぞれがグラスだの瓶だのを持った状態で、威勢よく乾杯といきますわ!

 ええ。今回、クリスが痛い目見たのはまだまだ序の口! 私の復讐はまだまだこれからですのよ! 首を洗って待ってなさいな! おーほほほほほ!